まちの政治家は、こんなことしてます


2007年6月10日(日)のフジノ
● 1日休みました

 今日はあまりにも体調が悪くて立っているのもつらかったので
 『障害者差別禁止条約』についての
 DPI日本会議の勉強会はお休みさせていただきました。

 ものすごく大切な勉強会だったのに...。
 すごく残念です。

 とはいえ、貧乏性なので眠っていることもできなくて
 午前中は、市民の方々から頂いたメール
 (まだ当選直後のメールがたまっています)に返事を書いたり、
 市民の方々から受けている相談に関する勉強をして過ごしました。

 それにしても、雷はすごかったですね。

 今、フジノは犬を飼っていないのですが
 かつて15年以上、犬を飼っていました。

 あんなにすごいうるさい雷が
 数十分にわたって鳴り続けていたのですから
 もし犬たちが生きていたらどんな風にふるまったのだろうか、と
 そんなことを考えて過ごしました。

 午後から夕方にかけては
 市民の方から頂いた留守番電話に返事をして過ごしました。

 いつも感じることだけれど、
 この世の中は
 なんて苦しみにあふれているんだろう!

 政治家になってから4年間、
 僕はもうカンタンには笑顔になれない。

 そんなことも理解できない人々は、
 政治家フジノには「愛想が無い」と言う。

 でも、放っといてくれよ。
 おれはへらへらできなくても
 仕事はしっかりやってるじゃん。


 夜、ひたすら文献を読んで過ごす。

 忙しくて全く大学院には行かれない。
 それ以前に、やらなければいけないことがありすぎる。

 もっと現場に行きたいんだ。
 困っている人たちの声を聴きたいんだ。

 もっと力が欲しいんだ。

 1秒でも早くあらゆる資料を読みこなす能力が欲しいんだ。
 1行でも多く、たくさん届いてるメールに返事を書きたいんだ。
 1人でも多く、留守電のメッセージにコールバックしてあげたいんだ。

 体が1つでは足りない。24時間じゃ足りない。

 忙しすぎる。

 汗をかいたTシャツみたいに
 過労がまとわりついて取れない。

 1日でいいから満足いくまで眠りたい。

 仕事のじゃまをするヤツはみんな消えてくれ。
 おれに仕事をさせろ。

 疲労も睡眠不足もくだらない噂も全て
 仕事の邪魔は全て消えてくれ。



2007年6月11日(月)のフジノ
● やっと大学院に行くことができました

 今日は、6月議会でずうっと行かれなかった大学院
 久しぶりに出席することができました。

 でも、ずうっと通えてなかったので、
 ついに言われてしまいました。

 「あと2回欠席したら、研究室を辞めてもらうからね」

 フジノを指導してくださっている教授は、
 学問的に本当に素晴らしい先生なのですね。

 その先生の指導を受けたいから
 上智大学院を受験したのだし。

 だから、もし先生の研究室をクビになるくらいなら
 フジノは大学院そのものを辞めます。

 もう本当に忙しくて全く大学院に通えていないのに
 あいかわらず2ちゃんねる
 (フジノを攻撃するスレッドがあるんです)では

 「フジノは政治家の仕事をしないで
  大学院に行ってばっかりで失格だ!」

 みたいなことが書いてあると、ウソばっかり書くなよ、と情けなくなります。

 まあ、どうせウソしか書いてないのが
 2ちゃんねるだしなぁ。やれやれ。


● 天木直人さんと久しぶりにお会いしました!

 大学院を19時半に終えた後、大急ぎで東京駅へ。
 天木直人さんと待ち合わせしました。

 フジノ的には30分くらいの立ち話かと思っていたら、
 天木さんは

 「今夜はスケジュールを全てあけてるから、
  フジノさん、じっくりお話しましょう!」

 と、お気遣いいただき(感激!)、
 お言葉に甘えまくって
 フジノは2時間半もお話ししてしまいました。

 たぶん天木さんに対する世の中のイメージって
 『こわもて』『怒ってる表情』だったりすると思うんです。
 講演会などでのイラク戦争へのアメリカの対応への怒りはすさまじいし。

 でも、本当に温厚で優しくて
 知識は豊富だし、
 お話していると楽しいし
 すごく素晴らしい方なんですよ。

 あの郵政解散の時に、
 小泉総理と対決する為に横須賀で立候補した天木さんは

 「横須賀を第2の故郷に感じるんだよ」

 と、すごく横須賀を好きになって下さったそうです。

 そんな話の流れもあって、
 横須賀をそんなに身近に感じて下さっているならば、と
 フジノは天木さんに
 1つ、お願いをすることにしました。

 天木さんを横須賀にお招きをして
 講師として講演会をやっていただくのです!


 お聞きしたいことはたくさんあります!

 『あのイラク戦争は正しかったのか』
 『憲法は変わってしまうのか』
 『憲法9条はどうなってしまうのか』などなど。

 あなただって、元駐レバノン大使で
 小泉元総理にハッキリと直言した為にクビにされるような
 『ラストサムライ』天木さんに
 お聞きしたいこと、たくさんありますよね?

 とにかく、絶対に横須賀に来てもらうことに決めました。
 天木さんも「絶対に行きますよ!」って言ってくれましたから。

 天木さんはビール飲んでましたけど
 フジノはウーロン茶でしらふでしたからね(笑)。
 約束は約束。

 絶対に6月中に天木さんを横須賀にお招きします!
 決まりしだい、みなさまにすぐ報告しますから、ぜひ来てくださいね!

 天木さん、もうフジノHPに
 書いてしまったから
 絶対に横須賀に来て下さいね。

 講演会などの『こわもて』な
 イメージとは全然違う
 生の天木さん。

 優しくて、物知りで、
 鉄腕アトムみたいな方です。

 (写真右:天木直人さん、
  左がフジノですよ〜)


● 何年かかろうともフジノは応援しつづけます

 明日、1人の市民の方が
 何年間もの苦しみに耐えて、闘いの場に向かいます。

 自殺に追い込まれそうになったことは
 1度ならず何度もある、とその方はおっしゃいました。

 僕もその方が今こうやって乗り越えていることを率直に驚きます。
 長く苦しい日々が続いてきたのを知っているからです。

 日本の司法の仕組みは
 そうカンタンに決着はつかないと聞きます。
 5年くらいはかかるそうです。

 でも、僕はどれだけ時間がかかっても
 その方の正当な名誉が回復されるまでの闘いを
 見守り続けたいと思います。

 どうか、想いの全てがしっかりと伝え切れますように。

 フジノは離れていますが、
 成功を祈り続けています。



2007年6月12日(火)のフジノ
● 半年ぶりの、父のお見舞い/家族にしか理解できない心情

 「やっぱりな」というべきか...。
 とてもやるせなくなる。
 切なくなる。

 しょせん、当事者の家族以外には、
 僕たちの心情は決して理解できないのだ
、と改めて感じました。

 この数日間は、すごくイヤでした。

 フジノは全ての予定を活動スケジュール表に記していますが、
 12〜13日の2日間は、「父の見舞いへ」と記しておきました。

 それをご覧になった市民の方々から頂いたメールの内容が
 僕にとっては落胆と悲しみの原因だったのでした。

 多くの人々にとって、
 『お見舞い』とは、イコール『休暇』だと思われています。

 たまたま、父の入院している病院が伊豆にある為に
 見舞いと一緒に観光にも行ってきたら
 というような内容が書かれていて

 「休暇を楽しんで来て下さいね」

 みたいな、善意で書いたのでしょうけれども、
 こういうメールが何通も届くと、
 本当にすごく吐き気がしてきてしまいます。

 きっと家族の介護をしている方々なら
 このイヤな感じを分かってくれるはずだと思います。

 あるいは、高次脳機能障がいのある方のそばで
 当事者の方をサポートしているご家族の方々なら理解してくれるはず。

 もしくは、僕と僕の家族のように、
 脳疾患で植物状態のままの家族をずっと見守り続けている人々なら
 この感じを深く共感してくれるはずです。

 家族にとって、お見舞いは休暇なんかじゃない。

 罪悪感、悲しみ、喪失感、痛み、つらさ。
 さみしさ、孤独、押し寄せる疲労感。

 これが僕たちが感じている気持ちです。
 観光なんかに行くのとは全く違うんです。

 市民の方々はきっと善意やら好意から

 「休暇を楽しんで来て下さい」だとか
 「リラックスしてきて下さい」と書いているのでしょう?

 善意に満ちている内容だけれども
 でも、家族には悪意にしか聞こえないのです。

 だから僕は、出発の数日前から
 ものすごくユーウツになりました。

 僕には休暇なんてない。
 りらっくすなんて、できる時間は与えられてない。
 1月の臨時議会からずっと働き続けている。

 お見舞いだって、仕事と同じくらいキツイ。

 理解されない上に善意を押し付けられると
 本当に吐き気がしてたまらなくなる。

 そんなことをこの数日間、感じていました。


● 愛している家族と離れて過ごすこと/親を捨てたような罪悪感

 僕は父のことを書くのは、いつも気がひける。

 どうせ書いても想像力の無い人々のチープな同情を引くだけかも、と
 何度も書くのをやめたくなってしまうからだ。

 でも、それでもあえて書いていくのは、
 かつてこのHP上で呼びかけた

 『同じ苦しみを抱えている方々』

 に対して

 「あなたと同じ想いを僕は感じている」
 「決して1人じゃないですよ」

 とかつて、訴えたからだ。

 わずかな人数だけれど、僕たちはつながっている。

 僕は今この瞬間は、たくさんの人々に向けて文章を書いていない。

 いつもはイギリスやオーストラリアで読んでくれている人々に対しても
 伝わるように文章を書いている。でも、今は違う。

 同じような苦しみを抱えている
 全国のわずかな人々を
 こころに思い出しながらこの文章を紡いでいる。

 だから、あなただけが読んでくれれば
 僕はそれでかまわないんだ。

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 神奈川、東京、千葉、埼玉、と受け入れてくれる病院が無くて
 やっと入院を受け入れてくれることになったのが
 遠く離れた伊豆半島にある、熱川温泉病院だった。

 前にも書いたとおり、
 何ヶ月かけても転院先が見つからない僕たち家族をみかねて
 セカンドオピニオンを受けてくれたドクターが紹介状を書いてくれたのだ。

 伊豆熱川は、観光地だ。
 プライベートで9年前に1度だけ来たことがあったけれど
 1度来ればもう来る必要は感じない、全国どこにでもある温泉地の1つだ。

 全国の温泉地同様にさびれている。
 伊豆急という私鉄の踊り子号にのって
 横須賀から2時間半で駅に着く。

 駅からはさらにタクシーに乗って、10分くらいかかる。

 本当に遠い道のりに感じる。行くだけでどっと心身に疲れが押し寄せる。
 同じ3時間でも新幹線で行く大阪の方が近い感じがする。

 駅前のお店は
 お土産屋が2軒、
 そば屋が1軒、
 喫茶店が1軒あった。

 でも、今日行ったら
 お土産屋と
 喫茶店が潰れてた。

 駅でタクシーを待つ必要性は無い。

 何故なら、観光客よりも多い数のタクシー運転手たちが、
 いつも雑談をしているくらいだから。

 僕はそれを見るたびに

 「仕事を変えればいいのに」と思いかけて、すぐ次の瞬間、
 「でも、このまちで他にどんな仕事があるのか」と思い直す。
 そしていつも同じことを思う。「きっと横須賀の将来はこんな風だ」と。

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 横須賀市立うわまち病院に新しく療養病棟が完成したけれど、
 フジノは自分が市議会議員だから
 父の転院を申請するのを控えた。

 市民に誤解されたくないから。
 便宜をはかってもらったとか言われたら
 病院改革がメイン政策の1つなのに、やりきれないから。

 けれども、他の議員の方々から

 「そんなことは大丈夫だから、ふつうに相談をしてみたら?」

 と言われて、おふくろの名前で
 うわまち病院の地域医療連携室と
 熱川温泉病院のMSWさんとで転院の可能性を検討してもらった。

 でも、ダメだった。うわまち病院は受け入れてくれなかった。

 だから、今も父は遠く離れた伊豆にいる。

 観光気分の人々と一緒の電車は
 ビール臭かったり
 はしゃいでる声に
 気がめいったりする。

 そんな長い伊豆急の
 旅を終えると
 ようやく熱川に到着する。

 そして、すぐ病院へ向かう。

 川辺の何も無い
 山の中にピンクの建物が
 1軒だけ建っている。

 それが熱川温泉病院だ。 

 熱川温泉病院はリハビリテーションが素晴らしい。

 かつて後輩(理学療法士をめざしている)の話では
 実習で熱川温泉病院に行った同級生が
 指導が厳しくて辞めてしまったそうだ。

 そんなくらいリハビリに気合が入っている病院は、本当に少ない。
 だから、遠く離れているけれども、
 安心して父の入院を任せられる。

 1階の庭も
 リハビリで
 散歩ができるように
 きれいな花と
 小道と
 あずまやがある。

 いつか父を
 車イスで
 ここに連れてきて
 あげたいと
 僕は願っている。

 半年ぶりに再会できた父。

 意識は無くても、植物状態であっても、
 僕の話している言葉は理解していると僕は感じたい。

 僕はかなり冷静に自然科学を信じて生きたい人間なので
 あまり過大な期待も抱かない。
 けれども家族として最低限の希望は捨てない。

 「父さん、また選挙に立候補しなければいけなかった。
  とりあえず、当選したよ。2位だった。

  こんなふうに上位で当選すると
  いろんなどうでもいい人々に恨まれて、本当にめんどくさいよ。
  ただやらなきゃいけない仕事があるから働いているだけなのに。

  だけどおれは嫌がらせにもめげずに
  毎日全力で仕事をしているよ。
  藤野家の名に恥じないように生きていきたいから」

 そんな話をした。

 何といっても愛する家族と半年も離れていたのだ。
 埋めるべき空白の時間がたくさんある。
 語るべき言葉はたくさんある。

 そして、当選証書と議員バッジを置いてきた。
 前回当選した時にも頂いて、今回の当選でも頂いて、2つになった。
 2個もバッジは必要ないので、父さんにあげてきた。

 父さんはとても顔色が良くて
 肌のつやも良かった。

 この病院に任せて本当に良かった。

 転院前に入院していた
 横須賀市内の病院は
 じょくそうはつくるし、本当にひどかった。

 たとえ、意識は戻らなくても、死なないでほしい。

 そばにいてあげたいけれど、
 横須賀市内で在宅の介護ケアなんて受けたら父は死んでしまう。

 今、父に必要なのは、医学的なリハビリテーションだ。

 そうやって合理的に判断したからこそ
 父を僕は今ここに入院させている。

 横須賀ではとても受けられない医療とリハビリを受けられている。

 それでも家族はいつだって悩まざるをえないのだ。

 おれは、父親を捨てたのではないのか。

 たとえ寿命が短くなったとしても
 家族みんなのそばにいて、家族と過ごす時間を多く持つ方が
 本当は幸せじゃないのだろうか。

 分からない。

 いや、さんざん考えた末の結論だから
 長男であるおれが出した結論だから
 これ以上、考えてもしかたがない。

 けれども、見舞いに行って、父と同じ空間で過ごすということは
 うれしさと同時にいくつもの苦しみを胸に抱えるということなのだ。

 何より最も感じる言葉は

 おれは、父親を捨てたのではないのか。

 これなのだ。
 本当に、考えるたびに生きているのがつらくなる。


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 父のお見舞いの電車の往復チケットや宿泊先は
 いつも事務所のそばの近畿日本ツーリストさんにお願いしている。

 今回は2日前に突然お願いして
 なおかつ「1番安いところをお願いします」と頼んだのだけれども
 本当に素敵な眺めの宿を用意してくださった。

 いつも僕が伊豆に行くのはお見舞いだと知っててくれるから
 いろいろ余計なことも詮索しないでくれるし、本当にありがたい。

 部屋からの景色。

 仕事の為の文献や資料や
 パソコンやたくさんの仕事道具を山ほど持っていったけれど、
 あまりにも疲れが出て、あっけなく0時くらいには眠ってしまった。

 自分が尊敬している父を
 今の状態に置いていることを僕は1秒だって忘れたことは無い。

 それが家族というものだ。

 父さんが1番つらいはずだ。
 だから、家族は泣き言をふだんは絶対に言わない。

 だけど、絶対に1秒だって忘れない。

 それが家族というものだからだ。



2007年6月15日(金)のフジノ
● なんと、天木直人さんがマジで横須賀にやってきます!

 数日前のこのコーナーで
 『さらば外務省!』(大ベストセラーです)を出版されている
 天木直人さん(元・駐レバノン特命全権大使)と
 フジノがお会いしたことを書きました。

天木さんの著作  もちろん他にもたくさんの
 ベストセラーを出版されています。

 今も全国から講演の依頼があって
 本当に忙しい方なのですね。

 フジノは天木さんをリスペクトしています。

 たまたまご縁があってフジノは
 少しだけ親しくさせて頂いています。 

 さて、一緒にお話をしている時に
 天木さんは

 「横須賀を第2の故郷のように感じるんだよ」

 とおっしゃったので、すかさずフジノは

 「それならば、ぜひ横須賀で講演をしてくださいませんか?」

 と、お願いをしました。

 天木さんは、イラク戦争にたった1人きりだけ
 ハッキリと反対した外交官なのです。
 反対をハッキリと伝えたが為になんとクビにされてしまったのです。

 フジノ自身の外交に対する考え方は
 天木直人さんの著作のおかげでずいぶんと鍛えられました。

 『あのイラク戦争は正しかったのか』
 『憲法は変わってしまうのか』
 『憲法9条はどうなってしまうのか』などなど。

 ぜひみなさんにも聞いてほしいお話がたくさんあります。
 フジノだけが知っていても意味がありません。

 そして、本当に日付が決まりました!

 天木さん、めちゃくちゃ忙しい時期に
 横須賀に来てくださってありがとうございます!



 <カフェトーク特別版・天木直人さんをゲストにお迎えして>


 いつものカフェトークは、参加してくれたみんなで
 会話を楽しむ場なのですが
 今回はスペシャルゲストの天木直人さんに
 まず、1時間ほどいろいろなお話をしてもらいたいと思います。

フジノと天木さん  それから残りの30分間は、
 いつものカフェトークのように
 天木さんも交えて、
 みんなで会話を
 楽しみたいと思います。

 すっごい豪華な
 カフェトークですよね?


 日時:6月29日(金)夜20時から21時30分

 場所:BUENO(当日は貸切です)

 事前申し込み制、限定25名



 いつもは誰でも出入り自由で事前申し込みも全くいらない
 自由なカフェトークですが、今回に限っては事前申し込みとします。

 だって、あの天木さんですよ。
 どんだけたくさん人が来るか、恐ろしい...。

 本当に申し訳ありませんが、フジノ宛にメールを送って下さい

 住所、氏名、連絡先、を書いて
 こちらまでメールしてください。

 多数の参加申し込みがあった場合、
 抽選とさせていただきますので、どうかご了承ください。



 ほんとはどでかい場所でどかーんとやりたいのですけれども
 いかんせん、29日まで時間が無いのと
 フジノには宣伝する体力が無くて...。

 でも、すごく楽しみです!

 みなさまもどうぞお楽しみに。



2007年6月16日(土)のフジノ
● カフェトーク特別版(天木直人さんゲスト)の申し込みをしめきりました

 昨日のこのコーナーでお知らせした
 カフェトーク特別版(天木直人さんがゲストで来てくれます!)は
 参加申し込みをしめきらせていただきました。

 いやぁ、早かったですね。
 1日だけで決まってしまいました。

 抽選の結果は、参加できる人にもできない人にも
 みなさまにメールでフジノがお返事を出しました。

 参加できなかった方々、本当にごめんなさい!
 参加できる方々、ぜひカフェトーク特別版を楽しんで下さい!


● 「どうしても参加したかった!」という方々の為に...

 抽選で参加できなかった方々や
 本当は参加したかったのに時間が合わなかった方々の為に
 実は、ダメでもともとで天木さんと交渉しています。

 つまり、29日にもう1回、何とかしてこの会を開催したいのです。

 天木さんのスケジュールが大変厳しいのですが
 「何とかできないでしょうか」とお願いをしています。

 交渉のプロである元外交官と交渉をするフジノ...(笑)
 でもね、こんな機会は2度と無いから。

 天木さんが横須賀に来てくれるのは
 6月29日(金)の夜なんですね。19時くらいに横須賀に到着します。

 何故かというと、天木さんは前日の28日の夜は
 長崎で講演会を行なう予定なのですね。

 28日は、長崎で講演をして
 深夜まで現地の方々と交流される訳ですから
 本当ならば、翌日29日はゆっくりお休みしたいところですよね。

 それをわざわざカフェトークのゲスト参加の為だけに
 29日のお昼に
 飛行機で東京に戻ってきて
 さらに2時間かけて横須賀まで来てくれるのですね。
 (だから、夜の開催にしました)

 そして、すぐ翌日の夕方には愛媛に向かうのですね。
 かなり強行軍なスケジュールです。
 天木さんは全国を飛び回っている方なのですよ。

 そんな忙しいスケジュールなことはもう十分承知の上で、
 それでもあえて天木さんにお願いをしています。

 せっかくこれだけ参加申し込みがたくさんあったのですから、

 「どうかあと数時間だけ早く横須賀に来てくれませんか?」

 と、お願いをしてみました。

 何とかして『夕方の部』みたく、もう1回プラス開催したい!
 そして、参加申し込みをした方々みんなに来てほしいのです!

 どうか今後の展開を待っていて下さい!


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