多文化共生社会の実現に向けたこれまでの実績と今後の取り組みを語った街頭演説の動画を公開しました/横須賀市議会選挙2019・5日目

このまちにともに暮らしているのに誰も目を向けない「外国につながりのある人々」

横須賀市議会には41人の議員が居ます。

その誰も全く取り上げないテーマを取り上げることがフジノの役割だと信じています。

例えば、外国につながりのあるこどもたちや外国人市民の方々が直面している課題を取り上げて解決していくこともフジノの役目だと感じています。

本会議でも委員会でも何度も何度もフジノはこのテーマを繰り返し取り上げてきました。

(例えば、本会議の質疑はこちらなど)

フジノの質問によって大きく事態が動いた事柄としては、

  • 外国につながりのあるこどもたちの居所不明をゼロにした。
  • 外国につながりのあるこどもたちの不就学をゼロにした。

の2つが挙げられます。

教育福祉常任委員会での数年間にわたる質疑の結果、教育委員会が取り組みをがんばってくれました。

このまちに暮らしているかぎり、国籍がどこであろうと、親がどのような状況であろうと、絶対にこどもたちに教育を受ける機会を保障する。

これがフジノが取り組んできたことであり、これからも必ず実現していくことのひとつです。



改正入管法を待たずに「多文化共生推進プラン」策定を提案し「地域福祉計画」の中に取り組みを明記させました

政府は入管法を改正し、今年2019年4月からさらに外国から多くの方々に日本に来ていただいて労働力の不足や後継者不足に対応していただくことを期待しています。

けれどもフジノはそれに先立って横須賀市において『多文化共生推進プラン』を策定して、同じまちに暮らす地域の担い手としての外国人市民のみなさまが暮らしやすい取り組みを進めるべきだと提案してきました。

フジノの提案に対して上地市長はその必要性を認め、単独の行政計画としては策定しないけれど、新たに策定する『地域福祉計画』の中に盛り込んでいく方針を示しました。

完成したばかりの「地域福祉計画」

完成したばかりの「地域福祉計画」


この『地域福祉計画』の策定を提案したのもフジノなのですが、偶然の巡り合わせで今年度フジノはこの『地域福祉計画』を策定する社会福祉審議会の委員に選ばれていました。

  • 市長の諮問を受けて『地域福祉計画』を策定する社会福祉審議会の委員
  • 地域福祉計画の担当部局である福祉部を所管する市議会の教育福祉常任委員会の委員

この2つの立場をフルに活用して、フジノは『地域福祉計画』の中に外国につながりのある方々がより暮らしやすいまちへの取り組みを明記することができました。

外国人の現状(「地域福祉計画」より)

外国人の現状(「地域福祉計画」より)


外国人に対する支援(「地域福祉計画」より)

外国人に対する支援(「地域福祉計画」より)


やさしい日本語の使用(「地域福祉計画」より)

やさしい日本語の使用(「地域福祉計画」より)


フジノが提案した『多文化共生推進プラン』は形こそ変われど『地域福祉計画』の中に明記されて、横須賀市が必ず取り組まねばならないこととなりました。



多文化共生社会の実現をめざすこれまでの実績と今後の取り組みを語った街頭演説を公開します

けれども、この取り組みが実際に行なわれていくようにフジノは厳しくチェックしていかねばなりません。

外国につながりのあるこどもたちがこのまちで健やかに暮らしていかれるように、その取り組みを必ず実効性のあるものにしていかねばなりません。

日本国籍を持たない方々はこのまちでともに暮らしていながら、投票さえできません。自らの苦しみを代弁してくれる議員を選ぶことさえできないのです。

その為、政治家たちは票にならない人々の為に取り組みをしません。

だから、フジノがやらねばならないのです。

他の政治家たちがやらないことは全てフジノがやります。

そもそも当選するか否かよりも自らの信念を貫くことだけを最優先にしているフジノは投票を恐れる必要が無いので、徹底して誰もやらないことに取り組みます。

街頭演説でもそうした多文化共生社会の実現をめざしての想いを繰り返し語ってきました。

そんな演説の1つを公開します。

よろしければご覧下さい。



映画「氷川丸ものがたり」上映会、大成功。女優・丸山祐花さんもサプライズ登場!/市民平和のつどい2016

今年の「市民平和のつどい」は文化会館大ホール!定員1000名の募集をしました

『市民への平和思想の普及と平和に関する意識の高揚を図ること』を目的に、毎年開催している『市民平和のつどい』

予算規模は約10〜20万円ほどしかない『ミニ事業』です。

横須賀市HP「国際平和啓発」のコーナーより

横須賀市HP「国際平和啓発」のコーナーより


けれども、横須賀市の数千にのぼる事業の中でも、フジノはとても大切にしてきました。毎年参加して、実際にその場に立ち会うことにしています。

なんと今年は『横須賀市文化会館』大ホールでの開催となりました。

「市民平和のつどい」会場にて

「市民平和のつどい」会場にて


こどもたちとその保護者のみなさまをターゲットに、日程も『夏休み』に開催しました。

過去に無い大規模で、募集定員も1000名です!

「市民平和のつどい」チラシ

「市民平和のつどい」チラシ


自信をもってお送りするプログラムは、長編アニメーション映画『氷川丸ものがたり』の上映会です。

上映に先立って、原作者の舞台挨拶と、歌のお姉さんが歌ってくれます。

プログラム

今年は、戦前、戦中、戦後を客船、病院船、引揚船としての航跡を残し、横須賀にも関わりのあった氷川丸を紹介する長編アニメ「氷川丸ものがたり」を上映し、生きることの素晴らしさ、海の魅力、平和の尊さを次世代の子どもたちに伝えます。

  • トークライブイベント(20分) 「氷川丸ものがたり」原作者・伊藤玄二郎さんのお話と元NHKうたのおねえさん・田中あつ子さんによる歌

  • 長編アニメ『氷川丸ものがたり』上映(90分)

そんな本日の様子をご紹介したいと思います。



「氷川丸」の数奇な運命、横須賀とのつながり、戦争との関わりをぜひ知ってほしいです

山下公園に係留されている客船『氷川丸』。今は博物館として自由に乗船して見学できます。

氷川丸

氷川丸


喜劇王チャーリー・チャップリンが日本を訪れた時に乗船していたことや皇族の方々も乗船されるなど、華やかな歴史を持つ豪華客船です。

その美しい姿は、みなとみらい・マリンタワー・山下公園・中華街などと並んで、無くてはならない存在です。あなたも家族に連れられたり、学校の遠足や、恋人とのデートなど、1度は訪れたことがあるのではないでしょうか。

実は、横須賀の浦賀とも深いつながりがあります。

しかもその数奇な運命は、イベント紹介の文章に記されたとおり、『市民平和のつどい』の目的を果たすのにふさわしいと思います。

今年は、戦前、戦中、戦後を客船、病院船、引揚船としての航跡を残し、横須賀にも関わりのあった氷川丸を紹介する長編アニメ「氷川丸ものがたり」を上映し、生きることの素晴らしさ、海の魅力、平和の尊さを次世代の子どもたちに伝えます。

まず、『氷川丸ものがたり』原作者の伊藤玄二郎さんからお話がありました。

出品されていた『ダラス・アジアン映画祭』にて、『アニメーション最優秀作品賞』を受賞したとのニュースが入ってきたそうです。

原作者・伊藤玄二郎さんのお話

原作者・伊藤玄二郎さんのお話


ぜひWikipediaでの『氷川丸』の歴史を読んでいただきたいのです。

1930年に竣工した氷川丸は、美しい装飾や徹底したサービスから豪華客船として高い評価を得て、国民的に愛されていました。横浜・神戸とアメリカのシアトルをつなぐ『シアトル航路』の航海は、憧れの的でした。

しかし第2次世界対戦の戦況が悪化していくに連れて、『シアトル航路』は1941年に閉鎖されました。民間の客船だった『氷川丸』も、日本政府によって徴用されてしまいました。『交換船』となり、日本に暮らすアメリカ・カナダ人を送り届けて、アメリカ・カナダに暮らす日本人を乗せて帰国しました。

舞台挨拶に女優で看護師役で出演した丸山祐花さんがサプライズ登場!

舞台挨拶に女優で看護師役で出演した丸山祐花さんがサプライズ登場!


続いて『日本海軍』に徴用されて、『病院船』として使用されることになりました。

この時、横須賀海軍工廠で氷川丸に改造されました。国際法によって『病院船』であることを示す為に、美しい船体は真っ白に塗り直されてしまいました。さらに赤十字が描かれました。

『病院船』としての氷川丸の役目は、戦地に向かっては負傷した日本兵を乗せて帰国することです。氷川丸のかつてのダンスホールや客室には、負傷した日本兵が収容されました。時には機雷によって大きな被害を受けることもありました。

丸山祐花さんのツイッターより(丸山さんは横須賀生まれの横須賀育ち!)

丸山祐花さんのツイッターより(丸山さんは横須賀生まれの横須賀育ち!)


敗戦後には、『引揚船』としてたくさんの人々を故郷・日本へと連れて帰りました。

浦賀に所蔵されている「引揚に使われた氷川丸」の写真

浦賀に所蔵されている「引揚に使われた氷川丸」の写真


『引揚船』の悲劇は、こちらの記事をご覧下さい。

横須賀市民のみなさまにとって、浦賀も氷川丸もなじみが深い存在です。

田中あつ子さんによる歌「われは海の子」「おぼろ月夜」

田中あつ子さんによる歌「われは海の子」「おぼろ月夜」


けれども、市民の方に「引揚船の悲劇を知っていますか?」とお聞きすると、知っている方はほとんどいらっしゃいません。氷川丸が引揚船として使われたことも知られていません。

開国の歴史を持つ、美しい浦賀のまち。誰からも愛されて、まもなく国から重要文化財として指定される『氷川丸』。どちらも、とても愛されています。

しかし、浦賀にも、氷川丸にも、今の姿からは全く想像できない、壮絶で悲惨な歴史がありました。

フジノはそれを市民のみなさまに知ってほしいです。

その全てを知った時、浦賀にも氷川丸にも今以上に深い愛情を持つようになっていただけるのではないかと思うのです。

映画「氷川丸ものがたり」

映画「氷川丸ものがたり」


映画『氷川丸ものがたり』は、まさにそうした全てを2時間で伝えてくれる素晴らしい作品でした。

上映会もたくさんのこどもたちが参加してくれて、大成功でした。

舞台挨拶には、サプライズもありました。横須賀出身の女優・丸山祐花さんが来場して下さいました。

丸山さんはこの映画の中で重要な看護師役で出演しています。さらに不思議なご縁に驚かされたのですが、原作者の伊藤玄二郎さんは大学時代の恩師だそうです!

もと歌のお姉さん・田中あつ子さんが『われは海の子』と『おぼろ月夜』を歌って下さいました。映画の中でも歌われる歌です。こどもたちもとても喜んでいました。

こうして、今年の『市民平和のつどい』は大成功に終わりました。



市の事業で果たして「平和を愛し、平和を求めて行動する市民」を生み育むことができるか?

毎年、横須賀市では『市民平和のつどい』と『国際平和のポスターの募集と標語の募集』を開催しています。

『市民への平和思想の普及と平和に関する意識の高揚を図ること』を目的とした市の事業です。

(昨年の様子はこちらをご覧下さい)

『市民のみなさまに平和への想いや意識を高めていただく』という目的そのものは、誰も否定できない素晴らしいものです。

けれども、それを『実際に実現すること』はとても難しいことだとフジノは率直に感じています。

横須賀市の政策推進部が2つの事業(『市民平和のつどい』『国際平和のポスターの募集と標語の募集』)を実施しても、果たしてどれだけ効果があるのかは分かりません。そもそも、将来にわたって平和を求めて行動し続けて下さる市民を行政が生み育てていく、という考えは傲慢なのかもしれません。

市の予算も例年10〜20万円しかつきません。参加する年齢層はだいたい固定してしまい、参加人数も同じ。

けれども、絶対に大切な取り組みだという想いから、担当職員は「絶対に単なる毎年のルーティーンにはしてしまわない」という意気込みを持ち続けてきました。プログラムも毎年とても工夫して取り組んできました。

さらに、今年は例年の約10倍の予算をかけて、思い切った取り組みを行うことになりました。

年度事業費用
2014年度決算 11万2604円
2015年度予算 18万0000円
2016年度予算 130万2000円

行政にとって、前年比10倍もの予算を獲得することは本当に大変なことなのです。

これが、今日実現した映画『氷川丸ものがたり』上映会だったのです。



それでも「平和を求める取り組み」は大切だと信じています

今のこの暮らしは、多くの悲劇の上に成り立っています。フジノ自身、浦賀の悲劇も氷川丸の歴史も知りませんでした。それを知ったからこそ、フジノは浦賀も氷川丸もより愛おしく感じるようになりました。

平和を求める想い、それは日常の中では漠然としています。そんなことを考える瞬間は、忙しい毎日の中ではまず無い方がふつうかもしれません。

それでも、『平和への想い』を抱いてもらいたい。

それでも、『平和を実現する為に行動する人々』になってほしい。

フジノはそう願っています。

そうした願いが、今日1回の上映会だけで即実現することは無いかもしれません。

しかし、小さな種にすぎないかもしれませんが、参加してくれたこどもたちの心にその種がまかれていつか芽が出ることを祈っています。

本日の成功に向けてがんばった政策推進部のみなさん、本当におつかれさまでした。

原作者の伊藤玄二郎さん、女優の丸山祐花さん、歌手の田中あつ子さん、出演ありがとうございました。

本日の上映会に参加してくださったみなさま、ありがとうございました。



戦後アメリカへ渡った日本人戦争花嫁の苦難を知りました/戦争体験者の生の声を聴かせていただいた「市民平和のつどい2015」

戦後70年。戦争体験者は激減し、戦後世代が平和を希求する想いを持ち続けていただくことは、本当はとても難しい

昨年2015年で、戦後70年となりました。

平和を希求する横須賀市では1989年に『核兵器廃絶・平和都市宣言』を行ない、毎年『市民平和のつどい』を開催してきました。

「市民平和のつどい」会場にて

「市民平和のつどい」会場にて


市民のみなさまに日頃から平和について考えていただきたいけれど、それは同時にとても難しいことであるのも事実です。

毎日の生活は厳しく、目の前の出来事を乗り越えていくので精一杯の方々に、例え恒久平和を求めることがどれほど大切で素晴らしいことであっても、それを「毎日考えて下さい」というのは現実的ではない、とフジノは感じています。

そこで、せめて横須賀市が年1回開催する『市民平和のつどい』に参加していただいて、「そのきっかけにしていただけたら」と願っています。



試行錯誤を繰り返してきた「市民平和のつどい」、今年度は「直球どまんなか」の企画です

『市民平和のつどい』の事業目的は、市の予算書などでは以下のように記されています。

市民への平和思想の普及と平和に関する意識の高揚を図る為

市の国際交流課では、毎年いろいろな工夫を重ねて『市民平和のつどい』を開催してきました。

参加者数を増やしたい、平和への意識を高めたい、そう願ってもなかなかカンタンにはいきません。実際、これまで様々な企画を行なってきたのですが、開催時期の工夫したり、対象となる年齢層を変えるなど、取り組んできました。

過去には、被曝ピアノ(実際に被爆をしたピアノ)を横須賀に運んで市民の方々に弾いていただいたり、被爆ピアノに関する絵本の朗読等を行なったことがあります。

また、フェアトレードを扱ったドキュメンタリー映画『バレンタイン一揆』の上映を行なったこともありました。映画は女の子たちが主人公ですし、若い世代の市民の方々にぜひ参加してほしいという願いからでした。

けれども今年は、あえて『王道』に戻ってきました。

こちらが今回のプログラムです。

「市民平和のつどい」のチラシ

「市民平和のつどい」のチラシ


戦争を実際に体験した世代のみなさまがご高齢になっておられる今、その生の体験を聴かせていただくことはとても貴重な機会です。

  1. 私の戦争体験
    「内地・小豆島陸軍船舶所」
      神奈川県遺族会・金子金次さん
    「ソ満国境からシベリアへ」
      NPO法人横須賀国際交流協会会員・大屋宣美さん

  2. ビデオ上映と制作者のお話
    「七転び八起き 日本人戦争花嫁」
      ルーシー・クラフトさん

今年の『市民平和のつどい』は、直球どまんなかで、戦争体験を実際の体験者の方々に語っていただく企画となりました。



戦争体験を実際の体験者に語っていただいた今回、会場は超満員になりました

今回の『市民平和のつどい』の会場となったヴェルクよこすか6階の会議室は、決して広くありません。

それでも、満員で立ち見が出るほどだったことは、率直に評価して良いことだとフジノは受け止めています。

満員の会場には立ち見の方もおられました

満員の会場には立ち見の方もおられました


フジノ自身はおじいちゃん子として育ったので、農家の次男に生まれて軍隊に志願するしかなかった祖父から海軍での日々を幼い頃から聴かせてもらって育ちました。

けれども、今のこどもたちはどれだけ生の声を聴かせてもらったことがあるでしょうか。

さらに、今後生まれてくるこどもたちは、戦争体験者の言葉は書物やインターネットや映像記録でしか知ることができなくなるのでしょう。

だからこそ、戦中を生きた人々の生の声を、戦後世代の僕たちが今どれだけしっかりとたくさん吸収して平和への想いを次の世代へと繋いでいかれるかが勝負ではないかと感じています。



戦後アメリカに渡った「日本人戦争花嫁」の実態が少しずつ明らかになってきました

今回のプログラムでひとつ異色だったのは、ドキュメンタリー映画『七転び八起き 日本人戦争花嫁』の上映です。

下の予告編をまずご覧下さい。




市の担当課からお聴きしたのですが、いろいろな巡り合わせのおかげでこの作品の製作者でありご本人も出演しておられるルーシー・クラフトさんとの出会いがあって、横須賀での上映となりました。

みなさん映画に見入っておられました

みなさん映画に見入っておられました


敗戦後、進駐軍としてアメリカ軍も日本を占領しました。

『Wikipedia』によると『戦争花嫁』とは、戦時中や戦後に、こうした兵士と駐在先の住民の間で行われた結婚を指す言葉です(特に、第1次・第2次世界大戦のことを指すことが多いそうです)。

日本でもたくさんの『戦争花嫁』がうまれました。

監督でありご自身も出演されているルーシー・クラフトさん

監督でありご自身も出演されているルーシー・クラフトさん


アメリカ軍兵士たちはその任務を終えると、母国アメリカに日本人花嫁を連れて帰りました。

理想の国アメリカに期待をもって渡っていった彼女たち。

けれどもその暮らしは、想像とは大きく異なっていました。それはそうです。誰もがニューヨークやワシントンのような都会に住んでいる訳ではなく、田舎の荒れ果てた土地から出兵してきた人たちも多かったからです。

アメリカでは敗戦国・日本から来た女性たちに対する扱いは、田舎でも都会でも厳しいものがありました。

そこで生きていくことに困難を感じて、離婚をして人も多くいます。

それでも多くの女性たちはその苦労を語ることはこれまで全くありませんでした。

お話しするクラフトさん

お話しするクラフトさん


実は今回この作品を制作したクラフトさんご自身が、『戦争花嫁』の母を持つハーフ(今はハーフという呼び方はネガティブな単語ですが、より適切な単語が見当たらないのでお許し下さい)です。日本語も流暢に話します。

クラフトさんご自身が『戦争花嫁』のもとを訪れていく旅がまさに映画の核なのですが、それはご自身のルーツをたどる旅でもありました。

フジノ自身、『戦争花嫁』のご苦労は一般論としては聴いてきましたが、一次資料として生の声をドキュメンタリー映画としてフィルムにしたものは初めて観ました。とても貴重な体験でした。

クラフトさんはこれからもさらに多くの声を訪ねていき、新たな作品にしていく予定とのことでした。

横須賀市の平和に関する事業は、実際のところ、ごくわずかしかありません。

平和が続いている時には、平和教育の必要性は低く感じられてしまうものなのでしょう。横須賀市にとって、この『つどい』や国際平和の標語募集やポスター募集くらいしか取り組みがありません。

だから、この『市民平和のつどい』をフジノは絶対に無くさせません。

昨年は戦後70年でしたが、戦後が100年続くまで、ずっと日本に平和が続くように努力していきます。



後日談

翌日の神奈川新聞が報じてくれました。

2016年2月7日・神奈川新聞より

2016年2月7日・神奈川新聞より


ありがとうございます。



今年も「国際ユースフォーラム」に参加しました!/姉妹都市交換学生プログラムの重要性を改めて実感。

今年も『国際ユースフォーラム』に行ってきました!

今日はあいにくの雨でしたが、昨年に続いて行なわれた『国際ユースフォーラム』に参加してきました(プログラムはこちらです)。

第1部は、『スピーチ&ステージ発表』です。

まず、6人の高校生がスピーチを行ないました。

日本人の高校生は英語で、逆に、外国人の高校生は日本語でのスピーチです。

20081214youthforum01


単なる外国語を話すスピーチとは違って、外国語を話すのはあくまでも手段です。

与えられた2つのテーマである『国際化』と『環境』について(手段として外国語を使って)スピーチをするのが目的です。

スピーチの内容はこんな感じでした。



こどもたちの為に、部局を超えた協力関係でのサポート

スピーチの後にはそれぞれのテーマについて専門家の立場から講評があったのですが、『環境』についてのスピーチの後には横須賀市から環境部長が訪れて、講評してくれました。

20081214youthforum02


実際の現場で働く立場の方からの講評を受けることができて、参加してくれた学生たちも喜んでいましたし、スタッフの方々もフジノもとてもうれしく感じました。

今回のイベントは国際交流課(企画調整部)が担当ですが、決してタテ割りなんかになってないことを、とてもうれしく感じています。

最初のあいさつは教育委員長が行なってくれましたし、講評では環境部のトップが来てくれました。

もちろん、スピーチをしてくれた学生たちのコミュニケーション能力や語学力の高さにも感激しましたが、

今年の第1部で1番うれしかったのは、実は、この部署を超えた協力関係でした。



各学校とも良い取り組みでした

続いて、『フェアトレード』について大学生からプレゼンテーションがありました。

20081214youthforum03


続いて、会場でもある市立横須賀総合高校の吹奏楽部が演奏をしてくれました。

20081214youthforum04


第1部の最後は、モデルスピーチとして全国大会などで優秀な成績をおさめている中学生と高校生によるスピーチが行なわれました。

20081214youthforum05


2人とも、とても語学力は高いですし、スピーチのテーマだった『環境問題』や『世界のこどもたちが置かれている状況』への問題意識の高さもとても良いものでした。ぜひこのまま成長していってほしいなと感じました。

以上が第1部でした。



交換学生プログラムの重要性を実感しています

第2部は、姉妹都市交換学生プログラムについてのスキットとパネルディスカッションでした。

今年の夏、姉妹都市へ派遣された学生たちがその報告をかねてスキットを演じてくれました。

20081214youthforum06


姉妹都市との間で、学生の交換派遣を行なうことは大切な『未来への投資』だとフジノは信じています。

彼ら/彼女らが派遣される前の事前研修にフジノは2回、立ち合わせてもらったのですが

実際に行く前の姿を見ている訳ですが、帰ってきてからの表情はたくましくなったなあと感じました。

帰ってきてからその体験を報告書として書いてくれた『姉妹都市交換学生派遣・受入事業 報告書』をフジノは読みましたが

わずか2週間の滞在ではあるものの、みんなしっかりと自分なりのテーマ・問題意識を持って行ってきたのが分かります。

日本と海外での愛国心の違いを考察したり、文化や考え方の違いや、環境対策の違いなどを考察しています。

こうした報告書を読み、また、実際の学生たちの表情を見るにつけても、たとえ財政難の横須賀市であろうともやはりこの事業を実施して良かったのだとつくづく感じました。



交換学生OB・OGの活躍も素晴らしい

最後に、パネルディスカッションとしてこの姉妹都市交換学生として派遣されたことがあるOB・OGの方々がパネラーになり、姉妹都市交換学生派遣事業の魅力について語り合ってくれました。

20081214youthforum07


フジノのような政治家の側から見た本事業の魅力は、なんといってもOB・OGの素晴らしい活躍です。

大学生になったり、社会人になってからも、高いモチベーションを持ちながら、積極的にいろいろな活動に取り組んでくれています。

10年先、20年先、30年先の、彼ら/彼女らが楽しみでなりません。

僕は、こうした学生たちの中から、将来このまちの政治家になる人が現れてほしいと切実に望みます。

みんな、これからもがんばってね。応援しているからね。



来年度はあなたがぜひ応募して下さいね!

さて、こちらは次回の『姉妹都市交換学生』募集のちらしです。

現在、中学生のみなさん、高校生のみなさん!
 
ぜひ、あなたも交換学生にチャレンジしてみてくださいね!



後日談

神奈川新聞がこの日の様子を報道してくれました。

2008年12月16日・神奈川新聞より

2008年12月16日・神奈川新聞より