市長の誤った政策に厳しい質疑を行なってきた優秀な先輩議員・同僚議員の多くが勇退なさることが残念でなりません/2015年予算議会

任期最後の定例会でした

終了直前までいろいろありましたが、こうして、本日をもって2015年予算議会が閉会しました。

実際には予算議会そのものが閉会しても任期は続きます。

次の新しい市議会議員たちが当選証書をもらうまで任期は続きますので、正式には5月まで続きます。

ですから、フジノはこれまでどおり市民のみなさまからの相談を受けては市役所に改善を求めますし、政策提言も続けますし、資料請求も続けていきます。

ただ、今日で市議会に来ることそのものはたぶん最後だと感じました。

この市議会控え室に来ることはあと1〜2回くらいになるでしょう

この市議会控え室に来ることはあと1〜2回くらいになるでしょう


市議会控室のパソコンのスピードはあまりに遅くて実用には全く向いていないので、ふだんからフジノは市議会で仕事をしません。

市職員と意見交換をする為に市役所に行くことはあっても、市議会(市役所9階にあります)に立ち寄る理由はありません。

市議会の議員ポストに配布される資料を時々受け取りに来るだけです。

任期で最後のスイッチオン

任期で最後のスイッチオン


何かとんでもない問題が起こって臨時議会が急きょ招集されない限り、この『市議会に登庁したら押すボタン』を押すのもこれで最後です。



引退される先輩・同僚議員にこころから敬意を表します

今期限りで引退を表明されておられる一柳ひろし議員、高橋敏明議員、井坂しんや議員、岩崎絵美議員、岩沢章夫議員、芳賀親男議員らには大変お世話になりました。

(もっと多くの方が勇退されるのかもしれませんが、フジノは政局情報に疎いので知りません。名前が漏れてたらごめんなさい)

特に思い入れが深いのは、一柳ひろし議員です。

一柳ひろし議員とは、初当選以来、ずっとご指導を頂いてきました。

何よりも『二元代表制』のもとで市議会がいかにあるべきかを常にご指導いただきました。

フジノが一般質問の中であえて『地方自治体』とは呼ばずに『地方政府』と呼び続けることに気づいて下さったのも、一柳議員だけでした。

美術館建設反対運動をともに闘い、脱原発議連を立ち上げ、あらゆる議員提出議案を一緒に提出させていただきました。

この素晴らしい横須賀の自然を誰よりも愛し、自らダイバーとして海に潜り、環境問題・自然環境の保全に横須賀市議会で誰よりも熱心に取り組んできた素晴らしい活動。

また、自らがガンサバイバーであることから医療問題にもすさまじく詳しく、誰よりも早く緩和ケアや在宅での看取りの重要性を訴えてこられたのが一柳議員です。

フジノが今、医療政策を誰にも負けないくらい必死に学んできたのは一柳議員の影響です。

一柳議員の政治家としての素晴らしさ、横須賀を良くする為に提案し実現してこられた政策の多さ、挙げていけばキリがありません。

一柳議員には引退なんかしてほしくありませんでした。

先輩・同僚議員で引退される方々には、特に優秀な政治家が多く、市長の誤った政策に対しても厳しい意見を述べることができた方々が多いです。

また、議会改革にも熱心な方々が多かったです。

こうした方々が抜けてしまった後の横須賀市議会は、しばらく荒れることになると心配です。

現在、立候補を予定されている新人の方々の顔ぶれを見ても、吉田雄人インターンだった人をはじめ、過去に立候補した人など、だいたい知っている人ばかりです。

あえて本音を記します。

申し訳ありませんが、次の選挙に立候補予定の新人の方々にフジノは全く期待していません。

新人候補の方々のどなたが当選してきても、横須賀市議会を改革できるとは残念ながら思えません。

新人候補のみなさんは、一柳ひろし議員ら素晴らしい先輩議員の取り組んでこられたことをぜひしっかりと学んでほしいです(『横須賀市議会史』などの本も多数あります)。

市長べったりの姿勢を取るのではなく、二元代表制の地方議会における横須賀市議会の市議会議員として、その自覚を強くもってほしいです。

ともかく、今日で2015年予算議会は終わりました。

しかし、繰り返しになりますが、フジノの政治家としての任期は1ヶ月以上残っています。

いつもどおり、全力で仕事をしていきます。



横須賀中を駆け巡った1週間でした/横須賀市長選挙2013

市長選挙が終わりました

2013年の横須賀市長選挙が終わりました。

すでにみなさまご存知の通り、フジノが勝手連として応援した広川さとみ候補は、落選してしまいました。

この敗戦は、フジノの力不足が原因です。

最終的な選挙結果

最終的な選挙結果


公職選挙法では、勝っても負けてもお礼もお詫びも申し上げられない決まりになっています。

その為、7万6,961人の市民のみなさまから託していただいた想いに対して、フジノはその想いを言葉にすることは許されていません。

広川さとみ候補と固い絆で結ばれていた小泉進次郎代議士

広川さとみ候補と固い絆で結ばれていた小泉進次郎代議士


広川候補とともに、フジノは全身全霊をかけて横須賀市中を駆け巡った1週間でした。

そして、広川候補と固い絆で結ばれていた小泉進次郎代議士とともに、横須賀の為に初めて1つになって闘った1週間でした。

この1週間の闘いを、フジノはこれからもずっと誇りに感じて生きていくと思います。

勝手連としての活動記録です

選挙期間中の様子を、手元にある写真だけですが、ご紹介します。

ここに紹介する写真は、あくまでも勝手連としてのフジノたちの活動です。

選挙1日目(6月23日)

浦賀で開かれた『出陣式』。

「フジノも出席してほしい」

と言われて、初めて本隊に合流しました。

浦賀ドック

浦賀ドック


広川候補の生まれ故郷、浦賀。

炎天下でしたがたくさんの方が参集してくれました(6月23日@住重コミュニティ広場)

炎天下でしたがたくさんの方が参集してくれました(6月23日@住重コミュニティ広場)


ものすごい暑さと日差し。

わずか40分の出陣式でしたが、すっかり日に焼けました。

お昼すぎには掲示板に全候補者のポスターが貼りだされました

お昼すぎには掲示板に全候補者のポスターが貼りだされました


勝手連のフジノですが、本隊に1つだけお願いをしました。

「どうしても西郷議員渡辺議員岩崎議員の3人と、フジノを一緒に廻らせてほしい」

とお願いしました。

西郷・渡辺両議員の演説は、とても素晴らしいです。

そして、岩崎絵美議員のアナウンスが加わると完璧です。

商業・観光政策に詳しい西郷議員による演説(@ダイエー前)

商業・観光政策に詳しい西郷議員による演説(@ダイエー前)


この3名の若手議員によるチームを『三銃士』とフジノは勝手に名付けていました。

『三銃士』+フジノ、ボランティアのAさんとKさん。

この6人で1週間、市内を駆け巡りました。

演説する渡辺光一議員(6月23日@汐入駅前)

演説する渡辺光一議員(6月23日@汐入駅前)

事務所では、広川候補が握手した市民の方々の数をカウントして毎日貼りだしていました。

選挙初日の夜までに広川候補は市民の2人に1人と握手を交わしていました

選挙初日の夜までに広川候補は市民の2人に1人と握手を交わしていました


フジノはすでに初日の時点で喉が潰れてしまい、声がガラガラになってしまいました。

選挙2日目(6月24日)

この日は、北久里浜駅前での駅立ちからスタートしました。

どんな時でも広川候補はこどもたちにいつもずっと優しかったです

どんな時でも広川候補はこどもたちにいつもずっと優しかったです


選挙に本格的に突入してからも、広川候補はこどもたちを笑顔とハイタッチで送り出し続けました。

演説する広川候補(@北久里浜駅前)

演説する広川候補(@北久里浜駅前)

今回の選挙で初めて亀井たかつぐ県議会議員の演説を聴かせていただいたのですが、素晴らしい演説の名手でした!

亀井たかつぐ県議と竹内英明県議とフジノ

亀井たかつぐ県議と竹内英明県議とフジノ(6月24日@北久里浜駅前)


切れ味が鋭く、聴いた人の心に突き刺さる演説に感動させられました。

追浜駅前で演説する渡辺議員の声に、たくさんの方々が足を止めて聴いていました

追浜駅前で演説する渡辺議員の声に、たくさんの方々が足を止めて聴いていました

西郷議員による論理的な演説はいつ聴いても素晴らしかったです

西郷議員による論理的な演説はいつ聴いても素晴らしかったです

渡辺議員による演説

目の前にいる市民の方に語りかけるような渡辺議員による演説

ベランダからたくさんの方々が手を振ってくれました(6月24日@長沢グリーンハイム)

ベランダからたくさんの方々が手を振ってくれました(6月24日@長沢グリーンハイム)

選挙3日目(6月25日)

2013年6月25日・毎日新聞より

2013年6月25日・毎日新聞より


3日目は、久里浜で活動をスタートしました。

広川候補ら本隊は、京急久里浜駅前へ。フジノたち勝手連は、JR久里浜駅前へ。

京急に乗る方からもフジノの姿が見えたそうです(6月25日@JR久里浜駅前)

京急に乗る方からもフジノの姿が見えたそうです(6月25日@JR久里浜駅前)

車の中からも沢山の方々が手を振ってくれました(6月25日@衣笠十字路バス停そば)

車の中からも沢山の方々が手を振ってくれました(6月25日@衣笠十字路バス停そば)

浦賀の県営かもめ団地では、すでに夜の暗闇の中で演説を行ないました。

いくつものベランダからペンライト(懐中電灯?)を振って下さいました

いくつものベランダからペンライト(懐中電灯?)を振って下さいました


フジノの演説が始まると、いくつものベランダから住民の方々がペンライト(懐中電灯?)を振って応援して下さいました。

そのあまりの美しさに、フジノは涙が止まりませんでした。

ずっと笑顔で走り抜けた選挙の1週間でしたが、ここでの演説だけは涙ながらの演説になってしまいました。

選挙4日目(6月26日)

この日は、雨の追浜駅からスタート。

15分だけ、広川候補の両脇に小泉代議士とフジノが並んでの応援となりました。

広川さとみさんを応援する小泉代議士とフジノ(6月26日@追浜駅)

広川さとみさんを応援する小泉代議士とフジノ(6月26日@追浜駅)


この日はずっと雨が降っていました。

強い雨の中、演説をする西郷議員(@佐島)

強い雨の中、演説をする西郷議員(@佐島)


夕方、平成町での演説はすさまじく強い雨の中で行ないました。

全身ずぶ濡れでの演説でしたが、たくさんのドライバーの方々が応援してくれました

全身ずぶ濡れでの演説でしたが、たくさんのドライバーの方々が応援してくれました

選挙5日目(6月27日)

2013年6月27日・毎日新聞・2013横須賀市長選(上)企業誘致・偏った産業施策に不安

2013年6月27日・毎日新聞・2013横須賀市長選(上)企業誘致・偏った産業施策に不安


ワイデッキでの駅立ちからスタートしました。

けさはついに広川候補の両脇に、小泉代議士とフジノが並びました。

未来の総理と未来の市長とフジノ

未来の総理と未来の市長とフジノ(6月27日@横須賀中央Yデッキ)

たくさんのこどもたちが演説を聴いてくれました(6月27日@平成町)

たくさんのこどもたちが演説を聴いてくれました(6月27日@平成町)

選挙6日目(6月28日)

早朝、フジノは過労がたたったのか、血尿が出てしまいました。

ひどい痛みで立つことができませんでした。

最終日の最後まで立ち続けていられるようにする為に、朝の駅立ち〜午後まで休ませて頂きました。

僕たち「現役世代」が全力を尽くして「次の世代」により良い横須賀を手渡したい

僕たち「現役世代」が全力を尽くして「次の世代」により良い横須賀を手渡したい


夕方、勝手連に復帰しました。

不思議なことにマイクを握って演説している間は、お腹の痛みも全く感じません。

でも、自宅に帰ると途端にひどい痛みで動けなくなってしまい、「これならむしろずっと演説している方がラクなのかもしれない」と感じました。

選挙最終日(6月29日)

2013年6月29日付・毎日新聞より

2013年6月29日付・毎日新聞より


今日は朝から何度も何度も吉田候補とすれ違いました。

やはりかつての同志。

最終日に廻るべきコースは同じルートになるのだろうなと思いました。

三浦半島を走破した、吉田候補の脚力・根性。悔しいけれど素晴らしい

三浦半島を走破した、吉田候補の脚力・根性。悔しいけれど素晴らしい

女の子たちがずっと演説を聴いていてくれました(@湘南鷹取)

女の子たちがずっと演説を聴いていてくれました(@湘南鷹取)

女の子のひとりがくれた、白詰草

女の子のひとりがくれた、白詰草

こどもたちがずっと演説を聴いてくれて、終わった後には握手を求められました(@久里浜ハイム)

演説を聴いてくれた後、男の子たちは先週行ってきたばかりの「職業体験」のお話をたくさん話してくれました(@久里浜ハイム)


残念ながら、勝手連のフジノは、本隊(広川候補ら)とは、1週間ずっと別行動でした。

朝の駅立ちと全てのスケジュールが終わった後の事務所でしか、広川候補のそばには居られませんでした。

本隊の凄まじい闘いぶりは、市民のみなさまがきっとご覧になられたはずです。

もしも許されるならば、本音ではフジノも広川候補のそばで闘いたかったです。

それだけが、7日間の唯一の心残りでした。

そんな僕の想いを知る小泉進次郎代議士(選挙対策本部長)のはからいで、最終日の夕方、横須賀中央のかわしま前で、3人だけで演説をさせて頂きました。

応援していた全ての市議・県議のみなさまの想いを託していただいて、若輩者のフジノにあえて演説を任せて下さった。

ずっとフジノは、反自民・反小泉で生きてきました。

そんな恩讐を越えて、フジノに演説の機会を託してくれたことを、とても意気に感じました。

小泉代議士、ありがとうございました。

広川候補がついに事務所へ帰還しました

広川候補がついに事務所へ帰還しました

20時、マイク納めが行われました

20時、マイク納めが行われました

6月30日・投開票日

お昼ちょうどにフジノも投票所に向かいました

お昼ちょうどにフジノも投票所に向かいました


夜20時、投票が締め切られました。

フジノは20時を汐入で迎えました

フジノは20時を汐入で迎えました


市内の投票箱は全て総合体育館(不入斗)に集められて、21時から開票作業が行われました。

横須賀市総合体育館で開票作業が行われました

横須賀市総合体育館で開票作業が行われました


22時過ぎまで開票作業を見届けた後、広川事務所へと向かいました。

事務所には多数のテレビ局のカメラが並びました

事務所には多数のテレビ局のカメラが並びました


23時20分頃、吉田候補に『当確』が出ました。

テレビ神奈川による「当確」が出ました

テレビ神奈川による「当確」が出ました


テレビ神奈川の選挙特番の映像の中に、当確が出た瞬間の放心状態の自分が映っていました。

放心状態の自分

放心状態の自分


政治家にとって、主権者である市民のみなさまの判断は『絶対』のものです。

したがって今回の結果は、政策を訴えるフジノの力が足りなかったのだと受け止めています。

広川候補の政策そのものはとても正しかった。

どうすればもっと多くの市民のみなさまにその政策を正しくお伝えすることができたのか、それは1日経った今もまだ分かりません。

1つ言えることは、これからもこのまちを守る為に自分は死ぬまでここで暮らしていくということです。

絶対にどこにも行かない。

このまちで最期の瞬間まで、僕はずっとこのまちで生きていく。

そして、僕と同じようにこのまちで生まれて、このまちで暮らして、このまちで死んでいく全ての人々のことを、僕は守りたいと強く感じています。

選挙という1週間の闘いは、終わりました。

けれども、このまちの暮らしは今この瞬間も続いています。

だから、闘い続けていきます。

ずっと。

再び(ほぼ)「教育福祉常任委員会」に決まりました/2011年臨時議会

再び「各会派代表者会議」が開かれました

今日は、『各会派代表者会議』が開かれました。
 
5月2日に決めたことを再びゼロからやり直しです。

フジノは議員傍聴席に座りながら、ゼロから同じことが繰り返されているのを見届けました。

各会派代表者会議の会場にて

各会派代表者会議の会場にて


会議のあいまの休憩時間に、無会派の他の議員の方々と政策的なことを意見交換をしたり、市職員の方々のもとへヒアリングに向かいました。

「フジノさん、委員会のこと、せっかく決まったのに残念ですね...」

「ポストなんか関係ない主義のフジノさんでも、どの委員会に所属するかは重要ですものね」

「私たちはいつも議長が誰になったとか委員会が誰になったとか決まったことを後でただ知らされるだけですけれど、内情はこんなになってるんですね...」

「私なんかも選挙が終わってから議会が始まるまでけっこう間が空くなあと思ったりするものですよ」

ヒアリング先の市職員の方からこんなふうに口々に話しかけられて

「きっと多くの市民の方々も同じように、議会のことを冷めた目で眺めているのだろうなあ」

と感じました。

(いや、眺めるだけでも見てもらえていればまだマシかも。ほとんどの方々にとって議会なんて関心もわかないだろう...)



再び(ほぼ)『教育福祉常任委員会』に決まりました

『各会派代表者会議』が終わった後、無会派の4人で集まって所属する委員会をどうするかなどを話し合いました。

その結果、フジノは改めて『教育福祉常任委員会』に(ほぼ)決まりました。

岩崎議員、小林議員、山城議員のご配慮のおかげです。
 
無会派の3名の方々には深く感謝しております。

ご心配いただいた多くの市民の方々にも、この委員会で働けることを改めて報告できて良かったです。

しっかり働きます。

また、『議会報告会等準備会』委員にも『無会派』を代表して就任することも(ほぼ)決まりました。

そして、政治家9年目にして初めて議会内の役職にも立候補することにしました。

『神奈川県後期高齢者医療広域連合議会議員』に立候補する為の届け出をしました。これは、選挙が行なわれます。

議会内役職選出届

議会内役職選出届


全く知られていないことですが、神奈川県内の20人の市町村議会議員で『後期高齢者医療』の運営をおこなう議会がつくられています。

神奈川県後期高齢者医療広域連合議会の概要

神奈川県後期高齢者医療広域連合議会の概要


この制度がスタートしてから、ずっとフジノは『広域連合』と『広域連合議会』の動きを追いかけてきました。

ご高齢の方々の保健医療福祉は、政治家としてフジノの専門分野でもあります。

こうした議会内役職は多数会派が順番に就任してきましたが、フジノは、あえて立候補します。

この結果は、12日に行なわれる臨時議会で決まります。

そうだ、書き忘れてた。

本会議場の議席も白紙に戻ってしまったのですが、話しあいの結果、改めて4番になりました
 
一応、ご報告まで。



僕は、とにかく働きます

昨日から 体調不良とあいまって、かなりモチベーションが下がってしまいましたが、もう1度、気合いを入れ直します。

まわりがどんな風に動いていようとも、それは僕にはカンケーないし、自分は自分の正しいと信じることを貫くだけですよね。

僕は、とにかく働きます。