まちの政治家は、こんなことしてます


2009年10月4日(日)のフジノその3
● 高次脳機能障害の世界を理解する/びまん性軸索損傷

 午後からは、逸見のウェルシティにて
 『ココロと福祉の相談会inよこすか』が開催されました。

 テーマは『高次脳機能障害の世界を理解する』です。

 プログラムは、3つ。

 まず、実績報告として
 久里浜障害者支援センター『ゆんるり』からのお話。

 続いて、高次脳機能障害のあるご本人のお話と、
 サポートをしているご家族からのお話です。   

 最後に、基調講演として
 神奈川リハビリテーション病院リハビリ科部長である
 大橋正洋先生からお話がありました。



 そして、これらと同時に別室にて『相談会』も開催されました。

 大橋先生の講演は、脳の画像をたくさん使って
 びまん性軸索損傷の具体的な様子をはじめ、
 高次脳機能障害についてとても分かりやすくお話してくださいました。

 改めて自分の理解を整理しなおす、
 とても良い機会になりました。


● 障害者総合福祉法(仮称)の実現に向かっての決意

 それにしても、久里浜に行くたびにいつも目の前を通るのに、
 最近は『ゆんるり』のおにぎりを食べていません。食べたいなあ。

 最後に訪れたのは、昨年2月でした。
 今では市長になった雄人と2人でお昼ごはんを食べたのでした。

 加えて、フジノは忙しさにかまけて
 家族会であるマリン横須賀の方々とも
 すっかりごぶさたしてしまいました。

 高次脳機能障害についての勉強は今も続けていますし、
 こうした講演などの機会があれば必ず行くようにしているのですが

 もっと政治家として力を入れなければならないと
 改めて感じました。

 本音を申し上げると、高次脳機能障害についてだけではなくて
 全ての障がいに対して今の時期、『地方議員』として
 どのような行動が取れるかを悩んできました。

 この数年間、政治家フジノの活動は、
 障がいのある方々の暮らしを壊してしまう法律である
 障害者自立支援法との闘いがメインでした。

 そもそも法案の段階から反対してきたこの法律
 まず廃止することが第1の目標でした。

 法案が成立してしまってからは、第2の目標として
 政府が作ったこの悪法を、どうやって市として向き合っていくか、
 つまり、どれだけ国がダメでも、
 地方政府がバリアになってはねかえすことを
 いつも主眼において活動をしてきました。

 けれども、民主党へと政権交代がなされて
 障害者自立支援法が廃止へと着実に向かっている今、
 フジノのこれからの活動も変わらねばいけません。

 新しく提案される予定の『障害者総合福祉法(仮称)』案に対して
 どれだけ積極的に現実の姿をもりこんでいかれるか

 例えば、高次脳機能障害もそうですが、
 障がいの範囲の決定など、絶対に『制度のはざま』に追い込まれて
 見捨てられる方々を生み出さないことが必要です。

 そうした想いをどんな形で新しい政府に対して
 地方議員として意見を届けられるのか、

 喜ぶべきことだったのにも関わらず
 政権交代後は、逆にしばらくの間、悩んでいました。

 けれども、今日の講演もそうですが、
 この数日間、集中的に
 障がいのある方々やご家族のお話をうかがってきて

 悩んでいる場合では無い、とにかくやるべきことを全てやるのだと、
 覚悟を決めました。しっかり活動していきます。

 今度こそ、障害者権利条約の理念などをはじめとする
 本当の福祉の実現に向かって、全力を尽くしたいです。



2009年10月4日(日)のフジノその2
● ひまわりバーベキュー@うみかぜ公園

 昨日は天気が悪かったので心配だったのですが、
 けさはすっかり晴れました!

 いやあ、バーベキュー日和ですね。

 先日お知らせしたとおり
 今日は『よこすかひとり親サポーターズ・ひまわり』のみなさんと
 平成町のうみかぜ公園にてBBQです!

 参加者なんと91人!
 まさに大バーベキュー大会となりました!



 この企画は本当に大成功で素晴らしかったです。

 これまで横須賀市の取り組みとして
 1年にわずか1回ほどの『ひとり親家庭交流会』が開催されてきました。

 (例えば、07年9月8日08年2月9日09年2月28日など)

 参加者も15〜20人くらいあれば良い方でした。

 さらにはフジノが相談を受けてきた
 シングルマザーの方々からは市の交流会に対して

 「1度参加したけれどもう参加したくない」
 「敷居が高くて参加しようという気持ちになれない」

 といった意見もありました。



 一方、新しくスタートした『よこすかひとり親サポーターズ・ひまわり』
 行政の主催ではなくて、民間の団体なのですね。

 素敵な取り組みです。

 (実は、担当部署の課長もずっとボランティアで参加して下さっています。
  市が財政危機で十分なサポートをできない中で
  自らが参加してサポートをするのだ、という課長の姿勢は
  公務員の鑑だと感じています。とても感謝しています!)



 下の、フジノが焼きそばを作っているように見える写真は
 『ヤラセ写真』です。

 ただヘラ(?)を持っているだけで、何もしていません。

 フジノは政治家に転職してから6年半、料理をしていません。
 映画会社時代までは自炊をしていたのですが、今は全くできていません。

 しかも、もともとすさまじく不器用なので、
 バーベキューではずっと『食べる係』専門です...(汗)
 ごめんなさい。



 本当にずっと料理して下さっていたのは
 こちらのお2人です。

 上地さん(上地克明議員、写真左)と
 野村さん(野村たかひろ議員、写真右)です。

 おいしい焼きそばをありがとうございました。



 さらに、佐久間さん(佐久間則夫議員)は
 準備から運営までずっと熱心に行なって下さいました。
 佐久間さん、本当にありがとうございます!



 フジノはこどもたちとドッジボールをやったり、走り回ったり、
 とても楽しくたくさん遊んでもらいました。

 途中、順番に自己紹介。

 フジノはいつものセリフを申し上げました。

 「ひとり親という呼び方をべんぎ的にさせていただいていますが、
  シンママもシンパパも『ひとり』ではありません。

  今日ここに90人も集まっていただいたように
  みんなでつながりあって、支えあって、
  これからもずっとみなさん笑顔でいて下さいね!」



 この数年間の関わりの中で
 何人かのこどもたちとくりかえし遊んでもらっているうちに
 強い親近感を抱くようにもなりました。

 その上、とても天気が良くて
 このままずっと一緒に遊んでいたかったのですが...。

 どうしても次の日程である
 『高次脳機能障害』の講演会に向かわなければなりません。

 この問題に関心を持っている政治家が少ない現状では
 まだフジノが行かねばならない責任があると考えています。

 こどもたちと遊んでいたのを途中できりあげて
 (本当に残念です)

 後ろ髪を引かれる想いをしながら、うみかぜ公園を後にしました。



 上の写真の方々が、
 この『ひまわり』をたちあげた3人のうちの2人です。

 素敵な機会を作って下さって、ありがとうございました。

 どうか、このまちに暮らしている
 本当にたくさんのひとり親のみなさまに
 『ひまわり』へと集っていただきたいと願っています。

 つながっていくことで、大きな力が生まれますからね!



2009年10月4日(日)のフジノその1
● 上田副市長、今まで本当にありがとうございました

 本日10月4日をもって、上田副市長の任期が終わりました。

 上田副市長、今まで本当におつかれさまでした。
 こころから感謝を申し上げます。ありがとうございました。

 昨日の神奈川新聞には、上田副市長の退任が
 その『功績』について紹介された記事ではなくて

 「吉田市長のもとで副市長がゼロになること」についてが
 メインテーマとして報道されていました。

 メディア的にはそういうことになるのでしょうが
 率直にフジノはこの論調を残念に感じます。


 (2009年10月3日・神奈川新聞より)

 フジノは今、上田副市長の『横須賀市への貢献』を
 純粋に高く評価したい気持ちしかありません。

 これまでも尊敬する歴代の市職員の方々が退任する時に、
 フジノはその方々への想いを率直に記してきました。

 例えば、2005年の森田副市長の退任
 今年7月の杉本副市長の退任、などがそれにあたります。

 もちろん行政職の方々の在任中は、
 『市議会議員』と『行政側職員』の間には絶対に越えてはならない
 『立場の違い』がありますから、決して親しくすることはありえません。

 もしも親近感を抱いた瞬間があっても
 フジノはそれを相手には絶対に伝えません。

 いつもどおり、フジノはムスッとした表情で接し続けていきます。

 仮に親しさを表明してしまえば、いざという時に市議会議員としての判断が
 情に流されたり鈍る可能性があるからです。

 けれども、せめて退任なさった時には
 きちんと本音で感謝の気持ちを記したいと思うのです。


● 政治家フジノの想いを最初に真正面から受け止めて下さった方でした

 上田副市長は、フジノが政治家に転職した2003年当時、
 健康福祉部長の立場にありました。

 自殺予防対策と精神保健福祉の向上をメインの政策にして
 市議会にいのちをかけて乗り込んできたフジノにとって

 その政策について誰よりも最初に激しい議論をしたのが
 まさに上田健康福祉部長だったのです。

 かつて森田副市長の退任にあたって記した活動日記にて
 激しい怒鳴りあいを繰り広げたエピソードを初めて記しましたが

 実は、その怒鳴りあいより
 もっともっと早い時期に、

 フジノの感情爆発をまともにぶつけた最初の相手こそ
 上田健康福祉部長でした。当選1年目の12月のことです。

 当時はまだ日本全体で自殺予防が全く話題にもならなかった頃です。

 横須賀でも、全く自殺予防対策に取り組む気配すらありませんでした。

 そこでフジノは、何故、自殺予防対策に取り組まないのかと
 健康福祉部長室で上田部長にかみついたのです。

 けれども、その時になされた激しい議論がきっかけで、
 フジノは上田部長に対して揺らぎない強い信頼感を抱きました。

 2009年の今でこそフジノは市職員のみなさんは
 このまちを一緒に変えていく強力なパートナーと確信していますが

 そもそも2003年に立候補した時点では

 「市役所なんか100%信頼できない」

 という激しい不信感と疑念を持って政治家になりました。

 そんなフジノにとって上田部長との激しい議論は
 市役所と市役所で働く方々そのものへのフジノの印象が
 根底から変わるきっかけになりました。

 つまりフジノは、上田部長をとおして
 市役所全体への印象が変わっていったのです。

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 副市長の任期が終わる10月4日まで
 全議員が集まっている日程は9月16日が最後ということで

 去る9月16日の本会議終了後、
 上田副市長が全会派の控え室をあいさつにまわりました。

 無会派の控え室にもいらした時に、
 最後に記念写真をお願いしました。



 もう一緒に激しく議論をすることも無いのだと思うと
 本当に残念でしかたがありません。

 できればフジノが政治家を引退するまで
 行政側の大きな壁として、対峙していてほしかったです。

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 残念ながら、行政職員の働きぶりは
 ふだん市民のみなさまに伝わることはありません。

 けれども、上田副市長によって
 このまちの保健医療福祉行政が大きく推進されたことを
 ぜひ記しておきたいと思います。

 例えば、全国に誇れるほどに
 横須賀市の自殺予防対策がこれだけ実現してきたのは

 政治家としてフジノが
 提案し続けてきたからだけではなく

 行政側にもその提案を
 真摯に受け止めてくれる存在がいてくれたからこそだと感じています。

 (もちろん最終的な決裁をするのは時の市長ではありますが...)

 個人としても、政治家としても、
 上田副市長の存在に、強く感謝しています。

 改めて、これまで長い間、おつかれさまでした。
 今まで本当にありがとうございました。



2009年10月3日(土)のフジノその1
● 就労支援ネットワークフォーラムで講演をしました

 先日の活動日記でお知らせしたとおり、
 今日は13時から16時半まで
 汐入のベイサイドポケットにて
 『第7回就労支援ネットワークフォーラム』が開催されました。

 お客さまが入場する時間帯が
 ちょうど1番すごい雨になってしまいました。

 雷は鳴り響きましたし、
 道路は雨水があふれて大変でした。

 そんな悪天候の中をわざわざたくさんの方々に参加していただいて、
 本当にありがとうございました。とても感謝しています。

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 まず、NPOアンガージュマンよこすかの理事長・滝田衛さんから
 はじめのあいさつがありました。



 そして、第1部のスタートです。
 3人のスピーカーが問題提起、という形式です。

 はじめにフジノがお話をしました。

 「市議会議員が感じる、生き辛さを抱え傷つき倒れる若者とは」

 というタイトルです。

 この数日間、何をお話すべきかを
 本当に寝ないで考えてきたのですが

 なかなかタイトルにぴったりのお話が
 浮かびませんでした。

 そこで、40分の持ち時間の大半をかけて
 自殺に関する正確な情報と、
 一般的に絶対に知っていてほしいことをまずお話ししました。

 次に、若い年齢の方々に起こる自殺について
 特に気をつけてほしいことをお話しました。

 具体的には、


 ・自殺全体の数からは若者の自殺は少ないけれど
  若年層の死(もちろん未遂も)は
  あらゆる意味でとても重要な影響があるので
  決して見過ごしてはならない。

 ・リストカットやオーバードーズなどの
  繰り返される自殺未遂は将来の自殺へ確実につながっているので
  軽く見ては絶対にいけない。

 ・LGBTなどの性的マイノリティとされる方々の存在を
  もっと知って、理解してほしい。

 ・同時に、特に若年層の性的マイノリティとされる方々は
  あまりにも自殺未遂/既遂が多いことを知ってほしい。

 ・アルコールやタバコの乱用などをはじめ、
  衝動的な行動を繰り返す人たちは、
  実は自殺未遂をしているのと同じ行動と言える。


 などなどをお話しました。
 最後に、『生きていくこと』に対するフジノなりの考えを伝えました。



 ・人間は生きることに『意味』を探してしまうけれど
  そもそも生まれてきたことや
  今この瞬間を生きていること自体に
  神様から与えられたような『意味』は存在していない。

 ・『生物』として生まれたから生きているだけのことであって
  「誰にも生まれてきた『意味』がある」というような
  言説は基本的には幻想でしかない。

 ・若い頃には『生きる意味』が分からず
  探しても見つかることがなくて苦しんでしまう人が多いけれど
  そんなものはそもそも存在していないから
  探しても見つけることはできない。

 ・そこに在るのはただひたすら
  終わりなき日常を生物として生きていくという現実だけ。

 ・生きていくことに楽しいことはそんなに存在する訳では無いし、
  むしろ苦しいことが多いのが現実。

 ・それでも人は意味を求めてしまう。
  だからこそ、自分が生きていく『意味』は、自分自身が創るしかない。
  探すのではなく、自分で『意味』を『創る』しかない。

 ・あるいは、あなたにとって本当に大切な誰かだけが
  生きる『意味』は与えてくれるもの。

 ・だから、あなた自身が『意味』を創ってほしい。
  希望や夢はそこに転がってなんかいない。
  自分が創りだすしかない。

 ・大人や社会はあまりにも若者に「夢を持て」と圧力をかけすぎ。
  夢なんか無いのが当たり前。

 ・社会にふりまわされる必要なんて全く無い。
  あなたが生きているから初めて社会は存在するのであって
  あなたが目を閉じれば、社会は消えてしまうもの。

 ・あなたが目を閉じれば消えてしまうようなものに
  プレッシャーを感じる必要は全く無い。
  だから、生きていてほしい。

 ・寿命が尽きるその瞬間まで、生き続けてほしい。
  死ぬまで生きろ、生き続けてほしい、それだけが僕が伝えたいこと。

 こんな主旨のお話をしました。

 こうしたフジノの考え方は多くの方々には
 受け容れがたい考え方であることは理解しています。

 けれども、「生きていれば必ず良いことがある」というような言葉は
 フジノ自身が全く信じられない言葉でしかありませんし、

 中途半端な希望や夢を語ることは
 むしろ救いが無い、とフジノは考えています。


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 続いて、阿瀬川先生のお話です。

 「精神科医が見た、生き辛さや病を抱えた若者を取り巻く社会とは」



 トリは、小林正稔先生のお話です。

 「心理学者が解き明かす、若者が社会参加できる環境とは」




 (次回へつづく)


2009年10月2日(金)のフジノ
● ハコモノ3兄弟その3「美術館」/建設費の借金の残高

 先日に続いて、ハコモノ3兄弟についての報告です。

 『ハコモノ3兄弟』とは、
 横須賀市の財政へ深刻なダメージを与えている3施設に対して
 『負の遺産』としてあえてフジノが名づけた呼び名です。

 今回は、『横須賀美術館』についてです。

 まず、

 『建設にかかった借金』がどれだけ残っているか?

 を報告します。

 平成20年度末の美術館の借金の残高は、

 39億6409万9884円

 です。

 (決算特別委員会の資料より)

 フジノが市民のみなさまにうかがいたいのは、
 39億6400万円もの借金を残してまで
 あえて今、造るべきだったのか、ということです。

 例えば、このまちには産科医が不足していますので
 なんとか安心して市民のみなさまのお産が可能になるように
 助産師さんにサポートをお願いしています。

 具体的には、1度退職してしまった助産師の方々に
 復職していただけるように
 『助産師復職支援事業』というものを実施しています。

 復職を支援する研修会やスキルアップ研修会をはじめ、
 助産師の方々の人材登録などを行なっています。

 その1年間の決算額は、わずか80万646円なのです。

 市民のみなさまが安心してお産ができるようになる為の事業に
 たった80万円しか税金を使っていないのです。

 本市の財政が厳しいというならば、
 ハコモノ建設ではなくて
 こうした助産師さんのような人材(=人財)を守る為にこそ
 税金は使うべきではないのでしょうか?

 (2009年2月23日・神奈川新聞より引用)

 こうした現実に対して
 あなたはどうお考えになりますか?


● 美術館の1年間の赤字は、3億9749万5117円

 去年に続いて、横須賀美術館の決算は
 4億円の赤字となりました。

 オープン2年目となる2008年度の収支を紹介します。

 <収入>
 観覧料ほか        4665万1060円
 展覧会図録売払料ほか  822万890円
 美術品等取得基金収入      709円
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 (合計)       5487万2659円

 <支出>
 給与       1億2669万7675円
 運営事業費  1億1214万625円
 管理事業費   2億1352万9476円
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 (合計)     4億5236万7776円


 収入から支出をひくと、

 3億9749万5117円の赤字です。


 美術館の観覧料収入は、
 予算で見込んでいたのは6094万1000円でしたが
 決算額は4665万1060円(6万3966人)に過ぎませんでした。

 予算の見込みは明らかに甘かった
 と言わざるをえません。

 再び、フジノは市民のみなさまにうかがいます。

 これだけの赤字を税金で穴埋めしてまで
 美術館を横須賀市が運営する必要があるのでしょうか?

 このまちには、赤ちゃんを持ちたくても
 様々な理由で妊娠ができずに苦しんでいる方々がたくさんいます。

 そうした方々の多くが心身ともにとても苦しい想いをしながら
 不妊治療をしていらっしゃるのですが

 同時に、金銭面でもあまりにも負担が大きいので
 横須賀市では、『特定不妊治療費助成事業』という補助をしています。

 市が指定する医療機関で特定不妊治療を行なったご夫婦に
 助成をすると共に、産婦人科医師による相談を行なっています。

 ここでも使われている税金は、
 わずか1873万6894円に過ぎません。

 人口減少を誰もが危機感を持っている時代ですが、
 横須賀市の政治・行政の対応というのは、こんな程度なのです。

 美術館には4億円の赤字に税金を投入している一方で
 不妊治療に対しての助成はわずか1800万円だけなのです。

 こんな現状に対しても
 全く理解が無いとしか言えないのですが

 今年6月に開催された『横須賀美術館評価委員会』に出席した
 ある委員はこんな発言をしています。


 > イギリスでは、人口5万人以上で立派な都市であり、
 > 当然のように博物館・美術館が設置される。
 >
 > イギリスの子どもたちは年中本物の絵を見て学習して、
 > 感性を育てていくので、
 > 美術館・博物館は非常に大事な機能を持っている。
 >
 > 横須賀は40万人の人口があって立派な中核市であるのに、
 > この美術館どうのこうのと問題にされる。 


 いまだに、こんな発言を堂々としている人がいる!

 「中核市だから美術館を持つ」という発想自体が間違いであることは
 フジノが初当選した2003年の最初の本会議
 沢田市長とすでに議論し終えています。

 この委員は某大学で教授をしておられるのですが
 市の審議会に参加する研究者の方というのは
 どうしてこのような発言を平気でなさるのか、とても残念です。

 さて、税金を納めていらっしゃる市民のみなさまに、
 いや、あなたにうかがいたいのですが

 こどもの教育の機会の平等さえ失われているこの国で、
 生まれた瞬間から7人に1人のこどもが貧困に追い込まれているこの国で、

 限られた財源をどう使うか。

 あなたは、40万人のまちだから美術館を持つのが当然だ
 という大学教授の意見が正しいと思うのでしょうか。

 それとも、「もっと別の使い道があるはずじゃないか!」と
 フジノと一緒に怒りの声をあげるのでしょうか。

 僕は、あなたの声が聴きたいです。



2009年10月1日(木)のフジノその2
● 「いのち」とは何か?「死」とは何か?/父のお見舞いへ

 父が植物状態になってしまってから
 早くも4年10ヶ月が経ちました。

 長らくお世話になった伊豆の熱川温泉病院から転院をして
 今は鎌倉にある、療養病床に入院しています。

 この病院の方針として、家族に定期的にお見舞いに来てもらう為に
 医療費の支払いは病院の窓口に直接行かねばなりません。
 (とても良い方針だと思います)

 忙しくてどうすることもできなかったのですが
 8月分の医療費20万円の支払いが滞っていました。

 あらかじめ支払いが遅れることをお詫びと共に伝えてはいたのですが
 さすがに2ヶ月も滞納する訳にはいきません。

 いつも市議会の開会期間中に
 プライベートでの用事は行なわないようにしているのですが

 今後も日程が取れそうに無いので、
 今日、行ってきました。



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 父の病室に着く前、ナースステーションで
 看護師さんに呼び止められました。

 発熱してしまった父の熱を下げる為に
 これから抗生剤を点滴で投与するそうです。

 「父が肺炎を発症する間隔はどうなっていまか?」

 と僕が尋ねると

 「医師がいないので分かりかねます...」

 との返事。

 心配だけれど、もともと「余命1年」と言われた父の命だ。
 仮にその命が数ヶ月短くなったとして、僕はドクターを責められない。

 それに責めたとしても、
 この国の医療の貧困は何も解決しない。

 問題の本質は、これまでの政府がすすめてきた
 財政論だけの医療費削減政策にあるのだから。

 政権交代によって、医療を守る政策が実現されることを祈っています。

 加えて、何が本当に『尊厳ある死』なのか、
 政治家であるにも関わらず、僕にはまだ分かりません。

 昨日読んでいた参考文献、

 『高齢者医療難民〜介護療養病床をなぜ潰すのか〜』
   (吉岡充他著、PHP研究所、2008年)

 の69ページには、こんな文章がありました。


 「一般に、欧米ではものを食べることができなくなり、
  飲み込むことができなくなったときが死なのです。

  つまり、経管栄養といった延命治療を行なうことはあまりありません。
  高齢社会に至る長い間に、
  彼らの間でそれがコンセンサスになっているのですね」


 この文章を読んだ時、僕は吐き気がしました。

 「じゃあ、僕の父は欧米では死んでいると扱われるのか?」

 と、憤りを感じました。

 やがて父の病室に僕が到着してしばらくすると
 父のごはんの時間になりました。

 父のごはんは、お腹にあけた穴から胃まで
 管を通して栄養分を流し込んでいきます(=経管栄養)。

 まさに、上に紹介した本に書いてある状態です。



 父は自分で呼吸をしているのに
 栄養を与えずに餓死をさせることが欧米流の死なのでしょうか。

 父が生きていることで、僕はとても救われています。

 入院費用はすさまじくて、この約5年間の末に
 僕は借金だらけになりました。

 同世代の友人みたく家も車も買っていないのに
 ローンを抱えているのと同じくらいの借金を毎月支払っています。

 生活を送る上での負担は確かに僕にとって
 とても苦しいです。

 それでも、父が生きているということが
 母をはじめとする僕たち家族を救っています。

 お金に換えられない尊い存在なのです。

 僕たちは家族のつごうで父をムリヤリ生かしているのでしょうか。
 欧米の人々は僕たちを「人でなし」と呼ぶのでしょうか。

 この本を読んだ昨夜から
 何度も何度も繰り返し考えましたが

 「欧米流の死」を「父の死」と受け止めるような気持ちには
 全くなれませんでした。

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 政治家として、フジノは一刻も早く正式な学校教育のカリキュラムの1つに
 『死生学』『死の準備教育』が組み込まれることを訴えてきました。

 いのちとは何か?
 死とは何か?

 父のような状態になった時、それは生きていると呼ぶのか?
 家族はそれを死として受け止められるのか?



 僕たちは、医療が激しく進化した時代に生きていながら
 こころや気持ちは昔から変わらないままに生きています。

 変化に合わせてこころや気持ちも変える必要があるのか、
 死や生についての考え方を変えていくべきなのか、

 もっと日常的に議論をしていかなければいけないはずです。

 すでに超高齢社会に突入しているわが国で
 父と同じ状況に追い込まれている方々はすさまじく多くいらっしゃいます。

 父と同じ病室にも、隣の病室にも、その隣の病室にも
 父と同じ状態の方々が入院していらっしゃいます。

 さらに、小泉元総理が決定した療養病床の廃止という政策によって
 行き場が見つからない多くの方々が入院も入所もできずに
 自宅でご家族が必死にケアをしています。

 こうした人々はみんな死んでいると考えるべきなのでしょうか。
 日本には日本なりの考え方や受け止め方があるべきではないでしょうか。

 そうした議論が全くといって良いほど、
 ふだんの暮らしの中には存在していません。

 だからこそ、政治がしっかりと市民のみなさまに
 こうした議論がスタートできるきっかけを作らなければいけないはずです。

 

 たくさんの方々から批判をいただきながらも
 数年前からフジノは父の姿をあえてHPに掲載しています。

 真実の姿を知っていただかなければ、議論なんてできないからです。
 机上の空論では何も進んでいかないからです。

 これまでフジノは父の姿を紹介すると同時に、

 ・特別養護老人ホームの待機者の解消の必要性

 ・療養病床を廃止するという小泉元総理の政策の完全な誤り

 などを市民のみなさまに語りかけてきました。

 今日のこの活動日記では、
 市民のみなさまに
 「何が死なのか」「生きているとはどういう状態なのか」などを
 ぜひ一緒に考えていただきたいと願いながら書いています。

 もしも僕の父が「死」なのだとすれば、
 では、この栄養を止めるべきなのでしょうか。

 いつ止めるのか。誰が止める決断をするのか。
 それはドクターなのか。僕なのか。

 栄養を止めることは餓死をもたらすけれど、
 それは犯罪=殺人では無いのか。尊厳死と呼べるのか。

 あなたはどうお考えになりますか?

 あなたの大切な方が僕の父のようになった時に、
 あなたなら、どうお考えになりますか?



2009年10月1日(木)のフジノその1
● マニフェスト大賞のベストホームページ部門にノミネートされました

 先ほど、うれしいお知らせをいただきました。

 第4回マニフェスト大賞の
 ベストホームページ部門にノミネートされたそうです。

審査委員会から届いたメール


 マニフェスト大賞とは、

 主催:マニフェスト大賞実行委員会
 共催:早稲田大学マニフェスト研究所、毎日新聞社
 協力:社団法人日本青年会議所、日刊インターネット新聞社

 によるもので、その趣旨は

 「これまで注目を集めることの少なかった
  地方自治体の首長・議員の活動実績を募集・表彰し、
  受賞者氏名を発表することで、
  地方政治で地道な活動を積む人々に名誉を与え、
  更なる政策提言意欲の向上につながることを期待したもの」

 ということで、とても栄誉ある賞ですね。

 今回は1003団体・1539件も応募があったそうです。
 すごいなあ。

 (全ての部門のノミネートが載っているHPはこちらです)


 ...でも、実はフジノ自身はすごく冷静です。

 というのも、第2回マニフェスト大賞に続いて
 すでに2回目のノミネートとなるからです。

 (2年前にノミネートを受けることを決心した時の日記はこちら
  実際の受賞式で落選した時の日記はこちらです)

 今回も、実際の受賞はたぶん無いと思います。

 他のノミネートを見ますと
 本当に素晴らしいHPばかりです。

 こうした素晴らしいHPの数々が受賞によって
 ぜひ全国に知られるようになって高く評価されることを願っています。

第4回マニフェスト大賞ノミネート作品

 負け惜しみでは無くて、フジノHPはたぶん受賞しないでしょうし、
 受賞しない方がこのHPらしいのではないかと感じています。

 このHPに、何かの賞は似あわないと考えています。

 すでにフジノHPは毎日6000〜8000アクセスがあって
 こないだの衆院選の時には連日3万件のアクセスがありました。

 政治家サイトの中ではフジノHPの発信力は
 国会議員にも全く負けていません。

 言うまでもありませんが、市長選挙でも、衆院選でも、
 フジノのHPが果たした役割はとても大きかったと受け止めています。

 アクセスして下さる方々のデータ分析も毎日見ているのですが

 市内で見ている方が50%、
 市外から見ている方が50%で

 市外の内訳は、まさに北海道から沖縄まで
 全国にわたっています。海外からのアクセスも日常的にあります。

 厚生労働省などの官公庁を訪れた時に
 官僚の方々から「HPを読んでいます」と
 声をかけられたことがあります。

 初めて訪れた県外でも知らない方から
 「フジノさんのHPを読んでますよ」と
 言われることも今では珍しく感じなくなりました。

 だから、あえて今のフジノが
 何かの賞をもらう必要は無いのではないか、と思うのです。

 むしろ、ノミネートの栄誉を頂いたことに感謝しながら
 もう1度このHPの目的をしっかりと自覚して
 今まで以上に情報を発信していこうと思っています。

 これからもフジノは
 政策・情報・想いを徹底して発信し続けていきます。

 マニフェスト大賞実行委員会の審査委員会のみなさま、
 ノミネートを誇りに感じると共に、感謝しています。
 ありがとうございました。


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