やぎしゃん、みんな、ご卒業おめでとうございます!/県立横須賀高校定時制卒業証書授与式へ

「政治家フジノ」は入学式や卒業式には「来賓」として参加しません

フジノは、政治家に転職してから入学式や卒業式には来賓として一切参加しないできました。

何故ならば…あなたも分かるでしょう?

幼い頃の僕は、せっかくの卒業式や入学式で、同級生や先生との別れや出会いの大切な時間を過ごしているのに

「来賓として国会議員の●●さんが・・・」

とか紹介されたり

「市議会議長の●●さんが本日、来賓として・・・」

とか長ったらしい挨拶をされたり

正直なところ、とても違和感をおぼえたし、顔を売りに来ている感じがとても嫌だったからです。

だから、自分が政治家に転職した後も「卒業式・入学式には『来賓』として行かない」というマイルールを作りました。

かつて自分が体験した嫌な気持ちを、下の世代(現役の小中学生・高校生たち)に感じさせたくないからです。

そして、そのルールをずっと守ってきました。

(*統合を止められなかった桜台中学校だけは除きます)




県立横須賀高校・定時制の卒業式に「個人」として行ってきました

でも、今年はどうしても『卒業をお祝いしたい存在』がいました。

やぎしゃんです。

僕は彼の卒業がこころから嬉しいし、これから社会に出ていく彼を拍手で送り出したいとこころから願いました。

「無事に卒業が決まった」との報告を受けた後、あらかじめやぎしゃんにはオッケーをもらった上で、『保護者・知人・友人』の座席に座ることにしました。

ラッキーなことに、学校側から『来賓』としての招待状も届きませんでした。ホッとしました。

招待状が来るたびにお断りのお返事を出しているのですが(それはとてもおっくうで心苦しい作業です)、お断りをしたのにそこへ行くという事態になったら、もっとやっかいだったからです。

卒業証書授与式のプログラム

卒業証書授与式のプログラム


こうして僕はいち個人として卒業式に向かいました。

校長先生のあいさつ

校長先生のあいさつ


こころおきなく『保護者・知人・友人』ゾーンにひとりの個人として座って、彼の旅立ちの日に立ち会うことができました。

卒業生の中でもさらに優秀な成果をおさめた生徒たちが表彰されました

卒業生の中でもさらに優秀な成果をおさめた生徒たちが表彰されました


それにしても、体育館はすさまじく寒かった!

実はここはフジノの母校でもあって、高校時代は寒さなんて全く感じずにここで体育をしたり同じように卒業式を体験しています。

体育館の出入口からテニスコートを見下ろす光景は、横高生にはお馴染みの景色ですよね

体育館の出入口からテニスコートを見下ろす光景は、横高生にはお馴染みの景色ですよね


巨大な暖房(オレンジ色のものすごいカーボンヒーターみたいなもの)が付いているのに、足元から凍えるかと思いました。これはフジノが年をとった証拠です(笑)



卒業生代表の言葉に思わず涙が出ました

でも、そんなフジノの凍えきった体が思わずしゃきっとした瞬間がありました。

『卒業生のことば』を、卒業生代表が語った時のことです。

卒業生のことば

卒業生のことば


昼間は働いて、年上ばかりに囲まれて過ごしているみんなは、きっと同世代よりも早く大人になることを要求されてきた4年間だったことだと思います。

そんなみんなが仕事を終えて登校すると、教室では少しホッとしながら、疲れた体でもクラスメートに再会した嬉しい気持ちで元気が出た。

そうして4年間を乗り越えてきた…。

そんな卒業生の言葉に、思わず感動してしまい、涙が出てしまいました。

本当に素晴らしい答辞でした。

やぎしゃんにお祝いの言葉をじかにかけれたことも嬉しかったけれど、卒業生代表の彼女の『卒業生のことば』を聴けたことで、僕は本当に今日ここに来て良かったと感じました。

退場する卒業生に、在校生が花束を贈りました

退場する卒業生に、在校生が花束を贈りました


やぎしゃん、ご卒業おめでとうございます。

卒業証書を授与されたやぎしゃんとフジノ

卒業証書を授与されたやぎしゃんとフジノ

僕はあなたの将来がきっと素晴らしいものになると信じています。



「高校」の校歌を22年ぶりでも歌えました!

ところで、我が母校にはフシギな文化があります。

それは、『高校』の校歌を歌える人があまりいないのです(もちろん歌える人もいます)。

1908年創立という長い歴史を持つ『県立横須賀高校』は、かつて、旧制中学校だった時代があります。

つまりスタートした当時は『県立横須賀中学校』だったのです。

「坂東武者の名を留めし」で始まる横須賀中学校校歌

「坂東武者の名を留めし」で始まる横須賀中学校校歌


その時の『中学校の校歌』の方が在校生にも卒業生にも愛されているのです。

それは、フジノの先輩方もそうでしたし、フジノの現役時代もそうでした。

やぎしゃんの2015年の今も、変わらないままだそうです。

それでも今日の卒業式の最後、『高校の校歌』をみんなで歌いました。

県立横須賀高校の校歌

県立横須賀高校の校歌


22年ぶり、しかも現役高校生時代にもほとんど歌った記憶がありません。

でも、完璧に歌えました。歌詞カードも見なくても歌えました。

我ながら本当に不思議でした。

何故ならば、同級生はみんな知っていることなのですが、現役時代フジノは高校が大嫌いでした。

欠席はしないものの、遅刻の数の多さは学年で2番めに多かったです。

バイトとバンドに明け暮れて、とにかく高校に居たくありませんでした。

さらに、政治家に転職した12年前。

立候補したフジノに対して、横須賀高校OB・OGらしき人々から『2ちゃんねる』などのネット上でひどい誹謗中傷を書かれました。

「横須賀高校の恥!」

「同じ卒業生だとか思われたくない」

こんな小さな半島の中だけの進学校を卒業したことを大人になってもいつまでもプライドに抱えてる情けないヤツらだと、フジノもますます母校を嫌いになりました。

だから、フジノは高校現役時代から卒業して現在に至るまで、一貫して母校が大嫌いです。

同級生たちは大好きなのですが、高校そのものに対する気持ちは全くポジティブな想いがありません。

マスメディアの取材などで卒業した高校を尋ねられると、必ず答えないできました。

そんな僕なのに、高校の校歌がそらんじて歌えたのだから不思議。

卒業生50名のみなさま、どうか幸多き人生を歩んで下さいね!

卒業生50名のみなさま、どうか幸多き人生を歩んで下さいね!


生きていると、永遠にありえないと思っていた『和解』というものがふと訪れるのかもしれませんね。



市役所の「課長職」を対象に「性的マイノリティに関する研修」を行ないました/「性的マイノリティに関する課長職研修会」

横須賀市役所の全ての課長職を対象に「性的マイノリティに関する研修」を行ないました

昨日の『パネル展示』に続いて、良いニュースをお伝えできて嬉しいです。

横須賀市がまた一歩、前に進みました。

課長職を対象にした「性的マイノリティに関する課長職研修会」の会場にて

課長職を対象にした「性的マイノリティに関する課長職研修会」の会場にて


今日は、市役所の全ての課長職を対象にした『性的マイノリティに関する課長職研修会』を行ないました。

30数名の課長職が一同に介しました

30数名の課長職が一同に介しました


横須賀市の課長職30数名が一同に介して、『性的な多様性に関する研修』を受けたのです。



何故「課長職」をターゲットにした研修なのか?

これまでも横須賀市は『性的な多様性に関する研修』を、官民問わず、あらゆる方々を対象に実施してきました。

横須賀市が行なってきた研修の一部

けれども『課長職』を対象にした研修は、初めてです。

市民のみなさまにとって『課長』というのはどんなイメージでしょうか?

行政における『課長職』とは、単なる中間管理職ではありません。その担当課の条例・予算など全てについて重要な判断を下せるのが『課長』なのです。

部局長は、その部局の職員のマネジメントや、さらに市全体の政策の調整をメインにしています。

つまるところ、『課長』こそが『現場において政策を前に進めていく上で最重要なプレーヤー』なのです。

その課長職のみなさんが『多様な性』について理解を深めることは、横須賀市役所のあらゆる政策判断の際に『多様な性』の観点が加わるということです。

だから、ものすごく大きな意味があるのです。

ただ、課長職というのはすさまじく忙しい。全員を集めて研修をするということはなかなか難しく、これまでは実現できませんでした。

それが今日、ついに実現したのです。

とても素晴らしいことです!

全部局の合意を取り付けてこの研修を実現させた『市民部人権・男女共同参画課』は、本当にご苦労が多かったことと思います。ありがとうございました!



研修の内容は、横須賀の現実をもとに具体的な内容が語られました

講師は、NPO法人SHIP代表の星野慎二さんです。

講師の星野慎二さん(NPO法人SHIP・代表)

講師の星野慎二さん(NPO法人SHIP・代表)


『性的な多様性』のいわゆる一般論は、すでに横須賀市の課長職のみなさんはほとんど理解しておられます。

(すでに横須賀市は『人権施策推進指針』を作成しており、市役所の職員はみな、毎日の業務の中でこの『指針』を参考にしながら業務に取り組まねばなりません)

今日の研修で配布された資料

今日の研修で配布された資料


今日は、横須賀市の取り組んできた施策、横須賀のこどもたちの現状をもとに具体的なお話がなされました。

例えば…。

昨年、県立横須賀高校に通うやぎしゃんが高校の文化祭で自らのセクシャリティをもとに2日間、ワークショップを行なったことをお伝えしました。

セクシャリティとは何か?

セクシャリティとは何か?


また、そのやぎしゃんをNHK『エデュカチオ』が取材し続けて、昨年10月には全国に放送された様子などをお伝えしました。


多様な性の子どもたち 大人はどうすれば? 投稿者 lgbtnijinokokoro


ちなみに、『エデュカチオ!』は前回の放送が好評だった為に、さらにパート2を作成して放送しました。

エデュカチオ!「多様な性の子どもたち・パート2 大人にできること」

エデュカチオ!「多様な性の子どもたち・パート2 大人にできること」


多様な性の子どもたち・パート2 大人にできること 投稿者 lgbtnijinokokoro

エデュカチオ!「多様な性の子どもたち 大人はどうすれば?パート2」 で尾木ママと語り合うやぎしゃん

エデュカチオ!「多様な性の子どもたち 大人はどうすれば?パート2」 で尾木ママと語り合うやぎしゃん


横須賀在住のやぎしゃん(番組の中では勝法さん)がスタジオで尾木ママ・東山紀之さんとともに語り合いました。

笑顔の星野さん

笑顔の星野さん


*再放送が2月7日(土)12:00〜12:29にNHK・Eテレであります!観てくださいね!

フジノは、こうしたアクションが横須賀発で全国に広がっていっていることをとても誇りに感じます。

もちろん明るい側面のお話だけではありません。

「異性愛が当たり前」という前提で作られている日本社会の中で、自傷行為に追い込まれてしまったり、自殺の犠牲になった方々についても語られました。

また、学校教育の現場や家庭での適切な理解が深まっていない為に、こどもたちが苦しんでいることも具体的な事例をたくさん語っていただきました。

「自分のことを知りたい」と願うのは誰もが当然に考えることです。

自らのセクシャリティと同じセクシャリティの人々と出会いたくても出会えない。出会う為の手段が、現状ではインターネットでの『出会い系サイト』しか無い。

そこでの出会いが、「友人を得たい」「自らのことをもっとちゃんと知りたい」という本人が求めているものとは異なることが多いです。

つまり、単に一過性のセックスを強いられることがしばしばあるのです。

こうした状況を変えたくて、横須賀市では『10〜20代のみを対象にした出会いの場』を2ヶ月に1回、開催しています(『CafeSHIPポートよこすか』です)。

また、性同一性障害の性自認を持つ方々が、海外からインターネットでホルモン剤を取り寄せて服薬して、副作用に苦しんでいる事例なども語られました。

性同一性障害のこどもたちが性別適合手術を受けるには、大きなハードルがたくさんあります。

何よりもまず親の同意が必要となるので、親にカミングアウトできないこどもたちは、そこでまず苦しんでいます。

そして親に全く話すことができないままに、医師にもきちんとかかることも全く無いままに、自分でインターネットでホルモン剤を買ってのんでいまっているのです。

ホルモン療法は、本当に細やかな診断に基づいたクスリの処方が必要なのです。そうした専門的な診察が無いままにただホルモン剤だけをのめば、望んだ身体の変化は得られないどころか、うつ症状や精神科的な疾患を持つことが多いです。

本当に厳しい現実がたくさんあります。

また、HIVへの感染についても横須賀の事例をもとにお話して頂きました。フジノのまわりにもHIVポジティブの方が何人もいらっしゃいます。

先進国の中でHIVキャリアが増えているのは、日本だけです。

みなさんが知らないだけで、実際にはたくさんの方々がHIVキャリアとして暮らしています。



行政ができることはもっとたくさんある

星野慎二さんから、我ら政治・行政の改善すべき事柄が具体的に提案がありました。

家族の概念を観直してみませんか?

家族の概念を観直してみませんか?


すでにフジノが市議会で提案しているものもありましたが、どんどん実行に移していかねばならないことがまだまだたくさんあります。

実は、A自治体(悪い例)は横須賀市の申請書類でした

実は、A自治体(悪い例)は横須賀市の申請書類でした


医療・福祉の現場をはじめ、住宅政策における扱い、婚姻などをはじめ、たくさんあります。

多様性を大切にするまちは、強いまちです

多様性を大切にするまちは、強いまちです


今日の講習が、現場に毎日向き合っている課長職のみなさんのこころの奥深くにどうか届いていますように、フジノは強く願っています。

課長職のみなさん、一緒に変えていきましょう!

横須賀はすでに全国から注目される『性的な多様性』を保障するために努力しているまちです。

でも、まだまだ足りません。

もっともっと変えていくことができます。

どんなセクシャリティであろうと、みんなが自分らしくあることが自然にできる、希望を感じられるまちに変えていきましょう。

激務の中で研修を受けて下さった課長職のみなさん、今日はありがとうございました。

また、課長を送り出してくれた部局長のみなさん、ありがとうございました。

そして、今日の実現に尽力して下さった市民部人権・男女共同参画課のみなさん、本当におつかれさまでした。

これからも横須賀市が全国のお手本になれるように、フジノはどんどん取り組みを前に進めていきます!



県立横須賀高校、快挙!昨日は高校生クイズで、今日は文化祭で/横高文化祭で初の「セクマイ講座」が開かれました

県立横須賀高校の文化祭へ

今日は、神奈川県立横須賀高校の文化祭に向かいました。

横須賀高校文化祭のパンフレット

横須賀高校文化祭のパンフレット


県立横須賀高校といえば、昨夜放送された『第34回全国高等学校クイズ選手権(高校生クイズ)』で素晴らしい活躍をし、大きな話題となりました。

神奈川県立横須賀高校・文化祭

神奈川県立横須賀高校・文化祭


フジノの母校なのですが、文化祭におじゃまするのは数年ぶりです。

今日訪れた理由は、文化祭のプログラムで『セクマイ講座』が開かれるからです。

校舎内のあらゆる場所にポスターが貼りだされていました

校舎内のあらゆる場所にポスターが貼りだされていました


これまで県内の他の高校でこうした講座が開かれたことはありましたが、県立横須賀高校では今回が初めてです。

まさに快挙!

NPO法人SHIP代表の星野慎二さんとフジノ

NPO法人SHIP代表の星野慎二さんとフジノ


講師となる現役高校生やぎしゃんをはじめ、サポートして下さった養護教諭の林先生と川口校長先生、素晴らしい大英断です。

開催を聞きした時、『性的な多様性の保障』を政策として掲げてきた政治としてフジノは、とても嬉しかったです。ありがとうございます!



NHKからも取材にきました

講座の企画・講師を務めたのは、現役高校生の『やぎしゃん』です。

やぎしゃん

やぎしゃん


やぎしゃんとお会いするのは数回目なのですが、毎回、彼の行動力の高さには驚かされます。

フジノからもお願いして、8月には渋井哲也さん(フリーライター)の取材も受けてもらいました。

「エデュカチオ」(Eテレ・土曜日17:55〜18:25放送)ウェブサイトより

「エデュカチオ」(Eテレ・土曜日17:55〜18:25放送)ウェブサイトより


そんなやぎしゃんの『セクマイ講座』をNHK・Eテレの『エデュカチオ!』という番組が取材に来てくれました。

廊下で講演会のおしらせをするやぎしゃん。それを取材するNHKクルー。

廊下で講演会のおしらせをするやぎしゃん。それを取材するNHKクルー。


彼の想いと行動がもっと多くの人々に届くといいなぁと願っています。

番組の放送日が決まったら、このブログやツイッターで必ずお知らせしますね!

パワーポイントの準備をするやぎしゃんと星野さん

パワーポイントの準備をするやぎしゃんと星野さん

(*今日の講座の内容、そしてそもそも『やぎしゃん』についての紹介は、ちょっと内容を詳しく書きたいので、後日追記しますね)

やぎしゃんのセクマイ講座

やぎしゃんのセクマイ講座

セクシャリティとは何か?

セクシャリティとは何か?

性的指向・性自認は自分で変えることはできません

性的指向・性自認は自分で変えることはできません


講座は、まずやぎしゃんによる講義が30分。

その後、2名のゲスト(当事者の立場の10代)が参加し、お話して頂きました。

最後に、会場との意見交換・質疑応答が行われました。

会場の参加者の方々との質疑応答や意見交換も活発でした!

会場の参加者の方々との質疑応答や意見交換も活発でした!


会場は、30席が満席プラス立ち見がいました。

林先生によると、定時制の学生だけでなく全日制の学生も多数参加していたとのこと。本当に嬉しいです!

どうかもっともっと同世代に知ってほしいです。

そして、教職員のみなさまにも、もっともっとリアルな姿を知ってほしいです。

今日のプログラムはその上で、とても良い機会でした。

どうか来年以降も続いていきますように!



模擬店、おいしかったです

天気も良かったので、文化祭をちょびっとだけ楽しみました。

食品販売メニュー

食品販売メニュー


焼き鳥を買って食べましたが、おいしかったですよー!

焼き鳥を売ってた模擬店のみなさんと、シンジさんとフジノ

焼き鳥を売ってた模擬店のみなさんと、シンジさんとフジノ


中庭ステージでは、軽音楽部によるライブ演奏が行われていました。

フジノが高校生だった時に、同級生たちとバンド活動を『同好会』から『部活動』へ昇格させたんです。わが部活動の直系の後輩たちの活躍ぶりは、音楽を愛する者としてうれしくてたまりません。

ずっとずっと音楽を愛し続けてね!

中庭ステージでは軽音楽部によるライブ演奏!

中庭ステージでは軽音楽部によるライブ演奏!


星野代表もフジノも、講演会終了後すぐに次の仕事があって30分しか滞在できませんでした。もうちょっと観てみたかったなぁ〜。

懐かしの学生食堂

懐かしの学生食堂


文化祭での若いエネルギーの爆発は、とても気持ちいいものでした。

明日も快晴だといいですね!



明日も「やぎしゃんのセクマイ講座」があります。ぜひいらしてください!

『やぎしゃんのセクマイ講座』は、明日も開催されます。

講座のスケジュール

講座のスケジュール

今日のゲストは当事者の立場の10代の方々でしたが、明日のゲストは保護者の立場の方々です。

「やぎしゃんのセクマイ講座」

  • 日時:14日(日)12時〜13時

  • 場所:横須賀高校B棟3階

  • 内容:やぎしゃんのセクマイ講座

  • ゲスト:保護者の方々

明日もきっと素晴らしい講座になるはずです。

フジノは別の仕事で伺うことはできないのですが、どうかぜひみなさまいらしてくださいね!



県立横須賀高校吹奏楽部サマーコンサートへ

県立横須賀高校の吹奏楽部

母校・県立横須賀高校の吹奏楽部のサマーコンサートに行ってきました。

文化会館にて

文化会館にて


高校生だった頃、僕のクラスには、吹奏楽部に入部している子が一番多かったです。

親友もブラバンに所属していましたし、部長もうちのクラスに居ました。

そんなこともあって、必ず定期演奏会には足を運んでいました。

パンフレット

パンフレット


あれからもう20年が過ぎたのですが、当時の同級生や下級生が今もOB・OGとして、母校の指導やボランティアに行ってくれています。

政治家としても個人としても、OB・OGが後輩たちに協力してくれることはとてもありがたく、本当に頭が下がります。

1〜2年生によるサマーコンサート

今年の部員は42名だそうです。

この時期の定期演奏会は、3年生が部活動を引退して1〜2年生だけの出演になります。

毎年、新しくなったブラバンの船出を応援しに行っています。

第1部は全体演奏でした。

第1部

第1部

  • マーチ「春風」
  • 吹奏楽のための「風之舞」
  • Music for a Festival

第2部は、パフォーマンスステージでした。

第2部

第2部

  • 愛のテーマ<映画「ロミオとジユリエツト」
  • Symphonic Highlights from Frozen
  • Make Her Mine

そして第3部は、オリジナルステージ『YKD~横高ディスコ~』でした。

第3部

第3部


吹奏楽部のみなさま、素敵なステージを楽しませて頂きました。ありがとうございます。

顧問の先生の似顔絵w

顧問の先生の似顔絵w


OB・OGのみなさま、保護者のみなさま、関係者のみなさまもおつかれさまでした。

次は来年春の定期演奏会にお邪魔します!

横須賀市長選挙の立候補予定者・吉田雄人さんにお会いしました(その1)

6月の市長選挙に立候補を予定している3人に順番にお会いして頂き、お話を伺ってきました。

4月4日、岸牧子さん4月7日、広川さとみさん

今日は、ついに最後の1人である吉田雄人さん(現・横須賀市長)にお会いしました。

吉田雄人さんの「選ばれるまち横須賀へMOVE!」

吉田雄人さんの「選ばれるまち横須賀へMOVE!」


そこで感じたことを記します。

現職の市長と市議会議員である前に、長年の戦友であり、大切な後輩

今日は、3年半以上ぶりに、僕は『政治家フジノ』という公人の肩書きを外して、『藤野英明』という私人として、吉田雄人さんと向き合いました。

このブログを読んで下さっている方々は、この11年の間に大きく変化しました。

かつては、僕の同級生や長年つきあいのある方々を中心に、いち私人としての僕を立候補前から知っている方々がメインでした。

それが今では、このブログを読んでいる方々の半数以上が、政治家になった後のフジノしか知りません。

フジノを知ったきっかけというのも、「自殺対策」「性的な多様性を保障する政策」「脱原発」「給食食材の放射性物質対策」などを通して知った、という方々が大半を占めるようになりました。

特に「3.11後に初めてフジノの存在を知った」という方々がとても増えました。

そうしたみなさまは「吉田市長」と「政治家フジノ」が、政治家になる以前から20年という長年の関わりがあることも全くご存じないと思います。

そこで、改めて(僕の側から見た)これまでについて少し記したいと思います。


そもそも、フジノ(39才)と吉田市長(37才)は、神奈川県立横須賀高校の先輩・後輩にあたります。

僕が高校45期生、吉田市長が高校46期生。

当時、僕は17才。雄人は16才。

1学年しか違わず、現役の高校生時代からお互いに知っていました。

だから今でも僕は、つい当時からの親しみをこめて「雄人」と呼びすてにしてしまいます。

当時から、接点はいろいろありました。

例えば、高校の文化祭の実行委員会。僕が2年生代表、雄人が1年生代表を勤めました。

また、体育祭では、各学年から1クラスずつで3学年で1つのカラーを作るのですが、僕と雄人のクラスとは同じカラー(緑軍)でした。

20年以上前からお互いに知りあいであるだけでなく、共通の知人も多いです。

大学も、同じく早稲田大学でした。

僕は93年入学、教育学部。雄人は94年入学、政治経済学部です。

ふだん接点は無いものの、同じ早稲田キャンパス(当時は「本キャン」と呼んでました)ですから、見かけることもありました。

また、渋谷駅で偶然に再会したりすると、お互いの近況について話したりしました。

大学時代、僕はアメリカへ。彼はイギリスへ。それぞれに短期留学をしています。

卒業後は、それぞれ民間企業に勤めていました。

僕は映画会社、彼はコンサルティングファームです。

同じ時代の空気をともに吸って生きてきました。

雄人と僕は、高校・大学が同じ、年齢も1才しか違わない。街頭演説を中心とする活動や、若さや同期での当選。

こうしたキャリアパスに共通点が多いことから、現在に至るまで、市民のみなさまから「吉田・フジノ」と並べて言及されることが多いです。

でも、実際の2人は、かなり対象的な在り方でした。

11年前(2002年)の夏、彼が初めて横須賀市議会議員選挙に立候補する為に、逗子から引っ越してきました。

今では信じられないと思うのですが、雄人は僕に「選挙の応援をしてほしい」と頼んできました。

僕は、雄人に対して

「お前の幸せは、本当に政治家になることなのか?それで良いのか?」

と、強く引き止めました。とても良く憶えています。

雄人は高校時代から「総理大臣になりたい」と言っていたのですが、僕は「政治家なんかになることは間違っている」と感じていました。

だから、僕は、彼が政治家なんかを目指すよりも、ひとりの個人として、ハッピーな人生を送ってほしいと素直に願ったものでした。

それにも関わらず…。

とても数奇な運命から、そのわずか数カ月後(2003年1月31日)に僕自身が政治家に転職をする決意をしました。

この僕の決心も、実は、雄人が僕にかけてくれた言葉が強く背中を押してくれたのでした。

公職選挙法などを全く知らない無勝手流の僕に対して、時にアドバイスをくれたのも雄人でした。

こうして2003年4月の統一地方選挙で、2人とも市議会議員に当選しました。

山本賢寿さん巨人軍入団祝賀パーティーでの雄人とフジノ

山本賢寿さん巨人軍入団祝賀パーティーでの雄人とフジノ

それから6年の間に、雄人は、政界の階段を2段抜かし3段抜かしでどんどん登っていきました。

彼は、後援会組織をしっかりと固めて、学生インターンを募集してシンパを増やし、街頭演説を1000日も続けるなど地歩を固めていきました。

市内のあらゆる交差点などの人目につく場所には、彼の看板が付けられています。

選挙になれば、日に焼けた姿で自転車に乗りまくる。

そして自転車と同時に、選挙カーもしっかりと活用していました。

イメージ戦略・空中戦と同時に、地べたをはうようなドブ板選挙・地上戦も雄人は得意でした。

真夜中の終電まで駅に立ってお辞儀を繰り返す、精力的な選挙でした。

政治家に当選後は、4年間の任期で4つの常任委員会を全て回りました。

会派(ニューウイングよこすか)にも所属したり、離脱したり

また、他のまちの若手政治家と積極的に交流をして、他のまちで選挙があればすぐに飛んでいってお互いの選挙を支援しあったりというのが雄人のスタイルでした。

かたや僕は、政治家でありながら政治家であることにいつも違和感があり、自分が政治家であることを嫌い続けました。

後援会は作りませんでした。

まちなかにも、1つも看板を出していません。

街頭演説に立つことはあっても、政治家になる前からパニック障がいとウツ病もちの為、人前で話すことは今に至るまで嫌いなまま。

選挙では「選挙カーは絶対に嫌だ」と、僕は1度も使ったことはありません。

しかも、「雄人が自転車に乗るのはパフォーマンスだから絶対に間違っている」と公言してきました。

だって、『自転車に乗ってまちを走り回ること』は政治家の仕事ですか?

ひたすら政策を訴えて市民のみなさまに信を問うのが政治家の本分でしょう?

彼の選挙のやり方が嫌いでしたので、僕はひたすら自分の足(徒歩)で市内を歩いてはひたすらに政策を訴えて回りました。

体力抜群の雄人とは違い、精神疾患もちで体力の無い僕は、すぐに過労で倒れてばかりでした。

心理学を専攻していた学部生時代から大学院進学をすすめられていたように、僕はもとから研究者気質の性格でした。

政治家に当選した後も、政局は大キライで、ひたすら保健・医療・福祉の政策の為だけに働くことを望みました。

資料を読み漁る方が性格にあっていました。

派閥に属することも嫌い、無所属でひとりきりで仕事だけに専念することを好んできました。

8年前、『政治家としての父』と慕っていた木村正孝さんが市長選挙に立候補しました。

2005年6月の市長選挙、木村正孝さんが立候補して下さいました

2005年6月の市長選挙、木村正孝さんが立候補して下さいました

雄人はこの時すでに市長選挙立候補の決意をしていましたが、みんなで「まだ早い」と必死に止めました。

「将来、必ず良き政治家に成長するであろう『プリンス』である雄人を、みすみす落選させるなんてできない」

というのが、木村さんや僕の想いでした。

木村さんが立候補してくれたのは、あくまでも僕の中では「雄人を守る為に代わりに立候補してくれたのだ」と受け止めています。

2005年市長選挙、木村さんは落選しました。

政治家としてたくさんの市民の方々から厚い信頼を受けていた木村さんの、政治家人生を絶つことになってしまいました。

この時、フジノは「どんなことをしてでもオヤジ(=木村さん)の仇を取る」と誓いました。

そして4年前(2009年)、横須賀市長選挙が行なわれました。

今回は、もはや雄人が立候補するしかありませんでした。

フジノは全てを賭けて、吉田雄人候補を応援する決心をしました。

記者クラブでの声明発表では

「吉田候補が市長選挙に落選したら、僕も市議会議員を辞職します」

と宣言しました。

雄人が市長になる為に、僕は全てを捨てる決意をしました。

2009年、市長選挙直前の決起集会のバックステージで語り合う2人

2009年、市長選挙直前の決起集会のバックステージで語り合う2人

「新しい横須賀」を実現する為であると同時に、政治家としてのオヤジの仇を取る為であり、大切な後輩(=雄人)をどんなことをしてでも守る為でした。

こうして、2009年の市長選挙に突入しました。

当時は「現職が絶対に有利」「絶対に当選不可能」と言われていた吉田候補は、奇跡の逆転当選を果たしました。

吉田市長が当選した翌朝、ワイデッキにて報告に立つフジノ

吉田市長が当選した翌朝、ワイデッキにて報告に立つフジノ

市長選挙終了後。

僕は、公人に戻りました。

フジノは「市長が誰であろうと僕は是々非々で厳しく臨む」と市民のみなさまにあらかじめ約束してきました。

その言葉どおり、歴代市長に向きあってきたのと同じように、吉田市長には、フジノこそが誰よりも厳しい追及をしてきました。

マニフェスト実現に向けて誰よりも厳しく質疑を行なって来ました

マニフェスト実現に向けて誰よりも厳しく質疑を行なって来ました


プライベートでは雄人の結婚式にまで呼ばれている間柄ですが、市政という41万人のいのちを預かる場において、とにかく僕は私情をはさんではいけないと自分を強く戒めました。

先輩・後輩の『情』の部分で流されてしまわない為に、彼が市長に就任してからは公の場以外では一切接点を持たないようにしてきました。

つまり、年4回の市議会だけが2人の接点です。

その場での真剣勝負の質疑のやりとりだけが、フジノが吉田市長と交わる唯一の接点です。

来賓などで招かれたり、自殺対策街頭キャンペーンなどで一緒に活動する時であっても、第三者が立ち会って居る場だけでしか一切の会話をしないようにしてきました。

市議会議員として、市民のみなさまに開かれた場で無ければ、市長とは個人的な会話は徹底的に慎んできました。

つまり、今日に至るまで3年半以上、私的な会話をしたことはありません。

これが僕の側から見た「政治家として10年間、個人としては20年以上にわたる藤野英明と吉田雄人との関わり」です。

吉田雄人はフジノにとって、市長と市議会議員である前に、同じ時代を同じ空気を吸って生きてきた大切な同世代のひとりなのです。

そして、僕にとってはどんなことがあっても、20年来の大切な後輩なのです。

誰がなんと言おうとも、僕たち2人にしか分かりあえない固いつながりが存在しています。

適当な言葉が見つからないのですが、『信頼感』や『絆』のようなものでしょうか。けれども、もっと強いつながりです。

だから、フジノが市議会議員としてどれだけ激しく厳しく吉田市長を追及したとしても、それによって2人の20年以上のつながりが消えることは無かったと僕は信じています。

こうしたことを知らない方々は

「フジノさんは吉田市長のこと大キライなんですよね?」

と真面目な顔で尋ねてきたりします。

僕は、笑い飛ばしています。

僕は、2003年に政治家に転職することを決意した時、こころの深い底の部分で信じている希望ある未来を実現することを誓いました。

それ以来、「好き」「嫌い」といった感情のレベルで『まちの未来』『政治』『市長』などを考えたことは全くありません。

政治家として雄人と僕がお互いに目指した夢、『新しい横須賀』の実現を市長としての雄人の取り組みがダメな時、大切な後輩に檄を飛ばすのが先輩の義務ですし、このまちの為に働く公人として全力で批判をしてきました。

それができるのは、20年間のつながり、同じ時代を生きてきた戦友、と雄人のことを感じているからです。

市長選挙が近づいてきて、いろいろな人が僕に近づいてきては(僕からすると信じられないような)『不仲説』みたいなものをニヤニヤしながら話しかけてきます。

そういった全てのことを、僕は否定します。

長い長い前置きになりましたが、まずこのことを市民のみなさまに改めてお伝えすべきだとフジノは感じました。

(その2へ続く)

「国際ユースフォーラム~外国語スピーチ、パネルディスカッション&交流会」へ/フジノが絶対30年後も続けたい、注目の新規事業

『国際ユースフォーラム』に行ってきました!

今日は、13時から17時まで市立横須賀総合高校SEAホールで行なわれた

『国際ユースフォーラム~外国語スピーチ、パネルディスカッション&交流会~』

(主催:横須賀市・NPO法人横須賀国際交流協会、後援:神奈川県教育委員会・横須賀市教育委員会)

に行ってきました!

これは、政治家フジノにとって『2007年度の注目の新しい事業』の1つです。

今年度は3月31日で終わりなので

「年度末ギリギリでついに実現した!やった!」

という気持ちでいっぱいです。

フジノの筆力・説明能力の低さからこのフォーラムのメリットを書ききるのはムリですが、この『フォーラム』には、いくつもの大きな意味があるのです。

去年の2月末、予算案を担当部署にヒアリングをしながら
 
「これはどんなことがあってもこの先30年は続けるべきものだ」
 
と、フジノは考えました。

そして、実際に行なわれた現場を見に行ってその想いは確信に変わりました。

例え、時が経って、横須賀市やNPO国際交流協会の担当職員が全て入れ替わったとしても
 
「これは続けていかなければならない大切なイベントだ」
 
と、フジノは思います。



30年後に高い成果を生み出す「フォーラム」

プログラムは、書いてしまえばカンタンです。

このプログラムからでは、「現場の勢い」は伝わらないんだろうなあ。残念。

でも、必ずこの『フォーラム』は30年後に高い成果を生む!

  • 第1部:スピーチ・ステージ発表
  • 第2部:パネルディスカッション
  • 第3部:交流会

「ユースフォーラム」でのスピーチ

「ユースフォーラム」でのスピーチ


第1部では、高校生のスピーチ・姉妹都市交換留学生の体験報告・寸劇みたいな劇・ヒップホップダンス・ショークワイアーが行なわれました。

湘南学院高校、県立岩戸高校、市立横須賀総合高校定時制、横須賀学院高校、県立追浜高校、県立横須賀高校、県立横須賀大津高校ダンス部、県立逗子高校のみなさんでした。

この第1部は、もともと国際交流協会が行なってきたもの。

高校生たちによる英語でのスピーチの発表や劇や歌などのステージ発表です。

自分の夢についてや世界平和についてやアルバイトの事やオレゴンへの短期留学の感想や環境問題についてなどを英語でスピーチがなされました。

みんなとても素直な想いが語られていて、良かったと思います。

これはフジノ自身の体験なのですが、『本当に真剣な想い』を日本語で話すとウソくさく聞こえた時期があります。

そのかわりに、英語でならば自分の素直な想いをきちんと話すことができた時期がありました。

こういうことを書くとスノッブな変人だと思われるでしょうが、大学時代の一時期、僕は日本語では話したくありませんでした。

本当の率直な想いを話すには英語の方が自分の想いにフィットしていた、という時期がありました。

たぶん、大半の日本人が『本音』で話すのを嫌がるからだと思います。

これは英語だけじゃなくて、外国語を話せる人なら多くの人々が僕と同じ体験をしたことがあると思うんです。

かつて、作家の村上春樹さんもデビュー作である『風の歌を聴け』を書くにあたって、最初はまず英語で全てを書いてからそれを翻訳して日本語にした、という逸話があります。

こういう感覚って、たぶん今日の高校生たちもきっと分かるのではないかな、と思います。

みんな、スピーチとても良かったよ。

ユースフォーラムでの大津高校のダンス部

ユースフォーラムでの大津高校のダンス部


スピーチに加えて、追浜高校のドラえもんはとてもかわいらしく、笑いが絶えませんでした。

大津高校のダンス部はとても楽しそうでした。

観客だけでなく演じたり踊っている人々が楽しめていることって、すごく大切だよね。
 

さらに、逗子高校のショークワイアーは、チケット代を払っても再び観たくなるような素晴らしいものでした。 

県立逗子高校

県立逗子高校

 
「年2回公演をしている」とのことでしたがマジでまた観たい。

素晴らしかったです。

※後日追記:毎年2回、定期演奏会を見に行くようになりました)
 
こうして、第1部が終わりました。



第2部はパネルディスカッション、第3部は交流会でした

ここから先は、コーディネーターの方と4人のパネリストの方々が会場の参加者を巻き込みながら『多文化コミュニケーション~言葉の壁を乗り越えるには~』を語り合いました。

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子


英語・日本語・インドネシア語が会場を飛び交いました。
 
ああ、もっと書きたいんだけど体力的に限界になってきた。うーん、ごめんなさい。

このフォーラムはさらに、第3部ではカフェテリアに場所を移して、交流会が行なわれました。



こどもたちの未来を信じて行なう「種まき」

今日の『国際ユースフォーラム』をはじめとするいくつかの事業・イベントは、こどもたちの未来を信じておこなう種まきなのです。

政治家フジノが、アメリカ軍の犯罪を防止する為にいくつもの対策を市議会で提案してきましたが、こういうのは『対症療法』なのです。

  • 対症療法=短期的な対策=今すぐ効果を出す必要がある対策
  • 種まき=長期的な対策=未来への投資としての対策

こどもたちの未来は、コミュニケーションの壁を越えていく。
 
いや、彼ら/彼女らが大人になってもまだ実現はできないかもしれない。

でも、人と人はいつか必ずつながっていくことができる。

大人として僕たちは、この財政危機の横須賀市だから本当にささやかな予算しか使えないけれど、こどもたちを信じて、未来への投資をしたのだ。

来年も、再来年も、ずうっと続けていくべきだ。

うーむ、疲労で文章表現力が低下している。
 
でも、理解してくれる人がたくさんいることを僕は知っている。

行政の担当者の方々の中にも、高校生たちの中にも、同じこの想いを信じている人々がいることを僕は知っている。

みんなで、育てよう。

必ず人と人とはつながっていかれる。