まちの政治家は、こんなことしてます


2008年2月3日(日)のフジノその2
● 雪よ、全ての悲しみを覆いつくしてくれ

 昨日は0時半頃、友達と別れて、
 明け方まで仕事。朝10時過ぎに就寝しました。

 真夜中は雨音がしていたのが
 気がつくとシーンとしている。

 キーボードを叩く音だけが
 部屋に聴こえていました。

 やがて朝刊を取りに出た朝5時すぎには
 雪はかなり降り積もっていました。

 静かに雪の降る真夜中、知らずのうちにこころは
 いろいろな方々のことを思い出していました。

 特に、最近亡くなっていった方々のことを
 1人ずつ顔を思い浮かべて考えていきました。

 今年に入ってからわずか1ヶ月しか過ぎていないのに
 フジノのもとには自殺へと追い込まれた方々の相談が
 すでに何人も何人も届いています。

 誰1人が亡くなったとしてもつらく悲しいことなのですが
 ある1人の方の死は、この1ヶ月、いつもこころを離れませんでした。

 3年7ヶ月にわたって、カフェトークを行なってきました。
 500人以上の方々が訪れては去り、訪れては去っていきました。

 カフェトークを去っていくこと、それはいつもの出来事です。

 例えば、ハシカと同じように大学生たちは政治に関心を抱いて
 フジノのもとに意気込んでやってくるのですが
 大学を卒業して社会人になると去っていきます。

 会社勤めを始めてからも時々思い出しては戻ってくるのですが、
 基本的に学生たちが去っていくことは、
 とても健全なことなのだと受け止めています。

 3年7ヶ月の最初のうちこそ、
 顔見知りになった人々がカフェトークやフジノや政治から
 関心を失っていくことがさみしくも感じたりしました。

 でも、それはもっと関心を持てる対象を見つけたということであって、
 政治家としてはそんな市民の方々を喜んで送り出してあげるべきだと
 いつも受け止めてきました。

 けれども、今月、カフェトークに来ていてくれたある方が
 亡くなっていたことを知りました。

 自死でした。

 カフェトークに来るたびに、はにかむような笑顔を絶やさなかった
 温和な笑顔の20代の彼の存在は
 他の参加者からも愛されていました。

 そんな彼が永遠にカフェトークを去ったことを知ってから
 この1ヶ月間、フジノは何をしていても、本当につらくてたまりませんでした。

 カフェトーク参加者から初めて出てしまった
 追い込まれた末の、自死。悲しかった。

 新年会とか賀詞交歓会とかやらない政治家で良かった。
 お祝いの席とか絶対に出たくない。笑うことができない。

 政治家としてのフジノの存在に期待をしてくれて
 イベントなどへフジノを招いてくれる
 一生懸命な市民の方々に感謝しつつも、

 たった1人の命を守ることさえできない政治家に
 存在意義があるのかをいつも悩んでいました。

 全力で働きつつも、政治家を辞任したいという気持ちが
 常にこころにはありました。

 地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会の
 代表をおれが名乗る資格なんて無いと感じながらの活動は、
 本当につらかった。

 でも、自分が自殺予防を訴えなければ
 一体、誰が他にやってくれるだろうかと
 そうやって歯をくいしばるようにしながら1ヶ月が経ちました。

 おれにはできることがあったはずだ、と感じています。

 何故亡くならねばならなかったのか、
 それは永遠に分からないことなのですけれども
 僕は何とかしてその想いに寄り添うことができなかったものかと
 後悔が募っていきます。

 もちろん、彼だけではありません。

 誰であるかに関わらず、誰であれ、
 1人の死はいつもフジノの胸から消えることはありません。

 僕と同い年の若き経営者の方。
 結婚してまもない同年代の方。
 こどもたちの良き親御さんだった方。

 見せていただいた写真の中の笑顔が
 こころに焼きついて消えることは決してありません。



 2年前に雪が降った時
 佐藤初女さんの講演会を行なう為に、世田谷に向かったのでした。

 その時も、こころから願ったのでした。

 悲しみは、人々のこころから決して去ることは無いけれども、
 雪の降る今日くらいは
 その悲しみを降り積もる雪で覆いつくして
 人々のこころに穏やかな笑顔を取り戻させてください。

 足跡のついていない、真っ白な雪が広がる大地のように
 全ての悲しみを覆いつくしてくれたら

 やがて、雪が消えてしまえば
 また悲しみの日がやってくるとしても

 それでも、悲しみと共に暮らすことができるということを
 人々が感じてくれるよすがになるはずと信じます。

 僕にできることは、命をかけて働くことと、
 あとはただ、祈ることだけです。

 どうか失われた人々と遺された人々に
 こころ安らかな日々が訪れますように。

 その為に、少しでも意味のある働きができますように。

 そして何よりも、これ以上の命が
 たった1つの命が奪われませんように...。



2008年2月3日(日)のフジノその1
● カフェトーク特別版の様子を載せました

 昨日に続いて
 1月16日に開催したカフェトーク特別版の様子(中編)
 ようやく載せました。

 こんなカフェトークもやっていますよ、ということで
 のぞいてみてくださいませ。

 さらに、新しい企画もまもなく発表しますね。


2008年2月1日(金)のフジノ
● 性的マイノリティと教育について/下北沢に行ってきました

 今夜は、東京・下北沢まで行ってきました。

 『性的マイノリティと教育』という大切なテーマで
 トークイベントが行なわれたのです。

 遠藤まめたさん(RainbowCollege所属)のコーディネートで
 ゲストはこちらの方々。

 石坂わたるさん(元・養護学校教諭)
 田中和子さん(国際基督教大学ジェンダー研究センター長)
 福島みずほさん(社会民主党党首)。

  居場所が無くてもそれが当たり前なんだと思ってきた
  『性的マイノリティと教育』の現在と未来は?

 というサブタイトルのこのイベントは
 とても重要なテーマで、参加して良かったと感じました。

 取り組むべき問題だと考えていたからこそ参加したのですが
 改めてその重要性を認識しました。

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 政治家冥利に尽きることなのですが、
 面識の無い、それぞれ異なる3名の方々から

 「このイベントに来て下さい!」

 というお誘いをいただきました。

 特に、このイベントの紹介記事として
 つなさんが書いた文章に、こころをうたれました。

 このHPでも繰り返しこのように記してきましたこともあって、
 みなさまからお誘いをいただく前から
 このイベントの存在を知っていて関心を持っていたのですが
 頂いたメールのおかげで
 さらに『やる気スイッチ』が入りました。

 お誘いいただいたみなさま、ありがとうございます。



 会場は、下北沢駅から徒歩5分、『下北沢NeverNeverLand』です。

 中の写真を撮らなくて、看板だけだと雰囲気が伝わりませんが
 沖縄料理の食べれるライブもできそうな広さのいい感じのお店でした。

 ここを貸切にして、
 50人以上(もっとかな?)の参加者で立ち見もたくさん出て
 ゲスト3名とみんながすごく近い距離で熱気に満ちていました。


● 性的マイノリティとは何か?

 そもそも『性的マイノリティ』=『LGBT』とは何でしょうか?

 Lは、レズビアン。
 Gは、ゲイ。
 Bは、バイセクシャル。
 Tは、トランスジェンダー。

 レズビアンの方々は、女性が好きな女性。
 ゲイの方々は、男性が好きな男性。
 バイセクシャルの方々は、男性も女性も好き。
 トランスジェンダーの方々は、
 体の性別と自分が認識している性別が一致していない。

 すさまじく省略して書くと、こんな感じです。
 さらに様々な形で性の在り方が存在しています。

 こうした方々は、人数的な側面でいうと少数=マイノリティです。
 だから、『性的マイノリティ』と呼ばれています。

 (フジノはこの呼び方そのものが好きではありません)

 では、マイノリティではない=マジョリティは何かというと

 S、ストレート。異性が好き。
 体の性別と自分の認識している性別が一致している。

 という状態の人々ですね。

 この状態の人々が今の社会では多数派なので
 そうではない人々がかなり厳しい状況に追い込まれている訳です。

 世界の人口の3〜10%以上は
 性的マイノリティの方々は存在すると言われています。


 10人に0.3〜1人も存在しているのに
 それをマイノリティと呼ぶこと自体がおかしいですし、

 いろいろな在り方があってこその人間であって、
 バラバラで様々であってこそ社会が成り立っていくのに。

 だから、ある方が言ってたのですが

 『性的マイノリティ』ではなくて『性的バラエティ(多様性)』なのだ

 という言葉がフジノにはしっくり来ます。

 (だから、このHPでは
  『性的マイノリティという社会的な状態に押し込められている人々』
  文字量が多いのを減らすだけの理由で省略して
  『性的マイノリティの方々』と記しています。

  もっと良い記し方が見つかれば、すぐに直したいと思います)



● 何が問題なのか

 人はみんな大切な人と幸せに生きる義務がある、と
 フジノは考えています。

 でも、それが難しい状況に追い込まれている。
 いや、それ以前に、生きていくことさえ難しくなってしまっている。

 これが問題なんです。

 例えば、去年12月9日に報道された
 岡山大学大学院教授・中塚幹也教授の調査によると...


 岡山大学病院を受診した全国661人に聞き取り調査

 ・「自分の性に違和感を自覚したのは小学生時代」と
  回答した方がほとんど

 ・回答者の4人に1人が不登校を経験

 ・回答者の5人に1人が自傷行為・自殺未遂を経験

 ・回答者の68%が自殺を考えた




 これは、本当につらいですよね?

 早くも小学校時代から違和感を抱いているのに
 何故に不登校や自傷・自殺未遂へと
 追い込まれなければいけなかったかといえば
 彼ら/彼女らをサポートしてくれする人が存在しなかったからですよね?

 何故たまたま性的マイノリティに生まれただけで
 こんなにも長く苦しみ続けなければならないのかと言えば
 それはこの国が『ふつう』であることしか許さない社会だからです。

 でも、本当は『ふつう』なんて存在しない。

 あるのは、1人1人みんなが違う、誰もが違う、という現実です。
 それなのに「みんな同じでなければダメ」みたいな圧力が
 それを受け容れられない人々を排除していくのです。

 性的マイノリティだけじゃなくて
 この国はいつだってそうです。

 例えば、結婚した女性の多くは

 「おこさんはいつ?」「こどもは作らないの?」

 とか言われる。傷ついた方はたくさんいるはずです。

 妊娠できない方々がものすごく多いのがこの国の現実なのですが
 「みんな同じでなければダメ」圧力は
 そんな1人1人の事情を無視して、
 こどもを産む=良いこと、こどもを産まない=悪いこと、という
 圧力をかけてきます。そして、たくさんの人たちが苦しめられている。

 誰が圧力をかけるのかというと、『ふつう』の人々です。

 本当は『ふつう』なんて存在しないのに
 自分のことを『ふつう』だと信じている人々によってです。

 「いろいろな在り方がある」ことを認めない態度が
 たくさんの人々を死に追い込むほど苦しめているのです。

 さて、話を『性的マイノリティ』に戻しますね。

 去年9月9日に朝日新聞で報じられた
 京都大学院医学研究科の
 日高庸晴客員研究員らが実施した調査によると...


 ゲイ・バイセクシャルの男性5731人に対する調査結果

 ・回答者の約半数が学校でいじめにあったと回答

 ・回答者の3人に2人は自殺を考えたと回答

 ・回答者の14%は自殺未遂の経験があると回答





 うーん...。


● 僕たちは変わらなければいけない

 こうしたデータとしてあらわれている実態だけでなく、
 生の体験として、
 あなたも記憶にありませんか?

 「おかま」とか「ホモ」という言葉によるいじめ。
 僕も学生時代、
 そういう言葉を平気で投げつけてきました。

 でも、そうした浅はかな言葉がたくさんの人を傷つけて
 さらには不登校や自傷行為や自殺にまで
 追い込んできたのです。

 死ぬ必要の全く無い大切ないのちが
 無理解から失われていくとしたら、それは間違っています。

 僕たちは、変わらなければいけません。

 人はみんな違う。
 それが当たり前。

 これまで僕たちは、学校の授業の中で
 性的マイノリティについてきちんと正しい知識を習うことも無かった。

 そして、もしも自分が性的マイノリティだとしても
 誰にも相談できないし、どこにも相談できるところが無かった。

 でも、今は明らかに時代は変わりつつあります。

 性別というものは、
 生まれた時の肉体の性別だけが全てではありません。

 そして、性的な在り方が様々なのは
 例えば、ゲイであったり、レズであったりするということは
 決して特別なことではないのです。

 もしもこれを読んでいるあなたが

 「そうはいっても気持ち悪い」とか
 「いや、理解できない」と思うとしたら

 まだあなたは現実を知らないだけなのです。

 あなたが今そう思った気持ちやその感じ方だって
 これまで僕たちが受けてきた教育によって作られているだけです。

 『性的マイノリティ』という事実を
 これからの教育の中できちんと教えていく。

 あるいは、相談機関を作る、その存在を知ってもらう。

 こうした活動によって、性的マイノリティは性的バラエティへと
 価値観は必ず変わっていくはずです。

 僕たちは、変わらなければいけないのです。


● 性的マイノリティの方を求めています(再再掲)

 フジノは『性的マイノリティ』の方を求めています。

 これまでも当事者の方々からお話をうかがってきましたが
 できることならばもっとたくさんの方々のお話をうかがいたいのです。

 今日のイベントのおかげで
 インカレのサークルにお邪魔させてもらうお願いをしたり
 機会は広がりそうな感じはあります。

 カミングアウトをしていない方もまだまだたくさんいらっしゃるでしょうし
 「お話を聞かせてください」とフジノが言ったからといって
 「じゃあ、話します」なんていかないのは分かっています。

 昨日お会いした方も

 「フジノさんにメールをしようとずっと思っていたけれど
  タイミングが分からなかった」

 と話していました。

 だから、あなたのタイミングで
 もちろん匿名でOKで
 (カフェトークもいつも匿名でやってますし)

 ぜひお話を聞かせてください。
 よろしくお願いします!

 (お話を聞かせていただきたい理由はこちら
                     

● 保坂展人さん(教育ジャーナリスト・衆議院議員)に会えた!

 あまりにも下の写真のフジノの顔、ひどすぎるのですが
 1枚しか写真を撮れる時間が無かったので
 あえて掲載(涙)

 右:保坂展人さん。

 衆議院議員、
 社会民主党。

 『国会の質問王』です!

 すでにいろいろな所で書いてきたとおり、
 僕は小学校も中学校も、学校にきちんと行けないこどもでした。

 今では『不登校』という言葉を使いますが
 僕が幼かった頃は『登校拒否』と呼ばれていました。

 そんな時に、すごく励みになったのが
 保坂展人さんの書いた本でした。

 当時の保坂さんは10代の味方でした。

 保坂さんは自分の仕事場である東京のマンションの1室を
 『解放区』として誰でもいつでも訪れていい、自由に過ごしていい場所として
 オープンにしている、ということでした。

 いつかそこに行きたい、と
 小6のフジノはずっと願っていました。

 今日のお話で知ったのですが
 そこを訪れた人々の中には
 ブルーハーツや西原理絵子さんや辻仁成や尾崎豊もいたそうです。



 大好きな本の著者というだけで
 顔も見たことが無い存在だったのですが、

 20年くらい前から 
 『教育ジャーナリスト』しての保坂さんを尊敬してきました。

 それが知らないうちに『政治家』なんかになってしまって(涙)。
 早いものでもう10年も経つのですね...。

 そんなことを書いているフジノも今は『政治家』だなんて(涙)。
 しかも、もうすぐ転職丸5年(涙)。

 人生って分からないよなあ。

 小5くらいから尊敬していた人に33才になって
 お会いすることができるなんて、なかなか無い。

 今日のイベントに協力していた団体の名前が
 『保坂展人と元気印の会』だったので

 「もしかしたら保坂さんに会えるのかな?」と思っていたら、
 本当に会えました。

 かなりうれしかったです。



2008年1月30日(水)のフジノ
● とりいそぎ資料を掲載します!(本日開催の自殺対策連絡協議会)

 丸1日いろいろな方々とお話をして
 今日は疲労困憊です。ごめんなさい。

 とりいそぎ、本日行なわれた『自殺対策連絡協議会』で
 配られた資料のうち、重要なものだけアップします。

 <最重要資料>
 『各機関における重点施策の取り組み状況&今後の課題』

 2006年第1回自殺対策連絡協議会議事録(←こちらをクリック)

 29ページあります。途中抜けているページがありますが、
 今日の段階ではこれで正確なものです。


 本日、自殺対策連絡協議会に参加している
 各機関の役割分担が正式に決まりました。

 今日の協議会の最大の目的は
 各機関の役割分担を確定させることにありました。

 まだまだ参加している機関ごとに
 熱意に大きな差があるのが現状です。

 (そんな中、最も温度が高い、つまり気合が入っているのは
  事務局である保健所健康づくり課精神保健福祉班だと感じています。
  いつもながらその熱意ある取り組みはとても素晴らしいです。誇りに感じています)

 しかし、今後は、今日決まったこの役割分担に基づいて
 全ての機関が今後行なうべき活動の
 目標値や実績などの報告や取り組み状況について
 フジノは1つずつチェックしていきます。

 そして取り組みが甘い所には、 
 改善を求めていきます。

 全ての機関が同じ熱意で行動できるように
 犠牲者をゼロにできるその日まで、
 みんなで全力を尽くしていけるようにしたいです。

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 来年度から自殺対策連絡協議会をスタートさせる
 東京・江戸川区から、滝沢やすこ区議会議員(民主党)
 自殺対策連絡協議会を傍聴に訪れて下さいました。

 これは、横須賀市は
 自殺対策連絡協議会が設置義務が無いにも関わらず

 (都道府県と政令指定都市が設置しなければならない)

 積極的に協議会をいちはやくスタートさせて
 ネットワークづくりに取り組んでいることが
 「横須賀方式」として他都市にも注目されていることの
 あらわれだと受け止めています。

 横須賀市のカンケー機関のみなさま、
 これからも一緒にがんばっていきましょう!

 滝沢さん、わざわざ横須賀まで来て下さって
 本当にありがとうございました。



 活動報告の詳細は
 また明日に...。ごめんなさい。



2008年1月29日(火)のフジノ
● 市と市議の情報収集能力の低さを猛省...

 1月21日(月)のことでした。
 お隣の葉山町に新しい町長が選ばれた翌日の話です。

 候補者のマニフェストに目を通していたので
 森英ニさんが当選を決めた時、

 「横須賀にカンケーあることは、明日全てヒアリングをしなければ」

 ということで、横須賀市役所のいくつかの部署に
 ヒアリングをしていました。

 政治家としてフジノは『ごみ問題』について
 明らかに弱い分野なのですが

 横須賀市と三浦市と葉山町の
 2市1町で共同でごみ処理をする広域化をめざしていることは

 ごみ問題に弱いフジノでも
 当然の知識でした。

 そこで、環境部の幹部にヒアリングしました。

 「新しい葉山町長は、2市1町の広域処理に否定的ですが
  横須賀市は今後どうやって対応していくのですか?」

 それに対して
 環境部の幹部職員は答えました。

 「いえ、フジノ議員。今回の葉山町長選挙では
  遊歩道の問題と下水道の問題は争点になりましたが
  ごみの広域処理のことはとりあげられていなかったはずですよ」

 「いや、森候補は確かマニフェストで
  広域処理を脱退すると書いていたはずですよ」

 「いえいえ、我々の所管分野の政策には目を通していますよ」

 「うーん...そうですか」

 納得はいかなかったものの、それ以上は
 追及することもなくそこで話を終わらせてしまいました。


● フジノ自身も市も、インテリジェンス能力を必ず向上させます

 しかし、現実は違いました。

 環境部の幹部職員の勉強不足をその場で怒鳴りつけられなかったのは
 フジノ自身がまさに勉強不足だったからです。

 幹部職員の言葉にすごすごと引き下がってしまったのは
 政治家としてフジノは失格でした。

 やはりフジノが読んだ
 森候補のマニフェスト/選挙公約には
 葉山町内での処理(つまり広域処理からの脱退)が記されていたのでした。

 そのことに改めて気づかされたのは
 今日更新された、お隣のまちの政治関係問題を扱った有力サイト
 『葉山町インサイダー』を読んだからです。

 『葉山町 ゴミ処理広域化から、ドロップアウト』のタイトルで
 公約とおり、本日29日、
 森・新町長が職員むけに態度表明したとありました。

 明日30日には、葉山町長が横須賀市長を訪れて
 自区内での処理の意向(つまり広域処理からの離脱)を伝えに来る
 というのです。

 すでに葉山町役場も横須賀市役所も閉まっている23時半現在、
 残念ながらこのサイトの情報が事実かどうかは確認できません。

 けれども、これまでの本サイトの情報の正確さからすると
 本日の町職員むけ挨拶と
 明日の横須賀訪問の情報は事実である
 と考えた方が合理的であるとフジノは判断しました。

 だから、あえて記したいと思うのです。


 横須賀市民のみなさま、本当に申し訳ございません。


 隣接する市町村の政策について、ごみの広域処理の問題について、
 政治家としてもっともっと深く勉強していきます。

 今回の件は、明らかにフジノの失敗でした。

 正確な情報収集とその分析を
 いつもこころがけていなければならないという点で
 二重のミスをしてしまいました。

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 しかし、このフジノ自身の謝罪だけでは
 市民のみなさまに対して足りていません。

 今後は必ず市職員の情報収集能力も向上させていきます。

 フジノがヒアリングをかけたのは
 幹部クラスの職員です。

 政治家ではなくとも
 市の幹部職員であれば

 隣の市町村のトップが替わるのに際して
 全ての候補者のマニフェストを読むのは当然のことです。

 政策決定に関わるクラスの職員が
 自分の担当分野について
 そうしたマニフェストを読んでいないのは
 明らかに勉強不足と言わざるをえません。

 フジノ自身も改めて気を引き締めて勉強していきますが、

 市の幹部クラスのインテリジェンス能力(情報収集・分析能力)を
 もっと向上させる
ようにします。

 フジノ自身の至らなさを広く世間に晒してお詫びすると共に
 市職員から不興を買うのを承知の上で
 あえてHPに記すことで
 幹部職員の猛省を促したいと思います。


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