まちの政治家は、こんなことしてます新人議員の活動日記


2004年8月12日(木)のフジノ
● やっと眠れる...

 美術館の『今回の入札』が中止されたこと
 新聞各紙がどう報じるか
 見届けたくて
 夜中の3時まで配達を待っていました。

 どんな報道なのか。
 新たな事実を発掘しているか。

 それが知りたくて、徹底的に起きていました。

 神奈川新聞、素晴らしいです。


 でも、フジノは限界です...。

 昨日は2時間半しか寝てないし
 現在は朝の5時になってしまいました。

 もういいかげん、寝てもいいよね。

 少しだけ、眠らせて下さい。

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 ちなみに時間つぶしに観たDVDは
 『スミス都に行く』です。政治家らしいチョイスでしょ(笑)

 理想は必ず努力で実現できる、
 そういう映画です。機会があればみなさまもどうぞ。



2004年8月11日(水)のフジノ
● 美術館の入札、今回は中止です!

 お待たせしました。やっと発表できます!

 美術館建設に関する工事の
 今回の入札は中止になりました。

 今はフジノの意見は無しで
 事実だけみなさまに速報でお伝えしたいと思います。

 詳しくはこちらからご覧下さい。

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 署名をしてくださった7万人のみなさまに
 こころの底から「ありがとうございました」とお伝えしたいです。

 ただ、闘いはまだ始まったばかりです。
 第1歩が動き出したばかりです。

 市は今回の入札を中止しましたが
 3〜6ヶ月以内に
 再度、入札を行なう意向だと分かりました。

 しかし、

 ・今回の入札が中止になった原因もあいまい

 ・今回中止したにもかかわらず、
  また入札をしようとしている根拠が薄くておかしい


 ・県知事の文書を全く無視している

 これらを徹底的に明らかにしないといけません。
 そして、最終的に『美術館建設の見直し』へと
 市を変えなければならないのです。

 一緒に立ち上がって下さい!
 このまちは変わり始めています!

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 これからこのまちに暮らすみなさんのところへ
 報告の演説に行ってきます!


● 帰ってきました!

 行ってきました、報告してきました!

 今日は雄人(吉田雄人市議)と一緒にYデッキで
 このまちに暮らす方々に
 『今日の展開について』を報告してきました。

 Yデッキに座っていた女の子が
 携帯で写真を撮ってくれました。

 サンキューです!

 ツーショットの写真がめったに無いから
 かなりうれしい。こんな感じで
 2人でがんばりました。

 しかし、闘いは、まだ始まったばかりです。

 僕たちは喜びの気持ちは感じつつも
 すでに次の展開へと動いています。

 おかしなことがたくさんあります。
 まだまだ僕たちは
 やらなければならないことがたくさんあります。

 どこまでも突き進んでいきます!

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 『民意が市政に活かされることを願う会』のみなさん、
 まだ闘いは続きますが、今日だけは、おつかれさまです。

 県議会への請願の紹介議員となって下さった
 竹内英明県議牧島功県議のお2人にも
 とても感謝しています。

 また、名前を出すことができないけれども
 感謝したい方々がたくさんいます。

 市の未来を憂えている市職員の方々を始め、
 無所属では無い他の会派の中にも
 こころある市議会議員の方々がいらっしゃいました。

 名前が表に出なくとも
 評価されるべき方々は本当にたくさんいます。

 そして誰よりも、7万人の署名をしてくれたみなさま!

 ありがとうございます。
 これからもまだ全力で突き進みます!

 協力して下さった全ての方々に
 こころの底から感謝しています。
 ありがとうございます!



2004年8月10日(火)のフジノ(その2)
● 就労援助センターに行ってきました

 今日は『よこすか就労援助センター』を訪れて
 施設長にお話をうかがいました。

 地域就労援助センターとは、
 障がいのある方々が『働く』ための
 あらゆるお手伝いをすることが目的で作られているものです。

 ・就職について、あらゆる相談を受けること

 ・新しい職場を開拓すること

 ・就職前のサポート(企業選びのお手伝いや面接のアドバイスなど)

 ・就職後のフォロー(定期的に職場訪問をしてフォローをします)

 ・就職のための訓練(就職に向けた訓練を受けられます)

 県内には10ヶ所あって、
 このまちでは総合福祉会館の4階にあります。

 ぜひ1人でも多くの方々に
 就労援助センターを利用してほしいと願っています。

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 6年前にたちあがったこのセンターは、
 横須賀市が委託をしていて
 運営しているのは『横須賀市社会福祉事業団』です。

 この社会福祉事業団のトップは副市長ですから
 民間企業ではなくて
 いわゆる市の関係団体です。

 委託料は、1年間で2704万円(平成15年度予算)。
 職員6名で活動をしています。

 2004年1月1日現在で
 これだけの成果をあげています。

センターを通じて就職をした方々の数
知的障がいのある方々 73名
精神障がいのある方々 8名
身体障がいのある方々 5名

センターに登録している方々の数
知的障がいのある方々 172名
精神障がいのある方々 28名
身体障がいのある方々 14名

 就職をした後のフォローとして
 定期的に企業を訪れるのもセンターの大切な仕事なのですね。

 仕事場で働いている状況を実際に見てまわって
 人間関係の悩みの相談に乗ったり
 企業側の相談に乗ったり
 マッチングがうまくいっているかなどを
 現場を訪れてフォローするわけです。

 そんな地道な活動が
 新たな求人を開拓していくことにもつながっていくわけです。
 
就労援助センター施設長とフジノ  お話をうかがった施設長は、
 とてもまっすぐな方でした。

 特に印象的だったのは
 上に書いた
 新たな求人を開拓した時のお話です。

 ものすごい笑顔で
 「本当にうれしかったと思いました」と
 話してくれました。

 行政や行政にカンケーする方々の笑顔で
 こんな笑顔を見たのは
 公的保証人制度の視察のために
 川崎市の住宅政策課を訪れた時以来です。

 川崎市の住宅政策課の方も
 自分の成し遂げた仕事を話してくださった時に
 「公務員をやってきて、1番うれしかった」と話して下さって
 サイコーの笑顔を見せてくれました。

 きっといい仕事をしているのだ、
 と信じたくなる笑顔でした。

 就労援助センターの限界についても
 率直に聞かせて頂きました。

 例えば、

 「身体障がいのある方々については
  残念ながら就職へのサポートが就労援助センターでは難しい」

 といったことなどです。

 確かに上に示した実績のとおり、
 身体障がいのある方々についてはわずか5名となっています。

 そもそも僕がここを訪れた理由は
 身体障がいのある方からの
 就労援助センターに対する苦情を受けたのがきっかけでした。

 就労援助センターを訪れたけれども
 就職にむすびつかないという苦情を受けたのです。

 けれども、僕からこの話を切り出す前に
 すでに施設長から『限界』として
 先に言われました。

 この『限界』の理由は、
 そもそもセンターがスタートした時は
 知的障がいのある方々のみを対象にしたことや
 センターの行なっているサービスとのかねあいなどが挙げられます。

 いずれにしても
 「率直に『限界』を聞けたこと」に好印象を受けました。
 障がいのある方々には僕も率直に
 この点を説明していきたいと思いました。

 「働きたい」と考えている方はぜひセンターを利用して下さい!

 また、企業のみなさまも
 障がいのある方々を雇いたいと考えているならば
 ぜひセンターに相談してみてください。
 センターには人材がたくさんいますから。
 ぜひよろしくお願いします!

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 施設長、1時間半もお付き合いしてくださって
 本当にありがとうございました。

 就労援助センターのみなさん、
 今日はありがとうございました。


● 少しずつネットワークがつながってきた

 障がいのある方々の働く場づくりやサポートについて
 自分自身の中のネットワークが
 『広がっていく』『つながっていく』のを感じています。

 昨年に県と市が共同でおこなったセミナーに参加して
 それがきっかけでNPOの方とお会いしたり、
 特例子会社を見学したりしてきました。

 もう少しでこのネットワークの輪が
 はっきりとつながるのが見えそうな気がしてきました。

 例えば...。

 フジノの知っている方で
 特例子会社に勤めている方が2人います。

 その特例子会社に勤めている方は、
 よこすか就労援助センターから就職していったのだと
 今日、知りました。

 あるいは、他の特例子会社に勤めている方々の話題を
 施設長も当然ご存知で、いろいろお話しすることができました。

 全く別々のところで活動をしてきて
 けれどもその活動がつながっている。

 実際に働いている方々や、
 NPOの方々や、
 行政の方々や、
 地域就労援助センターの方々と、
 少しずつ『共通言語』で話すことができはじめた、
 そんな感じが自分の中でしています。

 もっと詳しく知りたい、
 そしてこのネットワークの中へ
 1人でも多くの働きたい障がいを持つ方々を
 どんどん送りこんでいけるようになりたい!

 そんな強い気持ちがしています。


● 美術館問題について

 10日に発表できると思っていた新しい展開は
 残念ながら、まだ発表できませんでした。

 しかし、それとは別に
 県が動きを見せました。

 松沢知事の名前で
 沢田市長あてに文書が出されたのです。

 (詳しくはこちら

 県の職員が市を訪れた時には
 生涯学習部長と参事と美術館開設準備室長が立ち会ったそうです。

 神奈川新聞でもインタビューに対して
 答えたのも美術館開設準備室長でした。

 しかし、文書はあくまでも『市長あて』です。

 県知事から市長への文書なのです。

 手続きとして文書を回す手続きは成されているので
 市長もこの文書を当然読んでいる、とのことです。

 それならば、市長は
 きちんと県から投げられたボールを受け止めるべきです。

 神奈川新聞の大きな見出しのとおり
 『請願者と話し合いを!』すべきです。

 少なくともこんな状況で
 18日に入札を迎えることはできないはずです。

 市議会も、県議会の動きを受けて
 例月協議会(*)を開くべきです。

 市議会が閉会中におこなう、臨時の委員会のこと)

 このまま、次の市議会がひらかれる
 9月末まで
 何も反応をしないのは
 市議会として絶対におかしいと思います。

 美術館問題に対して
 賛成の立場にせよ
 反対の立場にせよ
 その立場にとらわれずに市議会の常識に立って
 県議会が請願を審査継続にしたことに対して
 改めて「市議会はどういう立場なのか」を
 県議会に主張すべきです。

 市長と市議会の両方が
 成すべき対応をきちんと示すべきです。


● そうだ、書き忘れてたこと

 ちなみにフジノが先月見学してきた特例子会社は
 この2社です。

 日立ゆうあんどあい
 山武フレンドリー

 どちらのHPも特例子会社の様子を
 本当によく表していますのでぜひ観てください!



2004年8月10日(火)のフジノ
● 人権意識の高い市役所をめざして

 先日、市役所の『人権感覚』について
 このように書きました。

 人事制度改革を行なうことには、フジノは大賛成です。

 今後、予想されるあらゆる役所内外の抵抗は
 絶対に阻止して、この改革を遂行させたい、と考えています。

 けれども、男女共同参画=人権問題です。

 人権問題という観点から
 人事制度改革における今回の市の対応には
 まったく納得ができなかったのです。

 しかし、今日、
 人事制度担当課長から連絡をもらいました。

 「再検討した結果、女性が0名だったプロジェクトチームに
  新たに女性を2名を追加することにしました」


 この決定は、昨日開催したワーキングチームの集まりでも
 すでに発表をしており「正式な決定事項です」とのことでした。

 働く場としての市役所に
 『人権感覚』の度合いを表すグラフがあるとしたら
 マイナスをさしていた矢印が
 ゼロの方向に少し動いた感じがしました。

 ひとまずは評価したいと思います。

 再検討をしてくれて、本当に良かったです。

 総務部長をはじめ、
 人事制度改革担当課長らの英断に敬意を表したいと思います。

 これから先30年ぐらいの市職員のことを決めていてく改革です。
 女性の視点を欠くことは絶対にダメですから。
 まずは「よく考え直してくれた!」と
 評価をしたいです。

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 フジノは今回のこの女性メンバー追加を

 「フジノの手柄だ!」

 とか訳の分からないことを言うつもりは
 全くありません。

 むしろここに至るまでには
 たくさんの方々の動きがあったと聞きました。

 『男女共同参画審議会』を傍聴して
 この問題を知ってからフジノは動き出したのですが、

 すでに、市役所の内側からも
 動きがいくつもあったのだと後から知りました。

 そのことに僕はとても感激しています。

 また、政治の側で言えば、
 矢島さん(矢島真知子議員)には
 とても感謝しています。

 今回、矢島さんとは
 同じ想いと問題意識を持って
 一緒にこの問題に取り組むことができました。

 先日のこのコーナーを観て下さった矢島さんから
 彼女も怒りを感じているとのお話をうかがい、

 「この件については共同でがんばろう!」

 と、おっしゃってくれました。

 しかし、実際には『矢島&フジノ』タッグでの動きというよりも
 矢島さんが断然、動いてくれました。

 いずれにしても、
 それぞれの立場から、あらゆる角度から、
 想いを持った有志の方々が働きかけた結果だと思います。

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 それぞれの立場から
 それぞれの方法で
 それぞれの想いの実現に向けて動いた
 その『みんなの成果』なのです。

 まちはこうやって変わっていくのです。

 1人の力ではなく、
 1人1人の自立した個人がそれぞれの方法で動き、
 それが変化を生んでいくのだと思います。

 こうして、このまちは変わっていくのです。


● 市役所は、本当に人権意識が高いか?

 ただ、フジノは1つの疑問が捨て切れません。

 市長はもう「男女共同参画」にやる気が無いのではないか?

 本来、人事制度改革をやるならば
 男女共同参画なんて当然セットで行なえるチャンスです。

 それなのに、プロジェクトチームのメンバーが
 男性だけであったことに対して

 どうして市長は「これはおかしいだろ」と言えなかったのか。

 計画をつくり、条例までつくっておいて、
 それで関心が途絶えてしまったのではないか。

 そんな不安を覚えます。

 フジノは、メンバーに女性が2名入ったことは
 「ゼロよりはマシ」という印象で受けとめています。

 ゼロよりはマシなんです。

 ただ、それは
 worseがbadに近づいただけであって
 goodでもbetterでも無いのです。

 本当に人権意識の高い市役所をめざすためには
 もっともっとやらなければならないことがたくさんあります。

 僕は人事制度改革のことだけを言っている訳ではありません。
 男女共同参画は、人事制度改革だけの小さな話では無いのです。
 全ての分野に渡ることですから。

 それができた時に
 市役所の制度がもっと男女共同参画が当たり前のものになった時に
 市役所内部で働く人々の意識も変わった時に
 初めて市役所は「ふつうの職場」になったと言えるのです。

 何故なら、男女共同参画なんて
 当たり前のこと=ふつうのことだからです。

 もう1度、市役所全体が
 「当たり前のこととしての男女共同参画」について
 意識をしてもらいたいと強く望みます。

 特に市長。

 女性に人気の高いまちをめざすのもけっこうですが
 女性に人気の高い企業としての市役所もめざしてほしいです。



2004年8月6日(金)のフジノ
● たとえ真夜中でも

 昨日は相談を受けて
 決心をして直接お会いしに行ってきました。

 無事にひと段落がついたのは
 真夜中の2時半でした。

 本当に緊急で必要であれば
 僕は真夜中でも動きます。

 横須賀市の24時間こころの電話相談が
 10月頃にスタートするまでは

 僕が気合で電話にも出ますし、
 警察や他の機関がふさわしい場合には
 もちろんそちらを勧めますが
 どうにもならない場合は僕が出て行きます。


● 市長への怒りをフジノにぶつける人々の多さ

 ただ、最近は理解できないメールが多くて困っています。

 困っている、というか、
 げんなりしてしまう、というか...。

 毎回、議会活動報告チラシをポスティングすると
 必ずそれから1ヶ月くらいの間は

 「そんなことまでメールしてくるの?」

 という、あらゆる内容が送られてきます。

 市長への怒り、まちの噂話、あらゆること。

 ただ、フジノでなければならない必然性があるものは少なくて、
 「それはご自分で調べて下さい」と返事をするものも
 たくさんあります。

 政治家は辞書ではありませんし、
 パソコンの使い方を教える者でもありません。

 中でも特に嫌なメールは、
 市長への怒りを僕にぶつけるものです。

 「何故、市長はこうなんですか!」

 と、フジノにむかって文句を言われても
 沢田市長は約7万人の署名だってシカトする人なのですよ。

 誰かに怒りをぶつけたい気持ちは分かるのですが
 「市長=政治家=フジノ」と結びつけられて
 僕に向けて怒りをぶつけられると
 正直うんざりします。

 そういうメールはまとめて
 コピー&ペーストをしてプリントアウトをして
 秘書課を通じて
 市長に直接渡すようにしようかと思い始めています。


● お願いだから放っておいて下さい

 それから、もう1つ。お願いがあります。

 これは本当にしつこいくらいに
 繰り返しお願いしていることですが
 改めてまた書きます。

 フジノの職業は「市議会議員」であり
 プライバシーが削られる職業だということは理解していますが
 あなたに必然性が無い時や
 僕が家族といる時には
 どうか話しかけてこないでいただけませんか。

 つまり、

 「今すぐに政治家フジノと話さなければ
  あなたの生活が困ってしかたがない」

 そういう状況でなければ
 僕は家族との時間を優先したいのです。

 日頃は本当に忙しくて家族と過ごせる時間が少なくて
 そういう大切な短い時間を奪われてしまうと
 家族といられる時間が
 完全に無くなってしまいます。

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 今夜は毎年遊びに行っているある盆踊りに
 数年ぶりに家族で出かけたのですが
 少しだけしか居られず、
 すぐに帰ることに決めざるをえませんでした。

 毎年ずっと出かけている場所にいつもの事として出かけたのに
 昨年5月に政治家に当選してから
 興味本位で話しかけられることがあって
 すごく残念です。

 昨年も気づかれないように出かけたのですが
 結局、知らない人に話しかけられて
 一緒に盆踊りに行ってくれた方に迷惑をかけてしまいました。

 逆のパターンを想像してみてください。

 あなたがいきなり知らない人に話しかけられる。
 仕事だからとその方の話に耳を傾けてみると
 「政治家なんですよね」
 「すごいですね」とかそんな感じの話だけが延々と続く...。

 あなたは耐えられますか?

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 今年は本当に数年ぶりに家族で出かけたのですが
 やっぱり知らない人にいきなり話しかけられて
 家族との貴重な時間を
 あきらめざるをえませんでした。

 だから、盆踊りからすぐに帰ることにしました。

 今すぐに政治家フジノに話しかけなければ
 困るような状況にあるのでしょうか。

 そうでなければ
 政治家は芸能人では無いのですから
 できる限り、放っておいて下さい。

 僕は

 「声をかけられて喜ぶ昔の政治家」
 
 「夏祭りといえば顔を出してまわる古いドブ板型の政治家」

 ではありません。

 そういうタイプの政治家が
 今でもいるのは知っています。

 でも、僕は違います。

 まちかどでいつでも話しかけられるように駅前で演説してますし
 カフェトークという場をつくって対話の機会を作っていますし
 メールアドレスも電話番号も住所も公開しています。
 議会活動報告チラシも1万枚単位で
 配っています。

 こういう機会に話しかけてください。
 あるいは必要がある時には
 メールや電話で連絡をしてもらえれば、と思うのです。

 けれども、必要が無い時には
 可能な限り、あなたと同じようにふつうの暮らしを送らせて下さい。

 例えば、僕が祭りに出かけるのは
 忙しい時間の中から
 やっと自由にできる時間をつくって
 家族と過ごしたくてそこに出かけたのであって
 顔を売るとか名前を売るとかそんなくだらない理由では無いのです。

 まちで買い物をしている時も
 できれば放っておいて下さい。僕にも暮らしがあります。

 どうか、あなたが本当に必要がある時以外は
 あるいは僕が家族と一緒にいる時には
 話しかけないで下さい。

 よろしくお願いします。


● 大切な日

 今日は、ヒロシマに原子爆弾が落とされた日です。
 僕にとっては特別な想いがある日です。

 3年前に僕が書いた文章を
 改めて読んでみました。

2001年8月6日(月)くもり
● ありふれた平凡な街という幸せ

 現在は外資系に勤めている大学時代からの友達が
 日本を捨ててオランダに行ってしまう前、
 最後に住んでいた街がそこだった。

 東京から転勤していった彼。

 僕は彼に街の様子をたずねた。
 彼はちょっと不機嫌そうに答えた。

 「何にもない、何にもない。ほんと何にもない」

 そう、何にもない。
 
 駅前には河合塾があり、バスはいつも混んでる。
 そんなありふれた、どこにでもある、街。
 たった1つの出来事をのぞけば。


 街には大きな川が流れている。
 曲がりくねりながら街をとおりぬけ、海へとつらなる。
 この川が美しくて好きだ。

 昼も夜も、僕はこの川のほとりをよく歩いた。

 この街の夏は暑い。
 白いセメントの照りかえしがまぶしくて目をつぶりたくなる。
 アスファルトにはゆらゆらかげろうがたちのぼる。
 そんなとてつもなく暑い8月の正午。

 街を歩きまわっていた僕は、暑くて汗がとまらなかった。
 でも川が見えるとホッとする。
 水辺は涼しそうな気がするからね。

 夜になって、野球場の照明灯が遠くからでも見える頃、
 夕涼みに僕はやっぱり川のそばに来た。
 川をとおりぬけた風は涼しいんだよ。

 きっと56年前もそうだったと思う。
 夏の夜、人々は涼をとりに川辺に出ただろう。
 ありふれた平凡な街の、幸福な風景だ。

 だけど、目をつぶって、想像してみる。
 原子爆弾によるすさまじい火傷をおった何万もの人々が
 苦しみを逃れようとこの川にいたその姿を。

 すさまじい苦しみの声、
 悲しみに満ちた声、
 訳が分からないままに死んでいく無念、
 現実は僕の想像なんかをはるかに超えて
 もっと圧倒的にすさまじかったはず。

 56年後の今、川はそんな気配を何も感じさせない。
 だけどそれは確かにあった。絶対に消せない。

 「何にもない。何にもない」

 何もない平凡な街であることは素晴らしい。
 ヒロシマ。


● 僕なりの

 高校2年の夏、学校帰りにおばさんに呼びとめられた。

 僕の通っていた高校は2時半に終わるから、
 まさに太陽は南中。
 1日の中で1番日差しが強い時間帯。
 交通量の多い交差点のわきで、
 光化学スモッグにやられそうなひどい暑さだった。

 だから何もかもがうんざりだった。
 何かに注意を向けるなんてことができなかった。
 初老のおばさんが被爆者で署名を集めているという説明も
 僕にはうんざりだった。

 「署名あつめて何かが変わるって本気で信じてるんですか?」
  署名で今まで何かが変わったことなんてありますか?」

 僕はかなり強い口調で冷たく吐き捨てた。

 「僕だって世の中が良くなってほしいと本気で思ってるけど、
  署名なんか集めても何も変わらないですよ」

 困りきった表情のおばさんが僕に言った。

 「あなたは良い子なのね」

 は?何、言ってんだよ。
 そんな僕を哀れむようにおばさんが再び言った。

 「あなたは良い子なのね」

 今でもよく覚えてる。
 他人に文句を言ったのに憐れまれたのは初めてだったから。

 この言葉がショックで、
 おばさんと近くの行政センターに行って
 (いすがあってクーラーが効いてるロビーがあったから)
 おばさんの話を真剣に聞くことにした。

 おばさんは被爆者援護法制定のための署名を集めてた。
 被爆者への補償をもっとするべきだ、
 というものだった。

 そんな法律ができれば日本の財政がますます悪化するし、
 韓国や朝鮮にまであらためて戦時補償を求められる、
 だから僕は反対です、と言った。

 おばさんは再びとても困った表情で僕を見た。

 「この国のことをよく考えてるのね、あなたは...。
  だけどもう少しだけ、おばさんの話を聞いてね」

 そして、今まで誰にも話したことが無いという
 おばさんの被爆体験を聞かされた。

 これまでずっと被爆者であることを彼女は隠してきたという。

 でも戦後50年が近づいて、
 あの出来事が風化してしまうのが怖くなった、
 差別されることは怖い、
 だけど全てが忘れ去られるほうがもっと怖くなった、
 おばさんは泣きながらそう話した。

 ここで話してもらったおばさんの体験は書きません。
 それはものすごく悲惨な話でした。

 あなただから話すの、
 初めて話すのがあなたで良かった、
 夫にも誰にもずうっと話さないできたのよ、
 そんなことを言われました。

 だから書けません。

 でも、僕は署名しません、とおばさんに言った。

 おばさんが必死で集めた署名も政治家のヤツらにとったら
 ただの紙の束としか思われない気がするから。
 だから本当にごめんなさい、僕は謝った。
 
 おばさんはやっぱり哀しそうな顔をした。
 そうして僕らは別れた。


 おばさん、ごめんなさい。
 当時の僕は本当にガキで、言葉が足りなかった。
 うまく説明もできなかったし、きちんとした態度もとれなかった。

 僕はただ、署名という手段を信じてないだけ。
 僕は僕なりのやり方をめざしたい、そう信じて思っただけなのです。

 今さらだけど、
 おばさんのことを思い出して本当に申し訳なく思いました。
 そしてあらためて、僕なりの在り方を想ったのです。


● 生きつづけることさえ覚悟が

 あまりにも彼女はきれいで、男はみんな惚れてた。
 大学時代のあるサークルのメンバーに
 人形のように美しい女の子がいた。

 すきとおるような白い肌に、ややグレーの瞳。
 恋人がいた僕も少しこころが動いた。
 ロシアの皇女の人形みたいだ、と僕は思ったものだ。
 そう、彼女は人形みたいな美しさだった。

 お調子者のAは、長年の恋人にうんざりしていて
 「恋人と別れてあのコにアタックする」
 と僕に相談をもちかけてきた。

 そのサークルのリーダー的役割だった僕は(主催者だった)、
 ごたごたが嫌で恋愛ざたはごめんだった。

 だからそれとなく彼女と話をして
 彼氏がいることを聞き出してAに教えよう、と思った。

 彼氏がいる=Aはあきらめる、
 そして活動に専念する、一件落着という訳だ。
 それにAなんかとうまくいかないでほしい
 という想いもあったのかもしれない。嫉妬心ってやつだ。

 そんな事情もあったりして、
 やがて僕は彼女と長い話をする機会があった。

 「彼氏はいないよ」と彼女は言った。
 そして、その理由を話してくれた。

 「私はね、被爆3世なの。
  ヒロシマ出身で、おばあちゃんが被爆してるの。
  だから、白血球の数とか血液検査のたびに怖いし、
  いろんなことがすごく不安なの」

 その美しい色白の肌も、体が弱いせいだ、と言った。
 今までもいろんな恋と出会うチャンスはあった、

 だけどそのどれも自分からあきらめた、
 それは原爆の影響が怖いからだ、と彼女は話した。
 好きになっても結婚も出産も不安だから、と。

 「毎日ふつうに暮らしてくのもいつまでできるのか
  すごく怖いんだよ。
  20歳くらいになって、急に腎臓がおかしくなったり、
  発病したり、ガンになったりするんだよ。
  だから今、とっても怖いんだよ」
 (僕らはこの当時、ちょうど20歳だった) 


 戦後は終わった、なんてクソだ。
 僕は思った。

 その後、僕はAにウソついて彼氏がいると教えた。
 やがて数年がたち、大学を卒業して、
 彼女は故郷へと帰っていった。
 
 そしておととし、彼女からハガキがきた。
 恋人ができました、と書いてあった。

 幸せになっていてほしい、どうか。


 僕とヒロシマのつながりは強い訳ではないけれど
 ものすごく想い入れは深いのですね。

 被爆した方が暮らしている『舟入むつみ園』という施設の
 あるおばあちゃんと文通をしていたこともありました。

 ヒロシマで起こった出来事、
 今も続く苦しみ、
 絶対に僕の中では風化なんてしない。


 (ぜひご覧下さい:ヒロシマ・ピース・サイト


● 美術館問題で動きがありました

 美術館問題で、新しい動きがありました。
 正確な情報は月曜日に報告します。

 待っていて下さいね。


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