終戦記念日、歴史に学ぶ必要性をさらに痛感しました/横須賀日中友好協会主催の映画「望郷の鐘〜満蒙開拓団の落日〜」上映会へ

終戦記念日の過ごし方は、歴史に学ぶこと

フジノが育った武山には陸上自衛隊の駐屯地もあり、横須賀市には米海軍基地があります。

決してフジノだけでなく、多くの市民のみなさまが平和について考える機会が他のまちに暮らす人々よりも多いのではないかと感じています。

フジノの場合も政治家に転職する前から平和について常に考えてきました。

特に僕の場合は、いくつかの個人的な理由もあります。

第1に、おじいちゃん子であった僕にとって帝国海軍軍人であった祖父のライフヒストリーをたくさん聴かされてきたこと。

第2に、父は戦前の生まれで、幼少期からずっと長く苦しくひもじい想いをして生きのびてきたライフヒストリーをたくさん聴かされてきたこと。

第3に、幼い頃から僕の友達には在日朝鮮・韓国人(この呼び方はおかしい)の2世や3世がふつうにたくさん居たこと。

第4に、中学時代から先生や先輩方に恵まれて、親しい先輩は『ヨコスカ平和船団』に乗ったり、先生方と日常的に平和について語り合えてきたこと。

アルバイトをして一人旅ができるようになった大学時代には、ヒロシマ・ナガサキ・オキナワを訪れたのも自然のことでした。

以前にも記しましたが、広島で原子爆弾の被害に遭った方と文通をしていた時期もありました。

大学時代には被曝3世の友人もいて、現在進行形の苦しみや悩みを話してくれました。

大学時代の専攻は心理学でしたから、何故「戦争に行け」という命令に人々が従うのか、大いに考えました。

基本的に人の行動は『快楽原則』(心地よいと感じ方向に行動は増えていく)に向かいます。その真逆である『戦争に行く』に、しかも『圧倒的多数の人民』が『ごくごく限られた数の権力者』の戦争命令に従うのか、心理学的な視点からかなり考えました。

そして今、いち市議会議員ではありますが『権力者の側』に立つ者として、「絶対に平和を守らねばならない」と常に強く意識しています。

その為には絶えず『歴史に学ぶ』ことが必要だと信じています。

歴史を学ぶとともにそこから教訓を得て、今の政治に反映させていかねばならない、歴史に学ぶ姿勢を常に持つことが不可欠だと信じています。

こうした想いで毎日を生きているのですが、ようやく終戦を迎えることができた8月15日は特に大切な日だと感じています。

「自分が知らなかったことを改めて積極的に学ぶ日にしよう」と決めて、毎年この日を迎えています。

昨年は、浦賀港引揚船の悲劇について改めて深く学びました。

そして今年は、満蒙開拓団の悲劇と中国残留邦人の帰国に奔走した人物について学ぶ機会を頂きました。

映画「望郷の鐘」上映会について報じたタウンニュース2015年7月24日号

映画「望郷の鐘」上映会について報じたタウンニュース2015年7月24日号


前市議で先輩議員の原田章弘さんからお誘いいただきました。ありがとうございます。

会場にて

会場にて


山田火砂子監督の映画『望郷の鐘〜満蒙開拓団の落日〜』を観ました。

国民が総力を挙げて作り上げた大きな嘘は、いつの時代でも見破るのは容易ではない。

そして、それに従った開拓団も義勇軍も客観的には侵略者であったという事実は打ち消せない。

国家の政策に純粋に協力しただけと言っても、この事実は一人ひとりが責任を問われることになる。

国家に尽くした日本国民は、加害者であって、被害者であったのです。

日本国民は全員手をつなぎ、平和国家を作っていきたいと、この映画を作ります。

これが映画の冒頭に流れる監督からのメッセージです。



3分の1以上が亡くなった「満蒙開拓団」の悲劇

『満蒙開拓団』とは、日本から27万人も旧満州(日本が造った傀儡国家=満州国、特に北部へと送り込まれた)に入植する為に送り込まれた人々のことです。

NHK「時論公論"満蒙開拓団"の史実に学ぶ」より

NHK「時論公論”満蒙開拓団”の史実に学ぶ」より


最盛期には205万人もの日本人が居た満州国ですが、1945年8月、ソビエト軍は満州国に侵攻しました。

満州国に配備されていた日本軍(悪名高き関東軍です)は民間人を見捨てて逃走し、残された満蒙開拓団の人々の悲劇が始まりました。

日本に引き揚げようにもソビエト軍や現地の人々の攻撃に阻まれ、たくさんの人々が暴力や飢えで亡くなりました。集団自決も相次ぎました。また、ソビエト軍に収容所へと送られる人々も多数にのぼりました。

27万人の『満蒙開拓団』のうち、3分の1を超える8万数千人が亡くなったと言われています。

さらに、現在まで続いている『残留孤児』や『残留婦人』などの問題も起こりました。

フジノがリアルタイムで憶えているのは、毎年、中国残留邦人のニュース(かつてはこどもだった方々が中高年になり日本語も話せないけれども日本に帰ってくることができた)が流れていたことです。

その後、大人になって表面的なことは学びましたが(敗戦後も永住帰国が進まず、帰国のピークはなんと終戦から40年後でした)、深くは知りませんでした。



実話に基づく映画「望郷の鐘」

このテーマを真正面からとりあげた映画が『望郷の鐘〜満蒙開拓団の落日〜』です。

映画「望郷の鐘」ウェブサイトより

映画「望郷の鐘」ウェブサイトより


今日、横須賀でこの映画の上映会が開かれました。

8月15日に観るのにふさわしい映画だと感じました。

内藤剛志さん主演で、あっという間の2時間でした。

長野県阿智村の僧侶の方の人生の事実に基づいて作られたこの映画は、知らないことばかりでした。

動画で映画の一部がご覧いただけます。

上映会について新聞が報じました

この上映会について、神奈川新聞が2回にわたって報じてくれました。

2015年8月6日・神奈川新聞

2015年8月6日・神奈川新聞


全文を引用してご紹介します。

残留孤児の父を描く 15日、横須賀で「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」上映会

「中国残留孤児の父」と呼ばれ、残留孤児の肉親捜しに奔走した故・山本慈昭さんの生涯を描いた映画「望郷の鐘 満蒙開拓団の落日」の上映会が15日、「ヨコスカ・ベイサイド・ポケット」(横須賀市本町)で開かれる。横須賀日中友好協会主催。

満蒙開拓団とは、日本軍が現在の中国東北部を侵略し、1932年に満州国を樹立後、日本国内の農村地域の貧困救済などを目的に現地に送り込んだ農業移民。

長野県阿智村の寺の住職だった山本さんは1902年生まれで、45年5月、開拓団の一員として家族で満州に渡った。

直後に敗戦を迎えると、家族と生き別れ、シベリアでの抑留を経験。

47年に帰国した後に、中国に取り残され、現地で育てられていた残留孤児の存在を知り、支援活動に注力するようになった。

同作は、東京大空襲を経験し、疎開先の山梨県で終戦を迎えた山田火砂子さん(83)が監督を務め、昨年11月に完成した。

山本さん役を俳優の内藤剛志さんが演じる。

例年上映会を開いている同協会の関係者が山本さんの功績を知っていたことが縁で、今回の企画が決まった。

原田章弘会長(68)は、戦後70年という節目の年であることや、安全保障関連法案が衆院を通過し参院で審議が行われている現状に触れ、

「作品を通して平和とは何かを考えてもらいたい。また満州や満蒙開拓団といった歴史への理解を深めてほしい」

と期待する。

山田監督は

「戦争をしてほしくないとの思いで作った。若い世代に足を運んでほしい」

と話している。

引用は以上です。



主催団体の会長は、先輩議員の原田章弘さん

主催をしたのは『横須賀日中友好協会』のみなさんです。

横須賀日中友好協会のウェブサイトより

横須賀日中友好協会のウェブサイトより


現会長は、引退された先輩市議会議員の原田章弘さんです。

2015年8月8日・神奈川新聞より

2015年8月8日・神奈川新聞より


在職中の原田議員(そして引退後の今も)には、特に平和・反戦・非核の問題について、いろいろなことを教えて頂きました。

原田さんが議員であった頃のこと、2010年にはフジノも連名で議員提案により意見書案を提出しました

原田さんが議員であった頃のこと、2010年にはフジノも連名で議員提案により意見書案を提出しました


原田さんが現役の議員だった時には、フジノも連名で、議員提出による意見書案を提出したこともあります。

アジアの平和をライフワークとする原田さんは、引退後も民間外交の大切さを説いて、丁寧で地道な活動を続けてこられました。

横須賀日本中国友好協会の方のご挨拶

横須賀日本中国友好協会の方のご挨拶


今日は、映画の始まる前に、横須賀日中友好協会の方から挨拶がありました。

フジノはこうした友好の為の団体には入っていないのですが、日本と中国、日本と韓国、日本と北朝鮮、アジアの様々な国々との対話を続けていくべきだと考えていますし、フジノ自身にもできることがあれば積極的に取り組みたいと願っています。



ありきたりの言葉だけれど、「平和」の大切さを深く感じました

戦中・戦後を生きてこられた方々と異なり、フジノのように戦後生まれの人々の大半は、『平和』とは空気のようなものかもしれません。

けれども、日本を含めた世界の国々の方々のすさまじい数の犠牲の上に初めてこの『平和』が成り立っていることを改めて自覚したいです。

特に今、政府が『戦争法案』を成立させようとしていますが、絶対に止めねばなりません。

たくさんの犠牲を払ってもなお学ばない。それでは失われた命に対して申し訳がたちません。

戦争の犠牲になった方々は、子孫である僕たちが平和に生きていくことを信じて亡くなっていったはずです。

甚だしく愚かな権力者たちを抑止する為の憲法を軽んじる動きは、全身全霊をもって止めねばなりません。

僕たちは、世界中の人々と協和していくことで、政府によって再び戦争の惨禍を起こさないと決意しました。

僕たちは、平和が永遠に続くように願い、平和の為の崇高な理想を持ち続けることを決意しました。

僕たちは、平和を守り、全世界の国民がみな恐怖と欠乏に陥らずに、誰もが平和に生きることを決意したのです。

僕たちは、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓いました。

もう2度と70年前のような過ちを起こさない為に、みんなで力をあわせていきましょう。



映画「望郷の鐘」ウェブサイトより

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