まちの政治家は、こんなことしてます


2007年11月9日(金)のフジノその2
● マニフェスト大賞受賞式でうれしかったこと(その1)

 マニフェスト大賞の授賞式で、うれしかったことが2つありました。

 1つ目は、フジノが代表をしている
 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』のメンバーである
 井坂信彦さん(神戸市会議員)と再会を果たしたことです。

 所属する会派
 『住民投票☆市民力』
 での受賞です。

 写真中央右の
 グレーのスーツが
 井坂さんです。

 井坂さんは、堂々のグッド・マニフェスト賞を受賞です!

 マニフェストの実物(左の写真です)である
 『市民力☆ファイブ』)を見たのですが
 素晴らしいものでした。

 雑誌みたいにカラーで見やすいという
 ビジュアル的な手に取りやすさもあります。

 しかし、最も大切である政策が
 分かりやすくしっかりと記されていました。

 32ページという分量を感じさせない、
 これが受賞の決め手だと感じました。

 『地方議員有志の会』の仲間が
 自殺予防対策以外の側面でも高く評価されている、ということは
 本当にうれしいことです。

 自殺予防対策って本当にマイナーな分野です。
 本気で関心を持っている政治家なんて、ほんの一握りだけです。

 自殺対策基本法ができたおかげで
 しばらくは議会で取りあげたりする政治家もいるでしょう。

 たぶん数年たてば一過性の関心で取りあげてた人々は
 みんな、もう自殺対策のことは忘れて別のことを話しているでしょう。

 でも、本気の人たちは、
 誰も言わない時期から訴え続けてきましたし、
 誰もが忘れた時期にも訴え続けていくのです。

 そんなマイナーな分野に取り組んでいる人こそが
 もっと高く評価されるべきだとフジノは信じているのです。

 だって、人の命こそが最も大切な訳ですから、
 最も大切なことに取り組んでいる政治家こそ、本当の政治家のはず。

 だからこそ、『地方議員有志の会』メンバーである
 井坂さんの受賞は、フジノにとって本当にうれしいことでした。

 井坂さん、おめでとうございます!


● マニフェスト大賞受賞式でうれしかったこと(その2)

 うれしかったことの2つ目は、ハセベケンさんと出会えたことです。
 長谷部健さんは、渋谷区議会議員です。

 受賞式が終わった後、
 帰ろうとしてエレベーターホールに向かっていたフジノを
 ハセベさんが追いかけてきてくれて、名刺交換をして、少し会話をしました。

 ハセベさん、時々フジノのHPを見てくれているそうで
 前から知っていてくれたそうで、うれしかったです。

 逆にフジノは、かねてからハセベさんの活躍ぶりを知っていました。

 博報堂で働いていたハセベさんは、
 『表参道のプロデューサー』としての政治家になりました。

 政治家らしくない政治家こそが求められている今、
 ハセベさんは本当に政治家らしくない人です。
 (これは最高の褒め言葉のつもりです)

 フジノにとって、すごく気になっていた素敵な存在です。

 例えば、まさに今、フジノが読んでいる
 『シブヤ大学の教科書』(シブヤ大学編、講談社、2007年)は
 ハセベさんの渋谷区議会での一般質問から生まれた
 シブヤ大学についての本です。

 シブヤ大学の取り組み、本当にいいですね。

受賞するハセベさん  ハセベさんは
 最優秀マニフェスト賞
 を受賞!

 さすがです。

 これから先、もしかしたらいつかハセベさんと
 何かの形で一緒にお仕事することができたらいいなあと思いました。

 ハセベさん、受賞おめでとうございました!


● 受賞できなくても、たくさんのことが認められた気がした

 という訳で、わざわざ六本木ヒルズくんだりまで出かけて
 やっぱり受賞することはできなかったフジノですが
 それでもノミネートされたことに大きな意味があったことを感じました。

 他に受賞・ノミネートされていた人々って
 全国区の政治家ばかりです。

 上にご紹介したハセベケンさんや井坂信彦さんは
 『スーパー地方議員』というか、もともと有名です。

 さらに、松沢県知事や東国原知事(今はまさに旬ですね)をはじめ、
 全国初の議長マニフェストで有名な松田良昭・県議会議長や
 横浜の中田市長もいました。

 フジノのこの全て手作りのホームページが
 全国区の政治家たちと肩を並べた訳です。

 フジノは政治家をめざしていた訳じゃないから
 どんな政党ともカンケーないし、松下政経塾とか出ていないし、
 このHPだってゼロから1人で作ってきたのですね。

 たった1つのよりどころは、自分が政治家になる前に

 「政治家ってふだん何をしてんのか何も分からねえよ」

 っていうギモンとか怒りとか
 そういうフツーの気持ち。

 自分がいち市民として知りたかったことを
 徹底的に伝え続けたことが評価されたのは、
 自分の信念が正しかったことが評価されたのと同じだと思います。

 デザインとか色のセンスとかHP作りの才能とか何にも無くても
 政策と、全ての市議会での質疑と、
 活動スケジュールとか、考えていることとか、
 きちんと伝えることが本当は大切なのだと評価されたのだと思います。

 だって、このHPのデザインなんて、5年前と何も変えていないもん。

 世の中のほとんどの政治家が業者に委託して作ってもらっていたりだとか
 すごいきれいなHPでしょ。写真も実物よりカッコ良かったり(笑)

 でも、このHPはフジノの等身大が反映されています。
 今、自分ができることを全てやる。
 デザインとか見た目の派手さはいらない。
 伝えるべきことをまず伝える。政策が1番大切!これがフジノです。

 毎日こつこつと
 続ける事はとても大変で
 でも、それをやるのは
 当たり前だと思ってきました。

 他人から評価されたくて
 やってきたことではないから
 別にノミネートも
 気にもしてないけれど。

 でも、サンキューです。

 これを励みに、今までどおりにがんばっていきます。
 背伸びをせず、ウソをつかず、いつもどおりに。



2007年11月10日(土)のフジノ
● マニフェスト大賞が報道されました

 昨日の授賞式の様子が、けさの新聞各紙で報道されました。

 後援をしている毎日新聞社には当然ながら記事が載ってましたが
 わざわざ六本木ヒルズまで取材に来てくれた
 地元紙・神奈川新聞にはさらに感謝しています。

 (神奈川新聞・2007年11月10日より)

 けさ、他県の方から
 自殺予防対策に関する相談のメールを頂きました。
 改めてノミネートをお受けした意図は正しかったと思いました。

 直接にマニフェスト大賞の記事を見たかどうかは
 お聞きしていないのですけれども
 こうして授賞式の翌日に他県からメールを頂くと
 波及効果というか、ノミネート効果なのではないかと感じます。

 マニフェスト大賞受賞式みたいな
 晴れがましい席はフジノには似合いません。
 だから、出席したのもノミネートをお受けしたのも
 今回だけにします(*)

 あくまでも、特別です。

 全ては自殺予防対策の推進の為に。

 これが政治家フジノの全ての行動の
 根っこにあります。


 (*2009年10月1日の後日談:ごめんなさい!ここで書いたとおりに
   第3回マニフェスト大賞は、完全に無視していたのですが
   第4回マニフェスト大賞は、ある市民の方がフジノHPをいたく気に入って下さって
   なんとフジノのかわりに応募までして下さいました。もちろん後日フジノも承知いたしました。
   そこまでフジノHPを気に入って下さった方の気持ちをわざわざ拒否する訳にもいきませんし
   再びノミネートされるはずは無いだろうという軽い気持ちで承知してしまいました。
   しかし、実際にはノミネートまで頂いてしまいました。
   いつも過去の発言には責任を持ってきたフジノですが
   この2007年10月の活動日記に書いた想いとは逆になってしまいました。
   お詫び申し上げます。ごめんなさい)


   

● 地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会での視察で仙台へ

 フジノが代表をしている
 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』では
 初めての視察へ行きました。宮城県仙台市です。

 目的は、仙台市の自殺予防対策の取り組みと
 自死遺族の分かちあいの会『藍の会』を視察させていただくことです。

 地方議員有志の会のメンバーである
 仙台市議会議員の佐藤わかこさんがセッティングして下さいました。

 と、ここまで書いておきながら
 フジノは仙台に向かう為に上野まで行きながら
 体調不良やらいろいろな事情で引き返してきました。

 参加できなくて、とても残念です。

 今日の様子は、有志の会メンバーの方々のHPをご覧下さい。
 江口友子議員(平塚市議)のHP
 田中優子議員(世田谷区議)のHP

 とても充実した視察だったようですね。

 フジノも早く復活して
 みんなの活躍に追いつかなくては...。


● 苦難が続く日々の中でも希望を見出したい

 もともと毎年11月は精神的にも肉体的にも
 どうしても苦しくなってしまいます。

 そして、いつものことながら
 苦しいことというのは重なるものですね。
 (何故なんだろう)

 3ヶ月前から体調を崩していた家族が
 先日ついに入院してしまいました。

 そして今日は、16年ともにしてきた大切な飼い猫が
 体調を崩して入院することになりました。

 自分が苦しいのはがまんすればいい訳ですが
 家族が苦しいのを見ているのはがまんができないというか、
 自分のこと以上につらいですよね。

 僕の友達の多くは、小学校時代や高校時代に
 すでにおやじさんやおふくろさんや家族を亡くしています。

 だから、自分がいま直面している困難を
 友人たちは何年も前に体験して
 さらに悲しみをのりこえてきたのだと思うと
 本当にすごいなあと感じます。

 僕は、こころの底の部分が楽観的なので
 割と絶望的な状況に追い込まれても
 どこかでいつも希望を持って前に進めるタイプなのです。

 それでも、大切なものが
 数年のうちにいくつもいくつも失われていくと
 希望を見出すのが本当に難しいことに感じてなりません。

 政治家の仕事は、絶望の中でも希望を語ることだと信じています。

 そして、その語られる希望は
 決してまやかしや見せかけではなくて
 根拠と自信に基づいた本物の希望でなくてはならないはずです。

 今の僕にはそれができなくなりつつあります。

 自分自身に希望が見出せないのに
 市民のみなさんに希望を語ることはできません。

 だから今、僕は個人としてだけではなく
 政治家としても、とても苦しい時期を過ごしています。
 (希望が語れないならば政治家を辞めるべきだと信じているからです)

 かつてこのコーナーで僕は
 孤独だけが本物の政治家をつくる、と書きました。

 自分で書き記したこの言葉を信じて
 もう1度希望を見出せるように
 語るべき言葉を再び持てるように
 なんとか前に進むことができたらと思っています。

 必死で仕事のあらゆる日程をこなしていますが
 市民のみなさまにはご迷惑をおかけするかもしれません。

 少しだけお時間をくださいね。
 どうかよろしくお願いします。



2007年11月16日(金)のフジノ
● 1つの時代の終わり/内藤治明・前議員のお通夜へ

 今夜は、内藤治明・前議員のお通夜へ行きました。
 内藤さんの若さ(65才!)を思うにつけても、とても残念です。

 献花の為の列がどこまでも長く長く続く様子に
 内藤さんのことを偲ぶ方の多さを改めて感じました。

 残念ながらフジノはわずか4年間しか
 一緒に働くことはできませんでした。

 また、フジノと内藤前議員の立場は対立していると
 世間的には思われていたようでした。

 (実際そのように周囲からしばしば言われました)

 けれども、対立していたのはあくまでも『政策』の面であって
 個人としての内藤さんについては
 むしろフジノは強い親近感を抱いていました。

 これはフジノ側からの一方的な親近感でしたが、
 2人それぞれの人生における境遇の
 共通点を知っている方には理解していただけるはずです。

 行動をともにしたり会話をするなどの接点は
 皆無と言って良いほどありませんでしたが、
 ある種の『近さ』を僕は常々感じていました。

 このHPにもかつて記しましたが
 美術館建設反対運動の中で
 市長側に激しく反対するフジノのことを

 「フジノは内藤議員の30年前のようだ」

 と評した方がいました。

 当時の内藤議員の姿を知る方が
 フジノを見て、そうおっしゃってくれたのです。

 内藤議員が歴戦の闘士であったことは
 それまでに多くの方々から聞いていました。

 だから、この評価はとても光栄なことだと感じました。

 また、これもすでに書いたエピソードですが
 住民投票条例案を出した4人に対する
 反対討論(2003年9月16日・本会議)の中で、
 内藤議員はフジノを痛烈に批判して、このように述べました。

 「先ほどの藤野議員の一般質問を聞きましたが、
  何と独善的で、何と常識の通らない質問を平気でされる方かな
  というふうにつくづく感じてしまいました。

  そういう手法こそが正しいと思われるならば、
  あなたたちは議員の職を辞して、
  市民運動の旗手として
  法的に認められた直接民主制度であるところの
  条例の制定や議会の解散、市長や議員、主要公務員の解職要求、
  いわゆるリコール運動の道を歩むべきと言わざるを得ません」

 本会議の壇上から、最前列に座るフジノに向けて
 こうハッキリと批判したのでした。

 フジノたちの美術館建設反対に対して
 当時、陰でコソコソと文句を言う卑しい人々が
 本当に多くて情けなかったです。

 民主主義とは、真正面から
 言葉と言葉でぶつかりあうことだと信じてきました。

 だからこそ、真正面から激しく批判をしてくれた
 内藤議員の言葉はとてもうれしかったです。

 「なんと独善的」「なんと常識の通らない」
 「議員の職を辞して市民運動(に身を投じよ)」

 こうした批判の言葉もまた
 歴戦の闘士としての先輩である内藤議員から
 血の気の多いフジノのことをむしろお墨付きをいただいたような
 本当のところは褒めていただいているような気がして
 フジノはうれしかったです。

 市議会の歴史を記した
 ぶ厚い『横須賀市議会史』の本があります。



 これを読み込んでいくと、内藤議員の闘いの歴史が
 そのまま市議会史にクロスする時期が長いのですね。

 だから、「内藤議員とじっくりお話してみたい」と思い続けてきました。

 けれども政治家というのはいつも肩書きが邪魔をするので
 なかなかその機会はやってきませんでした。

 それが今年4月に内藤さんが議員を引退なさったことで
 ようやくそのチャンスが来るかなあと
 そんな風にぼんやりと考えていた矢先のことでした。

 そして、その機会は完全に失われてしまいました。
 まだ亡くなるにはとても早すぎたと思います。

 本当に残念です。

 内藤議員、これまでおつかれさまでした。
 30年前の内藤さんのようだと評されたことを忘れずに
 僕はこれまで以上に政治家として全力で働いていきたいと思います。

 今までありがとうございました。



2007年11月18日(日)のフジノその1
● 学童保育まつりへ行きました

 今日は、風は冷たいのですが
 ぽかぽかと暖かい1日でした。

 朝、市役所前公園で行なわれている『学童保育まつり』に行きました。

 横須賀市学童保育連絡協議会のみなさんをはじめ、
 市内の学童クラブの関係者のみなさんが
 こどもも大人もたくさん集まって、本当に大にぎわいでした。

 ステージでは
 いろいろな
 学童クラブごとの
 演技も
 行なわれました。

 強風だったので
 難易度の高い
 なわとび技は
 大変そうでした。 

 たくさんの人々が出店で食べ物を買ったり
 とても楽しそうに過ごしていました。

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 カオナシみたいにぬぼーっと見ていたフジノを
 ある学校の校長先生が見つけて、話しかけて下さいました。

 こどもたちの演技を見ながら
 校長先生と30分くらい意見交換をすることができて
 ものすごく有意義でした。
 本当にありがとうございます。

 話題はいろいろです。

 ・10月に厚生労働省が出した
  学童保育についてのガイドラインについて。

 ・学校の空き教室を使っている学童クラブと
  民間の賃貸住宅を借りている学童クラブとの格差について。

 ・市内の学校で起こっているいじめについて。

 ・不登校・ひきこもりについて、こども時代だけではなくて
  人生全体を通じて考える必要性について。

 などなど...。

 以前は先生方と私的な勉強会もやっていたのですが
 最近はなかなか現場の先生方と
 お話しする機会が無くなってしまいました。

 でも、今日こうして話しかけていただけて、
 多岐にわたっていろいろなことを意見交換できたことを
 すごく有意義だったと感じています。
 重ねて感謝もうしあげます。

 現場の先生方、ぜひ話しかけて下さいね。



2007年11月18日(日)のフジノその2
● リカバリーと元気の為の行動プラン=WRAP!

 今日は、午後から東京・早稲田の戸山サンライズへ。

 アメリカから来日してくれた
 メアリー・エレン・コープランドさんの講演を聞く為です。

 タイトルは

 『WRAPが伝えるもの
  〜誰もが元気になれる、そしていつまでも元気でいるために〜』

 です。

 ステージの
 右から2人目が
 コープランドさん。

 『WRAP』(元気回復行動プラン)は
 今年5月6日の朝日新聞で紹介されて大反響でした。

 今日の講演で使われた資料
 PDFファイルにして載せておきますね。

 説明が無いと分かりづらいですけど
 雰囲気だけでもぜひつかんでみてくださいね。

 フジノもまだまだ勉強不足なのですが
 かつて19才の時に初めてSSTに出会った時のような
 大きな興奮があります。これはいいです!

 『WRAP』は今年から来年にかけて
 最も注目すべきリカバリーの動きになります!
 (フジノは断言します)

 後日また詳しく書きますね。



2007年11月19日(月)のフジノ
● 明日は、終わりの日であると同時に始まりの日となる

 5年前の11月20日、僕は1つの終わりを迎えた。

 それから今に至っても、つらく、とても厳しい日々を暮らしている。
 自分の半分は失われてしまい、もはや永久に戻ることは無いと感じる。

 11月20日は僕にとって
 永遠に終わりの日だ。

 何年が過ぎようとも、それは変わることが無い。

 時が経つだけで風化する思い出は何ひとつも無く、
 自分だけが齢を重ねている事実に想いをめぐらすたびに
 呼吸をするのさえつらく、治まらない頭痛が続く。

 それでも、今年の11月20日は、
 大きな新しい意味を持つ日になるだろう。

 明日が『始まりの日』になるのだ。

 終わりの日であることは決して変わらないけれども、
 始まりの日としても僕の中で意味を持つ日として生まれ変わるだろう。

 それは、やがて僕たちの苦しみに
 大きな光を照らすだろう。

 今はまだささやかな光に見えるかもしれない。

 でも、雲の切れ間からさしはじめた光を
 僕たちは見失ってはいけない。

 明日、始まることを僕たちはしっかりと見つめて
 その光が確かなものとなるように、みんなで支えていくのだ。
 それは必ず大きな力になるから。

 この動きが日本中に広がることを
 僕はこころから願う。

 同じ痛みを抱えている人々は、
 どうか共にその成功を願っていて下さい。

 正しいことが果たされますように。


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