まちの政治家は、こんなことしてます


2009年7月8日(水)のフジノその4
● 新しい市長の初登庁をみんなで迎えましょう!

 さて、ついにあさって10日(金)が
 雄人(吉田雄人・新市長)の市役所への初登庁日となりました!

 チーム雄人のみなさまも日常生活へ戻っていき、
 僕たち勝手連もそれぞれの仕事へと戻っていく中で、

 実は、「これをやろう!」「誰かが花束を渡そう!」なんてことは
 特に全く決めておりません。

 僕たちは勝手連でしたから、
 初登庁日についても全く打ち合わせなしで
 その場のノリで何とかなるのではないか...と考えています。

 (ごめんなさい、忙しくて何も企画できませんでした)

 正式な決定事項だけをご報告いたしますので
 あとは当日の自然の流れに任せてしまいましょう!


 <みなさまへ>

 たくさんの市民のみなさまで
 新しい市長が第一歩を踏み出すのを見届けましょう!

 当日は、朝8時15分頃には
 市役所の南口(警察署側の入り口)にお集まり下さい!


 雄人は、8時20分頃に
 市役所の南口から初登庁をします。


 市役所には2つの入り口がありますが
 警察署の前から横断歩道を渡っていく南口にお集まり下さい。

 駐車場のある北口玄関ではございませんので
 ご注意をお願いします!



 花束を渡したい方はどうぞご自由にお持ち下さい。

 勝手連として何かを行なう、チーム雄人として何かを行なう、という
 決め事は一切ありません。特に司会や進行役もおりません。


 (特にマスコミのみなさま、どうか、ご注意を!)

 7月3日付けで出された総務部秘書課のプレスリリースでは
 市役所北口(駐車場側)玄関に8時30分と記されていますが

 雄人は『南口』から入ります。



 これは雄人に何十回も確認しましたが、絶対に『南口』から入ります。
 警察署側の入り口から市役所に入りますので
 どうかご注意ください。

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 その後、8時30分に南口から市役所の中に入って
 1階にある『市民ホール』にて
 吉田新市長のあいさつが行なわれます。


 ここまで、市民のみなさまは立ち会うことができます。
 ぜひたくさんのみなさまのご参加をお待ちしております!


 ちなみに、雄人は9時から市役所の正庁にて、
 新市長就任式を行ないます。
 これには市の幹部職員(&マスメディアの方々)が立ち会います。

 さらに、就任式終了後にはマイクを通じて
 全館放送をつうじて

 一般の市職員のみなさまに向けて
 吉田新市長のあいさつが行なわれます。


 もちろん、全館放送ですので市民のみなさまも
 市役所の中に居れば、お聴きすることは自由にできます。

 当日、フジノはここまでは立ち会おうと考えています。

 それでは10日(金)に
 みなさま、お会いしましょうね!



2009年7月8日(水)のフジノその3
● 市長選挙後、初のカフェトーク(第178回)でした

 今夜はカフェトークでした。



 横須賀市外の方を含めて、
 今回もたくさんの方々に参加していただきました。

 今回のカフェトークでは
 市長選挙が終わって最初のカフェトークということで

 「今日は『選挙』という単語を使った方には
  即、退場していただきます」

 と最初にアナウンスしてから、カフェトークを始めました。

 何故ならカフェトークは、
 『政治の場』では無いからです。

 今回もあらかじめ、嫌がらせを予告するメールが届いていて
 最後までフジノはぴりぴりしながら司会をつとめていました。

 でも、いつもどおりの、のんびりした雰囲気の
 楽しいカフェトークにすることができました。

 参加者のみなさま、ありがとうございました。


● カフェトークは『政治の場』ではありません

 先日、偶然にお会いした
 民主党の衆院選立候補予定者の方(横くめくんではありません)から

 「選挙が終わったら、カフェトークにお邪魔させてください」

 と言われて、初対面の方だったので
 とても驚きました。

 県外からのカフェトーク参加者も増えてきて
 今ではすっかり全国的に知られるようになってしまった
 カフェトークなのですけれども

 1つ、とても残念なことがあります。

 いつも選挙の前後になると、
 カフェトークを妨害する人々が現れるのです。

 今回の市長選挙に際しても、
 2人の方に本当に嫌な想いをさせられました。

 選挙の1ヶ月くらい前から何食わぬ顔をして参加して
 (誰でも参加自由ですし、名前を名乗る必要も一切ありません)

 たびたび参加して
 一応はフジノと顔見知りになっておいて

 その後は、選挙の直前・選挙中と
 あの三笠通りに設置された吉田雄人事務所に

 「フジノさんのしりあいです」と名乗って
 何度も何度も現れては、

 いろいろなことに難癖をつけていったり
 何時間も居座ってはたくさんの作業のジャマをしていったのです。

 そしてもちろん今は、カフェトークには来ません。
 最初から、もともと選挙のジャマをするのが目的で参加しただけだからです。

 4年前の市長選挙の時にも本当に不快な想いをさせられましたが
 カフェトークは『政治的な場』では無いのです!

 勝手に選挙とからめて、この大切な場を壊さないで下さい。

 かれこれ4年間以上、178回にわたって開催してきましたが
 知らない人同士が交流できる安心な場であって、
 あくまでも政治色はありません。

 障がいのある人をはじめ、様々な困難を抱えた方々や
 外資系ビジネスマンや金融の最前線で働く人や
 NGOで活動する人、大学生、現役マンガ家の方など

 本当に様々な方々が自由に安心して参加できるのが
 カフェトークの良いところなのです。

 カフェトークで政治的なことが話題になることはまずありません。

 また、かねてから書いてきたとおりで
 陳情やら市政への意見はこの場では受け付けていません。

 もともとフジノは携帯電話番号もFAXも
 メールアドレスも全て公開していますし
 そちらへ送って下されば対応させていただいています。

 これからも、RRROOMのおいしい紅茶を飲みながら
 初めて参加する方も常連さんも誰もが平和で穏やかな時間を過ごせる
 カフェトークが開催できますように...。



2009年7月8日(水)のフジノその2
● 父のお見舞いへ(その2)/在るべきQOLとは何か

 本当にクオリティの高いケアで
 4年半にわたってものすごくお世話になった熱川温泉病院でしたが
 唯一の短所は、とにかく横須賀から遠いことでした。

 電車だけでも片道3時間半以上かかるし、
 実家からバスで駅まで出る時間を入れれば往復8時間以上もかかるので

 近頃めっきり体が弱ってしまった母や
 電車に乗るとパニック発作を起こしてしまう僕にとって
 お見舞いは、行くだけで『苦行』でした。

 そこで、熱川温泉病院の素晴らしいケアをあえて諦めて
 半年以上かけて受け入れ先を探して
 ようやく現在の入院先に転院がかないました。

 今では実家から1時間ちょっとで
 病院までお見舞いに行かれるようになりました。

 父や家族にとってのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を考えた時、
 より良いケアをあえて捨ててでも、
 お見舞いの回数を増やせることを僕は選びました。

 この転院が本当に父にとって良かったのか、
 本当に母にとって良かったのか、それは今の段階では分かりません。

 でも、お見舞いの回数がなんとか月1回は確保できるようになって
 植物状態で意思表示は全くできないと言われている父の
 ささやかな表情の変化に気づくようになりました。

 家族にしか分からないささやかな変化の為に
 それは思い込みだと言われるかもしれないのですが

 僕たちが父に話しかける内容によって
 父の表情にどこかしら変化があるように感じるのです。

 毎回お見舞いに行くたびに、僕は1時間くらいずうっと
 父にひたすら話しかけているのですが

 今日の日付が何月何日であるか、から始まって
 この1ヶ月間の僕自身の近況報告や家族の状況などや
 世間を騒がせたニュースやら社会の動きなどを
 徹底的に話しかけます。

 こうした会話の中で、けいれんやしゃっくりとも明らかに違う
 話題に応じた何らかの変化を父は起こすのです。

 例えば今回のお見舞いの場合、

 「僕は大学院を退学したよ」

 と父に話した時、父は本当に悲しそうな表情になりました。



 また、毎回そうなのですが

 「父さん、今日はこれで帰るよ。また来るね」

 と告げた瞬間に、父の目からは光は消えていき、
 とても悲しい表情に変化したように僕たちには映るのです。

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 これが医学的・科学的に見て
 実際に起こっている反応なのかどうかは分かりません。

 けれども、いずれにせよ、本当に大切なことは
 「このように家族のみんなが感じている」という事実です。

 遠くの病院に入院していた頃には
 こういう変化を家族が感じたことは極めて少なかったです。

 けれども、お見舞いの回数が増えてからは
 明らかにこうした心理的な変化が家族みんなに起こっているのです。

 同じような変化が父の内面に起こっているならば
 そんな素晴らしいことは無いと願っていますが

 ともかく、父の入院に関しての家族のQOLは
 現時点では明らかに意味のある良い変化を起こせたと考えています。

 やがて遠くない時期に、父の人生が終わった時にも
 できれば家族みんなの顔に悲しみの涙がこぼれるだけではなくて
 父への愛情が深く感じられたらいいなと願っています。



 そんなことをいつも考えながら、
 僕は生きています。



2009年7月8日(水)のフジノその1
● 重症心身障がいのある方々を想う気持ちは、父への想いと同じです

 この数日間、市民の方からのご相談を受けて
 重症心身障がいのある方について必死で勉強しまくっています。

 今日は、『はぐくみかん』の中にある療育相談センターで
 実際に働いている方からも詳しく意見を聞かせていただきました。

 これまでも市立養護学校などをはじめとして
 あらゆる場で重症心身障がいのある方々と接してきましたが

 改めてこれまで以上に勉強しまくっている理由は
 重症心身障がいのある方々と接すると
 僕自身の父のことを想い起こさせらるからなのだと思います。

 重症心身障がいのある方々の多くが
 僕の父と同じように

 のどに穴をあけて痰の吸引をしやすくしていたり
 (=気管切開)、

 お腹に穴をあけて胃に直接に栄養を流し込むようにしていたり
 (=経管栄養)

 という状態で、生活をしています。

 僕の父は植物状態なので、意思表示はできません。

 政治家としても個人としても
 フジノがいつもいつも考えているのは、

 QOL(=クオリティ・オブ・ライフ)を高めていく為に
 どういう人生を送れるように政治・行政はサポートをすべきなのか


 ということです。

 自らの意思を他人にハッキリと伝えることが難しい方も多い中で
 その人にとって何が本当に良いことであるのかをいつも考えています。

 どのように生きていくのが
 どのように死んでいくのが

 本人にとって、
 ご家族にとって、

 本当に意味があるQOL(人生のクオリティ)となるのかを
 しっかりと考え続けていかなければならないと、いつも考えています。


● 父のお見舞いへ

 今日は、午後から父のお見舞いへ行きました。

 本来ならば市長選挙が終わった翌日に行きたかったのですが、
 今日までずっと忙しくて全く時間をとることができず、
 遅くなってしまいました。

 父の病院は、江ノ島の見える海のそばにあります。



 最近すっかり体調を崩してなかなか外出できない母をつれて
 一緒にお見舞いへと向かいました。

 父の余命はあと1年と言われてから、
 もう数ヶ月が経ってしまいました。

 あと何回、僕は父に会えるのだろうか。

 毎日、僕はこの現実を考えずにはいられません。
 きっと余命を宣告された方のご家族は誰もが同じ気持ちだと思います。



 この数ヶ月間は市長選挙にかかりきりだった中で
 どんな嫌がらせやネガティブキャンペーンよりも本気でイヤだったのは
 当選報告会の大騒ぎの中での出来事でした。

 僕のことなんか全く何も知らないくせに
 親しいふりをして近づいてきて

 父のことも何も知らないくせに
 みんなの前で堂々と
 僕の父のことを知ったかぶって
 ベラベラと僕に向かって話し続けた中年男性がいたことです。

 「そういえば、フジノくんのお父さんは元気にしてるかい?
  前はよくお父さんと話したりしたけど
  今日は当選報告会には来てないの?」

 僕は怒りで凍りつきそうな目でそのおっさんをにらみつけましたが
 まわりに居た『チーム雄人』のスタッフが止めにかかりました。

 そもそもおれはあんたのことなんか名前も顔も知らないし、
 そもそもあんたはおれのおやじに会ったことなんか無えだろうがよ!
 ああ、このくそったれ野郎が!

 選挙に当選するたびにいつも
 会ったことも見たことも無い人々が突然に現れて
 元クラスメートだとか同じ学校の先輩だとか親しさをアピールするけれど

 「有名人になると親戚が増える」という言葉があるように
 ほとんどの人々については、
 かわいそうな人々なのだと許してあげてきました。

 けれども、この中年男性だけは本当に許せない気持ちでした。

 フジノと本当に親しい人々は誰もがみんな、
 僕の父親の現状を知っているし、心配してくれています。

 人はみんな弱いものですから(僕だって弱いダメな人間です)
 たいていの人々のことは僕はお互いにゆるしあいたいと願っていますが
 この男性のような人間だけは
 こころの底から軽蔑します。虚しい。


(つづく)


2009年7月7日(火)のフジノその2
● 専門学校での講義の依頼をいただきました

 いきつけの『骨董カフェさの屋』で遅めの昼食をとった後、
 中央公園を通って、事務所へ向かいました。

 美しいアジサイがたくさん咲いていました。



 それにしても人生とは不思議なものだな、と
 アジサイを見ながら考えていました。

 何年越しもの夢だった大学院を
 学費を払えないという理由から自ら退学を決めたその日

 全く知らない方からお電話をいただき
 その方の大学で講義をしてほしいと依頼をされたり

 さらに今日は、専門学校で先生をしている方からも
 講義の1コマでフジノさんに話をしてほしい、との依頼を受けました。

 (『悲嘆と地域福祉』というものすごく難しいテーマだったのですが
  自分を高める為にも挑戦させて下さいとお願いをして
  依頼を受けさせてもらうことにしました)

 捨てる神あれば拾う神あり、というのは
 こんなことを言うのではないだろうかと感じたりしました。



 古くからの友達で僕と長くつきあっている方ほど
 どれほど僕が上智大学大学院で研究をしたかったかを知っているから

 僕が今、どんなに複雑な気持ちで
 これを書いているか、分かってくれるでしょう?

 そもそも小学生の頃からの夢だったのが映画監督になることで、
 大学を卒業してせっかく第1志望の会社に就職したのに

 わざわざ他人から嫌われるばかりの
 政治家なんかに転職してしまった。

 さらに、本当に長い間、思い続けていた大学院に
 長い準備期間の末に合格したのに、退学せざるをえなくなってしまった。

 それなのに「学問への想いを捨てるな」と言わんばかりに
 大学や専門学校から僕に講義をしてほしいと依頼が来るなんてさ。

 夢を見て、夢をつかんで、夢を自ら捨てたのに、
 だけどその夢をあきらめるなと神さまに言われているみたいだ。

 やれやれ。

 人生はよく分からない。



2009年7月7日(火)のフジノその1
● あまりにもめざしているゴールが違いすぎる/でも笑顔で前に進もう

 僕たちが目指しているゴールは
 このまちを希望のあるまちへと生まれ変わらせることだ。

 それを「市長が交代したら終わり」みたいに
 受け止めている人々の存在が意外に多くて

 実は、かなり僕はがっくりとしてしまっている。

 はっきり言って、派閥がどうとか
 そんな過去の遺物の話はあまりにもどうでもいい話で
 もはや、あえて言葉にして触れることさえ、時間のムダだと感じている。

 僕たちにとって、市長選挙なんて、ただの通過点に過ぎないのです。
 僕たちはこのまちのもっと未来のことを真剣に考えています。

 つまり、このまちが新しい横須賀へ生まれ変わることを
 僕たちは本気で目指しています。

 それなのに、

 あまりにも目指しているゴールが違いすぎる。

 でも、その『現実』を僕たちは
 改めて生の『現実』として受け止めていこう。

 決して1人の市民の方さえ見捨てることなく

 もちろん、数日前の活動日記に書いたとおりで、
 あらゆる立場を超えた全ての市民の方を1人たりとも見捨てることなく

 ただひたすら、前へと進んでいこう。

 石ころにつまずいたとしても
 笑い飛ばして前へと進んでいこう。

 僕たちは前進を止めたら絶対にいけない。
 ただひたすら、前へ前へと歩き続けよう。

 それが僕たちの信念だ。
 僕たちはどんなことがあっても信念を曲げない。

 だから、一緒に歩き続けよう。
 僕たちと一緒に歩き続けよう!


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