まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記


2005年1月21日(金)のフジノ
● 今後、フジノへの攻撃が始まります

 詳しい説明をすることはできないのですが
 ものすごく信憑性の高い情報として

 『これから数ヶ月間、徹底的にフジノを攻撃する人々が現われる』

 という話を複数の方々から
 うかがいました。

 すでに、『横須賀をおもしろくする会』の中心的メンバーには
 その情報を伝えて、それらのニセ情報・根拠無き攻撃のことについて
 話し合いを行ないました。

 この2日間は仕事をしながら
 同時にメンバー1人1人のもとを訪れて
 これらについて話し合うことに時間を費やしました。

 改めて僕は、僕を助けてくれるスタッフのみんなの
 結束を確認しました。

 しかし、残念ながら、HPをご覧の方すべてに
 その内情をお知らせする事はできません。

 ただ1つ言える事は、
 その『激しい波』は形を変えて手段を様々にして
 フジノという人間を、
 政治家としても
 個人としても徹底的に攻撃しようという人々がいる、
 ということだけなのです。

 どうか、みなさまには
 あなた自身の目で見て
 あなた自身の心で感じて
 あなたにとっての真実とは何かを見極めてください。

 もしもそれらの攻撃が正しいと思うならば
 そう考えてください。

 けれども、もしもそれらの攻撃が不当なものだと思ったら
 どうか僕たちの進もうとしている道を
 一緒に歩んでください。

 抽象的な表現しかできずにごめんなさい。

 しかし、今度の波は
 あらゆる角度から
 複数の人々によるものなので
 のりきれないかもしれません。

 かつて世間的に味方に見えていたものは全て崩れて、
 かねてから敵として活動していた人々は
 さらに激しく僕たちを非難するはずです。
 
 僕だけでなくスタッフの個人情報を使っての攻撃も
 考えられうるということでした。スタッフも覚悟はしてくれていますが
 僕たちは全力でくだらない攻撃が去るのを耐えるつもりです。

 僕と親しい方はそれをどうぞ隠してください。
 僕との友情・信頼カンケーはどうぞ隠してください。
 そんなものはこころの中だけで感じていれば良い訳で
 それをあえて公にして攻撃の標的にされてはかないませんからね。

 どうか、本当に正しい者たちに
 救いが与えられますように。

 僕は政治家として、個人として、
 正しいと信じることを続けていきます。

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 ここまで書いてきたところで
 いくつかの2ちゃんねる型掲示板
 (例えば『よこすか進歩会議』)を久しぶりに読んでみたら
 明らかに今までとは違うタイプの書き込みがありました。

 この掲示板はかなりロジカルで情報も信頼できて
 管理人さんのことも個人的に知っているし
 『批判』される内容も理解できるものが多かったのですが
 『文句』『人格攻撃』といった、かつては無かった種類の書き込みが
 ありました。きっと常連さんたちでは無い、
 僕が上の文章で指摘した人々たちによる
 攻撃の為の攻撃としての書き込みだと思います。

 もう始まってるんだなあ。

 でも、僕は変わらない路線で行きます。



2005年1月19日(水)のフジノ
● 激しい挫折感

 この数週間、市民の方から受けてきた複数の相談の中で
 特に3件の相談について
 エネルギーを振り絞って
 自分なりに必死に動いてきました。

 だけど、そのうち3件とも
 悲惨な結末に終わってしまいました。

 関係者の誰もが必死なのに
 僕だって全力で動いているのに
 歯車がうまくまわらなかったのです。

 こんなに挫折感が残るなんて
 想いもしなかった。

 地方自治法に書かれている
 市議会議員の仕事は政策をつくることであり、
 市長からの提案をチェックすることであり、
 行政がきちんと仕事をしているかをチェックすることだけれど、
 僕はそれだけでは無い、
 ソーシャルワーク的な部分もあると固く信じている。
 (よく『市民相談』と呼んでいる活動をしている議員もいますし)

 だけど、この3件は
 力になることがどうしてもできない結末になってしまった...。

 何故、被害者が泣き寝入りをしなくちゃいけないのか。
 何故、市民は行政アレルギーを激しく持っているのか。
 何故、正しい行いをした人が苦しい気持ちしか残らなかったのか。

 この世に正義なんてあるのか、と吐き気がするような
 もう本当に寒気と吐き気だけが残るような
 そんな結末でした。

 僕の力不足なのか?
 絶対にそんなことじゃない。

 僕の力ではどうにもできない、
 社会の力・制度の壁・風習の在り方を感じた...。

 苦しい。本当に苦しい。
 なんてこの世の中は闇に満ちているんだろう。

 数時間後にはまた別の仕事があるから
 切り替えなければいけないけど、
 今はただ、とても苦しくてやりきれない。

 なんて苦しい仕事なんだ。
 なんてひどい世の中なんだ。


● やっぱりムチャクチャ高い、差額ベット代

 
1月14日のこのコーナー

 「意識不明の父に対して
  個室でフロ・トイレつきに移らなくちゃいけなくて
  差額ベット代金だけで毎日8400円なんて高すぎて払えない!」

 と書いたら、
 いろいろな方々からアドバイスをもらいました。
 それは『高額医療費の給付』を受けられるよ、というものです。

 けれども、今日、市民病院の医事課に問い合わせたら

 「差額ベット代と食事代は
  あくまでも高額医療費の給付には含まれません」

 とのことでした。

 マジかよ、やっぱり10日で8万4000円だ...。
 高すぎる...。おれには払いきれない...。

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 政治家として、12月議会の
 民生常任委員会で病院管理担当部長に対して
 フジノはこういう主旨の質問をしました。

 (質問)市民病院・うわまち病院のベットの平均占床率は
    どれくらいになりますか?


 →つまり、空きベットはどれくらいの割合なのかを問いました。
  使われていないベットがどれだけあるのか知る為です。

 だいたいの回答ですが、約82%ということでした。

 それならば、つまり約18%のベットが
 常に使われないまま、空いている
訳です。

 その理由の1つが今日見えた気がしました。

 こういう高額な個室の『差額ベットルーム』があるから、
 僕はそう推測します。

 厳密に空いているベットの部屋種類を調べなければ
 正確なことは言えないけれど、
 市民病院における差額ベットの存在って
 本当に必要なのかを検証しなくてはいけないと思う。

 ムダじゃないか?

 だって、僕のオヤジは脳外科病棟に居るんですよ!

 脳外科の病棟で、多くの人々が気管カニューレ入れてたり。

 さらに昨日オヤジはお腹にチューブを入れて胃ろうまで
 作る手術をしたのですけれど、
 そんな人がたくさんいるのが脳外科ですよ。

 自分で歩けない、意識さえ無い人々が多いのに
 何故、差額ベット(個別のフロ・トイレ付き)ルームが
 そもそも必要なんでしょうか?理解できない。

 それならば1つでも多くのふつうのベットを、
 仮に差額ベットルームを作るにしても
 もっと安いものを多く作るべきではないでしょうか。

 病院の経営という観点から見れば
 常にベットは満床に近いのが良いはず。

 一方、僕みたいに患者の家族からしても
 安い(医療保険の範囲内でおさまる)ベットが空いていれば
 そこに入りたいんです。

 金持ちしか生き残れないのかよ、って
 すごくどんよりした気持ちになりました。

 みんなは政治家は金持ちだとか思ってるかもしれないけど、
 必死に働いていけば行くほど、政治家として僕は
 どんどん生活が苦しくなっていきます。

 昨年末のボーナスだって、僕自身の娯楽の為になんて
 1つも使ってない。よっぽど前の会社に居た時の方が
 お給料は自由に使えていたよ。

 こんな弱音に聞こえるセリフを吐くことすらイヤだけど
 もっと市民のみなさんに
 目の前の現実を知ってほしいから
 父の病気のことも僕が家族として体験していることも書いています。

 ・あなたは市民病院の医療体制で
  OKですか?

 ・あなたが税金を支払って運営されている市立の病院が
  今の在り方のままで本当にOKですか?

 僕はかねてから
 「市民病院にはもっと改革が必要だ」と述べてきましたが
 今は身をもって実感しながら
 市民病院改革への決意を強くしています。

 地方公営企業法の全部適用、あるいは
 うわまち病院と同じく民間への委託といった
 抜本的な改革が市民病院には必要だというのが僕の持論です。

 父の出来事がある前からそう述べてきましたが
 今、改めて個人としてもはっきりとそう思います。



2005年1月17日(月)のフジノ
● 総合高校とフジノ(長い前がき)

 
実は、当選してすぐの2年前、
 かなり早い時期に
 横須賀市立総合高校あてにメールを出して

 「見学をさせてほしい」

 と連絡をしました。

 理由は2つあって、

 (1)某新聞社の記者の方が

    「フジノくん、熊谷校長に会うべきだよ!
     彼は民間から校長に転じたんだ。
     絶対に2人は話が合う。絶対に会った方がいい。
     考え方が似てるから」

   とすすめてくれたから。

 (2)総合学科の行なっている授業である
   『産業社会と人間』『羅針』に強い関心を抱いたから

 でした。

 しかし、ひたすら待ったものの、
 返事は全くなしのつぶて。

 当選してすぐのフジノなんてどこの馬の骨とも知れないし
 信頼感もゼロなんだったのでしょう。

 でも、他の議員は総合高校の見学に行ったり
 吉田議員は生徒の前で講師もしたとHPに書いてあったし
 なんだかなあ...。

 要するに

 「返事のメールが来ない」=「フジノは来るな」

 という、暗黙のメッセージなのかよ、と僕は受け止めて、
 もう総合高校のことは忘れることにしました。

 (実際に今もある中学校に見学を依頼しているけれど
  全然、返事がもらえません。そんなものです)

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 それから1年後、僕は杉並区立和田中学校
 気持ちを奪われていました。

 昨年からのこのHP読者には
 改めて説明する必要すらありませんけれども
 新しい読者の方に概略を説明しますね。

 すでに市長に対する
 市議会での一般質問でも例に挙げましたが
 藤原和博校長(民間からいらした方です)のすすめている
 〔よのなか〕科は本当に素晴らしいのです。

 タテマエばかりのウソにあふれるこの国で
 『リアル』を教えようとしている。

 これはフジノのめざす方向と同じでした。

 僕は、彼の約20冊近い
 著作のほぼ全てを読み漁りました。

 藤原さんが行なった授業を追いかけて
 全てを撮影している製作会社にお願いして6時間にわたる
 未編集のテープを見せていただきました(04年11月22日)。

 さらには、和田中学校を訪れて
 実際に授業を見学するだけではなくて
 参加もさせてもらいました(04年12月8日)

 授業のテンポの素晴らしさなど
 藤原さんにしかできない(藤原校長みずからが授業をします)
 『間のうまさ』などにも、さらに僕は惹きつけられました。

 けれども、たった1つだけ、
 悔しさを感じることがありました。

 それは、

 「せっかく和田中学校で素晴らしい取り組みをしても
  高校や大学ではどうなのだろうか?」

 というものでした。

 僕は、和田中学方式(=〔よのなか〕科方式)を
 このまちに取り入れたい。絶対に。

 だけど、かねてから書いているように
 ヒーローを1人作るだけでは絶対にダメなのです。

 全員が底上げされなければならない。

 つまり、この場合は、
 藤原さんという素晴らしい人(ヒーロー)がいて
 その人柄の素晴らしさと人脈と能力でもってすごい授業をしてるけど
 その卒業生を受け入れる高校の教師側は
 一体どうなのだろうか、という問題です。

 藤原さんと同じ『気概』『気合』『よのなかを知っている経験』
 持っている高校教師がどれだけいるだろうか?

 そう強く感じました。

 ヒーローを1人だけ作ってはいけない。
 全員がヒーローにならなくちゃいけない。
 僕はそう考えているのです。

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 その時、僕のこころに
 横須賀市立総合高校が浮かびました。

 僕は藤原さんの〔よのなか〕科を知る前に
 総合高校の取り組みに惹かれていました。

 その理由は、全く同じです。

 生徒たちに、タテマエじゃない、
 『リアル』を教えようとしている授業だと感じたから。

 僕は『中学校』→『高校』というラインが
 つながるような気持ちがしました。

 市だとか区だとかそんなのの違いはどうでもいい。

 次に見なければならないのは
 高校で取り組んでいるところだ。

 そう決心して、総合高校にもう1度アタックすることにしました。

 狙いはもちろん『産業社会と人間』『羅針』です!
               

● 総合高校の魅力、熊谷校長の気概とフジノ

 今回は教育委員会事務局を通して
 絶対に見学できるようにお願いをしてから向かいました。

 第1回目は、昨年2004年12月20日でした。

 もちろん見学した授業は
 『産業社会と人間』です。

 熊谷校長先生ともじっくりと時間を取ってもらって
 お話をうかがいました。

 これは、狙い通りでした。

 まさに総合高校(=熊谷校長)の目指しているのは
 生徒たちに『リアル』を学んでほしいというものでした。

 (さらに藤原和博さんと熊谷さんは
  学生時代に先輩と後輩のカンケーだったことも判明!)

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 『産業社会と人間』というタイトルは
 広告会社なら絶対に企画として通らない最悪のタイトルです。

 でも、そんなダサい教科名は置いておいて
 ちょっと考えてみてください。

 この国で生まれたならば
 今は資本主義の世の中であるから、いずれ人は
 「仕事に就いて働いていく」=「産業社会に入っていく」わけです。

 だから、「産業社会」と「人間」というタイトルなんですね。
 ストレートすぎてひねりがないけれど、その通りですよね。

 でも、僕の知っている限り、
 この国の教育では
 そんなに大切な『事実』を教えてきませんでした。

 自分の人生はいずれどうなるのか、
 そんなことは自分で考えろ、という国の方針だったのか。

 あるいは文部省は、
 何も考えずにロボットのように
 言われたことだけを聞く種類の人間を作りたかったのか。

 でも、こんな教育のほころびはすぐに出ました。

 誰もが今、この国では

 「自分は一体どうやって生きていけばいいのか」

 「自分は本当は何をしたいのだろうか」

 「本当の自分って何だろう」

 見えなくて、分からなくて、苦しんでいて、
 だけど、どうにもならなくて
 フリーターやニートになって
 迷っている若者が何十万人もあふれかえっています。

 つまり、この国のこれまでの教育は
 もう全く機能していないのです(少なくとも僕はそう断言します)。

 そんなタテマエだけの受験教育・偏差値偏重教育をやめて、
 本来あるべき姿に戻そうという取り組み
 藤原和博さんの〔よのなか〕科であり
 熊谷校長ひきいる総合高校の『産業社会と人間』『羅針』なのです。

 人は、やがて自分の足で立ち、
 カネを稼ぎ、食っていく。

 その食っていく手段が
 できるならば、自分にとってハッピーになれることならば
 素晴らしい。

 例えば、ヒデ(中田)。例えば、イチロー。

 一流のスターなんかじゃなくてもいい。

 僕の友達のように車が好きで好きでたまらなくて
 日本でトップの車のメカニックになったり(あ、彼もスターだな)、
 おじいちゃんが亡くなる時に介護してくれたヘルパーさんに感動して
 自分も高齢者の施設で働いていたり
 自分のハッピーになれることで
 給料が稼げるのが、いい。

 1度しかない人生。

 絶対に時間は元に戻らない。

 ならば、やりたいことをやってメシが食えたら1番いい。


 それなのに何故、
 一部の人だけが自分の好きなことを仕事にできていて
 そうでない人々の方が多いのか。

 その原因はこれまでの教育にある、と僕は思う。

 「教える」「覚えさせる」だけで
 「考える」「自分で見つける」ことをさせてこなかった
 つまり、子どもたち自身に「学ぶ力」を与えられていなかったのだ。

 ヒデやイチローは運良く
 自分自身でそれをすることができた。
 だから彼らはヒーローなのだ。

 でも、それではダメだ。

 誰もが1度きりの人生を
 自分で見つめて
 自分で歩みたい道を決めて
 自分の足で進んでいくようになれなければいけない。

 だからこれを実現しようとしている『産業社会と人間』は、
 これまでの教育の在り方を
 ゼロから捉え直そうという試みだと 
 僕は言っても良いと思う。

 つまり、自分が何者であるのか。
 そして、自分が何者になりたいのか。

 これを授業というサポートを受けながら、自分でつくりあげるのだ。

 自分の頭で考えて
 自分の足で探して
 自分の目で見つめ
 自分の心で感じる。


 そして、『自分』という存在を
 自分でつくりあげていくのだ。


 古い社会が望んでたような
 くだらない学歴・職歴偏重なんかではない在り方、
 「自分が自分らしく生きていく」と同時に
 「働いて食べていかれる」生き方をする人間に
 「自分の力」で成るのだ。

 『産業社会と人間』の目指すところは
 ここだと、フジノは勝手に捉えている。

 だから、素晴らしいと思う。
 この取り組みを絶対に潰してはいけないと思う。

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 今までの教員では対応できないことの方が多いだろう。
 だって、教員だけの経験しかないのだから。

 藤原校長が和田中学校で行なったように
 ものすごくたくさんの地域の大人を
 総合高校に引きずり込まなければならないと僕は思う。

 横浜国大とか有名大学を卒業して
 教育免許を取ってたとしても
 いくら教員生活が長くたって絶対に対応しきれない。

 だって生徒が20人いれば
 20通りの全く100%違う人生があるのだから。

 これは責めているのではない。むしろ心配しているのだ。
 教員生活という1つのパターンしか生きていない教員には
 対応しきれるはずがないのだ。

 そんなすさまじいことを
 総合高校は今、取り組んでいる。

 やっとこういう学校が
 このまちにもできたか、と心からうれしくなった。

 でも、同時に
 ものすごくイバラの道を歩き出したのだと
 熊谷校長のことを心配にも感じた。

 僕は初めてお会いしただけだから、まだ分からない。

 けれども、こんなに生徒たちに
 愛されている校長先生を僕は初めて見た。

 僕と熊谷校長先生とで一緒に廊下を歩いている時に
 女子生徒がやってきては冗談を言っていき、
 遠くの方から生徒たちが

 「あっ、校長先生だ!」

 と見つけて、近寄って話しかけてくる。

 古い人間たちから見るとイバラの道を歩いているように見えても
 僕や生徒たちの世代は、確かに熊谷校長を支持していると思う。

 どうかこの路線を続けてほしい。

 そう感じたのが、第1回目の見学の感想でした。


くまがいこうちょうせんせい(右)とフジノ  熊谷校長先生
 プロフィール紹介

 47年東京生まれ
 日本楽器製造(株)、
 旭化成工業(株)を経て
 旭化成エーティーホーム(株)の
 社長を勤める。

 しかし、横須賀市の
 校長を民間から公募の広告に
 今までのキャリアを捨て
 (社長だったのに!)
 「教育がやりたい!」
 「人材が育てたい!」と
 転進を決意。

 03年1月から
 総合高校の校長。


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 実は、すでに今日も見学に行ってきました。
 今日は『羅針』も見学してきました。

 さらにあさっても行きます。

 総合高校の取り組みを
 フジノはすごく応援したいと思います。

 上に書いた文章の責任は
 全てフジノにあります。
 フジノが感じたままに書きました。
 熊谷校長先生には一切責任はありませんので
 どうかよろしくお願いします。

 いずれにしても、まだ書き足りないのですが
 総合高校の挑戦については
 また書きます。


産業社会と人間、受講中の生徒たち


 どうか、みなさんも(特に大人のみなさん)
 ぜひ応援して下さい。具体的に力になってください。

 よろしくお願いします!



2005年1月14日(金)のフジノ
● カフェトークという場について

 
Yデッキやまちかどでの演説に
 なかなか出られない現在のフジノにとっては
 カフェトークの場は本当に大きな『場』として存在しています。

 前回のカフェトークについて
 報告をスタッフのAさんが書いてくださったものを
 掲載しました。フジノの視点とは違う文章を、ぜひご覧下さい。

 次回は、来週の火曜日18日です。
 ぜひお来し下さいませ。


● 市民マニフェストの作成について

 選挙管理委員会に相談してから載せたかったのですが
 忙しくて時間が取れないので
 もう見切り発車で
 別コーナーとして独立させました。

 市民マニフェスト作成のスケジュール
 まず掲載しました。

 フジノがここ毎日、お会いする市民の方々に配っている

 「あなたが市長だったらこのまちをどうしたいですか」カード

 の結果も、数日おきにどんどん載せていきます。

 今日で配り始めて3日目ですが
 親しい人たちにだけで200枚配りました。

 この返信状況を数日のあいだ確かめて見て、
 いっきにまちかどに立って不特定多数の方々に配布を始めます。

 最低でも1万枚は『声』を集められるようにしたいです。


● 成年後見制度へ

 これまで、『成年後見制度を広める』という政策を実現するため
 フジノは市議会で何回も質問をしてきました。

 実際に、市役所側(特に長寿社会課)も
 この制度の必要性を深く理解してくれています。

 特に素晴らしいのは、
 複数の業種との定期的な会合を行なっていることです。

 そんな成年後見制度ですが、
 フジノはもっぱら障がいのある人々の『親亡き後』問題から
 最初は関心を持ちました。

 でも、最近は
 父の容態(意識が戻らないまま)という様子を見るにつけ、
 「成年後見制度の利用ができないだろうか」と
 考え始めました。

 母が入院するまでは母が支払いを行なってきたのですが
 現在は僕が支払いをしている訳ですけれど
 真剣に考えたら、
 本人でも無い僕が
 法的に後見をしている訳でも無いのに
 いろいろなことに対して判断をしているのはおかしいと思いました。

 月曜日になったら
 さっそく家庭裁判所に行ってみたいと思うのですが
 父のケースでも成年後見制度が適用できるのか聞いてみます。

 そうしたら、また1つ、
 この制度について実体験から勉強ができることになります。

 これまでは理論でしか知らなかったこの制度を
 自分自身が後見人になって挑戦してみたいと
 切実に感じます。


● 「重症部屋」から「個室」へ

 昨日、父の病室移動について
 主治医と話しあいました。

 現在は、通称『重症部屋』と呼ばれる個室に、父はいます。

 あいかわらず意識は無いままですが、

 「とりあえず急性期は脱しました。
  この部屋を必要としている患者さんが待っているので
  部屋を移動していただけないでしょうか」

 という主旨のことを言われました。

 そこで、移動できる部屋の候補を尋ねると

 6人部屋(差額ベット代金なし。つまり医療保険だけで負担ゼロ)か
 個室(差額ベット代金8400円!高い!)の2つでした。

 僕の家族の財政状況を考えると
 6人部屋にしたい。

 でも、主治医によると
 現在の父にとって1番危険なのは

 「MRSA感染や肺炎にかかること」

 とのこと。

 それならば、可能な限り
 他の患者さんとは違う部屋(つまり個室ですよね)がいい、
 という判断にならざるをえませんでした。

 しかし、その差額ベット代が1日あたり8400円の部屋は
 部屋にトイレとお風呂がついていて、
 テレビも電話も冷蔵庫もソファーもあります。
 意識不明の父には全部いらないものばかりだよ〜!

 こんなの必要ないから
 もっと安い部屋は空いていないの!?

 →空いていないそうです...。

 今後の人工呼吸器を付ける可能性などを考えると
 すさまじい出費になることが予想されるけれど
 それでも個室を選ばざるをえない、
 という判断になりました。

 生活が苦しい...。

 だって、10日で8万4000円だよ。
 いつまで払えるかなあ...。

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 ただ、ネガティブな説明しかない(実際、父はそういう状況だし)
 脳外科の主治医の方々から、この時にようやく初めて

 「急性期を脱した」

 と言われました。完全に意識不明の状態だけれど
 今すぐ死ぬかもしれない、という状態からは
 何とか脱却したのだということですね。

 慢性期。

 父の身体には手術後数日は
 栄養がほとんど入れられなくて
 そんな影響もあって、床ずれができやすくなっています。
 そこで栄養を今たくさん与えている状況だそうです。

 父のカサカサな手と足に
 クリームをすりこんであげながらも
 出っ張ってる骨の部分が黒ずんでいるのが分かります。

 絶対に床ずれにしないぞ!

 どこかの町の
 町長が「奥さんの介護をしたいから」と辞職したことが
 とても今の僕には良く理解できます。

 父、母、入院。飼い猫まで病気。

 そして、空いている時間で
 市民の方々からの相談を受ける日々。

 家族の中で唯一
 自分だけが倒れていないのだけれども
 どうして今、自分が明るくふるまっていられるのか
 正直なところ自分でもよく分からない。そんなに僕は強くない。

 きっと、政治家になった時に決心した
 「これからは43万人のために生きていくんだ」という想いが
 家族の危機でも
 僕を倒れさせないんだと思います。

 まだ、がんばれる。

 がんばろう。



2005年1月12日(水)のフジノ
● スタッフの方々に感謝

 今日、事務所に3名の方が手伝いに来てくれて
 そのあいだフジノは別の仕事をすることができました。
 ありがとう。こころから感謝しています。

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 今、どうやって解決すれば良いのか分からない
 相談が複数件あって、悩んでいます。うーん。

 そんな状況のフジノですけれど、
 このHPを読んでメールをくださる方々の中に
 とてもうれしい存在が増えてきました。

 東京で精神科ドクターをしている方や、
 災害対策では
 この国の権威(著作も読ませていただいてます)である方など。

 感謝、感謝です。

 僕はじゃっかん30才の若輩者ですから
 経験で補えないところは
 先達のみなさまに教えていただくのが全てです。

 たくさんの方々に支えていただいて
 僕は政治家としても個人としても
 全力で活動していかれるのだと思います。

 みなさま、本当にありがとうございます。

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 My best friend, happy birthday !


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