まちの政治家は、こんなことしてます


2007年5月28日(火)のフジノ
● 1回かぎりの復活、僕の全て/ジュンスカ・ライブ@名古屋ELL

 3日後に市長への一般質問をひかえて、
 今日、僕はギリギリまで悩んでいました。

 今夜、名古屋へ行くべきか、
 このまま横須賀に残るか。

 実は、解散してもう10年になるバンド『JunSkyWalker(s)』
 名古屋ELLというライブハウスの30周年をお祝いする為に
 今夜かぎりの復活をするのです。

 こころは揺れました。

 僕はいつもプライベートよりも仕事を優先してきました。
 特に、この4年間は自分の体はもう僕のものではないと考えてきました。
 だから、自分の好きなものの為に
 時間を使うことに対して、とても罪悪感があります。

 でも、もう市長への一般質問の原稿の枠組みは完成しているのだから
 あとはひたすら明日とあさって寝ないで推敲すればいいから
 名古屋へ、行ってしまえ!

 でも、この4年間いつも仕事を最優先してきたし、
 本会議や委員会の前には
 プライベートの予定は
 絶対に入れないようにしてきたんだ。行くべきじゃない。
 行って、体調を壊して本会議で一般質問できなかったら、どうするんだ!

 でも、でも、でも、と反論への反論がこころの中で
 くりかえしくりかえしなされました。

 それでも夕方が近づいてくるにつれて、決心しました。

 新幹線のチケットも買ってないし、
 チケットを買ったとしても
 パニック障がい持ちの僕が無事に名古屋まで行けるかどうかも
 自信が無いし、どうなるか全く分からない。

 でも、とにかく行こう。
 そう決心しました。

 新横浜駅に向かいました。
 緑の窓口で新幹線のチケットを買うことができました。

 勇気を出して、新幹線に乗りました。

 新幹線の中で、今夜泊まるためのホテルをケータイで探しました。
 ライブが何時に終わるか分からないので、
 新幹線の帰りのチケットを買うのはあきらめました。

 とにかく名古屋駅の近くの1番安いホテルに泊まって
 ライブが終わったらすぐに一般質問の原稿を推敲できるようにしました。

 そして、名古屋に到着しました。
 時間ギリギリ、でも、やってきたんだ!



 そこには、たくさんの、同じ想いを持つ
 ファンの方々が集まっていました。

 本当に、復活なんて信じられない。
 でも、たくさんの人々が目の前に現実に集まっている。

 また会えるなんて、信じられないや。



 中1か、中2の時に、初めて聴いたジュンスカの音楽。
 僕の中にもともとあった小さな小さな想いを、

 「そのまま、まっすぐ行けばいいんだよ」

 と背中を押してくれた、大切な存在。

 彼らとその音楽がなかったら、
 僕の人生は明らかに今とは全く違うものになっていたと思います。



 これから先は、ただ失っていくだけが人生なのだ、と僕は思っていました。

 死んでしまった人は決して帰ってくることは無いし、
 植物状態になった人の意識が戻ることはありえない。

 崩れてしまった友情はもう元には戻らないし、
 何もかも、終わってしまったものはもう終わってしまったのだ。
 失われてしまったものは、永遠に失われてしまったのだ。

 そう、信じていました。

 だけど、彼らだけは帰ってきてくれたのでした。

 ジュンスカ、ありがとう。



 きっとライブは2時間くらい続いていたのかもしれません。

 でも、僕にとっては、あっという間に終わってしまって
 まるで一瞬の夢のような出来事でした。

 それでも、確かにそこにあったのです。

 あの日と変わらない姿のジュンスカとともに
 変わらない僕も確かにそこにありました。

 中学時代に好きになって、とても愛して、
 やがて解散をしてしまったけれど

 僕は、彼らと彼らの歌が教えてくれたことを
 一瞬だって忘れたことがなく、生きてきたと思うのです。

 時々、こういう自分自身の生き方に苦しむことがあります。
 このまま、まっすぐに歩いていっていいのかどうか、分からなくなります。

 でも、いいんだ。このまま行けばいいんだ。

 僕は、まっすぐ歩いていく。これからも。いつまでも。



 ジュンスカ、ありがとう。



2007年5月31日(木)のフジノ
● 市長へ2期目で最初の一般質問を行ないました

 今日は朝から夕方まで
 丸一日、本会議でした。

 市長への一般質問を行なったのは、9名だけでした。

 うーん、選挙が終わって最初の一般質問なのに
 43人も市議はいるのに活発じゃないですね...。

 フジノはトップバッターでした。

 2期目で最初の一般質問ということで、
 「何かひとこと言うべきかな?」
 と思いましたが
 実は、言うべき言葉が全く何も見当たりませんでした。

 やっぱりフジノの中では、2期目だろうが5年目に突入だろうが
 「1期目がそのまま続いている状態」なんですね。

 やらなければならないことがあるから
 毎日必死に働き続けている。
 選挙の1週間が終わってまず感じたのは
 「早く仕事に戻らなければ」ということだけだったですし...。

 だから、特に何かを言う必要がどうしても感じられませんでした。
 そこで、いつもどおりそっけなく、

 「藤野英明です。よろしくお願いします」

 で質問を始めました。

 一方、答弁した蒲谷市長が
 まず最初に

 「おはようございます」

 という挨拶の言葉で答弁を始めた時に

 「あ、しまった!朝一番だったから
  おはようございますだけは言うべきだった!」

 と、反省。
 市長、やっぱ、挨拶は基本だよね...。



 さて、今日行なった、フジノの質問の全文はこちらです。


● 手話通訳が本格的にスタートしました!

 市議会のユニバーサル化ということで
 聴覚障がいのある方々にも
 リアルタイムで傍聴してもらおうという手話通訳の試み

 今日から本格的にスタートしました。

 その手話通訳の本格スタートが今日だったので
 手話通訳をお願いする質問者のトップバッターだったのも
 フジノなのですね。

 本当にうれしかったですね。
 手話通訳がついてもらうのは、悲願だったですから。

 (フジノが手話通訳を求めたのは2003年4月、政治家になる前からでした)

 

 上の写真のように、質問者からやや離れたところに
 手話通訳の方が立って通訳をして下さいました。

 政治・行政の専門用語というのは
 とても分かりづらくて
 今回のフジノの質問は特に分かりづらかったと思うのです。

 例えば、「スーパー防犯灯」「退職給与引当金」
 「特別会計」「一般会計」「多重債務」などです。

 これらをリアルタイムで手話にしていただく為に
 あらかじめ質問の原稿を
 担当者の方々は前日に
 全て読んでおいて下さったのですね。すごくありがたかったです。

 さらにうれしかったのは、
 手話通訳者として尊敬しているKさん
 (写真の右側で黒い服を着ている男性がKさんです)に
 通訳していただいたことです。

 手話通訳は4名の方が順番で行なってくれたのですが、
 そのみなさんが本当に素晴らしい方々なのですね。

 でもその中で特に、Kさんの手話のスキルの高さには
 以前から強くリスペクトしてきました。

 かつてKさんが平野啓子さんの語りとコラボレーションした時
 手話から音楽や景色があふれだすのを感じて衝撃を受けました。

 (2004年3月27日の活動日記の文中で
  平野啓子さんとコラボした方こそ、このKさんなのです)

 もはや通訳とか翻訳という『手段』を超えて
 演劇や音楽と同じ『芸術』の領域に到達しています。

 平野啓子さんの場合は『語り』だったのですが
 フジノの場合は市議会での一般質問という
 とても味気ない『演説』を通訳していただいたのですけれども、
 それでもやっぱりうれしかったのでした。


● 超早口をやめましたが、トーンダウンではありません

 これまで一般質問の時にフジノは
 すさまじい早口で原稿を音読してきました。

 最初は、一般質問の時間は無制限だったのですが
 議会の多数派によって
 質問時間が制限されて
 わずか20分に短くされてしまいました。

 その対策として
 『超早口で音読するという作戦』
 あえて行なってきました。

 だって、質問原稿は事前に市長に渡してあるから
 早口だろうが超早口だろうが
 とにかく時間内に読み上げさえすれば、
 必ず答弁してもらえる
訳です。

 傍聴席の方々やインターネット生中継を見ている方々には
 「早口すぎて聞き取れない!」と言われ続けてきました。

 その批判は正しいです。

 でも、政治家の仕事はあくまでも
 政策を実現することだけですし、
 フジノには実現しなければならないことがたくさんありましたから
 傍聴している方々らに申し訳なく感じつつも
 まず市長から答弁をもらうことを
 メインに考えてきました。

 だから今までは1分間に400字くらいの速さだったのですね。

 けれども今回からは手話通訳のスピードにあわせて
 その半分の1分間に200字くらいの速さに変えました。

 今回、スピードを落とすにあたって
 いろいろな方々から

 「大丈夫?やれる?」

 とのご心配をいただきました。

 でも、もちろん大丈夫です(笑)

 もともと超早口はただの手段でしかありません。
 質問数を2分の1に減らして、ただふつうに読めばいいだけです。

 では減らした2分の1の質問をどうするかと言えば、
 それは心配しないでくださいな。

 何故ならフジノには『想定外の2期目』が与えられました。
 最初に考えていたよりも4年間多く
 時間が与えられましたから、その中で必ず全てやりとげます。

 フジノは1期4年間で引退するつもりだったから
 やるべき質問を4年間の中だけで全てやる必要があったのです。

 だから、意地でも超早口だったのですね。
 だって、やらなければいけなかったから。

 でも、いろいろなめぐりあわせがあって
 1期で引退することができなくて
 2期目が始まりました。

 ここからの4年間は、1期目の4年間とは違った感じになります。

 1期目は「目的の為ならおれは死んでもいい」と働いてきましたが
 2期目は「目的の為にみんなで笑顔で闘おう」と働いていきます。

 だから、超早口をやめたからといって、
 決してトーンダウンをした訳じゃないんですよ。

 闘い方を変えただけなんですよ。

 1期目の4年間は、終わったら死んでも良かったんです。
 それが僕の人生だと考えてきたから。

 だから、遣り残したことは無いと思えるように働いてきたのですね。

 でも、『想定外の2期目』を
 「市民の方々から与えられた」のですね。

 だから、「自分の命とひきかえにもぎとった」1期目とは違って
 「みんなの為に働きたい」と今、感じているのです。

 これは決してトーンダウンなんかじゃなくて
 闘い方が変わっただけなんですよ。

 どうか理解していただけるといいなあと思います。

 わざわざこんなことを書いたのは
 本当に心配してくださる方々がたくさんいるからです。

 僕は大丈夫ですし、トーンダウンなんかしないし、
 できるだけみんなで笑顔で長生きしていきたいと願っています。

 死にもの狂いで走るフジノが好きだった人は
 そんな2期目のフジノのことをキライかもしれません。

 まあ、そういう方々はごめんなさいねということで
 これからもフジノはマイペースでいきます。

 やっと超早口での音読をやめれてうれしい!

 これが1期目の4年間、1度も言えなかった本音です。
 さあ、次は民生常任委員会(6月4日)だ。がんばるぞ!



2007年6月1日(金)のフジノ
● 昨日の一般質問を神奈川新聞が報道しました

 昨日行なった4つの一般質問のうち、
 『アメリカ軍兵士の犯罪を防ぐ教育プログラム体制』についてを
 神奈川新聞が報道してくれました。


 (07年6月1日・神奈川新聞・社会面より)

 記事を読むとすぐ分かると思うのですが
 蒲谷市長の答弁は、ちぐはぐです。

 フジノは「今のアメリカ軍の教育プログラムに問題があるから、
 こんな飲酒当て逃げ事件が起こるのだ」と指摘しました。

 そして、「今の教育体制で十分だと思うか?」と質問しました。

 答弁として蒲谷市長は
 アメリカ軍の教育体制は「十分だ」と述べておきながらも
 「これからも徹底した教育を強く要請していく」とも答えています。

 ふつうならば

 「不十分だ。もっと徹底した教育を強く要請していく」

 ですよね。十分なら徹底しなくても良いはず。

 しかし、市長の答弁が論理性を欠いていようがいまいが
 とにかくしっかりとアメリカ軍に抗議すべきです。

 まず、定期的に行なっているトップ会談(蒲谷市長とケリー司令官)で
 厳しく抗議していくべきです。

 そして、教育プログラムの見直しにも踏み込むべきです。


● すぐに『基地周辺地区安全対策協議会』をひらくべきです!

 今後の予定がはっきりしない『基地周辺地区安全対策協議会』を
 「しっかりと継続していくべきだ」というフジノの質問に対して
 市長は「必要に応じて開催していく」と答えました。

 蒲谷市長、今がその時です。

 すぐに『基地周辺地区安全対策協議会』を召集すべきです。

 わずか4日間しかない『教育プログラム』の
 最終日に数時間だけ行なわれている
 『日本の交通ルール』の講習は本当に今の内容で良いのか。

 アメリカ軍がどんな内容を教えているのか
 協議会の場できちんと説明をさせるべきです。

 協議会には神奈川県警もメンバーで参加していますから
 警察の立場から提案できることがたくさんあるはずです。

 動くべきタイミングですぐに動かなければ
 飲酒当て逃げをした将校だけが罰せられるだけで
 組織としての問題が
 うやむやなままにされてしまいます。

 アメリカ軍がらみの犯罪から
 本気で市民を守る決意を市長が持っているならば
 協議会をひらいてしっかりと対策をアメリカ軍と共に協議すべきです。

 今が市長の言う「必要に応じて」の
 「必要」なまさにその時だとフジノは考えます。

 蒲谷市長、今がその時です。
 しっかりと対策を取ってください。



2007年6月2日(土)のフジノ
● 一般質問の成果について

 31日に行なったフジノの一般質問ですが
 けさの神奈川新聞に「一問一答」形式で掲載されました。

 (07年6月2日・神奈川新聞より)

 下水道事業が退職給与引当金を計上していない問題
 このコーナーでくりかえし指摘してきましたが
 一般質問の答弁の中で大きな前進がありました。

 今年の決算では、計上そのものは行ないません。

 けれども決算書類の中に特記事項として
 『退職給与引当金』がいくらになるかが記されることになりました。

 財務諸表に計上はされなくても
 財務諸表にその金額を加えて考えれば良い訳です。

 実質的な成果ですね。

 さらに、多重債務対策についても
 多重債務に関する市役所の相談窓口をしっかりと周知する為に
 今後は『広報よこすか』に載せていくとの答弁がありました。

 これも大きな前進です。

 こうした市長(と上下水道局長)の答弁が
 実際に実行されるようにチェックを続けていきます。

 動きがあれば、必ずHPでお知らせしていきます。

 ●

 しばしば多くの方から

 「無所属ではあまり力が無いんでしょ?」

 だとか

 「若いうちは発言しても動かせないかもしれないけど...」

 みたいなことを言われることがあります。

 そんなことは全くありません。

 地方自治法には『議員平等の原則』というものがありますし、
 無所属だろうがたった1人きりだろうが若かろうが何だろうが
 正しいことは正しいと訴え続けていくことで
 必ずこのまちは変わっていきます。

 これまでの4年間でそれを証明してきましたし、
 今回の一般質問だって、やったことによって実際に変化が起こる訳です。

 本気の政治家が
 本気で発言する言葉には力があるのです。

 そして、僕は無所属で1人きりですが、
 実際には1人きりではありません。
 いつも6901人の重みを背負っています。

 だから、僕はどこまでも突き進むだけです。
 大丈夫。必ずこのまちは変わっていくから。



2007年6月4日(月)のフジノ
● 民生常任委員会でした

 今日は、民生常任委員会でした。

 朝10時に始まって、
 夕方16時にはあっけなく終わってしまいましたが
 フジノにとっては重要な委員会でした。

 市長から提出された議案のうち、
 民生常任委員会が担当して議論をしたのは8本でした。

 この8本全てについて
 フジノは質疑を行なった結果、賛成しました。

 プラス、報告事項が14本。
 これらについては
 また後日報告しますね。


● 「どの委員会に所属するか」が、とても重要である理由

 委員会では、

 (1)議案についての質疑
 (2)請願・陳情についての質疑
 (3)報告事項についての質疑

 に加えて、最後に

 (4)所管事項についての質疑

 というものがあります。

 これは、本会議での一般質問とまさに同じです。

 この委員会での『所管事項についての質問』をフジノは
 ものすごく大切なものだと重要視しています。

 何故なら、約1時間にわたって、
 委員会の担当(健康福祉部・消防局・こども育成部・病院管理部)に
 関係していることならば、どんなことでも質問して良いのです。

 本会議と同じく、
 問題意識がある政治家にとっては絶対に重要な機会です。

 政治家の仕事は政策を実現することだけですが
 その意味でフジノは
 政策を実現する近道として
 また市民のみなさまへの公約としての福祉政策を実現する為に
 民生常任委員会を大切にしてきました。

 だから、過去4年間のうち3年間も
 フジノはこの医療・保健・福祉・環境・児童・救急・消防に関わる
 この民生常任委員会に
 ずうっとメンバーとして入ってきたのです。


● フジノが質問したこと

 さて、その一般質問と同じ重要性を持つ
 委員会での質問ですが、今回フジノはこんな質問をしました。

 (1)重度障害者医療費の助成に精神障がいのある方々を含めるべき

 (2)障害者自立支援法の見直しをさらに国に求めるべき

 (3)新・後期高齢者医療制度の保険料率の負担軽減について

 (4)公立保育園の再編は必ず保育サービスの拡充につなげるべき

 (5)休日保育のニーズ調査を行なうべき

 などです。

 詳しくはまた後日書きますね!



2007年6月6日(水)のフジノ
● 近況報告します(多忙の為、箇条書きでごめんなさい)

 最近、忙しすぎて眠る時間も取れず
 倒れそうな日々を送っています。
 委員会の日は、朝、市議会のトイレで吐いちゃったし...。

 そんな訳で、なかなかHPを更新できなくて
 ごめんなさい。

 ここ数日に起こった出来事を
 箇条書きしてみます。

 ・リスペクトしている天木直人さんからお電話をいただく

 あの郵政解散による総選挙の時に
 「小泉総理はまちがっている!」と
 あえて横須賀から立候補して下さった天木直人さん。

 天木さんのこころいきと政策に共鳴して
 横須賀市議会議員としてただ1人、フジノだけが応援しました。

 この夏に行なわれる参議院選挙に
 天木さんは「憲法9条を守る!」という信念の為に立候補を決意しました。

 フジノには後援会も無いし、組織力はゼロです。

 それでも天木さんから
 「横須賀での活動に力を貸してほしい」とお電話を頂きました。

 マスメディアが年金問題だけを大騒ぎしている今、
 憲法改定や9条に対して
 国民の関心は
 もはや向かわないでしょう。

 それは、あの郵政解散の時と同じです。

 ただのワイドショーと堕したマスメディアは
 政策や国の将来とは全くカンケーない
 刺客とかどうでもいいバカげたことを毎日垂れ流し続けました。

 きっと今回の選挙でも、マスメディアは同じでしょう。
 真正面から憲法9条の話をしても
 耳を傾ける国民はとても少ないでしょう。

 それでも、人には闘わなければならない時があるのです。

 フジノから見ても、勝ち目は少ない。
 でも、天木さんの闘いは正しい。

 そして、天木直人さんは立ち上がった。

 ならば、今回もフジノは全力で応援したいと思うのです。

 全国を飛び回っている天木さんですが、近日中にお会いして、
 フジノに何ができるかを話し合う約束をしました。


 ・日刊ゲンダイから取材をうけました

 何時間かけて取材に応じても想いを全く正確に伝えてくれない
 マスメディア(全国紙&テレビ局)に対してフジノは
 昨年、取材拒否宣言をしました。

 けれども...。

 フジノの政策の中で、とても大切で重要なのに
 誰も見向きもしてくれない政策テーマがあります。

 それが今日、 よりによってそのとってもマイナーなテーマに対して
 日刊ゲンダイからインタビューの依頼がありました。
 日刊ゲンダイ、すごいぜ!

 こんなに目立たないテーマなのに
 しっかりと追いかけてくれている
 記者の方がいることにとても感激しました。

 喜んでインタビューに応えさせていただきました。
 近日中にちょびっとだけ載るかも。


 ・カフェトークが80回を迎えました

 せっかく80回を迎えたのですが、ちょっと悩みがあるんですよね。

 誰でも参加自由にしているカフェトークとはいえ、
 最近は、自民党員や創価学会員の人までが
 参加するようになってしまいました...。

 市議会議員選挙ではもちろん自分が所属している
 自民党の某議員やら公明党の某議員やらの
 選挙対策本部(なんじゃそりゃ?)に入って応援をしたそうです。

 誰が来てもいいんですけれども、でも...。
 フジノは政治オタク・選挙好きな人々が大キライです。

 だから、ふだんから政党に入っているような人々が
 フジノに対して何を求めているのか全く理解できません。

 まあ、選挙からまだ1ヶ月半しか過ぎてないから
 まだ影響があるのはしかたがないのかもしれません。

 でも、政治オタクじゃないふつうの人たちの集まりである
 いつものカフェトークに早く戻ってほしいです。


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 まあ、こんなもろもろがありますが、
 何とかがんばっています。

 っていうか、また徹夜だよ。4時48分だ。朝日がきれいだ。

 疲れた。休みたい。


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