まちの政治家は、こんなことしてます


2009年3月24日(火)のフジノその1
● 明日、予算議会の最終日です!

 1ヶ月にわたって行なわれてきた予算議会も
 ついに明日で終わります。

 明日の本会議では、蒲谷市長から提案された
 来年度予算案をはじめとする関連の34議案について
 採決(多数決)が行なわれます。

 フジノがあらかじめ議会事務局に伝えた
 34議案への『賛成』か『反対』か、は次のとおりです。

 タイトルばかりでは何が何だか分かりづらいのですが
 反対するそれぞれの議案について、

 その理由(フジノの想い)は
 このHPを通じてきちんとご説明してまいりました。

 本当ならばそれ以外の賛成する議案についても

 「この議案が成立すると、あなたの生活がこう変わります」

 と分かりやすくご説明したいのですが、
 時間のつごうで省略します。ごめんなさい。

番号 議案 フジノ
21 一般会計の来年度予算(教育経済常任委員会への付託部分) 反対
一般会計の来年度予算(総務常任委員会への付託部分) 反対
一般会計の来年度予算(建設常任委員会への付託部分) 反対
一般会計の来年度予算(民生常任委員会への付託部分) 反対
22 国民健康保険費の来年度予算 反対
23 公園墓地事業費の来年度予算 反対
24 老人保健医療費の来年度予算 賛成
25 介護保険費の来年度予算 賛成
26 母子寡婦福祉資金貸付事業の来年度予算 賛成
27 公債管理費の来年度予算 賛成
28 後期高齢者医療の来年度予算 反対
29 水道事業会計の来年度予算 賛成
30 下水道事業会計の来年度予算 賛成
31 病院事業会計の来年度予算 反対
32 『個人情報保護条例』の改正 賛成
33 『職員定数条例』の改正 賛成
34 『職員の勤務時間、休暇等に関する条例』の改正 賛成
35 『職員団体のための職員の行為の制限の特例に関する条例』の改正 賛成
36 『文化会館条例』の改正 賛成
37 『議会議員及び長の選挙における選挙運動の公費負担に関する条例』の改正 賛成
38 『手数料条例』の改正(民生常任委員会への付託部分) 賛成
『手数料条例』の改正(建設常任委員会への付託部分) 賛成
39 『福祉施設入所者費用徴収条例』の改正 賛成
40 『障害者支援施設条例』の改正 賛成
41 『国民健康保険条例』の改正 賛成
42 『介護保険条例』の改正 賛成
43 『薬事条例』の改正 賛成
44 『市営住宅条例』の改正 賛成
45 『地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例』の改正 反対
46 『景観条例』の改正 賛成
47 『市立高等学校と市立幼稚園の教育職員、市立中学校の任期付教育職員の給与などに関する条例』の改正 反対
48 『勤労福祉会館条例』の改正 賛成
49 『生涯学習センター条例』の改正 賛成
50 『体育会館条例』の改正 賛成
51 芸術劇場の指定管理者を『指定』すること 賛成
52 包括外部監査契約の締結について 賛成
53 一般廃棄物の収集と運搬の代行について 賛成
54 三浦市への事務の『委託』の協議について 賛成
55 三浦市からの事務の『受託』の協議について 賛成

 明日の本会議は、14時からです。

 フジノは議案21号『来年度の予算案』に反対する理由を
 本会議場で『討論』として演説する予定です。
                       

● 予算議会が終わったら、市長選挙への対応をきちんと決めます

 長い間、たくさんの市民の方々から

 「フジノくんは6月の市長選挙はどうするの?」

 と質問されてきました。

 そのたびにフジノは、

 「今は予算議会のまっただなかです。
  政治家が成すべきの仕事は、
  目の前の予算案について議会で議論することです。

  政局よりも政策が大切ですから
  予算議会が終わるまでは何もお話することはありません」

 と、お答えしてきました。

 ただし、13日に発行された『タウンニュース』にて
 蒲谷市長の続投だけは反対だ、とハッキリとフジノは答えました。

 新しい横須賀を新しい市長と創っていくのだ

 という言葉そのものは
 すでに今年の元旦の演説でも訴え続けてきましたから
 ここまでは、すでにみなさまがご承知のことだとは思うのです。

 ただ、今後どうするかは完全に未定です。

 そこで、直接に立候補予定者のお話をうかがって
 マニフェストを示していただいてから、フジノは対応を決めたいと思います。

 まず、28日(土)に呉東正彦・弁護士にお会いしていただきます。

 次に、31日(火)に吉田雄人・市議会議員にお会いしていただきます。

 こうして政策をうかがった後、
 フジノはいかにすべきかを決心します。

 市民のみなさま、お2人に対して

 「これだけは尋ねてほしい」

 ということがあれば
 フジノまでどうかメールをお願いします。



2009年3月23日(月)のフジノ
● 世界が認めた才能を、横須賀は認めなかった/SWPA09inカンヌ

 昨年6月22日『残念だけどすごくうれしい話』というタイトルで
 この活動日記に文章を書きました。

 フジノと同年代にもかかわらず
 すでに世界的に評価されている素晴らしいプロの写真家で
 岡原功祐さんという方がいます。

 彼の素晴らしい写真の数々を
 横須賀で展示できるかもしれない権利を手にしたのに

 あっけなく横須賀美術館には断られたのですが
 その後、日本ではなくてアメリカで
 雑誌『TIME』が彼の写真を掲載したのですね。

 当時のフジノの活動日記には、

 横須賀で公開できなかったのは残念だけど
 あの『TIME』が掲載したんだから
 これで良かったのかもしれない、と書きました。

 世界が評価したものを、横須賀は門前払い。

 全く見る目が無い横須賀を「残念だ」と書いたのですが
 岡原さんの友人であるフジノとしては

 『TIME』誌が評価したことの方が
 むしろ「すごくうれしい」と書いたのでした。

 その彼の写真が、さらに世界から評価されました。

 世界最大の写真イベントの1つである
 『Sony World Photography Awards Cannes 2009』において

 フォトジャーナリズム・ドキュメンタリー部門の
 『contemporary issues』カテゴリーで第2位に選ばれたのです。

 (カテゴリーをあえて訳すならば『今日的な問題』かな...)



 このカンヌでのイベントがどれほどすごいかは
 公式HPを見てもらえば分かりますので、ここでは紹介しません。

 いずれにせよ、

 横須賀美術館では手に負えなかった才能は
 アメリカで雑誌に取り上げられ、
 カンヌで世界から評価された、という事実だけが残りました。

 昨年の活動日記に続いて、フジノは同じセリフを書きます。

 横須賀で彼の作品を扱わなかったのは残念だけど
 世界が彼の作品を認めたんだから、すごくうれしい。


● 「希望」だけが存在しないこの国で、いのちは居場所を求めている

 ふだんは世界中を飛び回っての撮影をメインにしているのですが
 かつて数年間、撮影の合間に日本に戻るたびに
 あるテーマについて撮影を続けました。

 それが『自傷行為』についてでした。

 今でこそ、自傷をテーマにした
 岡田敦さんの写真集『I am』などが木村伊兵衛賞を受賞するなど
 日本でも一定の市民権を得られている分野になっています。

 けれども岡田さんの写真は、スタジオでの撮影で、
 なおかつ、美しく撮られています。例えば、女性が全裸だったりとか。

 芸術に政治が口を出すべきではありませんが、
 フジノはこんな風に美しく切り取られた自傷行為は美化行為であって
 リアルではないし、全く評価したくありません。

 でも、岡原さんの写真は
 それらとは決定的に異なる点があって、生のまま(raw)なのです。

 生活場面の中を切り取っているのです。
 リアルなのです。

 フジノからすれば、
 自傷行為は美しくも何とも無いし、救いでもありません。

 岡原さんの写真には、フジノのこんな価値判断さえも拒否する
 乾いたリアルな現実だけがそこに存在しています。

 日頃の彼は、自傷行為はテーマにはしていなくて

 戦争が今この瞬間も起こっている紛争地帯や
 麻薬の栽培地帯や実際の取引現場にたちあっての撮影など
 命がけの撮影をしています。

 世界から見捨てられつつあるチベットの
 さらに奥地に入っていって、
 ハンセン氏病の隔離された施設を撮影したりしています。

 世界中でいのちが毎日奪われているその現場に彼は居て
 たくさんの死に向き合いながら、現実をカメラで切り取っています。

 その彼が祖国・日本に帰ると
 いのちを自ら削っているたくさんの若い世代に出会う訳です。

 彼が撮影を始めた理由は尋ねたことがありませんが
 全く違う対象を相手にしていながらも

 「いのち」

 という1点において、その撮影している想いは
 全く同じなのではないかと感じます。

 コロンビアの麻薬地帯で生きていくしかないこどもたち、

 麻薬を積めたコンドームを胃の中に入れて
 それをアメリカに運ぶ売人たち、

 ジャングルの中で軍事訓練を受ける10代の少年兵たち、

 そして、日本の終わりなき日常の中で孤独にとらわれて
 果てしなくリストカットを繰り返す10代の若者たち...。

 GDP世界第2位のわが国では
 たくさんの物があふれて、
 お金さえ出せば何もかもが手に入れられるような錯覚に陥ります。

 でも、『希望』だけは金で買えない。

 その現実の中で
 政治家としてフジノは自殺対策に取り組んでいる訳ですが

 岡原さんの写真を見るたびに
 政治家として成すべきことを強く自覚させられます。

 『希望』を示すこと。

 雨が続いた後の暗い空に輝きに満ちた太陽が差すような
 生きていくことに希望を感じられるような
 そんな社会へ変えること。

 それが政治家の仕事なのだといつも痛感させられます。


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 このリンクをクリックすると、今回のアワードで
 岡原さんが受賞した写真が見ることができます。

 けれども、自傷行為の写真ですから
 今、精神的に追い込まれている方はどうかご覧にならないで下さい。

 自傷行為を見ることは伝染病に感染するように
 若い世代にとって大きなネガティブな影響を与えることがあります。

 まあ、実際には彼の写真を見なくても
 自傷行為をしている人は今もあなたのまわりにもたくさんいて

 今さらリスカの跡を見たことが無い10代がいるのかどうか、
 見たことが無い人なんてそもそもどれだけ残っているのか、
 フジノには想像もつきません...。

 けれども今、精神的に追い込まれている方は
 どうかご覧にならないで下さい。



2009年3月21日(土)のフジノその2
● 猫カフェ@石川町へ

 世の中は、3連休の中日の上に天気も快晴ということで
 外を歩いている人々はみんなとても幸せそうな笑顔でした。

 そんな雰囲気を僕も少しだけ味わおうと決めて
 仕事の用事が横浜であったのですが、

 その合間に、かねてから興味があった
 『猫カフェれおん』へ行ってみました。

 ここには、猫とたわむれることができるスペースとカフェがあって、
 ごはんを食べたり、お茶をしたり、猫スペースで猫と遊ぶことができます。

 フジノもぺペロンチーノを注文してから、
 配膳されるまでの間、さっそく猫スペースへ。

 どの猫もかわいいですね。



 3連休だからなのか、猫好きの人が多いからなのか、
 僕が行った時間帯はとてもたくさんのお客さんが来ていました。



 フジノのようにアパート住まいで
 猫好きなのに猫が飼えないというような人々にとっては

 自由に猫たちとくつろぐことができる
 猫カフェは、癒しの場になっているようです。大盛況でした。



 やはり僕は、自宅で歴代にわたって真っ白い猫を飼ってきたので、
 白い猫に惹かれました。



 そこで、エサ(別売り)をあげてみました。

 お昼ごはん時なので
 猫も元気いっぱいに
 ごはんを食べてました。

 僕のてのひらのエサを
 両手で必死に
 押さえている姿が
 とてもかわいらしいです(笑)

 おーい、ごはんは
 逃げないぞー。

 そして、この『猫カフェれおん』の店長である
 マンチカンという種類の猫である、れおん。

 何よりも寝るのが大好きで

 1日の起きている時間は
 わずかだそうです。

 あまり寝ないフジノと、れおん店長は対照的ですね。

 この気持ち良さそうな
 寝顔を見てると

 僕も一緒に
 ぐうぐうと
 眠りたくなってきます。

 いいですね〜。

 ごはん(フジノのです)の時間も入れて
 合計60分の滞在は、あっという間に過ぎていきました。

 フジノのように仕事の合間の気晴らしに
 野良猫を探しながらウォーキングをするような猫好きには
 とてもくつろげるカフェです。おすすめです。


● 旧友との再会。

 猫カフェ@石川町での食事を終えて、
 横浜での仕事に戻り、バリバリと働いて仕事を終えたフジノは
 続いて、関内へと向かいました。

 同い年の親友がまもなく誕生日(3月27日)なので
 プレゼントを買いに行きました。

 かつてのカフェトークの会場であった『BUENO』
 元店長だったAさんのやっているイタリアワインのお店へ行きました。

 おいしいワインがたくさんそろっているそうなので
 親友へのプレゼントにしようと決めて、
 Aさんとの再会をかねて、ここへやってきました。

 1年ぶりくらいの再会かなあ...。

 ふだん、なかなか友達とは会えないので
 この再会はとてもうれしいです。

 フジノ&Aさん。

 そして、巨大なチーズ! 

 ここは販売がメインのお店なのですが
 小さなカウンターがあって、少しだけ飲むことができるのですね。

 再会を祝って、
 1人で乾杯するフジノ。

 Aさんが仕事中なので
 フジノ1人で飲んだくれて
 クダを巻きまくりました(笑)

 「うがー、もっと酒、
  持ってこいや!」

 みたいな(笑) 

 (当然ながら冗談ですよ〜。フジノはふだんからお酒をほとんど飲まないので
  ひとくち飲んだだけで顔がすぐ真っ赤になるタイプです。
  上の写真は、顔が赤いだけで、いつもどおりのフジノです...)


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 夜、さっそくゲットしたワインを持って
 親友のもとへと向かいました。

 親友には家族ぐるみでお世話になっているので
 家族と一緒におじゃましました。

 お互いに34才。

 フジノは4月生まれなので、まもなく35才。
 あっという間。

 でも、全力を尽くしてお互いに生きてきたんだよなあ、と思う。
 たぶん、僕も彼も人生に悔いはあまり無いと思う。

 彼が言葉に出すことは無くても
 本当に厳しい人生を歩んできたことを僕は知っている。

 決してぐちをこぼすこともない彼の姿を僕は知っている。
 みんなをハッピーにしようといつもムードメーカーでいる彼のまわりは
 たくさんの笑顔があふれている。
 そんな彼に励まされて僕もまたハッピーになる。

 いつか僕がおかえしできないといけないなあ。

 これから先の人生も、お互いに前を向いて歩いていこうね。
 まだ数日先だけど、ハッピーバースデー!



2009年3月21日(土)のフジノその1
● うつ無理解発言の笹川氏、一転して研究への予算付けを言及...

 すでに全国的なニュースになっていることなので
 くりかえすまでも無いとは思うのですが

 笹川尭・衆議院議員(自民党)
 3月14日に大分で行なった講演会の中で
 うつ病に対する無理解と誤解に満ちた発言を行ないました。

 ひとことで言うと、こんな主旨の発言をしたようです。

 「今、うつ病で休業している先生(教師)がたくさんいらっしゃる。
  国会議員には1人もいない。
  そんな気が弱かったら務まりませんから」


 (2009年3月15日・毎日新聞より)

 この発言に対して、全国から批判の嵐が起こった訳です。

 そこでこの笹川衆議院議員は
 19日に自民党本部で日本生物学的精神医学会の幹部と会って
 うつ病研究への予算づけを言及したそうです。

 笹川衆議院議員の公式HP(3月21日)の記述によると

 >笹川代議士は、会談後の取材で
 >「専門家から意見、要望を聞きました。
 > 病気がどうして起こるとか、解明されていない部分が多い。
 > 希望があれば研究費に予算を付けたい。
 > 超党派で取り組んでもいい」
 >と積極的に対策にあたる考えを示しました。


 (引用おわり)

 と、差別発言から一転して、
 うつ病に対して理解のあるところを見せた発言をしたそうです。

 大笑いです。いや、笑いたくもない。

 差別的な発言をしたわずか5日後に、
 正反対のことを堂々と言えるのもすごいですけれど

 予算をつければ批判がおさまるとでも思ったのか

 「研究費に予算をつけたい」

 との発言は、ひと昔前の政治家以下の発想で、
 怒るというよりもあきれて笑うことさえしたくないです。

 はっきりと軽蔑します。


● 確かに僕はうつ病で現役の政治家ですが...

 さて、何故こんなどうでもいい発言を
 あえてとりあげたかというと

 複数のマスメディアからフジノに取材依頼が来たからなのです。
 その対応に、実はとてもうんざりさせられました。

 笹川氏の無理解・誤解発言のわずか2ヶ月前に
 フジノは「うつ病ですが現役の政治家です」とHPに書いていたので
 それにマスメディアの方々が飛びついた形になりました。

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 1月15日、フジノはこのHP上で
 僕自身のうつ病とパニック障がいについてを公開しました。

 決して大げさなカミングアウトではなくて、
 実際にはこのHPにはまだ書いていなかったというだけのことで

 すでに6年前の選挙の時から
 市民の方々にはふつうにオープンにしてきましたし

 秋田県や横浜市に招かれて行なった講演でも
 堂々と語りつくしてきたことですし

 そもそも親しい友達には
 発病してすぐからオープンにしてきた訳ですから

 本音を言えば、僕個人的には「今さらの出来事」でもありました。

 一方、このHPでオープンにしたのと同じ日に発行された
 NPOコンボの月刊誌『こころの元気プラス』の特集の中でも
 フジノは自らのことを書きました。

 そのおかげでしばらく反響がありまして、
 全国から200通を超える激励のメールとお手紙をいただきました。

 どのメールもお手紙も、とても温かい言葉に満ちていて
 同じように苦しんでいる方々が全国にいることを
 改めて確信したのでした。

 同じ立場に苦しむみんなの為にも、
 もっとがんばらなくちゃ、と決意を深めたのです。

 そんな訳で、1月15日から2ヶ月間、
 割と平和で穏やかな日々を過ごせていたのでした。

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 それから2ヶ月が過ぎ、予算議会のまっただなかで
 連日の徹夜で過労な日々を過ごしているフジノのもとに

 笹川氏の「国会議員にうつ病はいない」という無理解な発言を受けて
 「現役の地方議員にうつ病がいるじゃないか」と
 複数のマスメディアからフジノに取材依頼が来たのです。

 みなさん、とても言葉づかいは丁寧なのですが(失礼な人もいました)
 ひととおりお話をうかがって
 結局、全ての取材をお断りさせていただきました。

 笹川氏も無理解と差別に満ちていますが
 その発言を受けてフジノからコメントを取ろうとしてきた
 マスメディアの方々もまた
 笹川氏と同じレベルの質問をしてきました。

 フジノに取材を依頼してきた記者の方が
 今これを読んでいるのを分かってて、あえて書きます。

 「不快さはどっちもどっちだ」と感じました。

 もちろん、こういう記者ばかりじゃないことを
 フジノはとても良く理解しています。

 例えば、朝日新聞のA記者、読売新聞のB記者、
 毎日新聞のC記者、産経新聞のD記者、共同通信のE記者、という風に

 顔と名前が一致するくらいに
 精神障がいに対してものすごく取材を重ねてくれていて
 理解もとても深い、それこそ同志とも言うべき方々が存在しています。

 でも、今回出会った方々は同じマスメディアにいながら
 全く別だ、と感じさせられました。

 何故フジノが取材以来を断ったのか、
 ぜひ今回フジノに連絡してきた記者の方々は考えてみて下さい。

 こういうフジノの怒りを堂々と書くことによって
 フジノにマスコミ取材が来なくなってもへっちゃらです。

 何故なら、マスメディアがとりあげなくても
 インターネットがあるからです。
 市民のみなさまとは直接につながっているからです。

 フジノの想いはこうして伝えることができるし、
 市民の方々の想いもこうして受け取ることができるからです。

 そんなインターネット時代にあっても
 マスメディアの役割はとても重要だとフジノは考えています。
 重要だからこそ、マスメディアにはしっかりしてほしいと強く願います。


● 強い政治家とは

 この話題についていろいろな報道を目にしたのですが
 フジノが最も感銘を受けた記事を最後に紹介したいと思います。

 越村佳代子さん(朝日新聞・論説委員)が書いた
 朝日新聞・夕刊のコラム『窓』です。


 (2009年3月18日・朝日新聞より)

 強いだけの人間もいないし、弱いだけの人もいない。
 人生は山あり谷ありだ。

 時には川にはまってしまうかもしれない。
 川に落ちても自力で、あるいは助ける人がいれば
 岸に上がれるだろう。

 川から上がろうとする人に手を差し伸べる。
 政治家に求めているのは、そんな頼もしさ、強さだ。

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 マスメディアのごたごたに巻き込まれて
 僕は自分の初心を忘れるところでした。

 政治家に当選してすぐの頃に
 『2ちゃんねる』などで誹謗中傷を垂れ流されてうんざりしながらも

 「それでもこんな書き込みをした人たちが助けを求めてきたら
  笑顔で政治家として力になってあげれるようになりたい」

 と思ったのでした。

 実際、誹謗中傷をいつも大声で言っていたある人が
 精神的なトラブルに追い込まれた時には
 フジノは政治家としてできる限りの対応を
 その人にも平等に行なうことができたのでした。

 だから、無理解と差別的な発言をする国会議員の存在も
 それと同じようなマスメディアの方々の存在も

 それに引きづられてしまうのではなく、
 強い政治家であろうとしなければいけないんだった。

 越村さん、ありがとうございます!
 あやうく大切なことを忘れてしまうところでした。


 これからもしっかりとがんばらなければ!



2009年3月20日(金)のフジノその2
● ロックの学園、森純太さんの『ロックの授業』へ

 世の中は祝日でも、政治家にはカンケーありません...。

 予算議会の最終日に向けて
 全ての議案に対するフジノの態度(賛成か反対か)を決める為、

 毎日、明け方までインターネット録画中継で
 フジノが所属していない3つの委員会を傍聴しています。

 それが昨日の朝に何とか終わったので
 今は最終日に行なう『討論』の原稿を書きあげる為に
 資料を集めたり、徹底的に調べものをしています。

 という訳で、いつもどおりにとても忙しくて

 旧・三崎高校跡地で開催されている 
 『ロックの学園』に出かけたくても
 全く事務所を出られません...(涙)

 僕がどうしても行きたかった理由は、
 夕方16時30分から始まる『ロックの授業』にて

 僕の大好きなバンド『JUN SKY WALKER(S)』のギタリスト、
 森純太さんが講師をするのです。

 すでに会場の中で観る為の整理券は
 朝10時40分から配り終えられていて、

 会場内で、観られないのは決定済み。

 でも、別の教室で生中継(パブリックビューイング)があるので
 とにかく会場に行きさえすれば、無料で観られるのです。

 だから、15時30分になった時、
 (1時間あれば、何とか事務所から三崎高校まで行かれます)

 とにかく全ての仕事を途中で放棄して
 バイクに飛び乗って、出発しました。

 去年1年間、あれだけ心身ともに過労な日々を
 死なずに生きのびられたのは、
 1年間限定で復活してくれたジュンスカのおかげ。

 しかも、ギターの純太さんは、バンドが解散してからも
 ソロ活動も別のバンドでの活動も追いかけてきたくらいに大好き。

 彼の音楽があったからこそ、
 今の僕がある。

 とにかく三崎へ。ただひたすら走るしかない。
 祝日でとても道路が混んでいました。

 信号で止まるたびに、渋滞に巻き込まれるたびに、
 僕は何度も何度も腕時計を見てしまいました。

 間に合わない...。あきらめて、帰るか?
 いや、間に合わなくても、途中からでもかまわない。
 とにかく前に進むんだ。

 うおー、とか、ぐあー、とか、久しぶりに
 ヘルメットの中で叫びながら迷いを断ち切りました。
                      

● がんばった人は神様が見ているものだ

 そして、16時30分ちょうどに
 旧・三崎高校跡地の『ロックの学園』に到着しました!

 どこがお目当ての『ロックの授業』の会場なのか
 全く分らないので、とにかく玄関から走りまくって階段を昇りました。

 3階まであがってやみくもに廊下を走るのですが
 よく分らないまま。落ち着いて地図を見るとかムリ。



 そんな時、2階に下りたところで
 1人の男性と目が合いました。

 その人は僕の着ているパーカー(by森純太)を指さして
 笑顔で話しかけてきました。

 「お、カッコいいやつ、着てるじゃん」

 そりゃそうだよ、他人に何と言われようとも
 僕がこれをずっと着続けているのは
 あなたのパーカーなんだから。

 なんて返事をすることもできないままに
 僕は完全にフリーズしてしまって

 目の前にいる森純太さんに、なかなか返事ができませんでした。

 まわりを取材陣(カメラさん、音声さん)に囲まれたまま、
 なんと森純太さん本人が
 僕に話しかけてくれたのでした。

 「純太さん、この後がんばってください!」

 「おー、ありがとう!」

 それしか言えずに僕は
 とにかく純太さんの後についていきました。



 そのまま会場までついていくと、
 たくさんの入り待ちの方々がいました。

 1人1人に握手してあげたり、プレゼントを受け取ったり、
 とても親切な純太さん。そして、ついに会場の中へ。

 僕は会場には入れないので、
 別の会場で行われている生中継(パブリックビューイング)を観る為に
 別の階へと走っていきました。

 でも、生中継が観られる教室も満員で
 中には入れないままに、廊下で声だけ必死に聴きました。

 30分間の授業は、あっという間でした。

 ファンというものは我ながら不思議なもので
 今日のお話のほとんど全ては知っていることばかりなのですが
 それでもうれしいものですね。

 授業が終わると、大急ぎで
 授業の会場へ向かって走りました。

 もちろん、『出待ち』です!

 出てきた純太さんは、たくさんの人々に囲まれながら
 スタッフの方々と共に会場を後にしました。

 僕は来た時と同じように、純太さんの後ろに付いていきました。

 やがて純太さんは、控室に入っていってしまいました。
 もちろん僕たちファンは、入れません(当たり前ですね)。

 でも、僕はこのまま、30分くらいは粘ろうと決めました。

 こうやって遭遇できたのはきっと
 この3か月間、死んでもおかしくないくらいに働いてきたから

 たぶん神様が僕のがんばりを
 見てくれているからではないのかという気がしました。

 (寝不足すぎておかしくなっていたのかもしれません)



 そして、30分後、奇跡が起こりました。



 まさかのリアル森純太さんと
 2ショットです。

 信じられない。

 でも、強く願えば、必ず叶う。
 必死に努力し続けていれば、願いは必ず叶う。

 そんなジュンスカの世界観そのままに
 僕なりに必死に努力して生きてきたんだ。

 この奇跡も決して不思議ではないと感じている自分がいました。

 握手も何回もしていただいて、サインまでいただきました。

 僕がこんな風に写真を撮ってもらったのを見て
 まわりのファンの方々も純太さんに写真を撮ってもらってました。

 手が震える、というファンの方が居たので
 僕がカメラを順番に預かって、
 シャッター押してあげる係みたいになりました(笑)

 でも、僕も足が震えていました。
 中学時代からの憧れの人とすぐそばで過ごす、というのは
 本当にすさまじい衝撃です。

 ほんと、みんな良かったですね。


 政治家フジノが「ジュンスカを大好きだ」ということは
 このHPでも、いろいろなメディアの取材でも、
 あらゆるところで話してきたせいで

 今年の『ロックの学園』に森純太さんが来ることが決まった時に
 わざわざ教えてくれたメディア関係者の方々がいるのですね。

 その方々に、

 「絶対に2ショットで写真とってもらいます」

 なんてフジノは言い続けていたのですが
 ふつうならば、冗談だと思うでしょう?

 でも、こころのどこにも僕は
 それを冗談だと思っていなかったんです。

 そう自分に言い聞かせ続けることで
 絶対にそうなる、実現する、と信じていた自分がいました。

 人生って、時々は良いことあるね。
 明日も何とか生きのびれそうだ。

 純太さん、サイコー!
 本当にありがとうございました!


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