僕が世界を救える訳でも無いのに、仕事から逃げられない/この仕事を続けることに限界を感じる

僕が世界を救える訳でも無いのに、仕事から逃げられない

肩から下げるカバンの中に、フジノは仕事道具一式を入れています。

仕事用の携帯電話、プライベート用のiPhone、ノートパソコン、PocketWi-fi。

神奈川新聞と毎日新聞、読んでいる途中の仕事の文献2冊、仕事用に購読している月刊誌、気分転換用のプライベート用雑誌。

ペンケース、その日に受け取った紙ベースの資料、その日に支払う予定の振込用紙、受け取った領収書。

体調が悪くなった時の為のクスリ一式を入れてあるピルケース。

そして、飲み物として買ったペットボトルです。

昨晩、自宅に帰ってきて気づいたのですが、なんと買ったばかりのペットボトルの中身が全て漏れていました。

カバンの中は500ml分の液体に浸ってしまい、新聞も本もグニャグニャになっていました。

大急ぎで携帯電話とパソコンをタオルで拭いて、その他のものはなかば諦めて、1つずつ干していきました。

今朝になってすぐに確かめてみたところ、パソコンもiPhoneも問題なく使うことができました。

けれども、本や資料など紙ベースのものは乾いても飲み物の色がついた上にガビガビになってしまっていて、朝からすっかり落ち込んでしまいました。

フジノは、議員バッジもふだんは一切身につけずにペンケースの中に放り込んであるのですが

フエルトの部分がすっかり変な感じになってしまいました。
         ↓

議員バッジと横須賀市章

議員バッジと横須賀市章


こんな風にユーウツな気持ちで1日がスタートしたのですが、なんとか頭を切り替えて、今日の仕事に向き合うことにしました。

原稿書きや電話での応対をはじめ、各部局へのヒアリングなどを大急ぎで終えました。

14時頃で仕事を切り上げることができたら2ヶ月ぶりに祖父の家に行こうと決めていたからです。



祖父に会いにいくことができました

予定どおり14時過ぎには仕事を終えることができたので、祖父の暮らす平塚へと向かうことにしました。

JR平塚駅の構内には、スターバックスとお花屋さんが併設されていて、いつもここで祖父におみやげを買っていくことにしています。

祖父は、樹木や草花にとても詳しいので、毎回なるべく知らなさそうな珍しいものを選んで持っていきます。

今日は『観賞用のパイナップル』というのがあったので、さっそくこれに決めました。

観賞用のパイナップル

観賞用のパイナップル


前回は、鉢植えのミニトマト(とてもよく実がなるもの)をおみやげに持っていきました。

前々回は、ガジュマルの小さなものを持っていきました。

ひまわり

ひまわり

こうして、夕方には祖父の暮らすまちへとやってくることができました。

50代で早逝してしまった祖母の仏壇にお線香をあげて、しばらくの間、訪れることができなかったことをお詫びしました。

祖父は94才。

左耳はずいぶん前から全く聴こえなくなってしまい、右耳も補聴器を付けてもほとんど聴こえなくなってしまったけれど

フジノのノートパソコンのモニターに大きめの文字で表示して、いろいろなことを今日も会話することができました。

祖父とフジノ

祖父とフジノ


毎回1~2時間くらいしか滞在できないのですが、今夜は一緒にお夕飯を食べていくことにしました。

指先がリウマチで曲がってしまったけれど、さすが大正生まれの祖父のお箸の使い方の美しさは変わりません。

祖父と夕食をとりました

祖父と夕食をとりました


こうして、3時間ほど滞在して、またの再会を約束して祖父宅を後にしました。



体調不良で駅から救急車で救急医療センターへ

バスに乗って、平塚駅へ。

そしてJRに乗って横須賀へ戻ります。

この電車・バスでの移動時間がまとまって1時間半くらいあるのでいつもフジノはノートパソコンで仕事をするようにしているのですが

突然に体調が悪くなり、どこの駅か分からないままにとにかく駅に到着した途端に降りて、電車から出ました。

ベンチに座って、少し休みました。

けれども、一向に治る気配がありません。

6月末に電車の中で倒れてしまった時と同じで、クスリをのんでも全く体調が治る気配がありません。

駅員さんにお願いして、駅員控え室で横にならせてもらいました。

10分ほど寝転がっていても全く体調が良くなる気配が無いので諦めて、救急車を呼んでもらいました。

こうして、救急医療センターへと運ばれていきました。

ドクターの診断は、過労、脱水症状、過呼吸、パニック発作。
 
2本ほど点滴を打って、少しでいいから眠るように、と言われました。

目が覚めたら点滴が吊るされていた

目が覚めると点滴をしていました

目が覚めると点滴をしていました


それでも僕は、翌日も仕事があるので終電までには帰りたくて、1本目の点滴が半分終わったところで

「帰らせて下さい」

と、ドクターにお願いしました。

そして、タクシーを呼んで駅に向かい、とにかく横須賀へと戻る為に電車に乗りました。



たぶんこのままでは、この仕事を続けていくことはできない

優先順位を付けて仕事の依頼や相談を断わっても断わってもきりがなく続いて、市民の方々からの相談も途切れず、取材や原稿の執筆依頼や役職への就任の依頼などがやってきます。

政治家としても、人としても、他人から求められることは僕にとってありがたいことですし

困っている人や苦しんでいる人がいる限り、いつも全身全霊をかけて仕事をするのが在るべき姿だと信じてきました。

だから、体調不良はすでに6月末から続いているにも関わらず、自分の心身よりも仕事を優先して、病院にも全く行かずにきました。

でも、この仕事漬けの暮らしはもう限界かもしれません。

できることならば、僕自身、休みたいです。

夏休みやお盆休みどころか、丸1日の休暇は、1ヶ月に1~2日取れるかどうかの日々で

心身ともに完全に疲れ果てているのですが僕自身、どうすることもできません。

いっそ、入院しなければならなくなって物理的に離れてしまえばラクなのに、と感じることもあります。

それでも

メールの受信フォルダを開けば、留守電を聴けば、郵便受けを見れば、途切れること無く相談の声は続きます。

留守電には、深夜だろうと早朝だろうとカンケーなく、つらさや苦しさを訴える声が吹き込まれてきます。

僕は、どこかで折り合いをつけなければ、この仕事を続けていくのは難しいかもしれません。

以前にも書きましたが、政治家に転職して10年間で今が最も体調が悪いです。

何とかして、これを乗り越えなければ。