「LGBT成人式感謝祭」に来賓として出席しましたが、感謝するのはフジノの方です!/LGBT成人式の歴代の実行委員・参加者のみなさま、ありがとうございました!

さらなる発展の為にNPO法人ReBitが「LGBT成人式」の「主催」を卒業します

2012年1月、画期的な取り組みとして登場した『LGBT成人式』

全国の当事者のみなさまに勇気と希望を与えてくれました。そして、何よりも世間の無理解と偏見を解消していく大きな力となった取り組みでした。

(下の動画は2015年のLGBT成人式の様子を『8bitNews24』が報じたものです)





主催してきたのは、当時は早稲田大学の学生団体だった『Re:Bit』

今ではNPO法人となり、その良質な活動が評価されて活動範囲も全国へ広がってきました。規模も大きくなりました。

そして、『NPO法人ReBit』はひとつの決断をしました。

ご報告:2018年度LGBT成人式について



2018年度、特定非営利活動法人ReBitは東京で『LGBT成人式』を主催しない運びとなりました。

東京会場の主催はしないものの、引き続き各地域の実行委員会立ち上げのサポートや、必要に応じた各地域の運営のサポートをさせていただく予定です。

東京会場についても実行委員会が立ち上がった場合は、各地域と同様の立ち上げのサポートや運営のサポートをさせていただこうと思っております。

この考えに至った経緯を、少しお話させて下さい。

『LGBT成人式』は2011年に、「LGBTも胸を張って大人になれる地域が増えてほしい」との願いからはじまりました。

2018年になり、それが「実現した」と言い切ることはできませんが、みなさまの絶え間ない努力のおかげで、この7年で社会に大きな変化がいくつも起きました。

社会の変化に伴い、誰かをエンパワメントしたいと考える10代・20代が増えたようにも感じます。

それにより、今のReBitが注力すべき部分が一段階先に進んだのではないかと考えました。

これからの社会の変化、ニーズの変化にも柔軟に対応しつつ、この課題に主体的に取り組み、社会を変革する若者を育てていくことが、団体としての使命ではないか、と感じたのです。

これまで学生団体の頃から培ってきた経験を、団体内に留めるのではなく次世代につないでいくためにも、今が決断のタイミングではないかと考えました。

だからこそ、「LGBTも胸を張って大人になれる地域が増えてほしい」という願いは変わらないままに、LGBT成人式というコンテンツの型にとらわれず、「やりたい気持ち」をもった各地域の若者を応援するプログラムの開発・実施に向け、ReBitは2018年度新たなチャレンジに踏み出したいと思います。

この考えに至れたのも、ReBitが多くの方々に育んでいただいたからです。

2009年、ReBitを立ち上げ「多様な性に関する授業を学校に届けたい」と言った時も、

2011年、「LGBTの若者たちが胸を張って成りたい人になるための成人式を開催し、全国に広めたい」と言った時も、多くの先輩方に応援していただき、育んでいただいたおかげで、今のReBitがあると思っております。

ReBitも次世代を応援し、育む器になれるよう、2020年のその先も継続的に若手リーダーを応援/育成できる基盤を共に創るために、僭越ながら邁進する所存です。

(NPO法人ReBitのウェブサイトより引用)

そして、これまでの7年間の感謝をこめて、『LGBT成人式感謝祭』を開催することとなりました。

LGBT成人式感謝祭の告知

LGBT成人式感謝祭の告知


フジノはこの数年間、来賓としてお招きいただくのが嬉しくてたまりませんでした。

毎年書いてきたとおりですが、

『LGBT成人式に招かれるか』=『「ReBit」の視点から政治家フジノの1年間のSOGIに関する取り組みが十分だったかの評価である』

と受け止めてきました。

何故なら、東京都内で開催されているこのイベントに、都内の区議会議員をさしおいて、あえて遠方である神奈川県横須賀市からわざわざフジノは招かれてきた訳です。

これは、フジノの取り組みが一定程度の評価をしていただけていなければ、無かったと思います。

『LGBT成人式感謝祭』会場の世田谷区男女共同参画センターらぷらす

『LGBT成人式感謝祭』会場の世田谷区男女共同参画センターらぷらす


毎年いつだって全力を尽くしてはきました。けれども、当事者のみなさまにとって満足できるものだったかどうかはフジノには分かりません。

だから、毎冬、招待メールが届くのをドキドしながら待ちました。

招待メールが届くと、ホッとしました。

それと同時に、毎年あいさつの中身を必死に考えました。

来賓あいさつの機会をいただけるのですが、横須賀のSOGIに関わる取り組みを全国に発信できる貴重な機会なのです。

毎回、来賓あいさつには全身全霊をこめて臨みました。

そのおかげで、来賓あいさつを聴いて下さった多くの方と毎年新たな出会いの機会を頂きました。

「LGBT成人式感謝祭」まもなくスタートです

「LGBT成人式感謝祭」まもなくスタートです


そんなフジノですから、『LGBT成人式』には感謝の気持ちしかありません。

『感謝祭』と名付けられていますが、フジノにとっては逆です。

フジノとしては歴代の実行委員のみなさまと参加者のみなさまと再会して、ぜひこちらからの感謝の気持ちをお伝えしたいと思いました。



「LGBT成人式感謝祭」はたくさんの人々の想いのつまった素晴らしい場でした

お昼13時から『LGBT成人式感謝祭』はスタートしました。

LGBT成人式感謝祭、スタートです

LGBT成人式感謝祭、スタートです


はじめに、第1回LGBT成人式(2012年度)で実際に流された、オープニング映像とエンディング映像が上映されました。

『LGBT成人式』といえば映像の上映がトレードマークのひとつでした。

心に訴えるストーリー性と声高ではないけれど確実に胸に届く主張性に、フジノは毎年も涙が出たものです。

残念ながらこれまでフジノは第1回の映像は観たことがありませんでした。

クレヨン、グローブ、制服など様々なものがロープでつながっている。それを引っ張っていく。

「いつだって新成人」のメッセージ。

ここ数年のクオリティの高さに比べると手作り感は否めなかったのですが、『原点』と『本質』を観ることができました。

「年齢不問の成人式というのが分かりづらいのではないか?」という話し合いの結果、なんと開会数日前にオープニング映像が必要だと決定したそうです。

本当にギリギリで完成したとの裏話も伺いました。

荒削りながらこの初回の映像には、7年間を貫く想いがありました。

2011年度のLGBT成人式

2011年度のLGBT成人式


続いて、代表あいさつとして薬師実芳さんからお話がありました。

(あいさつから抜粋)

現在では、全国16地域で5000名以上に参加して頂いている『LGBT成人式』。

けれども本当の原点にあたる『第ゼロ回』があって、あるトランスジェンダーの友人の為の成人式を開いた。それはわずか10人弱の会だった。

その時、全国で参加してもらえる集まりを開きたいと思ったのがスタート。

これまで、いろんなドラマやストーリーがあった。

新成人の子が着たい晴れ着を着ることができて良かったという感想や、いじめを受けることが多い中でここに来れてよかったとか、親にも喜んでもらえて嬉しかったと話してくれたり。

自分にとって2回目の成人式ですと胸を張ってくれた。おこさんを育てているカップルさんがゼロ歳のおこさんをつれてきてくれた。

ひとつのイベントではあるけれど、人生において振り返る時に大切な取り組みだったと思ってもらえるはず。

今では全国16地域で開催されて、1ヶ所あたり実行委員も毎回15人程度、当日スタッフだけでも50人は必要なほどに成長したイベントの誕生は、わずか10名だったのですね。

2013年度のLGBT成人式

2013年度のLGBT成人式


続いて、来賓あいさつ。

フジノからもみなさまにごあいさつをさせていただきました。

これまでの実行委員のみなさまと参加者のみなさまへ心からの感謝の気持ちをお伝えするとともに

「必ず横須賀でもLGBT成人式を開催します」

と宣言してきました。

これで後に引けない状況を作りました。

すでにブログでは「横須賀でもやる!」と宣言していますが、必ず実現しますからね!

(『LGBT成人式@横須賀』実行委員メンバーを絶賛大募集中です)

2015年度のLGBT成人式

2015年度のLGBT成人式


続いて、7年間全てのLGBT成人式の様子を、スライドショーと解説をお聴きしながら振り返りました。

2011年度テーマ「もっと自分を好きになる」

350人が出席。
初回にもかかわらず、佐藤かよさんが司会を引き受けてくれた。
当時はアライという言葉も無い頃。
LGBTフレンドリーと言われている方に大人のロールモデルを見せたいねということでカミングアウトをしておられる方に来ていただいた。

初代代表である薬師さんは、当時まだ大学4年生でした。

第1回開催の夜に『News Zero』でかなりの長さで報じられました。

当時としては画期的なニュースだったと思うのですが、2018年現在の今観ると、この特集さえ古びて観えるくらいに時代が変化したことを感じました。
 

2012年度テーマ「もっと自分を好きになる」

世田谷区に加えて、世田谷区教育委員会の後援を受けた。
司会にヨースケクロフォードさん、
トークショーゲストにブルボンヌさん。
さらにファッションショーも開催した。
服飾専門学校とLGBT当事者がコラボして、プロデュースした。
その日に来られない人も巻き込める企画を考えて、多数開催した。

2013年度テーマ「ありのままの自分におめでとう!」

会場は、学校!
ものすごくムリをお願いして世田谷区立の中学校で開催した。
図工室を借りて、みんなでキャンドルを作るワークショップを行なった。

『Re:Bit』の代替わりもあって、2013年度は『LGBT成人式』が開催されないかもしれないという状況だったそうです。

そんな中、新たに代表を受けたSさん。今まで1度もイベントを開催した経験も無かったそうです。

「これまでとは異なってホールではない所で開催したい」と思い、学校を選んだそうです。

当事者のみなさまの中には、良い思い出もそうでない思い出も様々にあると思います。

学校でありのままの自分を出せるようになってほしいという願いを込めて、どうしても学校で開催したかったそうです。

2014年度テーマ「もっと自分を好きになる」

これまで『新成人の言葉』というプログラムはあったのですが、新たに『新成人への言葉』というプログラムが増えた年。

2015年度テーマ「もっとあなたに近いLGBT成人式」

ステージの上の人と参加者という関係性ではなくて、みんなをもっと近いものにしたかった。
そこで、参加者に壇上にあがってもらった。
立食形式だった為、2時間立ちっ放しに。
これには実行委員会でも賛否両論あったそうです。
東京以外にも全国各地で開催していますが、この年が最多の開催ヶ所数だった。

2016年度テーマ「ありのままで未来を描く日」

新代表のTさんが「参加者も来賓もスタッフも同じ高さでやりたい。完全に平場でやりたい」と考えたことから、ステージの無いホールで開催。
『新成人への言葉』がゴシップのタキタリエさん。
トークショーはやるきありみの太田さん。

2017年度テーマ「あなたとその先のあなたへ」

「あなた」という言葉をとても大切にした年。
ウェブでの発信は特に大切にした。
関わっているスタッフの声を書いて、ツイッターやInstagramに載せたり、カウントダウンをしたり。

地元の成人式に出席しなかった方が、フジノのまわりにもいます。

今日の参加者の方々の中にも「成人式は遠い存在に感じていた」とおっしゃる方々がおられました。

そして同時に「自分にとって成人式=『LGBT成人式』だった」とおっしゃる方も。

この想いはフジノもとても共感するところがありました。

トークショー

トークショー


続いてのプログラムは、トークショーでした。

ここで語られたことで書きたいことはたくさんあるのですが、ちょっとだけ紹介しますね。

(トークショーよりほんの一部だけ抜粋してご紹介します)

  • 第1回からコアスタッフとして関わってこられた方のお話。

    アイディアと想いだけで集まったわずか10人のメンバー。

    前年の2月から準備を初めて、いつも新宿御苑のサンマルクでミーティングを行なったこと。

    常に『LGBT成人式』はコンセプトを大切にしてきたこと。

    これまでの自分をねぎらうとともに、未来志向でいく場にしたいという2つの意味合いを持つ場にしてきたこと。

  • 「今日は参加してくれるみなさんが祝福される日なのです」

    ということをはっきりお伝えしたい為に、笑顔で、本日はおめでとうございますと受付担当で統一していた。

    1人目の入場者の方に「おめでとうございます」とお伝えすると、ハッとした表情になられたのが印象的だったこと。

  • 代表の薬師さんから「LGBT成人式を開きたいんです」と熱く語られた方のお話。
  • 『News Zero』で特集が報じられた時に、顔にモザイクをかけてもらったら、そのことをSNS上で批判されてしまったこと。

    「『LGBT成人式』の壇上で語っておきながら自分のことを恥ずかしいと思ってるのか」と書かれてしまったそうです。
     
    (フジノ注:でも、この批判は当たっていないですよね。この方が勇気がないのではなく、そうさせる社会の側が問題です)

  • 1年目のイベントが終わったあとに会場を出てスタッフで輪になって、「おつかれさま」と声がけをした。

    代表の薬師さんが「社会が変わる音がしました」と言った。

    今思うと恥ずかしいセリフだったけれど、その場に居たスタッフはみな心を揺さぶられた。

  • ReBit主催のLGBT成人式は無くなるけれど、今後もLGBT成人式マインドを持った人たちが地元で続けてくれたらと思うし、全力でサポートしたい。

    今後アクションを取りたい人がアクションを取る為のプラットホームとして使ってもらえたらと願っている。

    社会にアクションできる人を増やしていくことがReBitのできることかなと思っている。

本当はおもしろい裏話がたくさんあったのですが、割愛します。ごめんなさい。



ReBitのこれから

 
最後に、「ReBitの今後について」が語られました。

実際の『ReBit』ホームページをご覧いただく方が正確だと想いますが、フジノからもちょびっとだけご紹介させて下さい。

かつてはReBit=LGBT成人式というイメージが強い時期がありましたね。

でも、今のReBitはさらに、とても『教育事業』に気合いが入っています。

ReBitの教育事業

  • 授業・研修→子どもや先生、行政を対象にこれまで550回以上実施してきた
  • 教材制作→4万部以上出版!
  • 一般向け→いろいろな本を出版

Facebookやツイッターをフォローしている方はみなさんご存知ですよね。

教育委員会の研修に訪れたReBitのみなさn

教育委員会の研修に訪れたReBitのみなさn


高校を訪れたReBitのみなさん

高校を訪れたReBitのみなさん


さらに、2月に出版された『「ふつう」ってなんだ LGBTについて知る本』(ReBit監修、学研プラス、2018年)も本当に素晴らしかったです。




全国の小中学校・高校の図書室に絶対に置いてほしい一冊です。

そしてもう1つが『就活事業』です

ReBitの就活事業

 

  • 約1500名のLGBTのキャリア支援
  •  

  • 約200社の企業研修
  • 自治体と協働し、就労支援体制の構築
  • 日本初、LGBT就活生向けウェブメディア運営
  • 日本初、LGBTキャリアフォーラム運営

具体例の1つは、こちら!

無料個別キャリアカウンセリング

無料個別キャリアカウンセリング


神奈川県内でも唯一、2017年度から横須賀市で開催していただいています(これはフジノの自慢でもあります)!

2017年度のLGBT成人式

2017年度のLGBT成人式


薬師さんは語りました。

(クロージングでの薬師さんの言葉から抜粋)

「LGBT成人式をふりかえると、語り尽くせないことがたくさんある。

本当にひとりひとりのきっかけになったイベントだと思う。
 
1日では人も社会も動かない。だから、自分たちはずっと動いていく。

来年度から自分たちが主催をしないでおこうと思ったのは2つある。
 
『ReBit』が『LGBT成人式』のプロフェッショナルになってもそれは自分の考える未来とは違うと思った。

全国1600の地方自治体それぞれに暮らしているみなさん自身にぜひ挑戦して開催してもらいたいと思った。
 
もうすでに全国の16地域で、自らの手で開催してくださっている。

もう『ReBit』だけの『LGBT成人式』では無くなっている。

第1回LGBT成人式は日常の中に無かった。

けれども、時代の変化の中で、今では日常になりはじめている。

その変化を一緒に見れたことは嬉しかった。

当時の僕たちがアイディアだけで何も無かった時にたくさんの人達にサポートしていただいた。
 
これからは、かつて自分達がサポートしていただいたように、サポートする側に回っていこうと思うようになった。

全国で、人を応援していきたい。
 
「自分の地域で自分の居場所がある」というようになれるように、ぜひ応援していきたいと思う。

こうして、『LGBT成人式感謝祭』のプログラムは終わりました。

会場は夕方までオープンしているので、歴代の実行委員のみなさんと参加者のみなさんは楽しそうに語り合っていました。

今日は参加できて本当に嬉しかったです。

やっぱり感謝される場ではなく、フジノからみなさんへの感謝をお伝えする大切な機会でした。

これまでありがとうございました。

そして、これからもよろしくお願いします!



「ReBit」のみなさん、さらに羽ばたいていって下さい!

初めてフジノが『ReBit』と薬師さんの存在を知ったのは、第1回LGBT成人式のまさにニュース報道によってでした。

当時はまさかこうして関わりを持つようになるとは想像もしませんでした。

実行委員のみなさんとフジノ

実行委員のみなさんとフジノ


その後いろいろなめぐり合わせがあって、2013年4月に実際に顔合わせをすることができました。

横須賀市で開催した、幼稚園・保育園・小中学校・学童保育の職員向けの研修会の講師も引き受けていただきました。

その後も様々な取り組みで力を貸していただいています。

『ReBit』のみなさまの取り組みを心から応援しています。

ぜひこれからもさらに羽ばたいていってください!



鎌田慧さんから取材を受けました/週刊金曜日

鎌田慧さんから取材を受けました/週刊金曜日

今日、あの鎌田慧さんから取材を受けました。

ジャーナリスト・ルポライターとして広く知られているあの鎌田慧さんです。

雑誌『週刊金曜日』から取材依頼の電話を受けた時、編集部の方から「鎌田慧さん本人が横須賀に取材に行きます」とうかがいました。

僕は長年尊敬してきた方とお会いできることへの喜びと同時に、過去の自分自身の想いをはじめ、いろいろなことが思い出されました。

思い返したいろいろなこと

大学卒業を前に就職活動を行なっていた頃、新聞記者になることが、フジノの第1志望でした。

その理由はすでに過去の活動日記に書いたとおりですが、そもそも高校時代の恋人が統合失調症(旧・精神分裂病)を発症してしまったことが原因で僕は大学での専攻を心理学に決めました。

しかし、大学時代に痛感していたことなのですが、いくら東京やアメリカで最新の事例を見ても学んでも横須賀のような片田舎にはそんな進んだものは全く入ってきません。

恋人を守る為にも、日本全国の精神保健福祉が変わらなければ、とうてい横須賀の状況も変わるはずがないと考えてきました(それは今も全く同じ気持ちです)。

大学時代に複数のメンタルクリニックで無給研修生として働かせていただきましたが

しょせん大卒の青二才(=僕)が現場で働いていくだけでは精神保健福祉業界全体に変化をもたらすことはとうてい不可能で、

福祉の現場で働いて力をつけて発言力が持てるようになるにはきっと30年はかかるだろう、と当時の僕は思いました。

当時22才の僕にとって、50代半ばになってからやっと発言できるようでは遅すぎる、と思いました。

目指している目的の実現にはあまりにも時間がかかりすぎて「それでは僕の望むスピードではない、まにあわない」と感じていました。

何と言っても、僕は目の前の恋人を守る為にも「今すぐ」に精神保健福祉の現実を変えたかったのです。

この国のあまりにも立ち遅れた精神保健福祉を一刻も早く改善したい僕にとって、30年先では遅すぎたのです。

もともと僕の性格は目指している『目的』が実現できるならば、それを実現する為の『手段』は何でもかまわないというものです。

そこでいろいろ悩んだ末に、「マスメディアで働くことができたならばもっと早くそれが実現できるだろう、少なくとも15年くらい努力し続ければ何とか社会的影響力のある発言が可能になるかもしれない」との結論に至りました。

マスメディアで働く中で少しずつ取材対象を福祉へとシフトして日本の福祉があまりにも弱すぎるひどい現実を世間に広く知らしめて、海外の福祉の最新の事例をどんどん紹介することで

政治・行政にしっかりと改善をするように求めていく、メディアの力で訴えていく方が早いのではないかと考えたのです。

また、新聞・雑誌・本・テレビ・ラジオなど様々なメディアが存在する中で、当時の僕が最も有効だと考えたメディアは、『ルポルタージュ』でした。

もともと本を読むのが好きでしたから、いろいろな『ルポルタージュ(以下、ルポと略)』を読んでいました。

当時読んでいた『ルポ』をふりかえると

竹中労さん、本多勝一さん、鎌田慧さん、大熊一夫さん、本田靖春さん、柳田邦男さん、沢木耕太郎さん、

などの名前が思い浮かびます。

やがて就職活動に2年間もかけて、ことごとく新聞社の入社試験に落ち続けた末に僕は

精神保健福祉の改革という目的もジャーナリズムの世界に入るという手段も捨ててしまいました。

家でも学校でも仕事でも精神保健福祉と向き合うのではなく、その日その日を、その場その場を何とか笑顔で生きられればそれで良いのではないか、と気持ちを切りかえました。

そして生活の為に、就職が決まっていた映画会社に入社して、華やかで楽しくて夢がつまっている映画の世界へ飛び込みました。

それでも結局は恋人のいのちを失なってしまって、自分の浅はかさを悔やみながら、もとの目的へと戻ってきたのです。

ジャーナリズムという手段でも遅すぎるという想いから、今では目的実現の為の手段は、政治に切りかえました。

そして今、こうして政治家として現実と闘っているのです。

当時も今も変わらない想いについて

もはやジャーナリズムの世界とは縁が切れた今でも、現実世界をより良いものへと変えていこうとするジャーナリスト・ルポライターの方々への僕の尊敬の念は変わりません。

特に、取材対象の中に自ら飛び込んでいって、取材対象と一体化しながら現実世界の矛盾や問題点を描き出す素晴らしいルポをたくさん書いてこられた鎌田慧さんは、僕にとって特別な存在でした。

それは僕にとって過去形ではなく、今もそのお名前をうかがうと、熱い気持ちが蘇ります。

神様とまでは言いませんが、鎌田慧さんの存在はあまりにも大きな存在です。

大学卒業から約12年ほどを経て、まさか自分が尊敬する鎌田さんから取材していただけるとは、衝撃でした。

取材以来の電話をもらった夜は、かつて一緒にジャーナリズムの世界をめざした友達や、実際に今は新聞社で働いている友達らに、興奮しながら報告の電話をしてしまいました。

取材内容はあくまでも衆議院選挙の神奈川11区の情勢についてであって、

フジノにとって大切な意味を持つ精神保健福祉のことでもなければ、人生を賭けたテーマである自殺対策のことでもありません。

ふだん政治家としてフジノは、政策以外の取材は受けません。
 
特に、時事的なことがらの取材はお断りしてきました。

時事的な情報は単なる『商品』として『消費』されて『終わり』だからです。

特に、テレビの取材の多くは百害あって一利なしですから、大切な政策テーマ以外では、お断りしてきました。

でも、僕にとって鎌田慧さんは特別な存在です。
 
今日は、喜んでお会いしていただきました。

編集部からの電話では「20分ほどお話をうかがえれば...」と依頼をされたのですが

鎌田さんと実際にお会いしていただいて、この横須賀というまちの現実をお話ししていくうちにとても対話がもりあがって、

最終的には1時間40分も過ぎてしまいました。

それも同行しておられた編集部の方に

「鎌田さん、そろそろ次の取材に行かないと...」

と急かされて終了した1時間40分で、
 
あくまでも鎌田さんは

「必ずまた会おう」

と、おっしゃってくださったのでした。

MrKamata

政治家フジノという公的な存在としても、藤野英明という私的な存在としても

鎌田慧さんをこころから尊敬しているということをお伝えして、取材を終わりました。

もしも鎌田さんとの再会がありうるならば、次回は神奈川11区の選挙事情なんかじゃなくて

精神保健福祉の現状や改革の方向性や、この国の自殺の実態やこの国の変わるべき姿についてなどを語り合うことができたら、本望だと思いました。

人生とは、不思議でたまりません。

ルポライター/ジャーナリストを目指した21才の当時には、まさか35才になって自分が鎌田慧さんに取材をされるようになるなんてとても想像ができませんでした。

生きていくということは、一体何なのだろう。
 
本当に分からない。

でも、だから生きていくのかもしれない。

後日談

この取材をもとに執筆された内容はこちらをご覧下さい。