まちの政治家は、こんなことしてます


2009年2月10日(火)のフジノ
● 予算議会の準備の為、ご相談はしばらく受けられません

 今月20日から本格的にスタートする予算議会の為、
 すでに毎日のように市長への質問を作成しています。

 この準備はものすごく大変なので
 市民のみなさまから毎日おうかがいしている
 電話・FAX・Eメールなどでのご相談には、しばらくお答えできません。

 議会シーズン中は毎回のことではありますが、
 どうかご理解ください。

 ふだんフジノがしていることは、どちらかというと
 もともと政治家としての仕事というよりも

 ソーシャルワーカーとしての仕事、という色合いが強くて
 政治家の仕事のメインの業務ではありません。

 政治家フジノとしての本来のメインの仕事は
 本会議・委員会などの場で、政策を提言することです。

 あるいは、市長が提案してくる議案に対して
 質疑や意見を述べて議論をすることです。

 本当はこっちがメインなんですね〜。

 ですから

 「何だよ、いつもならすぐに動いてくれるのに!」

 なんて怒らないで、3月末に予算議会が終わるまでは
 どうかしばらくの間はご相談はおうかがいできないことをご理解ください。

 よろしくお願いします。

 ただ、カフェトークだけは週1回の開催を
 何とかして守っていきたいと思います。

 スケジュール的にはとても厳しいのですが
 カフェトークでお会いしましょうね。



2009年2月9日(月)のフジノその3
● ついに人権施策推進指針が完成しました

 長年にわたって追い続けている取り組みが
 フジノにはいくつもあります。

 その1つが『人権施策推進指針』の策定です。

 あらゆる人権課題の中でも
 特に『性的マイノリティ』についてフジノは強く関わってきました。

 市民のみなさまの生の声を反映させたくて
 フジノのこの活動日記でも何度もご協力を呼びかけたことをはじめ、

 性的な多様性の保障の為に活動する
 とても素晴らしいサイト『デルタG』にもご協力していただいて
 全国のみなさまからご意見をいただきました。

 昨年2月の『横須賀市人権都市宣言』発表を受けて
 昨年3月11日に『人権懇話会』から
 『(仮称)人権施策推進指針』提言書(案)が提出されました。

 この提言書をガイドラインとして、
 昨年7月には、関係課長11名で『プロジェクトチーム』を結成し、
 実際の『指針』作成が始まりました。

 9月には、このチームが作った案を市役所内で全庁意見照会し、
 さらに11月には市民のみなさまに
 パブリックコメント手続きを行ないました。

 こうした長い時間をかけた末に
 今日、正式に『横須賀市人権施策推進指針』が発表されたのです!



 ようやくできました...。

 「実行することにこそ意味がある」

 と考えているフジノにとって、指針(ガイドライン)を作成するのに
 これではあまりにも時間をかけ過ぎたと感じています。

 ...ともかく、中身を読んでみましょう!


● 「性的マイノリティの人権」が人権施策推進指針に記されました

 『指針』の最後の方、20ページです。



 『第3章2.(8)C性的マイノリティの人権』の項目です。
 また、これに加えて欄外の注記1と3も該当する部分でしょう。


 第3章 人権施策の基本的な方向

  2.分野別課題解決への基本的な方向

  (8)その他の人権課題

   G 性的マイノリティの人権


     例えば、性同一性障害者(*3)は、
     現在、日本全国で約5千人いるとも言われています。

     性同一性障害に対する救済制度として
     「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が
     制定されましたが、

     この法律の適用対象になっている人は
     1割程度と言われています。

     社会における現状は、
     性同一性障害者を受け入れる環境が
     いまだ整っているとは言えない状況にあります。

     さまざまな性的マイノリティに対して、「ふつう」ではないとして、
     偏見を持ち、差別、蔑視し排除することをなくし、

     社会の多数派と異なる生き方を認める社会を
     構築していく必要があります。



 (欄外の注)

 *1 性的マイノリティ
  性的少数者と訳される。
  性同一性障害者や同性愛者、両性具有者など、
  性をめぐって、社会的に差別を受ける恐れのある人々の総称。

 *3 性同一性障害者
  性別に関する自己意識と身体上の性別とが一致せずに苦しむ人たち。



 うーん、いかがでしょうか?

 フジノはこれまで繰り返し訴えてきたことは、

 『性的マイノリティ』=『性同一性障害』だけではない

 ということでした。

 本文の大部分では性同一性障害のみに触れており、
 ラスト4行になってようやく「さまざまな性的マイノリティに対して」とし、

 欄外の注記1においては
 「性同一性障害者や同性愛者、両性具有者など」と
 その対象が拡大されて定義されています。

 これを「一歩前進」と受け止めるべきなのでしょうか。
 注記の「など」に「バイセクシャル」も含まれる、と
 寛大に受け止めるべきでしょうか。

 それともやはり本文そのものに
 「性同一性障害」だけではなく
 「同性愛」「両性具有」「バイセクシャル」などが明記されるよう
 再びフジノは提案していくべきでしょうか。

 フジノが本会議で行なった一般質問に対して
 下卑た笑い声や差別的なヤジが飛ぶような保守的なまちであっても
 ここまで歩みを進むことができたということを
 一歩前進と受け止めるべき...?

 いや、それは違うな。やっぱり違う。

 保守的なまちであろうがなかろうが、
 「絶対に人権を守るのだ!」という信念をこそ、保守すべきです。

 やっぱり文章にもきちんと全て明文化することが大切ですよね。

 その文章をもとにして
 今後、具体的にどんな取り組みによって
 差別・偏見・スティグマを無くしていくのか、という行動が
 決まっていくのですから。

 この点について、ぜひ改めて
 みなさまの生の声をお聞きしたいです。

 全国のみなさま、ぜひご意見ください。
 よろしくお願いします。



2009年2月9日(月)のフジノその2
● 偶然という必然に感謝...

 先日ちらりとご紹介したメールがありましたけれど、

 そのメールをくださったご本人が
 わざわざブログでご紹介して下さいました。

 ブログ『maya−maya☆゛の【相談員の卵】』

 僕は偶然という名前の必然の出会いを
 神様にただただ感謝するばかりです。

 ありがとうございました。



2009年2月9日(月)のフジノその1
● 憲法9条を守る行動は、平和な日々にこそ

 今日は9日!

 ということで、フジノも呼びかけ人の1人である
 『横須賀市民9条の会』のみなさんとチラシ配りと署名活動をしました。

 小泉・安倍と続いた改憲の危機がひとまず去って
 ふと気を緩めてしまいがちな今日この頃のフジノなのですが

 軍隊の無い国家が世界に27ある
 という本を読んで

 「穏やかな日々にこそ、やらねばならないことがあるのだ」

 と改めて感じさせられました。

 『軍隊のない国家 27の国々と人びと』

 前田朗著、日本評論社、2008年

 特に、憲法9条の理念を世界に発信する力が
 これまでわが国には全く足りていなかった、

 という著者の主張に共感しました。

 フジノ自身をふりかえってみると、
 呼びかけ人でありながら『9条の会』のみなさんと一緒に
 街頭に立ったのは2005年12月が最後でした。

 4年間もただメーリングリストのメールを読んでいるだけの、
 『行動しない人間』になっていました。とても反省しています。

 もちろんその間にも、全く何もしなかった訳ではなくて
 憲法9条を守る為の講演会として
 天木直人さんを横須賀にお招きしたりもしたのですけれど...。

 これからも毎月9日のYデッキでの活動だけでも
 しっかり毎回参加して発信していかなければ、と思いました。



2009年2月7日(土)のフジノ
● こころのボランティア養成講座(4日目)へ

 今日は、お昼から横浜・西口のかながわ県民ホールへ。

 かながわコミュニティカレッジの連続講座(3月末まで18コマ)の
 『こころのボランティア養成講座』の4日目です。



 本日のテーマは『共に生きる地域づくりT』ということで、
 2人の講師からお話をうかがいました。

 ・藤沢病院の長見英和さん(精神保健福祉士)
   (配布資料はこちら

 ・横須賀の『il Gruppoパレッタ』施設長の加藤房子さん
   (配布資料はこちら

 いつもは満員の教室の中で、
 フジノはかなり緊張しながら受講しているのですが

 今日にかぎっては、
 ややリラックスしながら過ごすことができました。

 講師の加藤さんが施設長をしている『パレッタ』は、
 わがまちの作業所で
 僕は高校時代からとてもなじみがあります。。

 また、全国精神障害者地域生活支援協議会(ami)
 常任理事でもある加藤さんとは

 つい先週も一緒に千葉県の
 『リカバリー推進フォーラム』の企画委員会に出席して
 隣同士の席に座って、かなり激しく議論させていただいたばかり。

 (この様子を見た他の企画委員会のメンバーから
  「横須賀には個性的な人が多いなあ...」と苦笑いでした)

 加藤さんの講義は、お話もとても惹きつけられましたが
 ふと途中で

 「ちょっとフジノくん、立ってみて!」

 と言われて、説明のお手伝いをさせられたりして、
 楽しく1時間半があっという間に過ぎていきました。


● チャラ男でも政治家、みたいな?

 帰りがけに、他の参加者の方から話しかけられて
 駅まで歩きながら意見交換をしました。

 その方は、

 「そもそもあなたみたいな茶髪にヒゲのチャラ男が
  何故こんな精神保健のボランティア講座に来ているのか?」

 と、過去4回のあいだ、疑問に思っていたそうです。

 それが、今回、加藤さんと親しげに話しているのを講義で見て
 「一体、何者なのだ?」と思ったそうです(苦笑)。

 ふだん何をしているのか、と尋ねられたので
 ふだんは市議会議員をしていて
 大学では臨床心理学を専攻していて
 精神保健福祉士の国家資格を持っていると話したら

 どひゃーっと驚かれて、
 その後の僕への対応が変わりました(涙)。

 その対応を見て僕は、しょせんは肩書きかよ、とガックリ。

 精神保健福祉のボランティアにとりくもうという方々なのだから、
 せめて外見で他人を判断したり
 区別するようなことはしないでほしいなあと
 ちょっと失望しました...。

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 いいかげん政治家になって6年も経つのだから
 我ながらこういう方々の反応(てのひらがえしで良くなる)には

 慣れなければ、ガマンしなければ、
 とは思うのですが...。

 世の中の多くの人々が
 学歴や職歴や肩書きにとらわれていたり
 外見や見た目でまるでその人の中身まで分かったように振る舞うのが
 僕はとても大キライで、とてもイヤです。

 人は外見でも無いし、肩書きでもありません。
 もうそろそろ、みんな、そういうことに気づいて下さい。

 やれやれ。



2009年2月6日(金)のフジノその2
● ギターで世界と闘った男、村松俊秀さんを悼む

 『自治体ファイナンス研究会』を終えると
 保土ヶ谷から急いで横須賀へと向かいました。

 今夜は、村松俊秀さんの追悼ライブが行なわれているのです。



 直接の接点はわずかな時間しかないフジノですが
 それでも「村松さんが亡くなった」と初めて聴かされた時は
 大きなショックに言葉を失いました。

 村松さんは、ふつうの市民の方々の1人です。
 でも、横須賀市民ならば誰もが村松さんを見たことがあるはずです。

 原子力空母の母港化反対活動のデモの先頭を歩きながら
 あるいは、Yデッキでの署名活動の場で、

 いつも村松さんはバンジョーやギターをかき鳴らしながら
 やかましい歌をかみつくようにがなっていました。

 その彼がわずか50才で、昨年亡くなりました。

 そこで今夜はその彼を悼む為に
 高校時代からの友人の方々や
 一緒に活動を続けてきた『非核市民宣言運動・ヨコスカ』をはじめ、
 住民投票条例を実現する為に活動してきたみなさんなど

 村松さんを慕うたくさんの方々が
 市内外を問わず、集まりました。



 会場のヤンガーザンイエスタデー(ライブハウスです)では
 スクリーンには村松さんの歌う姿が流れて

 何組ものバンドが演奏をして

 古くからの友人や割と最近に友人になった方まで
 たくさんの方々がステージにあがって
 村松さんを悼む言葉を述べました。


● 僕の村松俊秀さんの思い出

 この場にフジノは途中から参加して
 あっという間に途中で帰らなければならず、とても残念でした。

 村松さんについて語り合う機会も無かったので
 少しだけこの場でフジノなりの
 村松さんへの想いを記したいと思います。

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 僕はけっこう村松さんのことを
 『ライバル視』していました。

 僕もギターを弾く人間として、他人がギターを弾いていると
 誰であっても僕は必ずライバルとして見てしまうのです。

 ライバル視というのは、テクニックとかそんなものではなくて、
 音楽に向き合っている姿勢とか歌を愛する魂という意味ですね。

 今でこそ政治家なんて職業をしている僕ですが、
 中学時代からエレキギターでオリジナルの歌をつくって
 僕なりにギターで世界と闘ってきたつもりでした。

 でも、僕は自分の武器をエレキギターから
 精神保健福祉に変えて、
 さらに6年前からは政治という武器にとりかえてきました。

 人生の早い時期にギターで自分の想いを伝えることを知った人間は
 誰もがいつだってこころの中ではギターを弾いていると思います。

 そんなこころの中でギターを持って叫び続けている僕に対して、
 村松さんはリアルにギターを持って今もがなり続けていました。

 これは、サイコーにカッコよくて、
 自分にはできなかった、うらやましい姿でした。

 例えば、Yデッキで僕がメガフォンで街頭演説をしている時、
 僕は僕なりにしゃべる言葉やスピードを選んで
 ラップのようにしてみたり、いつも音楽的であろうとしました。

 でも、本物の歌と本物のギターにはかないません。

 (これは物理的に木材で作られた本物のギターという意味ではなく、
  リアルなギター、リアルな歌、という意味の、本物、という意味です)

 だから、「ああ、またやられてしまった...」というのが
 いつも村松さんに感じる想いでした。

 僕は中学時代からギターを弾き始めて
 やがて世界とむきあう手段が変わってしまったけれども

 村松さんは高校時代からプロテストソングを歌い続けて
 50才で亡くなる直前まで歌い続けたのだから

 そもそも僕が勝てるはずがない、巨大なライバルでした。

 歌も、すごくカッコよかったです。

 例えば、村松さんの歌の中に
 『FTN TODAY』というものがあります。

 サビを引用しますね。

   ある朝 目を覚ますと EMクラブのうらに
   大きく書いてある FTN TODAY
   ドブ板通りのはずれ EMクラブの塀に
   Midway Walk Out FTN Today

 これは、僕が生まれた1974年に実際にあった
 米軍基地のアメリカ兵たち60名が起こした
 乗艦拒否闘争を歌ったものです。

 空母ミッドウェイの乗組員たちが
 『横須賀母港反対』などの6項目の要求を掲げて
 空母の出港日に、基地の外に出たのです。

 『ウォークアウト』と呼ばれた闘いです。

 今のアメリカ軍を横須賀で見るにつけても
 とても信じられないような、人間的な闘いだったと思います。

 僕はこの74年のミッドウェイでの『ウォークアウト』を
 村松さんの歌によって初めて知りました。

 自分のまちで、自分が生まれた年に起こったことなのに
 村松さんの歌に接するまで知らなかったんです。

 ちなみにFTNとは

 FUCK THE NAVY

 の略です。

 すごいぜ、村松さん。
 僕にはこんな歌を作れないし、僕にはこんな歌を歌えないよ。

 もう今は村松さんの歌は
 記録された映像や音声媒体の中でしか聴けないけれど

 その音楽にかける魂や
 実体験に根づいた歌は

 決してこの世界から消えることは無い。

 僕たちの世代は、いや、少なくとも僕はということだけれども、
 歌を歌い続けることだけではなくて
 現実的な対抗手段を取ることを選びました。

 ジョン・レノンもボノも最高にカッコいいけれど
 音楽だけでは世界は変えられないと僕は感じたから。

 だから違う手段で、僕は闘っていきます。

 でも、いつも書いてきたことだけれども、
 政治なんかは決して人のこころを変えることは絶対にできないから

 音楽がいつも世界にあふれていてほしいと願っています。
 人々のこころに平和と愛をもたらす音楽が
 いつも世界にあふれていてほしいと僕は願います。

 もちろん商業的な耳障りのいい音楽もそれはそれでOKだけど
 時にはぎざぎざとした、こころにつきささる音楽が流れていてほしい。

 そんな歌を歌える人がまたひとり、
 この世界から失われてしまったけれど、

 でも、音楽は消えない。歌は消えていかない。
 いつまでも流れ続ける。僕らのこころの中に。

 村松さん、いつもカッコよかったです。
 サイコーな歌を、ありがとうございました。


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