まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記

2004年12月31日(金)のフジノ
● 政務調査費10月分を公開しますが、実は問題があります

 政務調査費10月分のつかいみちを公開しましたが、
 実は1つ、フジノ的には判断に苦しんだ末に
 あえてそのまま載せたものが1件あります。

 「市民のみなさまがこのつかいみちをどうお考えか」を
 教えていただきたい事柄があります。

 詳しくは、この2ヶ所をご覧下さい。

 1.調査旅費で新幹線移動にグリーン席を使用している代金

 2.何故、グリーン席チケットを購入してしまったかの説明

 どうかご意見をよろしくお願いします。


● 政治家フジノの、2004年10大ニュース

 去年もこれをやりましたので
 今年も10個だけ挙げてみたいと思います。

内容 理由
アサノ知事が横須賀で講演!  この国の福祉のリーダーが横須賀市までわざわざ来て下さったことは、かつては考えられない素晴らしい出来事事だから。また実現にあたっては、アポなしでお願いをしに直接に訪れたり苦労もあったことを思い出すと実現して本当に良かったなあとつくづく感じるから。
ナミねぇが横須賀で講演&座談会!
大熊一夫さんが横須賀で講演!
広田和子さんが横須賀で講演!
横須賀こころの電話相談が
ついにスタート!
 「自殺予防」「精神保健福祉の向上」「人の命を大切にする施策の実現」など、フジノの複数の政策のうち特に重要度の高いものが実現したから。 
AEDの導入がまず21台決定!
バーチャルハルシネーション導入実現!  民生常任委員会で提案してから1年、議員になってから約2年、精神保健福祉の向上を政治家として唱え続けて、確実にこのまちの精神保健福祉が前進している、と実感できたから。
広報よこすか12月号で「こころ」特集実現!
こんなにもたくさんの市民が反対しているにもかかわらず、美術館建設の予算が通過してしまったこと  政治家として公約(=市民のみなさまとの契約)を守れなかったこと、市長と市議会があまりにも市民感覚とずれていたことがショックでした。でも予算は通過しましたが、この問題はまだ終わっていません!
10 公約を守れなかった責任を取って政務調査費を全額返還したら、大騒ぎになったこと  民間では当たり前の感覚で「予算通過に対する責任」を取ったら、新聞記事になったり、ひどい批判メールも来たり、応援メールもいただいたり。でも、僕の感覚では「大騒ぎすることではないのに意外だ」と強くショックでした。

 10個では終わらないですね...。

 今年も身体けずって全力で働いてきたと
 自分では考えています。けれども
 まだまだ足りない、まだまだやれる、とも思っています。

 政策実現、公約実現は
 投票してくださった方々との契約ですから
 全力でその実現のためにあと2年間がんばります!


● 節目にみなさまへのお礼を申し上げさせてください

 今日の大晦日も明日の元日も
 フジノはふつうに働いてはいるのですけれども
 せっかくの暦の区切りなので
 (先人の知恵ですよね、ハレとケとを分ける)
 大晦日という区切りを利用して
 みなさまにお礼を申し上げさせてください。

 今年1年間、本当にお世話になりました。

 本当のランキング第1位は
 みなさまと出会えたことです。

 あなたと出会えたことが僕にとっての大きな財産です。

 信頼を裏切らないように
 あと2年間、全力で仕事に邁進します。

 本当に、ありがとうございました!

 どうぞよいお年を。



2004年12月30日(水)のフジノ
● 新聞ファイリングを通して見るこの2ヶ月

 大掃除として、読みきれなかった新聞をガンガン読みまくり
 ファイリングする部分を切り取ってみました。

 それにしても、この2ヶ月は
 国内外ともにひどいことばかりでしたね。
 新聞でふりかえって、悲しい気持ちになることばかりでした。

 ただ、年内ぎりぎりで
 最悪な殺人事件の容疑者がつかまったことだけは
 ホッとしました。

 政治家として、改めて成さねば成らないことの多さを
 強く実感させられました。


● 来年、僕たちがやること

 政治家としての本来の仕事(市議会での質問)以外にも
 僕は今年1年間も
 いろいろなイベントを行なってきました。
 講師をお呼びしたり、くじらのお墓をそうじしたり、とかね。

 来年は、これらに加えて
 少なくとも下のことなどを実行していく予定です。

 (1)講師をお呼びするイベント

 ある1団体と、
 僕が尊敬してやまないある方に来て頂きたいと思います。

 あと、この2年間の体験から得られた信頼カンケーを通じて
 このまちに一流の本物の人々をさらにお呼びします。

 (2)畑をみんなでつくります

 これはかねてからやりたくてしかたがなかった企画なのですが
 このたび、けっこう広い畑のめどがつきましたので実現します。

 カンタンな作物から始めて
 スタッフだけでなく
 小さなお子さんたちや 
 たくさんの市民の方々に参加していただき、
 土をどんどん触ってもらいたいのですね。
 農業体験です!

 そして、収穫の際にはみんなでおいしく頂いたり
 市場をやるのもまた楽しそうです。

 (3)フリースペースをつくります

 これは調整中なのですが、誰もが自由に来れる
 24時間のフリースペースをつくる予定です。

 またすさまじく仕事が増えるわけですが
 僕にとっては中学時代からの夢で、
 なんとか実現しそうです。

 (4)福祉の実践のお手伝いをします

 これまでは政策をつうじて
 市議会の質問によって福祉の向上をめざしてきたのですが
 現場に出たくてしかたがない気持ちが強くて
 もう、とても悔しい気持ちで毎日を送っていました。

 そんなある日、
 「フジノくんの福祉の知識を貸してほしい」
 というお話を
 いただきました。

 完全に無給で、ある種類の福祉カンケーの実践の
 お手伝いをさせていただきます。楽しみ。

 (5)その他にもイベントたくさんやります

 まだ調整段階で書けないのですが
 来年はおもしろいことを複数やりますのでお楽しみに。


● 忘年会でした

 夜は、高校時代のクラスメート10名(含む担任の先生)と
 毎年恒例の忘年会でした。ふだんは僕が幹事なのですが
 今年はいろいろあったのでつらくて幹事を交代してもらいました。
 Nくん、サンキュー。

 卒業してからほぼ毎年、年に2回くらいのペースで
 会っているのですが、本当に勉強になります。

 先生は、僕たちが授業を受けていた頃と変わらずに
 僕たちにとっての本当に良き先輩という感じの方です。
 毎回、先生のスケジュールをお聞きして
 必ず先生に来てもらっています。

 高校時代、先生から学んだこと、
 教科(確か数学)のことは全て完全に忘れましたけれど
 ホームルームの時間の言葉とか
 人生について教えてくれたことは
 いろんなことを僕は覚えています。

 ウソを決してつかない、僕たちの目の高さで立ってくれる、
 じっくりと僕たちの話を聞いてくれる、
 僕たち自身が答え見つけるまで見守ってくれる、
 本当に素晴らしい先生です。

 仲間達も本当に様々。

 遠くの土地から転勤でこっちに戻ってきたヤツ(しかも奥さんゲット)。
 外資系でバリバリ働いているヤツ。
 会社を3人で興したヤツ。
 公認会計士で毎日明け方まで働いているヤツ。
 アメリカにずっと居て、帰ってきて六本木ヒルズの中で働いてるヤツ。
 この国の最先端の研究所で働いているヤツ。
 伝統的な仕事を職人として受け継いでいるヤツ。
 民間企業にいながら官公庁改革に食い込んでいるヤツ。
 そして、市議会議員になんかなってしまった僕。

 ふつうにサラリーマンになったヤツはいないですね。

 僕たちは自分たちの学校では
 浮いていたと思います。

 でも、あの学校の『典型的なタイプの生徒』じゃなくて
 本当に良かった。だからこそ、今もみんな
 おもしろいヤツなんだと思います。

 僕の母校ギライは学生時代から有名ですけれど
 学校そのものと校風と校歌と生徒の99%は大嫌いだったけど
 この友達たちはサイコーでした。

 彼ら/彼女らの話を聞かせてもらうことは
 人生の勉強になることばかりです。

 1人の知恵には限界があるから
 いくら1人で勉強してもきりが無いので
 僕はいつもまわりの人の話を聞かせてもらいます。

 何よりもうれしいのは
 みんな、諦めていないこと。

 下の世代に
 『希望』を示してあげられるような、
 おもしろい生き方をしていること。

 先生を筆頭に、みんなと同じ時代を生きれて本当に良かった、
 とつくづく感じています。

 また明日からも
 このまちをおもしろくするために
 全力投球です!



2004年12月28日(火)のフジノ
● カフェトークが10回目を迎えました

 カフェトーク、ついに第10回を迎えました。

 まだわずか10回なのですが、
 本当にいろいろな方が来てくださるので
 毎回すごく印象に残っています。

 横須賀市以外の方々も来てくれました。
 ある回は、葉山・逗子・三浦・横浜からそれぞれ来て下さいました。
 フジノは横須賀の市議ですけれど
 「福祉は1つのまちの問題ではない」と
 つねづね考えているので、うれしかった集まりとして覚えています。

 ある回は、知的障がい・身体障がい・精神障がいのある方々、
 いわゆる『3障がい』のある人々がそれぞれ来て下さいました。
 「障がいに種類で区別をつけてはいけない!」という
 僕の想いがまさに実現した集まりとして強く覚えています。

 前回は、元・文部省の官僚の方が来て下さって
 いろいろお話を聞かせて下さいました。

 今回は、冬休みに入った高校生の男子が来てくれて
 大学で福祉を学びたいという想いを聞かせてくれました。

 主婦をしているスタッフのアイディアから始まった
 みなさまの声に耳を傾ける場。大成功していると思います。

 機会があれば、ぜひ来て下さいね。


● 政務調査費のつかいみち9月分を公開しました

 本当に遅くなってごめんなさい。
 やっと9月分の政務調査費のつかいみちを公開しました。

 3ヶ月も遅れてしまった理由は
 市議会が忙しかったこと、
 スタッフの変更があったこと、
 その他もろもろの多忙によるものです。

 けれども、遅くなったことを
 本当に申し訳なく思っています。

 僕のスタッフは
 ほとんどが民間企業で働いているのですが、
 民間企業というのは財務情報を徹底的にクリアに公開します。

 しかも、ものすごいスピードで。

 そういうのが当たり前の基準の中で働いている
 僕のスタッフですから、
 僕が政務調査費の公開が遅れていることを
 すさまじく不満に感じていました。

 そのとおりだと思います。

 情報公開が遅い=情報を隠しているのではないか

 こう思われても当然だからです。

 今の常識は、すばやく情報公開することによって
 株主(市民のみなさま)から信頼を得られる、というものです。

 古い過去=情報が公開されなかった
   ↓
 過去=情報が公開されるようになった
   ↓
 現在=情報公開がスピードアップされて行なわれるのが当然

 こういう考え方に立つと
 3ヶ月も公開が遅れているというのは
 本当に我ながら情けなくて悔しいです。

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 フジノの政務調査費のつかいみちの
 10月以降の公開もどんどん作業していきますので
 どうぞもう少しだけお待ちください。

 やっぱり師走は忙しい!

 でも、当たり前の情報公開をしてこそ
 当たり前の政治家ですものね。がんばります。


● 許せない怒り

 僕の公約である『自殺予防』をすすめる為に、
 日常的にすごい数の『自死』に関する文献を読み込んでいます。

 その為にいつも自殺関連の本を持ち歩いて読んでいるので
 まわりの人からはかなりケゲンな表情で見られてしまいます。

 また、スタッフからも

 「暗い気持ちになりませんか?」
 「あんまりそういうのは読みすぎない方がいいんじゃないですか?」

 と言われたりします。

 でも、大丈夫です。

 ものすごい数の自殺(自殺予防)の本をひたすら読み続けても
 決して『自死』という行為を軽い気持ちで捉えることはできないし、
 かといって、読みまくっているからといって
 そこに巻き込まれるような弱さは
 僕の中には無いと思います。

 僕はあくまでも、自殺予防をすすめる為にそうしているから。
 目的があるからそうしている訳で、手段には絶対に飲み込まれない。
 そう信じています。

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 そんな訳で、基本的にはそれらの文献を読んでいても
 感情がすさまじく揺り動かされることは無いのですが
 昨日読み終えた『自殺されちゃった僕』だけは
 どうしても許せない本でした。

 著者は、3人もの方を自殺によって亡くしたご遺族自身です。
 奥さんと親友と仕事仲間を亡くしてしまった、
 そこに至る経緯と
 彼の気持ちを記してあります。

 この本以外では、遺族が書かれた本にはいつも
 シンパシィを感じながら読むことができました。

 しかし、この本だけは別です。
 最後まで読んだのですが、
 初めてすさまじく不愉快な気分になりました。
 著者に対して、全く同情も共感もできなかったのです。

 著者は、書くことで自分の気持ちを整理したいということと、
 同じような苦しみを他の人に味わってほしくないという気持ちが
 この本を書いた理由だった、と記しています。

 けれども、読み終えて丸1日が過ぎても
 僕は怒りを感じていて、
 あえて表現するならば
 『完全自殺マニュアル』よりも不愉快でした。

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 その怒りの理由は、

 こいつらは死んでしまうことを結局は美化している

 と感じられて仕方が無いからなのです。

 僕は
 「自殺とは追い込まれたうえでの死である」
 「自殺をしてしまった方の70〜80%はうつ病であった」という
 自殺予防の定説に基づいて
 政治家として個人として
 予防を目指していろいろな活動をしています。

 けれども、この本に書かれている文章を読む限りでは
 バブル期の喧騒の中でドラッグをやりまくって
 すさまじく自分勝手に死んでいった、
 という印象を
 故人3人に対して感じざるを得ませんでした。

 また、そんな彼ら/彼女らに共感的な著者に対しても
 どうしても同情することができませんでした。

 かねてから、僕はずっと悩んできました。

 それは、

 自殺の70〜80%がうつ病による追い込まれた死だとしたら
 残りの20〜30%の人々は何故、自殺をするのだろうか。

 ということです。

 つまり、『救えない死』なのではないか、と
 少しずつ考えるようになってきました。

 さらに言うならば

 「やりたくて成される自死があるのではないか」

 と感じつつあるのです。

 これは僕自身のよって立つ足場を奪うような考えなので
 まだ自分自身のその考えを否定したい気持ちが強くあります。

 しかし、この本を読んで感じたことは
 うすうす感じていた僕のこの考えを裏付けたような気がして
 だから怒りを覚えたのかもしれません。

 もしも、それが事実だとしたら...。

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 いや、それが事実だとしても僕は変わらずに
 追い込まれた死である80%の人々の為に全力を尽くすだけだ。

 迷っているヒマなんか無い。

 こういう素晴らしい人もがんばっている。

 僕も成すべきことを成さなければ。



2004年12月27日(月)のフジノ
● 長井海の手公園、愛称が決まりました

 長井海の手公園の愛称が決まった、
 という連絡を
 市から受け取りましたので
 みなさまにもお伝えいたします。詳しくはこちらをご覧下さい。

 しかし、『ソレイユ』って...。

 おれ、大学時代にバイトしてた時の友達から
 『ソレイユ・フジノさん』って呼ばれてるよ(笑)。

 参ったなあ...。


● 気管切開とカニューレ

 おやじが今日、気管切開の手術をしました。

 気管切開とは、ノドに穴をあけて
 そこに管を通して呼吸をするための手段です。

 (具体的に知りたい方はインターネットで検索をすれば
  いくらでもHPが出てきますので、どうぞ)

 自発呼吸はできているのですが
 肺炎や感染症を避けるためにも気管切開をしてはどうか、
 というドクターの提案に賛成をして
 今日を迎えました。

 本当は、気管切開をするのはイヤでした。
 高齢者福祉との関わりの中で
 知識として「気管切開は可能な限り避けたい」と思っていました。

 けれども、家族として長男として話を受けた時、
 おやじから少しでもデメリット(肺炎や感染症)を減らせるなら
 それをメリットと考えていこうと思いました。

 基本的に毎日が危篤状態なので
 いつもこころに準備はできているのですけれど
 手術の説明を受けた際に

 「気管切開の手術中に
  急激に状態が悪化してしまうこともあります」

 (要するに、亡くなる可能性がある、ということです)

 と説明を受けていたので
 今日は朝からずっとヒヤヒヤしたイヤな気持ちで
 14時からの手術を待ちました。

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 気管切開そのものは、
 福祉に何らかの関わりがある方なら
 見たことがある人も多いと思います。

 例えば、障がいのある方と過ごした体験がある方や
 難病といわれる疾患のある方を介護している方々や
 高齢の方を介護している方など
 多くの方が見たことがあるはずです。

 僕自身も、そうでした。

 何人もの、障がいのある子どもたちの
 ノドに穴があけられてカニューレがつけられている。
 そのノドから吸引用のチューブを差し込んで
 痰(たん)を取る。

 今年、市立養護学校を見学させてもらった時にも
 気管カニューレを使用している子どもたちの姿を見つめて
 彼らに対して僕は
 何も悲壮感を抱きませんでした。

 悲壮感とか、ネガティブな感情なんて
 一切感じる必要は無いと考えてきたから。

 第1に、彼ら/彼女らにとって
 今はそれをつけることが必要である、ということ。

 第2に、実際に痰を取る瞬間にも
 彼ら/彼女らが痛々しい表情を見せることも無く、
 むしろ痰がつまってしまうことの方が生命に関わる危険だから。

 でも、手術を終えて病室に戻ってきた
 おやじの姿を見て、
 ノドに気管カニューレが刺さっている姿を見て
 胸がつまる想いになりました。

 今の、僕のこころの中を
 埋めている感情は『悲壮感』です。

 この悲壮感でいっぱいの僕のこころを
 僕はとても情けなく感じています。

 いかに僕の福祉に対する『知識』
 実際の家族としての『ナマの感情』からかけ離れていたか、
 という証明だと思います。

 多くのご家族の方々が
 ご自分のお子さんが
 気管カニューレをしていることを見て
 へっちゃらで過ごしてるなんて
 ありえるはずがないのです。

 だけど、気管カニューレをしている子どもたちの姿を
 実際に見てからこの7ヶ月のあいだ、
 政治家としての僕は、

 「気管カニューレは値段が高くて
  取り替える頻度も多くて
  ご家族には金銭的な負担が多いから
  どうにかして補助を出すことはできないだろうか」

 なんて、即物的にしか
 考えてこなかったのです。

 自分の、人としての『甘さ』を身をもって知りました。

 いかに本人に寄り添えていなかったか。
 いかにご家族の気持ちに近づけていなかったか。

 僕は、政治家として失格です。

 今日はっきりと自覚して叫びたい
 家族としての率直な想いは

 たとえ治療としてプラスであっても
 イヤなものはイヤなんだ!
 意識が無いとはいえ、
 何でこんなことをさせなくちゃいけないんだ!

 僕は、こういう想いでした。

 気管カニューレをしている
 障がいのある子どもたちとそのご家族に対して
 僕はすさまじくお詫びをしたい気持ちです。

 僕は、僕自身が体験するまで
 『知識』の世界では何も感じていませんでした。

 でも、実際に家族として体験した『感情』の世界は
 全く別のものでした。

 認識が全く足りていませんでした。本当にごめんなさい。

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 それでも、父は闘い続けている。

 僕は、福祉を向上させることを最大の公約とする政治家として
 現実をどんどん飲み込んで成長していくことで
 おやじへの恩返しだと信じてがんばる。

 負けない。


市民病院7階の食堂ぐらばあ亭から見えた、真っ赤な夕陽

(上の写真は、市民病院7階の食堂『ぐらばあ亭』から撮ったもの。
 携帯デジカメでは色が出ていないけれども、あまりにも真っ赤で
 少し気持ち悪くなるくらいに真っ赤で、お客さんも店員さんもみな
 眺めていました)


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