議会では、こんなやりとりしています


市長から、2回目の回答








 議論の出発点が全く違うので、
 何回同じ答えを私に求めるのだろうか
 という気がいたします。

 5万5000人、4万7000人の違いに
 私はこだわるつもりはありません。

 いずれにしても、
 質問の1つは、
 「その中に未成年がいたのはなぜ悪いのか」
 ということであるならば、
 なぜ有権者の欄を設けるのか
 ということを逆に問いたいと思います。

 「有権者であるかないか、ということをなぜ問うのか」と。

 未成年といっても
 美術館がいいのか悪いのかという
 判断能力が十分にある人もいるでしょうし、
 そうでない人もいるかもしれない。

 十分な前提情報を提供しなければ
 判断がつかないケースの方が多いというように考えるならば、
 有権者であるかどうかということは
 意味があると思いますが、
 有権者と未成年とは
 必ずしも符合しないのではないでしょうか、
 そういう欄を書くということは。

 2つ目に、見直しをするかどうかということについては、
 もうくりかえし
 先ほどもいろいろな方にお答えしたとおり、
 見直しをする考えはありません。
 
 3つ目に、
 市民の声に耳を傾けよ。
 価値観が多様化している中でこそ、
 前横山市長が全町内会を回っていろいろな方とお会いした
 どういう方とお会いしたのはよくわかりませんが、
 会ったということは、
 それはそれなりに1つの行き方であると
 私は思います。

 しかし、価値観が多様化している中でこそ、
 代表民主制のもとで、
 その多様な意見を吸収しておられる市議会の場で
 いろいろな議論をしていただいて、
 政策を決定していくということが
 現在の政治体制ではないでしょうか。

 私は私なりのやり方で対処していくつもりであります。

 私、昼間の公務は
 先ほど申したように、
 毎日10回あるいは
 10数回の会議をずっと連続してやっているわけでありまして、
 そういう会議で職員と議論をし、
 職員から意見を吸い上げ、
 中には一般職員もいるわけです。

 一方、私も私の意見を述べる。

 そういう場を通じて、
 弁証法的な発展という形でいい結論が出ることが
 しばしばあるわけでありまして、
 そういう貴重な時間を
 これからも大事にしていきたいと、そのように思っています。

 それから、4番目に
 「市民、職員に語りかけよ」ということでありますが、
 これはもうすでに何回もお答えしたとおりでありまして、
 基本的には市民、職員に語りかけるつもりで
 インターネットなどで
 私の考えを訴えているわけであります。

 と同時に、
 さまざまな会合にも
 その会合には市の主催する会合もあるし、
 招待されて出かける会合、さまざまですが、
 そういうところへ出て
 生の声を聞く機会も極めて多いわけでありまして、
 そういう機会は土曜日、日曜日に集中しているということでありまして、
 そういうときに私は
 日ごろの仕事を離れて、
 市民の方々の声を聞いているわけであります。


 以上です。

市長の2度目の回答に対して
フジノの最後の反撃はどうなるのか!?

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