2017年9月議会・所信表明への個人質問

藤野英明です。よろしくお願いします。

所信表明への質問をする藤野英明

1.横須賀復活の為に行政、議会、市民の皆様が一丸となって全員野球で取り組む必要がある、と訴える上地市長に、任期の始まりに明確に伝えて頂きたいことについて

「横須賀復活」の取り組みを進めていく為に、所信表明のタイミングを捉えてぜひ全ての市民のみなさまと議会に対して、上地市長から明確に伝えて頂きたいことがあります。

まず、市民のみなさまに対して伝えて頂きたいことです。

市長選挙において、上地候補は複数の政党の推薦を受けました。

そのことを、対立する陣営は、

「上地候補が当選すれば政党の言いなりになる」

と批判してきました。こうした批判は選挙での常とう手段に過ぎないのですが、この機会にあえて伺います。

【質問1】
上地市長は推薦を受けた政党の為に働く市長なのでしょうか。

それとも40万人の横須賀市民の為に働く市長なのでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


さて、過去数年にわたり、前市長を大音量で糾弾する街宣車が市役所周辺をはじめ市内各地で活動してきました。

市長選挙の際、一部の人々はこの街宣車による活動とその団体を意図的に上地候補と結びつけて語り、攻撃材料にしてきました。

このデマを真に受けてしまった市民も残念ながら実際におられます。

【質問2】
もとより当該団体や街宣車による活動と上地市長は全く無関係であること、関係づけは事実無根の誹謗中傷であることを、この際、市民のみなさまに明言して下さい。


(→市長の答弁へ)


所信表明への質問をする藤野英明


さて、今回の市長選挙では3人が立候補し、市民の方々はそれぞれの信念に基づいて市長にしたいと考える候補をそれぞれに全力で応援しました。

選挙から2カ月半が経った今でも、当然ながら感情的にわだかまりのある方々もおられます。

けれどもこれからは、選挙によって分断された異なる立場の市民の方々にも、今までのあらゆる感情をのりこえて全員野球に参加して頂かねばなりません。

【質問3】
他の2候補を応援した市民の方々の想いを、上地市長はどう受け止めておられるのでしょうか。

お聞かせ下さい。


(→市長の答弁へ)


【質問4】 
また、他候補を応援した市民の方々に対して、ぜひ『融和』を呼びかけて頂きたいのですが、いかがでしょうか。


(→市長の答弁へ)


今回の市長選挙の投票率は46.1%にとどまりました。

投票に足を運ばなかった有権者は、残念ですが、過半数にのぼります。

【質問5】
上地市長はこの現実をどう受け止めておられるのでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


『横須賀復活』の為には、棄権した過半数を超える有権者を含む全ての市民のみなさまに、このまちの主役であるとの当事者意識を持っていただき、これからの取り組みにぜひ参画していただく必要があります。

【質問6】
そこで上地市長は、今回棄権した多くの方々にどのように呼びかけていくのでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


続いて、市議会に対して伝えて頂きたいことです。

前市長と市議会との信頼関係は、最終的に完全に崩壊していました。

その理由は数多くありましたが、1つには議会との議論を軽視する姿勢がありました。

ディベート技術を用いて質問内容に真正面から答えず、本会議や委員会の貴重な質問時間が空疎な答弁で消えていくことが僕は本当に残念でなりませんでした。

上地市長には議会との信頼関係をぜひ取り戻して頂きたいので、あえて以下の3点を伺います。
 
【質問7】
第1に、上地市長は、議会での質問には真正面から答弁し、常に建設的な議論を行なう姿勢を貫いていただけるでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


前市長は、質問をする会派や個人によってあまりにも短く答弁したり、露骨に態度を変えることがありました。

【質問8】
そこで第2に、上地市長は、質問者によって答弁や態度を変えるようなことはしない、と宣言していただけますか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


前市長は、質問や提案に対して前向きなニュアンスに聴こえる答弁をしながらも、実際は各部局へ何の指示も出していないことも多かったです。

その為、後日部局を訪れて、ひとつひとつの答弁への実際の対応を全て検証していかねばならず、「市長答弁とは何なのか」「ただのその場しのぎなのか」と、結果的に議会での市長答弁そのものを全く信頼できなくなりました。

【質問9】
そこで第3に、上地市長は、議会での自らの答弁に責任をもって、必ず各部局に対して答弁に沿った指示を出していただけますか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)

2.市長就任から2か月、市議時代には知ることができなかった本市の克服すべき課題の多さと大きさについて

就任から2か月、市民、関係団体、県、国との意見交換を重ね、庁内各部局とのヒアリングを行なった結果、克服すべき課題の多さと大きさを認識した、と上地市長は述べました。

市議時代の上地市長は、常にこのまちの現状に危機感を持って問題提起をしてこられたものの、市議の立場では行政内部の全ての情報にはアクセスできないのも事実です。

そこで伺います。

【質問10】
市長職に就任して、初めて知った克服すべき課題の多さと大きさとは具体的にはどのようなことでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)

3.基本姿勢として忠恕を市職員に求めるのであれば、借金減らしの為に行なわれてきた過度な退職者不補充と新卒採用の減少をやめ、市民に必要な行政サービスを提供できる十分な職員数の確保を行なう必要性について

かつて本市役所には個人にも組織にも良き風土がありました。

政策立案能力の高さから『スーパー公務員』として全国に知られたり、国の新制度の創設の際には地方自治体の代表として招聘されたり、先進的な政策の文献を出版する職員も多くいらっしゃいました。

また、組織風土の良き例を挙げれば、旧・長寿社会課には、

「顔の見える関係を築くべく、全ての施設やサービス事業所を訪れて自分の名刺を置いてこい」

と現場回りの重要性を先輩は後輩に伝えてきました。公務員らしかぬ、民間企業の営業職のような良き伝統です。

しかし、借金返済を最優先にした前市長のもとで、退職者不補充と新卒採用の絞り込みが徹底され続けました。

人件費カットは借金を減らす上で最も簡単な方法ですが、大きな弊害をもたらします。

その結果、市の借金だけは減りましたが、職員は目の前の大量の仕事をこなすだけで精一杯になり、『スーパー公務員』と呼ばれるような存在は消えました。

良き風土の例として挙げた旧・長寿社会課の教えですが、現在の介護保険課や高齢福祉課に尋ねると、今も覚えている係長クラスはいるのですが、

「業務量の多さから部下に伝えても実行は不可能だ」

と述べました。

市民ニーズの複雑多様化の現実を前に、福祉部をはじめ多くの部局で業務量の増加に比して、職員数が足りず、本市役所の良き風土も失われつつあります。

そんな中、上地市長は機会があるごとに、各部局に対して市民からの相談には思いやりをもって親身にお聴きするよう指示をしておられるとのことです。

けれども、もともと多くの職員は思いやりをもって市民と向き合ってきましたし、今もそうしています。

この状況でさらに「忠恕」の心を「今以上に持て」となれば、むしろ多くの真面目な職員が潰れてしまうのではないかと僕は危惧しています。

【質問11】 
そこで、まずは、増大する一方の業務量に応じた適切な職員数を確保する方針へ切り替えて頂きたいのです。

それは同時に、本市役所に存在していた良き伝統と風土を取り戻すことにもなると僕は考えています。

上地市長はいかがお考えか、お聞かせ下さい。


(→市長の答弁へ)


所信表明への質問をする藤野英明

4.所信表明で述べられた横須賀復活の為の3つの構想及び4つの復活計画と、市議時代及び選挙中に訴えていた政策との関係について

所信表明で本市の方針として正式に語られた3つの構想や4つの計画は、市議時代から上地市長が一貫して訴えてきた事柄がほとんどです。

これらが市議時代の考えと同じなのか否か、いまだ明確では無い為、数点、伺います。

まず、横須賀復活の為の3つの構想についてです。

『音楽・スポーツ・エンターテイメント都市構想』ですが、選挙中から現在に至るまでハコモノ作りと誤解しておられる市民の方がいらっしゃいます。

3月28日に出馬表明の記者会見を行ないましたが、それを報じた新聞各紙に『アミューズメントパーク建設』と掲載されたこと、それを選挙中に対立陣営が

「新たなハコモノ作りだ」

と批判し続けました。

その為、選挙中には「ハコモノ作りなのか」と僕たちに尋ねる市民がいらっしいました。

そのたびに僕は音楽を例に挙げて、こんなお話をしてきました。

これはハコモノ政策ではありません。

音楽だけでなく、そもそも人間には誰もが、絵を描いたり、小説やブログを書いたり、『表現したいという欲求』があります。

その欲求をかなえられることは『自己肯定感』を高める効果があるのです。

まちなかにいつも音楽が流れている。

聴く方も演奏する方もともに楽しさを感じられる、そんなまちに変えていきたいのです。

高校時代には僕もバンドをやっていてギターで路上ライブをしていた時期もありますが、かつて横須賀は、プロ・アマチュアを問わずミュージシャンの方々から『日本一、路上ライブがやりやすいまち』だと言われてきました。

東京都ではわざわざ路上パフォーマンスできる場所を決めて許可制で提供したりしていますが、横須賀は違います。

警察もわざわざ注意しませんし、通行人のみなさんも、基本的に音楽やパフォーマンスに対して寛容な街でした。

その為、僕の知人に、世界的に評価されている和太鼓奏者が居るのですが、世界ツアーの合間に日本で暮らす場所としてどこが良いかと考えて、拠点である新潟からあえて横須賀に引っ越してきました。

そして、駅前や商店街などで演奏を聴いてもらっています。

ただ、ご存じない方も多いのですが、音楽に関わっている立場からすると、実は、残念ながら今の横須賀は以前のようにはライブができにくいまちになってしまったんです。

例えば、若手バンドマンたちがうみかぜ公園を借りて大規模な無料野外フェス『横須賀HOBOフェスティバル』を毎年開催していて10回以上、続いていました。

けれども会場を貸してもらえなくなってしまい、途絶えてしまいました。

また上地候補ご自身が、関東全域からすさまじい来客数があり、今では伝説となっている野外フェス『横須賀音開き』を14年前の夏にプロデュースしました。

しかしその後は誰も、同じようなイベントを開催できていません。

この数年間の横須賀は、閉塞感で窮屈な重い空気を感じます。

こうした空気を変える為にも、『演奏したい人たち』の為には自己表現をしたいという率直な想いを叶えたい、また、『市民のみなさまや市外の方々』には横須賀のまちに出ればいつでも路上ライブや野外フェスを楽しめる、そんな想いを叶えられる自由なまちに政治・行政で変えていくのが上地候補の構想です。

今すぐ税収が増えるような効果がある政策ではありません。

しかし長期的には、人々の自己肯定感を高める効果がありますし、『音楽のまち』として再び全国に知られることで、自由な文化の明るい空気に包まれた横須賀には必ずたくさんの人が集まるようになっていくと僕は考えています。

このように申し上げてきました。

ただこれはあくまでも選挙中に僕の立場で申し上げてきたことに過ぎません。

【質問12】 
そこで、市長就任後の上地市長ご自身のお言葉で『音楽・スポーツ・エンターテイメント都市構想』とは具体的にどのような施策が為されることなのかを、改めて市民のみなさまにご説明いただけないでしょうか。


(→市長の答弁へ)


【質問13】
また、本構想には何らかの新たな施設建設が含まれるのか、ぜひ明確にお答え下さい。


(→市長の答弁へ)


本会議で質問をする藤野英明


次に『谷戸再生構想』についてです。

『谷戸再生』と言えば『谷戸公社の設立』が市議時代の上地市長の持論として、多くの議員に記憶されています。

本市が新たに『谷戸公社』を立ち上げ、計画を作り、土地・家屋の寄附を受けたり買い取った上で、整備開拓を行なっていく手法を提唱しておられました。

そこで伺います。

【質問14】
「谷戸再生構想」は市議時代と同じ手法をお考えでしょうか。

あるいは、市長就任後の現在は新たに別の手法をお考えなのでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


次に、横須賀復活の4つの計画のうち、その3『子どもの教育の復活』について伺います。

上地市長は所信表明において、このように述べました。

「全国平均を下回っている本市小中学生の学力向上を重要課題と認識し更なる取り組みを進める」と。

僕は前市長と全く変わらない表現だった為、率直にショックを受けました。

何故ならば、市議時代の上地市長と僕は、

「前市長による学力向上の様々な取り組みはそもそもこどもに向き合う前提が間違っている」

と意見交換を重ねてきたからです。

つまり、

「こどもたちにはまず衣食住が満たされて安全で安心できる環境が提供されなければ、そもそも学習意欲を持てないのが当たり前だ」

と語り合ってきました。

ひとり親家庭やこどもの貧困問題に強い関心を持ってこられた上地市長ですから、本市には様々な事情で生活習慣の確立も難しいこどもも多い現実を共有してきました。

だからこそ、

「こどもたちに心身の健康と安全で安心して生活できる環境を政治と行政が確保することこそが優先課題なのだ。それから初めて学力や体力の向上がありうる」

そう、2人でいくども話してきました。

選挙中に前市長の取り組みとの違いを尋ねられた際にも、僕はこうしたお考えをお伝えしてきました。

けれども、所信表明ではその部分がすっぽりと抜け落ちてしまっています。

この表現だけでは、「前市長と同様にこどもたちに単に詰め込み教育を続けていくのか」と市民に誤解を生みかねません。

そこで、伺います。

【質問15】
『こどもの教育の復活』の為にも、「まずこどもたちには衣食住と安全で安心できる生活環境の確保がなされるべきで、そのベースの上に学力向上の取り組みが効果を持つ」というお考えに変わりは無いでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


市長の所信表明に対して質問をする藤野英明

5.所信表明中の「基地について」では語られなかった、平和を希求する上地市長の強い想いについて

選挙前から、報道各社や市民団体からのアンケートや公開討論会で日米安保体制や日米同盟、そして基地について問われると、上地候補は『容認』の立場だと回答してきました。

選挙中、それを対立陣営はネガティブキャンペーンに使い、上地候補はまるで『米国従属の好戦的なタカ派』であるかのように攻撃しました。

選挙後、僕はある平和団体の方と意見交換をしたのですが、ネガティブキャンペーンを真に受けて、上地市長を誤ったイメージで見ている事を知り、残念でなりませんでした。

市長の所信表明への質問をする藤野英明


そもそも僕自身は、原子力空母にも米軍基地の存在にも反対です。

それでも上地候補を強く応援したのは、わずか14年間のお付き合いではありますがその日々を通して、一人の人間・上地克明が根本的にいかに平和主義者であるか、その想いの強さを知っていたからです。

先の大戦でニューギニアの最前線に送られたお父さまが戦友を亡くし、飢えに苦しみ、戦後もPTSDに長く苦しみ続けてきた姿を通して、戦争による様々な不幸と悲劇を、幼い頃から上地さんは直視してきた。

そして戦争を憎み、誰もが自由で平等に暮らせる平和な社会を創りたいと強く願った。

だから、政治家を志した。

生身の上地さんとつきあいがある人は知っている、上地さんの原点です。

だから、『容認』という単語を使っていても、心の奥にどれほどの葛藤や想いがあったか僕は推し量らずにいられません。

市民のみなさまがそうした生の姿を知らないまま、ネガティブキャンペーンで作られた誤ったイメージで自分のまちの市長を見てしまうことは、市民のみなさまにとっても
大きな損失を生みかねないことだと僕は考えています。
 
今回の所信表明で、上地市長は基地について、世界の中の横須賀の位置づけを、地政学的に冷静かつリアリスティックに見つめた上で、日米安保体制、日米同盟、米軍基地について語りました。

歴代市長との違いは

「防衛施設が横須賀に立地していることによる本市の逸失利益を積極的に国に対して強く求めていく」

という市議時代からの持論が語られたことです。
 
ただ、限られた時間の中で語られたこの表現だけでは、平和を求めてやまない上地市長の本来の強い想いが、残念ながら、全く伝わらなかったことも事実です。

【質問16】
そこで、ぜひ市民のみなさまに対して、『戦争』と『平和』に対する上地市長の基本的なお考えを語って頂きたいのです。

平和を希求してやまない上地市長らしいお言葉で語って頂きたいのですが、いかがでしょうか。


(→市長の答弁へ)


所信表明への質問をする藤野英明

6.「誰も一人にさせないまち」を実現する為に必要な「地域福祉計画」の策定について

「誰も一人にさせない」

これは、上地市長の生きざまそのものも表している、人々への想いを一言に集約したものです。

この実現こそ『横須賀復活』の先にある最終目標なのだ、と述べた所信表明に僕は強く賛同しています。
 
所信表明への質問をする藤野英明


さて、現在、国では『我が事・丸ごと』地域共生社会の実現に向けて、平成28年から閣議決定をはじめ、『我が事・丸ごと』地域共生社会実現本部の設置や法改正など様々な体制整備をすすめています。

全国の市町村は包括的な支援体制づくりを進めていかねばなりません。

こうした国の動きと、上地市長の『誰も一人にさせないまち』とは、まさに同じ方向を目指すものだと僕は受け止めています。
 
国は社会福祉法を改正しましたが、包括的な支援体制づくりを計画的に推進していく為に『市町村地域福祉計画』の位置づけを、3点見直しました。

障がい福祉、こども家庭福祉、高齢福祉などの分野別の計画がありますが、まず『地域福祉計画』はこうした計画の上位に位置づけられました。

次に、障がい・こども・高齢など従来の対象だけでなく、複合・多問題に苦しむ人々や制度の狭間でSOSを発信できない人々などが加わりました。

そして、計画の策定が努力義務化されたのです。

当然、本市もすぐに策定に動くべきでした。

しかし、これまで前市長は『地域福祉計画』を策定せずに、策定を求める議会質疑に対しても「今後研究する」と答弁をしただけで、消極的でした。

その結果、最新の厚生労働省・平成28年度調査によれば、全国で計画を策定していないのは中核市では2市のみとなり、本市は大変遅れた、情けない状況に置かれています。

『誰も一人にさせないまち』を創るという上地市長の想い、『我が事・丸ごと』地域共生社会の実現という国の方向性、この両者を実現する手段のひとつとして、『地域福祉計画』の策定は不可欠です。

市民のみなさまの為にも、上地市長にはぜひ策定を決意して頂きたいです。

ただ、本計画は、多様な主体が参画し、合意形成を図って策定するプロセスそのものが重要であることから、単に早く作れば良いものではなく、一定の期間をかけて作成すべき性質があります。

【質問17】
そこで、伺います。

『誰も一人にさせないまち』の実現の為にも、上地市長の1期目の任期中に「地域福祉計画」の策定を始める、と約束していただけないでしょうか。

お答え下さい。


(→市長の答弁へ)


以上で1問目を終わります。



上地市長の答弁

想いのこもった質問に感情を揺り動かされそうになっているんですが、いちおう首長なので、淡々とその想いを受けてお答えをさせていただきたいと思います。

まず、『横須賀復活』の為に全員野球で取り組む必要があると訴えた、私の想いについてです。

【答弁1】
今回の選挙では複数の政党をはじめ、多くの市民や関係団体のみなさまのご支援ご支持を受けました。

市長の仕事というのは当然のことながら、特定の方だけでは無く、多くの方々の声に耳を傾け、市民の為に何がベストであるかを念頭において市政運営をすることが務めである、というふうに思っています。


【答弁2】
次に、街宣車で前市長を糾弾した団体と私との関係性についてです。

私は当該団体とは縁もなく、関係もありません。


【答弁3・4】
次に、市長選挙において他の2候補を応援した市民の方々の想いをどう受け止めているか。またそのような方々に対して『融和』を呼びかけることについてです。

私も含め、候補者は三者三様の主張を持ち、目指すまちづくりの方向性や、力点を置く政策にはそれぞれ違いがあります。

ですが、横須賀を愛する気持ちはどの候補者も同じであったと思います。

そしてそれは、支持する市民の方々も同じ気持ちを持っていると思います。

私は、今の横須賀にとって一番大切なことは『協調と連帯』だと所信表明の中でも訴えさせていただきました。

『横須賀復活』の実現は、議会、関係団体、市民のみなさま一丸となって取り組むことが必要不可欠だからです。

横須賀を良くしていきたいという想いただ一点で、私を支持していただけなかった方々も含め、多くのみなさまと同じ方向を向いて共にまちづくりを進めていただけることを、心から念願をしています。


【答弁5】
次に、今回の市長選挙で投票に足を運ばなかった有権者が過半数にのぼる現実をどう受け止めているか、についてです。

これは一義的には、私の不徳の致すところです。

しかしこの現実をしっかり捉えて、民主主義の根幹である投票参加に結びつくように市民ニーズを把握しなければならない、というふうに感じています。


【答弁6】
次に、今回棄権した多くの方々に対してどのように市政への参画を呼びかけていくのか、についてです。

投票率は、自分の住むまちの関心の程度を表す物差しのひとつだと思っています。

棄権者が多いということは、自分の住むまちに対する関心の低さの現れ、とも捉えることができて、これまで議員として市政に関わってきた者としても大変残念に思うし、内心忸怩たる思いでいっぱいです。

今回棄権された方々をはじめ、多くの市民に当事者意識を持って市政に参画していただく為には、横須賀の将来に希望と期待感を持ってもらえるようなまちづくりを確実に進めていくこと。

それが、何よりのメッセージだというふうに考えます。


【答弁7】
次に、議会での質問には真正面から答弁し、常に建設的な議論を行なう姿勢を貫くことについて、です。

これは当然のことだというふうに考えます。

今回の代表質問の冒頭で申し上げました通り、議会からの質問に対しては誠実に答えることが私の責務だと思います。

改めて、真正面から答弁し、率直に建設的な議論を行う姿勢、正直になること、これをお約束をさせていただきます。

本会議の場においては、細かな数字のやりとりではなくて、本質的・政策的な議論をしてまいりたいと思いますので、ぜひこれにはご協力をお願い申し上げたいと思います。


【答弁8】
次に、質問者によって答弁や態度を変えることはしないと宣言することについてです。

これも当然のことだというふうに思います。

質問者によって答弁や態度を変えるようなことはまさしくあってはならないことですので、この場を借りて改めてそのようなことはしないということを宣言させていただきます。


【答弁9】
次に、自らの答弁に責任を持ち、必ず各部局に対して答弁に沿った指示を出すことについてです。

議会との信頼関係が無くなってしまっては、横須賀市の復活はおろか、前に進めることすらできなくなってしまいます。

本会議場では各部局長が同席していますので、私の答弁をしっかり聞いて対応してくれるものと信じています。

しかし、本会議で前向きな答弁をしたことについては各部局に改めてしっかり指示していきたい、というふうに思います。


【答弁10】
次に、本市の克服すべき課題の多さと大きさについて、です。

まず大きな課題として強く感じたのは、国や県とのしっかりとした関係性が構築できていなかった、ということです。

また新たな取組みを進めようとした場合、予想もしていなかったようなところからの反響や、思いもよらぬ影響があるということであります。

そういうことがわかりました。

具体的な内容については言及できませんが、行政を行なっていくうえでは様々な考えや、様々な立場の方々とも向き合っていかなければならない、ということを実感しています。


【答弁11】
次に、市職員に『忠恕』を求めるのであれば、市民に必要な行政サービス提供のために十分な職員数を確保することの必要性について、です。

業務量に応じた適切な職員数を確保することは、私も当然必要であると考えます。

しかし、業務量が増えればその分の人員を増やすという従来方式のやり方では、組織の肥大化を招き、行政経営は成り立たないと考えます。

市役所内部の仕事のやり方や既存の政策を徹底的に見直し、まずはそこで捻出した人員を新たな政策や人員が不足している業務にシフトする不断の努力とマネジメントが必要であることは当然であります。

幹部職員には、そうした私の考えを浸透させるために、私自身も適切な職員数についてはしっかりとしたマネジメントをしていく考えです。

それでもなお人員の不足が見込まれる業務については、適切な職員配置は当然として検討していかなければならないと思います。


【答弁12】
次に、『音楽・スポーツ・エンターテイメント都市構想』の具体的な施策についてです。

先ほど藤野議員がおっしゃってくれた通り、よく代弁していただいた。その通りでありますが、いちおうお伝えしなければいけないと思っています。

私は横須賀の魅力をさらに高め、人を惹きつけていく為に、音楽やスポーツを中心としたエンターテイメントの力を活用していきたいというふうに思っています。

これは毎度申し上げているとおりです。

例えば、ウインドサーフィンワールドカップに音楽やダンスを融合させたり、カレーフェスティバルなど大規模イベントに、街中で行われている様々なイベントに、エンターテイメント性の高い音楽を加えることによって相乗効果となって、より楽しい催しへと発展すると思います。

そうした取組みを横須賀の様々な場所で進めていきたいというふうにまずは考えています。

また、ハード整備という点において、こうした構想を進めていく中で、例えばベイスターズ公式戦の観戦者数の増加に伴い、トイレの改修やバックシートの設置など、横須賀スタジアムの魅力を高めて、集客を促進することでまちの活発化に資するとも考えられるハード設備についても、戦略的に取り組んでいく必要性はあると思います。


【答弁13】
また、新たな施設建設については今のところ何かを予定している訳ではありませんが、ソフト・ハードに限らず、市民にとって費用対効果が高い事業に対して、様々な財源を活用しながら投資を行なっていくことは当然あり得ると考えています。


【答弁14】
次に、『谷戸再生構想』と『谷戸公社』の設立についてです。

『谷戸再生構想』は地域での支え合いとしての活動の成果が実感できる現状のコミュニティの再生を図る手法と、公共事業のように面的な整備を行なう、ハード的な手法を考えています。

これは以前も申し上げましたが、私が以前提案した『谷戸公社』の事業資本については、この前お答えしたとおり、試算した結果『公社』という単独手法では莫大な費用がかかる。

財政的負担が大きいことから、民間活力を活用した手法などを研究し、将来的な実現可能性を模索していきたいというふうに考えます。


【答弁15】
次に、『こどもの教育の復活』についてです。

横須賀のこどもたちの学力は、かつてから課題があると考えていました。

選挙活動の際、様々な政策を掲げましたが、学力向上については藤野議員がおっしゃるとおり、少し言葉足らずでありました。

学力向上は単に学習状況調査の結果を向上させることに走るのではなく、個々のこどもの能力を伸ばすことが重要であることは言うまでもありません。

一方で、こどもの学力向上には生活環境が少なからず影響しており、勉学に向き合う環境をいかに整えるかが重要な施策と考えています。

したがって、こどもの貧困問題など実態を精査し、支援が必要な家庭にかかわる問題の解決に取り組んでいくことは、以前から一緒に話をしていたように、市長としての私は使命であると考えています。


【答弁16】
次に、平和を希求する思いについてです。

藤野議員がさきほどおっしゃってくれたので、思わず感涙にむせびそうになってしまったんですが、まさにそのとおりで、私が政治家になろうと決心したのは、太平洋戦争の激戦を体験した父が、戦争で受けた心の傷に苦しむ姿をみて育ったということは、本当にそうであります。

先人たちの尊い犠牲によって築かれた平和を大切に守る。

それが、私が政治家を目指すきっかけになりました。

私の基本的な考え方であり、平和を愛するのは、私は誰よりも強い想いがあると思っています。

今後も市民が平和を享受し、安全・安心な日常を送ることができるよう、全力で市政を担ってまいります。


【答弁17】
次に、『誰も一人にさせないまち』の実現の為に必要な『地域福祉計画』の策定についてです。

私も、『誰も一人にさせないまち』という想いを実現する為に、地域福祉計画の策定は不可欠であると考えています。

これまで我が国では、家庭の絆や地域社会の助け合いによって人々の暮らしが支えられてきました。

しかし、昨今の核家族や少子高齢化の進展、人々の意識の変化に伴い、地域における人と人のつながりの希薄化や社会的孤立の増加など、地域力が脆弱化しつつあります。

そのような中で、議員もおっしゃるとおり、老老介護や子育てと介護のダブルケア、障がいがある方の高齢化など、福祉ニーズも複合化・多様化してきています。

このような社会情勢の変化の中、他人事になりがちな地域の課題を『我が事』のように捉えられるような地域づくり。さらには、縦割りの福祉サービスではなく、身近な地域で『丸ごと』支えるための地域力と行政の支援体制の協働による、『誰も一人にさせないまち』の実現が求められていると思います。

私は、議員時代の平成25年に『横須賀地域で支える条例』を提案いたしました。

この条例は地域住民が支え合い、安心して快適に暮らせる社会を目指すものです。

この条例の理念を具体化・具現化するためにもぜひ、地域福祉計画を策定してまいりたいと思います。
以上です。



フジノの再質問

上地市長、ご答弁ありがとうございました。

市議会議員の同期として14年間お付き合いをさせていただき、公私ともに様々なことを学ばせていただきました。

そのことに対する恩返しは、市議会議員と市長という立場ですので、与党面をして生ぬるい質問をするようなことではなく、市議会の一員として、二元代表制の一翼として、『横須賀復活』の為に時に激しい議論をし、建設的なまちづくりについての提案を、常に是々非々で行なっていくことだと思っています。

そんな形でこれまでのご恩返しをぜひさせていただきたいというふうに考えております。よろしくお願いいたします。

再質問に立つ藤野英明


まず最初に、任期のはじめにぜひ全ての市民のみなさまに一丸となって全員野球をしていただく為に、市民のみなさま・市議会のみなさまに語りかけていただきたい、とお願いをいたしました。

そして、まずは市民のみなさまに対して、特に『応援した我々』ではなくて、我々をはじめとする市民の方ではなくて、『他の候補を応援した方々』について、ぜひ『融和』を語りかけていただきたい、と申し上げました。

ここで、4年前、僕は前市長に対して行なった質問と同じ質問を、あえて上地市長に行なわせていただきます。

僕は前市長に対して、つまり勝った側に対して、

「負けた側の候補もとても有能な人物であった。だから必要な時には教えを乞うてほしい」

と申し上げました。

それを前市長は一言で、絶対にそんなことはしない、というふうに申し上げたんです。

勝った側が負けた側に、思いやりの心、この言葉はもう上から目線で違いますね、

「同じまちを愛する者として一丸となってくれませんか?」

と述べることが、一丸となってやっていく為には必要なのに、前市長はそれができませんでした。

僕は今回、上地市長に同じことをお願いしたいと思っています。

前市長とも機会を捉えて対話をしていただきたい、と思っているんです。

例えば、前市長は東日本大震災を現役の市長として体験しておられる、我がまちにとっては唯一の存在です。

必ず来る関東直下型地震の際には、必ず彼の経験が活きることもあると思います。

そんなことも含めて、二人の融和の姿こそが、多くの市民の方に

「横須賀は全員野球でこれから取り組んでいくんだ」

という強い印象を与えると思うんです。

そこで伺います。

前市長とも機会を捉えて対話をしていただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。



上地市長の再答弁

『勝ち負け』という言い方が、私は選挙・政治に関わってきた人間としてひとこと言わなければいけないのは、いつも言うんですが、

主義主張を持って市民に訴えて、より多くの人たちによって当選させていただいただけであって、『勝ち負け』というのは便宜的なものでしかないんです。民主主義の世界の中で。

答弁に立つ上地市長


これは若い頃から言っていることなんですが、キザに聞こえるかもしれない。

たった一回の人生で、この時代に、この場所で巡りあって、『市民の為に働かせてもらえる』という幸せを感じるならば、分かり合えないはずが無い訳で

当面の手法・課題の中で考え方が違っただけに過ぎない、という俯瞰的なものを観なければ政治家では無い、というふうに私は若い頃から田川さんにも教わったし、『政治家の条件』という本、私が大好きな本なのだけど、政治家になるというのはそういうことであると。

再質問への答弁に立つ上地克明市長
同時に、平和の為に、普遍的な価値の為に、偏見・差別の無い社会をつくっていくという大きな目標の中で、自分はそのひとコマに置かれている。

さらに自分が政治家を志していくには、それは天命だと考える。

私を捨てる。

それが政治家の原点である、ということを私は23才の時からずっと田川さんのもとに育って勉強してきました。

その信念は揺るが無い。

その意味では、矮小化された中での『勝ち負け』などというのは、たいへん私を応援してくれた方の中で熱くなっている方には申し訳ないけれども、それは『単なるひとコマ』に過ぎないので、ある時代の流れの中のひとつに過ぎず、次につなげていく為の我々は犠牲になればいい、次の時代の為に。

常にそう思ってますので、対話はいつでもします。

またこういう話をさせていただく藤野議員に感謝しなきゃいけないんですが、常にその姿勢でやりたいと思ってます。

ですから不毛な争い、不毛な議論はもうやめにした方が良い、と思ってます。

以上です。



フジノの再質問

上地市長、ありがとうございます。

「僕自身は前市長に許されることは無い存在なんだろうな」と思いながらも、ただ上地市長は大学も高校も前市長にとっては先輩でありますし、ぜひ今お話しいただいたことを実現していただきたいなと思います。

ふたりの握手するツーショットを望んでいる市民の方って多いと思うんですね。

それは本当に横須賀が一丸となっていく姿を市民の方に示すことだというふうに固く信じております。

再質問を一問一答方式で行なう藤野英明


ぜひよろしくお願いいたします。




それから議会に対して伝えていただきたいことを3つ伺いましたが、当然なことだというお答えに大変心強く感じました。ありがとうございます。

ぜひその今おっしゃっていただいたことを続けていただきたいと思います。




また、感想にとどめて述べさせていただきたいんですが、市議時代には知ることができず市長に就任してはじめて知ったこと、様々な事柄がある、ということ。

この場では答えられないこともあると言いつつも、代表質問を2日間お聞きしていて、なんとなくその想いが伝わってきました。

非常に多くの利害関係者がいて、その調整には上地さんの前向きな一直線なところではなかなか難しい部分もあるのかなというのを、お聞きしながら思いました。

これは議会でもしも共有できることがあれば、我々は必ずその事柄・課題に一丸となって取り組んでいきますので、ぜひお話しできることがあれば、我々にもお伝えしていただければ、議会はみんな上地市長を支えていきますので、ぜひお伝えしていただければと思います。


再質問に立つ藤野英明


では続いて質問に移ります。

『職員数の確保』についてです。

頂いたお答えでほとんど僕も想いは同じなんですが、改めてひと言ふた言、エピソードも交えて述べさせてください。

僕は

「横須賀市役所はこんなもんじゃない」

という想いを持っております。

本当にいろんな市の職員さんたち、14年前に市議会議員になった時には

「ああ、こんな人たちがいるんだ」

と感動したことを覚えています。

例えば、今ではこんなことはできないんですけども、離婚届を持ってきたご夫婦につっかえして、「もう一度夫婦で話し合ってみなよ」と親身にその場で相談を聴いて、そしてふたりは離婚をやめて帰っていった。

そんな信じられないすごい職員さんもいたという時代があったと聞いています。

それから、元副市長であった広川さとみさんは月刊誌に連載もしておりましたし、国の審議会にも呼ばれて行きました。

国が介護保険を創設する際には、わがまちの市職員が地方代表として国の審議会に呼ばれていって意見を求められたりしてきた。

素晴らしい方々がたくさんいらっしゃった。

新倉教育長も、僕はそのおひとりだと、スーパー公務員のおひとりだというふうに受け止めているんですけれど、なかなかそういう人が育ちづらい環境ができてきてしまった。

それはやっぱり僕は、必要以上の人減らしをした、そういう環境があった。

前市長だけではなくて、残念ながら沢田市長の最後の頃、蒲谷市長の頃、そして前市長の頃から、とにかく人件費を削るんだと。それがトレンドに残念ながらなってしまった。

上地市長がおっしゃって下さったのは、適切な配置を検討していくものであって、肥大化はさせない。まったくそれについては同感です。

ただその適切な配置ということを、改めて考えていただきたいというエピソードをふたつ、ご紹介させてください。

わがまちには『こんにちは赤ちゃん事業』という事業がありまして、出産をした妊婦さんのところへほぼ100%、全国でも誇るべき取り組みなんですけれども、保健師さんが派遣されている。

けれども実際に、死産や流産をされた、まさに産後うつ・自殺の危機がある方々のところへ全員アプローチができているかと保健師さんにお尋ねをすると、

「やりたいけれどできません」

というふうにおっしゃるんです。

「何故できないんですか?少子化で人数が減っていて、それでもなんでできないんですか?」

と言うと

「おひとりおひとりのご家庭が、無事出産できたご家庭であっても、あまりにも問題が複雑多様化していて、死産をされた・流産をされた方のところに行きたくても行けません」

「もしご相談をいただいたら行きますが、保健師魂としては行きたいけれども、現実的にアプローチはできていません」

というふうにお答えをされる。

また、極低出生体重児、昔の言葉でいうと超未熟児、NICUで39週より前に生まれた、例えば28週とか、も生まれているわけですから『こんにちは赤ちゃん事業』としてNICUに赤ちゃんが入院をしていても、お母さんのもとに訪れるべきなんです。

「やっていますか?」

とお聞きしたところ、やっぱりできていないんです。

熊本市民病院、同じ公立の市民病院ですが、NICUに入院中からお母さんのもとに地区担当保健師が訪れて『こんにちは赤ちゃん事業』をやっている。

こうやって「やりたい。本当はやりたいんだ」と思っている公務員のみなさんの想いが、人数がいないからできない。

ただ客観的に見ると、少子化が進んでいてこどもの人数も、出産する赤ちゃんの数も減っている。

この保健師さんの人数だからやれるだろう、とまわりは見てしまうけれども、ひとつひとつの案件が複雑多様化しているので、本来はやりたいことをやれずにいるんです。

こういうエピソードって実はゴロゴロしていて、お聞きをすると「本当はやりたいんだ」と。

さきほど最初に例に挙げました、旧・長寿社会課時代の、今日忌引でお休みをされておられる三守福祉部長が主査だった頃には、必ず全事業所を回って名刺を置いてこられたんです。

本当に公務員らしくない、なんてすごい職員さんがいるもんだ、というふうに思ったんです。

今、若手の係長クラスの方に

「その教え、今もやっておられますか?」

と聞くと

「やりたいけれど、やったら潰れます」

というふうにおっしゃるんです。

こういう状況を改めて知っていただきたいんです。

部長クラスのみなさんは、みなさんそういうエピソードを聞いておられると思うんですよね。

けれども、今まではものすごく「人件費を圧縮しなさい」という強い強いプレッシャーがあったと思うんです。

でも、そういう声も財政部にぶつける。市長にも聞いていただく。

そういう形で予算要求をして、人員を配置するように要求をしていただきたいというふうに思います。

僕は今、部長にも語りかけましたが、予算要求の時に最後はやっぱり市長がそれを決定・決裁される立場だと思いますので、今、僕が申し上げたようなことがあることも、ぜひ知っていただいて人員の配置に関してはお考えいただきたいと思いますが、改めてご答弁をお願いいたします。



上地市長の再答弁

そちら側(議会側)に居た時の風景とこちら側(行政側)に来た風景が、かなり違ってまして、

「本当に本市職員は良くやっている」

というふうに思います。

自分が出した『復活計画』に基づいていろんなことを様々な施策を考えてくれる。

スピード感もあるし、一生懸命やっている姿はこちらに来て、本当によく分かりました。

再答弁に立つ上地克明市長


ただ私は細々したことはよく分からないんで、これからいろいろ部課長からヒアリングを受けて、できるだけ大切なところには人員を配置するように心がけてはいきたいと思います。

一方でもちろん行政改革はやらなきゃいけませんが、適材適所。足りない部分には今言ったような、多様化するニーズの中には即応できるような人数を揃えていかなければいけないというふうに、ここでお約束をさせていただきます。



フジノの再質問

上地市長、ありがとうございます。

続いて、3構想4計画について確認をさせて下さい。

まず『音楽・スポーツ・エンターテイメント都市構想』について、残念ながら選挙中に「ハコモノ計画だ」と誤解をされてしまったというエピソードをお話ししました。

市長の真意はさきほどベイスターズの例で挙げていただいたとおり、

「本当に必要になった時は、投資は惜しまないよ」

という、それだけの話なんです。

それを誤解しておられる方々がおられるので、改めて断言をしていただきたいと思います。

『アミューズメントパーク建設』というのはありませんよね。



上地市長の再答弁

私の言葉足らずで。。。

『アミューズメントパーク』って建物じゃなくて、エリア。

人々が楽しんで、アミューズメントに楽しむようなパーク。

それを『アミューズメントパーク』ということで、夢のような地域・エリアがあるということを『アミューズメントパーク』と言っただけで、建物を建てるという意味では全然ありません。

誤解されているということも知らなかったんで(笑)

そういうことです。



フジノの再質問

ありがとうございます。

上地市長の構想の巨大さは、言葉を尽くさないとなかなか伝わらないところが正直あるのかなというふうに思いました。

所信表明を「ものたりない」というご意見が結構あって、正直、僕も同じことを感じました。

実際にA4で16ページしかない。

とは言っても、演説するのにやっぱり45分くらいかかっている。

あの限られた時間の中で全てを語りつくすことはやはり難しいんだな、と。

そして、記者会見の中でも誤解されてしまったのかなというふうに思っています。

ですから、このインターネット中継を観ておられる、そして議事録を読んでおられる市民の方にはぜひ

「この構想はハコモノでは無いんですよ」

と改めて知っていただきたいなというふうに思います。

それから『谷戸再生構想』についてお伺いいたします。

これは他の会派の質疑でも出ていたんですが、『コンパクトシティ』まちなかに住んでいただくということと、『谷戸再生構想』谷戸を盛りあげていくということを、どういうふうにバランスを取っていくのかを考えねばならない、というお話がありました。

僕も「もっともだな」と思いながら、選挙中ずっと過ごしてきました。

これについて、やはりご確認させていただきたいことがあります。

まず一点、僕はある程度の年齢で『コンパクトシティ』とそれから『谷戸再生構想』を分けるべきかなというふうに考えています。

ご高齢の方々には、僕はずっと『早めの住み替え』を勧めてきました。

谷戸に住んでおられるご高齢の方々についてです。

というのも、高齢になって要介護度が高くなったり転倒した時に初めて、自分の意思とは無関係に入院をしたり、入所をしたり、有料老人ホームに移されたりしてしまうと、『リロケーションダメージ』引っ越しによるダメージによって認知症が早く進んでしまったり、要介護度が早く進んでしまうんですね。

谷戸に愛着を持って住まれているのは承知しているんですが、なるべくお元気で若いうちに、『自分の意思』で、山の上ではなくて駅近のまちなかに移っていただくというのが大切、肝要かなというふうに思っています。

一方で、実際に僕の友人なんかもそうなんですが、谷戸の上のほうの良質な一戸建てが空き家になっている。

それを買ってリフォームをして、そこでカフェみたいなものをやりながら、毎晩音楽をやる仲間たちが集まって、そしてそこに新たな集まりが、コミュニティができている。

この世代に対しては、谷戸っていうのは魅力的な場所だと思うんです。

このふたつの『谷戸再生構想』と『コンパクトシティ』。

コンパクトシティ化を横須賀はずっと進めてきましたから、両立させるには、ある程度年齢や体力などで線引きをしていくべきなのかなというふうに考えています。

このバランスについて、市長はどんなふうにお考えかをお聞かせいただきたいと思います。



上地市長の再答弁

おっしゃるとおりで、行政内部にもそういう声はあって、ご高齢になれば『コンパクトシティ』つまりまちなかに降りてきていただくってことになっている。

ですが、実は私の夢は、三世代が山の奥に住んで、これ理想なんですが、もちろん看取りにもこれは通じることなんですが、そういう世帯があってもいいんではないか。

私は谷戸で育ってきましたから、それが人間の生きていくところっていうのは、あっても良いのではないかという夢のようなものを持ってまして。

おっしゃる意味、年齢別に区分けしなければいけないとよく分かるんですが、できればそういう夢を持って三世代の人たちが山の奥というのかな、谷戸の奥に住んで、平和で牧歌的で幸せに暮らしていく。そこで息を引き取っていくっていう場所があっても構わないのではないか。

そこには音楽があっても構わないのではないか。

実験とまでは言わないんですが、そういう社会があってもいいのではないかと。

単にお年寄りだから、まちなかに来て利便性があるところ、じゃ無いのではないかと。

実はそういう一面も一部にはあるということだけはご理解いただきたい。

答弁に立つ上地克明市長


基本的にはおっしゃるとおりだと思っています。



フジノの再質問

その点については大変良く理解いたしますし、同感する部分もあります。

本当は自分の住み慣れた地域で最期まで生きたいですよね。

自分が訴えている『早めの住み替え』というのも、現状を打開する、具体的にはだいたい独り暮らしのご高齢の方や老老介護をさせている方をイメージして『早めの住み替え』をお勧めしてきた訳です。

けれども、本来は在宅療養支援診療所がもっと増えて、どんなに山の上に住んでいても、実際に今、本当に在宅療養支援診療所のドクターや看護師さんやヘルパーさんたちは足を運んで、そこで住んでいかれるようにして下さっていますから。

市長の構想を進めていく為にも、実はさらなる在宅療養支援診療所の数を増やしていくとか、そういった取組みも。

『谷戸再生構想』というと福祉とはちょっと違うと思われたりするんですけれども、医療的な面・福祉的な面の人材を確保していくことで、理想的な谷戸が復活していく、再生していくのかなというふうに今お聞きして思いました。

それから『こどもの教育の復活』に関しては、ご答弁いただいて考えに変わりはないということで、大変安心をいたしました。

再質問に立つ藤野英明


もう一問、質問をさせていただいて、質問を終わりたいと思います。

所信表明中の『基地について』では語られなかった、平和を希求する上地市長の強い想いについてです。

このエピソードをお聞きすると僕はもう毎回泣けてしまうのでなかなか冷静に話せないんですが

市長という『職責』が言わねばならない安全保障についての想いと、平和を求めてやまない上地市長個人の、上地克明という一人の個人の想いがぶつかった時、その全てを所信表明で述べることは不可能である、というふうに思います。

そこで今回、自分がエピソードを語って、さらに上地市長にも想いを語ってほしいというふうに申し上げました。

改めてもう少しお話ししていただきたいことがあります。

横須賀は『平和市長会議』にも前市長時代に研政のみなさんの強い要望で横須賀市・市長が新たに『平和市長会議』に参加することになりました。

上地市長の平和を求めてやまない側面というのが活きる場面がこれから多々あると思います。

様々な機会に平和を求めて行動することや、何かを述べることができると思うんです。

まだなかなかイメージしづらいところがあるかもしれませんが、ぜひそういったこともお伝えしていただけないかと思うんですが、いかがでしょうか。



上地市長の再答弁

できる限り、その機会を設けていきたいと思っています。

あくまで今の防衛力というのは過程であって、平和を実現するための過程でしか無い。

連続している流れの中で、人生も含めて連続性でしかなくて、今その一断面であり、平和を求める為に今、防衛力は存在するという中で私は生きているというふうにいつも思ってるんです。

ですから、もちろん平和を希求するのは当たり前です。

かつて議長と一緒に原子力空母を見にいった時に『ステニス』の艦上で防火訓練をやっている兵士たちが本当に真剣に平和を希求するという想いを持って防火訓練に当たってたということを観て、そこで大演説を打たせてもらった。

本当にみなさんのやっていることは尊いと。一生懸命にやっていると。

ただ、わたしも強くみなさんと同じように平和を希求しますっていうことを最後に付け加えさせていただきました。

その想いは一ミリも揺らぐことはありません。

上地克明市長の熱い答弁


今は過程です。その為には防衛力は必要です。

以上です。



フジノの再質問

本日は17問にわたって、上地市長の所信表明について質問をさせていただきました。

これからは一般質問の機会や委員会での質疑を通して、新しく『横須賀復活』に向けて進んでいく市役所。いろいろな形で質疑や提案をさせていただきたいというふうに思っています。

再質問に立つ藤野英明


すでにこの2か月、いや立候補を決めた3月からですからもう半年以上、ほぼ休みを取らずに上地市長が毎日全力で、全身全霊で働いておられるのを見るにつけても、我々もさらに本気を出して、今までも本気でしたが、さらに本気を出して市議会の立場で、『横須賀復活』を進めていかなければならないなというふうに思っています。

是々非々でこれからも全力でやってまいりますので、上地市長におかれましてもこれから4年間『横須賀復活』を一刻も早く実現する為に、そして『誰も一人にさせないまち』を実現する為にご尽力いただけますよう、よろしくお願いいたします。

質問を終える藤野英明
これで質問を終わります。

ありがとうございました。



中筋純さん全国巡回写真展「流転〜福島&チェルノブイリ〜」へ/伝えること・伝えないことの功罪に迷い悩みつつ、ヒロシマ72年に想いを馳せました

中筋純さんの全国巡回写真展が横須賀にやってきました

福島とチェルノブイリを写真家として撮影を続ける、中筋純さん

全国巡回写真展「流転」チラシ

全国巡回写真展「流転」チラシ


彼の全国巡回写真展『流転 福島&チェルノブイリ』がついに横須賀へやってきました。

The Silent Views. 流転 福島&チェルノブイリ横須賀展

日時:2017年8月3日(木)〜7日(月)9時〜18時半(最終日16時)
場所:横須賀市文化会館 市民ギャラリー
入場料:無料
後援:横須賀市・横須賀市教育委員会

この企画を知った時からずっと「8月6日に行こう」とフジノは決めていました。

実際は撤去された「原子力豊かな社会とまちづくり」の看板

実際は撤去された「原子力豊かな社会とまちづくり」の看板


そして今日、8月6日。

8時15分に黙祷をして、横浜へと向かいました。

『AIDS文化フォーラム』最終日は夕方まで続くフォーラムでしたが、途中退出をして横須賀に戻りました。



福島へ継続的に足を運ぶ取材陣がほぼ居なくなった現実

福島を取材し続けるフリーライター鈴木博喜さん(民の声新聞)からも

「ぜひ中筋さんとお話してみて下さい」

と勧められていました。もちろん、ぜひお話しさせていただこう、と強く思いました。

中筋純さんとフジノ

中筋純さんとフジノ


2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故から、わずか6年。

フレコンバッグの数は国も把握していないとのこと

フレコンバッグの数は国も把握していないとのこと


福島へ継続的に取材をし続けている人は、本当にごくわずかしかいなくなってしまいました。

志願して福島支局へ赴任した全国紙記者のフジノの親友も、関東に戻ってきました。

5年が耐用年数と言われるフレコンバング

5年が耐用年数と言われるフレコンバング


今も現場に足を運び続けている人は、フジノの知る限り、わずか数名です。

鈴木博喜さんも、中筋純さんも、その『ごくわずか』の存在です。

中間貯蔵施設の建設用地はようやく32%を確保したとのこと

中間貯蔵施設の建設用地はようやく32%を確保したとのこと


何故なのか。

その理由を、これまで鈴木さんとも何度も語りあってきました。今日も中筋さんとも語りあいました。

これまでずっと考えてきたことなので、フジノなりの答えは(そして鈴木さんや中筋さんの答えは)出ています。

色褪せていく政党のポスター

色褪せていく政党のポスター


ただ、そのフジノなりの答えをここには記したくありません。

ぜひあなたにもお考えいただきたいのです。

福島に何故、メディアが一切入らなくなってしまったのか。

色褪せていく政党のポスター

色褪せていく政党のポスター

もちろん、福島支局はどこのメディアも置いています。

けれども、放射能に関するあらゆる事柄が首都圏や全国でほとんど報じられなくなったのは何故なのか。

6年前は関東でもこぞって購入する人が続出しましたね

6年前は関東でもこぞって購入する人が続出しましたね


ぜひあなたにもお考えいただきたいのです。



「GNF-J」「原子力空母」がある横須賀、福島は常に「わがまちのこと」

中筋さんは、横須賀での写真展についての記者会見でこのような趣旨のことを語っていました。

フジノ自身、中筋さんと同じ考えを持っています。

このまちは、意識しようと意識しまいと、暮らしている人々は常に『核』と同居しています。

チェルノブイリの出来事も、福島の出来事も、決して他人事ではないとフジノは自覚しています。

この教室で再会は叶ったのだろうか

この教室で再会は叶ったのだろうか


それは政治家になる前から変わらない願いです。

  • 原子力発電所も、全て無くしたい。
  • 原子力軍艦(原子力空母・原子力潜水艦)も、全て無くしたい。
  • 核兵器も、全世界から廃絶したい。

しかしその一方で、いち市議会議員として現実的に実現できることの少なさも、嫌というほど向き合ってきました。

けれども、できることは全てやりたいといつも思っています。

決して諦めること無く、腐ること無く、死ぬまで言い続けるしかないと固く信じています。

中筋さんのサインをいただきました

中筋さんのサインをいただきました


そんなことを中筋さんとお話ししました。

8月6日。

核と同居する横須賀で、福島とチェルノブイリの撮影を続ける中筋純さんの写真展に行き、改めてヒロシマに想いを馳せて祈りました。

他人事としてではなく、常に意識し続けている『自分事』として。



映画「氷川丸ものがたり」上映会、大成功。女優・丸山祐花さんもサプライズ登場!/市民平和のつどい2016

今年の「市民平和のつどい」は文化会館大ホール!定員1000名の募集をしました

『市民への平和思想の普及と平和に関する意識の高揚を図ること』を目的に、毎年開催している『市民平和のつどい』

予算規模は約10〜20万円ほどしかない『ミニ事業』です。

横須賀市HP「国際平和啓発」のコーナーより

横須賀市HP「国際平和啓発」のコーナーより


けれども、横須賀市の数千にのぼる事業の中でも、フジノはとても大切にしてきました。毎年参加して、実際にその場に立ち会うことにしています。

なんと今年は『横須賀市文化会館』大ホールでの開催となりました。

「市民平和のつどい」会場にて

「市民平和のつどい」会場にて


こどもたちとその保護者のみなさまをターゲットに、日程も『夏休み』に開催しました。

過去に無い大規模で、募集定員も1000名です!

「市民平和のつどい」チラシ

「市民平和のつどい」チラシ


自信をもってお送りするプログラムは、長編アニメーション映画『氷川丸ものがたり』の上映会です。

上映に先立って、原作者の舞台挨拶と、歌のお姉さんが歌ってくれます。

プログラム

今年は、戦前、戦中、戦後を客船、病院船、引揚船としての航跡を残し、横須賀にも関わりのあった氷川丸を紹介する長編アニメ「氷川丸ものがたり」を上映し、生きることの素晴らしさ、海の魅力、平和の尊さを次世代の子どもたちに伝えます。

  • トークライブイベント(20分) 「氷川丸ものがたり」原作者・伊藤玄二郎さんのお話と元NHKうたのおねえさん・田中あつ子さんによる歌

  • 長編アニメ『氷川丸ものがたり』上映(90分)

そんな本日の様子をご紹介したいと思います。



「氷川丸」の数奇な運命、横須賀とのつながり、戦争との関わりをぜひ知ってほしいです

山下公園に係留されている客船『氷川丸』。今は博物館として自由に乗船して見学できます。

氷川丸

氷川丸


喜劇王チャーリー・チャップリンが日本を訪れた時に乗船していたことや皇族の方々も乗船されるなど、華やかな歴史を持つ豪華客船です。

その美しい姿は、みなとみらい・マリンタワー・山下公園・中華街などと並んで、無くてはならない存在です。あなたも家族に連れられたり、学校の遠足や、恋人とのデートなど、1度は訪れたことがあるのではないでしょうか。

実は、横須賀の浦賀とも深いつながりがあります。

しかもその数奇な運命は、イベント紹介の文章に記されたとおり、『市民平和のつどい』の目的を果たすのにふさわしいと思います。

今年は、戦前、戦中、戦後を客船、病院船、引揚船としての航跡を残し、横須賀にも関わりのあった氷川丸を紹介する長編アニメ「氷川丸ものがたり」を上映し、生きることの素晴らしさ、海の魅力、平和の尊さを次世代の子どもたちに伝えます。

まず、『氷川丸ものがたり』原作者の伊藤玄二郎さんからお話がありました。

出品されていた『ダラス・アジアン映画祭』にて、『アニメーション最優秀作品賞』を受賞したとのニュースが入ってきたそうです。

原作者・伊藤玄二郎さんのお話

原作者・伊藤玄二郎さんのお話


ぜひWikipediaでの『氷川丸』の歴史を読んでいただきたいのです。

1930年に竣工した氷川丸は、美しい装飾や徹底したサービスから豪華客船として高い評価を得て、国民的に愛されていました。横浜・神戸とアメリカのシアトルをつなぐ『シアトル航路』の航海は、憧れの的でした。

しかし第2次世界対戦の戦況が悪化していくに連れて、『シアトル航路』は1941年に閉鎖されました。民間の客船だった『氷川丸』も、日本政府によって徴用されてしまいました。『交換船』となり、日本に暮らすアメリカ・カナダ人を送り届けて、アメリカ・カナダに暮らす日本人を乗せて帰国しました。

舞台挨拶に女優で看護師役で出演した丸山祐花さんがサプライズ登場!

舞台挨拶に女優で看護師役で出演した丸山祐花さんがサプライズ登場!


続いて『日本海軍』に徴用されて、『病院船』として使用されることになりました。

この時、横須賀海軍工廠で氷川丸に改造されました。国際法によって『病院船』であることを示す為に、美しい船体は真っ白に塗り直されてしまいました。さらに赤十字が描かれました。

『病院船』としての氷川丸の役目は、戦地に向かっては負傷した日本兵を乗せて帰国することです。氷川丸のかつてのダンスホールや客室には、負傷した日本兵が収容されました。時には機雷によって大きな被害を受けることもありました。

丸山祐花さんのツイッターより(丸山さんは横須賀生まれの横須賀育ち!)

丸山祐花さんのツイッターより(丸山さんは横須賀生まれの横須賀育ち!)


敗戦後には、『引揚船』としてたくさんの人々を故郷・日本へと連れて帰りました。

浦賀に所蔵されている「引揚に使われた氷川丸」の写真

浦賀に所蔵されている「引揚に使われた氷川丸」の写真


『引揚船』の悲劇は、こちらの記事をご覧下さい。

横須賀市民のみなさまにとって、浦賀も氷川丸もなじみが深い存在です。

田中あつ子さんによる歌「われは海の子」「おぼろ月夜」

田中あつ子さんによる歌「われは海の子」「おぼろ月夜」


けれども、市民の方に「引揚船の悲劇を知っていますか?」とお聞きすると、知っている方はほとんどいらっしゃいません。氷川丸が引揚船として使われたことも知られていません。

開国の歴史を持つ、美しい浦賀のまち。誰からも愛されて、まもなく国から重要文化財として指定される『氷川丸』。どちらも、とても愛されています。

しかし、浦賀にも、氷川丸にも、今の姿からは全く想像できない、壮絶で悲惨な歴史がありました。

フジノはそれを市民のみなさまに知ってほしいです。

その全てを知った時、浦賀にも氷川丸にも今以上に深い愛情を持つようになっていただけるのではないかと思うのです。

映画「氷川丸ものがたり」

映画「氷川丸ものがたり」


映画『氷川丸ものがたり』は、まさにそうした全てを2時間で伝えてくれる素晴らしい作品でした。

上映会もたくさんのこどもたちが参加してくれて、大成功でした。

舞台挨拶には、サプライズもありました。横須賀出身の女優・丸山祐花さんが来場して下さいました。

丸山さんはこの映画の中で重要な看護師役で出演しています。さらに不思議なご縁に驚かされたのですが、原作者の伊藤玄二郎さんは大学時代の恩師だそうです!

もと歌のお姉さん・田中あつ子さんが『われは海の子』と『おぼろ月夜』を歌って下さいました。映画の中でも歌われる歌です。こどもたちもとても喜んでいました。

こうして、今年の『市民平和のつどい』は大成功に終わりました。



市の事業で果たして「平和を愛し、平和を求めて行動する市民」を生み育むことができるか?

毎年、横須賀市では『市民平和のつどい』と『国際平和のポスターの募集と標語の募集』を開催しています。

『市民への平和思想の普及と平和に関する意識の高揚を図ること』を目的とした市の事業です。

(昨年の様子はこちらをご覧下さい)

『市民のみなさまに平和への想いや意識を高めていただく』という目的そのものは、誰も否定できない素晴らしいものです。

けれども、それを『実際に実現すること』はとても難しいことだとフジノは率直に感じています。

横須賀市の政策推進部が2つの事業(『市民平和のつどい』『国際平和のポスターの募集と標語の募集』)を実施しても、果たしてどれだけ効果があるのかは分かりません。そもそも、将来にわたって平和を求めて行動し続けて下さる市民を行政が生み育てていく、という考えは傲慢なのかもしれません。

市の予算も例年10〜20万円しかつきません。参加する年齢層はだいたい固定してしまい、参加人数も同じ。

けれども、絶対に大切な取り組みだという想いから、担当職員は「絶対に単なる毎年のルーティーンにはしてしまわない」という意気込みを持ち続けてきました。プログラムも毎年とても工夫して取り組んできました。

さらに、今年は例年の約10倍の予算をかけて、思い切った取り組みを行うことになりました。

年度 事業費用
2014年度決算  11万2604円
2015年度予算  18万0000円
2016年度予算  130万2000円

行政にとって、前年比10倍もの予算を獲得することは本当に大変なことなのです。

これが、今日実現した映画『氷川丸ものがたり』上映会だったのです。



それでも「平和を求める取り組み」は大切だと信じています

今のこの暮らしは、多くの悲劇の上に成り立っています。フジノ自身、浦賀の悲劇も氷川丸の歴史も知りませんでした。それを知ったからこそ、フジノは浦賀も氷川丸もより愛おしく感じるようになりました。

平和を求める想い、それは日常の中では漠然としています。そんなことを考える瞬間は、忙しい毎日の中ではまず無い方がふつうかもしれません。

それでも、『平和への想い』を抱いてもらいたい。

それでも、『平和を実現する為に行動する人々』になってほしい。

フジノはそう願っています。

そうした願いが、今日1回の上映会だけで即実現することは無いかもしれません。

しかし、小さな種にすぎないかもしれませんが、参加してくれたこどもたちの心にその種がまかれていつか芽が出ることを祈っています。

本日の成功に向けてがんばった政策推進部のみなさん、本当におつかれさまでした。

原作者の伊藤玄二郎さん、女優の丸山祐花さん、歌手の田中あつ子さん、出演ありがとうございました。

本日の上映会に参加してくださったみなさま、ありがとうございました。



あさか由香さん(参議院・神奈川選挙区)を応援したい。絶対、国会議員になってほしい/参議院選挙2016

「肺がん」かもしれないと精密検査を受ける前夜、人生を振り返ってみました

特定健診の結果、胸部の精密検査が必要になりました。

肺を撮影したX線に、白い影が写っていました。

フジノは政治家なので、いつも最悪の場合を想定して、最善の行動を取るようにしています。

いくつかの想定(白い影の場合は、肺炎・結核・肺がんの可能性があります)のもとに、それぞれの対応を考えました。

この先ずっと仕事の予定も詰まっていましたし、通院や入院の必要が生じた場合のことを考える必要がありました。

最悪の場合は、『肺がん』かもしれません。

政治家としてフジノは、『がん対策』に取り組んできました。

だからいろいろなことを知っています。

例えば、様々ながんの中で、男性のがん死亡の第一位が『肺がん』であること。

難治性であること。

脳などに転移しやすいことなど。

さらにその治療法や、実際に『肺がん』になった方のお話もじかに聴いて、知っていました。

精密検査を受ける、前日の夜。

決してセンチメンタルになることなく、冷静に自分の生きてきたこれまでを少しふりかえりました。

そして、

「自分には遣り残したことは何も無いなあ」

と、とても穏やかな気持ちになりました。毎日全力で生きてきたし、喪われた人たちの所に行くだけだし、と思いました。



検査結果が分かったら、「ある気持ち」が沸き起こりました

精密検査を受けに行きました。

信頼するわが市立病院のドクターがCTの結果を丁寧に診て下さいました。

『肺がん』ではありませんでした(撮影した当時は『肺炎』の可能性が高く、今では『治りかけの肺炎』の可能性が高いそうです)。

やれやれ、これで仕事のスケジュールを変更しなくて済むな、と思いました。

家族にもよけいな心配をかけなくて済むぞ、と思いました。

会計を済まして病院を出ようとしたその瞬間、突然に

「おれには遣り残したことがある」

と感じました。まさに天啓のように、心に浮かんだのです。

それが

「あさか由香さんと三宅洋平さんを絶対に当選させたい」

だったんです。

それが僕の心が本気でいま求めていることだったのです。

笑っちゃいますよね。

「どれだけ仕事好きなんだよ?」って。

でも、それは「仕事だから」ではありません。

この国に生きる人たちのいのちと暮らしを守る、大きな力になってくれる2人だと本気で信じているからです。

全力で応援をしたい、それが今、自分がどうしてもやりたいことだ、とハッキリ自覚しました。

そして、精密検査を終えたその夕方、すぐにあさか由香さんの応援に三浦海岸と三崎口に向かいました。




上が三浦海岸駅で街頭演説をするあさか由香さんを、フジノがツイキャス中継したもの。

下が三崎口駅で街頭演説をするあさか由香さんを、フジノがツイキャス中継したもの。






僕の願い。「あさか由香さんを応援したい。絶対、国会議員にしたい」

それからも、わずかな時間を見つけては、いちボランティアとして『勝手連』で応援に行きました。

7月7日@鶴見駅前

7月7日@鶴見駅前


夜でも、1時間でも時間が取れれば、応援に向かいました。

あさか由香さんの地元・鶴見

あさか由香さんの地元・鶴見


あさかさんの政策は、ほとんどフジノの願いと一緒です。

だから、そんな社会の実現を目指す政治家として、応援するのは当然です。

連日の猛暑のもとでの街頭演説にも負けないあさかさん

連日の猛暑のもとでの街頭演説にも負けないあさかさん


でもそれだけでは無いのです。

あさかさんの人柄は本当に素晴らしいです。まさに国会議員になるべき存在だと強く感じます。

7月8日・横浜駅西口にて

7月8日・横浜駅西口にて


僕は政治家にはむいていません。

それは、立候補する前からずっと自覚しています。

できるならば元々働いていた映画の世界のような、人々に笑顔をもたらすような仕事で生きていきたかったです。

でもいま僕が人々に笑顔をもたらす為には、この政治というフィールドで頑張るしかないんです。

そして僕以上に政治の世界で人々に笑顔をもたらせる人がいたら、その人を全力で応援して支えていきたいのです。

それが、神奈川選挙区ではあさか由香さんです。

東京選挙区では、三宅洋平くんです。

今夜と明日のあと一日、とにかくココロの声にしたがって自分に素直でありたいと思います。

それが終わったら、治療というか療養に専念したいと思います。

これが今の僕の、本当に素直な気持ちです。

どうか、あさか由香さんを知って下さい。

そして、彼女の政策と人柄に触れて下さい。よろしくお願いします!



俺たちをこき使え!三宅洋平さんとともに歩む地方議員たちの応援動画ができました/フジノも出てます

三宅洋平さん(参議院・東京選挙区)を応援する全国の地方議員のメッセージ動画が公開されました

7月10日投開票の参議院選挙。

東京選挙区で立候補している三宅洋平さんを応援しているボランティアスタッフのひとりに、蜂谷翔子さんという方がいらっしゃいます。

蜂谷さんの企画立案で

「三宅洋平さんを応援する全国の地方議員が応援メッセージの動画を公開して、少しでも三宅洋平さんの力になろう!」

というプロジェクトが立ち上がりました。

5日(火)に決定、6日から第1弾メッセージの撮影がなされました。

こちらが完成した第1弾メッセージです!








スーツ姿がおひとりもいらっしゃらないのが印象的でさわやかですね〜。

一方、フジノは昨日6日(水)23時30分に連絡をもらって、即賛同しました。しかし昨夜は忙しくて撮影できず。

今日7日(木)は、社会福祉審議会への出席など忙しくて全然撮影できませんでした。

ようやく夕方16時から30分だけ時間が取れたので、自宅に向かいました。

いざ撮影しようとして気づいたのですが、全くノープランでした。機材も三脚も何も無いので、iPhoneを使って自撮り(自分で自分を撮影すること)しました。

【参院選2016】地方議員から東京選挙区・三宅洋平への応援メッセージ

【参院選2016】地方議員から東京選挙区・三宅洋平への応援メッセージ


上の画像の第1弾メッセージでのみなさんのように、できれば景色の良い所などで撮りたかったのですが、全く時間が無かったので断念しました。

自宅の中で唯一、背景がホワイト(壁紙が白っぽい)なのがお風呂場の隣の洗面所しかないのでそこで撮りました。

風の音や車の音などの雑音を入れたくなくて完全に閉めきって、汗だらけになりながら、ワンテイクで撮りました。

フジノの応援メッセージは稚拙ではありますが、想いだけは魂を込めたつもりです。

こうして撮影した動画を、17時前に蜂谷さんにメールして、フジノは三宅洋平さんの応援の為に東京に向かいました。

三宅洋平さん選挙フェス@品川駅港南口

三宅洋平さん選挙フェス@品川駅港南口


18時30分、今夜の三宅洋平さんの『選挙フェス』の会場である、品川駅港南口に到着しました。

三宅洋平さん、彼の素晴らしいスピーチは聞く者の心を震わせる

三宅洋平さん、彼の素晴らしいスピーチは聞く者の心を震わせる


『選挙フェス』終了の20時まで品川に居ました。

もう2つほどやるべきことがあって、横須賀に戻ったのは23時でした。

事務所での資料作成を終えて自宅に23時45分に戻ったのですが、なんと蜂谷さんから

「第2弾が完成しました!」

とメールが入ったのです。フジノの動画送信からわずか6時間!

三宅洋平さんを応援する蜂谷さんの想いの強さと行動力の高さがヒシヒシと伝わってきました。

こちらがその第2弾です。






いかがでしたか?

みんながとっても穏やかな語り口調な中で、フジノひとりだけ熱血教師みたいなだなー、というのがフジノの感想です。無念。

でも、フジノ以外のみなさんのメッセージはきっとあなたの心に届いたはずです。



三宅洋平さんを応援している地方議員は何百人もいます

実際には、三宅洋平さんを応援している地方議員はもっとたくさん居ます。たぶん数百人にのぼると思います。

街頭での選挙フェスの現場で汗を流し、チラシを配り、交通整理をし、事務所で電話かけをしています。

今回は、たまたまこの2日間という短い時間の中で、蜂谷さんとつながって動画を撮れた地方議員だけがここには登場しています。

ですから時間さえあればもっともっとたくさんの、本当に全国各地の地方議員のメッセージが届けられたはずです。

けれども参議院選挙は残すところあと3日(9日が最終日)です。

この動画が少しでも三宅洋平さんの当選に貢献できたらいいなと願っています。

出演された全ての議員のみなさまに感謝しています。

そして誰よりも蜂谷翔子さん、本当に短い時間の中で素晴らしいムービー制作をありがとうございました。

東京都民のみなさま、どうか三宅洋平さんを国会議員にして下さい。

全国のみなさま、どうか都内にお住まいのお知りあいやご友人に三宅洋平さんの政策と人柄をお伝え下さい。

よろしくお願い致します!



あさか由香さんを応援する勝手連「withあさか由香」のみなさんと横浜駅に集合!/参議院選挙2016

横浜での仕事をちょうど終えた頃、勝手連仲間のツイートが来ました

今日は夕方から18時過ぎまで、横浜で仕事でした。

ふとツイッターを見ると、こんなツイートが。

スタンディングを呼びかける勝手連「withあさか由香」のツイート

スタンディングを呼びかける勝手連「withあさか由香」のツイート


あさか由香さんを応援する個人個人の集まり・市民による勝手連『withあさか由香』のツイートです。

横浜での仕事が終わったので「withあさか由香」に合流するぞー!というフジノのツイート

横浜での仕事が終わったので「withあさか由香」に合流するぞー!というフジノのツイート


この後の東京に行く予定はキャンセルさせてもらって、合流することに決めました!



集合場所に居たのは、他党の最有力候補者と支援者のみなさんでした(汗)

こうして、集合場所である横浜駅西口にフジノは向かいました。

いつもながら細かいことまで気にしないフジノは「行けばなんとかなるなる」と西口に到着しました。

横浜駅西口に到着しました

横浜駅西口に到着しました


西口で最も人が集まりやすい場所は高島屋前なので向かうと、なんとそこには・・・

神奈川選挙区の当選に最も近いと世論調査をメディアが出しまくっている、自由民主党の超有力候補者・三原じゅん子さん(参議院厚生労働委員会・委員長)がいらっしゃいました。

三原じゅん子さん(参議院厚生労働委員会委員長)の応援演説をする山本一太さん(内閣府特命担当大臣)

三原じゅん子さん(参議院厚生労働委員会委員長)の応援演説をする山本一太さん(内閣府特命担当大臣)


しかも、応援演説をしておられるのは、内閣府特命担当大臣を務めておられた山本一太さんです。

思わずその演説に立ち止まったフジノに、運動員の方がすぐにチラシを手渡してこられました(さすがナイス統率力です)。

「厚生労働委員会をいつもネットで見ています。改正自殺対策基本法の成立とか、三原委員長にはいろいろご尽力いただき、ありがとうございました」

ときちんと御礼をお伝えして、その場を離れました。



合流できました!

その後、あたりをうろついていたら、たくさんの荷物を持つ2人組を発見。

声をかけてみたら、大当たりでした。さっそくフジノもお手伝いです。

運良く合流できて、準備を一緒にしました

運良く合流できて、準備を一緒にしました


三原じゅん子さんたちが活動している30mほど先に荷物を運びました。

準備をしていると、集合時間が近づくに連れて『withあさか由香』のみなさんも集まってきました。

憲法をいかし、希望の持てる社会へ

憲法をいかし、希望の持てる社会へ


フジノは1時間しか横浜に居られなかったので、全力で活動しました。

ワイシャツをしぼったら汗がだらりと落ちるくらい、がんばりましたよー!

このツイートには励まされました

このツイートには励まされました


こんなツイートにも励まされながら、『withあさか由香』のみなさまも本当に熱心でフジノ自身もエネルギーを頂きました。

良い候補者のまわりには、良い支援者が集まるものです。

「私、今日初めて参加なんですけれど、よろしいでしょうか・・・」

とフジノに声をかけてきてくれた方も数名いらっしゃいました。こうして新たなメンバーが続々と合流しました。

『withあさか由香』、すごくいい。党派も肩書も何もカンケー無い。

同じ想いの人たちが自分の意思で、少しずつ自分の時間を割いて、協力しあっている。素晴らしいことだと感じました。



20時まで県西部での街頭活動を終えたあさか由香さん、横浜に登場

フジノは20時30分で途中退出せねばならなかったのですが、

「21時頃にはあさかさんがこちらに来られるかも」

というお話がありました。

でも、朝8時から橋本駅を皮切りに、淵野辺駅、相模大野駅と1日中駆けまわって、18時半から20時まで海老名駅でマイクを握っていたあさかさん。

疲れているだろうし、来られなくてもしかたないよな、と思っていたら・・・・

合流したあさかさんの様子を伝えるツイート

合流したあさかさんの様子を伝えるツイート


あさかさんが本当に横浜に戻っていらしたことを後からツイートで知りました。

県西部での街頭活動を終えて、withあさか由香に合流したあさかさん

県西部での街頭活動を終えて、withあさか由香に合流したあさかさん


政治家に求められる資質の1つに、絶対的な体力があります(と言いつつ、フジノは持病持ちですが)。

あさかさんには、想いの強さと同時に世界各国を渡り歩いてきたタフネスと強さがあります。

こうした姿に、さらに支援が集まっていくのだと感じます。

明日の夕方には、あさか由香さんの応援演説に

  • 志位和夫さん(日本共産党・委員長)
  • 小沢一郎さん(生活の党と山本太郎となかまたち・共同代表)

のお二人がいらっしゃいます。

あさかさんを心底応援しているのは、僕たち市民だけじゃないんです。

土曜日の夕方というゴールデンタイムに、あえて政党の党首でビッグネームのお二人が揃って、あさか由香さんを応援します。

政界のリーダーたちからも、あさか由香さんがいかに期待されているかが、少し伝わったでしょうか。

あさか由香さんには、小沢一郎さん(生活の党・代表)からの必勝の為書きと、生活の党から正式な「推薦」も出ています

あさか由香さんには、小沢一郎さん(生活の党・代表)からの必勝の為書きと、生活の党から正式な「推薦」も出ています

あさかさんは、即戦力です。

誰もが8時間働けば安心して暮らせる社会に変えていく為に、あさかさんは全力で国会で働いていきます。

あなたのかわりに国会で全身全霊をかけて働いていくでしょう。

フジノはすでに期日前投票であさか由香さんに投票しました。

あなたも、ぜひあさかさんの生の声に、政策に、その人柄に、触れてみて下さいね!



「あさか由香さん応援6.25横浜西口大街宣」にフジノも参加しました!井坂しんや県議と共にマイクを握りました/参議院選挙2016

参議院選挙4日目、「あさか由香さん応援6.25横浜駅西口大街宣」に参加しました

参議院選挙も、早いもので4日目になりました。

一昨日フジノは『期日前投票』に行ってきたのですが、『選挙区』はあさか由香さんに投票をしました。




あさか由香さんの親友のみなさまをはじめ、あらゆる立場の方々が個人として集まってたちあげた勝手連『withあさか由香』。

今日の『6.25横浜駅西口大街宣』も、この『withあさか由香』の呼びかけで開催されました。

あさか由香応援・横浜駅西口大街宣

あさか由香応援・横浜駅西口大街宣


6月議会が閉会したフジノは、ようやくあさか由香さんの応援に行くことができました!

5月18日の横須賀での街頭演説ぶりです。

笑顔で演説中のあさか由香さん@相鉄前

笑顔で演説中のあさか由香さん@相鉄前


あさか由香さんの演説は、様々な世代の方々を惹きつけていました。

メディアによる世論調査でも、あさか由香さんはかなり良い位置につけているとの報道がありました。

横浜駅東口でのあさか由香さんの演説

横浜駅東口でのあさか由香さんの演説


けれども、決して気を緩めることなく、当選に向けて全力で活動を続けているのが『withあさか由香』の勝手連のみなさんです。

そのモチベーションの高さは本当に素晴らしいものがありました(完璧です)。

すさまじく評判の良い、デザイン性の高い様々な宣伝グッズの数々も、『withあさか由香』のみなさんが生み出しました。

8時間働けばふつうに暮らせる社会へ

8時間働けばふつうに暮らせる社会へ


井坂しんや県議会議員(元横須賀市議)も応援に駆けつけました。

マイクを持って熱く語りかけるだけでなく、法定ビラもすごい枚数を配っておられました(さすが!)。

応援演説をする井坂しんや県議

応援演説をする井坂しんや県議


あさか由香さん、withあさか由香のみなさん、そして井坂しんや県議。

そんなみなさんのパワーに負けない、強い想いをフジノも魂を込めて語りました。

横浜駅のみなさまに向けて、何故あさか由香さんを応援するのかを全身全霊をかけてお伝えしました。

応援演説をするフジノ

応援演説をするフジノ


フジノは当初1回きりの演説のつもりだったのですが、横浜駅の東口・西口の2回もマイクを握る機会をいただきました。

想定外の2度目の演説も、手が震えるくらいに本気の言葉を発しました。

あさか由香さんの想いのこもった演説

あさか由香さんの想いのこもった演説


あさか由香さんは「国会に行くべき人だ」とフジノは確信しています。

横須賀選出の政治家2人はあさか由香さんを応援しています

横須賀選出の政治家2人はあさか由香さんを応援しています


SNSで連絡はとりあっているのですが、お互いに忙しくて井坂県議とじかにお会いしたのは久しぶりでした。

7月10日の投票・開票日まで、あとわずか。

あさか由香さんの当選の為に、今フジノができることを全てやりつくしたいです。

あさか由香さん(2016年6月24日の神奈川新聞)

あさか由香さん(2016年6月24日の神奈川新聞)



あさか由香さんが横須賀で政策を訴えました/勝手連のフジノもマイクを握りました

以前にも書きましたが、フジノは「あさか由香さん」を勝手に応援することに決めています

すでにブログで宣言したとおりで、フジノは『あさか由香さん』を勝手に応援することに決めました。

彼女が実現を目指している政策は、フジノが願う在るべき社会の姿を描いてくれています。政策は、抜群に良いです。

ただ、それ以前にひとりの人間として、本当に魅力的で素晴らしい方です。人の痛みを自らの痛みとして感じられる、優しくて温かい方です。

フジノの6才年下なのですが、若くしてご家族を交通事故で亡くされて大変な苦労人であり、現在は子育て中のママでもあります。生活感覚は僕たちと同じです。

その一方で、学生時代にはバックパッカーとして、留学生として、さらにNGO活動に身を投じて、世界のあらゆる国々の人々と一緒に泣いて一緒に笑ってきた、国際感覚を身に着けているでっかい人でもあります。

そんな人間的魅力の高さは、実際に彼女にお会いすれば誰もがすぐに感じられるはずです。

フジノは人見知りですが、あさかさんは一回お会いしただけで大好きになってしまいました。

こんな方にこそ、国政を委ねたいと心から願わずにいられません。



今日18日、あさかさんが横須賀をはじめ三浦半島で政策を訴えにやってきました!

昨夜ツイッターであさか由香さんの日程が載っていたのを観ました。

5月18日のあさか由香さんの日程を告知するツイート

5月18日のあさか由香さんの日程を告知するツイート


「おお、明日(18日)は横須賀にあさかさんがいらっしゃるじゃないか!明日は議会だけど、終わりしだい絶対に行かなきゃ」

と思いました。

先ほどのブログに記したとおりで、市議会は午前中で終わりました。

そこで、11:30スタートの横須賀中央かわしま前(ザ・タワー前)での活動に向かうことにしました。

事務所に荷物を置いて、走ってかわしま前に向かいました。

平坂を駆け下りるフジノの脇を『あさか由香カー』が通り過ぎて行きました。

かけつけたフジノを見つけて笑顔で手を振ってくれたあさかさん

かけつけたフジノを見つけて笑顔で手を振ってくれたあさかさん


ちょうど司会の方がマイクでお話を始めたところにフジノは到着しました。

すると、街宣カーの上からフジノを見つけてくれたあさかさん、笑顔で手を振って下さいました。まだ2回しかお会いしていないのに、古くからの友達と再会するような感覚、とても親しみやすい優しくて明るいあさかさんです。

リーフレットをガンガンお届けしました

リーフレットをガンガンお届けしました


そのあさかさんの政策その人柄などの魅力を少しでも多くの横須賀のみなさまにお伝えしたくて、フジノはリーフレットをガンガン配らせて頂きました。

あさか由香さんリーフレット「8時間働けばふつうに暮らせる社会へ」

あさか由香さんリーフレット「8時間働けばふつうに暮らせる社会へ」


このリーフレット、本当に分かりやすくてデザインも見やすくて、できが良いんです。

ねぎしかずこ議員もスマイル!

ねぎしかずこ議員もスマイル!


このリーフレット、みなさまにもぜひお読みいただきたくて、フジノがスキャナーで読み込みました。

こちらをクリックしていただくと、PDFファイルでご覧いただけます。ぜひぜひご覧下さい!



なんとフジノも街宣カーの上に乗ってスピーチをさせていただきました!

大村洋子議員をはじめ、井坂直議員、ねぎしかずこ議員とともにフジノはリーフレットを配布していました。

するとしばらくして、なんと「フジノさんからもスピーチをしていただけませんか」と大村議員からお声がけを頂きました。

あくまでもフジノは勝手に応援しているだけですし(メインで頑張っている人より目立つのは気が引けます)、何よりもみなさん『あさか由香さん本人』の姿を見たくて声を聴きたくてここに来てくれている訳です(フジノの姿や言葉は余計ですよね)。

そうした理由から1度は固辞をしたのですが、改めて「ぜひ」とおっしゃって下さり、街宣カーの上に載りました。

昨日も市内のママたちから「子育てと同時に親の介護で心身が限界」と言われました、とフジノ

昨日も市内のママたちから「子育てと同時に親の介護で心身が限界」と言われました、とフジノ


どの政党にも所属しておらず、会派にも所属していないフジノ。

政策を実現する為であれば、自民党・公明党・民進党をはじめどの政党の国会議員の方にも政策実現のロビーイングに行くフジノ。

横須賀の児童虐待の厳しい現状、国のさらなる取り組みをあさかさんに託したいと訴えました

横須賀の児童虐待の厳しい現状、国のさらなる取り組みと訴えました


そんなフジノがあさかさんの隣に立つということは、

「彼女の政策は僕の願いでもあり、彼女が国会に行くことこそが僕の政策実現の近道でもあることなのです」

ということが、良い意味で市民のみなさまにお伝えできればいいなと願いながらマイクを握りました。



そしてあさか由香さんが語りました

そして、ついにあさか由香さん本人がマイクを握りました。

高校生から「あさか、がんばれー!」の声があがりました

高校生から「あさか、がんばれー!」の声があがりました


フジノは街宣カーの上にともに立ちながら、通り過ぎていく人々の姿を観察していました。

あさかさんの街角での評判はとても良くて、特に若い世代からの人気がとても高かったです。

高校生(中学生?)男子数人が大声で

「あさかー、がんばれー!」

と声をかけてくれました。

街宣カーの上で、真隣からあさかさん!

街宣カーの上で、真隣からあさかさん!


あさかさんの政策は大きく6つの分野にわけることができます。

戦争法制の廃止、という野党共闘の大義も重要な政策です。原発の廃止、エネルギーの転換も。

でも、その前に彼女が掲げているいちばんの政策は

「8時間働けばふつうに暮らせる社会へ」という『人間らしい生き方』の実現

です。

過労死を無くしたいという願い、ブラック企業で精神疾患に追い込まれる人を無くしたい、非正規雇用で不安定な働きた方ではなくて安心して結婚も子育ても考えられるような働き方にしたい、僕らの世代や下の世代がみんな願っている生活実感に根付いた想いが政策の筆頭に掲げられています。

「保育」の質も量も高めていきたいと、ひとりの母親として実感を込めて語るあさかさん

「保育」の質も量も高めていきたいと、ひとりの母親として実感を込めて語るあさかさん


次に彼女が掲げているのは

「1人ひとりの子どもが大切にされる社会へ」という『出産・子育て』の実現

です。

これもフジノが多くの市民の方々からほぼ毎週のように頂くご相談です。

保育園に子どもを安心して預けられるようにしてほしい、保育の量を増やすだけでなく質も高めてほしい、赤ちゃんから小学校卒業くらいまでこどもの医療費の出費が多くて大変だからサポートしてほしい、義務教育といいながら小中学校も高校も学用品費や部活動などでかかるお金が高すぎる、などなどです。

まさにフジノが市議会で取り上げている事柄ばかりでしょう?

あさかさんの政策というのは、まさにフジノが市議会で改革を訴えていることを、国会という場で実現していくというものなのです。

街宣カーの上からもフジノは「政策集をぜひご覧下さい」とお声がけしました

街宣カーの上からもフジノは「政策集をぜひご覧下さい」とお声がけしました


あさかさんの6つの政策については、ぜひ彼女のホームページをご覧下さいね。

あさか由香さんのホームページはめちゃくちゃデザインが素敵です

あさか由香さんのホームページはめちゃくちゃデザインが素敵です


なんといっても、あさかさんのホームページはデザインが素敵ですし、とっても読みやすいです。

もはや『オワコン』のフジノですが、かつてはマニフェスト大賞でベストホームページ賞を受賞したり、雑誌『Yahoo Internet guide』でハワード・ディーン候補や安倍晋三内閣官房副長官と一緒にとりあげられたこともあります。

そんな『かつてはインターネットに詳しい政治家だったフジノ』からしても、あさかさんのホームページは手放しで賞賛したいです。

内容もとてもわかりやすいですからぜひご覧下さいね!

内容もとてもわかりやすいですからぜひご覧下さいね!


こうしたホームページを作成している仲間が居てくれることも、とても素晴らしいです(お友達がデザイナーをしておられるのです)。

ぜひご覧下さいね。そして、あさかさんのことをぜひ知って下さいね。



横須賀での活動を終えてあさかさんは逗子へと向かって行きました

街宣カーでのお話を終えた後、短い時間ではありましたがいろいろなことをお話ししました。

横須賀の現状、改善すべき課題、市民のみなさまのくらし。あさかさんはそんなフジノの言葉をガッチリと受け止めて頂きました。

国会議員になるかもしれない方に、このまちのことを知って頂くことはとても大切です。

活動を終えてみんなで記念写真を1枚

活動を終えてみんなで記念写真を1枚


でも、このブログを読み返してみても全く彼女の人間的魅力をお伝えしきれなかったことが残念でなりません。

1度、ぜひあなたにもお会いしてほしいなあととても思います。

あさかさんはとても明るくて、お話ししてると冗談を飛ばし合ったり、元気をくださる方です。

あさかさんと冗談を言い合ったりちょっと談笑タイム

あさかさんと冗談を言い合ったりちょっと談笑タイム


その一方で、プロフィールにも書かれているとおりで、決して順風満帆な人生では無かった彼女のライフヒストリーを知っている僕は、その明るさと元気さにとても惹かれるのです。

ただ明るくて元気な人はたくさん居ますが、同時に深くて暖かくて他人に寛容でかつ明るくて元気な人はなかなか居ません。

ぜひあなたにもあさかさんに接してほしいなあ。

という訳で、今日はあさかさんが横須賀に来て下さいました。

これからもどんどんリーフレットを配ったり、フジノなりに勝手連としてできることをやっていきたいと思います。

大村洋子議員、井坂直議員、ねぎしかずこ議員、ありがとうございました。

一緒にリーフレットを配って下さったみなさま、おつかれさまでした。

これからもみんなで頑張っていきましょうね!



山本太郎参議院議員と雨宮処凛さんがトーク!でんわ勝手連とAEQUITASの活動には心を打たれました/国会が100倍楽しくなるホントの政治の話

ウェブマガジン「マガジン9」イベントへ

2005年3月スタートのウェブマガジン『マガジン9』。

とても内容が良いのでフジノはいつも読んでいるのですが(フジノのことも2回も書いていただきました)、『マガ9』では定期的にイベントも開催しています。

それがなんと次回は、山本太郎参議院議員と雨宮処凛さんがトークをされるとのこと。

*最近フジノを知った方はご存知ないと思うので、一応。

雨宮処凛さんの著作『生きのびろ』にフジノのルポを1章書いて下さいました。

山本太郎さんは国会議員に立候補する前から横須賀に脱原発の講演にお招きしたことがきっかけで様々なテーマで共闘させていただいています。

そんなフジノにとってなじみの深いお2人ですが、こうして改めて『人前でお2人が2時間もトーク』をするのはとても珍しい機会だと思います。

2人が同時に人前に立つとすれば、街頭宣伝などで共にマイクを握るわずか数分くらいの機会がほとんどでは無いでしょうか(人前でなければ、議員会館内での質問主意書を作る為のミーティングはしておられると思います)。

会場の「北とぴあ」にて

会場の「北とぴあ」にて


これは珍しい! 

改めて、同じ年仲間である太郎さん処凛さんがどんなお話しをするのか楽しみで、きゅうきょ参加することにしました。

そこで今日は東京・王子の『北とぴあ』を訪れました。



「国会が100倍楽しくなるホントの政治の話」

内容をお知らせするウェブサイトの告知をご紹介しますね。

マガ9学校のおしらせより

マガ9学校のおしらせより

国会が100倍楽しくなるホントの政治の話

「みなさまの鉄砲玉、山本太郎です! これ、もう、変えていくだけなんですよ、あとは。そうですよね!」。

2015年9月19日未明、5度にわたる一人牛歩の後に、参議院本会議で安全保障関連法案が可決した後、国会前でコールを続ける市民の前に出てきた山本太郎さんは、こう明るく言ったのでした。

間違いなく彼の存在や発言や行動は、遥か彼方の遠い存在だった「国会」や「国会答弁」の世界を、「お茶の間」的な世界に引きずりこんでくれました(政治というのは、そもそもは私たちの足元にあるもの、なのでこれが正しいのですが…)。
 
そんな山本太郎さん、平日は国会でフル活動、週末は「あなたの街に太郎を呼ぼう!」プロジェクトで全国を飛び回り、さまざまな場所で、みなさんとじっくりお話をされているところ。

そこで、首都圏で生太郎さんの話を聞いてみたいが、なかなかチャンスがない…という方のために、夏の選挙を1ヶ月半後に控えた絶好のタイミングで、お話をたっぷり聞ける機会を作りました。 

ゲストはマガ9でお馴染みの雨宮処凛さん。

雨宮さんは、太郎さんの国会質問の作成チームの一員でもあります。安倍総理を国会の場で追い詰めた国会質問がどのように作られたのか、太郎さんがよく話されている「国会議員を市民が利用する」とはどういうことなのか、そしてそれを実現するにはどうすればいいのか、などもお聞きする予定です。

山本太郎さんを突破口に、なんとか政治を私たち市民の手にとりもどすことができないのか、無関心層に呼びかけて、次の国政選挙の投票率をアップすることができないのか、そんなことを考えています。

ぜひ、今イベントには「政治にあまり関心がない」、「選挙に誰を入れたらいいかわからない」というお友達を一人でも多く、連れてきてください! また、一緒に動く仲間が欲しいという人もご参加ください!! 沢山の仲間と出会える――そんな場所も提供する予定です。

山本太郎(やまもと・たろう)参議院議員。

1974年、兵庫県宝塚市生まれ。2011年3月11日に発生した東日本大震災の後、4月より反原発活動を開始。13年7月、参議院議員選挙に東京選挙区より出馬、666,684票(11.8%)を得て当選。14年12月「生活の党」に合流、「生活の党と山本太郎となかまたち」の共同代表に。15年1月より内閣委員会、行政監視委員会、東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会、国の統治機構に関する調査会に所属。2015年第189回国会・「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」における、総理及び各大臣へのロジカルかつ鋭い質疑の数々と、わが国の立憲主義の崩壊への体を張った抗議とが、大きな話題となる。2015年1月内閣委員会、行政監視委員会、東日本大震災復興及び原子力問題特別委員会、国の統治機構に関する調査会に所属。現在、原発問題、被曝問題、子どもと放射能、TPP問題、労働問題、社会保障制度改革、表現の自由に関わる問題等に特に深く関わり活動中。主な著書に『ひとり舞台 脱原発-闘う役者の真実』(集英社)、『みんなが聞きたい 安倍総理への質問』(集英社インターナショナル)。

雨宮処凛(あまみや・かりん)作家・活動家。

1975年、北海道生まれ。2000年、 自伝的エッセイ『生き地獄天国』(太田出版/ちくま文庫)でデビュー。以来、「生きづらさ」についての著作を発表する一方、イラクや北朝鮮への渡航を重ねる。06年からは新自由主義のもと、不安定さを強いられる人々「プレカリアート」問題に取り組み、取材、執筆、運動中。メディアなどでも積極的に発言。3・11以降は脱原発運動にも取り組む。07年に出版した『生きさせろ! 難民化する若者たち』(太田出版/ちくま文庫)はJCJ賞(日本ジャーナリスト会議賞)を受賞。著書に『プレカリアートの憂鬱』(講談社)、『雨宮処凛の闘争ダイアリー』(集英社)、『14歳からの原発問題』『14歳からわかる生活保護』『14歳からわかる生命倫理』(河出書房新社)、『小心者的幸福論』(ポプラ社)、『何もない旅 何もしない旅』(光文社知恵の森文庫)、『排除の空気に唾を吐け』(講談社現代新書)、『バンギャル ア ゴーゴー』(講談社文庫)、『バカだけど社会のことを考えてみた』(青土社)、『命が踏みにじられる国で、声を上げ続けるということ』(創出版)、『仔猫の肉球』(小学館)など多数。最新刊は『14歳からの戦争のリアル』(河出書房新社)。「反貧困ネットワーク」世話人、「週刊金曜日」編集委員、フリーター全般労働組合組合員、「こわれ者の祭典」名誉会長。

本日の様子は、山本太郎さんのスタッフの方々がツイキャスで生中継と録画公開をして下さっています。










もう上の映像をご覧いただけば全てなのですが...。

山本太郎参議院議員と雨宮処凛さん

山本太郎参議院議員と雨宮処凛さん

それでもやっぱりフジノ自身の『参加した感想』を後日また改めて書きたいと思います。



【速報】「オスプレイ」が米海軍横須賀基地に飛来しました/防衛省から報告

横須賀にオスプレイがやってきました

本日お昼12時過ぎに、全議員宛に報告がありました。

米軍基地関係を担当する政策推進部渉外担当部長から、『オスプレイ』に関して防衛省南関東防衛局から以下情報提供があった、とのことです。

大切なことですので、市民のみなさまにお知らせいたします。

政策推進部渉外担当部長

防衛省南関東防衛局からの情報提供について

本日、平成28年5月10日(火)12時07分、南関東防衛局から、オスプレイの飛来に関して、次のような情報提供がありましたので、報告します。

  • 平成28年5月10日(火)11時30分 オスプレイ1機 横須賀海軍施設に着陸

  • 平成28年5月10 日(火)11時37分 オスプレイ1機 横須賀海軍施設を離陸

事務担当は、政策推進部基地対策課 直通 046-822-8139

フジノの記憶する限りでは、横須賀への飛来は1年7ヶ月ぶりかと思います。

とりいそぎ報告は以上です。



生きることとは何かをずっと考え続けてきた「あさか由香さん」をフジノは信じています/UNITE三浦半島主催「あさか由香さんお話し会」へ

僕のとてもニガテな鎌倉駅へ朝一番で向かいました

今日は、朝一番で鎌倉に向かいました。

まだまだゴールデン・ウィーク。

駅のホームに降りた瞬間からすさまじい人出に圧倒されました(こんな感じです)

昨年亡くなった父が、かつて鎌倉の病院に入院していた時のことを思い出しました。

父は脳梗塞で植物状態の寝たきりとなり、12年間の入院生活をおくりました。

わが国の医療のしくみでは1つの病院がずっと引き受けてくれるということはなく、父も転院をくりかえさせられました。

そんな訳で2009年から1年間は江ノ電沿いの病院に入院をしていたのです。

江ノ電に乗り換えたいのに、人出の多さでJR鎌倉駅ホームから出られない、江ノ電が入場規制していて入れない。

ホームに入っても何重にも並んだ行列の最後尾で、何本も電車を待たないといけない。

ただでさえ僕はパニック障がいもちで電車に乗るだけでもつらくてしかたがないのに、毎回が地獄でした。

観光で来ている人たちはカップルや親子やグループで、みなさんは会話したり楽しそうに過ごしているのに、僕は植物状態で寝たきりの父に会いに行くのです。

僕にとって、鎌倉は観光地ではなく、父のお見舞いへ向かう途中の乗換駅のままです。

いつも混雑していて、居る人はみんな楽しそうで、自分はその真逆で、いつも孤独を感じて、暗い気持ちでした。

だから今も僕にとって、鎌倉は嫌いなまちです。来たくありません。

何故、そんな鎌倉へわざわざやってきたのか。

それは、あさか由香さんのお話会に参加する為です。

 『UNITE三浦半島』と『@湘南市民連絡会』が主催する、あさか由香さんのお話会


『UNITE三浦半島』と『@湘南市民連絡会』が主催する、あさか由香さんのお話会


あさかさんは、21才の時にご家族を交通事故で亡くしておられます。

「それからずっと生きることの意味を考えてきた」

と話しておられる動画を観ました。

15年前、家族3人をいっぺんに亡くしたあさかさん。

生きることの意味を考えずにはいられなかったあさかさんは、長い時間の末に「命を守ることが自分の生きる道だ」と心に決めたそうです。

そんな人だからこそ、僕はとてもシンパシーを抱きました。

フジノが政治家に転職を決意したのは、14年前に大切な人を自殺で亡くしたからです。

政治家に転職した1年後に、今度は父が脳梗塞で植物状態となってしまい、昨年6月に亡くなるまで常に危篤状態でした。

だから、いつも僕も生きることの意味を考えずにはいられませんでした。

そして僕も、あさかさんと同じように「もう絶対に、1つの命も失わせない」と決めたのです。

だから、命を守る為に働いています。

どんなことがあってもあきらめないで、ここに立っています。

大切な人が亡くなるという体験は、残念ながらどれだけ親しい友人であったとしても、体験したことが無い人には理解できません。

想像で共感はできたとしても、本当の意味では理解することは不可能なのです。

そして、悲しみの中に身をひたしているだけでもつらいのに、あえて立ち上がって『命を守ること』に自らの生きる道を選ぶことの苦しさは、誰にも理解できません。

唯一、同じ覚悟をした人間にしか分からないのだ、と僕は思います。

僕も今でも毎日考えずにはいられません。

何故、僕は生きねばならないのか。

もしも僕に生き続けなければならない理由が残っているとしたら、それは『失われるべきではない命を守ること』しか無いのです。

政治家なんて世間やあらゆる人々から嫌われるだけで、何も良いことはありません。

それでも僕がここに立ち続けている唯一の理由は、『命を守ること』が僕に与えられた使命だからなのです。

同じ使命を覚悟した人を、応援するのは同じ立場の人間の使命だと僕は感じています。

だから、人混みもガマンして、パニック障がいを避ける為にたくさんクスリものんで、気合いを入れてやってきたのです。

あさかさんに会う為に。



「大切にしている政策」は同じ、「覚悟」も同じ。だからフジノはあさかさんを信じています

2ヶ月後に迫った参議院選挙。

この半年間、神奈川選挙区に立候補を予定している方々の政策をお聴きしてきました。

その中でも、あさか由香さんが訴えている政策は、そのほとんどがフジノの大切にしてきた政策と同じ想いだと感じました。

あさかさんの政策をあえて一言にまとめると、こうです。

命を守る。その為にやるべきことを全てやる

他の候補予定者の誰かから選ぶという『消去法』ではなくて、フジノは「あさかさんを応援すべきなのだ」と感じました。

その想いをツイッターに記しました。

2016年4月3日のツイート

2016年4月3日のツイート


SNSの力は強いもので、あっという間に情報がまわりまわって、いろいろな方からご連絡を頂きました。

あさかさんがわざわざフジノに挨拶に来てくださる、とか、あさかさんとフジノが対談をして新聞に掲載する、という企画まで頂きました。

でも、僭越ながら全てお断りさせていただきました。

何故ならば、立候補予定者はめちゃくちゃ忙しいのに、フジノなんかにあいさつする時間がもったいないからです。

『オワコン』であるフジノなんかと対談する時間があれば、もっと多くの人々の声に耳を傾ける時間にあててほしいからです。

あさかさんの政策は十分に分かっているし、もうフジノは勝手に応援していくだけです。

実物のあさかさんへのごあいさつは、タイミングが合う日にフジノから勝手に行く、そう決めていました。

昨晩になって、急に翌日の仕事が先方都合で全てキャンセルになりました。

真夜中になって、市民団体の『UNITE三浦半島』『@湘南市民連絡会』の主催で『あさか由香さんお話会』が今日あることを知りました。

何かが僕の背中を押して「行け」と言っているように感じました。

政策を語るあさかさん

政策を語るあさかさん


実際にお話を伺う前に、たくさんの演説の動画を拝見していましたし、ツイッターも読んでいました。ですから、今日のお話も決して目新しい何かがあった訳ではありません。

でも、やっぱりご本人とお会いして良かったと思いました。

あさかさんグッズのひとつ、缶バッジ

あさかさんグッズのひとつ、缶バッジ


さらにラッキーな事に、あさかさんの親友の方にお会いして30分以上もお話をすることができました。

政治家は孤独です。

その政治家が折れずにぶれずに信念を貫けるのは、利害関係とは無縁の、人生の一時期を共に生きた親友がいるかいないかです。

特にフジノの場合は政党にも所属していませんし後援会もありませんので、市外に暮らす(市内だと利害関係が生じうるのです)親友の存在があるおかげで、13年間ぶれずに仕事を続けることができました。

あさかさんのご友人は、すでに勝手連として『withあさか由香』という活動をしておられました。

フジノはその勝手連の活躍ぶりもツイッターや動画で拝見していました。ですから、どれほど真剣に切実にあさかさんのことをご友人がお考えなのかが改めてよく分かりました。

あさかさんはきっと将来、ぶれない政治家になる。

あさかさんとフジノ

あさかさんとフジノ


これからフジノは勝手連である『withあさか由香』に加えてもらいます。

残り2ヶ月でやれること、まだまだたくさんあります。

その2ヶ月の向こうには、たくさんの命を守ることができる政治家の誕生が待っています。

命を守ることが自分の生きる道だと覚悟した政治家は、強いです。

命を守ることが自分の生きる道だと覚悟したあさか由香さんを、フジノは信じています。