上地市長の所信表明に対して質問を行ないました。思わず涙が出そうな感動を憶えました/2017年9月議会

今日、フジノは所信表明への質問をしました

今日の本会議は、所信表明への質問2日目でした。

本会議(所信表明への質問2日目)

本会議(所信表明への質問2日目)


フジノは午後から質問に立ちました。

所信表明への質問をする藤野英明

所信表明への質問をするフジノ


質問の全文はこちらに掲載しましたので、ぜひご覧ください。



フジノの質問、自己評価は「過去最悪」でした。何故なら・・・

傍聴に来て下さった方をはじめ、インターネット生中継をご覧下さった方々からは、

「素晴らしい質疑だった」

と、とてもありがたいお言葉を頂きました。

でも、フジノ自身は

「過去最悪だった」

という正反対の自己評価なのでした。

何故ならば、本会議の場であるにもかかわらず、この半年間の日々を思い出してしまい、感極まってしまったからです。

インターネット中継や、議場の議員のみなさまや傍聴者のみなさまには気づかれなかったと思います。

市議になってもう14年ですから、必死に堪えました。

最後まで冷静を装って質問をしたので、冒頭に記したように「素晴らしい質疑だった」と市民の方々はおっしゃって下さったのだと思います。

けれども、実際のフジノの内面は「上地市長が誕生して本当に良かった」という想いで胸がいっぱいで、まともに質問を続ける心理状態ではありませんでした。



本当に激動だった半年以上でした

フジノは、上地さんの立候補前から決意に至るまで全てを知っています。立候補を決めるまでの葛藤もとてもよく知っています。

3月下旬の出馬表明、それから横須賀中を駆けめぐる怒涛の日々が始まりました。

6月25日に市長選挙に当選7月10日に就任、そして臨時議会での市長退職金の廃止の実現、副市長2名と教育長の選任

現在に至るまで半年以上、上地さんはほとんど休まずに全身全霊で突っ走っています。

当選後にメディアのインタビューに答えた言葉通り、「命をかけて」、横須賀復活の為に尽力しておられるのです。

一方のフジノ自身も激動の日々でした。

選挙前から家族3人が同時に入院してしまい、入院先を毎日まわりながら必死に上地さんの政治活動(ヨコスカ復活の会)の応援に駆けつける日々でした。

選挙中、6月20日にひとりの家族を亡くし、6月23日に別の家族が手術をしても助かるかどうか分からないという重い手術を受けました。

「こんな家族の危機に選挙に行っている場合じゃない」

という自分の気持ちと、

「上地さんの当選が自分たちの為にもなるから選挙応援に行って」

と、病身の家族があえて言ってくれた言葉に、胸をかきむしりたくなるような気持ちで毎日選挙に向かいました。

6月25日の市長当選が決まるまで、亡くなった家族の葬儀も先延ばしにしました。

6月30日、ようやく家族葬をしました。

そんなこともあって、上地市長の誕生は、フジノにとって『家族の命と引き換えに得られたこと』のように率直に感じているのです。

(手術を受けた家族は一命をとりとめ、先月やっと退院。今も自宅療養をしています)



8年前の失敗と、全く違うこの2ヶ月間

市民のみなさまにはまだ実感が沸かないと思うのですが、当選後から現在に至るまでの上地市長の働きは本当に素晴らしいです。

8年前、フジノは吉田候補を応援しました。

応援した市議はフジノとわずか2名だけでした。

その為、当選して市長室へと入っていった吉田市長に対する市民のみなさまからの意見や要望や批判は全てフジノに届けられました。

実は、当選1ヶ月頃には、早くも吉田新市長への批判が起こり始めました。

吉田市長が期待に反して何も実現していないことに対する市民の方々の批判を、フジノは強く受け止めてきました。久里浜花火大会の来賓席にいる市長に2人で花火を鑑賞している風を装って、厳しい意見を伝えに行ったことをよく憶えています。

しかし、吉田市長は変わりませんでした。

所信表明の9月頃までには、本当にたくさんのおしかりをフジノは吉田市長にかわってお聴きしていました。

「2ヶ月も経つのに、何も実現できていない」

「あいさつまわりばかりやってないでもっとやるべきことがあるだろ」

だから、2009年9月議会での吉田市長の所信表明演説に対しては、かなり厳しい質問をしました。

それでも吉田市長は変わらず、『期待』にふくらんだ市民の方々はしぼみ、かわりに『怒り』が大きくふくらんでいきました。

この8年前のことをとてもよく憶えているフジノは

「上地市長の就任2ヶ月は特に重要な期間だ」

と受け止めてきました。

8年前同様に、僕なりにできることは何でもやろうと決めていました。

しかし、そんな心配は全くの杞憂でした。

就任2ヶ月間の上地市長の働きは、フジノの期待をはるかに超える活躍だったのです。

こうして迎えた9月議会。

上地市長の所信表明「『横須賀復活』の最終目標は『誰も一人にさせないまち』」、所信表明への質問1日目、完全に市議会の空気は変わりました。

前市長時代の重苦しい閉塞感は完全に消えてなくなりました。

明るい雰囲気、即断即決、わからないことはわからないと述べ、謝るべきことは率直に謝る、上地市長の姿。

答弁に立つ上地克明市長

答弁に立つ上地克明市長


質問者によって答弁を短くしたり露骨に態度を変えず、市長選挙で対立候補を応援した会派に対しても長過ぎると感じるくらいの丁寧な答弁をする上地市長。

横須賀市議会に民主主義が帰ってきた、とフジノは感じました。

当確が出た瞬間、フジノは「横須賀が変わる!」と泣きながら叫び続けたのを憶えています。

それが今、実現しつつあるのを強く感じています。



潤んだ上地市長の瞳に、フジノも・・・

フジノが行なった質問に対して、上地市長が壇上で答弁をされました。

その時に、上地市長を見つめると、その目が少し潤んでおられるのにすぐに気が付きました。

もちろん、これは市長とフジノの距離でしか見えません。他の方々には見えません。

ああ、質問を通じて、上地市長も僕の想いに触れて下さったのだな、と感じました。

それに気づいた瞬間に、僕の心の中で、堰が切れてしまいました。

加えて、返ってきた答弁はそのどれもが素晴らしかったのです。前市長では考えられないような答弁ばかりでした。

こうしてフジノは、先に記したように、心の中ではすっかり感涙の涙でいっぱいになっていました。

とにかく考えに考え抜いて作った質問ですから、そこから先は一問一答方式での再質問を全力で行ないました。

けれども、今まで14年間の本会議で感じたことが無い感情でいっぱいになりながら、行なった質問でした。



これからは「是々非々」でいつものフジノに戻ります

本会議が終わった後も、あさってからすぐ始まる委員会の為に準備に追われました。

夕方、議会事務局を訪れて、無会派担当をして下さっていた職員の方に、今日のフジノの質問について改めて率直な意見を伺いました。

「やっぱりいつもの藤野議員の質問とは違いましたよね」

「今日の質問は、甘い、と言われてもしかたがないかもしれませんね」

と、職員の方はやはりおっしゃいました。

さすが、長年フジノを担当して下さった方です。僕も同感でした。

上地克明というひとりの人間に、フジノが心酔していることは隠しようの無い事実です。

この14年間、公私ともにお世話になってきました。市議としては一緒に条例案や決議案をたくさん出し、個人としてはたくさんの相談にいつものって下さった。大好きな方です。

でも、次からはもう絶対に感傷的になりません。

今では、二元代表制のもとで、市長と市議会という立場に分かれました。市議時代とは違います。

フジノの責務は、市長と行政の仕事を厳しくチェックし、誤りはただし、横須賀復活の為に必要な政策提案をし、市長と市議会がともに切磋琢磨しながら市民のみなさまの為に働いていくことです。

その責務を果たす為に、全力で働いていきます。

今日は、不覚でした。半年以上の激動の日々が一気に胸に去来してしまいました。

けれども、もう感傷は今日で終わりです。

いつもの市長が誰であろうと厳しい追及を行なう市議であるフジノに戻ります。

がんばります。



上地市長の所信表明への質問の発言通告書を提出しました。その全文を紹介します/2017年9月議会

発言通告書を提出しました

今朝10時が締め切りの、『発言通告書』を提出してきました!

署名を終えて議会控え室でホッとするフジノ

署名を終えて議会控え室でホッとするフジノ


本会議で質問を行なう為には、質問の要旨を書いた『発言通告書』を提出しなければなりません。

実際のところ、要旨そのものはメールで議会事務局に送るのですが、『表紙への署名』は本人が自筆で行なわなければなりません。

そこでフジノの場合、締め切り日には必ず議会事務局に朝いちばんで向かうことにしています。

今回は、昨日の本会議で上地市長が行なった所信表明演説に対しての質問となります。

発言通告書の実物の一部です

発言通告書の実物の一部です


上地市長に対して、合計17問の質問をフジノは行ないます。



質問の要旨を全文紹介します

今回も『発言通告書』の全文を掲載します。

いつもながらフジノの質問は、量が多く、とても長いです。その為とても読みづらいかとは思うのですが、よろしければご覧下さい。

1.横須賀復活のために行政、議会、市民の皆様が一丸となって全員 野球で取り組む必要がある、と訴える上地市長に、任期の初めに明確に伝えていただきたいことについて

(1) 市民の皆様に対して

ア.市長選挙において、上地候補は複数の政党の推薦を受けた。

そのことを、対立する陣営は、上地候補が当選すれば政党の言いなりになると批判してきた。

こうした批判は選挙での常套手段にすぎないが、この機会にあえて伺う。

上地市長は推薦を受けた政党のために働く市長なのか。それとも、40万人の横須賀市民のために働く市長なのか。


イ.過去数年にわたり、前市長を大音量で糾弾する街宣車が市役所周辺を初め市内各地で活動していた。

市長選挙の際、一部の人々はこの街宣車による活動とその団体を意図的に上地候補と結びつけて語り、攻撃材料としてきた。

残念ながらこのデマを真に受けてしまった市民も実際におられる。

もとより当該団体や街宣車による活動と上地市長は全く無関係であること、関係づけは事実無根の誹謗中傷であることを、この際、市民の皆様に明言していただきたい。


ウ.市長選挙において他の2候補を応援した市民の方々の想いを、上地市長はどう受けとめておられるか。

また、横須賀復活を実現していく為に全員野球を訴える上地市長には、他候補を応援した市民の方々に対してぜひ融和を呼びかけていただきたいが、いかがか。


エ.今回の市長選挙の投票率は 46.1%にとどまり、投票に足を運ばなかった有権者は、残念だが過半数に上る。

この現実を上地市長はどう受けとめておられるか。


オ.横須賀復活の為には、棄権した過半数を超える有権者を含む全ての市民の皆様に、このまちの主役であるとの当事者意識を持っていただき、これからの市政の取り組みにぜひ参画していただく必要がある。

そこで上地市長は、今回棄権した多くの方々にどのように呼びかけていくのか。


(2) 市議会に対して

前市長と市議会との信頼関係は最終的に完全に崩壊していた。

その理由は数多くあったが、1つには議会との議論を軽視する姿勢があった。

ディベート技術を用いて質問内容に真正面から答えず、本会議や委員会の貴重な質問時間が空疎な答弁で消えていくことが本当に残念でならなかった。

上地市長には、ぜひ市議会との信頼関係を取り戻していただきたい。そこで、あえて以下の3点を伺う。

ア.上地市長は、議会での質問には真正面から答弁し、常に建設 的な議論を行う姿勢を貫いていただけるか。


イ.前市長は、質問をする会派や個人によってあまりにも短く答弁したり、露骨に態度を変えることがあった。

上地市長は、質問者によって答弁や態度を変えるようなことはしない、と宣言していただけるか。


ウ.前市長は、質問や提案に対して前向きなニュアンスに聞こえる答弁をしながらも、実際には各部局へ何の指示も出していないことも多かった。

その為、後日一つ一つの答弁への実際の対応を全て検証せねばならず、結果的に議会での市長答弁そのものを全く信頼できなくなった。

上地市長は、議会での自らの答弁に責任を持って、必ず各部局に対して答弁に沿った指示を出していただけるか。



2.市長就任から2カ月、市議時代には知ることができなかった本市の克服すべき課題の多さと大きさについて

(1) 就任から2カ月、市民、関係団体、県、国との意見交換を重 ね、庁内各部局とのヒアリングを行った結果、克服すべき課題の多さと大きさを認識した、と上地市長は述べた。

現状に危機感を持って常に問題提起をしてこられた市議時代の上地市長ではあったが、我々市議会が行政内部の全ての情報にはアクセスできないのも事実だ。

そこで、市長職に就任して初めて知った克服すべき課題の多さと大きさとは具体的にどのようなことか、お答えいただきたい。

3.基本姿勢として「忠恕」を市職員に求めるのであれば、借金減らしの為に行なわれてきた過度な退職者不補充と新卒採用の減少をやめ、市民に必要な行政サービスを提供できる十分な職員数の確保を行なう必要性について

(1) 「横須賀市役所はこんなもんじゃない」という想いが私にはある。

かつて本市役所には良き風土があった。

政策立案能力の高さから『スーパー公務員』として全国に知られたり、国の新制度の創設の際に地方自治体の代表として招聘されたり、先進的な政策の文献を出版する職員も多くおられた。

また、例えば、旧・長寿社会課では、顔の見える関係を築くべく、全ての介護保険施設や介護サービス事業所を訪れて自分の名刺を置いてこい、と現場回りの重要性を先輩は後輩に伝えてきた。

個人にも組織にも公務員としての矜持があった。

しかし、財政危機を訴えて借金の返済を最優先にした前市長のもとで、人件費削減の為に退職者不補充と新卒採用の絞り込みが徹底された。

その結果、職員は目の前の大量の仕事をこなすだけで精一杯となり、『スーパー公務員』と呼ばれるような存在は消えた。

良き風土の例として挙げた旧・長寿社会課の教えを今も覚えている係長はいるが、「業務量の多さから部下に伝えても実行は不可能だ」と述べている。

市民ニーズの複雑多様化の現実を前に、福祉部をはじめ多くの部局で業務量の増加に比して職員数が足りず、本市役所の良き風土も失われつつある。

上地市長は就任挨拶や所信表明だけでなく、機会があるごとに、各部局に対して市民からの相談には思いやりを持って親身にお聞きするよう指示をしておられると伺っている。

けれども、もともと思いやりを持って市民と向き合ってきた職員は多く、この状況でさらに忠恕の心を持てとなれば、むしろ多くの真面目な職員が潰れてしまうのではないかと私は危惧している。

さらなる思いやりの心を職員に求めるのであれば、増大する業務量に応じた適切な職員数を確保する方針へ、まずは切りかえていただきたい。

それは同時に、本市役所の良き伝統と風土を取り戻すことにもなると私は考える。

上地市長はどうお考えか。

4.所信表明で述べられた横須賀復活のための3つの構想及び4つの復活計画と、市議時代及び選挙中に訴えていた政策との関係について

(1) 横須賀復活のための3つの構想と、上地市長が市議時代及び 選挙中に訴えていた政策との関係について

ア.市長選挙を通して訴えてきた3つの構想が、改めて所信表明で正式に語られた。

その1つ「音楽・スポーツ・エンターテイメント都市構想」だが、ハコモノづくりと誤解されている方もおられる。

3月28日の出馬表明の記者会見を報じた新聞各紙に「アミューズメントパーク建設」と掲載され、選挙中にはこれを対立陣営が「新たなハコモノづくりだ」と批判し続けた。

その為、今もハコモノありきの構想と受けとめている市民がいらっしゃるのだ。

そこで、改めて「音楽・スポーツ・エンターテイメント都市構想」とは具体的にどのような施策がなされることなのか、さらに詳しく御説明いただきたい。

また、本構想には何らかの新たな施設建設が含まれるのか、 ぜひ明確にお答えいただきたい。


イ.3つの構想は、上地市長が市議時代から一貫して訴えてきた事柄である為、市長就任後の今も市議時代の考えと全く同じなのか否かがまだ明確ではない。

特に「谷戸再生構想」については、「谷戸公社の設立」が持論として多くの議員に記憶されている。

現在も市議時代に提唱された、本市が新たに「谷戸公社」を 立ち上げ、土地家屋の寄附を受けたり、買い取った上で、大きな枠組みの中で計画をつくり、整備開拓を行っていく手法をお考えなのか。

あるいは、市長就任後の現在は「谷戸公社」設立ではなく、 新たに別の手法をお考えなのか、お答えいただきたい。


(2) 横須賀復活の4つの計画と、上地市長が市議時代及び選挙中 に訴えていた政策との関係について

ア.計画その3「子どもの教育の復活」について、全国平均を下回っている本市小中学生の学力向上を重要課題と認識し、さらなる取り組みを進めると上地市長は述べた。

前市長と変わらないような表現で、率直に私はショックを受けた。

所信表明のこの表現だけでは、前市長と同様に、子どもたちに単に詰め込み教育を続けていくと市民に誤解を生みかねないと感じた。

何故ならば、市議時代の上地市長と私は、前市長による学力向上の様々な取り組みは、そもそも前提が間違っている、と意見交換を重ねてきたからだ。

つまり、子どもたちには、まず衣食住が満たされて安全で安心できる環境が提供されなければ、そもそも学習意欲を持てない。

本市には様々な事情で生活習慣の確立も難しい子どもも多く、子どもたちに心身の健康と安全で安心して生活できる環境を政治と行政が確保することこそが優先課題だ。

それから初めて学力や体力の向上があり得ると、二人で幾度も話した。

選挙中に前市長の取り組みとの違いを尋ねられた際にも、ひとり親家庭や子どもの貧困問題に強い関心を持ってこられた上地候補のこうしたお考えをお伝えしてきた。

しかし、所信表明の表現ではその部分がすっぽりと抜け落ちている。

そこで、伺いたい。

「子どもの教育の復活」の為にも、まず子どもたちには衣食住と安全で安心できる生活環境の確保がなされるべきで、そのベースの上に学力向上の取り組みが効果を 持つ、というお考えに変わりはないか。

5.所信表明中の「基地について」では語られなかった、平和を希求する上地市長の強い思いについて

選挙前から報道各社や市民団体からのアンケートや公開討論会で日米安保体制や日米同盟、そして基地について問われると、上地候補は「容認」の立場だと回答してきた。

選挙中、それを対立陣営は、まるで「米国従属の好戦的なタカ派」であるかのように批判し続けた。

選挙後に市民団体と意見交換した際、そうした批判を真に受けてイメージで上地市長が見られていることを知り、私は残念でならなかった。

そもそも私は原子力空母も米軍基地の存在も容認しない立場だが、上地候補を強く応援したのは、ひとりの人間・上地克明さんが根本的にいかに平和主義者であるか、その想いの強さを知っていたからだ。

さきの大戦で最前線に送られたお父様の苦しみや悲しみを幼少期から直視し、戦争を憎み、誰もが自由・平等に暮らせる平和な社会を創る為に、そもそも政治家を志したのが上地市長だ。

そうした側面が知られず、誤ったイメージで見られるのは私には耐えがたい。

所信表明では、防衛施設の立地による逸失利益を国に対して求めていくとの市議時代からの持論とともに、世界の中の横須賀を冷静かつリアリスティックに地政学的に見詰めた上で、日米安保体制、日米同盟、米軍基地について語ったものと私は受けとめており、違和感は無い。

一方で、所信表明で語られた表現だけでは、平和を求めてやまない上地市長の強い思いが残念ながら全く伝わらなかったことも事実だ。

そこでぜひ市民の皆様に対して、戦争と平和に対する上地市長の基本的なお考えを、平和を希求してやまない上地市長らしい言葉で語っていただきたいが、いかがか。

6.「誰も一人にさせないまち」を実現するために必要な「地域福祉 計画」の策定について

「誰も一人にさせない」は、上地市長の生きざまそのものも表している、人々への思いを一言に集約したすばらしいフレーズだ。

この実現こそ「横須賀復活」の先にある最終目標である、 との所信表明に私は強く賛同する。

現在、国は「我が事・丸ごと」地域共生社会の実現に向けて、平成28年から閣議決定をはじめ、「我が事・丸ごと」地域共生社会実現本部の設置や法改正など様々な体制整備を進めている。

この国の動きと、上地市長の「誰も一人にさせないまち」 とは、同じ方向を目指すものだと私は受けとめている。

社会福祉法の改正により、市町村は包括的な支援体制づくりを進めていかねばならないが、それらを計画的に推進していく為に「市町村地域福祉計画」の位置づけが見直された。

これまでの障がい福祉、子ども家庭福祉、高齢福祉などの分野別計画の上位に位置づけられ、対象はこれらに加えて複合・多問題に苦しむ人々や制度のはざまでSOSを発信できない人々などが加わり、計画策定は努力義務化された。

しかし、これまで前市長は「地域福祉計画」を策定せず、策定を求める議会質疑にも今後研究すると消極的な答弁をしただけだ。

その結果、全国の中核市で未策定は2市のみ(厚生労働省・平成28年度調査、全国担当課長会議資料より)となり、本市は大変情けない状況にある。

「誰も一人にさせないまち」をつくるという上地市長の想い、 「我が事・丸ごと」地域共生社会の実現という国の方向性、この両者を実現する手段の一つとして、多様な主体の参加による策定過程を重視した「地域福祉計画」の策定は不可欠であり、上地市長にはぜひ策定に乗り出していただきたい。

ただ、本計画は多様な主体の参画によって合意形成を図って策定するプロセスそのものが重要であることから、単に早く策定すれば良いものではなく一定の期間も必要である。

そこで、「誰も一人にさせないまち」の実現のためにも、上地市長の1期目の任期中に「地域福祉計画」の策定を始める、と約束していただけないか。

以上です。

所信表明演説への質問は、大会派から順番に行なわれていきます。

無会派の小室たかえ議員とフジノの質問は、その後に行なわれることになっています。

もしかしたら、9月8日(金)の本会議だけでは終わらずに、フジノの質問は9月11日(月)になるかもしれません。

いずれにしても、フジノの質問順番は9月7日(木)の議会運営委員会で決定されます。

今回も全力で質問に臨みます。



安倍総理の所信表明演説を聴いて感じたこと/臨時国会がスタート

臨時国会がスタートしました

国会(第185臨時国会)がスタートしました。

安倍総理大臣による所信表明

安倍総理大臣による所信表明


初日の今日は、安倍総理大臣による『所信表明』演説が行なわれました。

衆議院インターネット審議中継(衆議院TV)

衆議院インターネット審議中継(衆議院TV)


フジノは『衆議院TV』というインターネット中継でその様子を観ました。

所信表明で印象に残ったこと(その1)この道しかない

所信表明は、こんなフレーズから始まりました。

この道しかない。

「3本の矢」は、世の中の空気を一変させました。

今年に入って、2四半期連続で、年率3%以上。主要先進国では最も高い成長となりました。昨年末0.83倍だった有効求人倍率は、8カ月で0.95倍まで来ました。

景気回復の実感は、いまだ全国津々浦々まで届いてはいません。日本の隅々にまでこびりついた「デフレ」からの脱却は、いまだ道半ばです。

この道を、迷わずに、進むしかありません。

今や、世界が、日本の復活に注目しています。ロックアーンでも、サンクトペテルブルクでも、ニューヨークでも、そしてバリでも、そのことを強く実感しました。

日本は、「もう一度、力強く成長できる」。そして、「世界の中心で、再び活躍することができる」。そうした未来への「希望」が、確実に芽生えています。

皆さん、共に、この道を、進んで行こうではありませんか。

フジノには、演説の冒頭から違和感を抱いてしまいました。

アベノミクス。日本には、この道しかない。

本当にそうだろうか?

世の中の空気が一変した?

少なくともフジノのまわりでは、全く何も変わっていない。

所信表明で印象に残ったこと(その2)難病への支援

約40分の演説の中で、率直にフジノの印象に残ったのは次の一節だけでした。

難病から回復して再び総理大臣となった私にとって、難病対策はライフワークとも呼ぶべき仕事です。患者に希望をもたらす再生医療について、その実用化を更に加速してまいります。民間の力を十二分に活用できるよう、再生医療に関する制度を見直します。

安倍総理が難病への対策を「ライフワーク」と言い切ったことは、率直にうれしく感じました。

難病への支援は、フジノにとっても重要な政策だからです。特に、小児慢性特定疾患をはじめとするこどもの難病への支援には、さらに力を入れていきたいです。

2週間後の10月27日には厚生労働省が「難病対策に関する意見交換会」を開催します。こうした声を聴く場をもっともっと設けて、積極的に難病支援に政府をあげて取り組んでほしいと強く願っています。

難病対策に関する意見交換会のお知らせ(厚生労働省HPより)

難病対策に関する意見交換会のお知らせ(厚生労働省HPより)


ただ、総理自ら「ライフワーク」と断言したのに、「再生医療と民間の活用」にしか言及しないのは、心もとなく感じました。

もっともっと言及していただきたいことがたくさんあるのに、と残念に感じました。

所信表明で印象に残ったこと(その3)社会保障

わが国の最重要課題である『社会保障』について触れたのは、下の一節です。

世界に誇る我が国の社会保障制度を、次世代に安定的に引き渡していく。そのためには、財源確保のための消費税率引き上げと同時に、保険料収入や税収の基盤である「強い経済」を取り戻さねばなりません。こうした取り組みの下、中長期の財政健全化目標の実現を目指します。

併せて、大胆に改革を進め、持続可能な制度を構築しなければなりません。少子化対策を充実し、全世代型の社会保障へと転換してまいります。医療、介護保険、公的年金について、受益と負担の均衡がとれた制度へと、具体的な改革を進めてまいります。高齢者の皆さんが安心して暮らせる社会を構築します。

ここでも演説の冒頭と同じ論理で、「社会保障制度の維持にはアベノミクスによる経済の強化しかない」と繰り返されています。

再び強い違和感をおぼえました。

あなたはどんな風に感じましたか?

この国のトップがこの国をどのように進めようとしているかを説明したスピーチをぜひあなたにも聴いていただきたいのです。

そして、あなたはどんな風にお感じになるでしょうか?

全文は、以下の通りです。ぜひ1度目を通してみて下さいね。

安倍首相の所信表明演説全文

【一 はじめに】

まず冒頭、過去に経験したことのない豪雨や、台風、竜巻により、亡くなられた方々に心から哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方々に対してお見舞いを申し上げます。高齢化や過疎に直面する被災地域も多く、そうした実態も踏まえながら、早期の復旧に向け全力で取り組んでまいります。

この道しかない。

「3本の矢」は、世の中の空気を一変させました。今年に入って、2四半期連続で、年率3%以上。主要先進国では最も高い成長となりました。昨年末0.83倍だった有効求人倍率は、8カ月で0.95倍まで来ました。

景気回復の実感は、いまだ全国津々浦々まで届いてはいません。日本の隅々にまでこびりついた「デフレ」からの脱却は、いまだ道半ばです。

この道を、迷わずに、進むしかありません。

今や、世界が、日本の復活に注目しています。ロックアーンでも、サンクトペテルブルクでも、ニューヨークでも、そしてバリでも、そのことを強く実感しました。

日本は、「もう1度、力強く成長できる」。そして、「世界の中心で、再び活躍することができる」。そうした未来への「希望」が、確実に芽生えています。

皆さん、共に、この道を、進んで行こうではありませんか。

【二 復興の加速化】

強い経済を取り戻すことは、被災地にも大きな希望の光をもたらします。東日本大震災からの1日も早い復興に向けて、取り組みを更に加速してまいります。併せて、将来の大規模な災害に備え、強靱な国づくりを進めてまいります。

被災地では、今も29万人の方々が、避難生活を送っています。高台移転は、ほぼすべての計画が決定し、用地取得や造成工事の段階に移りました。今後、市町村ごとの「住まいの復興工程表」を着実に実行してまいります。

福島の皆さんにも1日も早く故郷に戻っていただけるよう、除染やインフラ復旧を加速してまいります。

私は、毎日官邸で、福島産のお米を食べています。折り紙つきのおいしさです。安全でおいしい福島の農水産物を、風評に惑わされることなく、消費者の皆さんに、実際に味わってほしいと願います。

汚染水の問題でも、漁業者の方々が、「事実」と異なる「風評」に悩んでいる現実があります。しかし、食品や水への影響は、基準値を大幅に下回っている。これが、「事実」です。

抜本解決に向けたプログラムも策定し、すでに着手しています。今後とも、東京電力福島第一原発の廃炉・汚染水対策を、全力でやり抜いてまいります。東京電力任せにすることなく、国が前面に立って、責任を果たしてまいります。

福島出身の若いお母さんから、1通の手紙を頂きました。震災の年に生まれたお子さんへの愛情と、故郷の福島に戻るかどうか苦悩する心の内をつづった手紙は、こう結ばれていました。

「私たち夫婦は今福島に帰ろうと考えています。あの土地に家族3人で住もうとしています。私たちのように若い世代が暮らさないと、福島に未来はないと考えたからです」

福島の若い世代は、しっかりと福島の未来を見据えています。

被災地の復興なくして、日本の再生なし。その未来への責任を、私は、総理大臣として果たしてまいります。

【三 成長戦略の実行】

チャレンジして「失敗」しても、それは「前進への足跡」であり、「大いに奨励」すべきもの。しかし、「失敗を恐れて何もしない」のは「最低」だ。

本田宗一郎さんは、こう述べて社員たちに奮起を促したと言います。先人たちのこうしたチャレンジ精神が、日本を高度成長へと導きました。

しかし、日本人は、いつしか自信を失ってしまった。長引くデフレの中で、萎縮してしまいました。

この呪縛から日本を解き放ち、再び、起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻すこと。若者が活躍し、女性が輝く社会を創り上げること。これこそが、私の成長戦略です。いよいよ、日本の「新しい成長」の幕開けです。

果敢にチャレンジする企業を、安倍内閣は応援します。日本の持つ「可能性」を最大限引き出すことこそが、競争力を強化する道であると考えます。

新たに「企業実証特例制度」を創設します。あらゆる分野において、フロンティアに挑む企業には、新たな規制緩和により、チャンスを広げます。

事業再編を進め新陳代謝を促し、新たなベンチャーの起業を応援します。研究開発を促進し、設備投資を後押しして生産性を向上します。

そのために、今後3年間を「集中投資促進期間」と位置付け、税制・予算・金融・規制制度改革といったあらゆる施策を総動員してまいります。

その目指すところは、若者・女性を始め、頑張る人たちの雇用を拡大し、収入を増やすことにほかなりません。その実感を、必ずや、全国津々浦々にまで届けてまいります。

そのことが、さらに消費を拡大し、新たな投資を生み出す。「経済の好循環」を実現するため、政・労・使の連携を深めてまいります。

将来の成長が約束される分野で、意欲のある人にどんどんチャンスを創ります。

電力システム改革を断行します。ベンチャー意欲の高い皆さんに、自由なエネルギー市場に参入してほしいと願います。コスト高、供給不安といった電力システムを取り巻く課題を同時に解決できる、ダイナミックな市場を創ってまいります。

難病から回復して再び総理大臣となった私にとって、難病対策はライフワークとも呼ぶべき仕事です。患者に希望をもたらす再生医療について、その実用化を更に加速してまいります。民間の力を十二分に活用できるよう、再生医療に関する制度を見直します。

外国訪問では、私は、安全でおいしい日本の農水産物を紹介しています。どこに行っても、本当に驚くほどの人気です。かつて農業が産業として、これほど注目されたことがあったでしょうか。

意欲のある民間企業には、この分野にどんどん投資してもらい、日本の農産物の可能性を世界で開花させてほしいと願います。しかし、狭い農地がバラバラに散在する現状では、意欲ある農業者ですら、コストを削減し、生産性を向上することはできません。都道府県ごとに、農地をまとめて貸し出す、いわば「農地集積バンク」を創設してまいります。

併せて、成長する世界の食市場への農水産物の輸出を戦略的に倍増し、一手間かけて付加価値を増す6次産業化を進めます。これらによって、今後10年間で、農業・農村全体の所得倍増を目指してまいります。

競争の舞台は、オープンな世界。日本は、「世界で一番企業が活躍しやすい国」を目指します。

7年後には、東京を始め日本中の都市に、世界の注目が集まります。特異な規制や制度を徹底的に取り除き、世界最先端のビジネス都市を生み出すため、国家戦略特区制度を創設します。

TPP交渉では、日本は、今や中核的な役割を担っています。年内妥結に向けて、攻めるべきは攻め、守るべきは守り、アジア・太平洋の新たな経済秩序づくりに貢献してまいります。

公務員には、広く世界に目を向け、国家国民のため能動的に行動することが求められています。内閣人事局の設置を始め、国家公務員制度改革を推進してまいります。

やるべきことは明確です。これまでも同じような「成長戦略」は、たくさんありました。違いは、「実行」が伴うか、どうか。もはや作文には意味はありません。

「実行なくして成長なし」。この国会は、成長戦略の「実行」が問われる国会です。皆さん、しっかりと結果を出して、日本が力強く成長する姿を、世界に発信していこうではありませんか。

【四 強い経済を基盤とした社会保障改革と財政再建】

経済政策パッケージを果断に実行し、日本経済を持続的に成長させる。その上で、私は、来年4月からの消費税率3%引き上げを予定通り実行することを決断しました。

これから実行に移す経済政策パッケージは、かつてのような、目先の景気を押し上げるための一過性のものではありません。賃金上昇と雇用拡大などを実現するための、未来への投資です。

世界に誇る我が国の社会保障制度を、次世代に安定的に引き渡していく。そのためには、財源確保のための消費税率引き上げと同時に、保険料収入や税収の基盤である「強い経済」を取り戻さねばなりません。こうした取り組みの下、中長期の財政健全化目標の実現を目指します。

併せて、大胆に改革を進め、持続可能な制度を構築しなければなりません。少子化対策を充実し、全世代型の社会保障へと転換してまいります。医療、介護保険、公的年金について、受益と負担の均衡がとれた制度へと、具体的な改革を進めてまいります。高齢者の皆さんが安心して暮らせる社会を構築します。

「心 志あれば 必ず便宜あり」

意志さえあれば、必ずや道は拓(ひら)ける。中村正直は、明治4年の著書「西国立志編」の中で、英国人スマイルズの言葉をこのように訳しました。

欧米列強が迫る焦燥感の中で、あらゆる課題に同時並行で取り組まなければならなかった明治日本。現代の私たちも、経済再生と財政再建、そして社会保障改革、これらを同時に達成しなければなりません。

明治人たちの「意志の力」に学び、前に進んで行くしかない。明治の日本人にできて、今の私たちにできないはずはありません。要は、その「意志」があるか、ないか。

「強い日本」。それを創るのは、ほかの誰でもありません。私たち自身です。

皆さん、共に、進んで行こうではありませんか。

【五 現実を直視した外交・安全保障政策の立て直し】

相互依存を深める世界において、世界の平和と安定に積極的な責任を果たすことなくして、もはや我が国の平和を守ることはできません。

これは、私たち自身の問題です。

戦後68年にわたる平和国家としての歩みに、私たちは胸を張るべきです。しかし、その平和を将来も守り抜いていくために、私たちは、今、行動を起こさねばなりません。

単に国際協調という「言葉」を唱えるだけでなく、国際協調主義に基づき、積極的に世界の平和と安定に貢献する国にならねばなりません。「積極的平和主義」こそが、我が国が背負うべき21世紀の看板であると信じます。

石垣島で漁船を守る海上保安官。宮古島で南西の空をにらみ、ジブチで灼熱のもと海賊対処行動に当たる自衛官。極限の環境でも高い士気を保つ姿を目の当たりにしました。彼らは、私の誇りです。ご家族にも感謝の気持ちでいっぱいです。

彼らは、現場で、今この瞬間も、「現実」と向き合っています。私たちも、安全保障環境がますます厳しさを増す「現実」から、決して目を背けてはならない。

私は、「現実」を直視した、外交・安全保障政策の立て直しを進めてまいります。

国家安全保障会議を創設し、官邸における外交・安全保障政策の司令塔機能を強化します。これと併せ、我が国の国益を長期的視点から見定めた上で、我が国の安全を確保していくため、「国家安全保障戦略」を策定してまいります。

さらに、日米同盟を基軸とし、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった価値観を共有する国々と連携を強めてまいります。

在日米軍再編については、抑止力を維持しつつ、沖縄を始めとする地元の負担軽減を図るため、現行の日米合意に従って着実に進めます。

拉致問題については、私の内閣で、全面解決に向けて、全力を尽くしてまいります。

総理就任から10カ月間、私は、地球儀を俯瞰(ふかん)する視点で、23カ国を訪問し、延べ110回以上の首脳会談を行いました。これからも、世界の平和と繁栄に貢献し、より良い世界を創るため一層の役割を果たしながら、積極果敢に国益を追求し、日本の魅力を売り込んでまいります。

【六 おわりに】

「TOKYO」

ロゲ会長のアナウンスで、ブエノスアイレスの会場は歓喜に包まれました。「みんなが頑張れば、夢はかなう」。そのことが証明された瞬間でありました。

歓喜の輪の中に、成田真由美さんがいました。パラリンピック水泳で、これまで15個もの金メダルを獲得した、日本が世界に誇るアスリートです。

その成田選手が、かつて、私に、こう語ってくれました。

「私は、失ったものを数えるのではなく、得たものを数えていきます」

「意志の力」に裏打ちされているからこそ、前を向いて生きていこうとする姿勢に、私は、強く心を打たれました。

13歳から車いすでの生活となり、その後も交通事故など数々の困難を、成田選手は、強い「意志の力」で乗り越えて、素晴らしい記録を生み出してきました。

今の日本が直面している数々の課題。復興の加速化、長引くデフレからの脱却、経済の再生、財政の再建、社会保障制度の改革、教育の再生、災害に強く安全・安心な社会の構築、地域の活性化、そして、外交・安全保障政策の立て直し。これらも、「意志の力」さえあれば、必ず、乗り越えることができる。私は、そう確信しています。

先般の参議院選挙で、自由民主党及び公明党の連立与党を支持してくださった国民の皆さんに、心より感謝します。この選挙により国会のねじれが解消されたことは、「困難を乗り越えていけ」と、背中を力強く押していただいたものと認識しています。

この選挙結果に、政策を前に進めることで、応えてまいります。いや、応えていかねばなりません。

定数削減を含む選挙制度改革について、現在の膠着(こうちゃく)状況を打破し、結論を得ようではありませんか。

憲法改正について、国民投票の手続きを整え、国民的な議論を更に深めながら、前に進んで行こうではありませんか。

皆さん、「決める政治」によって、国民の負託にしっかりと応えていこうではありませんか。

国民の皆様並びに議員各位のご理解とご協力をお願い申し上げる次第です。

ご清聴ありがとうございました。

市長への一般質問に向けて発言通告書を提出しました/9月議会

発言通告書を提出しました

10年間、横須賀市議会ではただ1人、1度も休まずに一般質問を続けてきました。

そしてその回数、現在50回になりました。

もちろんこの9月議会でも、フジノは市長に対して一般質問を行ないます。

その一般質問の内容を記した『発言通告書』のしめきりがけさ10時でした。

連日、深夜までの作業が続いて大変でしたが、無事に提出してきました。

市議会にて

市議会にて


ここしばらくは、ふだんの仕事とあわせて『発言通告書』の作成に追われて、本当に大忙しでした。

その疲れが出たのか、昼過ぎから体調を崩して寝込んでしまいました。

午後から『第2回神奈川県性的マイノリティ人権・教育推進連絡会議』という大切な会議に出席するはずだったのに、無念の欠席。

性的マイノリティ

神奈川県性的マイノリティ人権・教育推進連絡会議の開催要項


夜まで全く動けませんでした…。

関係者のみなさま、申し訳ございませんでした。

中秋の名月でした

今夜は「中秋の名月」でした


でも、これでとにかく一般質問は無事に行なうことができます!

一般質問の5つの項目を紹介します

取り急ぎ、大きな項目のみこちらに掲載しますね。

【9月議会でのフジノの一般質問の項目】

  1. 市長選挙において対立候補の陣営に立った方々にも、吉田市長が心から協力を求めることの必要性について
  2. 市民・市議会に対して今後4年間の市政の在り方を語る「所信表明」を実施すべきであったにもかかわらず、再選後の本定例会で吉田市長が「所信表明」を行わなかった問題について
  3. 吉田市長の選挙公報の記述から感じられた、入所施設への誤解・美化された在宅ケアのイメージ、そして死生観について
  4. 「事務事業等の総点検」における「見直しの基本方針」について
  5. 健康寿命を伸ばす為の新たな組織および取り組みの「実施計画」への明確な位置づけの必要性について

大きく5項目について質疑を行ないます。

さらに取り上げたい項目もあるのですが、一般質問は1人20分間という質問時間のしばりがあるので、カットしました。残念です。

絞りに絞った上での、5項目です。フジノにとってはどの1つも外せない、大切な質問です。

市長としっかりとした議論を交わしたいと願っています。

一般質問は、9月24日or25日のどちらかに行ないます。どちらの日付なのか、また順番は何番目なのか、は明日の議会運営委員会で決まります。

*後日追記 9月24日(火)朝10時からフジノは一般質問を行なうことに決まりました!

初登庁の記者会見でも「所信表明」せずと明言した吉田市長

記者会見の様子が報じられました

昨日は、吉田市長の2期目としての初登庁日でした。

すでにこのブログでお知らせしたとおり、市民向けのセレモニーと市職員むけのあいさつと記者クラブ向けの記者会見は行ないました。

その記者会見での質疑を、神奈川新聞の高橋記者が報じてくれました。

2013年7月11日・神奈川新聞より

2013年7月11日・神奈川新聞より


このブログではいちはやく「吉田市長が所信表明を行なわない方針である」とお伝えしてきました。

しかし、ついに記者会見においても「『所信表明』は行なわない」と吉田市長は明言しました。



所信表明は4年間のビジョンを語る重要な場にもかかわらず

これは、完全な『説明責任の放棄』です。

今年の予算議会で『施政方針』(1年間の方針を示す演説)を行なっているから『所信表明』(4年間の方針を示す演説)は行なわない

という、吉田市長の理屈は、フジノには全く理解できません。

めちゃくちゃです。

新たな4年間の方針を示さない吉田市長は説明責任から逃げている

新たな4年間の方針を示さない吉田市長は説明責任から逃げている


『所信表明』とは、新たに就任した市長が4年間のビジョンを語るものです。

『施政方針』とは、1年のはじめにその年の方針を示すものです。

全く別のものです。



施政方針とは単に1年間の方針を語ったもの

その証拠に、吉田市長が2013年2月18日に行なった『2013年度の施政方針演説』の全文をぜひご覧下さい。

実際に、引用してみます。

(基本的な姿勢)
本日ここに、平成25年度(2013年度)予算案および関連諸議案を提案するにあたり、市政に関する方針を述べさせていただきます。


(新たな行政計画の策定)
平成25年度は、市政運営を行っていくうえでの羅針盤ともいえる、実施計画、行政改革プラン、財政基本計画の最終年度であり、平成26年度以降の新たな計画を策定する年度となります。


(平成25年度予算編成について)
平成25年度予算は、以下の2点を基本方針として編成いたしました。

ご覧のとおりで、吉田市長は『2013年度の方針』を語っているだけなのです。



市長は説明責任から逃げるな。本気でビジョンを語れ!

さんざん選挙では

『選ばれるまち、よこすか』という骨太のビジョンを語ってきた

と胸を張ってきた吉田市長。

しかし、ビジョンを語るべき公式な機会で『所信表明』をやらないのです。

完全な『言動不一致』です。

かねてからフジノが指摘してきたとおり、吉田市長がやらない「本当の理由」は、別にあります。

市長選挙に勝つ為だけに突然に他候補の政策をパクったので、その政策を「いつまでに」「どのように」実現するかを吉田市長は説明することができないから。

だから、『所信表明』をすることができないのです。

市長として在るべき姿ではありません。

2期目のスタート初日からこんな姿勢では、この先の4年間も期待ができません。

何よりもそのしわよせは、市民のみなさまの暮らしへやってきます。

本当に残念です。



セレモニーや記者会見だけでなく、市長は「所信表明」を行なうべきだ

2期目もセレモニーとメディアが大好きな吉田市長

昨日、横須賀市ホームページに掲載された『吉田市長の2期目の初登庁について』のお知らせがこちらです。

登庁式と職員への就任あいさつの2つのセレモニーのお知らせ

登庁式と職員への就任あいさつの2つのセレモニーのお知らせ


8時半から『登庁式』、9時から『職員への就任あいさつ』という2つのセレモニーを行ないます。

そして、今日配布された市議会議員向けの報告がこちらです。

11時からは記者会見

11時からは記者会見


さらに11時からは記者会見『吉田市長2期目の就任にあたって』を行なう、とのことです。

セレモニーやマスコミ向けのあいさつばかり。

それはそれで必要かもしれません。

けれども、9月議会の冒頭でしっかりと吉田市長は『所信表明』をやるべきです。

選挙で突然に公約に取り入れた、今まで全く訴えてこなかった政策を、どうやっていつまでに実現するのかを語るべきです。

そんな市民のみなさまへの当たり前の説明責任を果たさずに、セレモニーやマスコミ向けのあいさつばかりしているのは、市長の在るべき姿では全くありません。

再選された市長は、『所信表明』を行なうのが当然です。

ましてや、特に吉田市長のように他候補の政策を盗んで当選したのですから、その政策をどうやって実現するのかを説明する為にも『所信表明』を行なう義務があります。

再選された吉田市長は「所信表明」を行なわない/選挙公約をいつまでにどうやって実現するのか説明すべきだ

4年間の方針を語らない市長

市長選挙によって新しい市長が選ばれた後の最初の市議会では、『所信表明』を行なう慣例になっています。

新たな4年間の任期での政策の方向性を、本会議の冒頭で表明するのです。

もちろん4年前の9月議会では、吉田市長は所信表明を行ないました。

2009年9月議会で所信表明を行なう吉田市長

2009年9月議会で所信表明を行なう吉田市長


けれども、この9月議会で吉田市長は『所信表明』を行なわない方針とのことです。

2013年9月議会のスケジュール案

2013年9月議会のスケジュール案


今年3月の予算議会において、吉田市長は2013年度の方向性は述べました(年頭の演説を『施政方針』と言います)。

けれども、そのことと新たな4年間の任期を語ることとは全く別です。

市長に再選された以上は、きちんと『所信表明』を行なうべきです。

他候補の政策を選挙直前に自らの公約に取り込んだ吉田市長

吉田市長には『所信表明』を絶対にやらねばならない理由があります。

これまでずっと「やらない」と否定してきたいくつもの政策を、市長選挙の直前になって吉田市長は突然に公約に取り入れたからです。

これまでの4年間の吉田市長の政策とは全く整合性がとれない選挙公約を突然に掲げました。

例えば、下の3つの政策です。

  1. 横浜横須賀道路の通行料の値下げ
  2. 小児医療費無料化の年齢の拡大
  3. 中学校給食の導入

これら3つの政策は、広川さとみ候補が掲げてきた政策です。

吉田市長が「できない」「やらない」と言ってきた政策、あるいは「やる」と述べたことが1回も無い政策です。

けれども、選挙に勝つ為だけに、広川さとみ候補が掲げた選挙公約をパクったのです。

この事実は、神奈川新聞による取材に対して、吉田市長自身も認めています。

広川候補の政策を、選挙戦略としてあえて「かぶせた」と答える吉田市長

広川候補の政策を、選挙戦略としてあえて「かぶせた」と答える吉田市長

吉田市長のパクリの経緯については、小泉進次郎代議士の演説でもしばしば語られてきました。

下の引用は、6月21日の広川さとみ候補の決起集会での小泉進次郎代議士の演説からの引用です。

(略)

私は3日前、朝の新聞の折り込みに入っていた吉田市長の政策パンフレットを見て、非常に悲しく、寂しく、率直に言って怒りがこみ上げてきました。

先ほど広川さんがお話されましたが、広川さんの掲げた政策の大きな柱がいくつかあります。

中学校の給食をやりたいという想い。

広川さんはそれをずっと訴えていて、そういった中で吉田市長は記者会見の場で「財源がないのにそれは無責任だ」という非難をされている。

吉田市長はやらないと言う決断だとしたら、私はそれもひとつの考え方だと思います。

だけども全く同じ中学校給食をやると言う事を書いてた。

私はわからない。

小学校2年生まで医療費を無料化にすると決まってる今の横須賀の状況、広川さんは6年生まで何とかやりたいと。

吉田市長の1期目で横須賀市議会の皆さんが何を求めてきたかと言ったら「なぜ2年生までなのか?もっと対象拡大すべきじゃないか?」と訴えてきたのが横須賀市議会。

だけども「財源がないから拡大するのは出来ない」と言ってきたのが吉田市長。

それが今、政策のパンフレット・今日のタウンニュースの広告には広川さんと全く同じ事を書いてきた。小学校6年生までやると書いてきた。

何故なんです?

横浜横須賀道路の通行料金の値下げ、これをやるには広川さんが言った通り、これをやるには国とのパイプが不可欠です。

もしも吉田市長もそれをやりたかったら、1期目の時にそういった想いを口にしていたならば、今回掲げるのも理解は出来る。

だけども1度もそう言う事なく、今回の自分の政策の中で同じく横浜横須賀道路の値下げを書いてきたことは、私にはわからない。

今まで吐いた言葉はどこに行ったのか?

政治家っていうのは筋を通すとか信念を貫くとかそういったものって物凄く大切だと思う。

自分たち横須賀市民の代表者として仮に政策や立場が違っても、この人はそれをずーっと貫いてきた人なんだってわかれば、それはその人の生き方だと思えるじゃないですか?

だけども今まで言ってこなかったのに、選挙に勝つために選挙で争点を消すために、同じ政策を掲げて来て争点をなくしてどんな戦いに持ち込もうとしてるんですか?

広川さんと吉田市長、同じ様な政策を掲げてるんだったら若い方を選んでくれって言いたいんですか?

私は違うと思う。

仮にそうやって争点なくしてきて、どちらを選ぶのか?と言われれば、書いた事を出来る人です。

書いた事を出来る人が、国との信頼関係があり、県とも協力関係が構築出来、市議会ともこれから協力・信頼関係が築ける。

それは広川さんだ。

私は何が寂しかったか?

そういった選挙のための争点を消すために相手が訴えてきた事を、同じく自分の政策として掲げてこられた。

寂しいですよ。

(略)

「所信表明」をやらない理由は、吉田市長には政策を実現できないから

フジノは政治家ですから、より良い政策を他の政治家がマネることはあるべきだと考えています。

しかし、これまでの吉田市長の政策とは全く整合性が取れていません。

だから、吉田市長はこの4年間でどうやってそれを実現するのか具体的な『手段』と『スケジュール』と『財源』を市民に説明しなければならないのです。

にも関わらず、『所信表明』をやらない。

それは

「やっぱり政策を実現する為の道筋も無いままに選挙公約に突然掲げたのだ」

としか言いようがありません。

「他人の政策をパクっただけだから、実現する為の『手段』も無いし、『スケジュール』も『財源』も考えていないのだ」

とフジノは言いたい。

まともな市長ならば、選挙公約で掲げた政策を今後4年間でどう実現するのか、きちんと語るべきです。

再選された吉田市長に対する一般質問は、9月5日と24日の2日間の予定です。

誰が市長であろうといつも是々非々で臨んできたフジノは、もちろん今回も一般質問を行ないます。