プロフィール(2018年3月24日現在)

【一部更新しました:2018年3月24日現在の経歴に更新しました】

1.現在の肩書き

「フジノとは何をしている人間なのか?」と尋ねられたら「こういう仕事をしています」と答える順番に記してみました。




2.外部から依頼・選任されて、就任している役職など

マニフェスト大賞ベストHP賞を受賞




3.自分の意思で所属している学会・勉強会

政策を実現する為に必要な知識や情報を学ぶ為に、いくつかの学会や勉強会に参加しています。




4-1.これまでの経歴(初当選まで)

政治とは全くカンケーない人生を送ってきました。父は警察官、母はパートタイマー、親戚にも政治家は誰もいません。

幼い頃の夢は「映画監督になること」でした。

公立の小中高校に通い、映画撮影・陸上部・バンド活動とふつうの青春を送っていました。

1974年〜2002年
1974年4月8日 横須賀市追浜本町2丁目に生まれる(現在、43才)
1981年3月 白鳩幼稚園 卒園
1981年5月 市立夏島小学校に入学するが、5月に武山へ引越し
1987年3月 市立武山小学校 卒業
1990年3月 市立武山中学校 卒業
1993年3月 県立横須賀高校 卒業
1998年3月 早稲田大学・教育学部・教育学科・教育心理学専修(臨床心理学を専攻) 卒業
1993~98年 大学時代を通じて、都内のメンタルクリニックにて無給研修生としてデイケアで働かせていただく
1998年4月 東宝株式会社に入社
映画興行部、財務部(財務部資金課・財務課)にて丸5年間勤める

幼い頃からの夢だった映画の世界に入り、しかも日本映画界のトップである東宝に入社し、はたから見れば幸せな社会人生活を5年間、送っていました。

業界の花形である映画興行部での3年間は、まさにエキサイティングでした。週末ごとに国内外のトップスターを間近に見る、全国の映画館が東宝の動向を追っている。ドキドキする毎日、興行屋であり映画屋であることを誇りに感じました。

けれども29才の時、政治家に転職することになりました。



2003年
1月30日 政治家に転職する決心をする
2月5日  Yデッキにて街頭演説を始める
3月31日  東宝株式会社を退職する
4月20日 統一地方選挙に立候補
4月27日  市議会議員に初当選(45人中、第4位。4,967票)

立候補の相談に行った選挙管理委員会でも「選挙の1ヶ月前に立候補を決心しても遅すぎる。やめたほうがいい」と言われた無謀な立候補、泡沫扱いでした。

けれども、横須賀市民のみなさまに僕の想いと政策は、届きました。

政治家に転職して、最初の4年間。

2003年
5月 民生常任委員会(福祉・医療・環境・消防)に所属する
財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任する
議会だより編集委員会にて『議会でゲンキ』を作成する
議会IT化運営協議会にオブザーバーとして参加する
2004年
4月 日本社会事業大学通信教育科(1年7ヶ月)の精神保健福祉士養成過程に合格、入学する
5月 民生常任委員会に再び所属する
議会IT化運営協議会に2年連続でオブザーバー参加する
2005年
5月 民生常任委員会に3年連続で所属する
10月31日 日本社会事業大学通信教育科・精神保健福祉士養成過程を卒業
2006年
3月31日 精神保健福祉士の国家試験に合格
5月 教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する
6月30日  『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表に就任する
9月15日  上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に合格
2007年
4月3日 上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に入学、福祉政策を専攻、地域社会政策の観点から自殺予防対策を研究する




4-2.これまでの経歴(2期目)

政治家に転職した最大の目的であった『自殺対策基本法』成立を実現できた為、1期かぎりで退職するつもりでした。

もともと大学時代に、恩師から大学院進学を薦められていたのですが、家計の事情で断念していました。それでも社会人になって9年間、学費をコツコツと貯めてきました。

政治家1期目の終わりに改めて大学院を受験し、無事に合格。地域社会政策としての自殺対策を研究しながら、精神保健福祉士として自殺へと追い込まれる方々を減らす為に働いていくことを決めていました。

けれども、多くの方からの「もう1度立候補してほしい」との声をいただき、2期目も立候補することになりました。

2007年
4月22日  市議会議員(2期目)に当選(63名中、第2位。6,901票)
5月 民生常任委員会に所属する(通算4年目)
2008年
5月 教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局を所管する)に所属する(通算2年目)
2009年
2月 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表を辞任する
3月 『市議会だより編集委員会』に就任
5月 教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する(通算3年目)
『議会IT化運営協議会』にオブザーバーとして3度目の参加
6月30日 学費の支払いが不可能となり、上智大学大学院を自主退学する
11月6日 第4回マニフェスト大賞(ベストホームページ部門)を受賞しました
2010年
2月 第6回リリー賞の選考委員会に任命される。選考に関わらせていただきました
5月 民生常任委員会(健康福祉部・こども育成部・消防局・環境部を担当)に所属する(通算5年目)
『議会IT化運営協議会』に4度目のオブザーバー参加
6月 NPO地域精神保健福祉機構の理事に就任
7月 横須賀市民生委員推薦会下町地区準備会委員に委嘱される
2011年
2月 第7回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-3.これまでの経歴(3期目)

東日本大震災が起こました。

「こんな非常事態に、選挙なんかやってる場合じゃないのに」という強い怒りがありました。けれども同時にそれは「たくさんの困っている方々の為にもっと政治がやるべきことがある」という強い想いとなり、3度目の出馬を決意しました。

2011年
4月25日 市議会議員(3期目)に当選(61名中、第2位。6,457票)
5月12日 教育福祉常任委員会(旧・民生常任委員会)に所属する(通算6年目)

財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任

『議会報告会等準備会』委員に就任

6月 『脱原発社会を考える議員連盟』の事務局長に就任
2012年
1月 第8回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月 教育福祉常任委員会に所属する(通算7年目)

議会IT化運営協議会に5度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に就任

6月 NPO地域精神保健福祉機構の理事に再任
2013年
1月 第9回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月 教育福祉常任委員会に所属(通算8年目)

議会IT化運営協議会に6度目のオブザーバー参加

横須賀市スポーツ推進審議会委員に就任

6月 民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任

「市政功労者」と「全国市議会議長会在職10年表彰」を辞退(過去、辞退をしたのは木村正孝氏とフジノの2人のみ)

2014年
1月 第10回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月 生活環境常任委員会(市民安全部・市民部・資源循環部・上下水道局・消防局を所管)に所属

議会IT化運営協議会に7度目のオブザーバー参加

6月 NPO法人地域精神保健福祉機構の理事に再任される
2015年
1月 第11回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-4.これまでの経歴(4期目)

2015年
4月 市議会議員に当選(4期目)
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に8度目のオブザーバー参加

2016年
1月 第12回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
4月 日本福祉大学(通信教育学部)福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科入学
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に9度目のオブザーバー参加

社会福祉審議会・委員に就任

6月 民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任
2017年
1月 (仮称)政策検討会議等準備会にオブザーバーとして参加


第13回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

政策検討会議にオブザーバーとして参加

議会ICT化運営協議会に10度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に2度目の就任

8月 ごみ屋敷対策検討協議会に所属
2018年
1月 第14回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される
2月 FM戦略プラン審査特別委員会の委員に就任
がん対策検討協議会にオブザーバー参加
3月 日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科 卒業(福祉経営学学士取得)



そして、現在に至っています。



5.政党・会派には一切所属していません

どんな政党とも会派とも全くカンケーの無い、無所属です。

2008年11月12日をもって、横須賀市議会議員の中でフジノたった1人だけが無所属・無会派となりました。残りの40名はみんな、どこかの政党か、会派に所属しています)

フジノには後援会もありません。

どんな組織からも『推薦』などは受けていません。

職業として政治家をやりたいのではなく、このまちを変えるという「目的」を実現する1つの「手段」として政治家に転職をしました。

2006年4月25日のシンポジウムでのフジノ

パネリストとして招かれたシンポジウム(2006年4月25日)「あなたにとって政治とは?」と尋ねられて「目的を実現するための、ただの手段です」と改めて断言しました。

*市民のみなさんに対して政治家が伝えるべきことはあくまでも「政策」「このまちの未来」「活動の実績」「政治とお金」などだと僕は考えています。

*どこの大学を出たとか、どこの地域で暮らしているとか、家族が何人だとか、趣味は何だ、とか、そういった情報は政治家を選ぶ上での情報ではあるべきでない、そう固く信じています。

つまり、「同じ高校/大学の卒業だから応援しよう」とか「育った地元が同じだから投票しよう」ということはまちがっているからです。

投票はあくまでも政策に基づいて行うべきだとフジノは信じています。

年齢の若さなども政治家を選ぶ根拠では無い、と僕は信じています。

あなたが毎日の暮らしの中で感じているおかしい、もっとこうすればこのまちは良くなるのに、という想いと同じ想いを持った政策を訴えている人こそがあなたに必要な政治家だと僕は思います。

そんな政治家で在りつづけられる様にいつも全力で働き続けていきます。




profile2013fujino

おまけ

フジノの声を聴くことができます。ここをクリック!(2007年予算議会での演説です。全文はこちらです)



日本福祉大学通信教育部(福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科)を卒業しました!/「福祉経営学」の学士号を取得しました

日本福祉大学を無事に卒業しました

無事に、『日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科』を卒業することができました。

フジノは学士入学でしたので、2年間の学びの日々でした。

卒業式は本校のある名古屋で開催されたので、パニック障がい持ちのフジノには出席することができませんでした。

けれども『学位証』を郵送して下さいました。

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証


『学位証』を手にとって、ようやくこの2年間の学びを無事に修了することができたのだ、という実感がわいてきました。

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証


これでフジノは正式に『福祉経営学』の『学士』となりました。

ツイッターでご報告したところ、たくさんの方からお祝いのお言葉を頂きました。

みなさまの温かいお言葉に心から感謝しています。



社会人こそ学ぶべきですが、時間と学費の確保は難しいですね

フジノは「社会人こそ学ぶべきだ」という考えを持っています。

議会でも社会人が学びやすい環境づくりの提案をしてきましたし、言いっぱなしにならないように自ら実践すべく僕自身も学びの機会を作るようにしてきました。

かつては日本社会事業大学で精神保健福祉士養成課程を修了しましたし、中退こそしたものの上智大学大学院では福祉政策を学びました。

しかし、今回も痛感させられたのですが、社会人として働きながら『学ぶ時間』と『学費』を確保することは本当に大変でした。

例えば、科目修了試験はインターネットを通じてパソコンで受けるのですが、日程が決まっています。だいたいが土日に設定されているのですが、その日に仕事が入っていることが多く、出先の廊下やカフェに急いで入ってパソコンを開いて受験したことも何度もありました。

通信制とはいえ、スクーリングにも出席しないと単位をもらえません。スクーリングの日程も固定で決まっているので本当に日程を合わせるのが大変でした。

そして何よりもつらかったのが、『学費』を捻出することでした。

「政治家はたくさんお金をもらっている」

という世間のイメージがあると思いますが、議員報酬からさらに自分の学びの為に数十万円を確保するのは不可能で、学費ローンに頼るしかありませんでした。

学費ローンを毎月返済する為に、あらゆることをガマンして節約に励まねばならない2年間でした。

通信制であってもこれだけ学費が高いのですから、今の大学生の2人に1人が奨学金(という名前ですが実質的にはローン)を借りなければ学べない実態を自らのこととして痛感しました。

改めて、学びたいという想いを持つ誰もが学びやすい環境を作り出すという政治家としての使命を再確認しました。



フジノがやらねばならないことは、立場が変わろうと死ぬまで続けていきます

政治家という職業は、4年間限定の非常勤の仕事です。選挙で落ちれば、議会での発言の機会を失ないます。

けれども政治家であろうとなかろうと、フジノが人生を賭けてやらねばならないことは死ぬまでやり続けていくことに変わりはありません。

公人であるうちは、ソーシャルアクションとして議会で発言を続けながら、市民のみなさまの相談を毎日お聴きしていきます。

個人になったならば、市民のみなさまの相談を毎日お聴きしながら、政治・行政にソーシャルアクションとして働きかけていきます。

どのような立場になろうと、死ぬまで最新の情報を学ぶことと研究を続けることが必要です。

そして、市民のみなさまの命と暮らしを守れる力になれるように、これからも努力を続けていきたいと思います。



日本福祉大学通信教育部「冬季科目修了試験」は1科目しか受験できませんでした/予算議会の準備でヘトヘトです

冬季科目修了試験を本日受けました

社会福祉士の国家試験を受験する資格を得る為に、昨年4月からフジノは日本福祉大学の通信教育課程で学んでいます。

仕事の合間に細々と学んでいるので、勉強の時間はほとんど取れずにいます。

フジノは今日が冬季の科目修了試験でした。

インターネット上でテストを受けるのですが、カフェトーク終了後に急いで自宅に帰ってパソコンを開きました。

残念なことに、冬季の科目修了試験は1科目しか受験できませんでした。

冬季科目修了試験で受けた「福祉行財政と福祉計画」

冬季科目修了試験で受けた「福祉行財政と福祉計画」


その科目の講義(ユーチューブのような動画です)を観て、講義が終わるたびに小テストを受け、中間テストを受けて、全ての講義を観終えると、科目修了試験を受けられるようになります。

フジノは今年度中に全ての学科系の科目を終えて来年度は演習系と実習だけにあてたかったのですが、時間が作れませんでした。昨春に登録した科目はあと2科目残っていたのですが、全く勉強そのものができませんでした。この2科目の学費も支払っているので、とても残念です。

ところで、今日受験した科目『福祉行財政と福祉計画』は政治家としてのフジノの本業なので、単に合格するだけでなくA判定でないと恥ずかしいですね。

テスト勉強をする時間はゼロだったので、日頃の実務の知識だけでトライしました。さて、どうなることやら。

予算議会での市長への質疑を行なう為に提出しなければならない『発言通告書』のしめきりまであと4日。

毎日の準備でヘトヘトです。

明日13日には市長から市議会に対して『予算説明会』があります。

その後には記者発表も行われるので、当初予算案の概要があさってのメディアで報道されることになります。



日本福祉大学通信教育部「夏季試験」の結果が出ました/大切なライフワークである高齢者保健医療福祉の科目がまさかのB判定(涙)

「社会福祉主事」任用資格だけでは現在の福祉行政に対応しきれないとフジノは考えています

あなたに何か困ったことが起こって市役所に行かねばならないとします。

そのお困りごとの内容によっては、福祉部やこども育成部などの福祉関係の部署へ相談に行くことになると思います。

ところで、市役所にはすさまじく幅広い分野の仕事があります。そして人事異動の辞令1つで、まるで転職のように全く違う内容の仕事をしなければなりません。

港湾・道路・危機管理・観光・財政・議会などの部署から、ある日突然に福祉関係の部署へ勤め先が変わります。

あなたが相談に行ったその福祉関係の窓口で出会う市職員の多くは、実はずっと福祉にかかわってきた専門家ではありません(フジノの提案を受けて、今では一部『福祉職採用』が実施されてはいますが、その数は少ないです)。

それでも全くの素人では困るので、福祉行政にかかわる市職員は『社会福祉主事』という任用資格を持っている人を異動にあたっては配属するようにします。

異動した職員が『社会福祉主事任用資格』を持っていなければ、研修を受けて資格を取るようにすすめられます。

厚生労働省HP「社会福祉主事について」より

厚生労働省HP「社会福祉主事について」より


けれどもこの『社会福祉主事』は、大学で一般教養3科目の単位を取っていれば、それだけで取れてしまいます。

「社会福祉主事任用資格」を取る為のルート

「社会福祉主事任用資格」を取る為のルート


社会福祉に関する科目だけではなくて、例えば法学・心理学・社会学なども含まれています。

だから、気づかないままに『社会福祉主事任用資格』に該当している人はたくさんいます。

社会福祉主事任用資格を取れる大学科目

社会福祉主事任用資格を取れる大学科目


実はあなたも気づいてないだけで『社会福祉主事任用資格』を持っているかもしれないですね。もちろんフジノも持っています。

言い方は悪いのですが、そんな程度の勉強で取れる資格(三科目で取れてしまうので『三科目主事』と言われてしまうこともあります)に意味はありません。

そもそも『社会福祉主事』は、第2次世界対戦の敗戦後、大量に福祉行政の専門家が必要とされたので作られた60年以上も前の資格なのです(1950年5月制定の『社会福祉主事の設置に関する法律』で創設されました)。

もはや60年前とは全く社会状況が変わっており、現実にはもう対応しきれていないとフジノは考えています。



「福祉行政に関わる全ての市職員は社会福祉士等の国家資格を取るべきだ」とフジノは考えています

春からフジノは、日本福祉大学通信教育部での学びを続けています。

社会福祉士の国家資格を取る為には、まず約2年間の勉強(座学と実習)が必要です。それが終わって初めて国家試験を受験しても良いことになります。

国家試験の合格率はだいたい30%くらいなので、10人受けたら3人しか合格しない厳しさです。

それでも今フジノが仕事の合間を縫ってあえて勉強をしているのは、横須賀市の福祉行政にかかわる市職員のみなさんに社会福祉士資格をとってほしいからです。

上に記したとおり、フジノは

「福祉行政に関わる全ての職員は、社会福祉主事ではなく、社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士等の国家資格を持っているべきだ」

と考えています。

いずれ、市議会でも正式に提案したいと考えています。

けれども、フジノ自身にその国家資格が無ければ、説得力がありません(精神保健福祉士の国家資格は持っています)。

そこでまず自分自身が先頭を切って、実際に資格を取ることにしました。

実はこれと同じことを10年前にも実行しています。それが精神保健福祉士の国家資格です。

保健所の精神保健福祉に関わる職員のみなさんに精神保健福祉士資格を取ってほしくて、まずは僕自身が受験して合格をしてみせました。

こうしたフジノの動きに、想いを同じくする人たちが精神保健福祉士資格を取ってくれました。

ですから、今回もとても期待しています。



「夏季試験」の結果が出ました

『春季試験』に続いて、けさ『夏季試験』の結果が出ました。

『科目修了試験』を合計4科目、8月14日に2科目、20日に1科目、21日に1科目を受験しました。

試験時間は1科目60分で、朝10時から夜20時のどこかのタイミングで1時間パソコンやスマホで受けられます。

正直なところ、8月は疲れきっていて試験どころではありませんでした。

市議としては6月議会が終わってからも休みは全く無く、8月に入っても市民相談は全く途切れずに新たな相談が入り続けました。

個人としては、昨年に父がなくなったので今年が新盆の準備などやらねばならないことがたくさんありました。

また、NPOの理事としては、毎年恒例の全国規模の大きなイベントがあるのでその準備もありました。

おかげで、『夏季試験』では日付を間違えました。

「今日だ!」

と思ったら、試験は明日だったことがありました。

また、試験の最中に宅急便が来て、大急ぎで玄関に出ようとしたらパソコンのコンセントに足がひっかかってしまいました。荷物を受け取り戻ると、パソコンに異変が起きていました。試験画面のタイマー(60分から減っていきます)だけは動くものの、問題を選択するボタンや、見直しをする為に前のページに戻るボタンなどが全て押せません。

試験時間を20分間も残しながら、回答を見直すこともできずにとても困りました。

そんなゴタゴタがありましたが、とにかく『夏季試験』が終わりました。

そして約半月が過ぎて、『結果通知』をお知らせするメールが来ました。

「成績通知のおしらせ」が届きました!

「成績通知のおしらせ」が届きました!


合計4科目を受験しましたが、結果はこうでした。

受験した4科目の試験結果が出ました

受験した4科目の試験結果が出ました


全科目、合格でした。

  • 『社会福祉調査論』、Aで合格
  • 『社会福祉援助技術論Ⅲ』、Aで合格
  • 『高齢者に対する支援と介護保険制度』、Bで合格(パソコンが止まって見直しができなかった科目(涙))
  • 『更生保護』、Aで合格

政治家として、ご高齢の方々の保健医療福祉をライフワークにしているフジノは、まさかの『B判定』に凹みました。パソコンが止まろうが何だろうが、見直しもせずに満点を取れるくらいじゃなければ・・・本当に悔しいです。



学習はまだまだ続くけれど必ず合格して、福祉行政に関わる職員のみなさんにも資格取得を考えてほしい

春季にレポートを1本提出しましたが、この9月にも2本のレポートを提出して合格しなければなりません(実は来週がしめきりです)。

市長への一般質問や決算審査の準備をしながら、空き時間をみつけてとにかく書きます。

決算議会が終わったその週末に、初めてのスクーリングで2日間、朝から夕方まで講義を実際に受けに行かねばなりません。

とはいえ、今年度に受講する科目(赤文字は合格したもの)が順調に減ってきました。

  • スタートアップセッション(合格)
  • 福祉経営序論(合格)
  • 社会福祉調査論(合格)
  • 福祉行財政と福祉計画
  • 社会福祉援助技術論Ⅰ(合格)
  • 社会福祉援助技術論Ⅱ(合格)
  • 社会福祉援助技術論Ⅲ(合格)
  • 保健医療サービス
  • 障がい者福祉論
  • 児童福祉論
  • 高齢者に対する支援と介護保険制度(合格)
  • 更生保護(合格)
  • 福祉経営論



あと5科目を今年度中(秋季・冬季)に合格してしまうことが目標です。

そして来年度は実習にひたすら専念したいと思います。

仕事が忙しくて仕方がないのでモチベーションを保つのは本当に難しいのですが、「全ては横須賀の福祉行政の為だ」と初心を思い返すようにしています。

がんばろう。



日本福祉大学通信教育部「春季試験」の結果が出ました/社会福祉士国家試験の受験資格を得る為の学び

日本福祉大学通信教育部での学び方をご紹介します

すでにお知らせしたとおり、フジノは2018年に社会福祉士の国家試験を受験する資格を得る為に、日本福祉大学通信教育部に入学しました。

ふつうの学生よりも遅い入学となったので、5月10日に教科書が届いてようやく勉強をスタートしました。

日本福祉大学通信教育学部での場合、教科書を使って学ぶ『テキスト科目』と、インターネットを使って学ぶ『オンデマンド科目』があります。

学習の方法

学習の方法


フジノはこの1ヶ月半、4科目の『オンデマンド科目』を勉強しました。

インターネットの動画で講義を学習する方法のことで、動画はパソコン・タブレット・スマホで観ることができます。

「オンデマンド科目」(ネットでの講義)の様子1

「オンデマンド科目」(ネットでの講義)の様子1


1つの講義(例えば『社会福祉援助技術論Ⅰ』)は30コマあります。

1コマは、3本の動画(それぞれが10~20分)に分かれているので、観終えるだけで約40~60分はかかります。そして、1コマごとに『小テスト』を受けねばなりません。

さらに、10コマごとに『確認テスト』があります。

「オンデマンド科目」(ネットでの講義)の様子2

「オンデマンド科目」(ネットでの講義)の様子2


つまり、1つの講義を観終えるだけで20時間くらいかかります(けっこうゲンナリします)。

複数回の「小テスト」を受けた後、全ての受講を終えると、「科目修了試験」を受験できます

複数回の「小テスト」を受けた後、全ての受講を終えると、「科目修了試験」を受験できます


30コマ全てを観て、全ての『小テスト』『確認テスト』に合格しなければ、単位を取る為の『科目修了試験』を受けられません。

この試験は年4回(春・夏・秋・冬)あります。

6月末までが、いわゆる『春学期』でした。

この春学期は、

  • 入学が遅かった為に勉強できる期間が短かった
  • 6月議会でも問題の多い議案や報告事項が多かった為、予想以上に仕事量が多かった
  • あさか由香さんの応援だけのつもりだったのが、三宅洋平さんの突然の立候補で『参議院選挙』の応援にもたくさん時間を充てねばならなかった

といったイレギュラーなことがありました。

10年前に精神保健福祉士の国家試験受験資格を取る為に勉強と仕事を両立する大変さを経験していたのですが、今回は想定していた以上に大変でした。

時間の取れないフジノは、夜眠る前の時間や電車での移動時間を使って、必死に講義を観まくりました。



春季試験の結果が出ました

2つの強大な想定外(教育福祉常任委員会への所属選挙直前の三宅洋平さんの立候補)こそありましたが、全てを覚悟の上で入学した訳です。

市民のみなさまに言い訳したくありません。

とにかく睡眠時間を削って勉強しました。

10年前と同じく、毎晩寝る前に必ず国家試験の過去問を3ページ以上解いてから寝ました。

こうして、6月末に『科目修了試験』を4科目、受けました。

試験時間は1科目60分で、フジノの場合はたまたま1日1科目だったので4日間にわたってテストを受けました。

『科目修了試験』は自宅のパソコンで受けるのですが、その前に仕事に行って、終わらせたらすぐに電車に飛び乗って参議院選挙の応援に行くような状態でした。

そのテスト結果が今日7月15日に発表されました。

「成績通知のおしらせ」が届きました!

「成績通知のおしらせ」が届きました!


4科目とも『A』でした!

合格さえできれば良いのですが、『A』が取れたのはやっぱり嬉しいです。

受験した4科目の試験結果が出ました!

受験した4科目の試験結果が出ました!


毎日全力で市議としての仕事をして、その上であさか由香さんと三宅洋平さんを応援して、さらに寝る時間を削って勉強をしていましたから。その苦労が報われた気がします。



夏学期以降の、これからの予定

いわゆる学士入学(4年次編入)なので、大学そのものの卒業見込みはすでに出ました。フジノは新たに『福祉経営学士』の学位をもらえそうです。

でも、学位は目的ではありません。あくまでも卒業した後の国家試験に合格して『社会福祉士』登録をすることです。

今年度受講する科目(実習科目やいくつかの科目に合格してからでなければ受講できない科目を除いたもの)のリストです。

  • スタートアップセッション(合格)
  • 福祉経営序論(合格)
  • 社会福祉調査論
  • 福祉行財政と福祉計画
  • 社会福祉援助技術論Ⅰ(合格)
  • 社会福祉援助技術論Ⅱ(合格)
  • 社会福祉援助技術論Ⅲ
  • 保健医療サービス
  • 障がい者福祉論
  • 児童福祉論
  • 高齢者に対する支援と介護保険制度
  • 更生保護
  • 福祉経営論



あと9科目を今年度中に合格してしまうことが目標です。

それが実現できれば来年度は、『実習』と実習系5科目(相談援助演習3科目と相談援助実習指導2科目)に専念することができます。

先はまだまだ長そうです。

けれども『社会福祉士』を取得すれば、さらに市議会議員としてのフジノの仕事に深みと広がりが出ると思います。

10年前に『精神保健福祉士』を取得した時と唯一違うのは、急いでいないことです。

あの時は『自殺対策』を新たに立ち上げると同時に対策を加速させる為に、わがまちの保健所のみなさまにも資格取得をお願いする為にもフジノ自らが一発合格して見せる必要がありました。

けれども今ではフジノの提案が実現して、市職員の採用試験に『福祉職採用』が新設されて、今では『社会福祉士』『精神保健福祉士』を取得している職員が少しずつ増えてきました。

今回の受験は、あくまでもフジノ自身の知識と情報と経験を改めて棚卸しすることがメインです。もちろん一発で合格したいのですが、それだけにこだわってはいません。

フジノの仕事は、何よりも目の前の市民のみなさまに向き合うことです。

それに、10年前と比べてフジノの脳みそも体力もすっかり衰えてしまいました(苦笑)

でも、がんばります。



ついに学生証と教科書が日本福祉大学通信教育部から届きました/でも「想定外の教育福祉常任委員会へ所属」に「学びのモチベーション」は猛烈にダウンしてます(涙)

巨大なダンボール箱が届きました

今日は、落ち着かない1日でした。

午前中は、母が脳のMRIを受けねばならなくて、病院へ(結果は来週わかるとのこと)。

午後、自宅に帰ると、ちょうど宅配便が届きました。

フジノの上半身ほどの大きさの、巨大なダンボール箱です。

フジノの上半身ほどの長さの大きな段ボール箱で届きました

フジノの上半身ほどの長さの大きな段ボール箱で届きました


4月21日のブログ記事でお伝えしたとおり、フジノは社会福祉士の国家試験受験資格を得る為に日本福祉大学通信教育部で約2年間学ぶことになりました。

そろそろ教科書が届く頃だと分かってはいたのですが、こんなに大きな物が届くとは思っていませんでした。

送られてきた段ボール箱を開けたら、こんな感じでした

送られてきた段ボール箱を開けたら、こんな感じでした


さっそく『開封の儀』です。

今年(現時点で)受講する科目の教科書

今年(現時点で)受講する科目の教科書


実習科目やいくつかの科目に合格してからでなければ受講できない科目を除いた、今年度受講する科目の教科書です。

  • 社会福祉調査論
  • 福祉行財政と福祉計画
  • 社会福祉援助技術論Ⅰ
  • 社会福祉援助技術論Ⅱ
  • 社会福祉援助技術論Ⅲ
  • 保健医療サービス
  • 障がい者福祉論
  • 児童福祉論
  • 高齢者に対する支援と介護保険制度
  • 更生保護
  • 福祉経営論

フジノの場合、『大学卒業』『精神保健福祉士』なのでいくつかの科目が受講免除となっています。

ただ、これはあくまでも日本福祉大学通信教育部を卒業する為だけの単位数のお話です。国家試験を受験する時には19科目全てを受験しなければなりません。

先が遠くてクラクラしてきます。



せっかくの学生証、でも「まさかの教育福祉常任委員会への所属」で学ぶ意欲はダウンしています

さらに、学生証も入っていました。

日本福祉大学の学生証

日本福祉大学の学生証


本当ならば、ここで嬉しい気持ちになるところなのですが・・・

実は今、『学ぶ意欲』がとてもダウンしています。

というのも、フジノが今年と来年の2年間をかけて大学で学ぼうと決めたのにはいくつかの理由があります。

その1つが、もう残り任期3年間は『教育福祉常任委員会』になれない、という理由でした。

何度も何度も繰り返しお伝えしてきたことですが、この常任委員会は本気で向きあう限り、本当に大変だからです。

委員会そのものの拘束時間も長いですし、その事前の準備にもすさまじく時間がかかります。

さらに、本会議の翌々日にすぐ開催されるので、市長への一般質問を行なう準備をしながら委員会の準備もしなければなりません。

体験した人にしか決して共感してもらえないことなのですが、一般質問を毎回必ず行ないながら教育福祉常任委員会でも充実した議論をするということの厳しさたるや、過酷そのものです。

(12〜10年前にそれをやり遂げて精神保健福祉士に合格できたのは、まだ若くてタフだったことと、病気がここまで重くなっていなかったからだとつくづく感じます)

それがまさか2016年度も教育福祉常任委員会に所属できるなんてあらかじめ分かっていたならば、大学に願書は出しませんでした。

フジノの本命である教育福祉常任委員会で働くことができるのは、政治家として最も能力を発揮できて責任を果たせることができる訳ですから、光栄です。

けれども同時にその苛酷さもよくよく身にしみて分かっています。

この両立は、かなり難しそうです。

2年間での卒業を目指していたのですが、なかなか難しそうです・・・。

なんとか頑張らなければ。



日本福祉大学通信教育部に合格しました。社会福祉士の国家試験受験資格を目指します!/カフェトーク参加者のみなさんに背中を押してもらいました

合否の通知をそわそわ待っていた20日間

「学び直したいことがあるので大学受験をします」

3月30日のブログに記しました。

証明写真も大学のそばの3分写真コーナーで撮りました

証明写真も大学のそばの3分写真コーナーで撮りました


定員に満たなかった場合の追加募集である第3次募集の、それも締め切り前日(消印有効)に、ギリギリで願書を提出しました。

合格か不合格かの判定結果は、4月19日に名古屋から郵送されるとのこと。

そんな訳で、おとといから合否の結果が届くのをそわそわ待っていました。



合格しました!

今日、合格通知が届きました!

日本福祉大学通信教育部の合格通知が届きました!

日本福祉大学通信教育部の合格通知が届きました!


率直に嬉しいです。

フジノは学ぶことが嫌いではないので、市議としても膨大な資料を読み解くのも苦では無い方です。

けれども、40代に入ってからぐっと物覚えが悪くなり、言いたい単語が口からすぐには出てこなくなりました。もはや10代〜30代の知力体力の充実ぶりはゆるやかな下降線に入っているのを実感しています。

そんな訳で、全力こそ尽くしたものの「合格の可能性は50%だな」と覚悟をしていました。

それが無事に合格できたので、とても嬉しかったです。



社会福祉士の国家試験を受験する為の「資格」を得る為の学びです

合格したのは

です。

すでに大学院で『福祉政策』を学んでいたフジノが(でも中退です)、何故わざわざ『学部』に入り直すのかというと

『社会福祉士』の国家試験を受ける為の、『受験資格』を得る為

です。

「社会福祉士を受験する為のルート」とフジノの場合

「社会福祉士を受験する為のルート」とフジノの場合


『国家試験』を受けるには、まず『受験資格』が必要です。

その為に、約2年間の勉強(座学・実習)が必要です。

無事に卒業できたら、そこで初めて「国家試験を受けて良い」という『受験資格』がもらえます。

さらに国家試験を受けて合格できて登録をしたら、そこで初めて『社会福祉士』を名乗ることができます。

最短で2年間、今のフジノの体力や知力だと3〜4年間かかるかもしれません。



フジノは横須賀市の福祉行政に関わる職員は全員が「社会福祉士」を取るべきだと考えてきました

フジノは2006年に『精神保健福祉士』の国家資格を取得しました。今から12年前、2004年に日本社会事業大学に入学して学び『受験資格』を得ました。

今から12年前の日本全体の精神保健福祉の質は決して高くはありませんでした(率直に言って、あまりにも低かったのを改善したくてフジノは政治家に転職をしました)。

そこでフジノは、横須賀市にまだ『福祉職採用』が導入されていなかったので、当時の保健所で精神保健福祉相談にかかわる職員のみなさまに

「専門性を持っている証にぜひ精神保健福祉士を受験してほしい」

と提案しました。

保健所の当時の精神保健班のみなさまに受験していただく為にも、

「まずは提案者であるフジノ自らが『国家試験』を受験して合格する姿を見せねばならない」

と考えました。

そして2004年に日本社会事業大学に入学して学び受験資格を得て、2006年にフジノは約束通り合格しました。

同じように受験して下さった職員の方もいらしたようでした。

(後日フジノが提案を受けて横須賀市は『福祉職採用』を導入しました)。

残念ながら日本では、実力がある素晴らしい人であっても『資格』を持っていないと信頼してもらえないことが多いです。

それは福祉の世界でもより強くその傾向があります。

そんなこともあって、ずっとフジノは、



と、ずっと前から願い続けてきました。

もちろん、今では『福祉職採用』といって、はじめから社会福祉士資格を持っている人を対象にした受験が横須賀市にはあります。

けれども、福祉職採用された職員はまだわずかです。

ほとんどの場合は社会福祉士では無い、今まで事務職を担当してきた方々が人事異動である日突然に福祉部局へ異動させられます。

そして、生活福祉課、障害福祉課、高齢福祉課、介護保険課、こども青少年支援課、保健所健康づくり課、児童相談所などの福祉のすさまじい現場へと飛び込んでいくのです。

日本の福祉行政のこのシステムはおかしい、間違っている、とフジノは思います。

社会福祉の専門的な教育を受けた人間が社会福祉に携わるべきだというのがフジノの変わらない考えです。

けれども、そんなことを主張しているフジノ自身は『社会福祉士資格』を持っていません。ずっと気にしていました。

精神保健福祉士を自ら率先して取得した当時のように、社会福祉士の国家資格をフジノが持たなければ説得力が無いのではないか、と。

ただ、2007年に『社会福祉士及び介護福祉士法』が大きく改正されて、2009年からカリキュラムが完全に新しくなりました。

新しい制度が落ち着くまでは5年くらい待つべきだと考えて、すぐには受験しませんでした。

こうして5年が経った2014年頃から、フジノは「いつ受験しようか」とずっと迷い続けていました。

昨年(2015年)に父が亡くなったのですが、医療費が毎月とても高くて、学費の資金の目処は全くたちませんでした。

仕事もとにかく忙しく、新人議員だった2004年とは毎日の仕事の量もケタ違いに増えていました。



受験の決意の背中を押してくれたのはカフェトークの参加者のみなさまでした!

2年間、ずっと悩んでいました。

そんなフジノの背中を押してくれたのは、カフェトーク参加者のみなさまでした。

まず、埼玉県のNさん。

出版社で働くAさんは、カフェトークでたくさんの意見交換をしているうちに、なんと2015年4月に大学院(社会福祉)に入学しました。

Aさんのテーマは自殺対策やアルコール依存症などの研究です。

フジノのメインの政策ととてもクロスしていることもあって、すごくうらやましく感じました。

最近では5月21日に開催された『日本自殺予防学会』で発表を行なうなど、素晴らしい活躍をなさっています。

次に、横須賀のBさん。

いろいろな事情があって非正規の社員として働いていたBさんのことを学生時代から知っていたフジノは、「もったいないよ、Bさんは絶対に対人援助職に就いた方がいいのに」と言い続けていました。

そうしたら2015年4月、精神保健福祉士の国家試験受験資格を得る為に通信教育での養成過程に入学したのです!

フジノはこの2人のチャレンジをみて、胸がドキドキしました。

そして極めつけは、横須賀のCさんでした。

本当に優しくて素晴らしい人格の持ち主であるCさんは、ある非正規の仕事に就いていました。このままではその会社に使い捨てにされてしまう気がして悔しくてなりませんでした。

ずっと傾聴のボランティアを続けてきたCさん。

フジノにとってはこんなにもったいない人材が、事務仕事ですり減っていくのを見るのはつらかったです。

それがなんと!

昨年暮れに精神保健福祉の福祉サービス事業所に転職をし、そして同時に精神保健福祉士の国家試験受験資格を取る為に入学を果たしたのです。

この3人の姿は、フジノをとても勇気づけてくれました。

さらに、昨年6月に父が亡くなり、借金は今も200万円ほど残ってはいるものの、これ以上増える見込みはとりあえず無くなりました。

こうして、カフェトーク参加者のみなさまを煽ってきた側のフジノが、実は彼ら彼女らのチャレンジを目の当たりにして、一番ドキドキしていました。

もう、受けよう。

学ぼう。

実習に行こう。

国家試験を受けよう。

資格を取った上で、改めて横須賀市の福祉行政に携わる全ての職員のみなさんには『社会福祉士』を取ってほしい、と提案しよう。

そう決意しました。



これから必死に勉強します

全てはこのまちの社会福祉をより良いものに変えていく為の想いからスタートした行動ですが、何よりもまずフジノは市議会議員です。

いつもどおり今までどおり全力でまず仕事に向き合います。市民相談も今までどおり。

その上で、社会福祉士国家試験の受験資格を得る為の勉強も全力を尽くします。

率直なところ、自信は全くありません。

2004〜2006年の日本社会事業大学での学びの頃よりも、今の方が多くの抗精神病薬をのみつづけています。加齢とともに体が疲れやすくなっただけでなく、記憶力などの学習能力はかなり落ちています。

でも、何年かかっても最後までやり遂げたいと思います。

全てはこのまちの社会福祉をより良いものに変えていく為なのだから。

でも、まずは学費を工面しなければ・・・。また借金が増えてしまう(涙)



母校に卒業証明書と成績証明書をもらいに行きました/改めて学び直したいことがあるので大学を受験します

「卒業証明書」他を発行してもらう為に母校まで行ってきました

今日は、2ヶ月ぶりに母校を訪れました。

時間が無くてそばまで行けなかったのですが、大隈講堂

時間が無くてそばまで行けなかったのですが、大隈講堂


(前回は1月23日に出演した『メンヘルナイト』の終了後に、夜の母校を散歩しました)

目的は、『卒業証明書』と『成績証明書』を発行してもらう為です。

教育学部の事務所にて

教育学部の事務所にて


郵送でも受け取れるのに、あえて2時間近くかけて実際にやってきた理由は、今日どうしても入手したかったから。



フジノは大学を受験することに決めました

数年前から学び直したいことがあって、ある通信制の大学を受験するかずっと悩んできました。

毎年、学校紹介の資料や願書を請求するものの、『学費を捻出できないこと』と『時間を作れないこと』の2つがネックで諦めてきました。

でも、今年は少し条件が変わりました。

  • 父が昨年6月に亡くなった為に僕が支払い続けていた医療費を、今年はもう支払わなくて済むようになりました(借金はまだ残っていますけれど・・・)。

  • 新年度、フジノは教育福祉常任委員会には所属しない方向なので(この委員会に所属すると凄まじく忙しくて他の何もできません)、少し自分の時間も作れそうです。

とはいうものの、ギリギリまで決心がつきませんでした。

忙しくてなかなか入試の小論文(+ミニ小論文×2)も願書も書くことができませんでした。

けれども何とか昨夜、全ての書類を書き終えました。

証明写真も大学のそばの3分写真コーナーで撮りました

証明写真も大学のそばの3分写真コーナーで撮りました


4月から新学期なので、当然ながら、本来、今頃に受験はありません。

募集は昨年からスタートしていて、第1次募集と第2次募集はすでに終わっています。

この2回の募集後に定員に満たなかったごくわずかの人数だけ追加募集(第3次募集)しているのに申し込むのです。

受験するだけしてみて、合格すればラッキー、不合格ならば「今は学ぶタイミングじゃない」と思うことに決めました。

そして、明日が願書の締切日(消印有効)なのです。

そんな訳で、今日はわざわざ母校にじかに証明書を発行して受け取りに来なければならなかったのです。



いつものごはん「牛めし三品」へ

教育学部の事務所で発行してもらった後、母校を訪れるといつも足を運ぶ『牛めし三品食堂』へ。

牛めし三品

牛めし三品


いつもの『ミックス』をいただきました。

ミックス

ミックス


在学していた頃と、おいしさは全く変わりませんでした。

ミックスを食べて元気をもらいました

ミックスを食べて元気をもらいました


この味に、ちょっと勇気をもらいました。

そのまま郵便局に行って、書留で願書を送りました。午後も横須賀で仕事があるので1時間も経たないうちに東京を出ました。

果たして、合格できるかどうか。

結果は4月19日以降に分かるそうです。