「やっぱ愛ダホ!多様な性にYESの日in横須賀2017」街頭キャンペーンを行ないました/今回も大成功でした!(その2)

(その1)から続いています。

全国からお寄せいただいたメッセージを読み上げました

さて、第2部は全国からお寄せいただいたメッセージをみんなで読み上げていきました。

これこそ『多様な性にYESの日』の活動の原点なのです。

今でこそパネル展示や講演会やチラシ配りなどいろいろな形で活動が広がっていきましたが、このメッセージを読み上げていくこと、それが全ての始まりでした。

その様子を少しだけ動画でご紹介します。




フジノも2年ぶりにメッセージを読ませていただきました。光栄です。





応援にかけつけてくれた石坂わたるさんもメッセージを読み上げました。






ラストをしめてくれたのは、遠藤まめたさんです。





このメッセージを受け止めて下さい。



たくさんの「仲間たち」が応援にかけつけてくれました

2年ぶりの開催となってしまった横須賀での街頭キャンペーン。

かねてから心配していたとおり、素晴らしいリーダーだった方が就職してしまった後に横須賀では後継者を育てることができませんでした。そのぽっかり空いた穴は大きく、昨年は開催を見合わせました。

そもそも市民活動は素晴らしいリーダーが生まれても後継者を育てることができなければ続いていきません。

フジノのような政治家は活動をずっと続けていくことができますが、ふつうに暮らしている市民のみなさまは『市民活動』だけで生きている訳ではありません。

ふだんの暮らし、仕事、学校、家族、いろいろなことに向き合いながら、同時に『市民活動』を続けるというのは本当に難しいことです。

また、横須賀のような田舎町でカミングアウトをして活動をするということは本当に難しいことです。

フジノとつながっている横須賀市民で当事者の方の数はたくさんいらっしゃっても、こうして横須賀の繁華街に立って、顔をさらして活動できる、という方は(やぎしゃんとわずかしか)いません。

そんなこともあって、たくさんの『仲間たち』が横須賀の2年ぶりの取り組みに応援にかけつけてくれました!

まず、この『多様な性にYESの日』を日本に根づかせた立役者である遠藤まめたさんです!

11年前から遠藤さんはこの活動を全国展開してきた団体『やっぱ愛ダホ!Idaho-net.』の代表も務めておられます。

「やっぱ愛ダホ!Idaho-net.」代表の遠藤まめたさんとフジノ

「やっぱ愛ダホ!Idaho-net.」代表の遠藤まめたさんとフジノ


フジノはSOGIに関わるあらゆる課題について2007年頃から取り組み始めました。

けれども2007年のフジノは、まだ問題意識が弱かったです。

それが変わったのは、遠藤まめたさんと2008年に出会ったからです。まめたさんがフジノの本気スイッチを押してくれました。

それ以来、尊敬する活動の先輩として、そしてともに活動を続けている盟友として、約10年おつきあいをしていただいています。

まめたさん、いつも本当にありがとうございます。

実は今年の開催も危ぶまれていたのですが、まめたさんが1週間前に「横須賀に行きます!」と声をかけてくれたおかげで、フジノは「やっぱり今年もやるぞ!」と決断するに至りました。

そして、今回も石坂わたるさん(中野区議会議員)が駆けつけてくれました。

石坂さんが区議になる前からのおつきあいなのですが、ずっと活動を続けてきて下さった方とこうして一緒に活動できることは本当に心強いです。

石坂わたるさんと遠藤まめたさん

石坂わたるさんと遠藤まめたさん


『多様な性にYESの日』の取り組みは2007年にスタートしました。

フジノが初参加したのは2011年からなのですが、石坂さんはスタートから皆勤賞(素晴らしい!)なのです。

「『多様な性にYESの日』の取り組みを横須賀で開催したい!」

と当初から言い続けてきたフジノですが、石坂さんはそんなフジノの想いに共感して下さり、毎回横須賀へ応援にかけつけてくれます。本当に心強いです。

用事で途中で抜けねばならなかった方もおられましたが、最後に集合写真を撮りました。

終了後にみんなで記念写真!

終了後にみんなで記念写真!


どうか来年はこの場所に一緒にあなたもいてくださいますように。

多様な性にYESの街頭キャンペーン@横須賀、大成功でした!



「やっぱ愛ダホ!多様な性にYESの日in横須賀2017」街頭キャンペーンを行ないました/今回も大成功でした!(その1)

2年ぶりに横須賀で「多様な性にYESの日」イベントを開催しました

本日5月17日は『多様な性にYESの日』です。

日本では『多様な性にYESの日』の名称で記念日として認定されているのですが、国際的には『IDAHO(アイダホ)』あるいは『IDAHOT』として広く知られています。

『International Day Against Homophobia, Transphobia and Biphobia』の頭文字をとって『IDAHO(アイダホ)』です。

直訳すると、『LGBT嫌悪に反対する国際デー』あるいは『国際反ホモフォビアデー』ですね。

今日5月17日は日本全国各地で、そして全世界各地でイベントや取り組みが開催されています。

そして横須賀では、3年前(2014年)2年前(2015年)に続いて、2年ぶりに街頭キャンペーンを行ないました。



「生の声」をお聴きしていただきました

今年は2部構成にしました。

まず第1部。

17時から19時までは、リーフレットを配りながら、マイクで『多様な性にYESの日』の意義をお伝えしました。


また、やぎしゃんをはじめとする参加してくれた当事者の方々に、『生の声』をどんどん語っていただきました。

フジノが「横須賀の宝物」だと思っている、やぎしゃん

フジノが「横須賀の宝物」だと思っている、やぎしゃん


やぎしゃんとフジノは(年齢は全く違うのですが)同じ小学校・中学校ということもあり、彼の存在を本当に誇りに感じます。

実はまだブログ記事にできていないのですが、やぎしゃんの活躍のおかげで素晴らしい動きがたくさん起こっています。

例えば、武山小学校では市内で初めて教職員向け研修(昨年暮れ)と生徒向け研修(今年頭)を開催しました。当事者のみなさんと生徒たちが小学校時代からじっくり語り合う、素晴らしい取り組みです。

これが実現したのはフジノの議会質疑でもなんでもなく(ずっと提案はしてきたのですが・・・)、やぎしゃんの活躍のおかげなのです。

スタートからラストまで3時間フジノとともに頑張って下さったトシさん

スタートからラストまで3時間フジノとともに頑張って下さったトシさん


前回の横須賀での街頭キャンペーンにも参加して下さったトシさんが、今回も参加して下さいました。




嬉しい報告をいただきました。ずっと望んでおられた『戸籍名の変更』が無事に完了したとのことでした。

いわゆる通称名を使っている方々は世の中にはたくさんいらっしゃいます。

けれども、戸籍上の名前を変更するには家庭裁判所に『申し立て』をして、面談を受けて、そして『許可』がおりないといけないのです(何故に自分の名前を変えるのに、家庭裁判所からわざわざ『許可』を受けねばならないのか、フジノは法制度に疑問を感じます)。

2年前もトシさんはトシさんでしたが、通称名ではなくて、戸籍上もトシさんはトシさんになりました。本当に良かったです。

在るべき本来の自分、なりたい本来の自分になる。そんな当たり前のことがなかなか難しい。

こうした社会を変えていくことが、この『多様な性にYESの日』の活動の目的の1つでもありますので、トシさんのお話はとても嬉しかったです。

配布したチラシ(表)

配布したチラシ(表)

配布したチラシ(裏)

配布したチラシ(裏)


こうした活動をずっと続けていくことが社会を変えていく大きな力になっていくとフジノは信じています。

今日はチラシを受け取って下さる方々も多く、受け取ったチラシをポイと捨てた人は1人しかいませんでした。

チラシを読んだ方々からフジノはたくさん質問を受けましたが、丁寧にご説明するとみなさんうなずいて「これからもがんばって」と声をかけていただきました。

横須賀は、この10年間の活動が少しずつ実っていると感じています。

(その2)へ続きます。



通算10度目!横須賀市議会のICT化を進めるエンジン=「議会ICT化運絵協議会」メンバーになりました

通算10度目の「議会ICT化運営協議会」メンバーになりました

午後から『議会ICT化運営協議会』が開かれました。

昨年度までの『議会IT化運営協議会』の名称に1文字だけ加わって、新しい組織名になりました。

フジノは15年目に入る議員生活ですが、なんと通算10度目のメンバー入りとなります。任期は1年間なので、通算10年目となります。

『運営要綱』(第6条)の定めで、無会派は正式な委員ではなくオブザーバーという位置づけです。

しかし、歴代の委員長と委員のみなさまの合意のもと、実際には正式な委員とオブザーバーの間に違いは全くありません。

同じテーブルについて全ての議論に参加し、意見を自由に述べることができます。まさに横須賀市議会の良き伝統です。



横須賀市議会のICT化はさらにスピードアップしていきます

通算10度目に入りますが、これまでの横須賀市議会のICT化をずっと見つめてきたという想いがあります。

当初は世間的にもインターネットやパソコンなどが普及し始めた黎明期でしたから、何かを変えるのは本当に難しかったです。

けれども今ではどんどん改革が前へ前へと進んでいくのを実感しています。

先日もお知らせしましたが、この5月召集議会から議会運営委員会のインターネット生中継・録画中継がスタートしました。

2017年5月10日開催「議会運営委員会」のインターネット中継の画面より

2017年5月10日開催「議会運営委員会」のインターネット中継の画面より


パソコンからもスマートフォン・タブレットからも観ることができます。

パソコン画面で観た「議会運営委員会」インターネット中継の様子

パソコン画面で観た「議会運営委員会」インターネット中継の様子


全国的に見ても『議会運営委員会』までインターネットで公開している議会はまだまだ少ない、と思います。

スマホ画面。メニューから観たい会議を選んでいくと「議会運営委員会」も表示されています

スマホ画面。メニューから観たい会議を選んでいくと「議会運営委員会」も表示されています


改革はさらに進んでいきます。

前議長である板橋衛議員の強いリーダーシップのもとでいくつもの改革が進められましたが、昨年フジノたち『議会ICT化運営協議会』メンバーは『議会ICT化基本計画』を作成するよう指示をいただきました。

そして昨年12月に、今後5年間のICT化の方向性を定めた計画を作り上げたのです。

「議会ICT化基本計画」の1ページ目より

「議会ICT化基本計画」の1ページ目より


下の表が、昨年12月時点で計画した事業のリストです。

議会ICT化基本計画に基づく計画事業一覧

議会ICT化基本計画に基づく計画事業一覧


すでにリストの1番目に記した『議会運営委員会のインターネット中継』はスタートしました。

今年度は、『タブレット端末の導入』によって膨大な紙資料を削減してさらに政策立案や会議の議論を充実させていく『ペーパーレス会議システムの導入』を行ないます。

現在は具体的な運用スタートに向けて、起こりうるトラブルの想定や対処方法などを議論しています。

同時進行で、他の取り組み(例えば、聴覚に障がいのある方々の為にも、議会のインターネット中継にリアルタイムで字幕を付ける『音声翻訳システムの導入』など)も議論しています。

全ては市民のみなさまの為に、横須賀市議会はさらに議会改革を進めていきます。

正直なところ、多くの議員が常任委員会だけでなくいくつもの委員会や協議会など兼任しており、これまで以上に業務量はすごく増えました。市政の課題だけでなく、議会改革の為には徹底的に勉強が必要ですから、本当に体がいくつあっても足りません。フジノは心身のつらさを感じることが多いです。

市長をトップとする市役所には数千人の職員が居ますが、それでも人員不足だとフジノは感じています。その一方で、二元代表制といいながらもう一方の市民代表である市議会の議会事務局には、わずかに2名の課長と16名の職員しか居ません。39名の市議自らあらゆる作業に取り組まねばなりませんから、かなり大変です。

それでも市議会が一丸となって前に進んでいこうという姿勢は全く揺らいでいません。

横須賀市議会はこれからもさらに進んでいきます!



北朝鮮ミサイル問題について緊急質問を行ないましたが、市長の答弁は市民の不安を解消する意思が全くありませんでした/2017年召集議会

北朝鮮のミサイルが横須賀市を標的としている問題

4月に入る前から現在に至るまで、本当に多くの方々から北朝鮮のミサイルについてたくさんの不安の声をいただきました。

そして、横須賀市はいったい何をしているのか、という厳しい指摘もたくさんいただきました。

これまでフジノはずっと、横須賀市の災害時の情報発信の在り方(もちろん平常時も含みます)について、あまりにも消極的であると批判し改善を求めてきました。

2013年3月、そして今年4月、北朝鮮の報道機関から2度にわたって名指しをされてきました。

北朝鮮のミサイルの標的の1つが「横須賀」だ

これだけ毎日膨大なメディア報道がなされている今、これは誰もが知っている事実です。そして、そのことに多くの方々が不安を抱くのは当たり前です。

市民のみなさまはふだんどのような備えをすれば良いのか、いざという時に建物に逃げ込んだ後どうすれば良いのか、安否確認やけが人の救護はどうすれば良いのか、遠くへ避難しようにも半島で幹線道路も少ない横須賀で本当に避難なんてできるのか、たくさんの疑問が起こるのは当然です。

しかし、自然災害と同じで、武力攻撃事態に関しても横須賀市はあまりにも情報発信に消極的です。

外交や国防などの安全保障が国の所管であることは、市民のみなさまも理解しています。

市民のみなさまは、横須賀市に対してミサイル攻撃をされた後にどうしたら良いのかの備えを知りたいし、自然にいくつもわいてくる疑問に対して横須賀市が正確な情報を丁寧にしっかりと発信することを求めているのです。

緊急質問に立つ藤野英明

緊急質問に立つ藤野英明


そこで今日の本会議において、特別なことではありますが、議会運営委員会の許可を頂きましたので、緊急質問を行ないました。



ゼロ回答、国の要請も拒否。横須賀市長は市民を守らない

質問の全文をこちらに掲載します(5月10日時点では1問目のみとなります。市長の答弁や再質問は改めて文字起こしをしてからアップしますね)。

フジノは、当たり前の質問しかしませんでした。

Q.国が自治体に要請している『広報紙での周知』を行なうべきではないか。

A.予算が無いからやらない。

Q.国が自治体に要請している『実践に近い形での避難訓練』を行なうべきだ。市民が参加する訓練を行なうべではないか。

A.専門家による図上訓練を行なっている。市民参加の訓練はやらない。

2017年4月22日・神奈川新聞より

2017年4月22日・神奈川新聞より


国が自治体に要請していることを、吉田市長は拒否しました。

国が「国民の安全の為にやってほしい」と要請していることを拒否したのです。

そこで拒否をする合理的な理由、市民が納得できる理由を尋ねましたが、まともな答弁は返ってきませんでした。

さらに最もフジノが許せなかったことがあります。

神奈川新聞の報道に対して横須賀市の市民安全部はこのように述べているとされています。

2017年4月22日・神奈川新聞より

2017年4月22日・神奈川新聞より


(4月21日に政府が2通のペーパー『弾道ミサイル落下時の行動等について』を国民に向けて公表したことに対して問われて)

一方、米海軍横須賀基地のある横須賀市の担当者は、2013年に北朝鮮が基地のある横須賀市や青森県、沖縄県を名指しし「射程圏内だ」と攻撃をちらつかせた事例を引き、「あのときと比べれば、そこまでの緊迫感はないと考えている。むしろ政府によるこうした通知で住民を不安にさせないでほしい」と懸念した。

横須賀というたった39万人都市が、政府を超える判断をまたもしています。政府が通知を国民に向けて発表したのは、危機管理上必要だと判断したからです。

にもかかわらず、横須賀市は「そこまでの緊迫感はない」と勝手に判断し、通知を出した政府に対して「こうした通知で住民を不安にさせないでほしい」と批判しています。

何の根拠をもってそんな判断をし、多くの読者を持つ神奈川新聞の読者にメッセージを発したのか、ただしました。

Q.市長、何故政府は通知を発したと考えているか。

A.安全保障上、必要だと考えたからだと思う。

Q.では、報道に横須賀市が答えた「そこまでの緊迫感はない」という判断をした根拠は何か。政府の判断よりも正確な情報を得ているのか。米軍から情報を得ているのか。

A.米軍から情報を得ているということはない。政府以上の情報は無い。

Q.それならば何故「そこまでの緊迫感はない」と横須賀市は言えるのか。

A.部下がした発言なので承知していない。

Q.市長、つごうの悪い時だけ部下のせいにするのはやめてほしい。先ほどあなたは政府が安全保障上必要だと判断したから通知を発したと考えていると答弁した。しかし「こうした通知で住民を不安にさせないでほしい」と述べている。通知を出した政府は誤っているのか。

A.部下の発言なので承知していない。

Q.何の根拠もなく、部下がニュースをみたり個人の直感や印象で感じたことを答えたというのか。これを読んだ読者は横須賀市が正式に市民に向けたメッセージだと受け止める。

A.部下から報告を受けていないので承知していない。

このようなていたらくです。

吉田市長には、このまちに暮らす人々の不安を積極的に解消するような考えは全くありません。

吉田市長は就任時や職員向けの訓示で、責任は自分が取るから積極的に仕事をしろというような趣旨の発言をしばしばします。

しかし、実際には部下に責任を押し付けて逃げるだけです。いつもです。

本当に最低な市長だと改めて感じました。

まもなくインターネット中継の録画が公開されると思います。ぜひそちらで一問一答形式での再質問をご覧下さい。

上に記したQ&Aは記憶とメモに基づいて記したもので正確ではありませんが、ほとんど合っていると思います。ぜひご覧下さい。

フジノは、積極的に不安を解消する為の提案をいくつもいくつも行ないました。

こうした市長の姿勢を質疑でただしても全く変わらない。

むしろ早く市長そのものが交代する方が市民の利益になると強く感じています。



上地克明さんが辞表を出しました!/議員報酬がギリギリまでもらえる「自動失職」をあえて拒否しました

*本記事の記述に一部誤りがありました。記述を削除し、謝罪いたします。詳しくはこちらをご覧下さい。



現役の議員が首長選挙に立候補する際、全国的に「自動失職」が多くあります

タイトルのとおり、現役の議員が首長選挙に立候補する際、全国的に多くの議員が『自動失職』を選んでいます。

『自動失職』とは何でしょうか。

例えば、1月11日に告示される市長選挙があるとします。

現役の市議会議員が辞職せずに、議員の身分のままで市長選挙に立候補すると、公職選挙法に基づいて1月11日に自動的に市議会議員を辞職したことになります。

実はこの方法、とてもセコイです。

実際には市長選挙への立候補を決めているのに、議員報酬をギリギリまでもらいつづけることができるからです。

市議会議員としてのお給料(報酬)は、『立候補の日まで働いた』という計算で支払われます。

全国的にこのやり方を取る政治家が多いのですが、ある意味、市民の税金がムダに支払われているとも言うことができます。

この『自動失職』がまかりとおっていることを、ぜひ市民のみなさまにも知っていただきたいと思います。



5月6日、上地克明さんは「辞職」しました

上地克明さんは、本日辞職しました。

『市長退職金の廃止』を訴えている上地さんらしい行動です。

上地さんの演説を聞くと、希望が湧いてくるから不思議です。

上地さんの演説を聞くと、希望が湧いてくるから不思議です。


決意表明からこれまで、息をつく暇も全く無い、すさまじく忙しい毎日を上地さんは過ごしてきました。

しかし十日ほど前でしょうか、上地さんはふと気づいたのです。

横須賀復活への決意を固めたのだから、自分はもはや市議会を離れるべきではないか」

と。

「市長退職金の廃止を訴えている自分が、このまま議員報酬を受け取り続けるのはおかしい。辞職したいと思う」

と同志であるみなさんは相談を受けました。

一方、反対意見も出ました。

何故ならば、このあと2回も議会があります(5月招集議会、6月議会)。

上地さんのような政策通は、市議会であと2回の質疑の機会を使って吉田市長にギリギリまで質疑をすべきではないか、という意見です。

けれども最後は

「上地さんご自身の想いを尊重すべきだ」

とみんなが賛成しました。

そこからのアクションは、早かったです。即、辞表を提出されました。

軽い気持ちではありません。

過去に県議選に出馬し、2度の落選を経験しておられる上地さんは、誰よりも議席の重みを知っておられます。

誰よりも重みを知っているからこそ、あえて議席をお返ししたのだとフジノは受け止めています。

改めて実行力の高い上地さんらしいと感じました。

しかも上地さんは

「フジノくん、わざわざこんなことブログに書かないでよ。政治家として当たり前のことなんだから」

「むしろもっと早く辞職に思い至るべきだった。忙しくてそこまで頭が回らなかった」

と真剣な顔で言うのです。

そういう人なのです、上地さんは。

でも悪いけど、上地さん。おれは書きますよ。

もっと市民のみなさまは真実を知るべきなのだから。あなたは正しいのだから。

人々は、きれいな言葉や聞こえの良い公約につい心を奪われてしまいます。

けれども、それは単なる口約束で終わることが多く、だからこそ政治の世界に失望している市民が多いのだと感じています。

行動で示し続けてきたからこそ、上地さんは多くの人々から信頼され続けているのだと思います。

どうか市民のみなさま、『本物』を見極めて下さい。



【後日追記】「訂正」があります

5月6日に更新した当初の記述には、明らかな誤りが1点ありました。

「自動失職」ではなく、「選挙3日前の辞職」でした

まず、「吉田市長が自動失職を選んだ」という記述は完全に誤りでした。記述を削除するとともに、吉田市長には心からお詫びを申し上げます。

2009年当時、吉田雄人市議から「市議会議員の補欠選挙を実施させない為にギリギリまで辞職しない」とフジノは説明を受けました。

そのことを、『自動失職』を選んだのだ、と誤解していました。

事実は、2009年6月11日付で辞表を提出し、6月18日に辞職が認められていました。

ただ、『自動失職』では無かったとはいえ、選挙の投開票日は6月28日。

6月21日には選挙がスタートしており、辞職したのはそのわずか3日前でした。

さらに言えば、早くも3月には立候補表明を行なっていました。

『自動失職』という記述自体はフジノの事実誤認です。

しかし、『すでに3月に立候補表明をしていながら選挙のわずか3日前まであえて辞職しなかった』という事実に対して、今もフジノは違和感が全く消えていません。

『自動失職』との違いは、わずか3日間だけ。

3月に立候補表明して選挙の3日前に辞職するまでずっと議員報酬が出ていたことに変わりはありません。

当初の記述でフジノが表明した違和感は今も全く変わりません。



2017年度もフジノは「教育福祉常任委員会」に就任します/「政策検討会議」「議会ICT化運営協議会」にも参加します

「議会運営委員会」が開かれました

昨日の『議会運営委員会』では、例年どおりに人事についての話し合いが行われました。

具体的には、下の内容について話し合いが行なわれました。

2017年5月10日・議会運営委員会・審査事項

  1. 『常任委員』の配分と正副委員長職の割り当てについて

  2. 『議会運営委員』の配分と正副委員長職の選出について


  3.  

  4. 『政策検討会議』委員の選出について

  5. 『広報広聴会議』委員の選出について

  6. 『議会ICT化運営協議会』委員の選出について

5月10日に開催予定の『召集議会』の場で、正式な決定となります。



5月の「召集議会」であらゆる組織のメンバーが新たに決まります

市議会には、様々な組織があります。

『よこすか市議会なるほどガイド「議会でゲンキ!」』P21より

『よこすか市議会なるほどガイド「議会でゲンキ!」』P21より


議会のあらゆることを議論して決めていく『議会運営委員会』。

市役所の幅広い仕事を網羅する為に4つの分野に分けて議論していく『常任委員会』(総務・都市整備・生活環境・教育福祉)。

常任委員会とは別に、特別な市政のテーマを集中的に期限を区切って議論していく『特別委員会』

横須賀市議会が一丸となって取り組むべき政策のロードマップを作り、行政とは異なる視点で条例を作成し、議会主導で様々な課題を研究・調査・議論していく『政策検討会議』

市民のみなさまの声に広く耳を傾けるとともに、議会からも『議会だより』やツイッターなどで積極的に発信していく『広報広聴会議』

全国に先駆けて議会改革を進めてきた横須賀市議会の改革のエンジンである『議会制度検討会議』

つい先日も議会運営委員会のインターネット中継をスタートしましたが、『横須賀市議会ICT化計画』に基づいて議会のICT化を推進していく為の『議会ICT化運営協議会』

5月10日の『召集議会』では、こうした組織の新たな人事が決まります。

つまり、『市議会の人事異動』です。



フジノは2017年度も「教育福祉常任委員会」で働きます

無会派は、現在4名です。

青木哲正議員、上地克明議員、小室たかえ議員、そしてフジノ。

無会派には、4つの常任委員会(総務・都市整備・生活環境・教育福祉)が1つずつ割り当てられました。

誰がどの委員会に所属するかは話し合いで決まります。

フジノは議員生活14年のうち、合計13年間にわたって一貫して保健・医療・福祉・教育を担当する常任委員会に所属してきました。

2014年の生活環境常任委員会での1年間を除いて、自殺対策・障がい福祉・保健医療福祉などフジノが政治家に転職した想いを実現する上で、最も近道である政策分野の委員会に所属してきました。

『旧・民生常任委員会』と『旧・教育経済常任委員会』が2011年に再編されて、『教育福祉常任委員会』になりました。

市役所組織で言えば、健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会の4部局が所管となります。

フジノは2017年度も『教育福祉常任委員会』で働きます。

正式には5月10日に決定となりますが、無会派のメンバーで話し合って決まりました。

15年目も、今までどおり、全身全霊をかけて働いていきます。

また、『政策検討会議』と『議会ICT化運営協議会』の2つにもフジノは参加します。

横須賀市議会の良き伝統として、会派に属さない議員にもオブザーバー参加が認められています。オブザーバーという名前ではあるものの、実際は正式な委員と同じく議論に加わり、何かを決定する際にもその意思を尊重していただいています。

(他のまちの議会では会派に入っていないと一切の議論に加われないところもありますが、横須賀市議会では大きく異なります)

『政策検討会議』は昨年フジノが所属していた『政策検討会議等準備会』が十分な議論を終えて合意を得られたことから『準備会』ではなく、正式な会議へと発展したものです。

板橋議長による「政策中心の横須賀市議会を進めていこう」という強い想いのもと、横須賀市議会の政策ロードマップを策定し、政策中心の横須賀市議会のアクセルを強く踏んでいく役割が求められている会議です。

これからも全力を尽くしていきます。



緊急質問が認められました/北朝鮮の弾道ミサイル発射の標的とされる横須賀市の市民の不安を取り除き、安全を守る取り組みの周知の必要性

緊急質問(5月10日本会議)が認められました

本日開催された議会運営委員会で、フジノが『緊急質問』を行なうことが認められました。

5月10日に開会する『招集議会』では、通常は市長に対する一般質問は実施されません。

しかし『横須賀市議会会議規則』によって「質問が緊急をようするときその他真にやむを得ないと認められるときは、議会の同意を得て質問することができる」(第54条)で緊急質問の実施が定められています。

議会運営委員会のみなさんに認めていただき、正式に緊急質問ができることになり、大変ありがたく感じています。

5月10日に行なう緊急質問の発言通告書は以下の通りです。

2017年5月10日本会議・緊急質問・発言通告書

【件名及び発言の要旨】

1.北朝鮮による弾道ミサイル発射の可能性が高まっている、その標的に本市がなっている、いつ発射されるかわからない、と市民を連日大きな不安に陥れている膨大なメディア報道に対して、本市が市民の「不安」を少しでも取り除く努力をすべき必要性について

(1) 北朝鮮の弾道ミサイルの標的として米海軍横須賀基地のある本市が名指しされたに等しい各種メディアの膨大な量の報道に対して、多くの市民が強い不安を感じながら日々を過ごしている。

かたや本市では、4月24日に市民安全部危機管理課ホームページの一部を更新したが、それ以外に、市民の強い不安を少しでも取り除くために、これまで本市はどのような取り組みを行ってきたのか。

弾道ミサイルが発射された場合の情報伝達について

弾道ミサイルが発射された場合の情報伝達について




(2) 今後も不安定な国際情勢がいつまで続くかわからず、報道が過熱するたびに市民の「不安」は大きくなると予想される。

本市は今後市民の「不安」を少しでも取り除くための何らかの取り組みが必要だと私は考えるが、市長はどのような取り組みを行なっていくお考えか。



2.危機的な事態においても市民の「安全」を守る国・地方自治体の取り組みを記した「横須賀市国民保護計画」の存在と内容を市民にお知らせし、理解していただく必要性について

(1) 今回、内閣官房「国民保護ポータルサイト」に掲載された「弾道ミサイル落下時の行動について」が報道されたことで、武力攻撃事態において市民がまずとるべき行動が初めて多くの人々に知られることとなった。

弾道ミサイル落下時の行動について(内閣官房「国民保護ポータルサイト」より)

弾道ミサイル落下時の行動について(内閣官房「国民保護ポータルサイト」より)

弾道ミサイル落下時の 行動について(内閣官房「国民保護ポータルサイト」より)

弾道ミサイル落下時の
行動について(内閣官房「国民保護ポータルサイト」より)


しかし、当たり前のことだけが記されたわずか2枚のペーパーを読んでも不安は拭えず、むしろ

「屋内退避の後にどうすべきかわからない」

「Jアラートが鳴ってもミサイルが落ちる方が早く避難は間に合わない」

「自衛隊や横須賀市は私たちを助けてくれるのか」

などの疑問や不安や怒りの声を多くの市民からいただいた。

まさに、そうした武力攻撃を受けた場合や大規模テロが発生した場合に、国民の生命、身体及び財産を保護し、国民の生活や経済に与える影響を最小にするための国・地方公共団体等の責務、住民の避難や救援などの具体的な措置について定めたのが「横須賀市国民保護計画」だ。

横須賀市国民保護計画(平成28年3月改定)

横須賀市国民保護計画(平成28年3月改定)


しかし今回の問題をきっかけに、本計画の存在が全く市民に知られていないことが明らかになった。

市民の「安全」を守るための取り組みがなされていることを適切かつわかりやすく市民に周知すべきことは、そもそも「横須賀市国民保護計画」の中でも本市の責務として定められている。

横須賀市国民保護計画より

横須賀市国民保護計画より


市民の関心が強く高まっている今こそ周知・啓発を適切に行い、まず「横須賀市国民保護計画」の存在を知っていただき、その内容をわかりやすく説明することで対応策へのご理解をいただき、また市民の抱いている疑問の数々にお答えできるよう、取り組みを行なうべきではないか。



3.いまだ終息したとは言えない一連の弾道ミサイル標的問題に対して、なぜ市長がみずからの言葉で市民に対して何らかのメッセージを発しないのか

(1) 国防は国の専権事項だとしてもその被害に遭う可能性が高まった本市市民の安全・安心を守るのは市長の責務である。

一連の弾道ミサイル標的問題に動揺し不安を感じている市民に対して、市長みずからが市民に語りかける必要があるとは思わないのか。

市民への何らかのメッセージを発するべきではないのか。

以上です。

4月から現在に至るまで、本当に多くの市民の方々から電話やメールやじかにお会いした際に(最近では駅頭に立っている時も)、ご不安の声を頂きました。

これだけ多くの声を受けている以上、緊急質問に立つのはフジノの義務だと感じました。

これまでじかにご連絡をいただいた方々には『横須賀市国民保護計画』などをお伝えしてきましたが、とにかく分かりづらいというご意見も頂いております。

改めて、市民のみなさまにとって、少しでも不安を減らせるような、そして分かりやすい情報提供・情報発信の在り方を市長に質していきたいと思います。



ついに「通年議会」スタートします!/5月から横須賀市議会は「ほぼ年中無休」になります

横須賀市議会の「議会改革」がまた1つスタートします

けさは、議会運営委員会が開かれました。

議会の開会1週間前にあらかじめ打ち合わせを行なう為で、『事前議運』と呼んでいます。

毎年5月、横須賀市議会では人事を決める為の『臨時議会』を開いてきました。

4つの常任委員会をはじめ、議会運営委員会や特別委員会等の任期が切れるので、この臨時議会で新しいメンバーを選びなおしをするのです。

けれども、今年の5月議会は、今までとは全く違う意味を持った特別な議会となります。

ついに『通年議会』がスタートするのです!

下の書類(今日の議会運営委員会のプログラム)をご覧下さい。

議会運営委員会審査事項より

議会運営委員会審査事項より


昨年の5月議会の事前議運のプログラムをご覧下さい。

昨年2016年5月臨時議会の為の事前議運の資料より

昨年2016年5月臨時議会の為の事前議運の資料より


違いが2つあります。

昨年と今年の『5月議会』の違い

  1. 昨年までは会期(議会活動する期間)がたった1日だけの臨時議会でしたが、今年から会期は「356日」=ほぼ丸一年となります

  2. 昨年までは「第1回臨時議会」「第3回定例会」とその年の何回目の議会なのか数字で表していましたが、1年を通して議会は開会しているので番号は無くなりました。

昨年6月3日に神奈川新聞が記事にしてくれたものです。

2016年6月3日付・神奈川新聞記事より

2016年6月3日付・神奈川新聞記事より


1点だけ記事と異なるのは、『開会』を年頭の1月をスタートにしてしまうといろいろな不便があるので、常任委員会等の任期が改まる5月を『開会』としました。



「通年議会」って何?

議会改革を進めてきた横須賀市議会にとって、『通年議会』は長年の宿題でした。

フジノが市議会議員に転職したのが2003年。

当時、実は地方自治法によって、議会の回数は『年4回以内』と定められていました(少ない!)。

しかし翌2004年に回数制限が廃止されました。

そもそも戦後に連合国軍総司令部(GHQ)は地方自治法を策定するにあたって、地方議会の開催回数を増やすことを提案していました。具体的には年12回以上です。

民主主義の学校である地方自治、その地方自治を体現する地方議会の権限を活かすには、積極的な会議の開催が不可欠だと考えていたからです。

けれども紆余曲折の末に、地方自治法では地方議会は『定例会』と『臨時会』の2つに分けられて毎年6回以上と定められてしまいました。さらに1952年、1956年の改正によって回数が減らされていき、年4回以内へと縮小されてしまったのです。

議会改革を志す全国の有志たちは2004年の回数制限廃止をきっかけに、動き出しました。

すでに2007年には北海道白老町議会がトップを切って『通年議会』をスタートさせました。

2012年には全国で24の県議会・市議会・町議会が『通年議会』に踏み切っています(全議会の2%です)。

「図解地方議会改革実践100のポイント」江藤俊明著、学陽書房。2008年より

「図解地方議会改革実践100のポイント」江藤俊昭著、学陽書房。2008年より


上の図は、我が国の議会改革の理論的リーダーである江藤俊昭教授(山梨学院大学)が2008年に記した著作からの引用です。

年4回しか開かれない『定例会』では、問題にスピーディーに対応できません。議会を活性化する上でも『通年議会』はとても有効です。



これまで「議会」の主導権は「議長」にありませんでした

地方自治は二元代表制(議会・市長の2つの市民代表による切磋琢磨)と言われていますが、議会を開く為の『召集権』は市長にあります。議会を開くことができるのは議長ではなく、市長なのです。

極端な言い方をすれば、議長が「議会を開いてほしい」と市長に要求しても、議会で追及されるのが嫌ならば市長は議会をすぐに開催しないこともできるのです。

しかし、『通年議会』を導入すればこのような事態を防ぐことができます。

必要に応じて議長の判断で会議を開くことができるようになります。



市長の独断や事後報告で済ませることをストップできます

市長には『専決処分』という権限が与えられています。

緊急性を要する事柄や金額が少ない案件(といっても市民のみなさまの大切な税金です)については、議会での審査なしで決定してしまいます。

『専決処分』した事柄は、後日、議会に事後報告だけすれば良いだけ。これでは議会のチェック機能が働きません。

2010年、鹿児島県のある市では、議会と対立していた市長が議会をわざと召集せずに『専決処分』を乱発したことがあります。

この市長は特殊な事例ですが、決して自分のまちでは起こらないとは言えません。

議会がずっと開会している『通年議会』ならば、このようなことはそもそも防ぐことができるのです。



全ての議会改革は、もっと『民意』を反映していく為です

横須賀市議会では、2004年の回数制限廃止から約10年、他都市で『通年議会』を導入した議会の動きを注視してきました。

フジノが上に記したのはメリットの部分だけです。

一方で、通年議会がスタートする前から理論的にいくつものデメリットも想定されていました。

まちによってはいったん通年議会を導入したものの、とりやめたところもあります。

こうした各地の取り組みを注視しながら、横須賀市議会の中ではじっくりと議論を続けてきました。

そして、ついに機が熟して、今日に至ったのです。

この5月10日から横須賀市議会では『通年議会』がスタートします。

フジノたち横須賀市議会議員には、ますます働く時間が増えますし、忙しさは増えていくことになります。

けれども、市民のみなさまの暮らしを守る為には『通年議会』の実施は悲願でした。

まさに今の吉田市長のように問題だらけの行政トップを前にして、わずか年4回しか議会が開かれないのはとても危険だと感じています。

議会で答弁したことと正反対の事実が、閉会した翌日の新聞朝刊に大きく報じられる。

つい先日の予算議会でも最終日に行なった緊急質問に対する市長の答弁と全く異なる事実が田辺・青木議員によって明らかになりました。

けれども議会は閉会してしまったので、市長の虚偽答弁の可能性が高いにもかかわらず、問題を追及することさえできなかったのです。

やむなく記者会見という形でメディアに問題提起をするという形となりましたが、やはり議員の本文は議会での質疑による追及です。

横須賀市議会はこの5月10日から『通年議会』に生まれ変わります。

市民のみなさまにとって、今すぐ感じられる大きなメリットはきっと無いでしょう。

けれども、この『通年議会』のスタートは将来必ず評価される改革です。

10年以上待っていたフジノは、『通年議会』の持つ大きな可能性に強く期待しています。

今まで以上に市民のみなさまの声を市政に反映できるように、横須賀市議会のメンバー全員が取り組んでいくはずです。



街はどこでも小劇場!/上地克明(ヨコスカ復活の会代表)街頭演説@横須賀中央ワイデッキ

基本構想2.街はどこでも小劇場!

前回(基本構想1)に続いて、上地克明さん(ヨコスカ復活の会代表)の演説を掲載します。

3つの基本構想を掲げる上地克明さん(ヨコスカ復活の会代表)

3つの基本構想を掲げる上地克明さん(ヨコスカ復活の会代表)


『ヨコスカ復活の会』では3つのグランドデザインを掲げています。

「ヨコスカ復活の会」の提言

「ヨコスカ復活の会」の提言


第2回の動画はグランドデザインの2番目『街はどこでも小劇場!』について、30秒のショートバージョンです。

上地さんとフジノは市議会議員としては当選同期ですが、15年前の当選直後から上地さんとは深いご縁を頂いています。

当選からわずか2ヶ月後、横須賀では伝説となっている『横須賀音開き』という素晴らしいイベントがありました。フジノにとって大切な友人や知人もたくさん出演したりボランティアとして運営に関わっていました。

実は、この巨大なイベントをバックアップして下さっていたのが、上地さんでした。

ボーカリストとしても知られる上地克明さん。音楽を心の底から愛しています。

だから、このまちで音楽イベントを開催したいという声に心から共感して、凄まじい人数の出演者・運営に関わる人々をまとめあげて大成功に導きました。

残念ながらこの『音開き』以降、横須賀全体を巻き込むような巨大音楽イベントは全く開催されていません(政治家として上地さんが忙しくなってしまい、プロデュースができなくなってしまったからです)。

音楽・映画・サブカルチャー、世代を超えて大切なものでつながる仲間、そんな意識で上地さんのことを捉えているアーティストやミュージシャンが横須賀市内には多いと思います。

だからこそ、基本構想2の街は『どこでも小劇場!』なのです。

かつて横須賀では、音楽イベントがたくさんありました。ストリートミュージシャンもたくさんいました。

それがいつからかすっかり姿を消しました。どんどんつまらない街になっていきました。

上地さんはもう1度このまちをおもしろくしたいと本気で考えています。

ところで、上地さんは市議会議員になった後もヴォーカリストとしての活動を止めることはありませんでした(ギターをすっかりやめてしまったフジノとは大違いです)。

フジノは『ARB』というバンドが好きなのですが、そのヴォーカルの石橋凌さんに上地さんの声質は似ていて、渋いです。

YouTubeにも何本ものライブ動画がアップされています。

そんな訳で、ちょっとご紹介。















ちなみにフジノは何曲か上地さんの歌を歌詞カード無しで歌えます。



「海洋都市よこすか」として復活させる!/上地克明(ヨコスカ復活の会代表)街頭演説@横須賀中央ワイデッキ

基本構想1.「海洋都市よこすか」として復活させる!

小泉進次郎代議士の応援演説に続いて、上地克明さん本人の演説を掲載します。

「横須賀復活計画」を掲げる上地克明さん

「横須賀復活計画」を掲げる上地克明さん


『ヨコスカ復活の会』では3つのグランドデザインを掲げています。

「ヨコスカ復活の会」の提言

「ヨコスカ復活の会」の提言


第1回の動画はグランドデザインの1番目『海洋都市』について、30秒のショートバージョンです。



横須賀の海を活かすべき

東京湾と相模湾からの海の幸。

そして、都心から1時間のマリンレジャー。

様々な地域資産を融合させ『海洋都市』としての魅力を向上させるべきです。

『海洋都市よこすか』とは、上地さんの持つ幅広い人脈をフル活用して初めて実現するものです。

国・県などの『官』。

起業家・六次産業などの『産』。

大学・研究機関である『学』。

この産官学が一体となって取り組んでいく、夢と希望にあふれたまちづくり構想です。



あえて詳しく記しません。この続きはぜひ街頭演説やミニ集会で

上地さんと語り合ってきたフジノは『海洋都市よこすか』のイメージとその実現手段をお聴きしているのですが、ここではあえて記しません。

ぜひ市民のみなさまには、街頭演説や駅立ちをしている上地さんから生の言葉でお聴きしてほしいと思うからです。

詳しくは、ぜひ街頭やミニ集会で!

基本構想その2の動画はこちらです)



小泉進次郎代議士が上地克明さんの応援に駆けつけました!/「ヨコスカ復活の会」街頭演説@横須賀中央ワイデッキ

上地克明さん(ヨコスカ復活の会代表)の応援に小泉進次郎代議士が来てくれました

夕方4時から『ヨコスカ復活の会』で街頭演説を行ないました。

出番を待つ「横須賀復活計画」チラシとマイク

出番を待つ「横須賀復活計画」チラシとマイク


横須賀中央駅前のワイデッキです。

GW初日は晴れ渡りました

GW初日は晴れ渡りました


代表である上地克明さんの応援に、小泉進次郎代議士が駆けつけてくれました。

実は、小泉進次郎代議士がまだ高校生だった頃から、上地さんとはおつきあいがあります(かれこれ20年以上!)。

どことなく楽しそうな小泉代議士(笑)

どことなく楽しそうな小泉代議士(笑)


フジノも上地さんから聴かせていただいたことがあるのですが、進次郎さんのことをとても可愛がっていたそうです。

応援演説の一部を動画でアップしますね。

上地さんと20年来のつきあいがある小泉代議士

上地さんと20年来のつきあいがある小泉代議士




フジノが急いで字幕を作成したのでミスもあるかもしれませんが、どうぞ御覧ください。

上地克明さん本人の演説の動画は次の記事をご覧ください。