ロベルト・メッツィーナさん、ついに来日/「むかしMattoの町があった」自主上映運動2周年記念講演会「鍵をかけない!拘束しない!トリエステ型地域精神保健サービスを世界へ」

※書きたいことは本当にあふれるほどたくさんあるのですが、市長への一般質問を12月議会で行なう為の発言通告書のしめきり3日前なので、どうか数枚の写真とメモ程度ですがお許し下さい。詳しくは後日アップし直します。

東京大学駒場キャンパスへ

学童保育まつりを途中退出して、東京大学駒場キャンパスへ向かいました。

東京大学駒場キャンパス

東京大学駒場キャンパス

今日は、イタリアから本当に素晴らしいお客さまがいらして講演をして下さるのです。

講演会の会場にて

講演会の会場にて

精神保健医療改革の世界的リーダー、ロベルト・メッツィーナさん

ロベルト・メッツィーナさんです!

ロベルト・メッツィーナ(Roberto Mezzina)

WHOメンタルヘルス調査研修コラボセンター(トリエステ)長。

南イタリア・バーリ大学を卒業し、1978年にフランコ・バザーリアのトリエステ・サンジョヴァンニ病院に赴任。同病院の脱施設化(deistituzionalizzazione)、病院に代わるコミュニティ・サービスの発展に尽力。
2014年春、トリエステ精神局長に就任。バザーリアの「思想と実践」を引き継ぐ新リーダーに。

2009年秋からWHO調査研修協働センター長として、世界中の「精神病院の脱施設化」「精神病院に代わる地域密着型サービスの発展」を支援。2013年はデンマーク、チェコ共和国、オーストラリア、ニュージーランドの精神保健改革をサポート。

2001年から精神保健国際協働ネットワークの推進役として活動し、現在は代表。

世界各国(イタリア、ベルギー、スペイン、イギリス、アイルランド、フランス、スロヴェニア、ブルガリア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、スイス、スロヴァキア、セルビア、ギリシャ、フィンランド、ルーマニア、アルバニア、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、インド、スリランカ、パレスティナ、イラン、ブラジル、そして今回の日本)の研究所、大学、精神保健サービス機関などから講師、基調講演者として招聘される。

専門分野:
脱施設化、地域サービスの組織化、クライシス介入、精神疾患の治療への統合アプローチ、コミュニティ・ケア、リハビリテーション、利用者参加型の諸活動、疫学研究、認識論、質(クオリティ)の保証、司法精神医療への批判的検討。

(パンフレットの紹介文より)

精神科医療改革で世界の先頭を走るイタリアの、今のリーダーがメッツィーナさんです。

つまり、世界のリーダーがこの方なのです。

ロベルト・メッツィーナさん講演会パンフレットより

ロベルト・メッツィーナさん講演会パンフレットより


映画『むかしMattoの町があった』の自主上映運動を続けて、2年が経ちました。

2周年を記念して、そしてあまりにも立ち遅れた日本の精神科医療を改革する『蟻の一穴』とする為に、企画されたのです。

900番講堂は満席で立ち見も多数でていました

900番講堂は満席で立ち見も多数でていました


650席の会場は、2階席までほぼ満席。立ち見もたくさん出ていました。

実は、事前の申し込みだけで500名を超えていました。当日申込みの方も100名以上来て下さいました。ありがとうございます!

24時間365日、地域にあるいつでもアクセスできる精神保健センター

24時間365日、地域にあるいつでもアクセスできる精神保健センター

通訳をはさみながらの講演でしたが、メッツィーナさんのお話はとても分かりやすかったです。

  • 『生活の場』から切り離されないクライシス対応
  • 苦しみには『意味』があり、『ニーズ』をあらわしている
  • クライシスこそ、関係性を取り戻し、ネットワークにつなげる『絶好のチャンス』

日本にも24時間365日のセンターを、地域ごとに設置したいです。

超満員、大成功でした

超満員、大成功でした

夕暮れの駒場キャンパス

夕暮れの駒場キャンパス

フジノの永遠のヒーロー、大熊一夫さん

フジノの永遠のヒーロー、大熊一夫さん

大阪でも講演があります!

メッツィーナさんは大阪でも講演して下さいます!

ぜひ関西のみなさま、参加して下さいね。

  • 日程:2014年11月22日(土)
  • 時間:13時30分~16時45分(開場13時)
  • 場所:クレオ大阪西 ホール
    (大阪府大阪市此花区西九条6丁目1−20)
    ※アクセス JR環状線・阪神なんば線「西九条駅」より徒歩3分
  • 定員:386名
  • 参加費:500円
  • 懇親会:3500円程度
  • 申込先:http://kokucheese.com/event/index/209897/
  • 共催:
    バザーリア映画を自主上映する180 人のMattoの会
    大阪精神医療人権センター
    大阪弁護士会
  • 後援:
    ACT-K / おおいしクリニック・訪問看護ステーション開く・株式会社レクスド
    問合せ先:
    ロベルト・メッツィーナ大阪講演会事務局
    E-mail peppe.osaka@gmail.com
    Fax  06-6313-0058

ペッペ・デラックァさん鼎談の会のおしらせ/映画「むかしMattoの町があった」をご覧になった方はぜひ!

ペッペ・デラックァさんが来日します

先日、映画『むかしMattoの町があった』について記しました。

イタリアの精神医療改革について、もっと知りたい方にぜひおすすめのイベントが開催されますのでご紹介します。

精神科医フランコ・バザーリアとともに働き、その改革の精神を受け継ぎ広めてきたペッペさんことジョゼッペ・デラックァさんが来日し、大熊一夫さん・伊藤順一郎さんと鼎談の会を行ないます。

ペッペ・デラックァさん鼎談の会チラシより

ペッペ・デラックァさん鼎談の会チラシより

『むかしMattoの町があった』自主上映会特別企画
鼎談 イタリア精神保健改革をもっと深く知りたい!

こんにちは。私たちは,「バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会」と申します。

イタリア全土の精神病院の完全閉鎖という,世界的にも類をみない精神保健改革の最初の20年を描いた映画『むかしMattoの町があった』を,全国の同志とともに自主上映しております。

さて,当会ではこのたび,イタリア・トリエステの前精神保健局長ジョゼッペ(ペッペ)・デラックァさんをお招きして,当会代表の大熊一夫,副代表の伊藤順一郎とともに鼎談の会を開催することになりました。

ペッペ・デッラックア氏(精神科医)は,イタリアの精神保健改革を牽引したフランコ・バザーリアに共鳴し,彼とともにトリエステの精神保健改革に参画して,精神保健センターの新設と病院の完全閉鎖に貢献した方です。

ペッペ・デラックァさんの紹介

ペッペ・デラックァさんの紹介


映画『むかしMattoの町があった』の実質的監修者でもあり,1975年に精神保健センター第1号がバルコーラ地区に誕生した場面は,映画にも描かれています。

私たちがぜひ日本にお呼びしたかった方の一人です。

講演会の詳細情報を以下にお知らせしますので,映画をご覧になった方も,ご覧になっていない方も,ぜひ,ふるってお申込みください。

<問い合わせ先:ペッペ・デッラックア東京講演会事務局>
E-mail: 180matto.peppe@gmail.com
FAX: 042-329-7372

ぜひご参加下さい!

映画「むかしMattoの町があった」上映会へ

横須賀つばさの会が上映会を行ないました

午後から神奈川県立保健福祉大学に向かいました。

会場の神奈川県立保健福祉大学前にて

会場の神奈川県立保健福祉大学前にて


横須賀市の精神障がいのある方々の家族会『NPO法人横須賀つばさの会』の主催で、映画『むかしMattoの町があった』上映会が開かれました。



神奈川新聞でも下のように大きく報じてくれました。

(2013年10月15日・神奈川新聞より)

精神障害考える教材に、横須賀のNPOが伊のドラマ27日上映

精神障害者の自立、就労支援などに取り組むNPO法人横須賀つばさの会が27日、イタリアの国営テレビで2010年2月に放送された映画「むかしMattoの町があった」の自主上映会を県立保健福祉大(横須賀市平成町)で開く。精神障害のある人たちを地域で支える仕組みを苦闘の末に構築したイタリア。実話に基づく映画を通じ「自由こそ治療だ!」の理念を訴えかける。

題名の「Matto」はイタリア語で「狂気を持つ人」の意。1960年代、精神疾患者が収容されている病院長として赴任した精神科医フランコ・バザーリア氏が「精神病院」で衝撃的状況に直面する。患者は外から隔離され、独房で縛り付けられたりしていた。その後、バザーリア氏が医師、看護師らと一緒に、障害者の自由への解放と精神保健改革のため精神病院の廃止を求めていく道のりが描かれている。

イタリアでは1978年に精神病院への新規入院を廃止する法律が制定され、1999年には国内から同病院はなくなった。現在は公立の地域精神保健センターが各地に設置され、外来や緊急診察に加え、訪問診療、就労支援などを包括するシステムが出来上がっている。

困難な改革運動の進展に沿い、医師と患者の交流などを描いた感動大作はイタリアで高視聴率を獲得。その後、世界各国で自主上映が始まり、日本でも昨年8月以降、全国各地に広まっている。横須賀で上映する「つばさの会」理事の水島和明さんは「日本ではまだ精神障害のある人への理解が足らないと思う。だからこそ(医療機関など)関係者だけでなく、一般の人にも見てほしい」と強調する。

日本の精神科病院には現在約32万人が入院。うち、1年以上の長期在院者は20万人超ともいわれる。病床を減らし、地域で医療、福祉を支える諸外国と比べ、「日本は(退院後に)面倒を見る人やグループホームなどの受け皿が少ない」(水島さん)。同会理事長の下江秀雄さんは「患者の入院期間が長くなることで、社会へ出づらくなる」と指摘する。

障害者も自由を求める同じ人間-。「テーマを通じ障害者を考える教材にしてほしい」と来場を呼び掛けている。

上映会は成功裏に終わりました。

「横須賀つばさの会」のみなさま、おつかれさまでした。上映会を開催して下さって、本当にありがとうございました。

そして、上映会にいらして下さった全てのみなさまに感謝しています。

映画「むかしMattoの町があった」の背景

映画『むかし、Mattoのまちがあった』(原題『C’era una volta la citta dei matti』、イタリア、2010年)は、実話です。

世界で唯一、イタリアは精神科病院を廃止しています。

1960年代から取り組みが始まり、1998年に精神科病院を全廃しました。精神科病院に隔離収容するのではなく、住み慣れた地域で暮らしてこそ精神疾患からの回復が実現するのだ、という壮大な改革は、今も続いています。

こうした取り組みは、精神科医のフランコ=バザーリア(1924〜1980)によって大きく前進しました。

イタリアでは「すでにある精神科病院は廃止し、新たな精神科病院の建設を禁止する」という趣旨の180号法(1978年5月施行)を制定したのですが、バザーリアの名前にちなんで『バザーリア法』の通称で世界中に知られています。

そのバザーリアの活動とイタリアの精神医療改革の初期20年を描いたのが、この作品です。

映画「むかしMattoの町があった」チラシ

映画「むかしMattoの町があった」チラシ


バザーリアの名前を冠した『フランコ=バザーリア学術賞』の第1回受賞者は、日本人ジャーナリストの大熊一夫さんです。

イタリアの精神保健医療福祉改革については、その大熊一夫さんが書いた『精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本』をぜひ読んでいただきたいです。

大熊一夫著「精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本」についてフジノが書いた書評

大熊一夫著「精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本」についてフジノが書いた書評

ついにエンドロールに名前を発見できました

2年前、映画『むかしMattoの町があった』を日本で上映するにあたって、『バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会』という会が結成されました(フジノもそのメンバーの1人です)。

上映する為には日本語字幕を制作する必要がありますが、その為には数十万円もの資金が必要でした。

そこで資金を工面する為に募金活動を行なったのですが、募集にあたって「募金して下さった方々のお名前を映画の最後に流れるエンドロールに掲載します」という方法を取ったのです。

たくさんの方々にご協力して頂いて、字幕は無事に完成しました。

フジノ自身も募金をしたのですが、実はまだエンドロールを観たことがありませんでした。

それが今日、初めて自分の名前が出てくるのを観ることができました。

エンドロールに「藤野英明」を発見できました!

エンドロールに「藤野英明」を発見できました!


とてもうれしかったです。

募金に協力して下さった方々のお名前を拝見して、改めて感謝の気持ちを持ちました。本当にありがとうございます。

進まない日本の精神医療改革、でも諦めてはいけない

「映画の感想をツイートしてください」

と、市民の方からご要望を頂きました。

ツイッターの140文字では記しきれないので、ここに書きますね。

保健福祉大学

保健福祉大学

映画で描かれているバザーリアの活躍を、フジノは大学時代(もう20年前です)に知りました。

初めて知った時は、素直に感動しました。

けれども感動したのは最初だけです。

それから20年間、感じているのは『怒り』と『あきらめに近い感情』です。

日本の精神科医療は、極めて立ち遅れています。そのことへの怒りと、遅々として進まない現状へのあきらめに近い感情です。

厚生労働省の審議会で改革案が報告書として打ち上げられて、それが数年後には立ち消えになって、また数年後に改革派の人々によって改革案が作られて、また改革が実現しなくて、という繰り返しを見せつけられてきました。

イタリアと日本では何が違うのだろうかと考え続けてきました。バザーリアのような存在が日本にいなかった訳ではありません。情熱をもって改革に取り組んできた人々は、現場にも、官僚にも、マスメディアにも、確かに存在していました。素晴らしい取り組みもいくつも知っています。

答えは、まだ見つかりません。

ひとつハッキリと分かるのは、「それでもあきらめてはいけない」ということです。

日本の歩みはとてもゆっくりですが、それでも確実に変化は起こっているのです。

だから、絶対にあきらめずに、現実を1つずつ変えていくことが大切なのだと信じています。

映画を観て、その決意を改めて強くしました。

これが僕の感想です。

「第1回シルバーリボンデー」@ロフトプラスワンに出演しました(その2)/世界メンタルヘルスデー

その1から続いています)

パネルディスカッションで激論を繰り広げました

第1部はパネルディスカッションです。
 
テーマは『心の病への負のイメージをなくすためには』です。

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出演者は、フジノを加えた5名。

このイベントは、Ustreamでインターネット生中継されました。
 
さらに録画も中継されていますので、ぜひこちらをご覧ください。



Broadcast live streaming video on Ustream




いつものことながら、会場に来ることができない方々とつながりたくて、ステージの上からもフジノはツイッターでつぶやいてました。

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ステージ上でも写真を撮ってました。



月乃光司さんの朗読

休憩をはさんで、第2部はライブです。

月乃光司さん(『こわれ者の祭典』代表)の、まさに魂の叫びと呼ぶべきパフォーマンスを聴かせていただきました。

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2002年から月乃さんが開催してきた『こわれ者の祭典』ですが、つい先月には横須賀でも行なわれました。

これまでフジノは対談集や詩は読んだことがあっても、月乃さんのパフォーマンスを観る機会がありませんでした。

実際に目にした月乃さんのそれは、ラップやヒップホップに通じるものがあるな、と思いました。

また、フジノ自身の街頭演説ととても共通しているものを感じました。



Broadcast live streaming video on Ustream



堀川ひとみさんのライブ

続いて、堀川ひとみさん(うたの国のprincess)のライブです。

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彼女の歌もフジノは全く初めて聴いたのですが、完全に圧倒されました。素晴らしいです!

今日の会場は座席があったので座っても観られるのですが、フジノは最後まで立って観てました。

圧倒的なその歌のすごさに座って聴けるような音楽じゃなかった、というのが率直な想いです。

歌詞、音、立ち振る舞い、表情、存在感、そのいずれもすごかった。



Broadcast live streaming video on Ustream


僕は堀川さんの存在をリスペクトせずにはいられません。素晴らしかったです!



クロージング

ライブが終わり、最後のプログラムへ。

『NPOシルバーリボン』のみなさんがステージに上がって、その活動への理解と協力を訴えました。

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イベントは、まさに大成功でした!



Broadcast live streaming video on Ustream



「第1回シルバーリボンデー」@ロフトプラスワンに出演しました(その1)/世界メンタルヘルスデー

世界メンタルヘルスデー/シルバーリボンデーのイベントへ

今日は、秋晴れの良い天気でしたね。
 
朝からフジノは、東京・新宿へ向かいました。

『NPOシルバーリボン・キャンペーン』が主催して行なった『第1回シルバーリボンデー』に出演する為です。

画像は、新宿東口。スタジオアルタ前ですね。

20111010shinjuku


この駅前に来るといつもフジノは、あの東京都知事選挙の前日の夜を思い出します。

あれからすっかり時が流れたなあ。
 
今日10月10日は『世界メンタルヘルスデー』なのですが、それにちなんで「精神疾患への偏見を無くす為には?」という趣旨のイベントが開かれました。

そもそも「世界メンタルヘルスデーって何?」という説明はぜひこちらをご覧くださいませ)

これから毎年、開催されることをフジノは願っています。

20111010silverribbonday01


さて、今日の会場は『新宿ロフトプラスワン』です。

『サブカルチャーの殿堂』と言われるホールなのですが、ふだんは観客として入る場所ですよね~。

ということで、関係者や出演者以外はなかなか入ることができない『楽屋』をちょっと紹介します。

ホールの脇にある階段をあがると6畳ほどのスペースがあります。

壁の2面が鏡貼りになっていて、テーブルが置かれています。
 
病院の待合室にあるような簡易ソファと、イスが数個。5人も入ればぎゅうぎゅうな感じです。

もう1面にはトイレがあって、残りの壁側にホールを映しているモニターがあります。

パネルディスカッションでご一緒させていただく月乃光司さんにモデルになっていただいて、記念に1枚。

楽屋はこんな感じでした。
        ↓
20111010silverribbonday05


今回の企画を半年前に聴かされた時にフジノは
 
「ロフトプラスワンでやるなんてちょっと無謀じゃないか...」
 
と思いました。

でも、『NPOシルバーリボン』のみなさんの実力はすごかった!
 
会場は完全に満員でした!

熱気もすごかったです。

こうして、満員のお客さまを前に、久保さんのギター演奏からイベントはスタートしました。
          ↓
20111010silverribbonday02


久保さんは、この後のパネルディスカッションで司会も勤めてくれました。

昨日、都内で行なわれて大成功に終わった『第2回リカバリーパレード』でも、久保さんは大活躍だったのです。

「精神保健医療福祉の世界にも世代交代が絶対に必要だ」

と『旧世代』に属するフジノは痛感している中で

久保さんのような『新しい世代』の方々がどんどん現れてくれることをフジノはこころから願っています。

司会の松本さん

司会の松本さん


続いて、栃久保寿治さんからごあいさつがありました。

2002年、日本にシルバーリボンを紹介して下さったのは福島県にお住まいの栃久保さんご夫妻なのですね。

フジノが初めてシルバーリボンを胸に付けたのは2003年11月11日からですが、当時はまだ全くシルバーリボンは知られていない状況でした。

栃久保さんは、福島県で被災されて避難先で暮らしておられます。

厳しい状況に置かれながらも今も、精神保健福祉に関する相談を受け続けていらっしゃいます。

栃久保さんごあいさつ

栃久保さんごあいさつ


地道に活動を一生懸命に続けてこられた栃久保さんご夫妻の活動に、こころから敬意を表したいです。

その2へ続きます)



「リカバリー全国フォーラム2010」が大成功に終わりました!(2日目)

「リカバリー全国フォーラム2010」が大成功に終わりました!

昨日の活動日記に続いて、写真と1行ほどの紹介文で失礼します。

精神保健医療福祉のあらゆる立場を超えて日本のリカバリーをすすめていく為の『リカバリー全国フォーラム』の第2日目の様子です!



第2日目

朝9時半からスタートした『リカバリー全国フォーラム』の2日目。

わずか2年目にして、なんと総参加者は1200名を超える大イベントとなりました!

事前申し込みが1000名、当日申し込みが100名、シンポジストと分科会の出演者とスタッフが100名です。

朝の文京学院大学、すがすがしいです

朝の文京学院大学、すがすがしいです


さて、最初のプログラムはフジノのヒーローである大熊一夫さんです。

特別講演『リカバリーは精神科病院で実現できるか』です。

特別講演『リカバリーは精神科病院で実現できるか』

特別講演『リカバリーは精神科病院で実現できるか』


「講演のタイトルを付けたのは僕じゃないんです。

これじゃあ、生ぬるい限りです。怒りが伝わってきません。

僕だったら、『日本の精神科病院ではリカバリーはほぼ絶望!』というタイトルにします」

こんな刺激的な言葉で大熊さんは講演をスタートしました。

日本の精神科病院ではリカバリーはほぼ絶望!

日本の精神科病院ではリカバリーはほぼ絶望!


イタリアでの精神科病院廃止について日本で誰よりも詳しい大熊一夫さん。

日本の精神保健医療福祉が世界の中でも際立って遅れているということを『怒り』をこめてお話してくれました。

講演のラストも、大熊さんらしかったです。

イタリア精神医療改革の父、フランコ・バザーリアが弟子に語った言葉を引用して、言いました。

フランコ・バザーリアが弟子に語った言葉

フランコ・バザーリアが弟子に語った言葉


ウンコで手を汚してみろ!

これは、

専門家は机にふんぞりかえっていないで現場に出てこい

ということを強く訴えての言葉でした。

ウンコで手を汚してみろ

ウンコで手を汚してみろ


ところで、こういう講演の演者の方って、自分の出番の前に来て終わったら帰ってしまうことが多いのですが

実は、大熊さんは、昨日から来て下さって、しかも朝から夜までずっとフォーラムに立ち会っていて下さいました。

フジノが昨日文京学院大学に到着して、最初にお会いした方が大熊一夫さんで、

懇親会場を抜け出す時に、最後にあいさつした方も大熊一夫さんでした。

大熊さんは、いつも現場にいらっしゃる。
 
バザーリア風に言うならば、いつも「ウンコで手を汚している」のが大熊さんです。

本当に、フジノもずっと見習い続けたい姿勢です。
 
大熊さん、いつも本当にかっこいいです。



バザーリアのお弟子さんたちが来日します!

11月にバザーリアのお弟子さんたちが大熊さんらによって来日することになりました。

ぜひこちらをご覧ください。
 

イタリア改革の語り部4人来日

イタリア改革の語り部4人来日


そして、ぜひみなさまいらしてくださいね。

東京だけでなく、横浜、大阪、長崎の合計4か所で講演が行われます。



大熊一夫さんが横須賀で講演をします!/「障害者施策検討連絡会」の学習会

大熊一夫さんが横須賀で講演をします!

フジノのヒーローである大熊一夫さんが6年ぶりに横須賀で講演をします!

バザーリア賞受賞記念作である名著『精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本』を出版してからというもの、今、再び大熊さんブームが来ている感じがします!

いろいろな講演・シンポジウムにひっぱりだこの大熊さんを見るにつけても、『大熊チルドレン』であるフジノは、とてもうれしいです!

バザーリア賞受傷直後の大熊一夫さんとフジノ

バザーリア賞受傷直後の大熊一夫さんとフジノ


障がいのある方々のご家族らをはじめとする関係者による『障害者施策検討連絡会』という組織があるのですが、その学習会として、今回の企画が実現しました。

申し込みなしで、無料で誰でも参加自由です。

残念ながら当日フジノは、市議会・本会議のまっただなかの為、行くことができません。

でも、ぜひみなさまはご参加ください!

障害者施策検討連絡会・学習会のおしらせ

障害者施策検討連絡会・学習会のおしらせ

「地域で暮らす仕組みづくり」~精紳病院を捨てたイタリア 捨てない日本~

  • 講師:大熊 一夫(フリージャーナリスト)
  • 日時:2月19日(金)14:00〜16:00
  • 場所:総合福祉会館5階ホール

恒例となりました『障害者施策検討連絡会』の『学習会』を開催いたします。

昨年は『障害者権利条約と障害者自立支援法』というテーマで学習会を開催しました。

そこで、今年はメインテーマを「地域で暮らす仕組みづくり」とし、精紳保健最先進国イタリアでの実践を例として学習会を行います。

講師には、39年前に『ルポ・精紳病棟』、そして昨年『精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本』を執筆し、日本の精神保健の実態に大きな問題を提起された大熊一夫さんをお招きします。

今回の学習会を契機に「誰もが自分の望む地域で暮らす権利がある」ということについて考えていく機会になればと思っています。

  • 参加するときに予約は必要ありません。直接会場までお越し下さい。
  • 手話通訳とOHPによる要約筆記が付きます。
  • 会場の駐車場には限りがありますので、公共交通機関をご利用下さい。

鎌田慧さんから取材を受けました/週刊金曜日

鎌田慧さんから取材を受けました/週刊金曜日

今日、あの鎌田慧さんから取材を受けました。

ジャーナリスト・ルポライターとして広く知られているあの鎌田慧さんです。

雑誌『週刊金曜日』から取材依頼の電話を受けた時、編集部の方から「鎌田慧さん本人が横須賀に取材に行きます」とうかがいました。

僕は長年尊敬してきた方とお会いできることへの喜びと同時に、過去の自分自身の想いをはじめ、いろいろなことが思い出されました。

思い返したいろいろなこと

大学卒業を前に就職活動を行なっていた頃、新聞記者になることが、フジノの第1志望でした。

その理由はすでに過去の活動日記に書いたとおりですが、そもそも高校時代の恋人が統合失調症(旧・精神分裂病)を発症してしまったことが原因で僕は大学での専攻を心理学に決めました。

しかし、大学時代に痛感していたことなのですが、いくら東京やアメリカで最新の事例を見ても学んでも横須賀のような片田舎にはそんな進んだものは全く入ってきません。

恋人を守る為にも、日本全国の精神保健福祉が変わらなければ、とうてい横須賀の状況も変わるはずがないと考えてきました(それは今も全く同じ気持ちです)。

大学時代に複数のメンタルクリニックで無給研修生として働かせていただきましたが

しょせん大卒の青二才(=僕)が現場で働いていくだけでは精神保健福祉業界全体に変化をもたらすことはとうてい不可能で、

福祉の現場で働いて力をつけて発言力が持てるようになるにはきっと30年はかかるだろう、と当時の僕は思いました。

当時22才の僕にとって、50代半ばになってからやっと発言できるようでは遅すぎる、と思いました。

目指している目的の実現にはあまりにも時間がかかりすぎて「それでは僕の望むスピードではない、まにあわない」と感じていました。

何と言っても、僕は目の前の恋人を守る為にも「今すぐ」に精神保健福祉の現実を変えたかったのです。

この国のあまりにも立ち遅れた精神保健福祉を一刻も早く改善したい僕にとって、30年先では遅すぎたのです。

もともと僕の性格は目指している『目的』が実現できるならば、それを実現する為の『手段』は何でもかまわないというものです。

そこでいろいろ悩んだ末に、「マスメディアで働くことができたならばもっと早くそれが実現できるだろう、少なくとも15年くらい努力し続ければ何とか社会的影響力のある発言が可能になるかもしれない」との結論に至りました。

マスメディアで働く中で少しずつ取材対象を福祉へとシフトして日本の福祉があまりにも弱すぎるひどい現実を世間に広く知らしめて、海外の福祉の最新の事例をどんどん紹介することで

政治・行政にしっかりと改善をするように求めていく、メディアの力で訴えていく方が早いのではないかと考えたのです。

また、新聞・雑誌・本・テレビ・ラジオなど様々なメディアが存在する中で、当時の僕が最も有効だと考えたメディアは、『ルポルタージュ』でした。

もともと本を読むのが好きでしたから、いろいろな『ルポルタージュ(以下、ルポと略)』を読んでいました。

当時読んでいた『ルポ』をふりかえると

竹中労さん、本多勝一さん、鎌田慧さん、大熊一夫さん、本田靖春さん、柳田邦男さん、沢木耕太郎さん、

などの名前が思い浮かびます。

やがて就職活動に2年間もかけて、ことごとく新聞社の入社試験に落ち続けた末に僕は

精神保健福祉の改革という目的もジャーナリズムの世界に入るという手段も捨ててしまいました。

家でも学校でも仕事でも精神保健福祉と向き合うのではなく、その日その日を、その場その場を何とか笑顔で生きられればそれで良いのではないか、と気持ちを切りかえました。

そして生活の為に、就職が決まっていた映画会社に入社して、華やかで楽しくて夢がつまっている映画の世界へ飛び込みました。

それでも結局は恋人のいのちを失なってしまって、自分の浅はかさを悔やみながら、もとの目的へと戻ってきたのです。

ジャーナリズムという手段でも遅すぎるという想いから、今では目的実現の為の手段は、政治に切りかえました。

そして今、こうして政治家として現実と闘っているのです。

当時も今も変わらない想いについて

もはやジャーナリズムの世界とは縁が切れた今でも、現実世界をより良いものへと変えていこうとするジャーナリスト・ルポライターの方々への僕の尊敬の念は変わりません。

特に、取材対象の中に自ら飛び込んでいって、取材対象と一体化しながら現実世界の矛盾や問題点を描き出す素晴らしいルポをたくさん書いてこられた鎌田慧さんは、僕にとって特別な存在でした。

それは僕にとって過去形ではなく、今もそのお名前をうかがうと、熱い気持ちが蘇ります。

神様とまでは言いませんが、鎌田慧さんの存在はあまりにも大きな存在です。

大学卒業から約12年ほどを経て、まさか自分が尊敬する鎌田さんから取材していただけるとは、衝撃でした。

取材以来の電話をもらった夜は、かつて一緒にジャーナリズムの世界をめざした友達や、実際に今は新聞社で働いている友達らに、興奮しながら報告の電話をしてしまいました。

取材内容はあくまでも衆議院選挙の神奈川11区の情勢についてであって、

フジノにとって大切な意味を持つ精神保健福祉のことでもなければ、人生を賭けたテーマである自殺対策のことでもありません。

ふだん政治家としてフジノは、政策以外の取材は受けません。
 
特に、時事的なことがらの取材はお断りしてきました。

時事的な情報は単なる『商品』として『消費』されて『終わり』だからです。

特に、テレビの取材の多くは百害あって一利なしですから、大切な政策テーマ以外では、お断りしてきました。

でも、僕にとって鎌田慧さんは特別な存在です。
 
今日は、喜んでお会いしていただきました。

編集部からの電話では「20分ほどお話をうかがえれば...」と依頼をされたのですが

鎌田さんと実際にお会いしていただいて、この横須賀というまちの現実をお話ししていくうちにとても対話がもりあがって、

最終的には1時間40分も過ぎてしまいました。

それも同行しておられた編集部の方に

「鎌田さん、そろそろ次の取材に行かないと...」

と急かされて終了した1時間40分で、
 
あくまでも鎌田さんは

「必ずまた会おう」

と、おっしゃってくださったのでした。

MrKamata

政治家フジノという公的な存在としても、藤野英明という私的な存在としても

鎌田慧さんをこころから尊敬しているということをお伝えして、取材を終わりました。

もしも鎌田さんとの再会がありうるならば、次回は神奈川11区の選挙事情なんかじゃなくて

精神保健福祉の現状や改革の方向性や、この国の自殺の実態やこの国の変わるべき姿についてなどを語り合うことができたら、本望だと思いました。

人生とは、不思議でたまりません。

ルポライター/ジャーナリストを目指した21才の当時には、まさか35才になって自分が鎌田慧さんに取材をされるようになるなんてとても想像ができませんでした。

生きていくということは、一体何なのだろう。
 
本当に分からない。

でも、だから生きていくのかもしれない。

後日談

この取材をもとに執筆された内容はこちらをご覧下さい。

中村ユキさん(漫画家)がカフェトークにいらっしゃいました!/明日発売「わが家の母はビョーキです」はオススメです

お昼のカフェトークを今日だけ夜に開催した理由

土曜日のカフェトークはいつもはお昼に行なうのですが、今日は夜7時から開催しました。

というのも、カフェトークの会場である上町のカフェ『RRROOM』はなんと今日のお昼、テレビ番組の収録があったのです!

今夜8時55分から放送されたTVK(テレビ神奈川)の『あっぱれ!KANAGAWA大行進』という番組でどーんと紹介されました。

番組のラストは、『RRROOM』のマスターの乾杯のかけ声で、デビット伊藤さんと中村アナをはじめ、常連客のみなさんがビールをぐいっとやっていました。

自分の大好きなカフェがメディアで紹介されるのはものすごくうれしい半面、世間に紹介されすぎるのもさみしかったり、フクザツな気持ちですね~。でも、うれしかったです。

「わが家の母はビョーキです」by中村ユキさん

さてさて、そんな訳で、夜に開催したカフェトークですが、今日は『プロのマンガ家』の方が来てくれました。

プロのマンガ家の方が参加してくれたのは、今回で2人目です!

カフェトークって、いろいろな方が集まりますね。

フシギな磁場がいろいろな人を引き寄せるみたいで楽しいです。
 
主催しているフジノがいつも1番楽しんでいると思います。

さて、今日カフェトークに参加してくれたのは

中村ユキさん

です!

あさって月曜日に本屋さんに並ぶのでまだ店頭には1冊も出ていない新作のできたてほやほやを持ってきて下さいました。

『わが家の母はビョーキです』(サンマーク出版)

20081115comickaboutschizophrenia

中村さんのお母さまが統合失調症を発症してからの31年間をコミックエッセイ(マンガとエッセイですね)として描いたものです。

これは画期的な本です。

何故なら、

統合失調症(旧・精神分裂病)を真正面から描いたマンガがこれまで大手出版社から出版されたことは無かったのです。

もちろん、統合失調症について描いたマンガはこれまでもたくさんありましたが、そのほとんどが世間へのインパクトはそれほど大きくないミニコミ誌や家族会の会報や製薬会社のリーフレットなどだったのでした。

一方で、うつ病についてはこれまでにもかなり多くのコミックエッセイが出版されてきました。

特に、細川貂々さんが描いた『ツレがうつになりまして』『その後のツレがうつになりまして』はうつ病への世間の理解をすごく高めてくれました。

(細川さんの功績は本当に素晴らしいと思います!)

一方、精神保健医療福祉の専門家にとって『精神疾患』といえば、やっぱりメインは『統合失調症』なのです。

統合失調症こそが、僕たちの『勝負』なのです。
 
僕にとっても、統合失調症こそが人生をかけた最大のテーマです。

それなのに、統合失調症が正しい姿でマスメディアの表舞台に出てくることはこれまでほとんどありませんでした。

それが今回、あのサンマーク出版から出版されるのです。

この点において、『わが母』は統合失調症の理解をすすめる大きな第一歩なのです!

統合失調症は100人に1人がかかる、当たり前の病気です

『わが母』を読み終えましたが、いい本ですね。分かりやすい。読みやすい。
 
そして、何よりもウソがない。

リアルです。でも、明るいです。

統合失調症のお母さまとの壮絶な日々がこどもからの目線でリアルに描かれています。

こどもからの目線、というのは、どれほど病気である母の状況に悩んだり苦しめられたりしつつも、どこかにいつも『生きる希望』『生きようという明るさ』があるのです。

それは、中途半端なドラマなんかではありません。

こどもにとって、生きるか死ぬかの体験でもあります。

僕も、統合失調症の親御さんを持つたくさんのこどもたちと出会ってきました。

多くの場合、こどもは児童養護施設に引き離されていて、親御さんは精神科病院に入院していたりしました。

親の養育能力が欠けている、あるいは親と一緒にいるとこどもが危険だ、といった理由の場合もあります。

けれども、こどもたちは、病気のせいで殺されそうになったまさにその親に「会いたい」「会いたい」と繰り返し、言うのです。

どれほど児童福祉司や職員が愛情を注いだとしても親御さんを大好きでたまらないのです。

どんなに福祉の専門家が愛情を注いだとしてもそれはしょせん他人であって、どんなに病気が重くて困らせられたとしても大切な、大好きな、お母さんであり、お父さんなのです。

包丁をつきつけられても、首をしめられても。

これが僕の知っているリアルです。

僕の感じる、『こどもたちの持つ、苦境であっても希望を持っている』というリアルさです。

そうしたリアルな明るさが描かれた統合失調症の本当のことが分かる本が『わが母』です。

著者である中村ユキさんは、表層的な意味ではなく、『本気』で、お母さまのことを愛しているのだと読み終えて感じました。

とても良い読後感でした。

中村ユキさんとフジノ

中村ユキさんとフジノ


本で描かれている姿よりももっとキュートな素敵な方です。

フジノは宣言したいのですが、絶対に中村さんはこの本で注目されるはずです。

マスメディアは絶対にこの大きな意義を持つ本を放っておくことはできないはずです。

この本が書評に載らないようなマスメディアはありえないとフジノは考えます。
 
ところで、統合失調症は、他のどの病気と同じく完全に全く同じ症状の人は誰1人として存在しません。

みんなが人それぞれに特有の症状を持っています。

だから、『わが母』だけで統合失調症の全ては理解することはできませんし、もっと別の症状もあります。

けれども、この本は統合失調症の症状や家族の体験を多くの方々が理解する上でとても役に立つはずです。

どうか、みなさま、ぜひ読んでみてくださいね。

統合失調症は誰もがかかる当たり前の病気です

統合失調症は100人に1人がかかる、当たり前の病気です。

そんなたくさんの方がかかる当たり前の病気が日本という国に生まれたというだけで早期発見も早期治療もされずに、たくさんの方々が苦しんでいます。

(例えば1978年から、日本では学校の保健体育教科書から完全に精神疾患の記述がカットされてしまいました。思春期こそ精神疾患にかかりやすいのに!)

僕の亡くなった元恋人も高校時代に統合失調症にかかりました。

学校で言えば、2クラスに1人は必ず統合失調症になる人がいるのです。よくある病気です。

それなのに、学校では教えもしない。

だから、早期発見・早期治療ができればかなりの人がもっとラクに治療を終えられるのに、元気いっぱいに暮らしていかれるのに、それがこの国ではできない。

サイテーな国だと僕は今も怒りでいっぱいです。

『日本精神医学界の父』と呼ばれる呉秀三先生はかつて1918年にこう書きました。

わが国の精神病者は、この病を受けたるの不幸のほかに、この国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし

90年が過ぎた今もわが国の精神保健医療福祉は、とても遅れている現状があります。

この怒りがいつも僕の中にあって、呉先生の言葉がいつも僕の中に炎のように燃えていて、絶対に変えてやる、こんな国を変えてやる、と怨念のように僕の中にいつも渦巻いています。

イタリアでは精神科病院を廃止しました。

本気を出せば、日本だってできるんです。
 
地域で誰もが暮らせるはずの、ふつうの病気なのです。

それをやらない日本という国が、憎くてたまりません。
 
それをやらない政治が、憎くてたまりません。

けれども、政府がダメならば、僕たちが変えていけばいいのです。
 
僕はそう信じています。

だから、僕はあきらめずに政治の力で現実を変えようとして闘っています。

僕のこころの師匠である大熊一夫さん(ジャーナリスト)もたった1人きりで、大きく日本の精神医療を変えたのですから。

そして、今回出版される中村ユキさんの『わが家の母はビョーキです』によって、きっと世間の理解はさらにすすんでいくはずです。

当たり前の病気が、もっと当たり前の治療が受けられるように、そして、もっと当たり前の暮らしができるように。

精神保健ボランティア「ろっきー」のみんなで見学をしました/つばさの家第2作業所・喫茶レゼル

「つばさの家第2作業所」と「喫茶レゼル」を見学しました

フジノは、社会福祉協議会が主催している『精神保健ボランティア講座』の第6期生です。

6期生のグループ名は『ろっきー』。

今月は『ろっきー』のみんなと、いろいろな施設(作業所や病院など)を見学してまわります。

今日は、まず第一弾として『つばさの家第2作業所』『喫茶レゼル』を見学させていただきました。

去年から繰り返し書いてますけど、『つばさの家』のマドレーヌはおいしいんです!

バザーとかで見かけるとよく売り切れてるんです。ぜひオススメ!

おいしいマドレーヌたち

おいしいマドレーヌたち

 
上の写真は、できあがってお店に並ぶ前のマドレーヌたち。

ちなみに僕は今日4つ食べました。

「スタッフにもおみやげで買っていこう」
 
とか考えて買ったのに、気づいたらぜんぶ食べてました(笑)

精神障がいのある人こそ働くと元気になれます

昨日の大熊一夫さんの講演でも話されたことなのですが、昔は(そう遠くない、わずか30年前です)精神障がいのある人は『隔離』されて苦しめられてきました。

病気によって苦しめられるだけでなく、この国に生まれてしまったせいでさらに苦しめられてきたのです。

同じ1970年代にはイタリアは精神病院を全て無くす改革を始めていた頃に、日本では家畜牧場みたいな殺人病院がたくさんあったのですね。

そこで、『作業療法』というでまかせで入院している人を重労働させていたりしたんです。

本当にサイテーです。

でも、今ではこの『つばさの家』作業所のようにおいしいマドレーヌを作って販売していたりします。

近所の人もフツーに買っていくし、僕もおいしいから食べてます。

精神障がいがあってももちろん働けるんです。

むしろ、近年の精神保健福祉の理論では、重い精神障がいのある人ほど働いた方が元気が回復すると言われています。

横須賀にも、作業所に通ってお給料をもらって1人暮らしでアパートで生活をしている人だって、たくさんいます。

そういう、フツーの姿をもっとみんなに知ってもらえたらなあといつも思います。

喫茶レゼルの野菜カレーが大好き 

見学の後は『喫茶レゼル』でカレーを食べながらみんなでいろんなことを話しました。

しつこいですけど、フジノはレゼルの野菜カレーが大好きなんです!

去年の4月3日にも、今年の2月24日にも同じこと書いてますね)

安い!うまい!

ろっきーのメンバー

ろっきーのメンバー

 
実は、この写真...。

フジノは横を向いてしまってますけれど、肺に穴があいている状態で中腰は本当にキツイんですよ(涙)。

シャッター押される直前までピースしてたんですけど、苦しくなって立ち上がりかけてしまいました。
 
みんな、とても良い仲間たちです。

精神保健ボランティアがもっともっと増えていきますように!

横須賀にはまだまだ『精神保健ボランティア』の数が足りません。

千葉県や高知県や全国には、本当にたくさんの精神保健ボランティアさんがいます。

このまちも、もっともっとこんな素敵な仲間が増えていくといいなあ、とつくづく思います。