まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記


2006年9月23日(土)のフジノ
● 大学院(福祉政策)に合格しました

 忙しくてなかなかHPでみなさんに報告できなかったのですが
 大学院入試を受験して、無事に合格することができました。

 大学院での専攻は
 もちろん社会福祉学です。

 さらに詳しく言うと『福祉政策』をメインに研究します。

 福祉政策という『理論』と『実践』を統合した研究ができるのは
 日本ではまだわずか3つの大学院しかありません。

 そんな中で、尊敬する先生方が6人もそろっている
 素晴らしい大学院に出会うことができました。


 ・福祉の世界に新しく介護保険制度を導入した時に
  政府委員として活躍されていたT教授。

 ・自殺予防対策で初めて日本で数値目標を導入することができた
  大きなきっかけとなった『健康日本21』を政府がつくる際に
  その根拠法となった健康増進法の策定に関わったT教授。

 ・精神保健福祉に関わっている人間であれば
  知らない人はいない『やどかりの里』
  これまで長く実践の立場で関わってこられたF教授。


 この3名をはじめとする先生方のことは、
 もともと大学教授に就任する前からその活躍を知っていました。

 こんな素晴らしい教授陣のもとで
 研究活動をする機会が与えてもらえて
 本当にうれしいです。

 来年4月からは大学院生として
 全力で研究を行なっていきたいと思います。


● 大学院への進学を決心するまで(2年前)

 もともとは2年前に、日本社会事業大学の通信教育課程で
 全国の福祉を志す仲間と出会ったことから
 全ては始まりました。

 残念ながら市議会の中では
 福祉について議論するチャンスはほとんどありません。

 市の職員さんたちには熱い想いを持つ人々もたくさんいるのですが
 どうしても政治家と行政という壁があって
 じっくりと議論する機会はなかなかありません。

 福祉の現場で出会う方々とは
 想いは基本的に同じなのですけれども
 現場は常に忙しいので貴重な時間を取ってしまうことは申し訳なくて
 国や市の福祉制度そのものを
 財政面も含めて話し合うことはなかなかできませんでした。

 だから、いつもフラストレーションを感じてきました。
 「もっと福祉の将来を真剣に議論したい」といつも思ってきました。

 そんな時に、1年に10日間だけスクーリングで
 日本社会事業大学のキャンパスに全国から同期が集まって
 丸1日ぶっとおしで福祉の講義を受けて、
 昼休みも夜も、福祉について語り合うことができました。

 それは本当に大きな喜びでした。

 でも、それは年にわずか10日間だけのこと。
 しかも1年7ヶ月の通信教育課程なので
 スクーリングは2回のみ。

 すぐに卒業になってしまい、
 全国の仲間とは年に数回会うことと
 メールでやりとりするだけになってしまいました。

 僕はもっと福祉を守る為に
 学ぶべきことがたくさんある。

 僕はもっと福祉の将来を議論したい。

 いつもそう考えてきました。

 そんな想いから
 日本社会事業大学の大橋先生・寺谷先生・鈴木先生に
 進学について相談にのっていただきました。

 でも、結局は『遠い夢』だとあきらめていました。

 政治家をしながら大学院に通うなんて
 あまりにも忙しすぎて両立は不可能だろうなあ...と。


● 大学院への進学を決心するまで(1年前)

 そんな昨年2月のこと、なんと同期の友達が
 大学院に進学したと連絡を受けました。

 彼はわずか20代なかばで
 福祉NPOの事務局長をしているOくん。

 「彼こそ国会議員になってほしい」と願う
 フジノにとってただ1人の存在がこのOくんなんですね。
 高い行動力と深い知識があるのです。

 そのOくんが、NPOの運営だけでも忙しいのに
 大学院に進学して研究活動も行なうことになったのです。

 Oくんのがんばりを目の当たりにして
 大学院はいかに大変かということも理解しました。

 けれども、ものすごく充実している日々だということも分かりました。

 すっごくうらやましいと思いました。

 僕も大学院進学を真剣に考えていく決心をして
 研究したいテーマに合う大学院を探し始めました。

 僕が研究したいのは
 「この国の福祉制度を守る為の福祉政策を創りだすこと」です。

 こんなにひどい障害者自立支援法なんかではなく
 もっとまともな、障がいのある人の暮らしが守られる制度が必要です。

 かと言って、財政を無視した空想の世界ではダメです。
 現実をのみこんだ上で、よりよい制度を生み出すのです。

 こうして必然的に僕のテーマは
 ものすごく広い社会福祉の分野の中でも
 『福祉政策』に決めました。

 いろいろな人の話を聞いたり
 インターネットでいろいろ調べてみたりして
 ついにその大学院にたどりつきました。

 福祉政策を専攻できる数少ない大学院であるということに加えて

 ・理論と実践を統合する

 ・高い専門性を持つ人材を育てる

 ・新しい福祉社会をデザインする

 というこの大学院の『目的』は
 僕の想いに何よりもマッチしていました。

 そこで、すぐに願書・入学案内を取り寄せてみました。


● 挫折...(1年前の夏)

 でも、届いた願書を読んで

 「ああ、もうムリだ...」

 と、がっくりきてしまいました。

 社会人だからといって、
 何も優遇は無し。

 今は多くの大学・大学院は
 人を集めるために『社会人枠』をつくって
 試験を小論文だけにするなどカンタンに入学できるのですね。

 でも、手加減は全く無し。ゼロ。
 大学を卒業してそのまま進学する学生たちと
 同じラインでゼロからの受験です。

 さらに、僕は大学時代は心理学専攻なので
 いわゆる『他学部出身者』になります。

 提出する願書には
 卒業論文を一緒に出さなければならないのですが
 僕には社会福祉の論文がありません。

 だから、卒業論文に相当する
 大量のレポートをかわりに提出しなければなりません。

 もう完全にムリだと思いました。

 だって、卒業論文って
 大学時代に僕は1年がかりで書いたよ。

 僕の場合、社会福祉学は全て独学だから
 (日本社会事業大学だって通信教育課程だからほぼ独学です)
 それをゼロから学んで、
 さらに卒業論文と同じレベルのレポートを書くなんて
 完全に不可能だと思いました。

 もちろん、書く努力はしました。

 けれども政治家としてあまりにも忙しい日々の中で
 完全に挫折しました。

 こうして昨年は、願書を出すことさえ叶いませんでした。
 とても悲しかったです。

 でも、いつの日かしっかりと研究したい、
 進学したい、という気持ちは
 決して消えることはありませんでした。


● 大学院への進学を決心するまで(7月27日)

 でも、今年7月27日、神奈川新聞の社説を読んで
 ついに決心が固まりました。

 その社説とは

 「自殺予防は『横須賀方式』うちだして」

 というものです。

 全国からお手本にされる横須賀モデルの自殺予防対策を
 しっかりと打ち出せ、がんばれ、横須賀!

 という強いエールと
 問題提起を神奈川新聞から受けました。

 横須賀の自殺予防対策を引っ張ってきたのは僕だ、
 という想いがフジノには強くあります。

 ならば、神奈川新聞の社説で投げかけられた問題提起に
 フジノなりの回答を出さなければいけない、と決心しました。

 僕の中でモヤモヤとしていた気持ちが
 はっきりとクリアになりました。

 福祉政策を研究するというテーマはいったん置いて
 もっともっと自分にとって切実なテーマを修士論文にしよう!

 そして、僕が大学院で書く修士論文のタイトルが決まりました。

 「地域社会政策の観点から
  自殺予防総合対策の『横須賀モデル』を提案する」


 です。

 願書は今年も取り寄せてありました。
 こうして、本格的に大学院受験を決心しました。

 受験は、1次試験が9月11日。
 合格したら2次試験が9月13日。

 何よりもまず、あの大量のレポートと願書のしめきりが
 8月23日でした。

 しめきりまでわずか1ヶ月。
 挑戦が始まりました。


● なんとか受験できるようになるまでの準備(8月)

 7月30日『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』
 総会が終えて、過労から数日間ぶっ倒れて、
 8月に入ってからやっと論文を書き始めました。

 過去のスケジュール欄を見てみると
 わずか13日間しか論文を書く時間が取れなかったのですね。

 その間にはストーカー騒動もあったし
 連日のようにメール&電話相談も受け続けてきましたし
 政治家としての仕事もしっかり続けてきました。

 あまりに忙しくて
 精神的にも肉体的にもかなり追い詰められていました。

 途中でとにかく横須賀を離れようと思って、
 2泊3日で都内のビジネスホテルにこもって
 朝から真夜中まで
 ずっと勉強しては論文を書いたりしました。

 これが本当にきつかったです。

 部屋のカーテンをしめて
 朝なのか夜なのかも全く分からない状態にして
 1日18時間くらい勉強と論文を書いていました。

 政治家になってから毎年夏は勉強の時期なのですが
 今年はすさまじい量の文献を読み込みました。

 社会福祉・社会保障・福祉政策のぶ厚い本を
 20冊は軽く読みました。5冊くらい同時に読みながら、
 1日1〜2冊ペースで読んでいきました。

 そして、徹夜につぐ徹夜をくりかえして
 8月23日のしめきり(消印有効)の夕方、
 横須賀中央郵便局の時間外もあいている窓口に
 願書を届けました。

 ふつうは1年がかりで書く卒業論文を
 気合と根性と燃える想いだけで13日間で書きました。

 書きあがった時にはもう何もかもが真っ白で
 でもすごく充実していました。

 正直なところ、今年9月の試験で不合格でも
 次にある来年2月の試験を受ければいい、
 不合格ならば来年9月、
 不合格ならば再来年2月、と
 合格するまで何十回でも受け続けるつもりでした。


● 働きながら、受験をすることの大変さ

 こうして、9月11日が1次試験でした。

 前日は『世界自殺予防デー』で
 横須賀は独自の取り組みを初めて行ないましたから
 その反響がいろいろありました。

 試験前日だからといって
 特別に勉強の時間が取れるわけでもなくて
 相談の電話を受け続けていました。

 「今夜、絶対に死ぬ」みたいな相談電話をもらってしまい、
 先輩の精神保健福祉士さんにヘルプを求める電話をしたり
 何だかいつも以上に忙しい夜でした。

 こうして、1次試験の朝を迎えました。

 1次試験が終わった夜には
 以前からどうしてもふだん会えない友達と約束をしていて
 休みたくてたまらなかったけれども
 横浜まで会いにいき、夜中まで過ごしました。
 きつかった...。

 1次試験の合格発表は
 翌12日の夕方でした。

 でも、ぎっくり腰の件があって
 痛くて寝床にいました。

 発表から1時間くらいたって
 腰の痛さで『1次試験合格』の発表を見ても
 なんだか実感がわきませんでした。

 すぐに受験会場のそばのホテルを探して
 明日朝一番で行なわれる2次試験(面接)のために
 大急ぎで準備をしました。

 ホテルに到着できたのは23時すぎ。

 そしてこの夜もまた忙しくて
 結局ほとんど寝ないで2次試験の朝を迎えました。

 9月13日朝、2次試験の面接でした。

 2日後の15日の11時が合格発表、
 フジノは本会議でした。

 本会議にあまりに熱中していて
 午前中の議論が終わった後もその場に残って、
 教育長職務代理者・生涯学習部長・代表監査委員の方々と
 意見交換をしました。

 こうして、控え室に戻った後、
 コンビニで買ったおにぎりを食べながら
 携帯電話のインターネットで合格発表を見ました。

 合格していました。

 これもまた僕の性格なのですが
 お世話になった人にすぐに伝える方が先だということで
 そこから20分くらいはいろいろな方々に合格の連絡をしまくりました。

 すぐに13時が近づいてきたので
 また本会議の大切な議論の中へと戻りました。


● 合格した今、思うこと

 翌日からまたずうっと忙しかったので
 実は、全く合格の実感とか喜びはありません。

 働きながら受験するというのは
 こんなにも苦しい作業なのかというのが実感でした。

 でも、こんなにも苦しい作業をのりこえた自分自身を
 再発見することができたのは大きな収穫でした。

 ぎっくり腰で座っているだけでもつらいのに
 1次試験で朝からずっと論述試験を耐え切ったのは
 自分でも驚きでした(終わった後は何回も吐いてしまいました)。

 それくらいがんばれたのは
 やっぱり福祉政策への想いが強かったからだと思います。

 もっともっとこの国の福祉を良くしたい、
 その為に自分が何とか力になりたいんだ、という想いは
 僕を突き動かしていきました。

 途中、何度も挫折しそうになりましたが
 苦しみをのりこえていく自分に出会うたびに
 「ああ、おれはまだ何とかがんばれるんだ」と感動しました。

 本当ならば、この進学の報告を
 誰よりも僕の父に喜んでほしかったです。

 意識不明のまま病床に臥している父には
 残念ながら共に喜んでもらうことはできません。

 「福祉を食い物にするような生き方だけはするな!」

 というのが、父の口グセでした。

 福祉をメインに活動する政治家というのは
 ある意味で父にとっては『福祉を食い物にする』ようにも
 見えていたのだと思います。

 僕が生涯を福祉に捧げる決心の現れである
 この大学院進学を伝えて、
 あなたの息子は福祉を良くしたいのであって
 決して福祉を食い物にしているのでは無いんですよ、と
 改めて安心してほしかった。

 いずれにしても、父に今の僕の活躍を
 少しでもいいから知ってもらいたかったです...。

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 ともかく2年越しの夢が実現できました。

 次は、来年4月から実際に大学院に通って
 しっかりと研究を行なって、成果を出すことが僕の夢です。

 大学院は、通う必要はあまりありません。

 そのかわり、自分でふだんから徹底的に研究をしたり
 準備の時間がものすごくかかります。

 学校で行なうことはそうした研究成果を
 研究室の先生や先輩方と
 議論しあうことです。

 もう授業があって先生が教えてくれる、なんてことは
 ほとんどありません。

 きっと厳しい日々が待っているんだろうな、と思います。

 それでも自分はこのまちの福祉を守る為に
 しっかりと研究を行ないたいと思います。

 これからも全力でがんばり続けますので
 どうか見守っていてください。

 最後になりましたが
 あらかじめ受験することをお知らせしていた親しいみなさま、
 励ましの言葉をいただいたこと、
 合格への祝福の言葉をいただいたこと、
 改めてこころから感謝しています。ありがとうございました。

 僕はこれからも全力でがんばります。



2006年9月22日(金)のフジノ
● このまちの財政の『ヤバさ』を実感してほしい

 昨日の教育経済常任委員会で話し合ったことのうち、
 議案82・83号『上下水道会計』補正予算について書きますね。

 毎日あなたも飲んでいるこのまちの水、
 あるいは洗濯をしたり、顔を洗ったりする時に使っている水。

 これは『水道料金』だけではまかないきれないので
 さらに『税金』と『借金』でまかなわれています。

 また、毎日の暮らしの中で使った水ほどには意識されないものですが
 トイレやお風呂の排水をはじめとして
 あらゆる機会に無意識に使っている下水道。

 これもまた『料金』と『税金』と『借金』でまかなわれています。

 この横須賀市の水道と下水道、
 実は財政が良くありません。

 例えば、今年度(平成18年度)の借金残高


 水道     311億5800万円
 下水道  1096億3100万円


 にも、のぼります。

 だから、借金の利息を支払うだけでも
 すさまじい金額になるのです。

平成19年度 51億4700万円
平成20年度 47億4800万円
平成21年度 43億6800万円
平成22年度 39億8900万円

 これは、水道と下水道の利息を合計した金額です。

 毎年こんなふうに借金の利息だけで
 51億円とか47億円も支払い続けなければいけないんです。

 当然ながら、利息を支払うだけではダメで
 借金そのものも返済しなくてはいけません。

 一方で、借金を返済しながらも
 あらたに毎年、借り入れをしていきます。

 自転車操業ですけれど、
 火の車の財政ですから建て直しに必死です。

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 こういう現実を知らない/無視している人たちは
 のほほんとして

 「反対はあったけど美術館は作ったほうがいいよね」とか
 「新しい図書館は駅前に作ってほしい」とか
 「集客につながるからサッカー場を作ろう」とか
 「渋滞が減るから千葉までつながる道路を作ろう」とか

 めちゃくちゃなことを平気で言ってのけます。

 ダメです。現実を見てください。
 このまちにはそんな財政的な体力はありません。

 全てダメです。

 毎日の暮らしに必要な
 市立病院を続けていくことだとか小児医療費の助成だとか
 いのちを守るために必要なことまでが
 財政的な理由でピンチなのが現実の状況です。

 今はいのちを守る必要不可欠な政策だけが
 税金のつかいみちでなければいけません。

 こんなフジノの想いは
 耳が痛いから
 ほとんどの人にはなかなか理解してもらえません。

 でも、しかたがありません。

 このまちを守るためには
 耳が痛かろうと嫌われようと言いつづけなければ。

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 さて、そんな大きな借金を抱えている
 水道と下水道。

 その借金の中身を見てみると
 信じられないような高い金利で借りているものがあります。

 7〜8%のものがたくさんあります!

 こんなに高い利率は
 この低金利の時代には考えられません。

 そして、そんな借金の多くが
 借りている相手先は、政府/政府系金融機関なのです。

 ひどい話です...。

 当然ながら、市は

 「そんな高い利率のものは、
  もっと低い利率のものに借りかえたい」

 と考えますよね?

 住宅ローンだって、高い利率のものを低い利率のものに
 借りかえるのは常識ですよね。

 けれども政府というのはひどいもので

 「いや、借金を返さないでくれ」

 と、借りかえを許可しないのです。

 毎年、限度枠を設けて
 少しだけ借りかえを認めています。

 今回、昨日の教育経済常任委員会で話し合ったのは
 その借りかえについてなのです。

 利率7.4〜8.1%というすさまじく高い利率の借金を
 利率2.35%に借りかえをすることにします。

 これによって、そのまま高い利率で借りていた時よりも
 利息を2億9667万円減らすことができました。

 もちろん、教育経済常任委員会のメンバーは
 全員一致でこれに賛成しました。

 本会議でも当然ながら可決される見込みです。

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 しかし、こういう高い利率の借金は
 実はまだ多くあるのです。

 さっきも書きましたが
 政府が借金の借りかえを少ししか認めないのです。

 そこでフジノは教育経済常任委員会の場で

 (1)借りかえの許可が与えられた配分枠の中で
   横須賀市が少しでも多く
   借りかえができるように強い交渉を行なうこと

 (2)借りかえの配分枠そのものをもっと多くするように
   横須賀市は政府にあらゆる手段を使って訴えること


 (例えば、加盟している日本水道協会日本下水道協会を通じて
  政府へ積極的に徹底した要望活動を行なう、など)

 という提案をしました。

 上下水道局からの答弁も
 この提案にそった方向性でいく、というものでした。

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 財政を立て直すために
 やれることは全てやらなければいけません。

 だからと言って、救急車を有料化するようなことは
 正しい改革では絶対にありません。

 本当にいのちを守るために必要なことにこそ
 大切な税金を使う。

 どうかそんな当たり前のことを実現するために
 みなさんも協力をぜひお願いします。

 正しい情報をみずから手に入れる努力をして下さい。

 まず何よりも知ってほしいのは
 このまちの財政は全く良くないということです。



2006年9月21日(木)のフジノ
● 教育経済常任委員会でした

 今日は市議会で久しぶりに充実感を感じた1日でした。

 教育経済常任委員会での議論が
 フジノなりに満足いくものだったのです。

 途中、勉強不足からくる大失敗もありましたが、
 やじ(大声でのひとりごと)にもめげず
 質問しきることができました。

 市長から提案された議案・報告と陳情・請願への質問は
 後日、改めて書きます。

 委員会の最後に行なうことができる
 所管事項に関する質問
 (教育委員会・上下水道局・経済部に対して、
  自分自身のテーマに基づいて何でも質問ができる)として
 フジノが行なった質問は、次のとおりです。


 ・自殺予防総合対策の推進に向けて、
  従来どおりの方向性ではなく
  教育委員会に積極的かつ主体的に関わってほしい

 →過去3年半で最も前向きな答弁が教育委員会から得られました!

 ・同じく自殺予防総合対策の推進に向けて
  これまでも経済部は取り組みの実績はあるが
  さらに積極的に関わってほしい

 ・横須賀市としてきめ細かな雇用対策を実現していく為に
  市単独の失業に関するデータ把握(経年での数値や率など)と
  分析を行なっていくべきではないか

 ・来年4月の統合に向けて桜台中学校の第一教室の良さ
  統合後も生かされる確実な体制づくりについて
  不安が払拭されるようにさらに積極的に行なってほしい

 ・S区売却問題(*)のような同様の問題を起こさない為に
  学校施設の周辺の開発については
  事前に教育委員会が積極的に関わるように
  対策を取るべきではないか

 市の所有地をアミューズメント施設を経営する企業に
  売却することに対して湘南学院高校から
  教育環境の悪化につながるとの理由で売却反対の請願が出された

 ・美術館問題における覚書に基づく館内での商品販売は
  不当な『独占』になりかねないものである。
  市長が本会議で答弁したような
  覚書に基づいた販売は結果的に廉価で効率的である
  と本当に言い切れるのか、データに基づいた答弁であったのか

 ・美術館内で販売する商品が覚書を交わした相手に
  不当に利益をもたらさないように
  開館後は厳しくチェックしていくべきではないか



 これら所管事項への質問に
 かなり納得できる答弁が得られたと思います。

 また、今日の委員会では
 『市職員の良心』とも言うべき想いを感じることがありました。

 具体的な内容は
 関係者がみんな引退するまでは書けないのですが
 あえてひとつだけ言えることは、

 市職員の正義感と良心をフジノは強く信じている

 ということです。

 久々にこの想いを強く感じました。

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 県外視察の日程が決まりました。

 10月31日の朝8時にこのまちを出発して東京・世田谷を視察、
 11月1日には会津若松(遠いですね...)を視察、
 11月2日には福島市を視察して、夜に帰ってきます。

 11月2日は桜台中学校の最後の文化祭。

 横須賀に戻れるのが18時半くらいなので
 残念ながら文化祭には参加できなくなってしまいました(涙)。

 うーむ、残念...。


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