まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記


2007年4月7日(土)のフジノ
● 都知事選挙、最終日ついに応援に行きました!

 フジノはアサノさん(浅野史郎・元宮城県知事)のことを
 14年前(大学1年)からリスペクトし続けてきました。

 アサノさんの存在は、
 フジノが政治家という手段を選ぶきっかけになっただけでなく
 フジノの人生そのものにものすごく大きな影響を与えた方々の1人です。

 だから、アサノさんが東京都知事選挙に立候補を決めた時、
 「どんなことがあっても応援に行きたい!」と願いました。

 全国の福祉仲間たちが続々と東京へ向かいました。

 そんな中、フジノは意地で横須賀に残りました。

 予算議会が続いていたこともありますし、
 現役の市議会議員として
 このまちでやるべきことがありました。

 でも、いつもこころはアサノさんを応援してきました。
 東京に暮らす友達と話す時、必ずアサノさんについて語りました。

 横須賀勝手連を名乗って、
 ふだんの仕事の合間を縫っては
 東京の友達にアサノさんを推薦するメールを送り続けました。

 毎回、お誘いのメールが来ていました。
 浅野史郎事務所びらきの日、行きたかった。
 選挙初日の出陣式、行きたかった。

 毎日、行動スケジュールを把握していました。
 毎日の大江戸勝手連の活動、行きたかった。
 毎日の事務所前のあいさつ&マニフェスト配り、行きたかった。

 アサノさんがわずか数名しかいないスーパーの前で
 街頭演説しているのが放送された時、
 その後ろでブルーの旗を持っているのが何故おれじゃないんだ、と
 悔しくてたまりませんでした。
 アサノさんの為に働きたかった。

 僕ができることは何でもやりたかった。

 「アサノさんの為にがんばる」ということは
 「この国の福祉の為にがんばる」ことと、同じ意味だ。

 グループホームを制度化したのは
 厚生省時代のアサノ課長だ。

 最近のワイドショーでしかアサノさんを知らない人は
 いろんなことを評論家みたいにしたり顔でしゃべってる。

 でも、何も分かってなんかいない。
 どれだけアサノさんがこの国の福祉に大きな良い影響を与えたか。

 みんなが知らないだけで、
 実はアサノさんが作った制度に助けられてる。

 予算議会が終わった3月26日、
 このまちの福祉を守る為に
 フジノは再び市政の場で闘っていく決心をしてしまった。

 その直前25日に、能登半島地震が起こったので
 予算議会終了後はどうしても募金活動をやらずにいられなかった。

 募金活動を終えたら、今度は大学院の準備でてんやわんや。

 さらに、市政への再挑戦の為のいろいろな書類を作らないと
 自分自身の闘いに間に合わなくなってしまう。

 実際、今日も書類のノルマが全く終わっていない。
 (書類が多すぎるんだよ...)

 抑えきれない「応援しに行きたい気持ち」を
 いろいろな友達に相談するたびに

 「東京都知事選挙のことより
  神奈川県知事選挙と県議会議員選挙のことを教えてよ」

 「おまえ、自分のことが終わってないのに
  他人の応援とか言ってんじゃねえよ」

 「いま横須賀を離れたら、横須賀の人たちのこころが離れるよ」

 「毎日寝てなくて体調が悪いんだから、
  少しでも時間が取れるなら、まず体を休めなよ」

 と、言われた。つまり、行くな、ということだ。

 だから、ずうっと今日までガマンしてきました。

 でも、でも、今日は都知事選挙の最終日だ!

 16時過ぎまでとにかく事務仕事をやりまくったけど
 終わりのメドなんて尽きそうに無かった。

 いまアサノさんの応援に行かなければ
 おれは一生後悔する。

 師匠の闘いに行かないなんて
 おれにはありえない!

 もう、居ても立ってもいられなかった。
 夜20時をもって、街頭でマイクを使っての選挙活動は終わる。

 行かなければ!せめて最後の演説を大声で盛りあげに行くのだ。

 っていうか、おれは朝からブルーのネクタイしめていたのは
 例え誰に何と言われようとも絶対に
 アサノさんの応援に行くと決心していたからだ。

ブルーはアサノカラー。福祉仲間の連帯の色。

 とにかく書類が終わらなければ、帰ってきて徹夜すればいい。
 そう決めて事務所を飛び出て、京急快速特急に飛び乗りました。

 そして、18時半。ついに新宿東口へ到着!

 18時から『打ち上げ』が始まっていました。
 (最後の演説ではなくて、勝手連はみんなで『打ち上げ』と呼んでました)

 ものすごくたくさんの人々が、そして
 いろいろな人々が新宿を埋め尽くしていました。

 障がいのある方々がたくさんいらしゃってました。
 まるで障害者自立支援法の反対デモの時みたいに
 本当にたくさんの障がいのある方々が集まっていました。

 これがアサノさんのパワーなのだ。

 酸素ボンベを抱えながらじゃないと暮らせない人が
 アサノさんの声を聴きたい、アサノさんに会いたい、
 そう思って、足を運ぶ。これがアサノさんのパワーなのだ。

 こんな政治家いますか?こんな政治家が他にいますか?

 いろんな政党の人々が話し始めると
 それはそれで盛り上がりはするけれども、
 会場からは「アサノさんに話させろ!」の声がすぐにあがる(笑)。

 そして、アサノさん本人が話し始めると
 会場は一気にすごく盛り上がりました。



 他の勝手連の方々に

 「横須賀の勝手連のフジノです。旗とかのぼりとか持ちますか?」

 と尋ねると、

 「いいよ!遠くから来たんだから近くで応援してあげて!」

 と言ってもらえて、フジノは最前列に行かせてもらえました。

 「アサノさん!」

 もうガンガン叫びましたよ〜。のど潰れた〜。

演説する浅野さん

 アサノさんの演説はすごい。

 聴きながら涙がボロボロ出てしかたがなかった。
 気持ちが14年前に初めてアサノさんの存在を知った時に戻ったよ。

 やっぱり僕の原点は、16年前からスタートした精神保健福祉だ。
 このままでは、この国に生まれた障がいのある人は救われないと感じた。
 あの日のあの時の気持ちが鮮明によみがえってきた。

 僕が出口が見つからなくて苦しんでいた時に出会った、いくつかの光。
 例えば、精神障がいと闘う仲間がいることを教えてくれた全家連との出会い。
 例えば、慶応大学の佐藤教授による行動分析学との出会い。
 例えば、UCLAのリバーマン教授によるSSTとの出会い。
 そして、行政・政治の世界で福祉と闘うことを教えてくれたアサノ知事。

 16年前からの苦しい日々、いろいろな気持ち、
 必死に闘ってきたこと、でも失ってしまったたくさんのもの、
 それでもまた立ち上がって闘ってきたこと、いろいろなことを思い出しました。

 政治をあきらめない。

 誰もが自分らしく生きられる社会をつくる。

 僕の中の純粋な部分が
 改めてどんどんクリアになっていくのを感じました。

 すっごく感動的なのに、アサノさんはいつもユーモアたっぷりで
 いつも時間にきっかりで、まわりの人のことをいつも気を遣っている。

 「あと3分でマイクも使えなくなりますが...」

 とアサノさんが話した瞬間、
 電光掲示板で正確な時間を見ていたフジノが
 「2分です」とピースサインすると

 「あら、2分でしたね。ありがとう」

 って、最後の最後までまわりのことが見えてました。

 20時の演説が終わっても
 集まったみなさんはなかなか解散しないで

 「アサノ!アサノ!」というアサノコールと
 ブルーの旗やハンカチが新宿東口いっぱいに揺れていました。

 感動した。本当に来て良かった。

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 20時15分くらいまで東口にいて、
 何とか人ごみをかきわけて事務所へと移動です。



 事務所はこちら。ちっちゃいでしょう?
 これがアサノ流なんですよね。

浅野史郎事務所

 20人も入ったらギュウギュウになっちゃう事務所。

 またもここで他の勝手連の方々が

 「ほら、中に入って入って!」

 と、フジノをどんどん前に進めてくれました。



 たくさんのマスコミが来ていました。

 アサノさんは、スタッフのみなさん・勝手連のみなさんに
 ねぎらいの言葉をかけて、あいさつを終えました。

事務所で話す浅野さん

 外は雨が少しずつ強くなっていきましたが、
 アサノさんは12時を迎える瞬間まで
 新宿の方々と握手をしてまわるとのことでした。
 (マイクを使わなければ選挙活動は0時までOKなのです)

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 今夜は行って、本当に良かった。

 選挙の勝ち負けは明日決まる。
 でも、僕たちはもう勝ったんだ。

 選挙の勝ち負けとは違う次元の闘いがある。
 僕たちはもう勝っているのだ。

 明日、どんな結果が起こっても
 僕は絶対にぶれることは無い。

 やっと僕のハートに火がついた。

 もう絶対にぶれない。

 周りの方々からお願いされてお願いされて
 切なくて逃げられなくて26日になってしまい
 追い込まれた末に無理やりした決断。

 でも、僕は今日、本気で自分自身が決断した。

 この国の福祉を守る。

 その為に闘う。
 そして絶対に勝つ。



2007年4月5日(水)のフジノ
● 「のぼり旗」を4年前からフジノが絶対に変えない理由

 今年は選挙がたくさんあるということで
 ふだんは『街頭演説』とか『駅立ち』なんか絶対しない人々まで
 いろいろなところに立っていますね。おつかれさまです。

 ところで今年は、
 キャッチフレーズが書かれた『のぼり』が大流行です。

 選挙管理委員会から通達が出されて
 選挙前の期間は『名前』が入っているのは事前運動にあたるから、と
 特に厳しくチェックされることになったみたいです。

 だから、『福祉を優先します』とか『チラシ配布中』とか
 いろいろなキャッチフレーズが書かれた『のぼり』を作ったのでしょうね。

 けっこう豪華な『のぼり』も多いですね。
 きれいに印刷されていて、ロゴとかまであったりして。
 業者に頼めば、1本5000円〜1万円くらいで作ってくれるそうです。

 でも、フジノ自身のは手作りです。

 横須賀中央の柳屋さんで布を買って、
 文房具のかわしまでポスターカラーを買って、
 自分で縫って、作りました。

 だから、他の方々が『手作りのぼり』を使っていると
 個人的にすごく好感を持ってしまいます。

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 この4年の間に、新しい『のぼり』に変えた人もいるけど、
 フジノはずうっと全く同じものを使っています。

 これから先もフジノは、これを必ず絶対に使い続けます。



 この『のぼり』は、
 ものすごく苦労して作った『手作り』だということに加えて
 とても大切な想いがこめられています。

 4年前に立候補を決めた時に
 のぼりをどうやって作ればいいのか、必死に悩んでいました。

 のぼりを立てる竿(棒?)を売っている場所をやっと発見して
 おじいさんがやっている上町のトロフィー屋さん
 (最近ついにお店を閉じてしまいましたね...)に買いに行きました。

 それから、竿のサイズをはかって、
 布を柳屋に買いに行きました。

 色はもちろんブルーに決めていました。

 この理由は、4年間も経ったつい先日初めて書いたのですが
 フジノがこころから尊敬するアサノ知事のカラーがブルーだからです。
 福祉を大切にする、福祉を守る、
 そんな人々の想いがこめられた色がブルーです。

 さて、糸と針で何とか縫い合わせて、
 竿にもつけられるようにしました。

 そこで、また困難にぶつかりました。

 文字をどうやって書こうか...。

 フジノは習字を習っていたのですが
 これだけ大きな布に書いたことは1度もありません。

 そんな時、僕の活動を応援してくれていた先輩が
 先輩のお母さんを紹介してくれたのです。

 実は、このお母さんは有名な文字のプロ(書家)だったのです。

 みなさんが知っている全国チェーンのお店(例えば飲み屋とか)などの
 ほとんどの看板の文字は、この方が書いたものなのですね。

 そんな素晴らしい方に書いてもらえたら
 なんかとっても良い仕上がりになりそう、と気軽に考えていました。

 そして、ポスターカラーと布をお渡しして
 しばらくして、完成したものを受け取りました。

 先輩に感謝の言葉を伝えて、
 でも、ちょびっと違和感を覚えていました。

 有名な彼女の作品はいろいろHPで見られますから
 他の作品はものすごく達筆で素晴らしいものばかりです。

 それなのに、言っては悪いのですが
 なんか僕の『のぼり』はフツーでした。

 「ヘタ」とは言わないけど、
 「ほんとにその方が書いたの?」という感じでした。

 そこで、何の気なしに
 先輩に本音をぽろっと言ってしまいました。

 「もっと上手かと思ってたんですけどね〜」

 そんな僕のこころない言葉に先輩の表情がややこわばって、
 それから、静かに先輩が話し始めました。


● この文字の訳

 「実は、おふくろは乳ガンでさ。ずうっと入院してたんだよ。
  右側の胸を、取ったんだよ。利き腕の側。

  リハビリして、腕を動かすのができるようになったばかりで
  筆を持つのもやっとだったんだ。

  だけど、フジノくんのことをすごく応援しているから
  これだけはどうしても自分が書く、ってさ。

  だから、ちょっと文字がヘタクソなのは
  勘弁してやってくれ。

  本人もプロとして
  出来栄えに納得はいってないらしいけどさ...」

 その言葉を聞いて、すごくショックでした。

 僕も親しい人が乳ガンで乳房を切除しなくてはならなくて、
 しかも一部ではなくて、全て切除だったから、
 その後のリハビリがものすごくきつい
 というのを聞いていました。

 腕を動かす、というのも
 筋肉そのものをだいぶ取ってしまうらしいので
 かなり大変な動作のはずでした。

 退院してまだほんのわずかの先輩のお母さんが
 あえて『のぼり』を書いてくれた。

 書いている時も、とてもきつかったに違いない。

 それを、おれは「プロなのにヘタクソ」とか軽い気持ちで...。

 『福祉のまち、よこすか』をめざすという
 フジノの想いに共感してくれた。
 そして、体調不良にも関わらず、
 必死にその共感を行動で示してくれた。

 その行動、その想いは、僕は絶対に忘れてはならない。

 感謝するとかそんなカンタンな気持ちだけではなくて
 ピンクリボンをするのと同じ想いをもって
 僕はこの『のぼり』を永遠に背負っていくのだ。

 その時から、僕はこの布が引きちぎれる最後の瞬間まで
 絶対に他のものは使わないと決めました。

 だからこの4年間ずうっと
 この『のぼり』だけを大切に使ってきました。

 そして、こんな大切なエピソードが
 『のぼり』だけじゃなくてメガフォンをはじめとする
 あらゆる物にあるのですね。

 だから、まっすぐに歩いてこれたのだと思います。

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 フジノという、ただの32才の若造に
 想いを託してくれているたくさんの方々がいます。

 こんな方々が政治家フジノを生み出したのです。

 その想いや、魂みたいなものを、
 僕は絶対に裏切りません。

 何年経ってもこの想いは変わりません。

 街頭演説でいつもフジノが1人きりで立っているのを見て

 「あなたは仲間を作ったりすればいいのに」とか
 「手伝ってくれる人はいないの」とか

 話しかけてくれる人がいます。

 でも、いつも僕の両肩には
 たくさんの人々がついているんですよ。

 孤独を感じる時は確かにあります。

 でも、いつだって僕の後ろには
 投票してくれた5000人の方々だけでなく
 いろいろな人々の想いが僕を支えてくれているのです。

 だから、僕は1人きりじゃない。
 いつも、僕は1人きりじゃない。

 これからもずっと変わらない。



2007年4月4日(火)のフジノ
● カフェトーク(第71回)でした

 誰でも参加自由、申し込みは一切なし、
 「毎回、誰が来るか何が起こるか分からない場」であるカフェトーク
 ついに70回を超えました。すごいですねぇ〜。

 ここ数回は、選挙が近いせいなのか、
 他の立候補予定者を応援している陣営の方々が
 毎回、来ていました。

 ...『偵察』なのでしょうか(笑)

 カフェトークは「来る者は拒まず」ですから
 そんな方々もフツーに参加してもらっています。

 そして、毎回カフェトークは偵察の方々の思惑とはカンケーなく、
 いつもどおり穏やかにのんびりと参加者のみんなで楽しく進んでいく
 『選挙ネタ=ゼロ』の場なのでした。

 (そして、他陣営の方々もたいてい楽しんで帰っていきます...)

 今回は、久しぶりに小学6年生が参加してくれました。

 春休み期間なのですね。
 学生が参加してくれるのは大歓迎です。

 飛行機のプラモデルを作るのが好きだという彼の話に
 他の男性のメンバーも熱烈に食いついていました。

 男性はいくつになってもプラモ大好きなんですよね〜。
 僕もKショップとナガノでよくプラモ買ったよ!
 今ではこの2店舗とも無いんですよね(涙)。

 それはともかく、従来の政治家は
 選挙権の無い10代の声を聴かない人が多いです。

 だから、従来の政治家がキライなフジノは
 徹底的に10代の声を聴きまくりたいといつも思ってきました。

 ここ最近は、募金活動をはじめ
 いろいろな機会で10代の生の声をたくさん聴かせてもらえて
 学校についてやふだんの暮らしの中で感じていることを
 じっくりと語り合うことができました。

 今後は必ず土日にもカフェトークを行なうようにしますので
 そしたらもっとふだんから10代の方々にも参加してもらいたいなあ。

 ぜひどうぞ。誰でもウェルカムです。
 他陣営の方々もいつでも遊びに来てください(笑)。


● KIHATIFU、という新しい挑戦/新しい風が吹いてきた

 さて、今日のカフェトークの参加者の方々の中で
 最もフジノのこころを強くうったのが、

 横浜から来てくれた26才のAくんです。



 彼は、統合失調症にかかっていることを
 全く世間に隠さずに、新しい活動に挑戦しています。

 ぜひ、彼のHPを見てあげて下さい。

 『KIHATIFU』というHPの名前の由来は、
 彼のブログを読んでいただくと分かると思います。

 彼は、統合失調症をはじめとする精神疾患への
 世間の偏見をぶっ壊す為に、世間と勝負しようとしています。

 たった1度きり会っただけですが、
 フジノは彼のことをこころから応援したいと思います。

 新しい風が、それもとても心地よい風が吹いてきたのを感じます。

 応援してるぜ、Aくん!

 この国から差別・偏見・スティグマを全て
 ぶっ壊してやろうぜ!

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 どうかフジノHPをご覧のみなさま、
 Aくんのこれからの活動を応援してあげてください。
 よろしくお願いします。



2007年4月2日(月)のフジノ
● 大学院の入学式でした

 フジノは今日から大学院生になりました。

 もちろん社会福祉学専攻です。

 社会福祉学の中でも、
 まだ日本ではわずか3つの大学でしか学べない
 『福祉政策』を専攻します。

 これまで、あらゆる立場で
 福祉の現場には16年間にわたって関わってきました。

 現場だけではもう福祉を変えられない、と感じて
 政治の世界に飛び込みました。

 市議会議員としていくつもの福祉政策を実現してきました。

 けれども、現在のようなすさまじい財政危機の中で
 全世界的に『新しい福祉への転換』が始まっています。

 最も新しい福祉の流れをとりこんで
 横須賀市の政治を変えていく為に、

 そして、フジノの人生をかけたテーマである
 自殺予防対策をさらにすすめる為に、

 フジノは大学院で福祉政策を専攻することになりました。
 (これまでの経緯はこちらです)

 今年の大学院修士1年生では
 『福祉政策』コースを選択したのはフジノ1人とのこと。

 気合入りまくりです。

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 朝9時から体育館で新入生に
 学生証や履修表など必要書類が配られました。



 そして、10時から入学式です。



 昨夜も、というか、入学式の朝まで
 ほとんど仕事をしていたので

 晴れやかな一生に一度の舞台だったのに
 うつらうつらとしてしまいました。





● さらなる決意、福祉の専門家としてもっと成長します

 いろいろな方から

 「政治家をしながら大学院に通うことができるの?」

 と尋ねられましたが、全く問題なしです。

 何故なら、政治家としてレベルアップする為に
 大学院で研究をするのですから。

 政治家としての仕事をおろそかにすることはありえません。

 すでに面接試験の時にも「市議会を最優先します」と伝えた上で
 入試に合格をしていますので、大学院よりも政治家を優先します。

 また、大学院へ通うスケジュールとしては
 1年生の春学期は週3日、秋学期は週2日だけ、
 2年生の春学期は週2日、秋学期は学校には行かず論文を書くだけです。

 しかも、1日2コマ(3時間)だけなので
 大学院に通う日も、
 ふだんどおりにフジノは政治家としてしっかり働きます。

 授業もほとんどが夕方から夜にかけてなので
 政治家としての仕事には
 さしつかえません。

 大学院というのは、授業を受ける場所ではありません。
 自分の現場(フジノの場合、福祉政策をメインに訴える政治家として)である
 横須賀がフィールドになります。

 日々のフジノの仕事そのものがイコール研究活動です。

 だから、これからむしろさらにパワーアップした福祉政策を
 横須賀市に提案していくことができるはずです。



 4月は僕の誕生日があって
 桜を見るたびに1年の始まりを感じます。

 四ツ谷の桜並木を歩きながら
 やがてくる障害者自立支援法と介護保険の統合をはじめ、
 さまざまな日本の社会福祉の問題と徹底的に向き合っていく決意を
 さらに強くしました。

 これまでもフジノは『心理・福祉のプロ』でした。

 大学では臨床心理学を専攻しましたし、
 メンタルクリニックの現場でも4年間ボランティアをしてきました。

 『福祉の東大』と呼ばれる『日本社会事業大学』で学びましたし、
 精神保健福祉士という国家資格も持っています。

 けれども、超一流の先生方のもとで
 さらに強い力をつけて、横須賀の福祉を守っていきます。



2007年4月1日(日)のフジノ
● フジノの演説がこのHPから聴けます

 とてもありがたいことなのですが、
 予算議会の最終日に
 フジノが行なった反対討論(予算案に反対の演説)の評判が良くて

 「直接に聴きたかった」

 というメールを何通もいただきました。
 ありがとうございます。

 そこで、映像はムリなのですが
 音声だけ、このHPから聴けるようにしました。

 ここをクリックしてみてください。

 フジノの演説はあまりに早口なので
 (制限時間があるので早口にしないと伝えきれないのです)
 演説原稿の全文もぜひ一緒にご覧下さい。

 演説原稿はこちらです。


● 「フジノが聴きまくる!」キャラバン隊がスタートしました

 市議会議員の仕事は、
 市民の方々の声にならない声に耳を傾けて
 それを市議会の場(本会議・委員会)で政策として提言していくことです。

 その基本が、あまりにも忙しすぎて
 なかなかこの3ヶ月間はできませんでした。

 今年はいつもの年と違って臨時議会もあったので
 1月から予算議会が終わる3月26日まであまりにも忙しくて
 市民のみなさまの声を
 『対面』で聴けるチャンスが少なかったのですね。

 毎回、カフェトークでは『対面』でたくさんのお話をうかがっているのですが
 それでも週1回2〜4時間半ぐらいだけですから、短いですよね。

 ものすごくたくさんの相談のメールと留守電をいただくので
 それらにお返事をしつつ、議会に全力を注いできました。

 つまり、『対面』でのお話を聴く時間が作れなかったのです。

 「そんな状況はフジノらしくない!」

 と、高校時代からの友達に怒られてしまいました。

 そこで、予算議会も募金活動も終わりましたし、
 今日はその友達のクルマに乗せてもらって

 このまちを徹底的にまわって
 あらかじめご連絡をいただいていた市民の方々のお話を
 徹底的に直接に聴いてまわっていくことになりました。

 なづけて「フジノが聴きまくる!」キャラバン隊です。

 これは、本当にすさまじく厳しかった(汗)。

 でも、やっといつものフジノらしく走りまくることができました。

 また必ずやりますね。

フジノが聴く!キャラバン隊@武山


 でも、考えてみたらもう予算議会も終わったし、
 ふだんどおりに戻ったのだから
 フジノがバイクに乗って走り回ればいいだけじゃないかな...?

 まあ、いいや(笑)

 友達、サンクス。


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