まちの政治家は、こんなことしてます


2011年1月20日(金)のフジノ
● 自殺の犠牲者数が「平成9年以来の最少」に減少しました

 今日、横須賀市の『自殺対策連絡協議会』が開かれました。

 市内で自殺対策に関わる『公的な機関』の
 ネットワーク会議で、年2回、開かれています。

 (残念ながら、自死遺族の方々や未遂をした方々ら
  メンバーとしての参加がまだ実現していません)



 この2回目の会合では
 『昨年度の統計』が発表されています。

 今日、平成21年の自殺による犠牲者数の
 確定した数値
が初めて発表されました。



 平成21年度(最新の確定値)

  82名
  (男性56名、女性26名)


 これは、1998年以来で最小です。

 1997年『67名』には遠く及びませんが
 14年ぶりの最も低い犠牲者数となりました。


● 政治家としての使命と、僕個人の想い

 大きく減ったからといって喜ぶべきでは無いし
 犠牲者が1名でもいる限り、自殺対策のゴールではありません。

 けれども、個人的にフジノは
 感慨深い想いでいっぱいです。

 過去の自殺による犠牲者数を
 表にしたものはこちらをご覧ください。

 日本の自殺による犠牲者数は
 1998年に初めて3万人台へ突入しました。

 それから13年間連続で3万人を超えるという
 戦後3回目(そして最悪)のピークのまっただなかにいます。

 日本全体の動きと同じく
 横須賀市でも1998年に初めて90人台を超え、
 翌99年にはさらに悪化し、
 犠牲者100人台へ突入しました。

 2002年には、過去最悪の108名を記録しました。
 僕の元恋人が犠牲になった年です。

 翌2003年、だから
 フジノは政治家に転職しました。

 それまで何も行なわれていなかった自殺対策を
 政治家としてゼロから作りだす為です。

 それから8年間が経って、
 フジノの政治家としての任期はまもなく終わります。

 そして、その任期の最後の年に、
 『最も少ない犠牲者数』という結果が出ました。

 今、僕は1つの使命を終えたという想いです。

 僕という個人にとっては
 「大きな責任を果たした」という気持ちでいっぱいです。


 ●

 もちろん政治家としての使命は
 自殺をゼロにすることです。

 だから、この成果は何の意味もありません。
 ゼロに向かって成すべき仕事は今もたくさんあります。

 まずは、この80人台を絶対に維持すること。

 次に、横須賀市の2010年度までの目標値
 「75名以下」を一刻も早く実現すること。

 そして、とにかく1名でも多くの犠牲者を減らすこと。

 政治家として、ゼロだけが
 たった1つのゴール。

 そこだけを目指して、今まで以上に働かなければいけない。



2011年1月19日(水)のフジノ
● 10年ぶりの調査再開にむけて調査企画委員会スタート!

 精神障がいのある方々の
 保健・医療・福祉サービスの現状はどのようなものなのか。

 現状を把握しなければ、
 問題点を明らかにできません。

 改善に向けた努力も的外れになりかねません。

 かつて2000年までは
 その為の調査が続けられてきました。

 『厚生大臣指定法人・精神障害者社会復帰促進センター』と
 『財団法人・全国精神障害者家族会連合会(ぜんかれん)』によるものです。

 しかし、『ぜんかれん』の解散と共に
 こうした調査が途絶えてしまいました。

 そして今は、全くありません。

 精神保健医療福祉の向上を目指す上で
 これは大きな問題です。

 そこで、精神障がいのある方々への
 サービスの現状を把握する為の調査が
 新たにスタートすることになりました。


 『変革期における精神障害者福祉サービスの
 現状把握と発展可能性に関する調査研究』


 です。

 今夜ついに
 第1回目の調査企画委員会がスタートしました。


 この調査研究の意義はとても高い
 とフジノは考えているのですが

 実際に外部からも評価していただいている証拠として
 平成22年度三菱財団社会福祉事業・研究助成を受けています。

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 知的障がい・身体障がい・精神障がい、
 この3つの障がい種別ごとに
 福祉施策はバラバラに行なわれてきたのですが

 それを共通の仕組みにしようという改革が
 ここ数年、強く進められました。

 しかし、本来であれば
 『3障がい』の一元化は良いことであったはずなのに

 3障がいの中で
 最も立ち遅れていた精神障がいに対する福祉サービスは
 他の障がいの狭間に埋もれてしまいました。


 これは、全国の精神保健福祉の関係者のみなさまが
 強く実感しておられることだと思います。

 けれども、その実感をデータとして示せるものがありませんでした。

 これから平成24年には『障害者自立支援法』を廃止して
 新たに『障がい者総合福祉法(仮称)』を制定することが
 政府の方針になっています。

 けれども、精神障がいのある方々の福祉の向上を目指す上で
 制度的な格差の実態が把握されていません。

 是正をはかるための
 基礎的な資料すらありません。

 かつて障害者自立支援法が成立する前には、

 保健所をはじめ、都道府県・市町村レベルでの単独事業なども含めて
 実態把握が行われてきました。

 その後、障害者自立支援法の施行によって
 精神障がいのある方々への福祉サービスがどのように変化したのか

 都道府県・市町村と保健所や福祉事業所が
 どのように連携しているのか

 などの実態は、全く不明になってしまっています。
 厚生労働省をはじめ、どこも把握していないのです。

 そこで、この調査研究で

 都道府県・市町村、保健所、福祉事業所の
 取り組み状況の実態を調査によって明らかにすることを目指します。

 実態を把握することによって
 都道府県・市町村と
 保健所や福祉事業所がどのように連携すべきかを提言していきます。

 精神障がい者福祉サービスの再構築に向けた方向性を
 提言していく為の初めての取り組みになります。

 この調査結果は
 報告書を作成して、全国の関係機関に配布します。

 (画像:第1回委員会の様子)


 調査企画委員会のメンバーは
 次の通りです。

 相川 章子さん(聖学院大学人間福祉学科・准教授)

 市川 俊幸さん(神奈川県精神障害者家族会連合会・会長)

 伊東 秀幸さん(田園調布学園大学人間福祉学部社会福祉学科・教授)

 内山 澄子さん(全国精神障害者地域生活支援協議会・常任理事)

 園 環樹さん(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
          社会復帰研究部協力研究員)

 藤野 英明 (横須賀市議会議員)

 山下 俊幸さん(京都市こころの健康増進センター・所長)

 渡辺 由美子さん(南八幡メンタルサポートセンター)



 こんなすごい方々に囲まれて
 フジノは若輩者で頼りない存在ですが

 きっとこの調査研究の意義を
 広く社会に伝える役割を求められて
 委員会メンバーに選ばれたのだと思いました。

 フジノのできる全ての方法で
 この調査研究を発信していきたいです。


 そして、強力な事務局メンバーはこちらです。


 大島 巌先生(日本社会事業大学・教授)

 桶谷 肇さん(NPO法人地域精神保健福祉機構・事務局長)

 重田 史絵さん(NPO法人地域精神保健福祉機構)


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 歴史的な調査に関わることができることを
 誇りに感じます。

 10年ぶりの調査の再開、であると同時に
 障害者自立支援法がスタートしてから初めて行なわれる
 全く新しい調査でもあります。

 この調査が正確な現状を映し出すものとなって
 精神障がいのある方々の福祉サービスを
 より良い方向へ変えていく大きな力となることを

 心の底から強く願っています。

 どうかみなさま、期待していて下さいね。



2011年1月16日(日)のフジノその2
● デフ・パペットシアター・ひとみへ

 手話サークルで活動をしている方々に
 お招きいただいて

 汐入のベイサイドポケットで開かれた
 『デフ・パペットシアター・ひとみ』の公演を観てきました

 一言で『デフ・パペットシアター・ひとみ』を紹介するとすれば

 ろう者(耳が聞こえない人)と聴者(聞こえる人)が協力して
 公演活動を行っている日本で唯一のプロ人形劇団


 という感じでしょうか。

 手話という言語の持つ音楽性や芸術性の高さについては
 これまでもフジノは深く感じさせられることがありました。

 でも、今日は手話でもありません。
 セリフは全く無いとのことでした。

 一体どんな演劇になるのでしょうか?

 頂いたチラシには、

 聴覚に障がいのある方々も無い方々も
 ともに楽しむことができる
 今までに全くない新しい人形劇、

 という、うたい文句が書かれていました。

 不安と期待が入り混じった気持ちで会場に向かいました。



 今日の作品のタイトルは
 『はこ/BOXES じいちゃんのオルゴール♪』です。

 ストーリーは、時代の流れの中での家族についてです。
 昭和初期の頃からスタートして、現代までが舞台です。

 電化製品が全くなかった頃は
 いろいろなことに労力と手間がかかりました。

 それが技術の進化と共に
 便利なものが増えていきました。

 洗濯機、白黒テレビ、冷蔵庫の3つの電化製品が
 『三種の神器』と呼ばれた1950年代、

 それらを持っていることが幸福の象徴でもありました。

 けれども、現代では技術の進化は
 人々のあいだに『孤立』を生みだしています。

 同じ部屋に家族が過ごしていても
 もはや全く別々の事に関心を持ってお互いに孤立しています。

 そんな家族をつなぐものが、タイトルにある
 おじいちゃんのオルゴール、というシンプルなストーリーです。

 ある意味、ありがちなストーリーです。

 これをセリフがひとこともない人形劇で
 お客さんを退屈させずに
 2時間で表現できるのでしょうか?



 と思ったら、それは完全に杞憂に終わりました。

 素晴らしい。その一言に尽きました。

 会場には小さなお子さん連れの家族がたくさんいましたが
 場内は何度も何度も笑いが巻き起こりました。

 そして、フジノは何度か涙が出ました。

 笑いと、涙。

 セリフが無かったことなんて全く気になりませんでした。
 これは本当にすごい演劇です。

 感動しました。

 フジノが転職する前の仕事は
 映画・演劇の会社でしたから演劇もたくさん観てきました。

 月1回は帝国劇場でミュージカルを観るような
 演劇好きな方々にはうらやましがられる恵まれた仕事でした。

 (でも、仕事で観ると苦痛だったりするのです)

 そんな風にたくさん観てきた中でも
 この作品は全く引けを取らない名作だと感じました。

 これ以上、説明をするのは控えたいと思います。
 何故なら『あなたにも実際に観てほしいから』です。

 フジノが受けた衝撃を
 あなたにも体感してほしいのです。

 ユニバーサル社会にふさわしい
 素晴らしい演劇でした。

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 公演終了後、この感激を直接にお伝えすることができました。

 『デフ・パペットシアター・ひとみ』代表の
 善岡修さんにお会いすることができました。



 そこで、フジノは自らが最大のバリアになってしまいました。
 手話で話すことができなかったのです。

 手話が話せる方にあいだに入っていただいて
 フジノの想いをお伝えしました。

 ああ、手話を学ぶことはもう8年前からの課題なのですが
 いまだに実現していません..。

 そうか、聴覚に障がいのある方々は
 カフェトークにも参加できないのですよね。

 僕自身が学ぶだけでなくて、
 ユニバーサル社会では当たり前の情報保障を実現しなくては...。

 ●

 次回の公演は4月8日(金)〜10日(日)に
 代々木の全労災会館スペースゼロで

 『森と夜と世界の果てへの旅』

 30周年記念作品です。

 (登場人物の1人の人形と一緒におじぎをするフジノ&善岡さん)


 『デフ・パペットシアター・ひとみ』、
 本当におすすめです。ぜひご覧くださいね!



2011年1月16日(日)のフジノその1
● おんべ焼き@長沢!

 去年に続いて、北下浦海岸のお正月の風物である
 『おんべ焼き』に行ってきました。

 無病息災、家内安全、商売繁盛を願う
 お正月の大切な行事です。

 けさは5時に起きてお正月飾りを持って
 大好きなシーサイドキッチン『RICE』のみんなと長沢に集合しました。

 それにしても寒かった!

 家を出るまではまだ眠くてしかたがなかったのですが、
 バイクで移動を始めるとすぐに
 あまりの寒さに眠気が吹き飛びました。

 さてさて。

 おんべは高さ10mにもなるので、
 かなり離れた場所からもその姿が見えてきます。

 テンションが上がります。



 朝6時半。

 点火役の方々が歩み出て、おんべのまわりに立ちます。



 そして、点火!

 この様子はぜひ動画で
 ご覧下さいませ。
    ↓


 日が昇る前の真っ暗な空に浮かび上がる炎は
 素晴らしい美しさです。



 バチバチと大きな音で燃えていきます。



 炎の鳥のような姿です。



 早朝ですごく寒いのにもかかわらず、たくさんの人出です。
 長年にわたって愛され続けてきた伝統行事です。



 1月の上旬、久里浜から北下浦にかけて
 おんべ焼き・どんと焼きが数か所で行なわれます。

 先週の野比海岸おんべ焼き
 約束していたのに、朝起きれず(涙)。

 だから、けさの長沢おんべには絶対に行きたかったのです。

 それともう1つ。

 おんべ焼きは場所によって、
 やり方が少しずつ違うというのを聴いていました。

 海岸線にそって数か所でひらかれているのですが
 距離にしたら数百メートルくらいしか離れていないのに『違い』がある
 というのを体感したかったのですね。



 今年もおんべに来れて、本当にうれしかったです。

 10mくらい離れてもすごい熱が伝わってくる
 この感覚はやっぱり体験しないと分からない喜びです。

 これを読んでいるあなたも
 来年はぜひ現地に来て下さいね!



 さて、おんべ焼きの魅力は、やっぱりおもちです。
 おんべの炎をみんなで分けて、おもちを焼きます。



 そうしているうちに、海の向こうから太陽が出てきました。
 日の出です。

 フジノは実家がすぐそばにあるので
 高校時代にはよく野比海岸で徹夜して、朝日が昇るのを見ました。

 いつ見ても、日の出はいいですね。
 なんかとてもハッピーな気持ちになれます。



 チームRICEのみんなが1月2日についたおもちを
 網にのせて、焼きました。



 熱々でおいしい!



 竹筒に日本酒を入れて熱燗、というのも
 すごくいい感じでした。



 僕たちの網に、地元の方々がどんどん食材を入れて下さいました。
 コマイ、入りました。



 ソーセージ、入りました。



 ベーコン、入りました。



 そして、サバ。



 いやあ、写真をとるヒマが無いくらいに
 朝から食べまくりました。

 さて、おんべは点火から約2時間半、
 ようやく炎が穏やかになってきました。

 そこで最後の行事です。

 おんべのてっぺんにある『松』を取れたら
 この1年間、幸せになれるのです。

 このてっぺんをみんなで取りに行きます。
 



 松、ゲットです。
 これで今年1年、みんなが幸せになれますよー!



 海、伝統行事、温かい人、これが横須賀の魅力です。

 ずっと住んでいると当たり前のことに感じてしまうのですが
 こんなにすごい魅力があるまちはなかなかありません。

 いいまちです。

 毎年おんべ焼きは週末に行なわれます。

 市内に暮らしている方も、市外で暮らしている方も
 これを読んでいるあなた、ぜひ来年はおんべを体感しに来て下さいね。



 さあ、今日も仕事をがんばろう!



2011年1月15日(土)のフジノその2
● 15周年おめでとうございます!make me smile jazz orchestra

 フジノの高校時代からの親友の1人が
 当時からずっと楽器を演奏し続けています。

 大学時代に彼はジャズを演るようになったのですが
 ライブがあるたびに必ず聴きにいっていました。

 友達だから、というよりも
 彼の演奏スタイルはとてもクールでカッコよく大好きだったからです。

 その姿を観たくて、他大学の学園祭にも
 僕は1人で演奏を聴きに行っていました。

 社会人になってからも
 彼はサークル仲間らと忙しい時間をぬってバンドを継続して
 ライブも数年おきに開いてきました。

 2003年、2005年、2008年、と
 数年に1回しかないライブなので

 どんなことがあっても毎回絶対に行くようにしてきました。

 そして今日、なんと15周年記念ライブでした!



 『make me smile jazz orchestra』のみなさま、
 15周年おめでとうございます!

 ずうっと応援してきましたし、これからも応援し続けます。



 だから、「次回の開催は20周年記念ライブだ」なんて言わずに
 せめて2年後くらいにまたライブやってくださいね。

 楽しみにしています!

 ビックバンドは本当にいいですね!



2011年1月15日(土)のフジノその1
● 人生に「セカンドチャンス」はあるか

 今日は、東京・池袋の立教大学へ行きました。

 フジノは『少年院』に関わりのある方々に対して
 長い間ずっと関心を持ち続けてきました。

 少年院に入院した少年たち、
 被害者の立場に追い込まれた方々、
 教官ら働いている方々。

 この3つのそれぞれの立場の方々と
 フジノは個人的に親しく交わりを持ってきました。

 政治家として、政策として、
 具体的に何かを取り組むというところまでは
 まだ自分の中で昇華されていなくて

 あくまでも個人としてなのですが

 全国に9つしかない女子少年院を見学したり
 教官の方々と意見交換をしたり、いろいろなことを考えてきました。

 そんなフジノの関心に
 深い関わりのある活動を続けてきた団体が
 このたびNPO法人になりました。

 今日は、その設立記念イベントだったのです。

 『少年院からの社会復帰と、当事者支援の可能性』

 〜少年院出院者の全国サポートネットワーク「セカンドチャンス!」設立記念イベント〜

 です。

 (プログラムなどはこちらをご覧ください。
  NPO『セカンドチャンス!』のHPはこちらをご覧ください)



 小学校1年生の5月に転校をしなければならなかった僕は
 もうクラスの枠組みが完全にできている中で
 友達ができなくて、孤立していました。

 学校の外の駄菓子屋で過ごすうちに、
 一緒になって遊んでくれた友達ができました。

 彼は、転校生だとかそういう色眼鏡で僕を見ることは無くて
 それが僕にはとてもうれしくて、仲良くなりました。

 こうして、数名の友達ができました。

 世間から見れば、いわゆる不良のこどもたちです。
 でも、当時の僕には(いや、今も)
 彼らがいなければ
 完全にひとりぼっちの存在でした。
 彼らに僕は救われたといってもいいのです。

 その彼らがやがて小学校高学年から中学生になる頃、
 少年院に行かねばならなくなりました。

 最初は短い期間でした。
 次は長い間、学校に戻ってこれませんでした。

 それが社会的にどういう意味を持つのかは
 中学生になった僕には理解できるようになっていたのですが

 それでも僕にとっては数少ない大切な友達で、
 とても周りが決めつけるような悪人とは思えなかったのです。

 出院するたびに連絡をもらっていましたが
 少年院がどういう場所なのかを詳しく知ったのは
 大学生になって勉強してからでした。

 (少年院のことは全く知られていません。
  そもそも矯正教育という教育施設であることさえ
  正しく理解はなされていません。これは変えなければいけません)

 教官をしている方々とも福祉の勉強を通じて出会い

 政治家になってからは
 犯罪被害に遭った方々の支援をする中で
 少年非行の被害を受けた方々とも出会いました。

 これら3つの立場の方々との関わりを通じて

 「少年が犯す犯罪であっても厳罰化しろ」というような
 マスメディアが言うような単純な対応では何も変えられない


 と改めて確信するようになりました。

 1997年から2000年にかけて
 世間を大きく騒がせた
 いくつかの凶悪な少年犯罪によって、厳罰化が進みました。

 マスメディアが大きく取り上げ続けて、
 世論もそれを強く支持しました。

 けれどもフジノは、
 それだけでは何の解決ももたらさないと確信しています。

 犯罪被害に遭った方々を支援する取り組みを
 より広く、より深く、一刻も早く最優先で行なうこと
と同時に

 加害をした人々の再犯を防ぐ取り組みも
 もっと積極的に行なっていかなければならない
と信じています。

 社会的に排除しても、
 解決には決して近づかないのです。

 それは、DVの問題においても共通です。

 被害に遭った方々を守ると同時に
 加害の側に立つ人々への対策も必要不可欠です。

 そもそも加害を減らすことと共に
 加害の側に立った人を
 2度とそうならないようにする取り組みが重要なのです。

 1つの犯罪からもう被害者の立場になる人を生みだしたくない。

 被害・加害どちらの側からもこれは共通の想いです。

 NPO『セカンドチャンス!』の活動というのは
 そうしたフジノの想いに改めて力をくれました。

 人生に2度目のチャンスは、必ずあるはずです。

 決して少年院を出院した方々だけでなく
 全ての方々にとって、必ずセカンドチャンスはあるはずです。

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 NPO『セカンドチャンス!』は
 実際に少年院を出院した当事者の立場の人々が
 同じ立場の人々と集い、
 居場所をつくり、
 社会復帰をめざす活動を行ないます。

 NPO代表は、津富宏さん(静岡県立大学・准教授)です。

 かつてフジノを大学に招いて下さった方
 カフェトークにも来て下さったことがあります。

 少年院の教官を
 20年以上にわたって勤められました。

 出版された『セカンドチャンス!』の本も読みましたが

 「そうか、津富先生の少年院の教官としての20年の経験というのは
  ここにたどりつく為にあったのかもしれない」

 と感じさせられました。

 この活動が正しく評価されて
 世間に受け入れられ、
 出院した方々だけでなく、社会の全ての方々にとって
 より暮らしやすい社会になることをフジノは強く願っています。



 NPO『セカンドチャンス!』設立について
 報じてくれた2つの新聞記事を紹介します。

 (2011年1月6日・毎日新聞より)

 (2011年1月6日・朝日新聞より)

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