議会では、こんなやりとりしています


フジノの2回目の質問

 市長の御答弁をいただきありがとうございました。

 確認をしたいと思います。

 まず、第1問目として私が行なったのは、
 美術館建設問題で
 5万5000人もの見直し署名が集まるということは、
 十分な説明責任が果たされていないということではないか
 ということに対して、
 市長は「5万 5,000人は実際は4万7000人である」と。

 理由は、
 「1人の人間が同じ筆跡で100人の署名をした」、
 あるいは「未成年者がいた」。

 そういった理由で
 4万7000人というふうに述べています。

 それについてちょっと申し上げたいことがあります。

 市長は、
 「5万5116人の署名だというけれども、
  実際には4万7000人くらいであった」と、
 この発言で何を伝えたかったのでしょうか。

 「署名の信頼度は低い」という印象を
 世間に対して与えたかったのでしょうか。

 しかし、この発言は非常に残念なものであります。

 今回の署名活動を行うにあたって、
 僕たちは基本的に代筆を認めました。

 相手が署名の内容を理解して納得しているのであれば、
 家族や他の人がかわりに署名しても構わない。
 手足が動かない人が
 ホームヘルパーの方に代筆をしてもらうのも構わない、
 そう判断して活動をしてきました。

 市長が皮肉を込めて指摘された、
 1人の筆跡で100人の署名があった。
 それはだれが書いたものか、僕は把握しています。

 それはある企業の食堂に勤めている
 お母さんが集めたものです。

 社員食堂にやってきた社員の人たちへ、
 そのお母さんは美術館計画のことを話しかけて、
 そして相手に納得してもらった上で
 代筆の許可をもらっていたのです。

 食堂では署名用紙が汚れてしまうからという理由で、
 相手に納得してもらった後に
 署名はその方が代筆をしていました。

 こうやって集めた100人が
 代筆だからといって、どんな法的な問題があるのでしょうか。

 12日の議会では、
 その食堂に勤めるお母さんが
 傍聴に来ていらっしゃいました。

 市長が皮肉まじりにあの回答をしたことを
 どんな思いで聞いていたのだろうかと思うと、
 僕は悔しくてたまりません。

 今回の議会から
 インターネットで全世界に生中継されている
 この横須賀市議会で、
 仮にも43万人の市民のトップが、
 5万5000人、
 仮に百歩譲って市長の言うとおり4万7000人の
 想いがこもった署名を受け取っての発言が
 それらの人々の思いに触れることもなく、
 出てくる言葉が皮肉でしかないとすれば、
 とても情けないことだと僕は憤りを感じています。

 また、未成年の署名のことも指摘されましたが、
 なぜ未成年の署名が問題なのか、
 ぜひこの点を説明していただきたいと思います。
 これは質問です。

 美術館トークでも、
 財政担当の説明者はこう述べていました。

 「美術館という建物は将来にも残る建物である。
  だから、現在の世代だけでなく、
  将来の世代にもその費用は負担してもらう」と。

 まさに市長が皮肉まじりに指摘した
 未成年の世代にも、
 この美術館の借金を背負わされるのです。

 未成年の世代は
 この美術館が欲しいという意思を示したことがあるでしょうか。

 欲しいとも言っていないのに、
 負担だけを背負わされるのはおかしな話です。

 彼らの署名を認めないというのであれば、
 負担を背負うという『義務』だけを認めて、
 そもそも欲しくないという意見を言う『権利』さえ認めない
 ということになります。

 これは受益と負担の関係から考えても、
 義務と権利の関係から見ても、
 とてもおかしなことであると思います。

 美術館について改めて市長にお聞きしたいのは、
 仮に百歩譲って4万7000人であったとしても、
 4万7000人という人々の想いは
 とても大きいものです。

 その4万7000人の想いを、
 いやたとえそれが3万人であろうと、何万人の人であろうと、
 人々が望んだことが実際に目の前にある、
 そういう事実に対して、
 どんなことがあっても
 絶対にその人々の思いを酌むことなく、
 見直すことはない、そういう意思は一切ない、そういうことでしょうか。

 この質問にもお答えください。

 それから、市民、職員への説明責任についてですが、
 7点について市長はお答えくださいました。

 まず、市長は「人それぞれのやり方がある」と。

 首長それぞれのやり方があり、
 隣の市がやっているからうちはやらなくていい、
 ホームページで発信しているから足りている、
 そうおっしゃいました。

 しかし、あなたが市長になる前、
 あなたが助役であったころ、
 横山・前市長の時代には
 『市長と語る会』というものがあり、
 横山・前市長は全部の町内会を毎年毎年回って
 市民と語り合っていました。

 なぜ自分の市でこれまで行われてきた、
 そういう仕組みをやめて、
 そして隣の市がどうやっていようが、
 うちはうちのやり方があるとおっしゃるのでしょうか。

 この点も聞かせてください。

 なぜ前市長が行なっていた
 『市民と語る会』という会をやめてしまったのでしょうか。

 それから、9月12日の議会で
 吉田雄人議員が質問した内容を皆さん覚えているでしょうか。

 彼は市長に対して、
 「もっと市民の声に耳を傾けてほしい、
  もっと職員の声に耳を傾けてほしい」、
 そういう提案をいたしました。

 今回僕が質問をした内容は、
 市長に対して
 「もっと市民に直接に語りかけてほしい、
  もっと職員に直接に語りかけてほしい」、
 そういう内容です。

 2人とも質問を打ち合わせたわけでもないにもかかわらず、
 かたや市長の聞く姿勢、
 かたや市長の語りかける姿勢について、
 このままではいけないと感じているわけです。

 吉田議員も僕も
 一般企業で働いてきました。

 企業の中で働いてきた吉田議員や僕にとってみると、
 『自治体経営』を標榜されていながらも、
 最高経営責任者である
 市長の現在の姿勢は物足りないのです。

 市長はこう述べています。

 「自治体経営改革は意識改革からである」と。
 しかし、まず意識改革をなすべきなのは
 沢田市長ご自身なのではありませんか。

 先日行われた署名の受け渡しのときにも、
 市長は「いろいろな価値観の人がいる」と言いました。

 確かに今の時代は
 多様性へのいろいろな価値観のある時代です。

 しかし、いろいろな価値観がある多様性の時代だからこそ、
 可能な限りたくさんの人々に納得してもらえるための
 経営トップの説明責任が求められているのだ
 と市長は思いませんか。

 記者会見で
 「今までもさまざまなテーマでトークを行ってきたが、
  どうしても反対派の声が大きくなる」
 と市長はおっしゃいました。

 そのような意見が分かれるテーマならば、
 なおさら一層に部下に任せるのではなく、
 経営トップである市長自身が
 みずからおもむいて
 市民に語ることによって、
 なぜもっと理解を得られるように努力をしないのでしょうか。

 まちの人々に
 直接に語りかける場を市長は日常的に持つべきだと思います。

 僕は市長の考え方は基本的に賛成なのですが、
 この考え方が特に好きです。

 市長は

 「役所の都合よりも
  顧客の都合を重視する経営でなくてはいけない」、

 そう言っています。

 まさにそのとおりです。

 ならば、美術館トークを例に挙げれば、
 顧客である市民は、
 個別のプロジェクトではありますけれども、
 市長が生の声で伝えることを確かに待っていました。

 スケジュール、役所の都合ではなく、
 顧客の都合を重視して説明責任を果たすために、
 ぜひとも美術館トークの場には来るべきでした。

 市長、どうかまちの人々と話す場を設けてください。

 そして、まちの人々に
 自分の言葉でこのまちの未来を語ってください。

 また、一般の職員にも
 語りかける場をつくってください。

 そして、ぜひとも職員に
 リーダーとして、
 経営の最高責任者として語りかけてください。


 何点かの質問をさせていただきましたが、
 こちらの質問にご回答をお願いいたします。

フジノの2度目の質問に対して
市長の答えはいかに!?


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