2002/04/08
大好き、横須賀
(いつもみてる風景)


 母性、死してなお。 〜横須賀自然人文博物館〜

 横須賀市の自然人文博物館。

 ここはフジノにとって、すごくなじみの深い場所です。
 小学校時代から現在に至るまで、本当によくここに来ています。

 とにかくお金が無かった高校時代には、
 恋人とよくデートに来たものです。

 外が暑くてたまらない夏でも、ここならばクーラーで涼しいし、
 横須賀の海をみとおせる素敵な景色の場所なのに
 何時間座っていても怒られないから。

 車に轢かれて血だらけの子猫を拾ったのも
 恋人とのデートの時でした。
 (猫は天才的な獣医さんに助けられて、今も元気です)。

 そんなわけでこの博物館が大好きなのです。

 いろんな想い出があるということ。

 上に書いたとおり、
 確かにそれもここを大好きな理由ではあります。

 でも、この博物館には
 こころを揺り動かすような展示がいくつもあるんです。

 だから今でも僕は足を運んでしまいます。
 もちろん、1人きりでも。

 そんな展示の中で、僕にとって
 最も哀しくてこころをうたれるものをご紹介します。

 それはサケガシラの標本です。


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 サケガシラの標本の展示前にはられている
 説明をここに載せてみます。

   1968年8月22日朝、
   三浦半島南端の浦賀水道に面した毘沙門沖で
   三枚網に巨大な怪魚がかかりました。

   その怪魚は三春町の丸十魚市場に出荷されました。
   翌23日、魚市場のご好意で
   本館に寄贈されたこの魚は、
   全長272cm(ただし尾びれは欠損している)
   体高47cmのサケガシラでした。

   本種は、東京湾口以南の日本近海では
   比較的珍しい魚とされています。

   この標本はメスで
   ホルマリン保存液の中にいれたとたんに
   卵をだしました。

   きっと産卵準備のために
   深海から浅海に上がってきたのでしょう。

 そのサケガシラを観ていただきましょう。
 こちらです。
 
 

 博物館の片隅の、
 『珍しい標本コーナー』に彼女は横たわっています。

 全長272cmだから、僕の身長より1mも大きいのです。
 だけどその巨体にもかかわらず
 彼女は物悲しげに僕の目にはうつります。

 この写真では明るく写っていますが、
 実際はもっと暗くて、
 階段の途中の中2階という目立たない場所に
 ひっそりと静かに置かれているんです。

 博物館を訪れた人々のどれだけが彼女の姿に気づくだろう?
 そんな存在なんです。

 だけど僕がこころを動かされたのは、
 ふだんは深海にいるはずの彼女が
 産卵のために浅いほうへあがってきた、ということです。

 しかし、想いは叶わず、漁の網にかかってしまった。

 こうして命を落としてしまった彼女は、
 市場に売られていき、
 やがて買い手がつかずに博物館へ寄贈されます。

 そして世間のさらしものにされるために
 ホルマリン漬けにされた瞬間、
 彼女は卵を産むのです。

 その卵は決してかえることができない。
 だけど彼女は、母親として、その願いを全うしたのです。
 死してなお、母親は母親であったのです。

サケガシラ アゴの下あたり、
球状のものが
落ちてるのが
分かりますか?

これが
卵なのかも。

死してなお、
新しい命を
この世に
送ろうとした
その母の姿。

 もちろんこの解釈は、
 フジノ個人のロマンティックな想い入れによります。
 実際のところは、
 ホルマリン液に漬けられたせいで
 何らかの圧力が働いてサケガシラの腹部が圧迫されて
 卵が外部へ放出されただけなのでしょう。

 だけど僕には、そうは感じられなかったのです。
 母親は、死してなお、
 新しい命をこの世に送ろうとした...
 そう思えてしかたがないのです。


 だから、僕は彼女の展示にこころをうたれます。
 その前に立つこと自体が
 彼女を冒涜する気がしてしまうけれど、
 それでも僕は
 ひきつけられるように
 彼女に会いに行ってしまいます。

 このHPに写真を載せるのもどうしようか、とすごく悩みました。
 そんな彼女の亡骸を、広く世間に映して良いものかと...。

 それでも僕は、母性を象徴するような姿を
 やっぱり1人でも多くの人に知ってほしいと思いました。

 どうか、もしも博物館に行く機会があれば
 中2階の、暗い片隅にあるこのコーナーに足を運んで下さい。

 そこに彼女が静かに眠っています。



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