まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記


2005年12月31日(土)のフジノ
● 「対世間」の闘いのために

 今日、テレビ局から出演依頼がありました。

 27日の活動日記でお知らせしたのとは
 また別のテレビ局からです。

 土曜日のゴールデンタイムに放送される、
 2時間の特番の中で、フジノはたぶん10分ほど出ます。

 来年は、このまちの問題・この国の問題と闘うために
 市議会の中だけではなくて
 「対世間」で闘う覚悟を決めました。

 だから、個人的な気持ちは捨てて
 公の利益のために、
 気合を入れて出演することにしました。

 正月返上で準備をして
 番組に臨みます。

 がんばらなければ...。


● 僕は有名になんかなりたくない

 個人的な気持ちとは、
 「僕は今よりも有名にはなりたくない」という気持ちです。
 「放っておいてほしい」と切実に願っています。

 親しい人ならみんな知っていることなのですが
 僕はイメージとは全く違って、
 人前に出て何かをやるのは嫌いです。

 知らない人に声をかけられるのもイヤです。

 映画館でチケットを買う列に並んでいる時にも
 友達とカフェでくつろいでいる時にも
 駅で電車を待っている時にも
 いきなり知らない人から声をかけられる今の暮らしは
 僕が望んでいる暮らしではありません。

 (困っている・悩んでいる人の相談にのるのは別です。
  それは僕にとって、給料をもらわなくてもやるべき『仕事』です)

 政治家でテレビに出たい人は
 たくさんいるはずで、
 そういう人に話がいけばいいのに、と毎回思います。

 これが僕の個人的な気持ちです。

 けれども、僕が行動することが
 公(おおやけ)の利益になるならば、私心は捨てて闘います。


● 「政治家フジノ」という商品

 僕が映画会社に勤めていて本当に良かったと思うのは、
 マスメディアの向こう側にいたので
 その長所も短所も理解しているということです。

 映画会社時代に、映画の初日や試写会などで
 何十人もの俳優の方々にお会いしてきました。

 国内外を問わず、たくさんの有名人にお会いしてきました。

 もともと僕は俳優に対してリスペクトはあっても
 ミーハーな気持ちは全く無かったので
 浮かれた気持ちになることはありませんでした。

 それに加えて、僕の尊敬する上司は
 いつも僕に教えてくれました。

 「彼ら/彼女らは商品なんだから」

 これは、ものすごく的確な表現だとつくづく思います。

 俳優や有名人は、商品なのです。
 爆発的にブームになったり、やがてすぐに飽きられたり、
 いつまでも愛され続けたり、そもそも人気さえ出なかったりする、
 『商品』なのです。

 消費されて、人目にさらされて、
 知らない人たちからちやほやされたり誹謗中傷されたり、
 そういう存在なのです。

 だからこそ、僕の先輩は俳優の方々をリスペクトしていました。
 僕も同じです。

 世間は彼ら/彼女らを消費するけれども、
 映画業界にいる僕たちは絶対に『商品』扱いしないのだ、と。

 逆に言うならば、これから先にテレビに出ていけば
 僕も世間からは『政治家フジノ』という『商品』扱いされるわけです。

 僕はそれを自覚して、この先は臨んでいきます。

 消費されても、僕は変わらない。



2005年12月30日(金)のフジノ
● 孤独に包まれた人々があまりにも多い

 何故こんなにも、人々は孤独を感じているのだろうか。

 幸せそうな笑顔の表面をちょっと引っ掻いてみれば、
 薄くはがれた部分から見える内側は
 孤独の苦しみでいっぱいなのがハッキリと見える。

 なんでこんなにもたくさんの人々が
 こんなにも孤独にあえいでいるんだ。

 ひとりぼっちの人々は、
 どれだけ大げさにはしゃいでも、痛々しい。

 僕にはそんな姿がたまらなくつらい。

 僕だって、決して高みの見物をしているわけじゃない。
 孤独をたまらなく感じる時だって、たくさんある。

 だけど、僕はそれを隠すのはやめたんだ。

 失われたものはたくさんある。
 戻らない人はたくさんいる。

 僕はそれを事実として認めて、
 できる限り、受け容れることにしたんだ。

 でも、本当にたくさんの人々が
 強がりなのか、認めるのがイヤなのか、笑顔をはりつけている。

 表面的に一時的に逃れても、何も変わらない。
 だから、よけいに苦しさが増していく。

 僕は、どうしたら力になれるだろうか、と思う。

 僕が支えることができる人の数は限られている。
 孤独を感じる人々の多さに比べたら僕の力はとても小さい。

 せめて僕がもう1人いたならば、
 もう少しだけでも力になれたかもしれない。

 けれども、そんなことはムリだから
 苦しんでいるのが見えても僕は黙っているしかない。

 人はみんな孤独だ。
 でも、だからこそ、そこから始めよう。


● だから、僕はここにいるのかもしれない

 今夜は横浜で、高校の同窓会(でも、毎年2回も集まってます)でした。

 最悪なことに1人の女子がベロベロに酔っ払ってしまって
 その介抱をしなくちゃいけなくて、
 終電を逃して、タクシーで横須賀まで帰りました。

 31才にもなってお酒にのまれてしまう人のだらしなさへの怒りと、
 自己責任とはいえども泥酔している人を
 見捨てることもできない甘い自分自身への怒りで、
 「こんな同窓会に来なければよかった!」と最悪な気分でした。

 男女共同参画を強力に推進する立場のフジノなのですが、
 かねてから公言しているとおり、
 『お酒を飲む女性』がものすごく大嫌いです。

 アルコール量を自分でコントロールすることのできない人は
 そもそも男女問わず、僕には嫌悪の対象です。

 泥酔している同級生とその同級生を放っている友人たちに対して
 マジギレな気持ちを押し殺しながら介抱をして
 やっと自分自身が帰るために
 タクシーへと乗り込んだのでした。

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 タクシーの運転手さんは
 60代後半の男性でした。

 横須賀までの道のりを、ずうっと話しかけてきました。

 はじめ、僕は怒りで頭に血が昇っていたのですが
 すぐに気持ちを切り替えて、運転手さんの質問に応えていきました。

 「タクシーの運転手さんは景気を肌で感じている」と
 一般論でしばしば言われます。

 だから、めったにタクシーに乗らない立場のフジノとしては
 せっかくこうして話ができる機会ができたのだから(高くついたけど)、
 徹底的に運転手さんとお話をしようと決めました。

 いろいろなことをお話しました。

 本当にたくさんのことをお話しました。

 タクシー運転手になる前の仕事のこと、世の中の景気のこと、
 家族のこと、横浜のこと、横須賀のこと、他いろいろ。

 やがて、本町山中道路を降りる頃、
 2つのことを言われました。

 「おにいちゃんは31才って言うけど、
  話してる言葉だけ聴いてると、もっと年上に感じるよね」

 「おにいちゃんみたいな人がさ、
  政治家になってくれれば少しは世の中変わるだろうに」

 僕は、驚きました。

 いつもいつも世間の人々からは
 ただ髪の毛を茶色にしているだけのことで若造扱いされてるのに。

 そして、誰よりも僕自身が
 最も政治家らしくない人間だと自分のことを考えているのに。

 僕みたいな人間が政治家になったら
 世の中が変わるかもしれないと感じてくれる人が目の前にいた...。

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 僕は、タクシーを降りるギリギリまで
 自分が政治家であることを打ち明けるか悩みました。

 でも、決めました。

 正直に、伝えました。
 議員バッジも証拠に見てもらいました。

 そうしたら、その運転手さんが
 とても喜んで下さって...。

 「そうか、おにいちゃんみたいな人が政治家をしてるなら
  横須賀はきっと大丈夫だろうな」

 と言ってくれました。

 僕は、僕に投票してくれた人の顔を
 初めて見たように思いました。

 僕は、後援会も何も無いので
 誰が僕に投票してくれたのか知りません。

 調べようと思ったこともありません。

 だから、2年半前の選挙で
 どんな人々が僕に投票をしてくれたのか
 全く分からないのです。

 けれども、5000人もの方々が
 僕を信じて投票をしてくれたのですね。

 でも、きっと、この運転手さんのような方が
 僕に投票をしてくれたのだろうなあ、と思いました。

 僕は、いつも僕が政治家にふさわしいか、ということについては
 ふさわしくない、と自覚的に考えてきました。

 この国の今までの政治家は、信じられないからです。

 彼ら/彼女らみたいな(典型的な)政治家が
 「政治家にふさわしい」のであれば
 僕は絶対に政治家にふさわしくない人間だと考えてきました。

 だから、今までに存在したような政治家には絶対にならない、と
 こころに決めて今日まで僕は働いてきました。

 「そうか、おにいちゃんみたいな人が政治家をしてるなら
  横須賀はきっと大丈夫だろうな」


 この言葉は、そんな僕への最大の誉め言葉だと思いました。

 今のままの僕で、このままの僕で、
 僕は僕らしく生きて、全力で働いていこう。

 そんな風に感じながら夜の横須賀を歩いていたら
 泥酔した元同級生への怒りなんて
 どうでも良くなっていたのでした。

 明日もがんばろう。


● お飾りゲット

 今年は忙しくてなかなか
 お正月グッズを買いにいけなかったのですが
 フジノ事務所のそばにある
 『アンガージュマン』が今日まで販売をしていると聞いて
 さっそく買いに行きました。事務所の玄関用とバイク用にゲット!

フジノ事務所のドア  これで来年を
 ばっちり迎えられます。

 来年こそ本当に
 たくさんの方々にとって
 良い年にしたいです。

 本当に。



2005年12月29日(木)のフジノ
● 冬休みに読む本たちを買いました

 厳密には冬休みというものは
 政治家には無いのですが、
 この年末年始を使ってさらに本を読みまくりたいと思います。

 全部で15冊くらい買ったのですが
 今、手元にあって読もうとしている本のタイトルはこんな感じ。

 『精神障害者ケアマネジメントマニュアル』

 『精神科ER』

 『米軍再編〜日米「秘密交渉」で何があったか』

 『日米永久同盟〜アメリカの「属国」でなにが悪い!』

 『高次脳機能障害者とデイサービス』

 『壊れた脳 生存する知』

 『第三の道とその批判』

 あとは一般的に市販はされていないのですが
 福祉事務所カンケーの本を読んでいます。

 しっかりと勉強したいと思います。


● 会社員時代のバイトたちと忘年会でした

 会社に就職して1年半配属された部署には、
 一緒に仕事をしてもらった大学生のアルバイトたちが
 100人近くいます。

 異動によって彼ら/彼女らと別れてからは6年が経ち、
 会社そのものを辞めてから2年半が経ちますが、
 今でも親しくつきあっています。

 当時は本当にみんなでよく働きました。

 あんなに長い時間を夜中まで必死に働いて
 時には徹夜して翌日も働いて
 みんなアルバイトながらすさまじいモチベーションの高さで
 過ごせた彼ら/彼女らは僕にとって大切な同期です。

 僕は、社員としての同期には関心が無いのですが
 本当に一緒に苦労して働いたアルバイトたちのことをこそ
 こころの同期だと思っています。

 年齢が近いこともあって、今でも本当に良き仲間です。

 今日は僕がテレビ朝日の
 『スーパーJチャンネル』の特集に出た時に
 「会社員時代の写真が放送されるよ」
 ということを連絡したことがきっかけで
 忘年会をやろうと
 声をかけてくれました。

 左が主催してくれたE&U。
 10人以上も集まりました。
 年末なのにすごい。本当にありがとう!

 彼らから仲間だと思われなくなったら僕は
 『政治家』として以前に
 『人間』としてダメになった時だと思います。

 会社員時代から、
 全力で生きてきたし全力で働いてきたし、
 だからこそ、こうして6年も経ったのに一緒に過ごしてくれるのだと
 僕は思います。

 政治家になって以来、周りからいつも
 政治屋業界の論理で訳の分からないことを言われても
 そんなものには一切耳を貸さずに
 僕がそれらに流されない生き方を変わらずに続けてこれたのは
 こんな大切な仲間がいるからだと思います。

 これからも全力で走り続けて、
 変わらない本気の姿を示すことができたらと思っています。



2005年12月28日(水)のフジノ
● 小泉首相は何故きちんと説明責任を果たさないのか!

 新聞報道(神奈川新聞12月27日他各紙)によると、
 自民党横須賀市議団が官邸を訪れた時に
 原子力空母配備問題について、小泉首相はこう語ったそうです。

 「原子力空母の受け入れに地元として理解して欲しい」

 「米軍基地も原子力空母もみんな反対だ。
  でも、理解してもらうしかない」


 何も説明が全く無いのに、何を理解しろというのか。

 米軍基地にも原子力空母にも反対しているなら、
 どうして反対しているものを理解できるのか。

 ワンフレーズポリティクスがひどすぎて
 小泉首相の言葉は、論理が全く欠如しています。

 A.反対だ
   ↓
 B.でも、メリットがこれだけある/こういう事情がある
   ↓
 C.だから、理解して欲しい

 これが「ふつうの論理」です。

 しかし、小泉首相の言葉は、Bの部分がありません。

 何も説明していないし
 論理的にメチャクチャなので
 言葉として、全く理解できません。

 こんな言葉で誰が何を理解できるのでしょうか。
 納得する人がいるはずがありません。

 小泉首相に対する『失望と絶望』を強く感じます。

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 フジノは自由民主党の政策の大半が大嫌いです。

 しかし、10月28日、原子力空母配備が現実の問題となった時に、
 ムリを承知で自由民主党の実力者と言われている
 ある国会議員の方に

 「反対に向けて協力していただけないか」

 とフジノはお願いしました。

 この問題は政党や党派に関係なく
 一致団結して闘うべき
 日本の存在意義が問われる問題だと信じているからです。

 残念ながら意見の一致は見られなかったものの、
 フジノの話を全て聞いていただき、誠実な対応をしていただきました。

 そして、それから2ヶ月が過ぎ、
 再びその方とお話をするチャンスがありました。

 お互いの立場は全く変わることは無かったのですが

 「政治は安全性に対する説明責任を果たさねばならない」

 という点について、強く意見の一致をみました。

 フジノは、それこそが『政府与党の当然の責任』だと考えます。

 日米両政府は当然のこととして
 最大限の説明責任を果たさねばなりません。

 自由民主党の国会議員の中にさえ、
 政府の説明責任の無さを強く批判する声があるのです。

 小泉首相は、国民の誰もが納得できるような説明責任を
 きちんと果たすべきです。

 それが政治家の最低限のなすべきことです。
                             

● 会社員時代の先輩とささやかな忘年会でした

 一転して、プライベートのお話です。

 僕がまだ会社員だった頃、
 部署にカンケーなくリスペクトしていた先輩がいました。

 それらの先輩方は、僕が退職した後を続くように退職して
 独立をしたり、転職をしました。

 こういう行動力があるからこそ会社に埋没しない人々だった訳で
 だからこそ彼らのことをリスペクトしてきたのですね。

 今も、可能な時には半年に1回くらいは
 お会いしていただいています。

 今日は、2人の先輩に忙しい時間を割いてもらって
 ささやかな忘年会(近況報告会)を行ないました。

 ギリギリまで仕事の調整がつかなくて
 昨日の真夜中になって、
 今日やっと数時間会えることが決まりました。

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 東京の西小山という所に集合して
 いろいろなことを語り合いました。

 喫茶店に入ると、入り口に看板ネコが気持ちよさそうにしていました。



 下の写真を見る限り、
 「いったい何の集まりなんだ?」という感じがしますね...。

 外見は様々なキャラクターですが(笑)

 児童福祉関係、
 デザイン関係、
 政治関係、に携わる3人です。

 財政・経済・社会情勢の話から
 お互いの仕事のことやら
 プライベートのことなど
 本当にいろいろなことを語ります。

 大切な素晴らしい先輩方です。 

 僕たちが在籍していたのは
 あらゆる意味でとても良い会社だったのですが
 このお2人は映画会社の枠には収まらない広い視野がありました。

 現状を常に良い方向へ変えていこうという姿勢や
 自分に与えられた仕事以外の『自分の仕事』をやり抜く姿勢を
 いつも学ばせてもらいました。

 仕事帰りにお酒を飲むよりはワークアウト、
 仕事は全力でやるけれど帰ってからも全力でやりたいことがある、
 というタイプの方々だったので
 とても働きやすかったです。

 今も、お会いするたびに
 全く違う分野で働く者同士としての視点の違いを学んだり、
 相談にのっていただいたりして、お世話になっています。

 こういう先輩に恵まれたことが
 本当に僕にとっては大きな財産になっています。

 先輩方、お忙しい中、今日は本当にありがとうございました。


● もういっちょ、忘年会でした 

 夜は、家族ぐるみでお世話になっているご夫婦の主催している
 ちょっと大き目の忘年会にも参加させてもらいました。

 今年で3度目の参加なのですが、
 毎年ビンゴゲームをするのですね。

 この賞品の中に、『かぶりもの』があるんです。
 僕はかぶりものが大好きなので、
 おととしに青いアフロへアーのウィック(かつら)が当たってから
 毎年かぶりものが当たるのを狙っているんですよ(笑)。

 今年は残念ながら、別の賞品が当たってしまい
 (それはそれでとてもうれしかったのですが)
 かぶりものが当たった人がうらやましくてたまりませんでした。

 というわけで、
 あんまりうらやましかったので
 今年のかぶりものが
 当たった人に
 貸してもらいました。

 松田優作の
 『探偵物語』っぽい
 パーマ付きの帽子です。

 うれしくて
 写真を撮ってもらいました。

 かぶりもの、楽しいですね。

 結局、今年は
 レイザーラモンHGを
 やれませんでした。残念。


● ごみ処理の広域化、三浦半島4市1町の枠組みが分裂

 最後に、大切な話題をもう1つ。

 7年間の長い時間とたくさんの税金を費やして
 2010年度の実施をめざしてきた
 ごみ処理の広域化が、実質的にダメになりました。

 今後は2つに分裂したグループごとに
 対応を行なっていくことになります。

 ごみ問題の重要性は、理解されていません。

 フジノたちは過去に意見書の提案を行なったり、
 市議会議員としては初めて南処理工場の炉の中まで見学したり、
 ごみ問題への理解を深めて、その解決策を探してきました。

 この枠組みが壊れてしまったということは

 (1)7年間の時間をムダに費やしたことになってしまったこと、
 (2)話し合いの為に要した税金がムダになってしまったこと、

 を考えると、とても残念です。

 しかし、広域化というのは
 『目的』に対する『手段』でしかありません。

 『目的』とは、

 (1)ごみそのものを出さないようにすること
 (2)ごみは可能な限り全てリサイクルすること
 (3)ごみは燃やしたり埋め立てたりしない社会にすること

 です。

 この『目的』実現の為に
 今後は新たなグループでの取り組みの方向性を定めると共に、
 もっともっと市民のみなさまに
 上に挙げた目的について
 理解して実践していただけるように
 協力していただきたいと思います。

 来年のフジノは
 ごみ問題を扱う民生常任委員会メンバーには
 なれないかもしれませんけれど、
 大切な問題なので、しっかりと追っていきたいと思います。



2005年12月27日(火)のフジノ
● シンクロニシティ、あるいは努力の結晶

 とても注目している写真家がいます。

 全国的な活動をしているNPOで働く友人を介して彼の存在を知り、

 「いつかこのHPでも紹介できれば」
 「いつかご本人とお会いできれば」

 と、願ってきました。

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 彼は20代なかば、ドキュメンタリー写真家として
 コロンビア・スーダン・南アフリカなどで撮影を行なってきました。
 その写真は、秀でたものがあるとのことでした。

 しかし、これらの情報は僕にとっては関心をひきませんでした。

 僕の関心を釘づけにしたのは、なんと...。

 彼は、自傷をする方々の撮影を
 継続して行なっているというのです。


 撮影をする、ということは
 相手とのあいだにすさまじい信頼関係(ラポール)が
 つくられていなければ、絶対に不可能です。

 これまで、たくさんの方々の相談にのってきたフジノは
 撮影なんて考えたことすらありませんでした。

 そもそもそんなことが可能だとは
 想像すらしたことがありませんでした。

 よほど、人として相手に寄り添うことができなければ、
 あるいは自分自身が時にその渦中に身をさらす決意が無ければ、
 絶対に不可能です。

 「いつか、彼に会ってみたい」
 「いつか、彼の写真を見たい」

 そんな気持ちを抱きました。

 けれども、この気持ちは
 じっと寝かせておくことにしました。

 何といっても僕自身がどうにもならないくらいに忙しく、
 彼もまたすさまじく忙しく
 世界を飛び回っていると聞いていたので。

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 そんな彼と来年1月に会うことになりました。

 詳しいことは記しませんが、
 撮影にかかわるささやかなお手伝いができそうです。

 今回、僕はこころの中でいつか会えたらと願うのみで、
 いつかその時期が来るだろうと信じながら、待っていました。

 シンクロニシティ、あるいは日々の努力の結晶。

 いずれにしても、ここ数日しばしば彼と彼の写真のことを
 何度も何度も考えていた想いが叶ったことに
 驚きと喜びを感じました。


 (岡原功祐さんのHPはこちら


● またメディアに登場します

 実は、メディアに再び登場する可能性が高くなりました。

 これは完全に決まりしだい、
 すぐにお伝えしたいと思います。

 前回は『スーパーJチャンネル』出演の告知が遅くて
 「見られなかった」というお叱りを受けました。

 けれども今回の取材は、あらかじめ早く伝えておきたいと思います。

 メインで僕自身が出ることは無いのですが
 (それはいつも望んでいません)
 取り上げられるテーマが
 僕の全身全霊をかけて真剣に取り組んできたことなのです。

 やっと取り上げられるかと思うと本当に良かったです。


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