リスクと向き合うということ/子宮頸がん予防と副反応(その6)

改めて「リスクと向き合う」ということ

子宮頸がん予防ワクチンの定期接種化と副反応の関係について、これまで6回にわたって記してきました。

「子宮頸がんワクチンの定期接種化と副反応」について過去の記事はこちらです

読んで下さった方々から、いろいろなご意見を頂きました。

ブログの文章が毎回とても長かった為に、フジノの想いとは正反対に受け止めておられる方もいらっしゃいました。

そこで今回は、1つの表を作ってみました。

子宮頸がんへの対応とメリット・デメリットについて

子宮頸がんへの対応とメリット・デメリットについて


6回の記事を通してお伝えしてきたフジノの主張は、上の表の通りです。

改めて言葉で表現すると、このようになります。

あなたがどのような行動を選んだとしても、あなたには必ずメリットとデメリットが起こります。

そこで、政治と行政の役割として、可能な限り情報を提供して、あなたがどの行動を選ぶか(どのメリットとデメリットを選ぶか)をサポートします。

さらに、起こりうるデメリットに対しては、救済・補償のしくみを作って対応しています。

フジノが政治家として社会に向き合う視点

子宮頸がんへの対策だけでなく、あらゆる問題に対して、政治家としてフジノが向き合う時に持つようにしている「視点」は、下の通りです。

  1. 目の前で起こっているあらゆる問題に対して、それを直視すること。
  2. その問題へ対応する為の選択肢を考えること。
  3. それぞれの選択肢のメリットとデメリットを比べること。
  4. それぞれの選択肢が社会と個人に与えるリスクを最小限にする選択肢を合理的に判断すること。
  5. こうした判断をしたプロセスを全て市民のみなさまに情報公開していくこと。

響きとしてはとてもネガティブに聴こえるかもしれませんが、これが僕が政治家として「持つべき視点」として学んできたことです。

子宮頸がんへの対応だけではなく、残念ながら、この世界には「デメリットゼロ」=「リスクゼロ」=「絶対な安全」というものは、そもそも存在していません。

さらに、あるリスクを減らそうとすれば、別のリスクが大きくなるということがしばしばあります(専門用語で「リスク・トレードオフ」と言うそうです)。

しかもそのリスクの現れ方は、必ず個人差が発生します。

そこで、そのいくつものリスクを可能な限り洗い出して、1つずつチェックしながら、メリットとデメリットを足し算した結果がマイナスにならないように調整していくしかないのだと考えています。

改めて、フジノの視点もきちんとお伝えしてみたいと考えて今回の記事になりました。

ご理解いただけるとありがたいです。

犯罪被害者支援の為に、もっとやるべきことがある/「それぞれの立場からはじめる犯罪被害者支援~神奈川県犯罪被害者支援県民大会」へ(その3)

前の記事から続いています)

いま「犯罪被害者支援条例」を神奈川県が作っています

現在、神奈川県は松沢知事の選挙時のマニフェストにそって『神奈川県犯罪被害者等支援条例(仮称)』づくりをすすめています。

すでに今、パブリックコメントにかかっている状態ですので、どうか市民のみなさま、こちらの『基本的な考え方』を読んで下さい。

パブリックコメント

パブリックコメント


そして、たくさんのご意見を県に寄こしてくださいね。
 
しめきりは8月15日までです。よろしくお願いします。

さて、話を大会に戻しますと、2番目のプログラムは、神奈川県の安全防災局犯罪被害者支援担当課長による、この『神奈川県犯罪被害者等支援条例(仮称)の基本的な考え方』の説明でした。

犯罪被害者支援の為に、みんながたちあがるべき

最後に、パネルディスカッションが行なわれました。

『それぞれの立場から始める犯罪被害者支援』

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子


それぞれの立場とは、警察・マスコミ・政治・行政だけでなく、1人1人の市民として何ができるか、ということも当然含まれています。

僕たちが何気なく発する言葉が被害にあった方やご家族を苦しめているとしたら、それは今すぐ変えなければいけません。

では、具体的にどんなことが無意識に苦しめているのか、どんなことが逆に力になったと感じていただけたのか、

そうしたお話をうかがいました。

被害を受けた方々やご家族が利用できる社会資源は少しずつ増えてきました

非常に重要なプログラムが行なわれた集まりでした。

神奈川県では、安全防災局の安全安心まちづくり推進課の中に『犯罪被害者等支援総合相談窓口』を設置しています(リーフレットはこちら)。

本当に苦しい時に、それでも被害者やご家族は様々な煩雑な事務手続きをしなければなりません。

そんな時に必ず力になってくれるのがこの『総合相談窓口』です。どうかご利用なさって下さい。 

リーフレット「神奈川県による犯罪被害者等支援」

リーフレット「神奈川県による犯罪被害者等支援」


さらに神奈川県では、上のような冊子を作っています。

これは本当に分かりやすいもので、被害者やご家族が利用できる社会資源がたくさん載っています。

一般の方々にも被害者支援の必要性を理解していただく為に、県はリーフレットも作ってます。

また、フジノが受けている市民相談の中で、実際に犯罪被害にあった方をご紹介させて頂いたのが、『認定NPO法人神奈川被害者支援センター』です。本当に親切な対応でとても感謝しています(リーフレットはこちら)。

自助グループも活動しています。『ピア・神奈川』です(リーフレットはこちらです)。

弁護士会も活動をしています。『横浜弁護士会犯罪被害者支援センター』です(リーフレットはこちら)。

犯罪被害者支援の為に、みんながたちあがるべき

いろいろな利用できる社会資源が増えましたが、それでもフジノが願ってやまないことは

犯罪の被害にあった方々をもっと市民のみなさま1人1人が偏見・差別を持つのを無くしてほしいということです。

テレビや新聞が被害者のもとをどんどん訪れてはプライバシーもおかまいなしで、マイクやカメラを向けるのは「観たがっている視聴者がいるから」です。
 
これは事実です。

誰かが殺された時、ヤジウマとしておもしろおかしく事件を眺めているあなたはいませんか?

どうしようもないメディアの取材が無意味になる為には「そんなワイドショーなんかいらないんだ」という1人1人の市民の方々の行動も必要です。

そして、何よりも身近で誰かが被害に遭った時に、あなたにできることはたくさんは無いかもしれません。

けれども、少なくとも傷つけないことはできるのです。

ムリに励まそうとして傷つけかねない言葉を述べるのではなく、自分自身が同じ被害に遭ったとしたら、どれだけ苦しくつらいだろうかと、想像してみてほしいのです。

それだけでも、自分が何をすべきかは分かるはずです。それが人間に与えられた想像力という素晴らしい能力なのです。

この世界から全ての犯罪を無くすことはできない、と残念ながらフジノは考えています。

だから、被害に遭う方々は今後も増え続けるでしょう。

それでも、だからこそそれでも、無用な2次被害・3次被害を防ぐことはできます。

どうかみなさま、ご協力をお願いします。

何故なら、犯罪被害に遭うことは誰の身にも起こるからです。
 
それは、このHPを観終わった後のあなたにも起こりうることなのです。

僕は『政治家』としてできること、制度の改善、体制の改革をします。

だからみなさんは『隣人』としてできること、それを一緒に行なって下さい。

お願いします。

晴佐久昌英さん『恵みのとき』出版記念パーティー/カトリック高円寺協会へ

『恵みのとき』出版記念パーティー

今日は、カトリック高円寺教会で行なわれた『恵みのとき』出版記念パーティーに参加しました。

「恵みのとき」

「恵みのとき」


著者ご本人である晴佐久昌英さん(神父さまです)にご招待していただいた上に、祝辞のスピーチまでさせていただきました。

あまりにもたくさんの方が参加されたので(北海道からも九州からもたくさんの方がいらっしゃいました)、予定していた地下のホールから会場を急遽変更して、教会の聖堂にて行なわれました。

聖堂とは、みなさんが教会をイメージする時にきっと思い浮かべる十字架をバックにした、説教用の机があって、たくさんのイスが並べられている、というあの場所です。

ふだんミサを行なう場所ですね。

人生を通じて、まさかこの場所に立つことになるとは僕は想像したことすらありませんでした。

つまり、神父さまがお話をなさるその場所から数百名の方々に向かってお話しすることが許されるとは、僕には思えなかったのです。

先日書いたとおりで、僕は信仰を途中で捨てている人間です。
 
けれども、信仰の尊さは今も忘れたことはありません。

だからこそ、『その場所に立つことの重み』と、『その場所から人々へ語りかけることの重み』を僕は痛いほどに感じました。

市議会の本会議場で市長へ一般質問をする時とも、秋田県合川町で講演をしたあの時とも、全く異なる種類の重みを僕は強く感じました。

僕は政治家という職業に就いてはいますが、多くの方々の人前で話すということが性格的にどうしても得意ではありません。

話も下手くそです。

だから、僕にできることはただとにかく誠実であろうと努めることだと思いました。

この素晴らしい本が1人でも多くの方のもとへ届くように、想いをこめて、お話させていただきました。

会場のみなさんを見つめながら僕は父のことを想い、語りました。

(この様子をブログで書いて下さった方がいらっしゃいます)

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何とか無事に祝辞を述べることができて、ホッとしました。そして、会食&歓談のために会場を移りました。

信仰を捨てた人間であるということの恥ずかしさと、政治家という卑しいイメージを持つ職業に就いている恥ずかしさで、僕はとにかく目立たないように会場の1番後ろに居ました。

けれども、たくさんの方々が声をかけて下さって、そして、父への励ましの言葉をいただきました。

沢山の方々が声をかけて下さいました

沢山の方々が声をかけて下さいました


たくさんの方々の体験を聞かせて頂き、貴重な出会いの機会に感謝しました。

また、横須賀と関わりのある方々とも出会うことができました。

横須賀の福祉の貧困によって横須賀市を離れた方のお話をうかがい、こころからお詫びを申し上げました。

横須賀の福祉を必ず改善することを改めて固く決意しました。



 

政治にできないこと、信仰にしかできないこと

それから、『恵みのとき』の絵を描いている森雅之さんと著者である晴佐久昌英さんに、父さん宛てのサインを本にしていただきました。
 

晴佐久神父さまとフジノ

晴佐久神父さまとフジノ


晴佐久神父さまに

「あなたのHPを読ませてもらったけれど、『政治家の仕事』は『神父の仕事』にとても似ているね」

と言っていただきました。

とてもうれしかったです。

もちろん地方自治法に規定されているように、政策を議論して法律を作ることが政治家の仕事だとは思います。

でも僕自身は、信念をもって人々の声に耳を傾けることと人々に『希望』を語ることが政治家の仕事だと信じて働いてきました。

それを認めていただけた気がして、とても感激しました。

けれども、僕は政治の限界も痛いほど理解しています。

晴佐久神父さまに伝えました。

「政治は『制度』を変えることはできますが、『人のこころ』を変えることは決してできないと僕は思います。

『政治』の届かないところに明かりを灯すのは『宗教』にしかできないと僕は思います」

いろいろなお話をしましたが、とても素晴らしい方だと思いました。

晴佐久神父さまとは再会を約束して、お別れしました。

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この国は、かつて犯した過ちに対して過敏になりすぎて、宗教と信仰心に対してあまりにも強く排除してしまい、それが結果的に無宗教に人々を追い込ませてしまい、オウム真理教やカルト宗教へのあっけないほどの取り込まれる人を続出させたり、宗教への忌避や憎悪の気持ちを持たせているのが現状だと僕は考えています。

もっと正確な意味での宗教や信仰というものを諸外国のように教育の中でも教えていくべきだと僕は思います。

宗教そのものを教えるのではなく、宗教との向き合い方、多様な宗教に対する共生の在り方、それらをきちんと教えていくべきだと思います。

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東高円寺駅への帰り道、いろいろなことを考えました。

父が入院したまさにその日も、僕は視察でこの東高円寺駅を初めて降りたのでした。

今日、再びこの駅に降り立っているのは父のおかげなのでした。

こういう偶然のような出来事のつながりを僕はユングの言うところの『シンクロニシティ』だと考えています。

けれども、それを神の力によるものだと感じる人がいても僕はそれを決しておかしいとは思いません。

人生には本当に様々な出来事が起こるものだとつくづく感じています。