告示12日前に立候補を決断、選挙カーも選挙ハガキも電話かけも何も無いフジノが5期目に当選しました/横須賀市議会議員選挙2019(翌日)

何もない。だけど想いの強さと信念に基づいた政策だけはある

今回の選挙は、前回の選挙にも増して『ないないづくし』でした。

立候補の決断をしたのは、告示のわずか12日前でした。

そもそも立候補できるかどうか分からなかった身です。

最後まで自分らしさを貫くことだけを何よりも大切にしました。

  • 応援なし。
    →他の政治家の応援は全てお断りしました。落選した時に誰かのせいにしたくない、だから自分ひとりだけがマイクを握ろうと考えました。

  • 選挙カーなし
    →税金のムダづかいですし、騒音公害そのもので無意味です。有権者をバカにして選挙から遠ざけているのが選挙カーです。

  • 選挙ハガキなし
    →税金のムダづかいです。ハガキ大のスペースでは政策なんて伝えられるはずもありません。ムダそのものです。

  • 電話かけなし
    →電話番号を教えたこともないのにある日突然に候補者から投票依頼の電話が来るのは気持ち悪いです。絶対にやりません。

  • 後援会なし
    →人はみなバラバラで考え方も生き方もまるで違うのに、政策本位で候補者を選ばねばならないのにファンクラブみたくずっと一人を応援するのは違うとフジノは信じています。

  • 握手なし
    →フジノは相手から求められない限り絶対に握手しません。「握手した数が多いほど票数が増える」なんて古い政治家の言葉が大嫌いです。

  • 僕を応援してほしいとか投票してほしいという言葉は一切なし
    →フジノの政策に共感する人だけが自らの意思で投票すれば良いだけのことで、もっと別にご自身に合った政策を訴えている方がおられたらその方に投票してほしいです。

今回はこれに加えて

14時まで一切マイクを使わない

というルールも加えました。うるさくて迷惑だからです。

当選したければ何でもやれることはやれ、みたいな空気はいいかげんに終わりにすべきです。

3.11直後の選挙では紳士協定をむすんで、候補者はみなマイクの使用をなるべく短くすると約束して実行しました。今だってやれるはずです。

フジノには何もありませんでした。

けれども、この想いの強さがありました。

信念に基づいた政策がありました。一般ウケは一切しない、けれども本当にフジノが実現したいことだけを選りすぐった政策をチラシに書きました。

そして、ひたすら歩いて歩いて歩いて、街頭で語りかけました。

その結果、当選しました。

横須賀市民のみなさまは、またもフジノを選んで下さったのです。

『ないないづくし』のフジノを選んで下さいました。

「フジノくんの選挙はすごいね」と言って下さる先輩議員がおられました。

いいえ、違うのです。

いちばんすごいのは横須賀市民のみなさまなのです!

こんな僕を選んで下さるのですから。

改めて横須賀市民のみなさまのふところの深さを感じさせていただきました。



当選証書付与式でした

こうして、今日15時から横須賀市役所正庁にて『当選証書付与式』が開催されました。

当選証書付与式が開かれました

当選証書付与式が開かれました


まず開会前に、正式な当選を知らせる『当選告知』を受け取りました。

当選告知

当選告知


そして開会後、ひとりずつ当選証書が竹折輝隆選挙管理委員長から手渡されました。

すでに昨日から39万人の命を守る立場についた責任をひしひしと感じていますが、その気持ちがより一層強まりました。

閉会後、市議会に向かう階段にて

閉会後、市議会に向かう階段で先輩議員が撮って下さいました


再び一緒に働かせていただく先輩・同僚議員の方々といろいろ意見交換をさせていただきました。

「フジノくんはまた教育福祉常任委員会に入りたいって絶対ゆずらないんだろ?」

と尋ねられました。

はい、そうです(笑)



もっとこきつかってもらう為に「働き方」を見直します

現役の市議会議員として4期目の任期が残っていることもあり、仕事はすでに始めています。

選挙中に市民の方々から伺った相談は、けさからすでに各担当部局と意見交換をはじめました。

当選証書付与式の閉会後、さっそく市長にもお会いしていただきました。

その後、自らの提案で実現したのに4月1日のオープン後に1度も来られなかった『不妊・不育専門相談センター』を見学して、課長・係長と17時まで意見交換させていただきました。

実現した「不妊・不育専門相談センター」

実現した「不妊・不育専門相談センター」


ただ、この4年間は、働き方を見直したいと思います。

もっと良い働き方をすることでもっとたくさんの方々のご相談をしっかりとお聴きできるように健康管理に努めたいと思います。

選挙でお約束したとおり、こきつかってほしいのです。

その為にもっと健康に気をつけるようにしたいです。

そして、選挙期間中にお約束したことをできれば全て実現したいです。

投票して下さった方々の期待を超える仕事をできるようにがんばります!



当選証書の授与式でした。1年間を通して自分に起きた大きな変化を感じます/横須賀市議会議員選挙終了後1日目

当選証書の授与式でした/1年間を通して自分に起きた大きな変化

昨日書いたとおりで、今日は15時から『当選証書の授与式』でした。

会場は、市役所の5階にある『正庁』というホールです。

横須賀市役所前にて

横須賀市役所前にて


北口駐車場のみなさまをはじめ、市役所の警備員のみなさま、受付の方々、エレベーターでのりあわせた市職員の方々に

「また4年間、よろしくお願いします」

と御挨拶をしてまわってから、まずは市議会の控室(市役所10階です)に向かいました。

配布されていたいろいろな資料を読んだりして、時間が近づいてきたので正庁へ。

選挙管理委員会から受け取った「当選告知」

選挙管理委員会から受け取った「当選告知」


選挙管理委員会事務局の方から『当選告知』を受け取って、式がスタートするまでイスに座って、待ちます。

ご挨拶をされる選挙管理委員会委員長

ご挨拶をされる選挙管理委員会委員長


議会改革の先頭に立つリーダー的存在である矢島まちこ議員をはじめ、一緒に何度も議員提案をさせてもらった井坂しんや議員ら信頼している先輩方と再び仕事をできることは改めてうれしく感じました。

その一方で、

いつも是々非々で熱く議論をさせていただいた佐久間のりお議員(ひとり親家庭への支援でも本当に大切な存在でした)をはじめ、『スクールソーシャルワーカーの導入とさらなる拡大』などあらゆる政策で同じ想いで一緒に活動させていただいた瀧川きみえ議員らが落選してしまったことは、フジノにとって大きなショックでした。

かねてからフジノはくりかえし

「どんな結果でも市民のみなさまの判断は正しいと受け容れる」

と述べてきました。

けれども、『政策通』で本当に素晴らしい政治家が落選してしまう、という現実だけは、受け容れられません。

大切な政治家を失なうことで、このまちは大きな損失を受けたのです。
 
市民のみなさまは、この損失を必ず後悔することになるはずです。

個人としても、市議としても、本当に残念でつらいです。



当選証書授与式で考えたいろいろなこと

さて、式が始まりました。

ここからは撮影できませんので、TVK(テレビ神奈川)の夜の報道番組『ニュース930』で流れた映像から拝借です。

1人ずつ、選挙管理委員会委員長に名前を呼ばれて『当選証書』を手渡されます。

ニュース930での映像より

ニュース930での映像より


フジノは、こんな表情でした。

早く仕事に戻りたくてウズウズしているフジノ

早く仕事に戻りたくてウズウズしているフジノ


『自分の内面の想い』と『まわりの方々の見方』がいつも一致しないことが多いフジノにとって

選挙期間中も、終わってからも、会う人会う人に

「フジノくん、ふだんと変わらないね」

「落ち着いてるね」

と言われることが多くてうれしかったのです。

珍しく『フジノ自身の想い』と『まわりの方々の見方』が一致していたから。

選挙中からずっと変わらない、穏やかな気持ち。
 
そして、気力も体力も充実していて、仕事への姿勢はすでにバッチリ。

昨日から選挙の残務を片付けながらも、すでに100%全開ですでに『ふだんの仕事』に戻っています。

でも、何故か、自分の名前が呼ばれて選挙管理委員長の前に立った時、

めまいというか、倒れそうになりました。
 
体調不良とかそういうことではありません。

この仕事の持つ責任の重みに、全身が震えたのです。

僕はこの仕事に、僕の身を捧げて、全身全霊を尽くしたい。

そう強く感じました。

過去2回の選挙では、こうして『当選証書』をもらっても何も感じなくて

事務所のどこかに放っぽって、数年ごとに大掃除をすると出てきて、黄ばんでいる、
 
そんな感じでした。

でも、今日は8年間で初めてこの『当選証書』を胸に抱きしめて、市民のみなさまからの信託の重みを感じました。

当選証書を持つフジノ

当選証書を持つフジノ


僕は、たくさんの人にいつも誤解されて過剰に期待されるのが嫌で、ふだんはどんなことにもわざとヘラヘラしたり、褒められたり持ち上げられたりすると『価値を無化させるようなこと』を言いまくってきました。

暴言を吐いたり、皮肉を言ったり。

基本的にシニカルなふりをしてきました。

でも、今は自分の本当の気持ちに率直に、天邪鬼ぶりを発揮したりせずに、あえて受け流さずに、

この仕事の持つ責任の重さを一身に感じて、慄いていようと思います。

3つ目の議員バッジ

3つ目の議員バッジ


市役所を出て、バイクに乗って、事務所まで向かう間、ヘルメットの中で何故か涙がこぼれました。

自分の中で、1つの大きな変化が起こったのを感じました。



メディアからの取材に、この数年間の苦しみと3.11を受けて迷いを断ち切った想いを語りました

夜、あるマスメディアから取材を受けました。

その記者の方は、過去のフジノの選挙も見ておられるので、率直にフジノの想いを1時間にわたってお話ししました。

この数年間のうつ病との闘病生活の苦しさ、特に、昨年3月30日から新薬へ切り替えてつらかった日々。

半年間以上もクスリの副作用が続いて1日中倦怠感で起きることもできず

議会中でも副作用で起きていられずに、他の議員の方々からそれを咎められても「クスリのせいだ」とか絶対に言い訳はしないで耐えてきたこと。

ようやく半年が過ぎて副作用に慣れた時に、またクスリが増量されて、再び副作用に苦しみ続けたこと...。

「そんな身体で僕はこの仕事を続けて良いのか」

という葛藤がずっと僕を悩ませました。

けれども父に少しでも長生きしてもらいたいから、医療費を工面する為にも、絶対に今はこの仕事を辞めることもできない、という煩悶に苦しみました。

大雪が降った日のみなとみらいでの『小児高次脳機能障がい』についての集まりで、ようやくこの仕事を続ける決心がついたこと、

それでも選挙活動を行なうことへの決心ができず、立候補の費用も工面できない為に、ポスター作りも遅れに遅れて、公選ハガキも最後まで全ては出せなかったこと、

それが3月11日を境に、全てが変わって、一切の迷いが消え去ったこと。

自分自身の運命を受け容れて、目の前の現実を全て肯定して乗り越えていこうと決めたこと。

それでも、それでも、「選挙活動をしている場合では無い」という固い決意は揺らがず

この1週間を通じて、『午前』は現役の政治家としての仕事を続けて、あくまでも選挙活動は『午後から夜だけ』と決めて徹底したこと、

最後の最後まで、ひとりきりで選挙にむきあっていったこと。

こんなフジノの長話は当然ながら記事になる訳でも無く、あくまでも記者の方との個人的な信頼カンケーの上でお話しさせていただきました。

でも、改めて自分自身の変化を語ることを通じて自分自身が整理して理解することができました。

もう僕は今までの僕では無くなったから、今までの僕が好きだった人は、もしかしたら僕のことを嫌いになるだろうと思います。

けれども、僕はこの今の新しい僕がとてもしっくりきていて、そしてこのまちの為にも良い方向に関わることができるのだと確信しています。

この数年間、特に1年間、ずっと苦しんできたことは、今、ようやく実を結びつつあるのを感じています。

さあ、これからもがんばって働こう。
 
しっかり働こう。

そんなことを改めて深く感じることができた、この選挙はすごく貴重なありがたい機会だったと感じています。



最終的な選挙の結果

最終的な開票結果は下のとおりでした。

2011年4月26日・毎日新聞より

2011年4月26日・毎日新聞より