まちの政治家は、こんなことしてます


2007年9月15日(土)のフジノ
● 坂本中体育祭へ/桜台中学校の最後のこどもたちが卒業するまで

 秋晴れの今日は、市内各地の小・中学校で
 体育祭が行なわれました。

 そこで、桜台中学校を統合した新・坂本中学校の体育祭へ
 フジノは行ってきました。

 何故なら、桜台中学校の閉校式の時に
 フジノは誓ったのです。

 坂本中学校に編入されたこどもたちが
 卒業するまで絶対に見守り続ける。

 この誓いを忘れたことはありません。

 なかなかふだんの学校生活の中にお邪魔することはできません。
 だから、体育祭の機会をお借りして
 元・桜台中学校のこどもたちに会いに行くことにしたのです。

 バイクに乗って坂本中学校へ。

 行き先は分かっているのに無意識に
 元・桜台中の校門へ...。

 統合されてからも
 校舎はそのまま
 残っています。

 ただ看板だけ、変わっていました。

 坂本中学校とは
 渡り廊下で
 つながってます。

 坂をちょびっと降りて
 今度こそ、坂本中学校へ。

 こちらが
 坂本中学校です。

 フジノが到着した時間帯は、
 ちょうど坂本中学校の体育祭名物(坂中マラソン)の途中でした。

 中学時代は陸上部で長距離走者だったフジノは
 気合で走る中学生たちの姿に
 思わず「がんばれ〜!」と声援を送ってしまいました。

 そうしてグラウンドへ降りていくと、
 目の前には広い景色が...。

 こどもたちが
 たくさんいる。

 フジノ自身の
 中学生時代に
 比べたら
 きっと少ないはず。

 でも桜台中の
 体育祭を
 毎年見てきたから
 すごくたくさんいる
 ように見えました。

 現在の坂本中学校の校長先生はなんと、
 桜台中学校の最後の校長先生である小幡校長先生なのですね。

 そこで、さっそく関係者テントに行って
 小幡校長先生にごあいさつしました。

 そうしたら
 校長先生の隣の席に
 案内して頂きました。

 ありがたいことに
 ゴールのまん前で
 生徒たちが
 がんばっている姿を
 見ることができました。

 目の前でがんばっているこどもたちの姿をしばらく観戦した後、
 坂本中学校の特色やこどもたちの様子を話していただきました。

 そして、元・桜台中学校のこどもたちが
 編入してから半年間、どんな様子なのかを
 じっくりお聞きしました。

 やはり少人数の学校から編入した訳ですから
 全員が全員、完全に溶け込んでいるという訳では無いようです。

 それでも統合前からあらゆる機会に
 両校の交流を行なったきたことが
 今、良い結果をもたらしているようです。

 そんな様子を語ってくださった小幡校長先生は
 6ヶ月ぶりにお会いしたのですが
 やっぱり熱く燃えていてかつ優しい人柄の方でした。

 校長先生とお話した後は、
 元・桜台中学校のこどもたちの親御さんたちにお話をうかがいました。

 また、桜台中学校OGの高校生にも
 お話をうかがうことができました。

 もちろん親御さんのお話もすごく重要だったのですが
 このOGの高校生のお話をうかがうことができたのは
 本当に貴重な体験でした。

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 これからも横須賀市は
 小中学校の統廃合を進めていくことになります。

 桜台中学校というとても貴重な学校を失なった経験を
 絶対に僕は忘れません。そして、たくさんのことを学びました。

 今後の統廃合にも、この時の想いを絶対に活かして
 何が本当にこどもたちにとって良いことなのかを訴え続けていきます。



 坂本中学校のみなさん、
 今日は体育大会おつかれさまでした!

 とても楽しかったです。
 来年もおじゃましますので、よろしくお願いします。

 元・桜台中学校のみんなも含めた
 坂本中学校のみなさんが
 ハッピーな中学校生活を送れますように!



2007年9月20日(木)のフジノその1
● あなたは人生の最期をどんな場所で迎えたいですか

 今日は、民生常任委員会でした。
 『福祉のまち、よこすか』をめざす政治家フジノの主戦場ですね。

 フジノが注目した議案(市長の提案のことです)は
 議案87号『地域介護施設整備費補助金の補正について』です。

 これは、

 ある特別養護老人ホームが
 2人1部屋だった多床室(2部屋)を改修して個室(4部屋)にする

 この改修費用に対して400万円の補助金を出します

 という議案でした
 (もちろんフジノは賛成、委員会としても可決しました)。

 つまり、『ユニットケアへの移行』です。

 この言葉、福祉関係者以外は知らないと思います。
 そこで、ユニットケアとは何かをちょっと一緒に考えてみてください。

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 若いあなたにはイメージがわかないかもしれません。

 でも、わが国ではまだまだ
 人生の最期を迎えるのは自宅ではありません。

 死ぬ時にあなたが見あげている天井は
 病院や介護施設のものなのです。

 そんな介護施設の1つである特別養護老人ホームは
 そのほとんどが4人1部屋なのです。

 あなたは病気やケガで入院したことがありますか?

 フジノは病弱なのでよく入院します。

 4人1部屋の病室はおカネは安いのですが
 カーテンで仕切られただけの病室にプライバシーはゼロです。

 体がつらくて泣きたいような時や
 とにかく1人になりたい時は
 非常階段に行ったり、トイレの個室に座ってました。

 同じ部屋の人のイビキで朝までなかなか寝つけず、
 苦しそうなうめき声につられてネガティブな気持ちに落ち込んだり、
 別の人にお見舞いが来ている時間はさみしくてたまりませんでした。

 これが4人1部屋の
 フジノの感想です。

 これが人生の最期まで続くとしたら
 あなたはどう思いますか?

 想像してください。耐えられないでしょ?


● 政治家フジノは、ユニットケア化を進めていきます

 だから、フジノは

 今後の特別養護老人ホームは
 4人1部屋ではなくて、
 個室化(ユニットケア化)をすすめていくべきだ


 と考えています。

 これは何もフジノだけの提案ではなくて
 厚生労働省もはっきりと方針を打ち出しています。

 これから新しくつくる特別養護老人ホームは
 もう4人1部屋(多床室と言います)は認めません。
 あくまでも個室を推進しています。

 そういう通知を出しています。
 2014年までには70%を個室化するという方針です。

 「でも、個室ではさみしくないの?」

 そんな質問もあると思いますが、
 個室にするというのは、
 完全にひとりきりという意味ではありません。

 最高で10部屋までの個室が1単位(ユニット)あって
 その個室のまんなかにはみんなが集える広間があります。

 これが
 ユニットケアの
 イメージです。

 あなただって、ふだんの暮らしの中では
 仕事を終えた時間帯や眠るのは1人の空間(個室)でしょ?

 でも、昼間の仕事の時間や遊んだりする時には
 みんなが集まって過ごしますよね?

 これと同じしくみがユニットケアです。

 ずうっと個室にいるならば、
 確かにさみしいし、ひきこもってしまうでしょう。

 でも、ユニットケアというのはそうではなくて
 プライベートな空間と時間を大切にしつつ、
 集団で生きる性質を持つ人間の『人らしさ』を守るべく
 みんなで集まれる空間を個室群のまんなかに配置しています。

 これまで介護職員さんは、4人1部屋の場合は
 4人に対して1人が接するという形でした。

 でも、ユニットケアでは、個室の中で
 1人の方に対して1人の職員さんが向き合います。

 もちろんみんなが集まれる空間では
 グループで向き合うことも当然あります。

 あなたは、4人1部屋の多床室型と
 個室型のユニットケアとどちらが好きですか?

 すでにユニットケアでは
 認知症の進みがゆっくりになるという研究成果も出ています。

 しかし、残念なことにわが国では
 支払うおカネにあまりにも差がつけられています。

  ・4人1部屋の多床室の場合:月額1万円

  ・ユニットケア型の場合:月額3.5万円〜6万円

 だから、個室に入りたくても
 おカネが払えないから多床室を選ぶ人が多いです。

 でも、これっておかしいですよね。

 誰もがユニットケアを受けられるように
 国の政策として
 しっかり財源をつけておしすすめるべきです。


● では、横須賀市のユニット化の現状はどうなのか?

 さて、今日の委員会でフジノは
 こんな質問をしました。

  『よこすか高齢者保健福祉計画(第3期介護保険事業計画)』では
  平成20年度までに特別養護老人ホームを
  1736床まで増やすと目標をたてています。

  そしてこの目標値はすでに実現しています。

  けれどもこれは『量』の目標値に過ぎません。

  本来ならば、個室化・ユニット化をいつまでに何パーセントにする、
  という『質』の観点からの目標値もつくらなければいけません。 

  そこで、現在、横須賀市の特別養護老人ホームは
  多床室が何パーセントで個室・ユニットは何パーセントなのか、
  把握していますか?

  また、今後の高齢者保健福祉計画には
  こうした個室化・ユニット化の目標値も作るべきではありませんか?

 これに対して、健康福祉部は

 「現状のデータが今は手元にありませんがすぐに用意します」
 「今後の計画にユニット化の目標を入れるかどうかは検討します」

 という答弁でした。

 フジノは午前中にこの質問をしたのですが、
 健康福祉部の対応はとても早かったです。


 昼休み明けの
 委員会再開時には
 追加資料として
 これが配られました。

 現在は、

  ・多床室:72.8%(1736床中、1263床)

  ・個室/ユニット型個室:27.2%(1736床中、473床)

 というデータが発表されました。

 今回の委員会でのフジノの成果は
 このデータをオープンにできたことだと思います。

 今後は、可能な限り早い時期に
 この割合を逆転させる必要があります。

 つまり、

 10年以内には
 多床室を30%、個室・ユニットケア型個室を70%へと変えていく


 のです。

 こういうことを1つずつ実現していくことが
 フジノの政策である「福祉のまち、よこすか」を実現することです。


● ユニットケアはあくまでも過渡期のベターな手段です

 ところで、フジノはユニットケアが万能だなんて
 これっぽっちも考えていません。

 本当は

 「誰もが人生の最期を
  住み慣れた我が家で送るべきだ」

 とフジノは考えています。

 その理想にたどり着くまでの
 あくまでも『過渡期のベターな手段』なのが
 ユニットケアとグループホームなのです。

 ユニットケアによる介護にはいくつも問題点があります。
 例えばその1つが介護職員さんの疲弊が激しいことです。

 日頃、介護職をしている市民の方々から

 「仕事が苦しくてたまらない」

 「お給料も全く増えない」

 というたくさんの声をお聞きします。

 こうしたユニットケア化が進んだ結果の1つとして
 福祉のこころに燃えて現場に入ったはずの20代の若者たちが
 30代にさしかかる頃にはボロボロになってしまう
 現状を描いた
 見事なルポルタージュがあります。

 『働きすぎる若者たち〜『自分探し』の果てに〜』
  (阿倍真大著、NHK出版)

 これは社会学者の方が実際に現場に入っていって
 描いたもので優れたルポになっています。

 求人をかけてもなかなか今は
 介護職に人は集まりません。

 給与面でも待遇面でも魅力が低く、
 応募してくるのは「福祉への想いに燃えた人々」だけ、という状況です。

 これが現実の介護の状況なのです。

 対人社会サービスは、素晴らしい仕事です。
 人としてリスペクトされるべき仕事です。

 そのリスペクトされるべき仕事である介護職が
 コムスン問題でようやく明るみになったように現在では
 あまりにも低賃金で、暮らしていかれるような状況ではありません。

 フジノは今回の委員会で

 「こうした現状を踏まえて
  市単独で介護報酬に上乗せをしていくべきではないか

 と提案しました。

 介護報酬とは、国が決定している介護サービスの値段です。
 この決められた低い値段の中で良いサービスをするには
 人件費をカットするしかないのです。

 だからフジノは、横須賀市単独で
 これに上乗せをするべきだ=介護職の労働状況を改善すべきだ、と
 提案したのです。

 答弁としては

 「市単独は財政的に難しい

 というものでした。

 でも、これでひきさがれるフジノではありません。

 「介護保険の保険者として市は責任をもって
  政府に対して介護報酬の適切な引き上げを訴えていくべき」

 と、続けました。

 これに対する答弁は、市も同感である、というものでした。

 質の高い福祉サービス(これを対人社会サービスと呼びます)を
 実現するには、当然ながら働く人々の待遇も
 それに見合ったものでなければいけません。

 フジノは、ハードとソフトと両面から
 対人社会サービスの質を高めていく為の提案をしていきます。

 そして、「財源が無い」というのであれば
 これからも徹底的に税金のムダづかいをカットしていきます。


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 あなたは人生の最期をどこで迎えたいですか。

 あなたは自分の大切な親御さんが亡くなる時、
 最期に見せてあげたい景色はどこですか。

 病室の天井ですか?
 施設の天井ですか?

 僕はそんなのはイヤです。
 だから、政治家として全力を尽くして福祉を変えていくのです。

 あなたはどうしたいですか?



2007年9月21日(金)のフジノ
● 「授業料の値上がり」が今日の委員会で決まりました

 今日は、教育経済常任委員会を傍聴しました。

 教育経済常任委員会では、
 教育委員会・上下水道局・経済部について担当します。

 昨年この委員会にフジノは所属していました。
 いじめ問題の解決、上下水道の財政状況の改善、雇用・労働政策など
 たくさんの取組むべき問題がありました。

 そこで、今年になって民生常任委員会に戻ってからも
 教育経済常任委員会はしっかりと傍聴を続けています。

 さて、今日の教育経済常任委員会では
 注目すべき2つの議案(市長からの提案)がありました。

 その1つ目がこれです。

 市立横須賀総合高校と市立幼稚園の値上げ

 (下の記事:07年9月14日付の神奈川新聞)
市立総合高校と市立幼稚園の値上げを報じる神奈川新聞  報道の通り、可決されれば
 3年ぶりの値上げとなります。

 市立横須賀総合高校では、

 現在11万5200円/年、を
 改定11万8800円/年、へ

 市立幼稚園(大楠・諏訪)では、

 現在7万3200円/年、を
 改定7万5600円/年、へ

 値上げする議案です。

 委員会ではいくつかの質疑がなされた後で
 あっけなく多数決で可決されました。

 つまり、来年4月から授業料は値上げになります。

 フジノは本会議で反対します。


● 「教育とは、個人向けサービスではない」とフジノは考えます

 3年前に市長が値上げを提案した時にも
 フジノは反対しました(2004年議案第91号)。

 「税金がムダづかいばかりされているのに
  授業料の値上げをするのは間違っている」

 という理由で、3年前のフジノは反対しました。

 「市民感情として許せない!」

 というシンプルな理由でした(今でもこの想いは変わりません)。

 けれども、いろいろな勉強を積み重ねてきた今は、
 政治家としてのハッキリとした現在の反対理由があります。

 それは、教育は「個人向けサービス」では無い、ということです。


 上の資料は、市議会に配られた
 値上げ理由を説明した教育委員会の資料です。

 値上げする理由として、2つ挙げられています。

 (1)国が地方交付税の積算基準単価を改定したので、
   それに連動して決めてきた授業料を値上げする

 (2)受益者負担の適正化の為に授業料を値上げする

 これは、ちょっと読むと
 なんとなく正しい気がするかもしれません。

 でも、違います。

 (1)は慣習でそうしてきただけなので
 そんな前例に引きづられる必然性は全くありません。

 特に、(2)は間違っています。
 あえて資料のその部分に赤線を引いてみました。

 『受益者負担』とは、
 受益者=「サービス=益を受けている者」が
 負担=「そのサービスに応じた費用」を払うべきだ、という考え方です。

 最近の行政の流行語で
 値上げをする時にすぐにつかわれる言葉です。

 民間でできるサービスは本来は民間でやるべきであり、
 仮にもしもそうしたサービスを公が行なっている場合は
 見直しをして、料金をしっかり取っていこうという考え方のことです。

 理屈としては正しいのですが、
 今はこれが乱発されすぎです。

 ちょっと一緒に考えてみてください。

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 あなたは何故、学校で勉強をするのでしょうか?
 あなたは何故、教育を受けるのでしょうか?

 みんなが学校に行くから?
 勉強したいことがあるから?
 夢を実現する為?
 義務教育だから?

 人それぞれにいろいろな理由があるでしょう。
 『個人レベル』で見ると、いろいろな理由がありますよね。

 そうすると、教育を受けることは
 サービスを受けること=『受益』に見えるかもしれません。

 でも、『国レベル』で見ると、違います。
 教育のリアルな目的は1つしかありません。

 その国の進むべき道にそった国民を生み出す為に
 教育がなされているのです。


 戦前には、欧米列強に追いつく為に
 必死に教育がなされました。

 戦後は、高度経済成長を成し遂げる為に
 必死に教育がなされました。

 そして今もまた、全く同じ理由で、つまり、
 日本という国を維持・発展させる為に教育が成されているのです。

 したがって、国民のみなさんが教育を受けることは
 その個人個人がサービス(益)を受けているのではありません。

 日本という国の利益になるからこそ
 国民のみなさんに対して教育がなされている
のです。

 つまり、教育が成されているのは
 『個人の利益』の為ではなく『国益』の為です。

 この発想を嫌がる人々は多いでしょう。
 国家主義的だと否定したい人も多いでしょう。

 けれども、これは事実です。

 教育によって、
 人々が学んで豊かな知識や技能や能力を得ることは
 この国の為になるから行われているのです。

 あなたが夢を実現したり、あなたが技能を習得したり、
 あなたが様々な分野で働いていくことは、
 それが学問であれ、芸術であれ、スポーツであれ、
 結果的に日本という国の力となっていくことなのです。

 教育のゴールは、ここにあります。

 したがって教育とは国の責任において、
 可能な限り無料で
 可能な限り豊富な機会が
 国民のみなさんに与えられなければならないはずです。


● 13億4618万円も損失穴埋めに税金をつかいます

 この考え方に基づけば、
 横須賀市の教育の姿も公立学校においては
 可能な限り安い料金(無料が望ましい)でなければ問題があります。

 何故ならば、教育は受益ではないからです。
 教育とは、国益の為に行なわれているからです。

 ですから、今回の値上げの理由は
 全く的外れです。

 財政難が理由で値上げをするのであれば、
 もっと別の分野で税金のムダづかいをカットすべきです。

 実際に、フジノが注目した第2番目の議案とは
 こんな「ひどい内容」のものです。

 横須賀市土地開発公社の持つ土地7956平方メートルは
 帳簿での価格は21億5778万5688円でした。

 しかし、今回、
 実際に売却できた価格は8億1160万3800円でした。

 つまり、「帳簿の価格」から「実際の売却価格」を引くと
 13億4618万円も差損(マイナス)が出てしまいました。

 そこで、市はみなさんの税金をつかって
 この13億4618万円の差損を土地開発公社に穴埋めするのです。

 これが今、全国的に大きな問題になっている
 『土地開発公社』の問題です。

 フジノは2005年5月の本会議での一般質問
 沢田前市長に対して

 「実質的に破綻状態の土地開発公社は解散すべき」

 と追及しています。

 こんなダメな経営をして税金を13億円もムダにしておいて
 何故、市立総合高校に通う生徒から授業料を値上げできますか。

 まちがっています。

 もしも13億円がこんなムダな遣われ方をせずに
 政治家としてフジノが自由に使ってよいのならば
 横須賀市民は幼稚園も高校も授業料を全額無料にします。

 これが在るべき政治の姿だと思います。

 このまちで教育を受けたい人たちは
 全額無料で教育を受けられる。

 夢のようなホラ話に聞こえますか?

 でも、13億円もあれば、
 今みなさんから頂いている授業料なんて
 十分足りるんですよ。

 むしろ、高校に通いたいのに
 家庭の経済的な状況が厳しい為に困っている人がたくさんいます。

 実際に、経済的な事情で減免措置(授業料を安くする措置)を
 受けている生徒の数は増えています。


 平成15年度53名だったのが
 平成18年度94名に倍増しています。

 このまちに暮らす人々の平均所得はとても低くて、
 本当に多くの方々が毎日を暮らすのに必死なのです。


● だからフジノは、授業料の値上げに反対します

 どこに税金を使うべきなのか?

 塩漬けになっていた土地の差損の穴埋めに
 市民のみなさんから預かった税金を投入するべきなのか。

 それとも、これからこの国を支えていくこどもたちに
 学びたい意欲を金銭面の心配なしで応援してあげることなのか。

 どちらがあなたにとっては
 正しいと思いますか?

 政治家フジノの答えはもう書きました。

 あとは、このまちのトップである
 市民=あなたが考えてください。

 これが今の横須賀市政の現実です。



2007年9月29日(土)のフジノ
● 僕が見ている景色

 昨日の一般質問の結果、どう感じたかというと

 「僕が見ている景色と
  市長が見ている景色とはあまりにも違いすぎる」

 というものです。



 政治家になったフジノが毎日出会う人々は
 本当に苦しんでいる、生活に困窮している人々ばかりです。

 政治家になってから感じるこのまちの現実は
 全然明るくなんかない。
 つらく苦しい状況に追い込まれている人々がとても多い。

 政治家になってからも僕には
 政財界(?)みたいなつながりはゼロだし
 市の有力者なんかと会うことはゼロだし
 団体の役員をやっているような人と会う理由は全くナシ。

 だから、偉い人とか恵まれている人と会う機会なんて
 この4年半、全くありませんでした(会いたくもないし)。

 僕の出会う人々は、そのほとんどが
 生活保護を受けるまでの資格は無いけれども
 生活保護の一歩手前、本当に預貯金も無くて、苦しんでいる。

 孤独で、孤立していて、毎日を生きることで精一杯。

 でも、これが僕のリアルです。
 僕の知っている横須賀のリアルな現状です。

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 昨日の一般質問、僕は1ヶ月以上かけて
 全身全霊をこめて作りました。

 だけど、蒲谷市長の答弁を聞いていて

 「この人が出会う人々と言うのは
  僕とはきっと全く違う人々なのかもしれない。
  もしかしたら、蒲谷市長と僕は絶対に分かり合えないかもしれない」

 と感じてしまいました。

 さっき書いたような人種と市長は毎日きっと会っているのでしょう。
 つまり、政財界の人々、市の有力者、
 団体の役員をやっているような人々のことです。

 もしも本当にそうならば、
 僕が出会っている人々の気持ちなんて
 きっと理解できないのだと思います。

 僕が毎日聞いている声にならない声は
 市長には決して届くことはないのでしょう。

 もしもそうならば、僕は政治家として
 これからどうすればいいのだろう。

 決して理解しあうことができない相手ならば
 どうやって説得をしていけばいいのだろう。

 そんな絶望を少し感じた昨日の一般質問でした。

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 それでも僕は、自分の行なった一般質問は
 このまちの現実をあらわしていると強く信じています。

 くじけているヒマなんて
 一瞬も無い。

 もっと前に進んでいくのだ。
 声なき声に耳を傾けていくのだ。


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