中筋純さん全国巡回写真展「流転〜福島&チェルノブイリ〜」へ/伝えること・伝えないことの功罪に迷い悩みつつ、ヒロシマ72年に想いを馳せました

中筋純さんの全国巡回写真展が横須賀にやってきました

福島とチェルノブイリを写真家として撮影を続ける、中筋純さん

全国巡回写真展「流転」チラシ

全国巡回写真展「流転」チラシ


彼の全国巡回写真展『流転 福島&チェルノブイリ』がついに横須賀へやってきました。

The Silent Views. 流転 福島&チェルノブイリ横須賀展

日時:2017年8月3日(木)〜7日(月)9時〜18時半(最終日16時)
場所:横須賀市文化会館 市民ギャラリー
入場料:無料
後援:横須賀市・横須賀市教育委員会

この企画を知った時からずっと「8月6日に行こう」とフジノは決めていました。

実際は撤去された「原子力豊かな社会とまちづくり」の看板

実際は撤去された「原子力豊かな社会とまちづくり」の看板


そして今日、8月6日。

8時15分に黙祷をして、横浜へと向かいました。

『AIDS文化フォーラム』最終日は夕方まで続くフォーラムでしたが、途中退出をして横須賀に戻りました。



福島へ継続的に足を運ぶ取材陣がほぼ居なくなった現実

福島を取材し続けるフリーライター鈴木博喜さん(民の声新聞)からも

「ぜひ中筋さんとお話してみて下さい」

と勧められていました。もちろん、ぜひお話しさせていただこう、と強く思いました。

中筋純さんとフジノ

中筋純さんとフジノ


2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故から、わずか6年。

フレコンバッグの数は国も把握していないとのこと

フレコンバッグの数は国も把握していないとのこと


福島へ継続的に取材をし続けている人は、本当にごくわずかしかいなくなってしまいました。

志願して福島支局へ赴任した全国紙記者のフジノの親友も、関東に戻ってきました。

5年が耐用年数と言われるフレコンバング

5年が耐用年数と言われるフレコンバング


今も現場に足を運び続けている人は、フジノの知る限り、わずか数名です。

鈴木博喜さんも、中筋純さんも、その『ごくわずか』の存在です。

中間貯蔵施設の建設用地はようやく32%を確保したとのこと

中間貯蔵施設の建設用地はようやく32%を確保したとのこと


何故なのか。

その理由を、これまで鈴木さんとも何度も語りあってきました。今日も中筋さんとも語りあいました。

これまでずっと考えてきたことなので、フジノなりの答えは(そして鈴木さんや中筋さんの答えは)出ています。

色褪せていく政党のポスター

色褪せていく政党のポスター


ただ、そのフジノなりの答えをここには記したくありません。

ぜひあなたにもお考えいただきたいのです。

福島に何故、メディアが一切入らなくなってしまったのか。

色褪せていく政党のポスター

色褪せていく政党のポスター

もちろん、福島支局はどこのメディアも置いています。

けれども、放射能に関するあらゆる事柄が首都圏や全国でほとんど報じられなくなったのは何故なのか。

6年前は関東でもこぞって購入する人が続出しましたね

6年前は関東でもこぞって購入する人が続出しましたね


ぜひあなたにもお考えいただきたいのです。



「GNF-J」「原子力空母」がある横須賀、福島は常に「わがまちのこと」

中筋さんは、横須賀での写真展についての記者会見でこのような趣旨のことを語っていました。

フジノ自身、中筋さんと同じ考えを持っています。

このまちは、意識しようと意識しまいと、暮らしている人々は常に『核』と同居しています。

チェルノブイリの出来事も、福島の出来事も、決して他人事ではないとフジノは自覚しています。

この教室で再会は叶ったのだろうか

この教室で再会は叶ったのだろうか


それは政治家になる前から変わらない願いです。

  • 原子力発電所も、全て無くしたい。
  • 原子力軍艦(原子力空母・原子力潜水艦)も、全て無くしたい。
  • 核兵器も、全世界から廃絶したい。

しかしその一方で、いち市議会議員として現実的に実現できることの少なさも、嫌というほど向き合ってきました。

けれども、できることは全てやりたいといつも思っています。

決して諦めること無く、腐ること無く、死ぬまで言い続けるしかないと固く信じています。

中筋さんのサインをいただきました

中筋さんのサインをいただきました


そんなことを中筋さんとお話ししました。

8月6日。

核と同居する横須賀で、福島とチェルノブイリの撮影を続ける中筋純さんの写真展に行き、改めてヒロシマに想いを馳せて祈りました。

他人事としてではなく、常に意識し続けている『自分事』として。



2015年度前期も「給食一食まるごとセシウム検査」を継続します!/こどもたちが実際に食べた小学校給食の放射線量の測定

「給食一食まるごとセシウム検査」を2015年度前期も継続します!

本日、教育長から以下の報告を受けました。

教育長から出された「学校給食の放射線量の測定について」のお知らせ

教育長から出された「学校給食の放射線量の測定について」のお知らせ

教育長

学校給食の放射線量測定について

横須賀市では、学校給食の安全性を確認し、児童生徒の健康管理に資するため、平成23年度後期から学校給食の放射線量測定を行なっています。

平成26年度後期の測定結果と、平成27年度前期の実施予定などを次のとおりお知らせします。

  1. 平成26年度後期の測定結果

    横須賀市ホームページ掲載のとおり

    市ホームページトップ画面⇒東日本大震災関連情報⇒学校給食食材の放射性物質の測定

    (*フジノ注:この記述では探しづらいので、フジノがpdfファイルにしたものをこちらにリンクしましたのでご覧下さいね)

  2. 平成26年度の測定結果から推計される内部被ばく線量

    0〜1.308マイクロシーベルト未満

    *最大値1.308マイクロシーベルトは検出下限値に相当する放射性セシウムが含まれていたと仮定して推計しています。

    (参考)家庭での食事が学校給食と同程度と仮定し、上記測定結果をもとに年間被ばく線量を推計すると、最大で7.538マイクロシーベルトとなります。この値は、食品による放射性セシウムの年間許容被ばく線量1ミリシーベルトの約130分の1以下です。

  3. 平成27年度前期の学校給食の放射線量測定について

    平成26年度後期と同じ方法で平成27年度前期分(4月9日〜10月9日)の提供食の放射線量を継続して測定します。

    原則、1週間(5日分)ごとにまとめて測定し、結果をホームペー ジに掲載します。

    提供食は測定ごとに異なる小学校から採取します。

事務担当:学校教育部学校保健課給食係

これまでもずっと繰り返しお伝えしてきたことですが、様々な理由から、給食食材の放射線量の測定を継続するか否かは『半年ごと』に決定しています。

無事に、2015年度前期も『継続』が決定しました。

今回も、市民のみなさまに対して、このおしらせをできて良かったです。

学校保健課長、教育長、ありがとうございます。フジノはとてもホッとしています。



フジノが政治家でいる限り、絶対に「陰膳の測定」はやめさせません

そして今回もフジノはあえて同じことを宣言します。

フジノが政治家でいる限り、絶対に「陰膳の測定」はやめさせません

かつては全国から問い合わせが殺到した『横須賀方式』

学校給食の放射線量を測定する際に、『事前』と『事後』のダブルチェックを行なう全国初の取り組みでした。

2011年12月17日・毎日新聞より

2011年12月17日・毎日新聞より


実は、2011年9月議会にフジノが提案して実現した取り組みです。

2011年10月5日・神奈川新聞記事より

2011年10月5日・神奈川新聞記事より


フジノはこの政策の提案者であり、横須賀市長よりも教育長よりも誰よりも責任ある立場だとフジノは自覚しています。

食材の『事前の測定』こそ中止したものの、「こどもたちの健康を守る為に『事後のチェック』はずっと継続すべきだ」とフジノは確信しています。

東京電力福島第一原子力発電所の廃炉は全く終わっていません。作業だけでもこれからも何十年も続いていきます。

本来であれば、こどもたちの健康を守る為のいち手段である『給食食材の放射性物質の測定』は、横須賀市ではなく、政府こそ責任をもって測定を行なうべきです。

かつて『チェルノブイリ事故』を体験したにも関わらず、食材への汚染が続いていることをほとんどの人々が数年のうちに忘れてしまいました。

東京電力福島第一原発事故が起こった後、我々は同じ過ちをおかしてはなりません。

つまり、この検査をあえて横須賀市が続けていくのは、『人々の忘却の防波堤』となってこどもたちの健康を守る為です。

そして、もう1つ。

横須賀市がこの検査を継続しているのは、「政府が責任放棄をしているからだ」とフジノは強く批判します。



NICUのこどもたち、出産の瞬間/DAYSフォトジャーナリズム祭in横浜赤レンガ倉庫

NICUのこどもたちの写真

先月、写真誌の『DAYS JAPAN』(2013年8月号)を読みました。笑顔の赤ちゃんの写真の表紙に目を奪われたからです。

「DAYS JAPAN」2013年8月号

「DAYS JAPAN」2013年8月号


『いのち 1.生まれる、2.未来を守る』という特集で、写真家の宮崎雅子さんによる『NICU(新生児集中治療室)』の赤ちゃんたちの写真が12ページにわたって掲載されていました。

『NICU』は、生まれてきた全てのこどもたちを守る為に、とても大切な存在です。

政治家としても

  • 2012年度から休止している市民病院の『NICU』を再開したい
  • 三浦半島全体の『NICU』のベット数を増やしたい

という提案を続けてきました。

ただ、政治家であっても、ふだんは『NICU』に入れる機会はなかなかありません。

実際にフジノが『NICU』の中に入らせてもらったことは、2005年6月、市民病院への視察の1度だけしかありません。

あとはテレビのドキュメンタリーや、こうした写真集を通してしか、現場の中をかいまみる機会はありませんでした。

今回初めて知ったのですが、おととし(2011年)、宮崎雅子さんの出版したこの本が『NICU』で働く医療・看護職の人々と赤ちゃんとそのご家族を撮影した日本で初めての写真集なのだそうです。

「NICUのちいさないのち」宮崎雅子・メディカ出版

「NICUのちいさないのち」宮崎雅子、メディカ出版、2011年


この本を通して、視察などでは決して見ることができないたくさんの姿に出会いました。

「Mother いのちが生まれる」宮崎雅子、医学書院、2011年

「Mother いのちが生まれる」宮崎雅子、医学書院、2011年


宮崎さんは、妊婦さん・助産師さん、妊娠・出産の瞬間などを20年以上にわたって撮影し続けてきた写真集も出版しておられます。

とても印象的な写真ばかりでした。

いのちの地球(ほし)に生きる

その宮崎さんの写真をはじめとする、6つの企画展示が横浜・赤レンガ倉庫1号艦で今日からスタートしました。

「いのちの地球に生きる」チラシ

「いのちの地球に生きる」チラシ

開催初日の今日、フジノも見学に行ってきました。

会場の前にて

会場の前にて


宮崎雅子さんのコーナー。

『NICU』の赤ちゃん、ご家族の姿。

妊婦さん、今まさに胎児が生まれてくる瞬間、出産したばかりの母親。

この世に生まれてきた新しいいのちの数十枚の写真を見ることができました。

6つの企画展示

6つの企画展示


その一方で、他のコーナーでは末期がんの女性が亡くなるまでの数十枚の写真を通して、いのちが消えていくまでを見つめました。

珍しい動物たち。

沖縄。福島。チェルノブイリ。世界中の戦場。

写真によって切り取られた世界のあらゆる現実を、わずかな時間の中で、一気に見せられ、圧倒されました。

フジノは『NICU』のこどもたちやご家族やそこで働く医療・看護職の方々に関心があって見に行ったのですが、他のコーナーもとても印象に残りました。

ぜひ関心を持たれた方は、足を運んでみて下さいね。

赤レンガ倉庫

赤レンガ倉庫

『いのちの地球(ほし)に生きる』

・開催期間:2013年8月16日(金)~8月28日(水)
・時間:平日・日曜12:00~18:00(金・土曜は19:00まで)
 *最終日は16:00で終了

・入場料:大人500円(高校生以下、70歳以上、障がい者無料)

・主催:DAYS JAPAN
・後援:日本写真家協会、日本写真協会、東京都写真美術館、読売新聞

・企画展示

(1)「触れる地球とびっくり動物」
アニマルワールド「びっくり動物写真展」

(2)「いのちのかたち~誕生・成長・老い・死~」
お母さんから赤ちゃんが生まれる瞬間、家族が出来てやがてその家族がさらに拡がる瞬間、最期の時を迎え家族に看取られる瞬間。「いのち」のフォトストーリー。

写真: 宮崎雅子、大塚敦子、ブルース・オズボーン

(3)「沖縄 人々が心に焼きつけた記憶」
「沖縄タイムス」や現地の高校生が伝える沖縄、他。

(4)DAYS JAPAN写真展「地球の上に生きる2013」
第9回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞受賞作品。シリア内戦、アフリカで急増する難民など約60点を展示。

(5)広河隆一「チェルノブイリから福島、そして世界の戦場」
2面大型スクリーンで体験する、フォトジャーナリスト広河隆一が撮り続けた世界

(6)「拝啓、震災後を生きるこどもたちへ、大人たちへ」
これからを生きるこどもたちのために何ができるのか。チェルノブイリから学ぶ、福島の今とこれから。福島のこどものための保養施設「沖縄・球美の里」写真展。「沖縄・球美の里」の子どもたちが撮った久米島。

お問い合わせ:yokohama2013@daysjapan.net

20130816landmark

たんぽぽ舎でフジノが講師をしました!/脱原発、PPSの活用について

たんぽぽ舎でフジノが講師をしました!

予算説明会が終わると、フジノは事務所に大急ぎで戻って、夜に行なう講演に向けてひたすら資料作りをしました。

今夜は、東京都千代田区にある『たんぽぽ舎』でフジノが講師の1人となって、講演を行なうのです。

水道橋駅から徒歩5分くらいの所に『たんぽぽ舎』はあります

水道橋駅から徒歩5分くらいの所に『たんぽぽ舎』はあります


『たんぽぽ舎』は1989年に誕生しました。
 
それ以来25年にわたって、『脱原発』と『環境破壊のない社会』をめざして活動しています。

そもそものきっかけはチェルノブイリ原発事故が起こった時に

放射性物質による食品の汚染を心配した市民の方々が、食材の測定などを行なったのがスタートだそうです。

まさにフジノたちが福島第一原発事故で直面している問題を、25年前から取り組んできてくださった大先輩方ですね。

活動は広がっていって、今では、下の3つの活動をメインに行なっています。

  1. 原発の根本問題を広く指摘し、廃止を目指す活動
  2. 原子力のゴミで造られる劣化ウラン兵器の廃止
    イラクの子供への医療支援
  3. 核兵器の廃止

さらに、6つのネットワークと4つの研究会を開催していたり、ニュースの発行、パンフレット・小冊子約100点の発行など、様々な活動を続けている団体です。

今夜の講演は、下のプログラムです。

【連続講座】第11回・役立つ反原発基本講座

自治体は反原発が一番
PPSの活用で財政軽減・実践報告3つの例
  

  1. 東海村・相沢一正議員
  2. 横須賀市・藤野英明議員
  3. 羽村市・門間秀子議員

日時:2月14日 (火)19:00~21:00
場所:「スペースたんぽぽ」

まず、東海村の相沢一正議員の講演からスタートしました(配布された資料はこちらをご覧ください)。

相沢一正議員による講演

相沢一正議員による講演


続いて、フジノの講演でした(フジノの配布資料はこちらです)。

とても好評で、持ち時間20分を10分延長してお話しさせていただき、さらに質疑応答も予定時間を大幅に上回って活発に行なわれました。

(横須賀の取り組みに関心を持っていただいた『サンデー毎日』記者の方から後日改めて取材を受けました)

羽村市議の門間議員

羽村市議の門間議員


続いて、羽村市の門間秀子議員の講演でした(配布された資料はこちら)。

最後に、『たんぽぽ舎』代表の柳田真さんからお話がありました。

柳田真代表のお話

柳田真代表のお話


『たんぽぽ舎』からの配布資料はこちらです。

今回、フジノは初めて『たんぽぽ舎』を訪れて。その取り組みを垣間見ることができて、とても感激しました。

もともと脱原発・反原発の活動において『たんぽぽ舎』の名前はとどろいていました。

ただ、フジノは政治家として、あらゆる活動において『Old school』というか、長い歴史を持つ団体とはあえて距離を置いてきました。

長い歴史を持つということはどんなに良い活動であっても、その活動を継続することそのものが目的になってしまっていたり、いろいろなしがらみにとらわれてしまっていることがあるからです。

でも、『たんぽぽ舎』にはそんなことは全く感じられませんでした。

今もその活動は新しく、最前線で闘っている活気と熱意が感じられました。

これからも機会があれば、ぜひ連帯させていただきたいと感じました。

代表の柳田真さんとフジノ

代表の柳田真さんとフジノ


今日は本当にありがとうございました!



後日談

後日、『たんぽぽ舎』のメーリングリストの記事で講評が掲載されていましたので、こちらをご覧くださいませ。