まちの政治家は、こんなことしてます![]() |
![]() |
藤野英明、35歳。ただの元会社員。 29歳の時に市議会議員になりました。 思うところあって 政治という『手段』に挑戦することになりました。 ネガティブなイメージばかりの 政治という業界に しろうとがどこまで通用するのか? その挑戦の一部始終、 ありのままの姿を ここで伝えていきたいと思います。 (横須賀市議会でたった1人だけの、 どんな政党とも組織とも関係ない無所属です。) |
|
|
|
| 2009年7月2日(木)のフジノその3 |
| ● 自殺対策連絡協議会でした/フジノの提案がたくさん実現しました! フジノのライフワークである『自殺予防対策』について 毎日毎晩ふだんから選挙中でも対応をしているのですが なかなかこうした活動日記の場に 記すことはできません(個人情報を守ることの方が大切です)。 某市の自殺対策担当の職員の方から 「フジノさんは自殺対策の地方議員有志の会の代表を辞めて 今は自殺対策にはあまり関心が無いのでしょうか?」 と質問されてしまって、大きなショックでした。 フジノの人生をかけた仕事は 政治家でも福祉職でも心理職でもどんな手段であっても良いから この国から自殺をゼロにすることです。 関心が無くなったかのように見えているのだとしたら それはフジノの情報発信の仕方が悪いのです。ごめんなさい。 くりかえしますが、フジノの人生をかけた仕事(=ライフワーク)は 『自殺予防対策』を推進して、この国から自殺をゼロにすることです。 そんなフジノにとって今日は、 公の場でひらかれた会議がありましたので 久しぶりに自殺予防対策について活動日記で報告することができます。 2009年度の第1回目の 『自殺対策連絡協議会』がひらかれました。 これはわずかに年2回しか開催されないのですが、 とても重要な会議です。 あらゆる立場の方々を顔と顔が見える関係に結びつけていく為の、 生きやすい社会をつくっていくネットワーク組織なのです。 ----------------------------------------------- ![]() 今日のプログラムは、こんな感じでした。 1.健康福祉部長からのあいさつ 2.今までの取り組みの報告(事務局から) 3.自殺対策の必要性について(大滝先生・湘南病院副院長から) 4.議事 (1)委員長・副委員長の選出 (2)2009年度の重点施策の取り組みについて (3)自損行為における救急の取扱い状況について (4)警察庁統計「08年中における自殺の概要」について (5)政府による『地域自殺対策緊急強化交付金』による 横須賀市が行なう予定の緊急強化事業について (6)分科会の設置について (7)その他 傍聴者は、フジノを含めて6名でした。 一般の方1名を除くと 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の 現代表である川口洋一さん(大阪府・高槻市議会議員)、 全国初の『自殺対策条例』を施行してから1年が経った 平塚市の市民部くらし安全課から3名(ありがとうございます!)、 今回もこうして他都市から 複数の方々が横須賀市の取り組みを視察しに来て下さいました。 本当にありがとうございます! (つづきます) |
| 2009年7月3日(金)のフジノその1 |
| ● 杉本副市長が辞任へ/忠臣はニ君に仕えず... 蒲谷市長をこの4年間にわたって支えてきた杉本副市長が、 一身上の都合ということで辞表を提出し、受理されました。 蒲谷市長と共に、7月9日付けで退任となります。 (全市議会議員あてに配布された資料はこちらです) 昔からわが国には『忠臣はニ君に仕えず』という言葉があります。 蒲谷市長を支える為に忠誠を尽くしてきた以上、 新たに雄人(吉田雄人・新市長)に仕えることはできない、 という杉本副市長の姿勢は まさに武士道の精神なのだと思います。 政治家としてフジノは 杉本副市長の決意をこころから尊敬いたします。 杉本副市長についてフジノが最も鮮明に覚えていることは 2007年8月の出来事です。 蒲谷市長へフジノはある抗議文を提出に行ったのですが 公務の都合で市長のかわりに杉本副市長が受け取った時のことです。 ------------------------------------------------ (当時の活動日記から引用します) 蒲谷市長ではなく、杉本副市長が抗議文提出の場に来ました。 抗議文章を読み上げた後、 一柳議員とフジノが一言ずつ市長に対する抗議を述べました。 「この場では議論をしない」 と、事前に杉本副市長とお互いに約束してたのですが 結局、一柳議員もフジノも副市長も熱くなって 立ったまま、反論の応酬になってしまいました。 でも、そういう杉本副市長の姿勢(本気での反論)は フジノはキライではありません。 フジノたちは本気で抗議している訳です。 だから、杉本副市長が本気で反論してくるのは当然のこと。 仕事に熱心な訳ですから。 (引用おわり) ------------------------------------------------ こうして、本来は紳士的にただ提出するだけの抗議文を間に フジノは激しく杉本副市長と議論をしたことを 今でも鮮烈な印象と共に憶えています。 フジノはこういう熱い職員の方が大好きです。 杉本副市長はまさにそうした熱い職員のお手本のような方でした。 あらゆる機会に蒲谷市長の盾となって 様々な意見や批判を受け止めてきた杉本副市長の姿を思い出します。 さらに、多発するアメリカ兵の犯罪を防止すべく立ち上げた 『基地周辺地区安全対策協議会』では 杉本副市長みずからが委員長となって 安全対策についてまとめていった姿も印象に残っています。 ● 今日、フジノは雄人(吉田雄人・新市長)と共に 選挙事務所の閉所にともなう当選報告会で数時間を過ごしたのですが やはり杉本副市長の辞任についても 話題になりました。 雄人もまた 「杉本副市長の辞任は、すでに決定してしまってから聞かされた。 けれども、せめて、慰留させていただきたかった」 と述べていました。 フジノも同じ想いです。 杉本副市長、これまで横須賀市の為に 本当にありがとうございました。 たとえ手段や方向性は違くとも、 このまちを愛して、このまちの為に体をはって働いて下さった先輩に こころから「おつかれさまでした」と申し上げたいです。 ありがとうございました。 |
| 2009年7月2日(木)のフジノその2 | ||
| ● フジノは誰とも「会派」を組みません 昨日、Twetterではすでにお知らせしたことなのですが これまで会派『新政会』に所属していた 神保さん(神保浩・市議会議員)が、離団しました。 会派『新政会』は 蒲谷前市長と政策協定を結んでいたにも関わらず 神保さんが雄人(吉田雄人・新市長)の選挙応援にまわったことの 責任を取るということなのでしょうね。 けさ、改めて新聞報道がなされていました。 (2009年7月2日・朝日新聞・朝刊より)
(2009年7月2日・神奈川新聞朝刊より)
前回の活動日記で フジノは『与党にならない宣言』をしましたが もう1つ、市民の多くの方々から誤解されていることを ここでしっかりと宣言しておきたいと思います。 フジノは、誰とも会派を組みません! 雄人を応援した3人で、つまり ・神保ひろし議員 ・浜野まさひろ議員 ・フジノ で、新しい会派をつくるのだというデマが流されています。 これは、100%のデマです。 フジノは今日、正式に市議会事務局に対して 担当者を通じて、議事課長、議会事務局長に対しても 「このまま絶対に無所属で僕はいきます」 とお伝えしました。 すでにフジノは2003年の初めての立候補の時に このようにハッキリと市民のみなさまに宣言しています。 > (1)立候補した時に『無所属』と名乗った以上、 > 最期まで『無所属』を貫きます > > 当選してから突然に会派に入ったりするのは、 > 数合わせに過ぎないし、立候補した時点ではっきりするべきことです。 > > 当選した後から会派に入るのは『公約違反』だ > とフジノは考えています。 フジノは途中で信念を曲げるつもりはありません。 浜野議員とも、神保議員とも、いや、誰とも会派を組みません。 3人と雄人のカンケーというのは あくまでも選挙において 勝手連として応援した、というだけのことです。 マニフェストを実現していくのは 市長と市議会の議論によって成されていくもので 古い政治のように、数の力で押し切るような バカげたことはもう繰り返してはいけないのです。 ------------------------------------------------ 政策集団としての会派づくりという動きが 全国の先進的な地方議会では行なわれているようですが ただ、横須賀市議会の場合では 会派の名前を見ていただければお分かりいただけるのですが 国の政党の名前をそのまま 『〜党市議団』とか『〜党横須賀市議団』といったように 名乗っていて フジノはそれらをもって 『政策集団』と受け止めるのはいかがかと考えています。 したがって、そうした会派をつくることよりも 横須賀市議会議員すべてが 1つの横須賀市議会という会派であるべきです。 そして、市長という巨大な権力組織を チェックして、政策提案を行なっていくのが、総体としての市議会です。 少なくとも本来あるべき市議会の姿とは そうした姿だと考えています。 ですから、フジノは政治信念として 絶対に会派には所属しません。最後まで無所属を貫きます。 |
| 2009年7月2日(木)のフジノその1 | ||
| ● フジノは「与党」なんかにはなりません 多くの市民のみなさまが誤解しておられるので ここではっきりとご説明させていただきます。 『地方政府』というのは、 『市長が率いる行政』と『市議会』によって構成されています。 『国の政府』とは違って、 『総理大臣』の味方である『与党』とか敵である『野党』というものは 『地方政府』には、そもそも存在していません。 (図解・地方議会改革、江藤俊昭著、学陽書房、2008年、P26より)
それなのに、市議会に 市長の与党とか市長の野党という派閥があったのは 古い政治家が権力者(=市長)とべったりくっついて まちがった政治を行なってきたからです。 本来、憲法・地方自治法に示された 在るべき姿とは、地方政府には与党も野党も存在しません。 あるのはただ2つだけ、 『市長』をリーダーとする『行政』と 与党も野党も存在しない意思決定機関としての『市議会』だけです。 ですから、今日の神奈川新聞の連載を読んで フジノは激しい違和感を抱きました。 タイトルは『少数与党』です。 (2009年7月2日・神奈川新聞より)
記事の内容によれば、 雄人を応援した市議は3人しかいないので 市議会の大多数が『野党』である為に マニフェストの実現は難しいのではないか、いう内容になっています。 ということは、自動的に雄人を応援した3人(含むフジノ)は 『与党』という扱いにされています。 待って下さい! フジノは『与党』になんかなるつもりはありません。 歴代市長(沢田元市長、蒲谷前市長)に対しても 正しいことは正しいと評価して、 間違っていることは間違っていると批判してきました。 雄人(吉田雄人・新市長)に対しても 常にフジノは厳しくチェックをしていきます。 フジノスタッフもみんな吉田新市長とフジノの 激しい論戦を期待しています。 また、雄人もフジノの性格は十二分に承知していて フジノが雄人の味方になんかならないことは分かっています。 選挙前に彼を応援する決心をした時から、 雄人とフジノの2人共にこれは合意済みです。 フジノは吉田新市長の提出する議案を 無条件に賛成するなんてことはありえません。 そもそも地方議会に、与党・野党というものは存在してはならないのです! フジノや雄人が実現したいのは、本当の二元代表制です。 本当の民主主義を実現したいのです。だからマニフェスト選挙をしました。 それを古い時代のまちがった政治手法である 市長の与党とか市長の野党とか、そんな昔の構図にあてはめないで下さい。 フジノたちが目指しているのは、本当の活気ある市議会です。 だから、吉田・新市長に無条件に賛成するなんてことはありえません。 |
| 2009年7月1日(水)のフジノその4 |
| ● 静岡県立大学で「講義」をすることになりました 人生とは本当に皮肉なもので、 上智大学大学院の退学が正式に決まったその数時間後に 静岡県立大学のA准教授からフジノに講義をしてほしい、 というご依頼を頂きました。 『人権問題を考える』という15回の講義のうちの1回を フジノがまるまる1コマ、語ってほしい、というものでした。 カリキュラムを見せていただくと、 ・人権とは何か ・部落差別と人権 ・アフリカと人権 ・少年司法と人権 ・女性の人権 ・ジャーナリズムと人権 ・障がい者と人権 ・薬物濫用者の人権 ・来日女性の人権 ・在日外国人と人権 ・性的マイノリティの人権 など、フジノの他のスピーカーの方々は素晴らしい方々ばかりで フジノが適任かどうか悩みましたが、 与えていただいたテーマが 『自殺予防』『精神保健福祉』についてでしたので フジノは「やるしかない」と決心しました。 12月中旬の予定です。 これまで市内のNPOや、秋田県、横浜市に招かれての講演ですとか 市内の小中学校でお話をしてきたことは何度もありますが 大学での講義を担当するのは、初めてです。 慶応大学SFCの教授になったアサノ知事から かつて2年連続で「講義でしゃべってよ」との ありがたいご依頼を受けたのですが その日がどちらも市議会の本会議とぶつかってしまって 実現しませんでした(アサノ知事との共演って、僕の夢です...)。 いずれにしても、政治家フジノの仕事は 自殺予防対策と精神保健福祉の向上について 全国を相手に広めていくことだと深く自覚しております。 がんばります。 ● 久しぶりにお酒を飲みました/そしてまたがんばるのだ でも、上智大学大学院を退学したことは 本当に苦しい出来事でした。 入試の勉強も2年間必死でがんばりましたし、 その努力も全てこれで消えてしまいました。 基本的には政治家になった時からフジノは 自分の欲求よりも 他人の希望の実現を最優先してきました。 そんな僕にとって、大学院で学ぶことは たった1つの『夢』であり『希望』でした。 しかも、退学の正式な決定が降りたその日に ありがたいお話なのですが、 大学での講義を1コマ受け持つというお話をいただいて 僕のこころは、やりきれなくなってしまいました。 そこで、今夜は20時すぎにいったん仕事をきりあげて 僕が本当に信頼している親友に会ってもらって 一緒にお酒を飲みました。 親友は、いかに僕が大学院で研究することを望んでいたかを 当時から知っていましたし、ずっと全ての相談を聞いてもらっていました。 けれども退学のことだけはまだ言えていなくて 今夜、とうとう聞いてもらいました。 4時間かけてビールを3杯しか飲まなかったのですが アルコールに酔うというよりも、人生の来し方を考えてしまいました。 一体、僕にはもう何が残っているんだろう。 僕自身には何の希望も見えない。 大切な人を自殺で亡くし、いくら自殺対策でがんばっても 彼女自身が命をふきかえすことは絶対にありえない。 やっと親子の会話ができるようになった3日後に 植物状態になってしまった父親との日々を通じて このまちの、いや、この国の介護・医療・福祉の問題に直面して 政治家としていくら特養の待機者を減らせたとしても もう僕の父親と会話をすることは絶対にありえない。 もともと政治家になんかなりたくなかった映画会社の社員が 突然に政治家に転職をしてしまったが為に たくさんの友達を失ってしまった。 どんなに努力をしても、 すさまじい努力をしたけれども友達との復縁はできなかった。 僕のアイデンティティは政治家ではないのに まわりの人々は日が経つごとに 僕を政治家としてしか見てくれなくなっていく。 一体、何なんだろう。 僕は全力で社会に対して『希望』を語り続けてきたけれど 僕自身には『希望』が何も見えないでいる。 そんな気持ちを、親友に聴いてもらいました。 僕が親友を絶対的に信頼している理由は、 親友はすさまじい苦労人で、でも決してそれを言葉にすることもなく、 いつも笑顔であろうと努力をしていて 年下ながらこころから尊敬できる存在だからです。 父や母やきょうだいなどの家庭環境のいろんな困難も 僕のうちと親友のうちとはとても似ていて それだけど親友は、笑顔で前に歩こうとしつづけている。 2人でお話をしたのは数年ぶりだったけれど、やっぱり会えて良かった。 ありがとう。 僕は1度この親友を失いかけてしまって 仲たがいしてしまったせいで、連絡も取れないし、音信不通になって でも、どうしても僕には必要だったので きっと何年かかっても待っていれば 同じこの空の下にいて、同じ空気を吸っているんだから いつか再会できると信じて、待ち続けてきました。 今こうして再び2人で会話ができるようになったことを 神様に感謝したいと思います。 お互いに忙しくて、会えるのはきっと年1回あるかどうか...。 でも、こうした親友がいるからこそ 決して訳の分からない政治屋になることなんかなく 僕は僕であることができているのだと信じています。 ありがとう、マイフレンド。 |
| 2009年7月1日(水)のフジノその3 |
| ● 大学院を「退学」しました 2007年に入学して2年間にわたって在籍してきました 上智大学大学院の博士前期課程(福祉政策専攻)を 昨日6月30日付をもって 正式に『退学』いたしました。 ![]() どんなにつらい内容であっても僕は公人ですから 学歴や職歴に新たに変更があれば きちんと「事実」を報告し、 その「理由」を説明する責任があると考えています。 そこで、退学に至った3つの理由をご説明いたします。 第1に、最大の理由は、『学費が支払えないこと』です。 政治家は高いお給料をもらっているんだから 大学院の学費ぐらい何とでもできるだろう、という偏見があります。 僕はクルマも持っていませんし、持ち家でもありません。 父の医療費を支払いながら、家族の生活を守っていくので精一杯で かねて申し上げている通り、 借金はあっても、貯金はありません。 もう今年はどうしても 大学院の学費を捻出することができませんでした。 それが『退学』の最大の理由です。 第2に、休学としなかった理由、『休学の費用も支払えないこと』です。 1年分の学費の支払いはムリだとしても いきなり退学を選ぶのではなくて 大学側は苦学生に対して細やかな配慮をしてくださっているので 『休学』という措置があります。 これは学費の5分の1だけ大学院に納めて、 大学院に籍を残して学生ではあるけれども ゼミなどには出られない状態を『休学』といいます。 けれども今年は休学費用もつくることさえ、どうしてもできませんでした。 だから、休学もいたしませんでした。 第3に、人として僕自身のこころの葛藤が許せなかったからです。 例えば、『父の医療費の1か月分』=『大学院の休学費用』です。 『父の医療費の5か月分』=『大学院の1年間分の学費』です。 上智大学院の福祉政策専攻において こころから尊敬するT先生のもとで 地域社会政策をもとに横須賀の自殺予防対策を研究することは 僕の夢でした。 だから、父の医療費のせいで大学院をあきらめることに とても怒りを感じることがありました。 父さえ、こんな状態じゃなければ...と。 あるいは、当初のドクターの見立てどおりに 2009年の今、すでに父が亡くなってしまっていれば学費が出せたのに、 ということさえ僕の気持ちの中には何度も浮かびました。 けれども、同時に僕にとって父の存在は 誰よりも大切な存在なのです。 大切な存在が死んでしまうことが イコール大学院の学費をつくることが可能になる、という現実がいつも 僕のこころを苦しめてきました。丸1年間、悩み続けました。 人のいのちを大切にすることを最大の人生のテーマにしている僕が 僕自身の欲求の為に父の死を願うようなことは耐えられませんでした。 この葛藤から自由になる為には、退学するしかありませんでした。 この3点から、大学院を退学いたしました。 ● 尊敬するT先生には感謝してもしきれません 僕の指導教授になって下さったT先生は かねてから先生の論文・文献をほぼ全てにわたって読んでいました。 T先生の研究テーマの1つである『地域社会政策』は 『自殺予防対策』とは地域ですすめていくものだと考えるフジノにとって 新たな視点・新たな道を拓いて下さったものでした。 論文や文献でしか知らないけれども 個人的にずっと尊敬していたT先生が教授をしていらっしゃる 上智大学大学院で学んでみたい と、2004年のある日、 夢物語かもしれないけれども考えるようになりました。 それから政治家としての仕事のかたわら 2年間をかけて必死に勉強を重ねて、公務の合間をぬって入試を受けて、 なんと、合格することができました。 しかも、念願が叶って、 T先生のご指導を受けることができるようになりました。 T先生のご活躍はとても有名ですから、 この福祉業界の方々ならば すでに『上智大学』『T先生』というイニシャルだけでも フルネームが分かっておられるはずです。それくらい素晴らしい方です。 そんなT先生ですから、ふだんは多忙を極める毎日です。 それなのに、今回の僕の退学騒動では 最後の最後の日まで、 なんとか退学にならないようにできないか、 研究生活に戻ってこられないかと、僕を激励し続けてくださいました。 その頃、僕は吉田新市長の誕生後のフィーバーに振り回されていて プライベートのことを考える余裕はまったくありませんでしたが T先生がわざわざ僕の携帯電話に留守番電話を残して下さったり、 メールにて「最後まであきらめちゃダメだ」と書いて下さったのを見るたびに こころがとても切なく、苦しくてたまりませんでした。 もともと僕は政治家にはむいていません。 やらなければならないことがあったから、 他に誰もやらないから僕がやるしかなかったというだけのことで (フジノが政治家に当選する前、このまちに 自殺予防対策は存在していませんでした) 本来、僕は政治家という職業をひどく嫌っていますし 自分がこの仕事を続けていく姿が想像できないことは この活動日記にもずっとくりかえし書いてきました。 T先生も僕の内面を深く理解して下さって 「いつでも政治家を辞めて、研究生活に戻ってきなさい」 と言って下さいました。 もう上智大学院生でも何でも無い一般人の僕に対して 「きみは私の弟子です。いつでも研究室に顔を出しなさい」 と言って下さいました。 尊敬する師匠の温かいお言葉に、 僕は泣けてしかたがありませんでした。 T先生、本当にごめんなさい。本当にありがとうございます。 いつの日にか、僕に学費を捻出できるような暮らしができる日がきたら もう1度、ゼロから入学試験を受けて、 もう1回、先生のもとで研究を続けたいです。 「学問は生涯を通じて行なうものだ。がんばりなさい」 というお言葉、いつも胸に刻んでいます。 T先生、そして福祉政策専攻のみなさま、上智大学院のみなさま、 ご迷惑をおかけしたことをこころからお詫びすると共に 政治家という激務をぬっての短い学生生活でしたが 本当にこころから感謝しております。ありがとうございました。 |
| 2009年7月1日(水)のフジノその2 |
| ● 北川正恭さんからお祝いの言葉をいただきました/横須賀市長選挙 今日は、いろいろなことがありました。 その中から2つのことをご紹介しますね。 早稲田大学マニフェスト研究所の所長であり、 わが国でのマニフェストによる政治を推進する活動のリーダーである 北川正恭さん(元・三重県知事)から、 お祝いの言葉をいただきました。 「今回の横須賀市長選挙ではマニフェストを前面に強く打ち出した マニフェスト選挙となったことをこころから歓迎しています」 本当にうれしく感じました。 ありがとうございます! 「もう『お任せ民主主義』は終わらせなければ日本の未来は無い!」 そんな想いで4年前、北川さんのもとに集って、 フジノは『ローカルマニフェスト推進地方議員連盟』のメンバーになりました。 4年前の市長選挙では、必死に働きかけたものの残念ながら マニフェスト選挙を実現できませんでした。 けれども今回の市長選挙では、絶対に実現すべく、 必死に各方面に働きかけました。 もちろん、フジノだけの成果ではありません。 マニフェスト選挙が成立する為には 1人の候補者がマニフェストを作るだけじゃダメなんです。 全ての候補者がマニフェストを作成して マニフェストをもとに政策を競いあって初めて実現するのですね。 そもそも広く社会全体にマニフェストへの理解が増したこともありますが 全ての候補者がマニフェスト作成に乗り出してくれたことに 本当に感謝しています。 これからの首長選挙(都道府県知事・市町村長)では もはやローカル・マニフェストは当たり前の存在『標準装備』です。 選挙の時に、ただ名前を繰り返し叫んでお願いするのは 本物の民主主義ではありません。 マニフェスト(市民のみなさまとの契約)を掲げて政策を闘わせる、 そのマニフェストをもとに市民のみなさまは自ら選択するのです。 お願いから約束へ、この流れを絶対に止めてはいけない。 そう信じて活動してきたフジノにとって 北川さんの労いのお言葉は、本当にうれしかったです。 --------------------------------------------------- フジノとしては、できれば可能な限り早い時期に 『吉田雄人・新市長と北川正恭さんとのマニフェスト対談』 が実現することを願っています。 この2人が対談することは、 日本全体のマニフェスト選挙を推進していく上で大きな意味があります。 なんとか実現に向けてセッティングができないものか、 フジノは本気でこの実現を願っています。 (今回の市長選挙におけるフジノの役割は 北京の蝶々になれたのではないかと密かに自負しています) ● 雄人は、マニフェスト音声版を作りました!/新時代のマニフェストへ どこのマスメディアにも報道されませんでしたし、 プレスリリースや発表も行なわなかったので、 このままでは誰にも知られないまま、 という事態に陥ってしまうので あえてフジノが書かせていただきます。 今回の市長選挙はまさにマニフェスト選挙だったのですが 各候補者がいろいろな冊子やチラシを作ったものの、 視覚障がいのある方々にとって、どれだけ届いたのでしょうか? そこで、雄人(吉田雄人・新市長)に対して 「視覚障がいのある方々にもマニフェストを読んでほしいので 何らかの形でマニフェストの音声バージョンを作ってほしい」 と提案したところ、雄人はその場ですぐに賛同してくれました。 絶対に1人の市民も見捨てない、という信念を持つ 雄人らしい即断だったと思います。 そこでフジノは 4月26日の横須賀市視覚障害者協会総会に来賓として招かれた時にも 「マニフェストをユニバーサル化します」 と、お約束いたしました。 とはいうものの、全国的に見ても マニフェストの音声バージョンを作るというのは聴いたことがなく 人手不足な上に(雄人の陣営はみんながボランティアでした) いろいろなスケジュールの関係もあって 作成は難航しました。 さらに、横須賀市視覚障がい者協会を通じて マニフェスト音声版をお渡しできたのは 日曜日が選挙スタートだったのですが その直前の木曜日となってしまいました。 (これはフジノの責任です。本来ならばもっと早くお渡ししたかったです。 本当に申し訳ございませんでした) けれども、 雄人がマニフェスト音声版を作って 視覚障がいのある方々にお渡しした という事実は もっと世間に知られるべきだとフジノは考えています。 どんな障がいがあろうと無かろうと このまちに暮らしている人は誰もが仲間なのです。 今後、全ての選挙において 選挙公報のスピーディーな音声化をはじめとして 障がいのある方々がもっと選挙に関わることができるように 最大限の合理的配慮を実現していかねばなりません。 こうした世間には知られていない活動も 雄人は一生懸命やってきました。 まさに『新しい横須賀』を創っていく為に 希望をかかげて市民のみなさまと共に歩んでいく新市長に ふさわしい行動だと感じています。 |
| 2009年7月1日(水)のフジノその1 |
| ● 新しい市長の次は、新しい国会議員の誕生をめざします! 政治家フジノの2009年の決意は、 「新しい横須賀のスタートは、新しい市長と新しい国会議員で!」 というものです。 政治家フジノにとって、新しい市長が誕生した今、 次の闘いは、新しい国会議員を生み出すことです。 つまり、4代目とはおさらばして このまちを小泉保守王国から市民の手に取り戻すことです。 (これはあくまでもフジノ1人の考えであって、 雄人(吉田雄人・新市長)の考えとは全くカンケーありません) したがいまして、新市長フィーバーがもうすぐひと段落したら フジノは個人として再び横くめ勝仁さんの応援に参加します。 何故、『個人』として、という言葉にこだわるかと言えば フジノは民主党という政党を信じていないからです。 今回の市長選挙での政党としての対応をみれば、 市民のみなさまだってフジノの想いに共感してくださるはず。 もはや都道府県知事選挙や市町村長選挙では 自民党には相乗りしないはずなのに 今回、横須賀市長選挙では現職市長を自民党と一緒に応援しました。 こうした一貫性の無さがとても信頼できません。 しかし、自民党の政策はもっと大キライです。 日本を破壊してきました。特に小泉元総理の5年間は最悪です。 だから、かつての国会議員選挙では 小泉元総理を倒すべく 2回にわたって立候補した天木直人さんを フジノは無所属として勝手連として応援してきました。 (当時の様子) ![]() さらに、今回の市長選挙の前に、 横くめさん(民主党・11区立候補予定者)をフジノが応援してきたのは あくまでも彼個人を応援しているのであって 民主党を応援しているつもりはありません。 (当時の様子) ![]() ● ところで、その4代目が今日のお昼、よりによって フジノがいつもカフェトークを行なっているカフェ『RRROOM』の どまん前で街頭演説を始めました。 ![]() おつきの人々にメガフォンを持たせながら 本人はマイクを握って、 街頭に出てきたミーハーな人々に手を振っていました。 フジノは昼ごはんを食べながらしばらく演説を聴いていましたが やはり、小泉元総理の政策を引き継ぐのだとよく分かりました。 フジノはカフェから道路に出て行って、 プロレスで言うところのシュートサインを4代目に向けて取りました。 つまり、「ガチンコで行くぞ」という意味です。 その後フジノは自宅に戻ったのですが、 さらに自宅のそばでも4代目の街頭演説が始まりました。 被害妄想的になってはいけないのですが まるで『宣戦布告』をされた気持ちになりました。 ● 選挙が続いてうんざりさせられますが このまちを変えるためには、リーダーを変えなければいけないのです。 まもなく行なわれるであろう、国会議員の選挙。 このまちが変われば、日本が必ず変わります。 だから、政治家フジノの使命として、 絶対に4代目を負かしてみせます。 この国をもっと良い国へと必ず変えていく為に。 |
| 2009年6月30日(火)のフジノ | |
| ● 雄人事務所は、7月3日(金)で閉所いたします/ご注意ください! 今日は、良いことも悪いことも 市民のみなさまに知っていただく為に報告したいことが たくさんあるのですが、体力が限界に来ている為、少しだけ...。 まず、雄人(吉田雄人・新市長)の当選にともなって 三笠通りにオープンしておりました 吉田雄人事務所は 7月3日(金)16時をもって、閉所させていただきます。 昨日の活動日記には 「ぜひ当選証書を事務所に見に来てください!」 なんて書いてしまったのですが、 あと3日間で事務所を閉じさせていただきます。 「この週末にでも観にいこう」と決めておられた方々、 本当にごめんなさい! ![]() ところで雄人の母校である 早稲田大学の正門は 『無門の門』といって、門柱や門扉が存在していません。 これは創立者・大隈重信の信念として 広く社会に開かれた大学であることを象徴しているものです。 早稲田大学の学生にはとても良く知られているお話です。 (現在も正門は存在していません) 同じように、吉田雄人事務所にも、 入り口にはドアやガラス戸などは一切なく 市民のみなさまが誰でもきがるに立ち寄れる 開かれた事務所として これまでオープンしてきました。 こうした気軽に誰もが立ち寄って このまちの未来を語り合える場所が無くなってしまうのは 本当に残念ですね...。 ● Twitter議員としてウィキペディアに紹介されました 県外の方から頂いたメールで知ったのですが インターネットのフリー百科事典『ウィキペィア』の中で フジノが『Twitter議員』として紹介されている、とのことでした。 さっそく見てみると、下の画像のとおりでした。
こうしたコミュニケーションツールを ビジネスの世界と同じかそれ以上に 政治の世界が活用していくのは当然のことだと信じています。 ただ、あくまでもTwitterもツール(道具・手段)でしかありません。 大切なことは「何を伝えていくか」です。 そうした『フジノの想い』については これまでも書いてきたとおりです。 これからもさらに市民のみなさまに必要な情報を スピーディーにしっかりと分かりやすく伝えていく努力を 重ねていきます! ● 週刊誌『AERA』の取材を受けました 1988年に創刊された雑誌『AERA』は、 小6か中1の時に、フジノが初めて父にお願いして 購読していた週刊誌です。 ふつうの創刊号の前に、ゼロ号とゼロゼロ号の2冊があって これもフジノは実家に保存してあります。 創刊号から数年間分は、 緋色の背景に『AERA』とシルバーの文字で記された 『AERA』専用のファイルを買って、ファイリングしていたものです。 最近は全く読まなくなって久しいのですが 特別な感慨を抱いている週刊誌です。 その『AERA』から、今日、取材を受けました。 たぶん、フジノの言葉は1行も載らないとは思うのですが 何となく父さんへの恩返しができたような気がして、うれしかったです。 昨年には文藝春秋社が発行している 『週刊文春』の取材を受けました。 この時に取材を受けることに決めた理由も テーマと同時に、父さんへの恩返しの気持ちがありました。 実際に父が愛読していたのは月刊誌の方の『文藝春秋』でしたが それでも父が読んでいた本に自分が取材されるということは 父への僕なりのささやかな恩返しに感じています。 これで来月の父さんのお見舞いに行く時の お土産話が1つ増えました。良かったです。 --------------------------------------------- その他にも良いことも悪いことも 市民のみなさまにお伝えしたいことがあるのですが 体力の限界なので、今日はここまで...。 明日からついに7月ですね。 どうかみなさま、お体に気をつけてお過ごし下さい。 りらっくす&ふぁいと、そしてスマイルですよ。 |
| 2009年6月29日(月)のフジノその2 |
| ● 新しい市長の誕生をYデッキでご報告いたしました けさは6時半から8時まで横須賀中央Yデッキにて 『新しい横須賀市長の誕生』を市民のみなさまにご報告いたしました。 昨夜はずっと市民のみなさまから続々と届くお祝いのメールに お返事を書いていて完全に徹夜だったのですが 気合いで駅へ向かいました。 何故なら、新しい市長の信念は『伝えていく政治』です。 勝手連のフジノも責任をもって雄人の想いを実践していかなければ。 けさは、これからお仕事へ向かう方々から たくさんのお祝いのお言葉をかけていただきました。 特に、うれしかったのは、若い市職員の多くの方々から ガッツポーズをしていただいたり、Vサインをしていただいたりしたことです。 本当にたくさんの若き市職員のみなさまに 応援していただいていたのだということを実感しました。 部局長クラスの幹部職員さんたちは、ちょっとシブい顔でしたね...。 でもこれからは、市職員のみなさまも共に こころを1つにしていくべき時ですよ! ![]() そして、たくさんの学生のみなさまにも 「おめでとうございます!」 「チェンジ!がんばってください!」 と、熱い声援をいただきました。 小中高校生みんなに愛されている市長というのは これまでこのまちには存在しなかったのではないでしょうか。 とても素晴らしいことです。 勝手連としてフジノが 市民のみなさまにお伝えしたことは次の3つです。 (1)市民のみなさまが新しい市長として選んだのは 若き挑戦者・吉田雄人33才であった、ということ。 (2)公職選挙法のきまりで、当選をしても お礼の言葉は述べるのは禁止されている、ということ。 (3)けれども市民のみなさまが新しい市長に望んでいるのは 『言葉』なんかではなく 希望のあるまちの実現という『結果』のはずですから 全力でマニフェストを実現していくことをもって 市民のみなさまへ恩返しをさせていただきたい、ということ。 たくさんの市民のみなさまから握手を求められたり 祝福のお言葉をいただくと共に、 フジノの言葉も みなさま笑顔で聴いて下さいました。 お礼の言葉こそ申し上げることはできないのですが、 感謝の気持ちがあふれそうになりました。 さて、雄人(吉田雄人・新市長)本人は、 地元である京急久里浜駅にて当選のご報告をいたしました。 その様子はフジテレビのニュースで放送されていましたので ご覧になった方も多いのではないでしょうか。 雄人は、すさまじい量のテレビニュースが流れまくってますね! 昨日の当選の様子(勝利のおたけびやら胴上げやら)が たくさんのテレビ番組で流れた為に、 雄人のそばにいたフジノの姿を見てくれた多くの友人たちからも 「見たよ!」メールをもらいました。照れますね(笑) ● 初登庁は7月10日(金)朝8時30分です! 本日、雄人は市議会議長・副議長へのご挨拶を行なうと共に 選挙管理委員会から『当選証書』を受け取りました。 ![]() これは、『雄人』が勝ち取った当選証書であると同時に 『市民のみなさま』が自らの手で初めてつかみとった当選証書なのだと フジノは考えています。 だから、市民のみなさまにも ぜひ実物をご覧いただきたいと思います。 吉田雄人事務所に掲示してありますので、 三笠通りの事務所にどうぞお気軽に遊びに来て下さいませ。 そして、もう1つのお知らせです! 雄人が新市長として市役所へ乗り込む日が決まりました。 (いわゆる『初登庁』ですね) ![]() よくテレビニュースとかでとりあげられている 初登庁の時にずらりと市民のみなさまが拍手して下さっているのは 市役所が仕切ってくれているのかと思っていたのですが 今日、確認したら、市役所は関係ないそうです。 という訳で、ぜひとも新市長・吉田雄人の初登庁を 市民のみなさまと共に迎えたいと思います! 詳しいことは決まりしだい、市民のみなさまにお伝えしますね。 |
| 2009年6月29日(月)のフジノその1 |
| ● 吉田雄人、横須賀市長に当選しました! 6月18日のこの活動日記にて 市長選挙へ立候補する為に 市議会議員を辞職した雄人に対して、フジノはこう記しました。 > 最高の「市議会議員」を失なった僕たちは > 最高の「市長」を新たに手に入れるのです。 > > 僕たちは、希望を失なったのではありません。 > 僕たちは、希望に向かって歩き始めたのです。 > > 今日からフジノは、この活動日記では > 雄人のことを『前市議』と記します。 > > でも、2週間以内にフジノは > 雄人のことを『前市議』と書くのをやめるでしょう。 > > 喜びとともに新たな肩書きで > 雄人のことを呼ぶことになるでしょう。 この言葉が昨夜、実現しました。 雄人(吉田雄人・前市議)が新しく市長に当選したのです。 新しい横須賀が、ついに始まります。 ![]() 雄人という 最高の「市議会議員」を僕たちは失ないましたが 最高の「市長」を僕たちは選び出しました。 フジノが雄人のことを「前市議」と書くのは、もうすぐ終わります。 そして、数日中に彼を「新市長」を呼ぶことになるのです。 フジノが記した言葉は実現しました。 新しい横須賀がスタートします! ![]() 僕たちは選挙を通じてずっと 市民のみなさまに、 「もう1度だけ政治を信じてください」 と、語り続けてきました。 テレビを観ればくだらない政治家のバカげた汚職ばかり。 政治不信が起こるのも当たり前です。 それでもあえて、 「どうかもう1度だけ、政治を信じて下さい!」 と、市民のみなさまに語り続けてきたのです。 そして、市民のみなさまは 僕たちの呼びかけに応えて下さいました。 小泉元総理が4回も応援にきた 自民・公明・民主などの政党あいのりの現職市長を選ぶのではなく 33才の若き挑戦者に このまちの未来を託して下さったのです。 ![]() 僕たちは、どんな政党とも組織とも団体ともカンケーありません。 ただひたすらこのまちを「チェンジしたい!」と願う ボランティアによる勝手連の仲間たちが雄人を応援してきました。 4月27日にフジノたった1人で始めた勝手連は 今ではこのまち全体に広がって 市民のみなさまみんなが勝手連として 雄人を応援して下さったことが今回の結果へつながったのです。 まさに、市民のみなさまの『勝利』です。 『希望』を感じられる横須賀を市民のみなさまと一緒に創りだす為に まずは新しい市長を選び出すことが必要だと申し上げてきました。 そして今、新しい市長が誕生しました。 まず第一歩が始まりました。 ● 大切な約束を実現していきます/公職選挙法でお礼は言えません 公職選挙法のきまりで、当選しても落選しても お礼の言葉やお詫びの言葉を述べてはいけないことになっています。 だから、ふつうの常識に照らしたら 大変に失礼なことだと分かっているのですが 僕たちは決して『お礼の言葉』を申し上げることはありません。 けれども、市民のみなさまが僕たちに望んでいることは お礼の『言葉』なんかでは無いのだと僕たちは知っています。 市民のみなさまが僕たちに望んでいることは 『行動』と『結果』を出すことにこそあると信じています。 このまちに『希望』を取り戻すことこそが 市民のみなさまへの最大の恩返しだと信じています。 この活動日記を書いている間も、 サイレンを鳴らしながら救急車が近くを走り抜けていきました。 今この瞬間も苦しんでいる方が 確実にいらっしゃるのです。 僕たちはその現実から絶対に目をそむけません。 僕たちは、当選という結果に浮かれたりはしていません。 僕たちは、喜びで我を忘れたりはしていません。 実は、政治家にとって『当選の喜び』なんて いつも一瞬だけで終わりなのです。 むしろ、当選のことはすぐに忘れてしまい、 新たに今すぐに実現しなければならない政策の数々のことで こころはすでに切り替わってしまうものなのです。 今すぐやらなければならないことが、このまちには山積みです。 市民のみなさまにお示しした『マニフェスト』を 実行していくことだけが、今、求められているのだと考えています。 必ず約束を実行していきます! (選挙期間中はホームページを更新してはいけない為に インターネット上には掲載していないのですが、毎日いつもどおり活動日記は書いていました。 これから数日かけて掲載していきますので、待っていて下さいね) |
| 市民のみなさまへ |
| ● 大切なみなさまへ 明日から、横須賀の未来を決める選挙が始まります。 公職選挙法のきまりがあって、21日から28日までは このホームページの更新ができません。 そこで、今日からこのホームページはお休みいたします。 けれども僕たちは1日も休むことなく、 いつだってあなたのそばにいます。 朝早くから満員電車で横浜や川崎や東京へ 仕事や学校に通う為に出発する あなたのそばに必ず僕たちはいます。 梅雨の雨がしとしとと降る日も あなたのそばに必ず僕たちはいます。 夏を感じさせる暑い太陽が照っているその時も、 あなたのそばに必ず僕たちはいます。 仕事の残業が長引いたりアルバイトが遅くなってしまって 終電ぎりぎりでようやく帰ってこれた深夜にも あなたのそばに必ず僕たちはいます。 僕たちはいつも必ずあなたのそばにいます。 僕たちは政治家であったこの6年間だけでなく、 このまちで生まれたその瞬間から、 このまちで暮らすみなさまと一緒に 同じ空気を吸いながら 同じ空の下を歩んできました。 これからもずっとこのまちを守る為に あなたと一緒に歩いていきます。 だから、1週間だけホームページの更新が止まっても 心配しないで下さいね。僕たちはいつもあなたのそばにいます。 ホームページを更新できないそのかわりに 僕たちはこのまちを走りまわって もっとあなたのそばへと向かいたいと思います。 みんなの想いを実現する為に 新しい横須賀が希望を感じられるまちになるように 僕たちは全力でこのまちを走りまわっていきます。 ● 僕たちの敵は、「孤独」「不安」「絶望」「希望の無い社会」です 僕たちの敵は、蒲谷市長ではありません。 僕たちの敵は、呉東弁護士ではありません。 僕たちの敵は、誰か特定の人物ではありません。 はじめからずうっと僕たちは、そう訴え続けてきました。 では、何が僕たちの敵なのでしょうか? 僕たちの『本当の敵』は、『希望の無い社会』です。 このまちに暮らす市民のみなさまを覆っている 『孤独』や『不安』や『絶望』です。 このまちでは毎年100人もの方々が 絶望や孤独に追いこまれた末に自殺をしています。 本当にたくさんのこどもたちが 不登校になり、社会的ひきこもりの状況に追い込まれています。 仕事を失なった多くの人々がハローワークに通っていますが、 いくらパソコンで検索しても求人は今日もありません。 平成町のハローワークの入口では たくさんの方々が肩をすぼめて、 これからの生活をどうしたらいいのかと不安を感じています。 家に帰ってもイライラした気持ちはおさまりません。 大好きな人と愛した末に結婚したはずなのに 愛する人への激しい暴力がふるわれています。 このまちにはドメスティックバイオレンス(DV)が たくさん起こっています。とても悲しいことです。 DVから女性を避難させる為のシェルターはいつもいっぱいです。 経済の不況や雇用の喪失がもたらした社会の不安は DVだけではなく、こどもたちへの虐待にもつながっていきます。 このまちでは、たくさんの児童虐待が起こっています。 ネグレクトは神奈川県でワースト1位の多さです。 そうした果てに、離婚せざるをえないご夫婦が 本当にたくさんいらっしゃいます。 けれども離婚もなかなかうまくいかず、 離婚が成立したとしても ひとり親のご家庭がこのまちで暮らしていくのは本当に大変です。 何度も書いてきたように ひとり親のご家庭に対するこのまちのサポートは ほとんど全く存在していません。 そんな現実によって このまちで暮らすたくさんの人々のこころに、 怒りや、不安や、あきらめの気持ちがあふれています。 この絶望や不安や孤独が 僕たちの本当の敵です。 --------------------------------------------------- 僕たちはこれまでずっと 『希望』が無くなりかけているこのまちの現実と闘ってきました。 僕たちは、こどもたちを守りたい。 僕たちは、愛する人を守りたい。 僕たちは、長生きをみんなで祝いたい。 僕たちは誰もがそんなささやかな想いを持っています。 だから、朝早くからつらくても体を起こして バスに乗って、電車に乗って、仕事場へと向かうのです。 だから、マクドナルドのハンバーガーで昼ごはんを済ませて 休む間もなく僕たちは働き続けるのです。 だから、残業代がつかなくても仕事を失わない為に 深夜遅くまでがんばっているのです。 汗にまみれて、泥にまみれて、目はかすんでしまっても、 苦しくても、つらくても、それでもがんばっているのは ささやかな幸せを守る為です。 それなのに、このまちはいつもそんな幸せを守りたいという ささやかな僕たちの想いを いつも政治・行政は 打ち砕いてしまおうとしてきました。 一生懸命に働いたお給料、そのお給料から税金がとられて、 その使いみちは、赤字を垂れ流すばかりの美術館やソレイユの丘...。 おかしい! そんなことに税金は使わないでくれ! 何故、税金をそんなことに使うんだ!やめろ! そんな当たり前の声をはりあげても 市役所には届きません。 それ以前に、実物の市長を見かけたことなんて1回もありません。 今の市長って、名前は誰か分りますか? あなたは市長の顔が分かりますか? 政治は、いつも僕たちの声を聴いてはくれませんでした。 僕たちのまちなのに、 僕たちの声は届いてはきませんでした。 だから、僕たちの敵は、『希望の無い社会』なのです。 今、このまちをおおっている 絶望、不安、孤独が、僕たちの本当の敵なのです。 ● 新しい横須賀を希望のあるまちへ、一緒に創りだしていきましょう! このまちの財政は激しい危機的な状態です。 神奈川県全体の人口は増えているのに このまちの人口は減り続けています。 働く場所はありません。 だから、若い人はみんな仕事を求めてこのまちを離れていきます。 財政が厳しいこのまちでは、医療・福祉・教育といった 暮らしに欠かせないサービスさえも削ってきました。 だから、僕たちはみんなこのまちに 希望を感じることができずにいます。 でも、こんな絶望的な状況は 必ず変えることができるのです。 僕たちは、必ずこのまちを変えることができるのです。 やれば、できるのです。 必ずこのまちを変えることができるのです。 今までの税金の使いみちは、 優先順位が明らかに間違っていました。 「ハコモノづくり」ばかりで 「人づくり」に税金を使ってきませんでした。 企業誘致には熱心でも 今この瞬間に仕事が無くて苦しんでいる人に 目を向けてきませんでした。 障がいのある方々、ひとり親のご家庭、高齢の方々、 追いこまれた末に厳しい状況になった人々への 優しさのこころが欠けてしまった政治・行政が続けられてきました。 でも、僕たちはこのまちに希望を取り戻したい。 僕たちはみんなそう願っています。 そんな当り前の願いを、 僕たちは実現していくのです。 革命のような変化は、起こせません。 明日になったら全てが急に良くなるなんて 夢みたいなことはできません。 僕たちが行なうことは、1つずつ問題を解決していくことです。 僕たちが行なうことは、1歩ずつ前に進んでいくことです。 税金の優先順位を、ゼロから見直していきます。 僕たちは本当に大切なことが何かを知っています。 毎日の暮らしの中に、答えはいつもあるからです。 1つずつ、1歩ずつ、僕たちはこのまちを 在るべき姿に戻していきます。 新しい横須賀、それは緑があふれて海が美しく輝く かつて存在したこのまちの姿です。 困っている人がいれば、誰かがそっと声をかける。 そんなかつてのこのまちの姿を取り戻します。 こどもたちを守ります。こどもたちはまちの宝物です。 こどもたちの笑顔を守る為に、僕たちは全力を尽くしていきます。 一生懸命に汗を流して働いている人々が 休みの日にはこどもたちと過ごせるようなまちへ 僕たちは変えていきます。 その為の具体的な手段は、マニフェストに記しました。 だから、どうかマニフェストを読んでみてほしいのです。 そして、僕たちは自分のこころに問いかけてみるのです。 毎日の暮らしの中で、 おかしいと感じること、苦しいと感じること、うれしいと感じること。 変えていくべきこと、守っていくべきこと、 それはいったい何だろうか、と。 僕たちはその答えをもともと知っているはずです。 そのこころの声に素直に従えば 必ずこのまちは生まれ変われるのです。 僕たちは、やればできるのです。 必ずこのまちに希望を取り戻します。 僕たちは、この人生の全てをかけて このまちをこどもたちに誇れるまちへと必ず変えてみせます。 だから、大切なみなさま。 これから1週間、僕たちのこころの底からの想いに どうか耳を傾けて下さい。僕たちは、あなたに伝えたいのです。 このまちが生まれ変われるということを。 あなたがもう1度だけ、政治と行政を信じようと思ってくれたなら 僕たちは全身全霊をかけて一緒にこのまちを変えていきます。 やがて、このまちに暮らすこどもたちが大人になる頃、 きっとこれからの1週間が変化の始まりだったのだ、と気づくでしょう。 一緒に、未来を創りましょう。 新しい横須賀を、僕たちみんなで! 2009年6月20日(土)23:57 横須賀市議会議員・無所属・藤野英明より |
| 2009年6月20日(土)のフジノその3 |
| ● 最後のミーティング@吉田雄人事務所にて 京急久里浜駅前での勝手連活動を終えた後、 久しぶりに吉田雄人事務所を訪れました。 明日からの1週間、『チーム雄人』のみなさんと一緒に フジノは勝手連としてこのまちを走りぬけます。 その勝手連としての活動を 『チーム雄人』のみなさんと一緒に打ち合わせをしました。 ところで、事務所の場所は、横須賀中央駅から徒歩3分、 三笠通りの入口の『サンマルクカフェ』のお隣りです。 大きな『チェンジ!』の看板が目印です。 ぜひあなたも1度いらして下さいな。 ![]() フジノはあくまでも勝手連ですから ほとんどこの事務所に来たことは無かったのですが オープン作業の間には何度か来たことがあったのですが がらんとして何も無かったあの空間が 今ではすっかりとても気持ちの良い場所になっていました! ![]() 入口にはマニフェストが置いてあるのですが 「ご自由にお持ち下さい/横須賀の希望、あります」 このキャッチコピーを考えた人、サイコーです! さすがだなあ、チーム雄人。 ![]() 壁には、市民のみなさまが送り返して下さった 激励のメッセージがたくさん書かれたハガキが貼ってあります。 そもそも僕たちが最初に配っていた ハガキの大きさの『マニフェスト骨子版』に加えて 新たにA4で15ページもある『マニフェスト解説版』を作ったのも 市民のみなさまから 「もっとマニフェストの内容を詳しく教えてほしい」 「もっと分かりやすく説明してほしい」 というご意見をいただいたからなのですね。 このハガキにはびっしりと市民のみなさまの 生の声が記されています。 怒りの声も、厳しいご意見も、全て読ませていただきました。 僕たちはいつだってこうして市民のみなさまの 生の声を聴かせていただいてきました。 これからもずっとその姿勢は変わりません! ![]() 雄人(吉田雄人・前市議)から ミーティングの冒頭に、みんなへの熱い想いが語られました。 (その率直な想いが語られているこちらのブログをぜひご覧ください) やがて、すぐに雄人は次の予定である ミニ集会へと出発していきました。 雄人はタフです。気力、体力、ともに抜群です。 (本当にいつ寝てるんだろう!) 僕も負けずに1週間、駆け抜けるぞ! 勝手連のみなさま、チーム雄人のみなさま、 りらっくす&ふぁいと、そして、スマイルでいきましょうね。 |
| 2009年6月20日(土)のフジノその2 |
| ● 涙があふれた京急久里浜駅前/チーム雄人プラス勝手連 今日はカフェトークを終えてから、 京急久里浜駅前で 『チーム雄人』のみなさんと一緒に勝手連の活動を行ないました。 フジノは、明日からの選挙本番を前に ノドを酷使しないようにと意識していたのですが 市民の方からのカンパを直接に受け取ったのをきっかけに 演説をしながら涙があふれてしまい、 いつもの絶叫調の演説になってしまいました。 ![]() 何故なら、カンパをして下さった3人の方々は みなさん、ご高齢の方々だったのです。 きっと大切な年金から、そのカンパをして下さったのでしょう。 僕はおじいちゃん子なので、 ご高齢の方々の暮らしがリアルにイメージできます。 なけなしの年金から 僕のおじいちゃんは自分の食費や生活費を一生懸命に削って もう35才にもなる孫の僕に お小遣いをくれようとするのです。涙が出てきます。 今日、ご高齢の方がわざわざお財布から 5000円札を出してフジノに「カンパとして使って下さい」と言われた時、 だから、僕は最初強くお断りしました。 「どうか、あなたのお孫さんの為に使って下さい」とお願いしました。 それでもその方は、このまちの未来の為に ぜひ使ってほしいとおっしゃるのです。 僕は、「本当に申し訳ございません。ありがとうございます」と 何度も何度もお礼をお伝えして、その5000円を受け取りました。 重い、重い、5000円でした。 その方とは別に、さらに合計2人の方が カンパをして下さいました。 僕は、演説の30分間ずっとそのカンパを マニフェストの裏側に持ちながら、その重みを感じていました。 ノドがつぶれても、血が噴きでても、 僕は声を限りに「このまちに希望を取り戻します」と叫び続けました。 ● 僕たちはネガティブキャンペーンを相手にしません! 今日は、不覚にも涙がボロボロと出てしまいましたが 僕たちは『笑顔の勝手連』なのです。 勝手連のメンバーのTさんが、 マニフェストを受け取ろうとしたフリをした心無い通行人から いきなりてのひらにライターの火をぶつけられました。 それでもTさんはくじけませんでした。 活動の最後までマニフェストを配りきって、笑顔を絶やしませんでした。 ![]() 僕たちが笑顔で無ければ、 市民のみなさまに希望を感じてもらえないからです。 この2週間、すさまじいネガティブキャンペーンや嫌がらせに遭いました。 でも、僕たちはそんなことに反論なんてしません。 誹謗中傷に対してつきあっているヒマはありません。 僕たちは、限られた1週間という時間の全てを 希望ある未来を市民のみなさまに語りたいからです。 僕たちは、絶対に負けない。 僕たちは、絶対に笑顔を忘れない。 何故なら、その先には新しい横須賀が待っているから。 希望を感じることができるまちへと生まれ変わるのだから。 |
| 2009年6月20日(土)のフジノその1 | |
| ● 財政再建、「ハコモノ」負担重く/神奈川新聞 毎朝とても楽しみにしていた神奈川新聞の 横須賀市長選挙の特集記事の連載の第5回目です。 フジノの初選挙(2003年)の選挙公約が この美術館建設ストップでした。 当選した直後から市長と激しい議論を続けてきました。 今の横須賀市の政治・行政の問題点は この美術館問題に象徴されています。 このまちは、いのちを守る為の政策に税金を遣わず、 税金のムダ遣いだと市民の誰もが分かっているのに その声に耳を傾けずにハコモノづくりをすすめてきた横須賀市長。 僕たちは、暮らしに本当に必要な福祉・医療・教育など 生きていく上で優先順位の高い政策へと税金の使いみちを正す為に 改革を訴え続けてきました。 雄人とともに美術館建設みなおしの活動を行なって たくさんの市民のみなさまのご協力をいただいて すさまじい数の署名をいただきました。 それでも、市長は市民のみなさまの声を聴きませんでした。 今度こそ、僕たちはこのまちの政治・行政を いのちや暮らしを守る政策へと優先順位を正していきます。 雄人(吉田雄人・前市議)はマニフェストの中で 「ハコモノづくり」より「人づくり」を目指した政策を掲げています。 フジノは雄人の政策と想いに、完全に賛同します。 (2009年6月20日(土)付・神奈川新聞より)
ハコモノを作るだけ作って、赤字を垂れ流しても 政治も行政も、誰1人として責任を取ろうとしないのが 今のこのまちです。 そして、すさまじい借金のつけは こどもたち、孫たちへと、どんどん受け継がれていくのです。 そんな今の横須賀は変えるべきです。 僕たちは、絶対に変えてみせます。 |
| 2009年6月19日(金)のフジノその3 | ||
| ● 公開討論会の様子が報道されました 昨日ひらかれた『ローカルマニフェスト型公開討論会』の様子が 神奈川新聞と朝日新聞で報道されました。 (2009年6月19日(金)・神奈川新聞より)
(2009年6月19日(金)・朝日新聞・朝刊より)
|
| 2009年6月19日(金)のフジノその2 | |
| ● 企業誘致、転入促進は難、人口減すすむ予測/朝日新聞 朝日新聞の特集記事 『42万都市の未来/09・横須賀市長選』の最終回は やはり横須賀市の人口減少についてでした。 YRP(横須賀リサーチパーク)にて 企業誘致には取り組んだものの 新たに横須賀市民として引っ越してきた人々は増えていない 横須賀市の実態が記されています。 また、定住促進策として始めた 市の『ファーストマイホーム応援制度』への申請者の 3割だけが市外からの転入者で、 市外から横須賀市に引っ越してきた人が 市が期待したほど増えていない、といった内容でした。 (2009年6月19日(金)・朝日新聞・朝刊より)
|
| 2009年6月19日(金)のフジノその1 | |
| ● 止まらぬ人口減、現役世代は横浜・川崎へ/毎日新聞 毎日新聞の特集記事 『再生への選択/09・横須賀市長選挙』の最終回は 横須賀市の人口減少についてでした。 2004年から人口減少が加速したにも関わらず 2008年度まで定住促進策に取り組まなかった 横須賀市の実態が記されています。 (2009年6月19日(金)・毎日新聞・朝刊より)
|
| 2009年6月18日(木)のフジノその3 | ||||
| ● ローカルマニフェスト型公開討論会が開かれました! 本会議が終わるとすぐにフジノは 『市議会だより編集委員会』に出席しました。今日が最終回です。 いい感じの『議会だより』が完成しました。 7月1日に新聞折り込みされますので、ぜひご覧下さいませ! さて、今日の夕方からはついに、 『ローカルマニフェスト型公開討論会』がひらかれました。 2005年頃から、(社)日本青年会議所(JC)のみなさまによって マニフェスト選挙を浸透させるべく公開討論会を実施するというアクションが くりひろげられてきました。 公職選挙法のくだらない制約のせいで 公開討論会をひらくのは本当に大変な作業だったはずです。 それでも、横須賀のJCは 全国に対してフジノがこころから誇りを感じるほどに 積極的に活動をなさっていて 4年前には『公示前(選挙スタートより前)』の公開討論会を 全国で初めてひらいたのです! あれから、4年が経ちました。 ついに今日、再び公開討論会が行なわれます! ![]() 18時30分に開場して、19時スタートだったのですが 傍聴券が配られました。会場であるベイサイドポケットは満員でした! フジノは元『願う会(民意が市政に生かされることを願う会)』のみなさまと 待ち合わせをして、公開討論会に入場しました。 願う会のみなさまは4年前、一緒に闘った同志です。 けれども4年前は初めての市長選挙でやるべきことがあまりにも多くて メンバーのみなさんが本当に忙しくて フジノだけが公開討論会を聴きに行かせてもらいました。 だからこそ今回は、元『願う会』のみなさまと一緒に この公開討論会に参加したかったのです。 (ところで、待ち合わせの間、入り口付近をフジノは落ち着かずに コンビニで買ったチキンを食べながらウロウロしていたのですが たくさんの市民の方々に「今日、討論、がんばってね!」と 応援していただきました。フジノは客席で座ってるだけですよ...。 でも、きっと僕たちみんなを応援してくれているのだと感じました。 こころから感謝しております。ありがとうございます!) ● 公開討論会を市民のみなさまに観ていただきたいです さて、始まりです! まず最初に、JC横須賀の理事長である中台学さんから ローカルマニフェスト型公開討論会をひらくことの意義について お話がありました。 ![]() 中台理事長のお話は、カンペキでした。 何故わが国で公開討論会が必要なのか その意味をとても分かりやすく、そしてあますところなく、 語って下さいました。 さすが全国初の公開討論会を行なったJC横須賀です! あまりにも中台理事長のお話が素晴らしくて、 討論会の終了後に握手をしてもらいにいってしまいました。 フジノはそのお話をメモすることができなかったので 当日に会場で配られた資料から、中台理事長の文章を引用します。 ------------------------------------------------ ローカルマニフェスト型公開討論開催の意義 いま、市民の政治離れや政治への無関心が進んでいると言われ、 自らが主権者であることすら忘れられているのではないでしょうか。 もっとも重要な政治への参画である投票行為でさえ、 政治を他人事として捉え、自らの一票では何も変わらない、 また誰に投票しても横須賀の地域社会は変わらないという諦念、 そして政治が自分たちとは 関係のないところで行われているという 政治に対する関心の希薄さに起因するものと考えられます。 (社)横須賀青年会議所は2005年の横須賀市長選挙において 公示日前では全国初となる 「ローカルマニフェスト型公開討論会」を開催いたしました。 当時はまだ地方選挙での マニフェスト(政策宣言)という概念は浅く、 立候補者がどのような人物で、 どのような政策を有するのかを直接知る機会がないまま 投票日を迎えるということにならざるを得ませんでした。 過去の単なる氏名の連呼による選挙運動ではなく、 具体的な政策を語っていただくことで 市民に支持された政策によって選ばれた代表者が政治を担うことになり、 政策誘導による社会の実現へと繋がるものと考えます。 そして現在では、私たちの燈した小さな灯火が 瞬く間に全国に広がり着実に地域に根をおろしています。 私たちは、公開討論会について、 最終的には我々を含めた市民の手によって 自由に開催されるべきだと考えます。 市民の皆様と共に開催をし、 この横須賀の未来のために共にまちを創る事が 当青年会議所が目指す 「明るい豊かな社会」の実現に繋がるものと考えます。 2009年度社団法人横須賀青年会議所 理事長 中台 学 -------------------------------------------------- (引用おわり) フジノも全く同感です! 新しい政治の姿がこの横須賀からスタートする勢いを ひしひしと感じさせられた、JCのみなさまの熱い想いでした。 会場は600人が入れるのですが、 本来ならば、テレビ神奈川(TVK)やインターネット配信で 市民のみなさま全てにご覧頂きたい、と つくづく感じました。 そして、今後は必ずそれが実現するとフジノは信じています。 ● マニフェスト選挙の実現に向けて/マニフェストが出そろいました さて、満員の客席は、配られた資料をみなさまが読んでいました。 立候補予定者のみなさまのマニフェストが配られたのです。 ![]() この活動日記では、公平を期しまして 配布された全員のマニフェストの表紙を載せますね。 現物のマニフェストの中身は、 ぜひ各立候補予定者から受け取ってくださいませ。 掲載は五十音順です。 (なお、吉田雄人氏の画像が2枚あるのは、 あくまでもJCの配布資料として2つの資料があったからです) まず、蒲谷亮一氏の配布資料です。
次に、呉東正彦氏の配布資料です。
次に、吉田雄人氏の配布資料その1です。
最後に、吉田雄人氏の配布資料その2です。
全ての立候補予定者のマニフェストを ぜひ市民のみなさまに読み比べていただきたいと願っています。 ● さあ、ディベートです 公開討論会は、コーディネーターの方が あらかじめ市民のみなさまから募集した『設問』の中から 多かった4つの内容についてを示して ついで、各立候補予定者が3分間ずつ その対応策を語っていくという形でした。 設問1.人口減少問題について 設問2.財政について 設問3.景気対策について 設問4.米海軍基地との関わりについて 設問は上の4つでした。 さらに素晴らしかったのが、設問2と3のあいだに ・ある立候補予定者が別の立候補予定者を指名して 質問を投げかけて、それに対して指名された者が答えなければならない という、クエスチョンタイムが設けられました。 実際にはディベートではなくて、 質問と回答は1回きりで、再質問や反論はできませんでしたが これは本当にエキサイティングな時間でした。 呉東氏も吉田氏も、質問相手には蒲谷氏を選びました。 けれども蒲谷氏は、誰も指名せずにせっかくのこの権利を自ら放棄しました。 せっかくの特別な機会なので 蒲谷氏も誰かを指名して、回答を求めて欲しかったです。 残念です。 -------------------------------------------------- さて、21時までびっしりと熱い討論会が続きました。 本当に素晴らしい公開討論会でした。 会場の熱気もすさまじいものがありました。 フジノはここでは誰の評価も記しません。 どの立候補予定者が良かったか、 それは参加した市民のみなさま1人1人が決めることです。 こうした公開討論会が当たり前になるように ぜひ僕たちみんなでがんばっていかないといけない、と再び決意しました。 今夜はJC横須賀のみなさま、本当にありがとうございました。 そして、参加して下さった市民のみなさまに こころから感謝しております。本当にありがとうございました! |
| 2009年6月18日(木)のフジノその2 | |
| ● 最高の「市議会議員」を僕たちは失なった 本日は6月議会の最終日でした。 最終日では、市長が提案した議案などについて 「賛成」か「反対」かの最終的な結論を多数決で決めていきます。 その本会議の1番最初に行われたのが、 雄人(吉田雄人・市議会議員)から出された 『辞職願』を許可するか/否か についてでした。 議員の辞職は、地方自治法の第126条によって 議会の許可があって初めて認められるきまりだからです。 この可否を決める直前まで雄人は議場に座っていましたが 本人に関わる内容の採決の時には 本人は議場を出ていかなければなりません。 雄人は、本会議場を去っていきました。 フジノは、手もとの『辞職願』を見つめながら 胸がはりさけそうな気持ちでいっぱいでした。
この書類にフジノは見覚えがあるどころか フジノ自身がこの辞職願にサインをして提出する決意をしていたのです。 すでに3月30日には、応援して下さる市民のみなさまに フジノは決意を伝え終えていました。 4月8日の僕の誕生日には 最も大切な存在である僕の父にも 辞任をかけた闘いをするから許してほしいと報告していました。 けれども、それを『撤回』したのは それもまた大きな決意が必要なことでした。 自ら1度は切腹する覚悟をして みんなにそれを伝えて回ったのに 自らそれを止めて、再び生きていくと宣言することは ある意味、生き恥をさらすことでもあります。 それでもフジノがこの政治業界に 任期の限りは残ろうと決意をしたのは、 あの日の雄人の、うっすらと涙ぐんだ瞳と けれども希望に満ちた明るい笑顔とその熱い言葉によってでした。 あの時のことを、きっと人生をつうじて 僕は忘れないと思います。 あの時、雄人は僕の「辞職を認めない」と言ったのに 今これから僕は雄人の「辞職を認める」為に、 本会議で賛成するのです。 本当に彼だけを辞職させて良いのか。 このまちは、このまちの市民のみなさまは 横須賀市議会が始まって以来の 最高の政治家を失なうことになるのだ。 雄人とフジノは、市議会での6年間、 最大のライバルとして活動をしてきた。 世間から大きな誤解をされているけれど 僕たちは『お友達』なんかではない。 僕が1才年上だから、いつだって先輩意識を持っていて 彼に負ける訳にはいかないというライバル意識の方が強かった。 市長への質疑の回数こそ、 フジノだけが6年間連続で全ての定例会で行なっている第1位だけれど 2位なのは、もちろん雄人だ。わずかフジノに1回少ないだけ。 しかも、数だけではなく、お互いにその質については 他のまちの政治家の方々からお手本にされるくらいのものだった。 フジノが全国のどこに行っても 政治業界の人々に会えば 横須賀といえば、小泉元総理と吉田雄人の話をされた。 彼はすでに全国に知られている立派な政治家なのだ。 これはフジノの単なる思い入れだけでは無く すでに客観的なデータでも示されている。 雄人は、2007年の統一地方選挙では 全国の市町村(政令市を除く)の選挙で 最も多い得票を果たしたのだ。 つまり、全国で1番多くの市民に信頼されている政治家なのだ。 そんな大切な政治家を今、フジノは『辞職願』に許可しようとしているのは とても間違っているような気がして、めまいがしました。 けれどもそんな深刻になっているフジノとは対照的に 開会前ということもあって 本会議場にいる他の市議のみなさんは とてもリラックスしていて 「辞職は認めないぞ(笑)」とか 「早く辞めろ(笑)」とか、 楽しそうに話していました。 そして、山下議長が開会を宣言して あっという間に雄人の辞職が議題にあがって 「異議なし!」 という市議一同の声によって、 雄人は辞職が決まったのでした。 フジノは、市議会議員として最大のライバルを失ないました。 市民のみなさまは、最高の市議会議員を失ないました。 ● けれども、最高の「市長」を僕たちは手に入れるのだ でも、僕たちは希望ある新しい横須賀を創る為に 市民のみなさまと共に、これから歩きだすのです。 最高の「市議会議員」を失なった僕たちは 最高の「市長」を新たに手に入れるのです。 僕たちは、希望を失なったのではありません。 僕たちは、希望に向かって歩き始めたのです。 今日からフジノは、この活動日記では 雄人のことを『前市議』と記します。 でも、2週間以内にフジノは 雄人のことを『前市議』と書くのをやめるでしょう。 喜びとともに新たな肩書きで 雄人のことを呼ぶことになるでしょう。 そうしたら、再びフジノは最大のライバルとして 新しい市長の前に向き合うのです。 その日は、もう目の前です。 でも、その日は待っているだけでは、やってきません。 あなたと僕とみんなが力を合わせなければ、やってきません。 新しい横須賀。希望を感じることができる横須賀。 それは、僕たちみんなが創りだすのです。 必ず僕たちには変えることができます。 やれば、できるのです。 そう、僕たちは必ず、やればできるのです。 あなたの力があれば、必ずこのまちは変わります。 一緒に、あなたも一緒にこのまちを こどもたちに誇ることができるまちに変えていきましょうね。 |
| 2009年6月18日(木)のフジノその1 | |
| ● 受け皿整備に遅れ、児童虐待対策/神奈川新聞 神奈川新聞では、横須賀市長選挙の特集記事が 本日も連載されています。 今回とりあげられたテーマである『児童虐待対策』については、 雄人(吉田雄人・前市議)もフジノもずっと取り組んできましたので ものすごく関心を持って読みました。 特にフジノの場合は、この記事でとりあげられている『春光学園』で 小学校からの親友が長い年数にわたって働いてきました。 (だから、フジノは大学時代の『社会福祉論』という科目で提出した 期末レポートではこの『春光学園』をとりあげました) その大切さを、痛いほど知っています。 春光学園のような施設を児童養護施設と呼びますが 今も全国の児童養護施設では、フジノの仲間たちが必死に働いています。 本当に激務です。 でも、激務でもみんなが歯を食いしばっているのは 施設に来ざるをえないこどもたちのことをみんなが愛しているからです。 けれども問題の深さは、 施設で働いている僕の仲間たちと同じように 僕たち横須賀市民の誰もがこどもたちを愛しているのに 同時に、その僕たち市民がこどもたちに虐待をしてしまっているのです。 虐待をしてしまっている/してしまった親たちは 僕たちと何も変わらない、同じフツーの横須賀市民です。 それなのに、夫の協力が得られない、周りの目ばかりが気になる、 こどもと2人きりで長時間を過ごさざるをえない 育児の孤独感や孤立感などから、 どんどん追い込まれて虐待へと向かってしまうのです。 虐待した人間だけをただ責めれば解決する問題ではありません。 虐待をした人たちもまた人として深く傷ついているのです。 だから、僕たちは親子ともに暮らしやすいまちづくりを これまで必死になって訴えてきました。 雄人も街頭演説をはじめとする様々な機会に 『春光学園』をはじめとする児童養護施設について必ず言及します。 もちろんマニフェストにも大切なテーマとして こどもたちを守り育んでいく決意とその為の取り組みが しっかりと記されています。 何故ならば、僕たち横須賀市民にとって こどもたちは本当に大切な宝物だからです。 (2009年6月18日(木)付・神奈川新聞より)
明日以降も神奈川新聞の連載が とても気になります! |
| 2009年6月17日(木)のフジノその2 | |||
| ● 投票案内のハガキが届きました 今日、自宅のポストをあけると 横須賀市長選挙の『投票案内』のハガキが来ていました。
あなたのお宅にも、そろそろ 投票案内ハガキが届きましたか? ハガキは往復ハガキのように開くことができるようになっていて、 その内側にご家族3人まで印刷されていて 1人ずつ切り取って持ち歩けるようになっています。 幼い頃、投票日になると父親に連れられて フジノは武山小学校の体育館に行きました。 でも、このチケット(まさに未来へのチケットです!)を持っていない 小学生だった僕は、投票所の中には入れませんでした。 出口で父親が出てくるのを待ちながら、 とてもうらやましかったのを覚えています。
ところで、大人のみなさま。 フジノが『未来へのチケット』と呼んでいる この『投票案内』ですけれども 実は、 当日に忘れちゃっても投票するのはOK ということ、を知っていましたか? フジノは知りませんでした(汗) 選挙管理委員会の方に教えていただいて つい最近、初めて知りました。 確かにハガキの裏を良く読んでみると 「万一紛失した場合は、当日、投票所で再発行します」 って書いてありますね! (でも、無くさないのが1番ですよね...)
『未来へのチケット』を持って こどもたちをつれて このまちの未来を自ら創り出す大人の後ろ姿を ぜひあなたも見せてあげて下さいね。 |
| 2009年6月17日(水)のフジノその1 | ||
| ● 市長選挙の特集記事が始まりました/神奈川新聞 昨日から神奈川新聞には、 横須賀市長選挙の特集記事の連載が始まりました。 さすが地元紙・神奈川新聞という特集です。 一部の全国紙では 「今回の市長選挙には争点が無い」的な言葉がありました。 それは横須賀を知らないから出てくるセリフですね...。残念です。 このまちには今も問題が山積みです。 大きな問題も小さな問題もたくさんあります。 だから、争点は本当にたくさんあります。 さて、神奈川新聞の連載を引用させていただきます。 第1回目の昨日は、 閉鎖が続く浦賀ドックの跡地利用についてでした。 (2009年6月16日(火)付・神奈川新聞より)
第2回目は、フジノがずっと取り組んできた 『特別養護老人ホームの待機者問題』についてです。 フジノが本会議でとりあげた昨年9月議会の時点よりも さらに待機者の数は増えてしまい、 今年4月現在では2072人となっていることも 神奈川新聞のおかげで分かりました。 (2009年6月16日(火)付・神奈川新聞より)
明日以降も神奈川新聞の連載が とても気になります! |
| 2009年6月15日(月)のフジノその1 | |
| ● よし!横須賀市で初めてのマニフェスト選挙だ! 2003年のフジノ自身の選挙の時から現在に至るまで しつこいと言われてもしつこいと言われても 「政治家を選ぶのはあくまでも『政策』だ!」 と訴え続けてきました。 そして、マニフェスト選挙を徹底的に推進していく為に 同じ想いを持つ全国の政治家たちでたちあげた 『ローカルマニフェスト推進地方議員連盟』にも 2005年3月の設立準備の段階から参加してきました。 もちろん、2005年の市長選挙においても マニフェスト選挙の実現をめざしましたが 現職で無ければ数値目標などを書き込むことが難しいことや、 マニフェストの配り方が法的に整備されていなかった、などの いくつもの課題があって、実現には至りませんでした。 けれども今回は違います。 日刊インターネット新聞社のインタビューに答えた時の動画で フジノは宣言しましたが、 今回はついに横須賀で初めての マニフェスト選挙になります! そんなフジノにとって、とてもうれしい内容の 昨日の神奈川新聞の記事がありましたので、ご紹介します。 (2009年6月14日(日)付・神奈川新聞より)
告示まで1週間、マニフェスト対決の様相/横須賀市長選 21日の告示まであと1週間に迫った 任期満了に伴う横須賀市長選は、 立候補表明している3氏とも マニフェスト(政権公約集)づくりに力を入れている。 有権者の意見を聞きながら内容を修正する動きもあり、 政策で競う「マニフェスト対決」の様相を強めている。 出馬表明しているのは、 表明順に現職の蒲谷亮一市長(64)、いずれも新人の 吉田雄人市議(33)と 呉東正彦弁護士(49)の3氏。 蒲谷氏のマニフェストは経済対策を最優先課題に置き、 中小企業への緊急金融支援、 設備投資特別減税など実施中の対策を紹介。 そのほかに「政策の5本柱」として、 (1)地域の活性化 (2)子育て・教育環境の充実 (3)高齢者・障害者に優しいまちづくり (4)安全・安心なまちづくり(5)エコのまちづくり― をうたっている。 吉田氏は5日、B5判で14ページに及ぶ マニフェストの解説版を発表。 自然環境、市役所改革など9項目についてQ&A方式で説明。 目標期間を「すぐにやる」から「実現には4年以上かかる」まで 4種類に分け、 市長らの専用公用車廃止、 財政基本計画の策定、 自治基本条例の制定、 入札制度改革などを盛り込んだ。 呉東氏のマニフェストは、 支援母体の市民団体メンバーと一緒に作成した。 地域循環経済の実現で活性化を目指す経済対策を第1に置き、 原子力空母の安全対策と 母港化見直しまで 重点政策の10項目を打ち出した。 弁護士活動の実績を生かし、 自然保護やセーフティーネットづくりにも力を入れるとしている。 (佐藤浩幸) ------------------------------------ 僕たちは、民主主義を本来の姿に戻す為に マニフェスト選挙を実現します。 市民のみなさまが全てのしがらみから解放されて あくまでもあなた自身の想いにしたがって マニフェスト(政策)で、このまちの未来を決めていくのです。 一緒に希望ある未来を創りだしていきましょう! |
| 2009年6月14日(日)のフジノその2 |
| ● 「ミニ」じゃなかったミニ集会@久里浜・八幡町内会館 横浜での気合の入りまくったミーティングを終えて、 大急ぎで横須賀へと戻りました。 横浜から途中で衣笠へ寄って、さらに深田台のフジノ事務所に寄って そこからミニ集会の会場である久里浜・八幡町内会館へ向かうという 大変な遠回りのルートでした。 わざわざフジノの体調を心配して クルマを出してくれた友人に、こころから感謝です。 ありがとう。 さて...。 今夜のミニ集会について 雄人(吉田雄人元市議)から事前に聞いていたのは 「フジノさん、ミニ集会を久里浜で行なうのですが 横須賀の『ひとり親家庭』の現状についてお話していただきたいのです」 ということだけでした。 政治家フジノにとって、ひとり親家庭の支援は 大切な政策の1つです。9日の本会議でも市長と質疑をしたばかりです。 けれども、『ほとんどの政治家が見向きもしてくれないテーマ』です。 それを雄人が「ぜひ話してほしい」というのでうれしくて ふたつ返事でひきうけました。 ところで、ふつう『ミニ集会』というと、 小さな和室や会議室に 5〜20人くらいの人数が集まって 車座で座って語り合う、というものです。 だから、フジノがあらかじめ用意していたのは ・先日9日に本会議場において フジノが蒲谷市長と『ひとり親家庭支援』について質疑した映像 を編集して5分にまとめたものを ノートパソコンに入れておいただけでした。 映像もノートパソコンをみんなで画面をのぞきこめばいいし、 音声も小さな外部スピーカーは用意したのでそれで聴いてもらおう、と 考えていました。 20時スタートの会場に5分ほど遅れて ようやくフジノが到着すると、なんか様子が変です。人が多すぎる。 「会場、まちがえたかな...」 夜で暗かったし、初めて八幡町内会館に行ったから 場所を間違えたかと思って 急いでフジノが出て行こうとすると 「おー、フジノさん!こっちです!」 と、聞き覚えのある『チーム雄人』の仲間の声で呼び止められました。 そう、10人くらいのミニ集会が なんとその14倍の140人ものお客さまが来ていたのです! すぐに司会の方からフジノが紹介を受けて 演壇に立ちました。ちゃんとマイクまでありました。 用意しておいた映像をお見せしようと思ったのですが 目の前に140人もの方々がいらっしゃるので、頭を切り替えました。 コンパクトに分かりやすくしたくて数時間もかけて編集した映像だけど この際、そんなものを市民のみなさまにお見せするよりも フジノが市議会議員としてこの6年間リアルに体験してきた、 横須賀のひとり親家庭のみなさんの現実の暮らしについて 語るほうがもっと分かりやすいはずだと考えたのです。 そして、いかに横須賀では支援が無いか、 いかにひとり親家庭のシングルマザー/シングルファーザーと こどもたちが見捨てられているか、その現実を語りました。 プライバシー保護の為に名前や詳しい状況は変えながらも このまちで暮らすシングルマザー/シングルファーザーのご家庭のことを お話しました。 さらに、こどもたちとフジノがたくさん語り合ってきた日々の中から いつも感じている寂寥感(さみしさ・孤独・絶望)について ご説明しました。 そして、そんな現状を僕たちみんなで変えることができることを 政治と行政のサポートで本当は変えることができることを みなさまに語りかけました。 こどもたちは、どの親のもとに生まれるかを選ぶことはできません。 しかも、今のこのまちでは、 経済的な貧富の条件がどんな親のもとに生まれるかによって こどもたちが受けられる教育も得られる仕事も全く違ってしまっています。 でも、もしも市民のみなさまが一緒に力を合わせてくれたならば 僕たちは横須賀を変えていくことができることを説明しました。 つまり、 横須賀で生まれたこどもならば、全てのこどもが宝物であって、 たった1人きりのこどもさえも僕たちは絶対に見捨てない 横須賀で生まれて良かった。 横須賀で育って良かった。 横須賀で最期まで暮らして良かった。 こどもたちがそんな風に思えるまちに変える、 つまり、新しい横須賀に変えることが僕たちには必ずできるのだと 市民のみなさまにご説明しました。 そして、10分ほどのフジノの話を終えると 真打ち、雄人の出番となりました。 ![]() 連日の街頭演説ですっかり日に焼けた雄人の 想いのこもった熱い語りかけに、 140人を超えるみなさまが静かに耳を傾けていました。 --------------------------------------------------- 約1時間のミニ集会を終えた後も、 たくさんの方々が雄人に話しかけていました。 フジノも時間の許す限り、 市民のみなさまの生の声を聞かせていただきました。 特に、シングルマザー/シングルファーザーの方々から たくさんの生の声を聴かせていただいて とてもありがたく感じました。 必ずこうした生の声を反映する当たり前のまちへと 新しい横須賀をみんなで創りだしたいと感じました。 それにしても...雄人よ! ミニ集会じゃないじゃんか(苦笑) 自分の政策テーマは原稿なしで何時間でもお話できるけど 10人しか来ないと思ってたらその14倍もいらっしゃるなんて、 気持ちの切り替えが大変でした(笑) (後日談:でも翌日の雄人のブログを読んでみたら 雄人自身も数人くらいしか集まらない小さなミニ集会だと思ってたみたい。 「すごかった!」と書いてありました。僕もそう感じました。 多くの方々が関心を持ってくださるのは本当にうれしいことです。 お集まり下さった市民のみなさま、ありがとうございました!) |
| 2009年6月14日(日)のフジノその1 |
| ● 政策を全く聴いてもらえなかったのは、人気者に頼った自業自得 今日は、横須賀中央の湘南信用金庫前交差点にて 蒲谷市長の応援の為に 小泉純一郎元首相が来る、というので 仕事の予定を30分ずらして、演説を聞きに行きました。 交差点は、すさまじい人だかり。 あいかわらず「純ちゃーん!」の歓声がとびかっていて 「これは蒲谷市長の為の集まりだ」と理解していた人々が どれだけいたのかは疑問でした。 フジノは、マニフェストとマニフェストがぶつかりあう 『政策選挙』こそ本来の民主主義の姿だと固く信じているので 単なる人気者をつれてきて脇に立たせて 人集めをするのはとても情けないことだと考えています。 (例えば、石原軍団とか芸能人の応援が入るのとかは 政治家として自らの能力不足を示していてサイテーだと感じています) ともかく、13時すぎに まず蒲谷市長が演説しました。 ![]() ---------------------------------------------- 先日9日の本会議でフジノが市長に対して この4年間の成果は何かと問うと、 「多すぎて1つに絞れない」 と蒲谷市長が答弁したので、 「市長がこの4年間でそんなに成果があるというならば 市民のみなさまにはその成果が正しく届いていないのです。 僕はこのまちに全く希望を感じることができません。 でも、市長がこのまちに希望はあるというならば ぜひ、毎日、街頭に立って 市民のみなさまに届くように『希望』を語って下さい!」 とエールを送りました。 しかし、蒲谷市長はそれを『単なる皮肉』と受け止めたのか 「街頭で希望を語るかどうかは、まあ、検討します」 とのテキトーな答弁でした。 でも、実際に今日こうやって語っていることは まさにフジノが願ったとおりです。 蒲谷市長は、本会議ではちゃんと答弁しないけれど フジノが正しい提案をしたら、そのように行動した点は評価したいです。 街頭に立って、徹底的に市民のみなさまに語りかけて、 市民のみなさまの生の声に耳を傾けてこそ、 このまちの真のリーダーであるはずです。 それにもかかわらず、周囲の聴衆の方々から聞こえてきた声が 「早く純ちゃんがしゃべんないかな...」 「(蒲谷市長に対して)話が長いよ!」 というたくさんのヤジでした。 もう!小泉元総理なんかつれてくるから こういうヤジが出るんですよ、蒲谷市長! フジノたちは、本気の『政策論争』をやりたいのに。 芸能人みたいな人をつれてくるから ちゃんとあなたのお話を 市民のみなさまが聞いてくれてないじゃないですか、蒲谷市長...。 もしもフジノが蒲谷市長の陣営にいたとしたら 戦略としてこんなことは絶対にやらせないのに。 政治家ならば、政策で正面突破ですよ。 蒲谷市長、18日のJCの公開討論会こそ 本当の政策論争にしてください。人寄せパンダは不要ですよ。 --------------------------------------------- その後、人気者の元総理が15分ほど話しましたが 地元・横須賀のことを何も知らない人なんだなあとつくづく感じました。 フジノは政治家として、 この方を倒すことが日本の為になると信じてきました。 でも、もう引退を決めたこの方には もはやそんな価値も無さそうです。 演説を聴いて、がっかりさせられました。 ねえ、小泉総理。 『官僚政治』をぶっ壊すはずだったじゃないですか? 地元・横須賀では『官僚政治』はOKなのですか? 何故、応援演説をしているのか、 全く分からない内容の、ただ時間を埋めるだけの演説でした。 もっと鬼気迫る演説が聴きたかったです。 |
| 2009年6月13日(土)のフジノその2 | |
| ● 今年を「子宮頸がん検診」元年にしたいですね 前回の活動日記では、子宮頸がん検診の実際をご紹介しました。 9日の本会議でフジノは 「20才以上の女性のみなさんが 毎年1回は子宮頸がん検診を受けられるような仕組みづくりを!」 と市長へ提案しました。 その提案の中では、このような指摘をしました。 (1)今年は、子宮頸がん検診の受診を促すために 政府が補正予算で新たな取り組みを行なうのでチャンスである。 (2)しかし、本来このような取り組みは 補正予算で1年だけしかやらないというものでは全く足りていない。 (3)だからこそ、横須賀市として ずっと続いていく『受診しやすい仕組みづくり』が必要だ。 フジノのこの指摘のうち、(1)の部分についてですが 早くも横浜市は動きだしているようです。 昨日の神奈川新聞の報道(1面トップ)を 引用させていただきます。 (2009年6月12日(金)付・神奈川新聞・1面トップ記事より)
女性のがん10月から無料検診、他自治体も/横浜市 横浜市は10月から、 子宮頸(けい)がんと乳がんの無料検診を実施する。 国の補正予算に盛り込まれた がん対策推進事業の一環で、 半年有効の「検診無料クーポン券」や検診手帳を 全額、国の補助金で作成し対象者に配る。 国は全国の自治体を対象に216億円を計上。 横浜市は補正予算案で約15億円を計上し、 対応を万全にするため、 当初予定していた9月の第3回定例会への補正予算案の提出を前倒しし、 開会中の第2回定例会での議決を目指す。 県内の他自治体でも第2回、第3回定例会に 補正予算案を提出する動きが広がっている。 検診の対象となるのは、 子宮頸がんが20歳、25歳、30歳、35歳、40歳。 乳がんが40歳、45歳、50歳、55歳、60歳の女性。 横浜市の場合、 対象となる女性は2種類の検診にそれぞれ約12万5千人。 横浜市内で検診が受けられる医療機関は 子宮頸がんが180施設、乳がんは330施設あるが、 マンモグラフィー検診に対応する機関は約60施設と少ない。 市健康福祉局は、 マンモグラフィーの機材を持つ医療機関に 検診への協力を呼び掛けるなど、受け入れ態勢の強化を図っている。 現状では、市の制度を活用した場合、 子宮頸がんの検診は1360円(制度を活用しない場合は約7千円)、 乳がんは1370円(同約9千円)で検診を受けられる。 国のがん対策推進事業は、「成長戦略―未来への投資」として 経済危機対策の1つに位置付けられており、 横須賀市や平塚市、小田原市など 県内の他自治体も、9月の定例会への議案提出を目指している。 人口が多い横浜市のほか、 藤沢市などでも実施期間を長く確保したいといった理由などから 開会中の今定例会に提出を検討している。 相模原市は7月の臨時議会への提出を視野に入れている。 (遠藤 綾乃) --------------------------------------------- (引用おわり) この国の動きを受けた横浜市の取り組みは ありがたいことであるのは確かです。 神奈川新聞の記事の中では 横須賀の動きは少ししか触れられていませんが もちろん国の委託事業を受けて 横須賀市でも今年度は 検診手帳の配布、 キャンペーンイベントの開催、 各学校を巡回広報するキャラバン活動などを行なう予定です。 でも、国が対象にしたのは、 あくまでも20才から5才刻みで40才までの女性です。 つまり、 ・20才の女性 ・25才の女性 ・30才の女性 ・35才の女性 ・40才の女性 だけが対象なのです。 もう少し詳しく言うと、 21才、22才、23才、24才、26才、27才、28才、29才、 31才、32才、33才、34才、36才、37才、38才、39才の女性たちは 『対象から外れている』のです。 つまり、対象から外れている女性の方が多いのです。 あまりにもおかしな話ですよね? 5才刻みで検診は大丈夫なんてデータは フジノは1回も見たことがありません。 こんな中途半端な対応を取るなんて 政府は本当に情けない。ほとんどの女性が対象外なのです。 だからフジノは(2)で 政府の対策は「足りない」と述べたのですね。 だからこそ、だからこそ、 対象から外れたほとんどの女性も含めた 20才以上の女性であれば誰もがみんな受診しやすい 新たな仕組みづくりが必要なのです。 ● いのちを守る、そんな当たり前のまちへ横須賀を変えたい それなのに本会議でのフジノの提案に対して、 蒲谷市長の答弁は あくまでも国の補正予算の内容をなぞっただけのものでした。 いのちを守りたい、という本気さが 残念ながら蒲谷市長には感じられませんでした。 本来ならば、今年は その重要性が正しく知られていなかった子宮頸がん検診を 世間に知っていただく大きなチャンスなのです。 つまり、「子宮頸がん検診」元年とするチャンスなのです。 それをこのままの横須賀市では ふいにしてしまう。 子宮頸がん検診をすすめるということは 母親となる『女性』の いのちを守るだけではなくて、 新たに生まれてくる『こどもたち』の いのちを守ることでもあるのです。 基本的で、最も大切なことですよね? おかあさんとこどもたちを守る、というのは 2003年の初当選以来ずっとフジノは訴え続けてきましたが まだまだ政治・行政が取り組むべき/改善すべき点がたくさんあります。 政府の補正予算も中途半端、 横須賀市も独自の取り組みを行わないという現状を 僕たちは変えていきたいのです。 救えるいのち、守ることができるいのちが たくさんあります。 いのちを守ることこそ、 政治の仕事のスタートです。 そんな当たり前すぎる当り前の取り組みが 現状では足りていません。 だからこそ僕たちは、 希望あるまちへとこのまちを変えたいのです。 あなたはどうお考えになりますか? |
| 2009年6月13日(土)のフジノその1 |
| ● 子宮頸がん検診にどうかいらして下さい! 9日の本会議でフジノは 「20才以上の女性のみなさんが 毎年1回は子宮頸がん検診を受けられるような仕組みづくりを!」 と市長へ提案しました。 提案した理由は、今のままでは なかなか若い世代の女性に自発的に来てもらうのはムリだ、という フジノの実感があったからです。 いつものことながら、質疑を作成するにあたっては 必ず現場を訪れてリアルな姿を見せていただいています。 特に、子宮頸がん検診については 男性であるフジノは、 複数の女性から検診の体験談をうかがってきましたし いろいろな本を読んで具体的な知識はありましたが それでもやっぱり現場を見せていただきました。 その結果、 「これはとにかく検診の実際は どんな様子なのかをリアルに知ってもらった方がいいはずだ」 とフジノは判断しました。 今まで1度も検診を受けたことが無い女性のみなさまに 具体的に検診を知ってもらう為にも このHPで紹介することに決めました。 リアルに知って怖いと感じて検診に来る人が減ってしまうのか。 リアルに知って検診に行く覚悟ができて受診する人が増えてくれるのか。 あらゆる人々が情報をいくらでも得られるこのインターネット時代ですから フジノは全ての市民のみなさまに知ってもらう方が良いと考えました。 そこで今回、 逸見の保健所の中にある健診センターで行なわれている 子宮頸がん検診の様子を紹介します。 ----------------------------------------------------- まず、保健所検診センターに あらかじめご予約をお願いします。 子宮頸がん検診を行なっている曜日は、火・水・木曜日です。 水曜日はお休みのこともありますので、 ご予約の際に確認して下さいませ。 子宮頸がん検診は、1600円です。 さて、保健所へのアクセスは、 電車の場合、最寄り駅は、JR横須賀駅(徒歩5分)または 京浜急行の逸見駅(徒歩10分)です。 スポーツジム施設『すこやかん』の入っている ウェルシティ市民プラザというビルの4階です。 ![]() 更衣室で検診用の服装に着替えていただきます。 残念ながら横須賀には女性の産婦人科医がいませんので、 検診を担当するのは男性のドクターになります。 若い女性にとって、男性ドクターだと 恥ずかしさや抵抗感があるだろうなあ...と思いました。 でも、現状ではごめんなさい。 男性ドクターのみです。 それでもどうか受診をしていただきたいのです。お願いします。 ![]() 順番に呼ばれて検診室の中に入ると、 こんな診察用のイスがあります。 ここに座っていただくと、イスがウィーンと上がって ドクターの視点の高さまであがります。 男性であるフジノには想像でしか分かりませんが 妊娠・出産であってもなかなか抵抗感があるだろうに 検診でここに座ることには 精神的に苦痛を感じるのだろうなと思います。ごめんなさい。 ![]() まずは、『細胞診』です。 子宮頸部の細胞を、綿棒で軽くこする感じで取ります。 その為に、下の画像の『クスコ』と呼ばれる ペリカンのくちばしのような道具を挿入して、膣を広げます。 複数の女性のお話をうかがった感じでは クスコで膣を広げる時は、じゃっかん痛いようです。 クスコには複数のサイズがあるので 痛む時にはドクターにぜひ伝えて下さい。 ![]() 綿棒もこんな風にサイズが複数あります。 ![]() これも複数の女性からうかがった話ですが 綿棒でこすって細胞を取る時には特に痛みは無いそうです。 この後、クスコを抜いて、『内診』を行います。 具体的には、ドクターが膣に指を入れ、 同時に反対の手でお腹を押すことで子宮や卵巣の検査を行います。 この内診は、人によって痛みは全く異なるようです。 クスコの記憶が鮮烈に残っているけれども 内診は全く憶えていないという方もいました。 全ての作業は10分で終わります。 これも 「あっという間に終わった」と言う方もいれば 「かなり長く感じた」と言う方もいました。 ちなみに、綿棒でこすりとった細胞は シャーレに移されて、すぐにスプレーで固定されます。 ![]() このケースを、検査委託先に送ります。 検査結果が保健所に戻るまで1週間、 市民のみなさまに結果が郵送されるまで1週間、 つまり、受診してから2週間以内には、必ず結果が分かります。 結果は、郵送で受け取ることもできますが、 ドクターから口頭で説明してもらうこともできます。 これは選ぶことができます。 --------------------------------------------- 保健師さんとも話したのですが 「だえきを取るだけで検診ができる技術だとか 血液で検査できる方法が開発されたら もっとたくさんの女性が受診してくれるでしょうね...」 というのが、一致した意見でした。 でも、1年間365日の中の、10分間だけです。 どうかあなたに耐えていただけたら、とフジノは願っています。 その恥辱感や精神的苦痛があっても 命を落としたり、 子宮を摘出せざるをえないよりは絶対にマシのはずです。 1年に1回、検診を受けるだけでも 大きな違いがあるのです。 だから、どうかお願いです。受診をして下さい. 今回、フジノは検診の場を見て感じたことを率直に書きました。 実際に若い女性が受診しづらい様子も良く分かりました。 それでも、わが国では毎年多くの女性が命を落としています。 命を失わなくとも、妊娠ができない状況へと追い込まれています。 誰でもかかるガンで、しかも30代が最も多くかかっています。 20代の発症がめちゃくちゃ増えています。 若い女性こそ、検査に行かなければならない病気なのです。 検診費用1600円、10分間の検診、 往復の交通費と移動にかかる時間、そして精神的な苦痛。 こうしたコストをあなたは確かに払わなければならないのですが あなたの命とこどもの未来というリターンが得られることも確かなのです。 だから、どうかお願いします。 あなたに受診をしてほしいのです。 どうかお願いします。 |
| 2009年6月11日(木)のフジノその1 |
| ● 中央斎場への一元化、ようやく実現へ! 今日は、民生常任委員会がひらかれました。 すでに記者発表も行なわれておりますが 市内に2つある火葬場(浦賀火葬場と中央斎場(坂本))の一元化に ようやくめどが立ちました。 (どういう内容の問題かについては、フジノの2005年9月議会での 本会議の一般質問を読んでいただけると分かりやすいです) この問題に対して、横須賀市の行政は あまりにも解決に時間をかけすぎてしまいました。 例えば、2004年6月議会(5月27日)での 沢田市長に対する木村正孝議員の発言からもよく伝わってきます。 「要は、やる気があるかないかだけだと思います。 浦賀火葬場の問題につきましては、 公明党の議員団の皆様が、平成12年、13年、14年、16年と 代表質問で取り上げられてこられましたが、 目立った施設改善はほとんどないように思われ、 訴えに対する無念さは私も同様であります...」 こうした木村市議の想いを受けて フジノも蒲谷市長に対して2005年9月議会の本会議にて 「一刻も早い取り組みを!」 という主旨の一般質問を行ないました。 けれども、それからさらに結果を出すのに 蒲谷市政になってからも4年間が経ってしまいました。 この問題はとにかく歴代の市長の対応が あまりにも場当たり的で、かつ、遅すぎました...。 ともかくこの6月議会に、一元化に向けての補正予算が出されて 今日の民生常任委員会で質疑が行なわれました。 坂本の中央斎場に防音壁を設置する為に まずは『地形の測量』を行なう費用として240万円です。 そして、民生常任委員会ではこの補正予算が可決されました。 本会議でも可決される見込みです。 この240万円に加えて今後さらに合計して、 約1億円の費用がかかる見込みです。 歴代市長の場当たり的な対応によって、 この問題で約1億円もの支出が増えてしまいました。 しかし、とにかく横須賀市の持つ大きな問題の1つが 10年もかけてようやく、本当にようやく、やっと動き始めました。 (問題の1つがと書いた理由は、 こうした問題が横須賀市にはまだ山積みだからです) いずれにせよ、交渉にあたった市職員のみなさま、 おつかれさまでした。 坂本のみなさまには、大変感謝しております。 ありがとうございます。 記者発表された内容は、次の通りです。 ----------------------------------------------------- 火葬業務の集約統合について 1.横須賀市立中央斎場の運営に関する覚書の締結 横須賀市の火葬業務を中央斎場に集約統合する為、 新たに坂本町6丁目町内会長と横須賀市長が合意し、覚書を締結しました。 (1)締結日時 平成21年5月27日(水)18時30分 (2)締結場所 坂本町6丁目町内会館 (3)覚書の主な改正内容 平成2年7月19日付けで横須賀市長と坂本町6丁目町内会長が締結した 「(仮称)坂本火葬場改築等に関する覚書」および 同日付けで横須賀市保健衛生部長と坂本町6丁目町内会長が締結した 「(仮称)坂本火葬場の改築等に関する確認書」を 失効させ、 新たに「横須賀市立中央斎場の運営に関する覚書」を締結しました。 主な改正内容は、次のとおりです。 @火葬業務を中央斎場へ集約統合すること。 A葬儀場を廃止すること。 B中央斎場火葬炉の同時使用を5基から全基(10基)に変更すること。 C中央斎場周辺の騒音・防犯対策および 坂本町のイメージアップ対策を実施すること。 D市と坂本町6丁目町内会との情報・意見交換の場として、 連絡会議を開催すること。 2.火葬業務集約統合までの日程案 ・平成21年5月27日 覚書締結 ・平成21年6月 防音壁設置のための地形測量に係る補正予算議案の提出 *フジノ注:現在がここです ・平成22〜23年度 火葬場条例改正議案の提出 (葬儀場および浦賀火葬場の廃止) ・地質調査、防音壁等設計および工事の実施 ・控室(待合室)の増設工事の実施 ・平成24年度 中央斎場に火葬業務を集約統合 ----------------------------------------------- (以上です) |
| 2009年6月10日(水)のフジノその1 |
| ● 父のお見舞いと医療費の支払いへ 今日は、夕方から父のお見舞いへ行きました。 僕は、毎月必ず月はじめに医療費の支払いに行かねばなりません。 病院側の方針で、全ての患者さんのご家族は 1日でも多くお見舞いに来てもらう為に 入院費用の支払いは病院の受付での直接でのやりとりのみで 銀行での振込みとか引き落としは無しなのですね。 でも、先月は忙しすぎて病院に行ったのが月末になってしまいました。 そのことで病院にも迷惑をかけてしまったし、 やっと同じ県内に父を転院させることができたのに なかなかお見舞いに行けないことは僕にも大きなストレスでした。 今月にはもう今日の午後しかスケジュールの空く日がありません。 ふだんは議会シーズンには プライベートの用事は入れないようにしていますし 今は6月議会のまっただなかですが、 やむをえず今日、病院へ向かうことにしました。 -------------------------------------------------- お見舞いに『行く』のはとてもイヤです。 行く時にはつらいイメージしか沸かないからです。 実際には『帰る時』にはたくさんのエネルギーをもらったように感じるので お見舞いを終えると「ああ、行ってきて良かった!」と思うのですが 『行く』という決心をするのはなかなか難しいのです。 それこそ医療費を支払わなければならないという義務が無ければ なかなか足が病院へ向かってくれません...。 しかも、僕はパニック障がいなので 江ノ電の混雑が大のニガテです。 特に最近は忙しくて眠っていないので 睡眠時間が少なかったり疲れていると クスリをのんでもパニック発作が出やすくなってしまうのです。 今日もまた、観光客で鎌倉はいっぱいでした。 僕は逃げ出したい気持ちでいっぱいになりました。 ![]() そこで、友達にメールをしてわざと宣言してみました。 「いま鎌倉。お見舞いに行ってくるよ」 するとすぐに 「お父さんから元気をもらっておいで!」 と、こころのこもった返事をもらいました。 彼女は先月おじいちゃんをみとったばかりなのですが おじいちゃんが闘病の為に入院していた半年間は 彼女がお見舞いに行かれるように 逆に、僕の方が背中を押していました。 彼女はシングルマザーでお子さんが2人いて、 複数の仕事をかけもちしながら長い時間を働き続けているので 毎日とても忙しくて なかなかお見舞いに行く時間を作ることができません。 でも、末期がんだったおじいちゃんとの 最期の時間を一緒に過ごしたいという気持ちが とても伝わってきていました。 「おじいちゃんコだったからお見舞いに行きたいんだけど なかなか休暇を取るふんぎりがつかなくて...」 と迷っていた彼女に、 僕はときどきメールを打って、 「お見舞い、行かれた?」 とか 「がんばってこどもたちとお見舞いに行っておいで」 と、やんわりと促し続けました。 ムリ強いされているような気持ちだとか 追い込まれないくらいの頻度で、ごく時々に。 でも、みずからお見舞いに行こうという勇気が出るくらいの頻度で。 この頻度というかタイミングは 闘病中の家族を持つ人間にしか分からないものがある気がします。 家族は、とても自責感を持ちやすいのです。 いつでも、「行かなければ」という気持ちを抱えているのです。 だから、何気ない言葉でもけっこうズシリと傷つくのです。 今、彼女はもうすぐ四十九日の法要を迎えるのですが 笑顔でおじいちゃんのことを語ることができています。 本当にとても良いことですよね。 やっぱり、最期のその瞬間を見送ることができなくても 「できる限りのお見舞いに行けた」という気持ちは持てるということが 人には、とても大切なことだと思います。 僕も、やがて来るその日にそなえて 笑顔でいられるように、しっかりとお見舞いに通いたい。 (つづく) |
| 2009年6月9日(火)のフジノその2 |
| ● テレビ局が1日、密着取材でした 今日は夕方から、追浜駅で新しいマニフェストを配りました。 徹夜で質問原稿をしあげて臨んだ本会議を終えたばかりで、 体力的には厳しかったのですが、人手が足りないのでがんばらなければ! ところで今日は、雄人(吉田雄人市議会議員)に 某テレビ局(全国ネットです)が1日密着取材で付いていました。 小泉元首相をはじめ、 県議会議員や横須賀市議会議員が30人以上も支援する しがらみだらけの現市長に対して 市民ボランティアのみなさんと勝手連だけで ひたすらマニフェストによる闘いを挑む若き無所属市議 という構図が、全国から注目されています。 ![]() 今日はこのテレビ局が来てくれたのですが これまでもフジノは 某全国紙(あの新聞社とあの新聞社です)の本社政治部をはじめ 某インターネット新聞社(ってどこかはバレバレですね)から 「フジノさん、6月の中旬から必ず横須賀に取材に行きますよ! 横須賀が変わるということは、 日本の古い支配の仕組みが崩れるということですからね!」 という熱い言葉をいただいています。 一般的に選挙の報道というのは全ての候補予定者に対して 同じ行数の記事であったり 同じ秒数の映像であったり という紳士協定みたいなものがあります。 けれども、 親しいマスメディアの関係者の方々が 口をそろえて言うことは マスメディアの本音の部分での関心は 果たして市民のみなさまが選ぶのは 今までどおりの 「中央官僚を送り込んで支配される古き悪しき保守のまち横須賀」なのか それとも 「しがらみなしの若手による新しい横須賀」なのか という1点だそうです。そりゃそうですよね。 だって横須賀は「天領」(幕府が直轄で支配してきた土地)とさえ 呼ばれている保守のまちだと、全国的には考えられているのです。 それが本当にチェンジするのか、と全国が見つめています。 ![]() 追浜駅ではたくさんの市民のみなさまが 雄人に語りかけてくれましたが、カメラがそれを撮影してくれてました。 ![]() フジノも少しだけ取材を受けました。 この掲示板の前って、象徴的な場所ですよね(笑) ![]() 追浜駅での活動ではいつも学生さんたちが応援してくれるのですが 今日もみんなで大声援を送ってくれました。 みんな、マニフェストを持っています。 そしてピースサインです。うれしいですね〜。 「がんばってください!」の声にエネルギーをもらいます。 ありがとう! 雄人も僕たちもみんな限界を超えてがんばってるよ! ![]() 最近では市民ボランティアのみなさまにも どんどんマイクでその想いを語っていただいているのですが ボランティアさん&勝手連で最もカッコいい水沢さん(フジノ超推薦)も マイクで話しているあいだ、カメラで撮影されていました。 やっぱり「絵的」に決まってますからね〜。 ![]() こうして、新しいマニフェストの配布が終わりました。 A4サイズで15ページもあるので 毎回の配布で何部くらい市民のみなさまにお渡しできるのか まだ感触がつかめません。 実は、毎回準備して持ってきた部数を上回ってしまい、 急いで事務所に追加分を取りに戻る、ということを繰り返しています。 (じゃあ、毎回多めに持ってくれば良いかというと 多くしすぎると重くて重くて、手作業の僕たちにはムリなのです) これはうれしい悲鳴ですね。 「勝手連をやってみたいなあ」「ボランティア、挑戦してみたい」 と、ひそかに思っているあなた、 ぜひとも勇気を出して一緒に活動してみませんか? これからもマスメディアの取材がどしどし来ますから、 あなたもテレビに映るかもしれませんよ(笑) こうして、街頭演説&マニフェスト配りが終わると 雄人はすぐにミニ集会へとバイクで向かって行きました。 そうだ、「雄人と語りあいたいので来てほしい!」という ミニ集会を希望する方々もどんどん募集しています。 集まっていただく人数も10人なんて大規模じゃなくていいんです。 数名くらいでも、当然、雄人はかけつけていきます。 ご指名があれば、フジノも付いていきます(笑) 勝手連&ボランティアに挑戦したい方も ミニ集会に来てほしいという方も ぜひこちらからご連絡くださいませ。 |
| 2009年6月9日(火)のフジノその1 |
| ● フジノから市長への最後の一般質問でした 今日は本会議でした。 フジノは6年間1度も欠かしたことが無いのですが 市議会定例会において必ず市長に対して質疑を行なってきました。 (これは43人の市議会議員のうち、フジノただ1人きりです) 今回は、蒲谷市政1期目4年間の 最後の本会議です。 その最後の本会議で5人の質問者が立ったのですが フジノはくじびきとはいえ、最後の5番目となりました。 つまり、蒲谷市長に対する最後の質問者です。 彼が市長選挙で落選してしまえば、 まさに本当の意味でフジノが最後の質問者となります。 基本的にフジノは、今の勝手連という立場はからめずに いつもどおりの姿勢で蒲谷市長に対して一般質問を行ないました。 (質問の1回目の全文をこちらに掲載しましたので、ご覧下さい) ![]() 残念なことに今回の質疑においても(最後なのに!) 蒲谷市長とはディベートにさえなりませんでした。 市長からは(フジノだけでなくどの質問者に対しても) 答弁のはじめに、「では回答します」との言葉しかありません。 フジノはいつもどおり市長の答弁に対して 「市長、ご答弁ありがとうございました」と述べるのですが 今日はそれに加えて 「こうした言葉はディベートの基本ですから、ということを あえて申し上げておきたいと思います」 と、ひと言あえて申し添えました。 もちろんフジノが念頭にあったのは、4月22日に 雄人(吉田雄人議員)が発表した議会対応マニフェストの一節です。 (「ご質問ありがとうございます」の当たり前の一言を答弁に必ず盛り込みます) フジノもジョークっぽくその点については述べましたし 本会議場からは、笑いが起こりました。 しかし、肝心な質疑の本題についての答弁が 2回目、3回目と繰り返される中で あまりにも「どうしようもない答弁」を蒲谷市長が繰り返すので ついに3回目の再質問でフジノはブチ切れて 声を荒げてしまいました。 「ひとり親家庭」へのサポートに対する質疑についてです。 蒲谷市政の4年間に対する自己評価への答弁は 延々とひたすらに答弁を長く語り続けるくせに (フジノは「沢田前市長=電子入札のように1つでいい」と 述べたにも関わらず、蒲谷市長は「しぼりきれない」と延々と答弁しました) ひとり親家庭に対する支援に対しては 4年間、市長が全く何もしてこなかったことに対する怒りが 爆発してしまいました。 最後の最後まで蒲谷市長という方は しょせんは「官僚出身の市長」、しかも「三流の官僚」でした。 フジノは国のキャリア(官僚)の方々とやりとりすることも多々ありますが 立派な素晴らしい方もたくさんいらっしゃいます。 蒲谷市長がたとえ官僚出身であるとしても そんな立派なキャリアの方々と一緒にするのは間違っています。 蒲谷市長は地方自治体のリーダーとしても失格、 41万人市民の代表としても失格、 二元代表性の意義も理解していない、 市議会に対する敬意も持っていない、 こんな方を4年間も市長としていたこのまちが 4年間にわたって停滞しまくっていたのも当然です。 しっかり仕事をする期間が4年間もあったのに何も活動せずに 選挙の直前になった今ごろ急にいくつもの成果を打ち出し始めました。 こんなことは全て、4年間の任期のうちの 「最初の1年」で「やればできたことばかり」です。 本当に情けない。 こんな人を再びわがまちがリーダーとして選ぶようなことがあれば、 このまちに明るい未来は決してやってこない と、強く感じた本会議でのやりとりでした。 明日以降になれば、市議会ホームページから インターネット録画中継が観られるようになりますから ぜひフジノが怒りまくった市長とのやりとりを 直接にあなた自身の目でご覧下さいませ。 |
| 2009年6月8日(月)のフジノ |
| ● 明日、フジノは市長と質疑をします!/5番目に登壇します 明日から6月議会がスタートします。 メインの議案(市長から提出された提案のことですね)は 第2次緊急経済対策の補正予算です。 しかし、この時期に提案されたものを 『緊急対策』と呼べるとは考えられないなあ...。 まちを歩いていて倒産した企業の話を 市民の方々からこれでもかというほどに聴かされるにつけても 第1次の緊急対策も補正を打つのが遅かったし、 緊急対策というならもっと早く出すべきだったではないだろうか。 さて...。 フジノは明日、市長に質疑をします。 5人の質問者のうち、順番はフジノが最後で5番目です。 つまり、蒲谷市長の任期1期目4年間の 最後の質問者がフジノとなる訳です。 質問の順番というのは、 議会運営委員会のくじ引きで決まるのですが 蒲谷市長との宿命を感じます。 フジノが行なう質問内容は先日お知らせしたとおりで、 大きく4つの質問をします。 1.何故、蒲谷市長は北朝鮮の核実験に抗議しなかったのか? 2.子宮頸がんの検診を20才以上の誰もが受診しやすい仕組みづくり 3.ひとり親家庭の支援策をしっかりと実現すべき 4.蒲谷市政4年間について です。 ● 事務所に掲示板がつきました 前の事務所(2階部分にありました)の時には 窓ガラスから外に向けて、 いろいろなお知らせチラシやポスターを貼っていました。 (例.日本自殺予防学会の開催、『こころの元気プラス』の紹介...) 新しい事務所に引っ越しをしてから 玄関の脇にけっこう広いスペースがあるので 「ここにしっかりとした掲示板をつけよう!」 と、ずっと考えていました。 でも、フジノ自身のアイディアでは なかなか雨風をしのげる掲示板を壁に付けることが うまくできませんでした。 そこに、はるかぜ書店のスタッフの方(掲示板のアイディア)と RRROOMのスタッフの方(電動ドライバーを貸していただきました)の ご協力をいただいて ついに掲示板が完成しました! ![]() 今は、 1.6月議会の開催日程のポスター 2.8月のリカバリーフォーラムのチラシ 3.新しくたちあがったセルフヘルプグループ 『よこすかひとり親サポーターズひまわり』のチラシ が貼りだしてあります。 今までの経験から、NPOや福祉カンケーのイベントなどで なかなか良いお知らせなのに 市の行政の掲示板にはまず貼らせてもらえませんでした。 だったら、自分が宣伝できる限り、 あらゆる手段で広報していけばいい、と ずっと考えてきました。 その第1弾です。 市民のみなさまも告知したいチラシなどがありましたら (もちろん公益的なものに限りますけれど) ぜひ持ってきて下さいね。 |
| 2009年6月7日(日)のフジノ |
| ● リーダーの孤独/本物の政治家は孤独に耐えなければならない 政治家は、孤独です。 正確に言うならば、『リーダー』である政治家は孤独です。 どれだけたくさんの市民ボランティアの方々が 一緒にマニフェストを配ってくれていても そのマニフェストに書かれた政策に対して 全ての責任を負うのは、リーダーであるその政治家1人きりだけです。 たくさんのボランティアの方々に囲まれていても 演説をしているその瞬間、 語りかけているリーダーは1人きりなのです。 数千億円もの借金づけにさせられた このまちの厳しい財政に直面しながらも その財政危機を克服するための道筋を必死に考えて こどもたちの未来への希望を語るリーダーは、ただ1人きりなのです。 どれだけのアドバイザーがいてくれても 最後に決断するのは、リーダー1人きりなのです。 全ての責任をその両肩に背負って あらゆる困難に直面しながらも、笑顔で希望を語り続けていく。 それはとても孤独な作業です。 例えば、「人前で演説してる時に全く緊張していないように見える」と よく言われるフジノであっても 5日の吉田雄人総決起集会でのフジノの応援演説の前には こんな風でした。水を飲みながら精神統一をしているところですね。 (ちょうどAさんに写真を撮られていました)。 ![]() 祈るべき神も持たない僕たちは、 ただ現実を変えていく為に自分の信念を唯一のよりどころにして 前へと歩みを進めていくのです。 リーダーであることは、実はとても孤独です。 もちろん政治家という職業についてはいても リーダーにふさわしくない人間はたくさんいます。 だから、政治家=リーダーではありません。 また、リーダーであることの孤独と、 単なる仲間がついてこない『孤独なリーダー』とは全く別の話です。 それはリーダーシップに欠けるニセモノのリーダーです。 フジノが今、語っているのは『本物のリーダー』は たくさんの人々に支えられているので、表面上は孤独ではありません。 けれども、最後の最後は1人きりで決断をする、という意味において リーダーは孤独なのです。 --------------------------------------------- 雄人(吉田雄人市議会議員)は リーダーになるべき人間だとフジノは感じています。 逆説的ですが、総決起集会のバックステージで フジノは雄人の姿に『リーダーの孤独』を感じました。 勝手連としてフジノは雄人の表情を この2ヶ月間、間近で見てきて (より正確に言えば、彼は高校時代の後輩ですから 17年前から僕は彼の横顔を見てきました) 最近、彼の顔つきがぐっと引き締まって リーダーとしてふさわしい表情になってきたのを感じます。 もちろん、ふだんの彼は気さくな人間で いつもジョークを飛ばしながら、まわりの人々を笑わせています。 そんな彼のまわりにはいつもたくさんの人たちがいて 楽しく笑いながら過ごしていることが多いです。 けれども、ふだんの彼と、 リーダーであることを求められる瞬間の彼とは、全く別なのです。 それは、きっとこれを読んでいるあなたも すでに感じているはずです。 例えば、彼は開場前のリハーサルは 笑顔でこなしていました。 時に、ジョークもこぼれていました。 ![]() けれども、開場してお客さまが続々と入場してきて 本番がついにスタートして バックステージで ただ1人きりになった彼は表情が変わります。 リーダーとしての表情になるのです。 そこに漂うのは、『リーダーとしての孤独』です。 これから600人もの市民のみなさまを前にして 彼は『希望』を語らなければならないのです。 人々が未来に変化が起こると信じられるようになるのは 彼の言葉によってのみなのです。 彼は、その言葉を紡ぎださねばならないのです。 誰も彼の代わりになることはできません。 ![]() それは彼のすぐそばに居て 最も近い立場にいるフジノでさえも、不可能です。 1才違いの高校・大学の先輩後輩として 似たようなキャリアをたどってきて 6年間、同僚議員として仕事をしてきて その重責や孤独を同じ政治家として 他の人々よりは深く理解することはできても 決して彼と同じ立場になることはできないのです。 誰も彼のかわりになることはできないのです。 バックステージでフジノにできることは 笑顔で言葉を交わして じゃっかんの緊張をほぐしてあげることぐらいです。 リーダーが持つ本質的な孤独は 誰にもぬぐうことはできない宿命的なものなのです。 ![]() それは、家族でさえも不可能です。 彼は善き父であり、善き夫であり、愛に満ちた家族がありますが 今この瞬間の彼には、家族という強い支えは彼にパワーを与えはすれども 彼の孤独を埋めることはできません。 何故ならば、彼は今、家族を支える父であるだけではなく、 42万人もの市民のみなさまを支えるリーダーだからです。 ![]() けれども、その孤独に耐えてこそ、本物のリーダーなのです。 彼にはそれができます。 41万人のまちのリーダーとしての重責を 彼はしっかりと受け止めることができます。 彼は1人きりで全ての重圧を受け止めて、 決して負けることなく前へと進んでいくでしょう。 ![]() そして、華やかなステージに立つ時には そんなリーダーの孤独を一瞬も感じさせることなく 市民のみなさまがこのまちに希望を感じられるようなまちへと 彼の言葉が人々のこころにしみわたっていくように 笑顔で彼は語りはじめるのです。 ![]() 政治家としてフジノは彼の間近にいて、 リーダーとして彼はまさにふさわしい顔つきになってきたことを感じます。 僕は、吉田雄人という存在と、 同じ時代に生きることができたことにうれしく感じます。 彼は必ずこのまちに希望をもたらす 新しいリーダーになるはずです。 僕たちにできることは、そのリーダーを支えていくこと。 リーダーの決断が鈍らないように、常に声をあげていくこと。 リーダーの肩書きを外したプライベートの瞬間には、 1人の仲間としてお酒を酌み交わしたり、くだらないジョークに笑いあうこと。 がんばれ、吉田雄人。 がんばれ、新しきリーダー。 |
| 2009年6月6日(土)のフジノその3 |
| ● 骨折!でも笑顔でマニフェスト配り/希望があるから人は生きていく 今日はどうしても書いておきたいことがあります。 街頭での演説でもフジノは語りました。 勝手連のMさん、利き腕を骨折しています。 かなり高い所から転落してしまい、 骨が折れてしまっただけではなく裂傷によって出血もしました。 全治2ヶ月。 日頃からとても体を鍛えているMさんだったから とっさに利き腕で受け身を取れたからこそ 骨折と2ヶ月の治療で済んだ、とも言えるかもしれません。 もしも一瞬の受け身を取れずに バランスを崩してそのまま倒れてしまっていたら、と思うとゾッとします。 Mさんは骨折から今日でまだ2週間しか経っていないのに 早くも勝手連に復活してくれました。 ![]() 今日、僕は、Mさんがそこに立っている姿を見ただけで すでに半べそになってしまいました。 新しいマニフェスト=解説版は、A4で15ページですから 50部くらい持つだけでけっこう重いんです。 それをMさんは骨折している右手に持ちながら、 利き腕ではない左手で、配っているんです。 固定して動かさなくても痛いのだから 折れてる腕の上にマニフェストを載せて動き回ってたら 痛いに決まっています。 それなのに、僕たちは『希望の勝手連』ですから Mさん、笑顔で配ってくれています。 痛みをこらえて、そして、笑顔です。 Mさんが笑顔なのだから、僕が泣いてはいけないと思いました。 だから、僕はずっと笑顔で配り続けました。 そして、今日用意した大量のマニフェストを全て 1時間も経たずにみんなで配り終えてしまいました。 圧倒的なスピードでした。 配ってくれたみんなの士気が高かったのは 明らかにMさんの姿に、こころを打たれたからです。 僕は最後まで涙をこらえましたが でも今は、この文章を推敲しながら涙が出てきました...。 ![]() 4年前の横須賀市長選挙の時、 フジノは自然気胸で肺に穴があいたまま、選挙の7日間へと突入しました。 本当に苦しくて、息をしても酸素が入ってこなくて、 だけど、みんなの前ではずっと笑顔で居たくて、必死でした。 だって、横須賀を変える為に闘っている僕たちが笑顔でなければ どうして市民のみなさまが『希望』を感じてくれるでしょうか。 僕たちが最後の最後まで笑顔でいなければ どうして市民のみなさまが『新しい横須賀』を信じてくれるでしょうか。 だから、4年前、必死に痛みをこらえて闘いました。 あの日々を思い出しました。 責任感、使命感、いろいろな想いで必死でした。 あの選挙は、木村正孝さんに市長になってほしいというだけの選挙ではなく、 横須賀を守る為に初めて市民が立ちあがった選挙でした。 市民参加型の選挙が初めて行なわれたのが あの4年前の市長選挙だったのです。 4年前のフジノと、今のMさんは、全く同じ気持ちなのだと思います。 そんなMさんの姿に、僕は感動しています。 もはや、この闘いは 吉田雄人だけのものでは無くなったのです。 このまちを変える闘いは、フジノの闘いであり、浜野さんの闘いであり、 雄人後援会の闘いであり、勝手連のみんなの闘いでもあります。 いや、街頭に立っている関係者たちの闘いではありません。 この闘いは、 全ての市民のみなさまの闘いなのです。 明日を今日よりもっと良いものに変える為の闘いです。 自分のまちを自分の手で変えていく為の闘いです。 このまちで生まれて良かった、 このまちで暮らして良かった、 このまちで最期まで生きていて良かった、 そんなまちに変える為の闘いなのです。 絶望だらけのこのまちに、希望を取り戻す為の闘いなのです。 しがらみだらけの腐りきった『安定』を選ぶのか、 希望へと笑顔で突き進んでいく『変化』を選ぶのか、の闘いなのです。 だからこそ、自分の痛みを堪えて笑顔になれるのです。 ![]() 明日への希望を信じられるならば、人は前へと進むことができます。 どんな困難が待ちかまえていようとも 必ず明日は今日よりも良くなるという希望があれば、 人は前へ前へと歩き続けることができるのです。 だから、僕はあなたに こころの底から伝えたいのです。 新しい横須賀の為に、一緒に歩き出してみませんか。 今このまちは財政危機に陥っており あらゆる困難がいくつも目の前に待ちかまえています。 けれども、必ず僕たちは困難を乗り越えてみせます。 やればできるのです。必ず僕たちはやりとげてみせます。 その為には、僕たちだけではダメなのです。 市民のみなさまの力が必要なのです。 つまり、『あなた』が一緒に歩いてくれなければ、 このまちは決して変わらないのです。 このまちはずっと保守的だと言われてきました。 けれども、あなたは何を保守しているのですか。 あなたは何を守りたいのですか。 あなたが守りたいものは、大切な人の笑顔ではありませんか。 あなたの幸せ、それはあなたの大切な人の笑顔ではありませんか。 大切な人の笑顔を守る為には、 今こそ、このまちは変わる必要があります。 あなたを、待っています。 僕たちと一緒に歩いていきましょう! そうすれば必ず明日は今日よりも素敵な1日になるはずです。 だから、あなたを待っています。 一緒に歩いていきましょう! |
| 2009年6月6日(土)のフジノその2 |
| ● 新しいマニフェストを配り始めました!/横須賀中央駅前広場 本日から、雄人(吉田雄人市議会議員)の 『新しいマニフェスト』を配り始めました。 正確に言うと、『新しいマニフェスト』ではなくて これまで20万部にわたって市民のみなさまにお届けしてきた ハガキの大きさの『マニフェスト骨子版』を 『より詳しく解説したもの』なのですね。 A4版15ページの小冊子になっています。 ![]() これまで配っていた『マニフェスト骨子版』にはハガキが付いていて、 市民のみなさまから生の声をいただけるようになっていました。 そのたくさんのハガキの中から 「ここをもっと詳しく知りたい」 「もう少し分かりやすく説明してほしい」 というご質問をいただいた政策は 今までは街頭でマイクをつうじてお伝えしてきたのですが みなさまがまちかどを通行していく数秒間に 演説で伝えきるのはなかなか難しくて 「うー!もっと詳しく、さらに分かりやすく、説明したいのに...」 と、もどかしく感じていました。 政策をきちんとみなさまにお伝えすることこそ、 『政治家の使命』です。 そこで、その使命を徹底的に果たす為に この『解説版』を新たに作りあげました。 15ページでも、まだまだ伝えきれないのですが まちかどで配る大きさは、これが限界サイズです。 電車の中でもバスの中でも自宅でも学校でも 気軽に、でも、じっくりと読んでいただけるはずです。 ![]() これから毎日全ての駅をまわって みなさまにお届けします。ぜひ、この『解説版』をご覧下さい! |
| 2009年6月5日(金)のフジノその4 |
| ● チェンジ!吉田雄人総決起集会に参加しました(その3) 大成功に終わった、総決起集会。 たくさんの市民のみなさまに参加していただきまして 本当にありがとうございました。 ところで、政治家に転職する前、フジノは映画会社に勤務していましたから いつもこういう大きな興行の時は、裏側から見ていました。 試写会、華やかなスターたちが参加する舞台挨拶、などなど...。 その華やかなステージの裏側には、 観客のみなさまが決して見ることができないシーンが たくさんあります。 今回の総決起集会も、まさにそうでした。 フジノのケータイの写真と、 舞台裏を全て取り仕切ってくださったAさんが撮ってくれた写真から そんな裏側を少しだけ、紹介したいと思います。 ● 総決起集会の裏側を支えてくれたボランティアのみなさん こんな大規模の集まりが大成功に終わったのは 本当にたくさんの裏方のみなさま、 全てボランティアとして参加して下さった方々が存在して下さったからです。 フジノが会場である文化会館に到着した時には すでにたくさんのボランティアのみなさまが 何時間も前から到着して、活動してくれていました。 ![]() 本会議での市長への一般質問を作成していて フジノは総決起集会の事前の準備には全く参加できていません。 でも、何日も何日も前から ボランティアのみなさまが事務所に詰めては マニフェストを封筒づめして下さったり、多くの事務作業をしてくれました。 ![]() 上の画像は、開場する前の大ホール入り口です。 今日はかなり激しい雨だったので、 来て下さったお客さまに少しでも快適に過ごしていただく為に いろいろな役割がボランティアのみなさんによって 行なわれました。 ・初めて文化会館へいらっしゃる方々をご案内する為に 文化会館の坂の下で誘導する係 ・文化会館の駐車場の 空いているスペースへ速やかに誘導する係 ・途中で駐車場は全て埋まってしまいましたので 近隣の駐車場へご案内する係 ・駐車場から入り口まで少しでも雨に濡れないようにご案内する係 ・雨で濡れてしまった方にタオルをお渡しする係 ・受付でお客さまに封筒をお渡しする係 ・受付でみなさまに記帳をしていただく係 ・みなさまをロビーにご案内する係 ・開場後に場内の空いている席へとご案内する係 ・お化粧室をご案内したり、場内でご質問にお答えする係 などなど、1人で何役もボランティアのみなさんが こなしてくれました。本当にボランティアのみなさま、ありがとうございました。 ![]() もちろん、司会をしてくださった方もいらっしゃいますし、 全てのボランティアさんをマネジメントして下さった方も忘れてはいけません。 本当にありがとうございました。 こうして600人を超えるお客さまに少しでも快適に過ごしていただけるように ボランティアのみなさんはスタッフとして一生懸命に駆け回ったのでした。 ![]() そして、全てが終わった後は 大ホールの客席に落し物やお忘れ物が無いかを 全てチェックしてまわりました。 ![]() こんなみなさまのおかげで、 当日は総決起集会を大成功に終わらせることができました。 フジノは終了後またフジノ事務所へ向かって 9日の本会議での市長への質問原稿を書く作業に戻ったのですが ボランティアスタッフのみなさまは その後、事務所に戻って反省会を行なったそうです。 (この画像は後日いただきました) ![]() こんなボランティアのみなさまに支えられているおかげで 雄人(吉田雄人市議会議員)は、 新しい横須賀を市民のみなさまと一緒に創る為に 毎日、全力でこのまちを駆け回ることができているのですね。 総決起集会、ボランティアのみなさま、本当におつかれさまでした! ------------------------------------------------ フジノはもう政治家という立場なので メガフォンで市民のみなさまに語りかけたりすることや 表の場面に出る立場になることの方が多くなってしまいました。 でも、もともとが映画会社で華やかな舞台を支える裏方の仕事でしたから その裏方の『大変さ』と同時に、『楽しさ』も誰よりも知っています。 こうしたボランティア活動って 本当に新しい体験が毎日できて、すごく楽しいです。 まだまだ僕たちには人手が足りません。 ぜひあなたも一緒に参加してみませんか? みんな笑顔の仲間たちですが 最初は、誰もがもともとはお互いに知らない同士でした。 僕たちは組織が無いので、誰もが最初は1人きりで参加して、 活動をとおして少しずつチームの一員になっていくのです。 今からでもぜひあなたにも一緒に 『チーム雄人』の仲間になってもらえたら、うれしいです。 ぜひいらしてください! |
| 2009年6月5日(金)のフジノその3 |
| ● チェンジ!吉田雄人総決起集会に参加しました(その2) 『吉田雄人総決起集会』のつづきです。 応援の言葉を終えたフジノたちはそのままステージの脇にひかえて 壇上に上がった雄人(吉田雄人市議会議員)の姿を見つめていました。 ![]() パワーポイントを駆使しながら、 市民のみなさまに分かりやすく自らの政策を語る彼の姿は 「彼こそが、このまちの新しいリーダーにふさわしい」 とフジノに強く感じさせました ![]() さて、フジノも客席側の真正面からは観ることができなかった雄人の姿を カメラの映像でとらえた真正面の映像でご紹介します。 30分の演説のうち、動画は最初の4分間だけしかありません。 だから、フジノが本気の涙をこぼした 彼の素晴らしい演説のラスト5分間は観られないのですが (本当に素晴らしい演説でした!) それでも、はじめの雰囲気だけは 感じていただけるはずです。 それでは、再生ボタンを押して、ぜひご覧下さい! (つづく) |
| 2009年6月5日(金)のフジノその2 |
| ● チェンジ!吉田雄人総決起集会に参加しました(その1) 今日はあいにくの雨でしたが、 夕方から熱気あふれる 『チェンジ!吉田雄人総決起集会』へ参加してきました。 場所は、文化会館大ホールです。 ![]() 開催を決定してから当日まで、 時間があまり無くて広報もほとんどできませんでした。 (フジノ自身もHPでお知らせすることさえ行いませんでした) さらに今日は、かなり厳しい雨だったので、 どれだけの市民のみなさまが来てくださるのか、心配でした。 けれども、600人以上もの方々が来てくださいました。 これはすごいことです。 一切の動員をかけませんでした。 例えば、僕は、頼めば喜んできてくれるであろう家族にさえ 全く声をかけませんでした。 今日来てくれた方々は誰もがみんな完全に 『自分の意思』で参加しようと考えた方々ばかりなのです。 自立した『市民』が雨の中を600人も参加した、という事実は たとえ1000人のホールを満席にできなくとも フジノには大きな喜びを与えてくれました。 ● このまちに『希望』をとりもどす為の闘いには、組織はいらない はじめのご挨拶や、 今後に向けての具体的な事務連絡の後、 雄人の応援にかけつけた政治家5名があいさつをしました。 ・松尾くん(松尾崇さん・神奈川県議会議員) ・長友さん(長友よしひろさん・神奈川県議会議員) ・久野さん(久野晋作さん・千葉県我孫子市議会議員) ・フジノ ・浜野さん(浜野まさひろさん・横須賀市議会議員) の5名です。 ![]() 5分ほど時間をいただいたので フジノからは、 「ただ1人さえも見捨てない横須賀へ」 について、語りました。 勝手連での活動を通じて雄人と一緒にこのまちを くまなく歩き回っている日々の中で ホームレスの方々に話しかけられた時(よく話しかけられます)に 雄人は彼ら/彼女らの声にも しっかりと耳を傾けてきたことをお話ししました。 これまでの政治家は、『選挙で投票ができる有権者』の声にしか 耳を傾けようとしてきませんでした (聞こうとする姿勢があるだけマシかもしれませんが)。 けれども雄人は違います。 くりかえし書いてきたとおり、 たくさんの10代のみなさんが話しかけてくれるのですが 彼ら/彼女らの声にいつもじっくりと耳を傾けてきたのが雄人です。 そして同じく、駅のそばで、あるいはガード下で、 本人の意に反してやむなくホームレスへと追い込まれてしまった人々の、 その声にも耳を傾けてきたのが雄人です。 有権者かどうかなんてことはカンケーないのです。 このまちに暮らしている方々は、誰もが同じまちを愛する仲間だから。 今までの政治家は、ホームレスの方々の姿を見ても シカトして通り過ぎていったでしょう。 けれども雄人は違います。 お1人お1人の身の上に耳を傾けて 何故、ホームレスという状況に追い込まれてしまったかを 雄人は聴かせてもらってきたのです。 好んでガード下で暮らしている人々はいません。 ケガや心身の不調などささやかなことがきっかけとなって やがて失業、貯金の取り崩し、住居から退去しなければならなくなる、 居場所を失う、やむをえずホームレスになる、といった ある種のコースがあります。 このどこかの時点で、セーフティネットがしっかりと機能していれば つまり、政治がしっかりと機能していたならば ホームレスにならなくても大丈夫だったはずなのです。 僕たちは、有権者かどうかなんてカンケーが無いのです。 このまちを愛する人々をみんなを笑顔にしたいのです。 働きたい人々に仕事をしっかりと提供できるまちへ。 働きたいのに働くことができない人々をしっかりサポートできるまちへ。 望んでホームレスになる人もいなければ、 喜んで生活保護を受け取っている人もいません。 このまちの未来の姿は、活気と笑顔のあるまちです。 そんなまちへと僕たちは必ずこのまちを変えていきます。 フジノはそんなお話をしました。 ![]() そして、大トリを務めたのは 浜野まさひろ議員です! 「私は、自民党を『離党』しました」 との報告に文化会館大ホールがどよめきました。 雄人を応援するにあたって、 議会内の会派である会派『自由民主党』を離団したのは すでにフジノの活動日記(4月28日)には書きました。 しかし、さらに『党籍』さえも離脱して 浜野さんは完全に自民党を離党したのですね。 完全な無所属、という状態があるとすれば 今の浜野さんがまさに完全な無所属(党にも会派にも所属していない)です。 僕たちの闘いは全てのしがらみを捨てたところにあります。 浜野さんの姿は、まさにその象徴です。 大きな政党に在籍すれば、きっとラクだと思います。 けれど浜野さんはその安定を捨ててきたのです。 その理由は、新しい横須賀を市民のみなさまと創る為には どんな組織や団体も必要が無いからです。 必要なのはただ1つ、『市民のみなさんの力』だけだからです。 僕たち政治家は、言葉を使います。 けれども、言葉だけでは足りません。 行動によって、その言葉を証明するのです。 浜野さんの姿は、僕たちみんなの闘いを象徴していると感じました。 -------------------------------------------- さあ、ついに吉田雄人本人からの 新しい横須賀にむけての想いが語られます! ![]() 次の活動日記ではその様子を動画で届けします! (つづく) |
| 2009年6月5日(金)のフジノその1 |
| ● 発言通告書を提出しました/6月9日本会議での市長への質疑 本会議で市長に質疑をする為には あらかじめ、発言通告書を提出しなければいけません。 そのしめきりがけさ10時だったのですが けさ9時すぎまで必死に徹夜でしあげた フジノの今回の一般質問(6月9日)の発言通告書を載せますね! ----------------------------------------------------- 答弁を求める者:市長 件名および発言の要旨: 1.核兵器廃絶・平和都市を宣言した横須賀市民の代表として市長は、 北朝鮮の核実験に対して明確に抗議すべきだったのではないか 北朝鮮が2006年10月に続いて 2度目の核実験を5月25日に強行したことに対し、 5月28日に横須賀市議会は全会一致で抗議を決議した。 本市は1989年5月23日に 「核兵器廃絶・平和都市宣言」を宣言しており、 これまで本市議会は 全ての核実験に対して常に抗議の意思を示してきた。 一方、市長は今回の核実験に対して 北朝鮮に対する抗議を全く行なっていない。 市長の姿勢は問題ではないか。 (1)何故、北朝鮮の核実験に対して市長は正式に抗議しないのか 隣接する三浦市・逗子市などの市長は、 核実験に対する抗議を書面(日・英・ハングル語)により、 北朝鮮の金正日国防委員長と国際連合の申善虎大使に送付し、 正式に抗議の意思を示した。 また、非核宣言を行った自治体で構成される 日本非核宣言自治体協議会も、同様に抗議を行っている。 一方、本市は「核兵器廃絶・平和都市宣言」を行っているにも関わらず、 市長は今回の核実験強行に対して 何らアクションを起こしていない。 核兵器廃絶を願う横須賀市民の代表として 市長は抗議のメッセージを示す必要があったにも関わらず、 市長は行動を起こさなかったのは何故か。 (2)今からでも市長は、北朝鮮に抗議すべきではないか 抗議文を北朝鮮と国連にエアメールで郵送しても 約2000円と費用は決して大きくない。 しかし、42万人の本市市民を代表して 市長が正式に抗議を行う意味は大きい。 市議会が全会一致で抗議を決議しているにも関わらず、 市長が何も行動しないのは問題ではないか。 今からでも市長は北朝鮮に抗議すべきではないか。 2.20才から全ての女性が子宮頸がん検診を 定期的に受診しやすくなる為のさらなる対策が必要ではないか ヒトパピローマウイルスが原因で 誰もが罹患しうる子宮頸がんは、 本来、ワクチンと定期的な検診によって予防可能ながんである。 わが国で特に20才から30才の発症率が急増している理由は、 検診の受診率の低さが原因である。 世界109カ国で使用されているワクチンが 本年度中に日本でも承認される可能性があると共に、 先日成立した国の補正予算によって、 一定年齢の女性に対して 無料の検診クーポンが配布される予定である。 こうした動きを好機に検診の受診率が低い現状を改善すべく、 20才以上の全ての女性が定期的に受診をしやすくなるような 仕組みづくりが必要ではないか。 (1)正しい知識と定期的な検診の必要性を さらに積極的に広報していくべきではないか 妊婦検診時に同時に行う子宮頸がん検診は、 国が示した標準的な検診項目に指定されており、 さらなる受診率の向上が望まれるが、 妊娠の喜びの中で子宮頸がんを発見することは 精神的にも肉体的にも大きなダメージとなる。 また、国の補正予算による無料検診は 20〜40才の5才刻みの上に 単年度でしかなく、対象外となる人も多い。 したがって、早期発見・早期治療の為に、 20才から誰もが定期的に検診を受けやすい仕組みづくりこそ 必要である。 ア.正しい知識と定期的な検診の必要性を広報する為に、 毎年の成人式での啓発資料・検診手帳の配布や、 高校・大学への出前授業など、 受診率向上のキャンペーンを積極的に行うべきではないか。 イ.発症のピークの年代の女性をターゲットにするのは当然だが、 同時に同世代の男性・母親の世代への啓発活動も行って、 共通認識を高めていくべきではないか。 (2)クラスVなどで経過観察となった場合の、 検診間のメンタルケアが必要ではないか 検診の結果がクラスVなどで経過観察となった場合、 検診と検診の間の数ヶ月間に精神的に不安定になる方も多い。 しかし、産婦人科医の少なさから メンタル面のケアまで病院では対応しきれていないのが現状である。 したがって、保健所がメンタル面のケアをすべきではないか。 保健所での検診後に要精密検査となって 病院に紹介した後も、本人が希望すれば、 保健所が継続的に関わりを持って メンタル面のサポートに応じるようにすべきではないか。 また、保健所以外での検診の場合にも、相談に応じていくべきではないか。 3.現下の厳しい経済社会状況において 「ひとり親家庭」はさらに厳しい状況に追い込まれているが、 2年間をかけて作成された「ひとり親家庭等自立支援報告書」で 提言された支援策を、早急に実現する必要があるのではないか 2年間かけて開催された 「ひとり親家庭等自立支援のあり方に関する検討会」が終了し、 今年3月には「ひとり親家庭等自立支援報告書」が提出された。 かねてから「ひとり親家庭」へのサポートの必要性を訴えてきたが、 現下の厳しい経済社会状況においては、 「ひとり親家庭」が直面している困難は これまで以上に厳しさを増している。 (1)提言された支援策を具体的にどのように実現していくのか。 2年間もかけて作成した提言だが、 「体制を考える必要があります」 「考えていきます」などの抽象的な多く、 実際にいつどのような取り組みとして予算化されるのか、 そもそも実現するのか、全く明確ではない。 この報告書で提言された支援策を 具体的にどのように実現していくのか。 今後の実現の見通しを ロードマップのように具体的な形出示すべきではないか。 (2)老朽化が著しい母子生活支援施設を 具体的に今後どのように対応していくのか。 あらゆる困難から再スタートをはかる為に 母子生活支援施設は不可欠の存在だが、 本市の母子生活支援施設は昭和46年に建設され、 施設は老朽化し、耐震基準にも問題がある。 居室は狭く、風呂とトイレはそれぞれ各階で共同使用となっている。 警備も万全とは言い難く、 DV被害から逃れてきた方々の不安を 完全には拭えない状況にある。 ア.市長ご自身は、この母子生活支援施設を訪れたことはあるか。 イ.様々な困難からの再スタートの場として、 ハードの観点から見て、 この施設の現状がふさわしい空間と言えるか。 ウ.耐震基準や老朽化の観点から建て替えか移転による新築などの 対応が必要だと考えるが、市長はどのようにお考えか。 4.蒲谷市政の4年間に対する市長の自己評価はどのようなものか 2005年の市長選挙において、蒲谷市長は 選挙公報において「元気な横須賀へ」のキャッチコピーと共に、 このように記した。 『横須賀市は近年、「電子自治体」「国際海の手文化都市」 「中核市」という高い全国評価を確立してきました。 私はこれから少し視点を変え、地域経済の発展に心を注ぎ、 市民の思いに光をあてていく「温もりある行政」をめざします。』 本定例会をもって蒲谷市長の1期目の4年間は最後となるが、 自らの市政運営をふりかえってどのように評価しているのか。 (1)市長ご自身が「蒲谷市政の4年間で最大の成果」と 考えていることは何でしょうか。 (2)蒲谷市長が目指した「温もりのある行政」とは、 この4年間に実施してきた取り組みの中で、 具体的にどのような取り組みを指しているのでしょうか。 (3)「希望」の定義は人それぞれに異なるのを承知でうかがいますが、 蒲谷市長は今の横須賀市の政治・行政が、 市民のみなさまに 「希望」を示すことができているとお考えでしょうか。 -------------------------------------------------- 以上です! |
| 2009年6月4日(木)のフジノ |
| ● 浅野史郎さん、必ず元気になってジョークを聴かせて! もともと知らない人と話すのが好きでは無い僕は かなり人見知りで政治家という仕事自体がつらいのですが カフェで昼メシや夕飯を食べてる時やら 静かに1人で読書をしたい時でも 知らない市民の方からいきなり話しかけられても 「政治家に休みはないのだから」とあきらめて どんな話題でもお話をうかがってきたけれど 今日だけは、どうしてもダメでした。 浅野史郎さんの発病と入院についてのニュースは あまりにも僕には衝撃が大きすぎて ひどい対応をしてしまいました。 ニュースを知った僕はとても仕事が続けられず いつものカフェ『RRROOM』に避難して コーヒーを飲みながら 村上春樹さんの『1Q84』を読んでるふりをしながら 何とか浅野さんのことを 考えないようにしていました。 9日の本会議に向けて 市長への質疑の為の発言通告書を 今日はとにかく徹夜してでも 完成させなければいけません。 しめきりは、明日朝10時なのです...。 でも、ダメでした。 知らない市民の方「フジノさんですか?」 フジノ「(かなりぶっきらぼうに)...はい」 知らない市民の方「本、村上春樹の『1Q84』ですか?」 フジノ「...そうです」 知らない市民の方「おもしろいですか?」 フジノ「...まあまあです」 もう放っておいてくれよ! 浅野さんが急性白血病で入院したんだぞ! ニコニコなんてできない。 八当たりだと分かっているのにムゲに対応した自分が嫌で とにかく会計を済ませてカフェを出ました。 (夜、店長さんに謝りに行ってきました...) --------------------------------------------- 浅野史郎さん、いや、アサノ知事は 僕にとって15年以上前から大切な僕のヒーローです。 横須賀に講演しに来てもらったこともありました。 東京都知事選挙の応援に行ったこともありました。 どんな状況でもいつもジョークでみんなを笑わせてくれる 浅野さんのことだから、今もきっと僕たちの心配をよそに ジョークを飛ばしてるはず。 それとも、入院先で大好きなプレスリーを聴いているかな。 早く完治して、いつもの笑顔を見せてほしいです。 白血病、不治の病ではありません。 だから、きっと浅野さんは大丈夫なはず。 でもダメだ、僕はもう大切な人々を失いたくない気持ちが強すぎて 浅野さんのことがアタマから離れない。怖い...。 ドナー登録をすることと、 祈ることしかできない。 あとは、とにかく全力で仕事をすることだろうか...。 涙が出てきそうだ。 |
| 2009年6月3日(火)のフジノその2 | |
| ● かながわ自殺予防情報センターを視察しました(その2) まず、精神保健福祉センターの桑原所長と 自殺対策情報センター担当の責任者であるOさんから お話をうかがいました。 たくさんの資料と共に 自殺予防対策と精神保健福祉にかける 桑原所長の熱い想いを聴かせていただいて感激でした。 ![]() ところで、実は、以前に 担当のOさんとフジノは厚生労働省が主催した研修の場で 偶然に同じグループのメンバーになったことがあって 市議会事務局を通じて 視察の申し込みをした時に 「あら、フジノさんなら知ってますよ」 と、お返事があったそうなのです。 あいかわらずフジノは初めて会う人と話すのが苦手なのですが Oさんのおかげでリラックスして視察に臨むことができました。 さて、『かながわ自殺予防情報センター事業』のあらましを いただいたペーパーから引用してみます。 ---------------------------------------------- 1.目的 自殺の背景には様々な社会的な要因が複雑に関係しているが、 まだまだ、悩んでいる県民や遺族に対する情報や支援が 充分行き届いていない現状にある。 特に、地域レベルで 自殺未遂者の支援方法や遺族への対応等については 不十分であり、必要な相談ヘアクセスできず、 支援が受けられない状況もある。 そのような状況に対し、 地域における自殺の原因分析や情報の集約を行い、 広く自殺対策情報を県民や関係者に提供するとともに、 地域における関係機関との連携も強化し、 自殺予防や遺族支援の充実を図る。 2.予算額 210万円 3.事業内容 課題の解決のため、精神保健福祉センターに 「かながわ自殺予防情報センター」を設置し、次の事業を実施する。 (1)地域自殺対策コーディネーターの配置 地域における自殺の原因分析や情報収集及び 自死遺族等県民への情報の提供を充実する。 また、各医療機関や学校、行政など地域における関係機関の 自殺対策ネットワーク体制の構築に向けた調整を行う。 (2)地域自殺対策研修 地域における自殺未遂者、遺族等に対する支援のための 人材育成をねらいとした研修を実施する。 (3)地域自殺対策連絡調整会議の設置 地域において個別支援を実施する関係機関の連携や 調整をおこなう会議を設置する (引用おわり) --------------------------------------------------- 目的、全くそのとおりですよね。 『情報発信』には終わりがありませんよね。 世の中にはすさまじい数のあらゆる分野の情報があふれている中で、 特に、追い込まれた末に自殺をしてしまった方のご遺族に ピンポイントで必要な情報を届けるのは かなり困難です。 でも、やらなければならないのです。 それを実行し続けるのがこのセンターの仕事の1つです。 また、追い込まれた末に自殺未遂をしてしまった方々に対して 「自殺という手段では無くて、 もっと別の問題解決方法があるんです。 どんなに苦しい問題であっても あなたのいのちまで失う必要は絶対ありません。 その問題の解決をどうか私たちと一緒にやっていきませんか」 という情報を発信し続けます。 こうした正確な情報を発信する為には 現状の調査・分析も欠かすことができません。 また、地域で自殺対策の為に活動している (例えば東尋坊の茂さんのような方など)様々な個人や団体を 自殺を防ぐという1つの目的のもとに ネットワークをつくっていく、ということも活動の1つです。 下の図がイメージ図ですね。
予算はわずか210万円です。 わずか210万円では、 2人のコーディネーター(非常勤)の人件費と 研修の印刷費などで消えてしまう金額ですよね...。 この予算の少なさは県の責任ではなく 国の責任です。 国がしっかりと責任をもって 予算を地方に渡すべきです。 先日、補正予算が国会で成立しましたが 3年間で100億円が自殺対策に充てられることになりました。 横須賀市の美術館の建設費が50億円ですから いかに政府のやる気が無いかが分りますよね? この100億円を全ての都道府県で分けます。 神奈川県がゲットしたのは「4億2000万円(3年分)」です。 この4億2000万円を、県内の全ての市町村で分配すれば、 1つのまちにいきわたるのはわずか数百万円です。 政府は、いいかげんにしてほしい。 117億円も税金を使って 『アニメの殿堂』を作ってる場合じゃない。 11年連続で自殺に追い込まれた方々が3万人を超えた わが国の深刻な危機的状況が何故わからないのか。 本当に、政府は無能だ。 ...ともかく、視察先に話を戻しますと、 このわずかな予算で 神奈川県は自殺対策に必要な調査・分析・情報発信を行ないます。 また、県内の市町村のサポートを行ないます。 さらに、自殺対策の推進に必要な人材を 研修によって育成していきます。 このセンターは、とても良い機能を持っていると感じました。 (つづく) |
| 2009年6月3日(火)のフジノその1 |
| ● かながわ自殺予防情報センターを視察しました(その1) 今日は、お昼から夕方まで、 『かながわ自殺予防情報センター』を視察してきました。 神奈川県による今年の新しい事業として 今年4月からスタートしたのです。 オープンから2ヶ月が経って、そろそろ準備期間もひと段落して 本格的な活動に向けて軌道に乗り始めた頃かな? と考えたフジノは、 このたび、センター事業を視察させてもらうことにしました。 『かながわ自殺予防情報センター事業』というのは 新たにハコモノでセンターを作るのではなくて ずうっと前から存在している『精神保健福祉センター』の中に 新たに数名の人員配置と予算をつけて 『自殺予防情報センター』の機能を持たせる、 というものです。 ですから、精神保健福祉業界の人間にはとてもなじみのある 横浜・芹が谷にある あの『精神保健福祉センター』の中に設置されたのですね。 JR東戸塚駅か京浜急行の弘明寺駅/上大岡駅から バスに乗って、芹が谷へと丘をどんどん登っていく、あの場所です。 ![]() フジノにとって精神保健福祉センターは 仕事では何度も来ているのかもしれないのですが 1番印象に残っているのは、当時大学生だった16年くらい前のことです。 たぶんまだ20才になる前です。 地域で利用できる精神保健福祉のサービス(社会資源)を とにかく全て知ろうと考えて、あらゆるところに電話をかけてお願いをして、 見学をさせてもらっていました。 ![]() 各都道府県に1つずつ設置される 『精神保健福祉センター』という、ある意味の切り札を見学することに 当時、喜びと緊張をフジノは感じていました。 でも、バスはどんどん山の奥の方へ向かっていき、 さらにバスを降りた後に長い坂道を登らなければならなくて、 「ああ、精神障がいにカンケーする施設というのは こんな風に山奥にあるのか...まちのど真ん中には作れなのか」 と、やや悲しく感じたのを強く憶えています。 それはちょうど『ノルウェイの森』で直子が入所した施設が 京都から何時間もバスに乗っていかないと会えない場所にあるように。 何故、まちなかの駅のすぐそばに存在しないのか。 まちのど真ん中にどうして存在してくれないのか。 そんな風に考えたものでした。 フジノは18〜20才くらいの頃が最も精神障がいと向き合っていて 知識としてもリアルな意味での肉体的にも格闘していた日々だったのですね。 だから、当時を思い出すと、なんだか悲壮感が蘇ってきます。 そんなイメージが色濃くついてしまっているのですが 現実の、実際の精神保健福祉センターは すごく開放的な建物で、当時としてはかなり洗練されていて、 素敵な空間でした。 門からの長い坂道をあがりきると、 パーッと明るく視界が開けて最先端の建物がある、 そのギャップにとても安心させられたのを憶えています。 そんな当時の記憶を思い出しながら 坂道をのぼりきると、 視界がパーッと大きく開けて 精神保健福祉センターの建物に到着しました。 そして、ここが同時に今日の目的地である 『かながわ自殺予防情報センター』なのでした。 ![]() (つづく) |
| 2009年6月2日(月)のフジノその3 |
| ● 市議会だより編集委員会でした 今日は午後1時から 『市議会だより編集委員会(第4回)』でした。 議員みんなの顔写真の撮影も終わって 今回は全てのページのレイアウトも記事もほぼできあがりました。 前回の会議で修正などの提案があった部分を確認して あとは文章の推敲作業でした。 ![]() 発行は、7月1日の予定です。 ● 本会議に向けて質問づくり 『市議会だより編集委員会』が終わると、 今日はずっと市役所の関係各部署にヒアリングでした。 また、市役所の担当部署以外にも 他の自治体や、団体などにもお話をうかがいました。 前回の臨時議会での質疑を作る時には 衆議院の事務局にお世話になったり その前の議会での質疑を作る時には 大阪の堺市や府警本部にもお世話になりました。 横須賀というまちの為の質疑を作る為にも たくさんのまちにヒアリングをしたり資料をいただいたり 多くの方々の協力があって、 ようやく質問原稿が完成します。 国会の事務局を筆頭に 他の自治体や関係団体の方々が みなさん、とても親切なので本当にありがたいです。 もちろん横須賀市も 他のまちの政治家の方々から たくさんの視察を受けたり、資料を提供したり、 ヒアリングに対応しているので、 「お互いさま」の精神、ということなのですが やっぱり、他のまちの方々に とても親切にしていただくと感謝の気持ちでいっぱいです。 ご協力いただいたみなさまの善意と好意に対して フジノがお礼をできるとしたら やっぱり質疑を全力で行なうことしかない と思います。 いつも全力で取り組んできましたが 感謝の気持ちを胸に、今回も全力を尽くして質疑を行ないます。 |
| 2009年6月2日(月)のフジノその2 | |
| ● 市長選挙の事前説明会が昨日行われました 選挙の前には必ず選挙管理委員会が 『事前説明会』というのを開催します。 立候補を予定している人々はここに出席して、 いろいろな説明を聴かせてもらいます。 フジノは勝手連ですから 事務局とか選挙対策本部とかに入っている訳では無いので こういう説明会にも参加したりすることはありません。 市民のみなさまと同じように 新聞報道でしか、その様子は知ることができません。 神奈川新聞が説明会の様子を 報道してくれました。 さすが地元紙、きめ細かい報道に感謝ですね。 下に全文を引用します。 (2009年6月2日・神奈川新聞より)
立候補予定者事前説明会に4陣営/横須賀市長選 28日投開票の横須賀市長選の 立候補予定者に対する事前説明会(同市選挙管理委員会主催)が 1日、同市日の出町のヴェルクよこすかで開かれた。 既に立候補を表明している3氏の陣営に加え、 1陣営が出席して熱心に説明を聞いた。 出席したのは、出馬表明順に 現職の蒲谷亮一市長(64)、いずれも新人の 吉田雄人市議(33)、 呉東正彦弁護士(49)の3陣営に、 市内の女性会社社長の陣営を加えた4陣営の計10人。 会場では、同選管の職員が 立候補届からポスターの掲示方法まで、 資料に基づいて細かく注意点を説明した。 後藤秀樹同選管委員長はあいさつで 「市長選は身近な選挙で市民も注目している。 明るくきれいな選挙になるよう良識ある運動をしてほしい」 と呼び掛けた。 (佐藤浩幸) ----------------------------------------------------- (引用おわり) 3人の立候補予定者に加えて、 もう1人の方が参加されたようですね。 あと19日で告示がなされて、 ついに市長選挙が始まりますね。 新しい横須賀を決めるのは、市民のみなさま、 つまり、これを読んでいるあなた自身です。 6月28日の夜には、新しい市長が決まります。 あなたが選ぶのです。 ぜひ全ての候補者の政策を読んで、 全てのしがらみから離れて、 あなたの暮らしに本当に必要な政策を訴えている候補者を あなた自身が見つけて、そして選んで下さいね。 |
| 2009年6月2日(月)のフジノその1 | |
| ● 6月議会がまもなくスタートします! 今日は、議会運営委員会が開かれました。 これは『事前議運(じぜんぎうん)』と呼ばれるもので 議会がスタートする1週間前に開いて いろいろなことをあらかじめ決めておく場です。 下の画像は、議会運営委員会の資料の1ページ目です。 (議会運営委員会の資料1ページ目)
6月議会では、市長から8つの議案が提案されます。 (まだ追加される予定ですね) また、蒲谷市長に一般質問を行なう予定なのは 資料のとおり、次の5名です。 ・井坂新哉議員(共産党) ・一柳洋議員(ニューウイング横須賀)、 ・大村洋子議員(共産党) ・瀧川君枝議員(ネットワーク運動よこすか) ・藤野英明(無所属) 本来、他の議員の活動にとやかく言うべきでは無いことは 十二分に承知しているのですが、あえて記します。 個人としても政治家としてもフジノの本音は、 雄人(吉田雄人議員)は辞職届を出すまでは 現役の市議会議員なのですから (6月11日に辞職届を出す予定だと本人のブログにありました) 6月議会で最後の一般質問を行なって 蒲谷市長と激しい議論を繰り広げてほしかったです。 もう18日にはJCの討論会があるし、 すでに闘いの場は別のステージに移っている ということなのかもしれませんが... このことだけが本当に残念です。 フジノはいつもどおり、せっかく年4回しかない本会議なので しっかりと市長の姿勢を質したいと思います。 これは、誰が市長に当選しようとも フジノの基本姿勢は決して変わりません。 たとえ誰が市長になろうとも、 二元代表制の一翼である『市議会』のメンバーとして フジノは是々非々の姿勢で厳しく市政の在り方を追究し続けます。 |
| 2009年6月1日(月)のフジノ |
| ● まもなく20万部を配り終えます/マニフェスト配布@横須賀中央 けさは6時半から横須賀中央Yデッキにて マニフェスト配布を行ないました。 すでに先週金曜日に発行された 『タウンニュース』の記事を読んだ方はご存じかもしれませんが この青いマニフェスト、 まもなく20万部を配り終えそうです! ![]() わずか1か月前の4月27日に この横須賀中央Yデッキで フジノたった1人きりで配り始めたのですが 今では多くの市民ボランティアのみなさまが協力して下さり 勝手連の輪が大きく広がりつつあります。 市内の全てのJR・京浜急行の駅を 1つずつ1つずつボランティアのみなさんと一緒に こうしてお配りしてきました。 その積み重ねが20万部の配布です。 本当にすごいことだと思います。 ![]() けれども、それでも横須賀市の人口は41万人もいます。 仮に20万部を配り終えたとしても、 まだ市民の2人に1人には届いていないのです。 僕たちは、この吉田雄人のマニフェストを 41万人の市民のみなさま全員に読んでいただきたいのです。 ![]() これからも僕たちは市内のあらゆるところで マニフェストをお届けしつづけます。全ての方にお届けする為に。 ![]() まだご覧になっていない方は ぜひお届けにあがりますので、ご連絡ください! また、これからも全ての駅をまわりますので ぜひお手にとっていただけたらと思います。 ● 人知れず、まちを掃除するボランティアさん けさ、とても感動したことがありました。 フジノたちはいつも朝6時30分から マニフェスト配布を始めます。 そこで、集合するのは6時20分くらいなのですが けさのフジノはいつもよりも10分くらい早くに Yデッキに到着しました。 すると、市民ボランティアとして 毎日のように一緒にマニフェスト配布をしてくれているNさんが ホウキとチリトリを持って、Yデッキを掃除していました。 「Nさん、おはようございます。 今日はどうしてわざわざお掃除してくれているんですか? っていうか、いつも朝、Nさんが大きな袋を持ってきているのは もしかしてホウキとチリトリを持ってきているんですか!?」 「そうですよ」 と軽く微笑んでから、掃除を続けるNさん。 「もしかして、Nさん! 毎朝集合する前に早く来て、掃除してくれてるんですか!」 「ええ。やっぱりきれいな方がいいでしょう?」 すごい! ![]() 上の写真がNさんです。 Nさんとは毎朝お会いしていながらフジノは、 毎朝わざわざ早く来て下さって その駅その駅ごとに Nさんが掃除をしてくれていたことを知りませんでした。 本当にすごい...。 本当にすごいや。 こうやって毎朝1時間半も マニフェスト配布をするだけでもクタクタになるのに Nさんはさらにみんなより早く来て、 掃除をしてその場を清めてからマニフェスト配りをしていたなんて。 僕は、なんかすごく感動しました。 もちろん毎朝、気合いを入れていますが けさはさらに気合いが入りました。 ![]() マニフェスト配布を終えたみんなで リポビタンDを飲みました。 Nさんを囲んで記念撮影です。 しばしば僕たちは、『若い世代』でまちを変えてくれ、と言われます。 そのたびに、 「僕たちにはまだ人生経験が短いので まだまだ足りない部分がたくさんあります。 どうか人生の先輩がたには これからも僕たちにアドバイスをお願いします」 とお返事してきました。 政治家として未熟だとは全く考えていませんが、 人生80年の時代において、 30代の雄人もフジノもまだまだ『ひよっこ』です。 人生の先輩がたに比べて経験が足りなかったり 未熟な部分がたくさんありますので 年上のみなさまには ぜひいろいろなことを教えてくださいとお願いしてきました。 若い世代だけではダメですから。 全ての世代が力を合わせなければいけないですから。 そんな風にお願いしてきたのですが とても身近なNさんに、まさにその姿勢で教えていただきました。 連日の活動で過労ぎみで 毎朝の掃除はできないかもしれませんが ぜひ見習わせていただきたいと感じました。 マニフェスト配布を通じて 僕たちはたくさんのことを学んでいる気がします。 |
| 2009年5月31日(日)のフジノその1 |
| ● 市民病院をずっと見守っています 今日は、市民病院の関係者の方々と 2時間以上にわたって意見交換をしました。 蒲谷市長が公設民営化を打ち出して 市議会もそれを認めた為に、 市民病院の運営方法は これから『指定管理者制度』に変わってしまいます。 フジノが2003年の初当選以来ずっと訴えてきた 市民病院改革の姿とは、全く違う形になってしまいました。 本当に残念です。 けれども今、残念がっているだけでは 政治家として失格です。 僕自身が一市民として市民病院をずっと利用してきました。 同じように西地区をはじめとする市民のみなさまが 今も市民病院を利用しています。 どんな状況になろうとも、決して利用者のみなさまにとって マイナスの影響が出ないようにします。 その為にも、今日お会いした方のように 新しく生まれ変わる市民病院の中で必死にがんばっている 病院の職員のみなさまをフジノは応援し続けます。 公設民営化された市民病院に 残ってくれる職員のみなさん(公務員では無くなります)に フジノはこころからエールを送ります。 今後も、市民病院で働く方々から 定期的にお話をうかがい続けていくと共に 市民病院が本当に愛される病院へと生まれ変われるように しっかりとサポートしていく決意です。 絶対に、市民病院で働くみなさんを見捨てません。 何故なら、みなさんを守ることは 同時に、利用する市民のみなさまを守ることでもあるのです。 市民に愛される市民病院として生まれ変わるまで たとえ10年かかろうとも、ずっと見守り続けます。 職員のみなさま、フジノに意見をぶつけて下さい。 生の声をぜひ聴かせて下さい。 ● 現役の政治家の仕事は、選挙ではありません 勝手連の活動の毎日の中で、 HPでの話題がそればかりになってしまい、 「今のフジノさんは選挙にしか関心が無いの?」 と市民の方に言われてしまいました。 そんなことは100%ありません。 フジノは今も毎日、市民の方々からの相談を受け続けていますし、 カフェトークも1度も休むことなく毎週続けていますし、 先週の臨時議会でただ1人だけ 蒲谷市長に対して本会議で質疑を行ないましたし、 採決にあたってはやはりフジノ1人だけが 本会議場において討論を行ないました。 来週に始まる6月議会でも、市長に対して質疑を行ないます。 現役の政治家として いつもどおりの仕事を行なっています。 新しい事務所で、ようやく1回、議会を体験しました。 まだ荷物が片付いていないので いろいろな資料がどこにあるのか分らなくて 質問づくりではかなり苦労しました。 組み立て式の机を作る時間が取れなくて いまだにパソコンのモニターは段ボールの上に載せたままで 作業をしているような状態ですが ![]() それでも、しっかりと政治家として 仕事を続けているつもりです。 忙しくすぎて確かに時間が全く無くて、 HPには勝手連以外の話題が書けていないのは 事実ですが フジノは自分の成すべき仕事を いつもどおり果たしていますからね。どうぞご安心を! |
| 2009年5月30日(土)のフジノその3 | ||
| ● 市議会議員だけ、ボーナスは凍結されなかった ルール違反かもしれませんが、 フジノが知っている『内側』の話を書きます。 5月28日に1日だけ開かれた市議会の臨時議会では 実は、マスメディアには報道されていない水面下の動きがありました。 この臨時議会が始まる1週間ほど前から 市議会議員のボーナス凍結に向けて 市議会議長と副議長が 各会派をまわって説得を試みたのです。 それを知ったフジノは さすが市議会議長・副議長は市議会のリーダーだ、と こころから喜び、賛同しました。 けれども、そのタイミングではまだ議長・副議長の動きを 世間に向けてオープンにすることはできませんでした。 そこで、市議会議長・副議長の動きを 応援する意味で5月21日の活動日記を書きました。 また、フジノが直接にHPを通して 市民のみなさまに語りかけて世論に訴えることで 市民のみなさまに実態を知っていただくことで 議長・副議長の行動を 後押ししてほしいという想いもありました。 しかし、結論から言うと 2つの会派の反対にあって、ボーナス凍結は無くなりました。 どの会派が反対したかはここには記しません。 ただ、反対した会派に所属する議員ご自身がそのブログの中で その理由を説明しているので、ぜひ探して読んでみて下さい。 また、ここから先の話はもう水面下の話では無くて 公開の議会運営委員会でオープンな場での議論なので マスメディアの方々も知っている話になります。 (2009年5月29日・神奈川新聞より)
基本的に全会派が一致することを 重んじる議会運営委員会において 2つの会派が反対したことが ボーナス凍結を実質的にストップさせてしまいました。 こうした反対勢力に対して、会派『研政よこすか市民連合』からは 議員提案によるボーナス凍結をめざす動きも起こりました。 全会一致がムリでも多数決でいけるはずだと考えた 研政よこすか市民連合の動きは、 たとえ議会運営の王道からは外れても 市民のみなさまの想いに沿っている正しい行動だったと フジノは高く評価しています。 もしも、その議員提案がなされた時には フジノは絶対に賛成する決意でした。 けれども、それも実現することがありませんでした。 本当に残念です。 かたや国会では、昨日、与野党のしがらみを超えて 全会一致(国会議員の全員が賛成をした、という意味です)にて 夏のボーナスを2割カットする法案が可決されました。 (2009年5月30日・朝日新聞より)
日頃は国会議員よりも進歩的な横須賀市議会なのに 何故、今回は国会議員にできたことが 市議会で実現しなかったのか、悔しくてたまりません。 横須賀市議会といえば、かつては議会改革で知られていたそうです。 このように評価が高かった頃に フジノは政治家ではありませんでしたから どのあたりが優れていたのかは 全く知りません。 今回のように、 市民のみなさまの生活が非常に苦しい現状を受けて 市長も副市長も教育長もボーナスを凍結して、 ふつうの市職員のみなさまのボーナスも凍結したのに 市議会議員だけ、何も変わらない というのでは、市議会は市民のみなさまの代表と言えるのか フジノは強い疑問を持ちます。 国会議員よりもいつも市民のみなさまの近くにいるはずの 市議会議員がこういう結果になってしまったことは とても悔しい気持ちでいっぱいです。 日頃、無所属で行動しているフジノは 他の会派の動きなどは書いたりしませんが 今回の市議会議長・副議長の活躍と 研政よこすか市民連合の動きにフジノは強く共感しており、 ぜひ市民のみなさまに知っておいていただきたくて あえて記すことにしました。 |
| 2009年5月30日(土)のフジノその2 |
| ● 「リカバリーフォーラム2009」企画委員会でした 今夜は、東京駅前にあるビジネスセンターにて 『リカバリーフォーラム2009』企画委員会が行われました。 前回までは、仮の名前として 『リカバリー推進フォーラム』と呼んでいたのですが 正式な名前が決定しましたので これからは『リカバリーフォーラム2009』と呼んでいきます。 今回あえて名前の最後に『2009』と付けたのは、 第2回目は『リカバリーフォーラム2010』、 第3回目は『リカバリーフォーラム2011』、 第100回目は『リカバリーフォーラム2109』と ずうっとこのフォーラムが続いていくように という願いもこめてのことです。 ![]() 今回の企画委員会では、 どのような分科会を開催するか、かなり具体的に話し合われました。 2日間のリカバリーフォーラムの メインのプログラムは なんといっても、この為にアメリカから来日して下さる チャールズ・ラップ教授の記念講演です。 (ラップ教授は、ストレングスモデルの提唱者ですね) けれども記念講演だけではなくて リカバリーに関わるあらゆる分野を網羅した 約20もの魅力ある分科会が行われます。 ![]() フジノ自身も、地方議員という立場から 分科会を1つ担当する予定です。 本当ならば、5月中に、 企画案を提出しなければいけなかったのですが 忙しさにかまけて、全く作成することができませんでした(汗) これから何十年と続いていく 素晴らしいフォーラムへと発展していくはずの集まりの 記念すべき第1回ですから 何とかしてフジノも企画書を作成して 全国の方に参加してもらえる分科会を実現したいです。 リカバリーフォーラムは 8月21日(金)〜22日(土)の2日間、 日本社会事業大学で開催です。 全国の精神保健福祉カンケーのみなさまに ぜひ参加していただきたいと思います。 特に、精神障がいのある当事者の方にこそ ぜひとも参加してほしいのです。 リカバリーは、精神障がいのある本人の為のものです。 ですから、この『リカバリーフォーラム2009』にも めちゃくちゃたくさんの当事者の方々に来ていただきたいのです。 まもなく全国のいろいろな団体に このフォーラムのチラシが届けられますので どうかご覧くださいね。 参加の申し込みは7月に開始する予定です。 どうか、お楽しみに! |
| 2009年5月29日(金)のフジノその2 | ||||
| ● タウンニュースの市長選挙特集 今日のタウンニュースに市長選挙の特集が出ていました。 記事の形がちょっとHP向きでは無かったので かなり縦長になってしまったのですが、ぜひご覧ください。
|
| 2009年5月29日(金)のフジノ |
| ● 激動の徹夜2日間/NPOアンガージュマンよこすかでお話しました これを書いている今、他人から話しかけられても 『音声』として耳には入っているのですが、 その『話の意味』は理解できないような状況に陥っています。 フジノはおとといから今日にかけて 何だかあまりにも忙しくて かれこれ60時間以上にわたって起き続けています。 そのせいで、判断能力がとても鈍っています。 忙しい時って、スケジュールが重なりすぎますよね...。 ![]() 今日の夜は、『NPO法人アンガージュマンよこすか』の 年1回の定期総会に来賓として招かれました。 といっても、市議会議員としてではなくて アンガージュマンよこすかで 毎月1回の講義をさせていただいている講師として NPOの関係者のみなさまに 少しだけお話をさせていただきました。 ![]() フジノがみなさまにお話した内容は、 (1)挫折をくりかえした人ほど希望を持つことができるという 研究結果が出ているという事実。 (2)フジノみたいに失敗ばかりの悲しき人生を送ってきても 政治家レベルの仕事には就けるので安心して下さい、ということ。 (3)人はみんなバラバラで様々で多様な存在で 同じ人間なんて誰1人として存在しなくて みんな違ってみんなそれでいいのですよ、ということ。 (4)人は何回も何回も挫折して痛みに苦しんでも それでもまた立ち上がることができる存在です、ということ。 の4つです。 ![]() その後、アンガージュマンの関係者のみなさまと いろいろな語りあいました。 フジノが伝えたいことは、 フジノをぜひ反面教師としてください、ということです。 人は、悲しみや痛みを抱えながらも 必ず再び笑顔を取り戻すことができる素晴らしい存在です。 いま笑顔になれない方も、必ずまた笑顔になることができます。 だから、大丈夫ですよ。 いつも僕はあなたを応援していますからね。 |
| 2009年5月28日(木)のフジノその5 | |
| ● 30人以上の市議が蒲谷市長を支援する! けさの神奈川新聞を読んで、驚きました。 43人の市議会議員のうち、 30人以上が蒲谷市長を支援するそうです! 市長と市議会は二元代表制として お互いに緊張関係になければいけないのに、 43人の市議のうち、4分の3にあたる30人以上も 現職の市長を応援するというのは 議会としての本来の機能、つまり、 『二元代表制』として機能していると言えるのでしょうか? 記事を全文引用しますので どうぞご覧下さい。 (2009年5月28日・神奈川新聞・2面より)
三つどもえの戦いか ’09 横須賀市長選/投開票まで1カ月 蒲谷氏4年の実績強調、吉田氏街頭で政策訴え、呉東氏ミニ集会に力 任期満了に伴う横須賀市長選は 投開票日まで28日で1カ月と迫った。 既に立候補を表明している現職の蒲谷亮一市長(64)、 いずれも新人の吉田雄人市議(33)と呉東正彦弁護士(49)の 3氏による戦いが有力となっている。 政党や労働団体の取り組み状況も固まりつつあり、 決戦ムードが高まっている。 (佐藤 浩幸) 蒲谷氏は昨年12月に出馬を表明。 43人いる市議のうち、 新政会、自民党、研政よこすか市民連合、公明党など 30人以上が支援議員に名を連ねる。 前回は他候補を支援した 自民の竹内英明県議も陣営に加わるなど 議員の陣容は前回を上回るが、 三浦半島地域連合は支持にとどまった。 財政立て直しに努めた4年間の実績を強調しながら、 「次の4年間で満開にしたい」と意欲を見せる。 吉田氏は3月、 「36年間続く官僚出身の市長を終わらせたい」 と出馬の意向を表明。 現市政に批判的な経済人や2市議が支援している。 組織に頼らない、「政策本位の選挙」が目標。 6年間の議員活動と同様に街頭活動を重ね、 チラシを配りながら政策をアピールしている。 具体的には、市民の声を反映する形で 「箱モノ」の見直しや 福祉・教育サービスの充実などを行うと訴えている。 呉東氏も3月、出馬を表明した。 各分野で活動している市民が集まった 「市民みんなの力で市政をつくる会」が擁立する。 政党の推薦は受けないが、複数の市議が支援している。 会員拡大とミニ集会を2本柱に活動を展開。 長年の弁護士活動の経験を生かした経済活性策や生活支援策、 市の財政改革、原子力空母対策などを マニフェスト(政権公約集)にまとめ、 支持を広げようとしている。 有権者数は、35万3390人 (男17万5506人、女17万7884人)=3月2日現在 ------------------------------------------------- (引用終わり) 蒲谷市長には、30人以上の市議会議員と竹内英明県議(自民党)。 呉東弁護士には、一柳ひろし議員(ニューウイング横須賀)と 井坂しんや議員(日本共産党)と 大村洋子議員(日本共産党)と 瀧川きみえ議員(神奈川ネットワーク運動よこすか)と ねぎしかずこ議員(日本共産党)と 原田あきひろ議員(研政よこすか市民連合)。 雄人(吉田雄人市議)には、 無所属の浜野まさひろ議員とフジノのたった2人だけ。 それぞれの立候補予定者ごとに すごくハッキリとカラーがわかれましたね。 フジノたちはとにかくきちんとマニフェストを 市民のみなさまに広くお伝えすることだけしか関心が無かったので こういう事情を全く知りませんでした。 しかし、圧倒的な数の市議たちに支援されている 蒲谷市長はすごいですね。 記事のとおり、とても残念なのですが 4年前は一緒に闘ったあの竹内英明県議(自民党)とは 今回は一緒のチームで闘うことができませんでした。 いま雄人には、勝手連をしている政治家は わずか2人(無所属の浜野議員とフジノ)しかいませんが でも、政治家の数なんてカンケーない。 大切なのは『政治家がどれだけバックについたか』ではなく あくまでも『市民のみなさまの選択』なのです。 フジノは、市民のみなさまが 政策で政治家を選ぶ新しい時代に入ったことを信じています。 新しい時代、新しい横須賀へ向けて 市民のみなさまこそが本当に主役のまちへと 必ず変わっていきます。 あと1か月です。 |
| 2009年5月28日(木)のフジノその4 | ||||
| ● どしゃぶり雨の衣笠駅前/マニフェスト配布@JR衣笠駅前 本会議を終えて、大急ぎで事務所に戻って いくつかのメールと電話を市民の方々にお返ししてから 夕方5時から、JR衣笠駅前へ向かいました。 ものすごいどしゃぶりの雨でした。
僕たちは、限られた紙面では伝え切れなかったマニフェストを 街頭での演説を通じて、より詳しくご説明しています。 ですから、「演説の中身をしっかり聴きたい」というお言葉は 政策本位のマニフェスト選挙が浸透しつつあることだと感じています。 組織のしがらみのない僕たちは ただひたすら愚直なまでに政策を伝えていくことだけが 唯一の武器なのです。 市民のみなさまが、 政策で判断して下さることをこころから願いながら 本当の民主主義の実現をめざして、 組織やしがらみを無くした『政策』本位の活動を続けていきます! ● このまちを愛している限り、ずっと僕たちは仲間です 先月のカフェトークに参加してくれた 東京にお住まいの若い女性(生まれ故郷が横須賀なのですね)が 今では毎週末、横須賀に戻ってきては 勝手連としてボランティア参加してくれています。 今日はその女性のお母さんまで わざわざ雨の中をご友人と一緒に演説を聴きにきてくれました。
みんな、雨も風も吹き飛ばす気合いでした。 ![]() 今日までずうっと手伝ってくださった1名の市民ボランティアの方が 残念ながら今日が最後のマニフェスト配りとなりました。 お仕事を休んだりつごうをつけながら 毎日来て下さっていたのですね。 雄人をはじめ、勝手連&応援団のみんなで、 その方とのお別れを惜しみました。 毎日毎朝こうやって雨の日も晴れの日も一緒に 街頭に立ち続けてきた仲間は本当にかけがえの無い存在に感じます。 たとえ数週間のマニフェスト配布であっても まるで数年間をともに過ごしたかのような親しさを感じます。 でも、僕たちは、永遠のお別れではありません。 あなたが市民としてこのまちに暮らしている限り、 いえ、故郷を離れたとしてもこのまちに愛情を抱いている限り、 僕たちとの『新しい横須賀』を創っていく活動は 永遠に終わる事はありません。 『選挙』というのは、ただの時間的な区切りでしかありません。 僕たちはそんな区切りとは無関係に いつまでもこのまちでずうっと暮らしていくのです。 希望あるまちへと生まれ変わるその日まで いつまでも僕たちはずっと仲間です。 だから、たとえマニフェスト配りなどのボランティア活動を終えても 僕たちのカンケーは変わりません。 ずっと仲間です。ずっと同志です。 これからも一緒に闘っていきましょうね。 |
昨日までの活動日記はこちらです
これまでの6年間の激闘もぜひごらんください
2003年度、2004年度、2005年度、2006年度、2007年度、2008年度