自殺予防ロールプレイングに挑戦してもらいました/関東学院大学・KGUかながわ学(政治)でフジノがゲストスピーカーを務めました

雪の降る中、関東学院大学へ

降り出した雪の勢いは増すばかりで、金沢八景駅へ着いた時にはすでに積もり始めていました。

金沢八景駅前はすでに強い雪でした

金沢八景駅前はすでに強い雪でした


江口友子議員(平塚市議会議員)と待ち合わせて、関東学院大学に向かいました。

いつもの景色が雪景色に!(その1)

いつもの景色が雪景色に!(その1)


半年間にわたって通った講義『KGUかながわ学(政治)』も、今日で最終回です。

いつもの景色が雪景色に!(その2)

いつもの景色が雪景色に!(その2)


そもそもフジノは、横須賀市議会と関東学院大学の包括的パートナーシップ協定をもとに、聴講生としてこの講義に登録しました。

しかし、講師のくさま剛さん(横浜市会議員)から、初回の講義の時に突然のゲストスピーカー指名を受けて、教壇に立ったのです。



江口議員とフジノが最終回のゲストスピーカーです

さらに、くさま先生から

「最終回までにもう1度ゲストスピーカーをぜひお願いします」

と頼まれて、今日のこの最終回でゲストスピーカーを再び務めることになりました。

いつもの景色が雪景色に!(その3)

いつもの景色が雪景色に!(その3)


お引き受けするにあたって、フジノからお願いをしました。

「僕はすでに初回の講義の時に、60分もお話をさせていただきました。さらに90分も僕が話すのでは学生のみなさんにもったいないです。僕はあと20分だけお時間いただければ、ありがたいです。

そのかわりの60分間はもうお一人のゲストスピーカーをお願いしたいのです。

僕の盟友であり、『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の副代表も勤めて下さり、全国初の自殺対策条例を作った江口友子議員を迎えさせて下さい」

くさま先生は快くOKを出して下さり、大学側の許可も取ってくれました。江口議員もお忙しい中をお引き受け下さいました。

(おふたりとも本当にありがとうございます!)

はじめの20分がフジノ、次の60分間が江口議員。

はじめの20分がフジノ、次の60分間が江口議員。


変則的な時間割ですが、はじめの20分間をフジノ、次の60分間を江口議員が担当して、ラスト10分でくさま先生が本講義の総括をするというプログラムです。

平塚市議会議員の江口友子議員とフジノ

平塚市議会議員の江口友子議員とフジノ


こうして江口議員とフジノがゲストスピーカーを務めることになりました。



関東学院大学のみなさんに「自殺予防ロールプレイング」に挑戦してもらいました

今日を迎えるまで、フジノは実は毎日朝から晩まで時間があるとこの講義のことを考えずにはいられませんでした。

何故ならば、

「関東学院大学のみなさんに『自殺予防ロールプレイング』に挑戦してもらおう」

と決めていたからです。

教室の様子

教室の様子


『自殺予防ロールプレイング』とは、自殺予防教育の『体験学習』の1つです。

フジノが採用している内容は、かつて藤原和博さんが杉並区立和田中学校の校長先生だった時代に『よのなか科』のプログラムの中で行なっていたものです。

教室の様子

教室の様子


具体的な取り組みは、以下のとおりです。

自殺予防ロールプレイングとは

  • 2人1組になる。

  • 1人は、「今、まさに自殺をしようとしている人の役」を全力で演じる。

  • もう1人は「親友としてなんとかして自殺を止めたい人の役」を全力で演じる。

  • 5分間経ったら、役割を交代してもう1回行なう。

それぞれが演じる役にどれだけ没入できるかで、このロールプレイが成功か失敗か分かれます。

フジノ(その1)

フジノ(その1)


フジノの頭を悩ませたのは、わずか20分しか無いということでした(自分で決めたので自業自得です)。

これまでフジノがいろいろな大学や高校で行なってきた『自殺予防ロールプレイング』は、まず60〜90分のはじめの数十分を使って、しっかりと自殺に関する正確な情報や知識を講義します。

その講義のおかげで、ロールプレイに対して没入しやすくなります。

そして最後に、10分間のロールプレイを行ないます(参考に、日本社会事業大学で行なった講義の様子をご覧下さい)。

フジノ(その2)

フジノ(その2)


関東学院大学の学生のみなさんに対しては、すでに4ヶ月前の講義で60分かけてそのパートはしっかりと語り終えてはいます。

しかし、通常とは異なり、4ヶ月ものスパンがあいているのは不安がありました。

そこで、その分レジュメをしっかり作って、かつ講義のはじめと終わりでしっかりとケアを行なうことが重要だと考えました。

そのような訳で、昨年暮れから毎日のように関東学院大学の学生のみなさんのことばかり考えていました。

フジノ(その3)

フジノ(その3)


けれども、フジノの心配は杞憂に終わりました。

当日は雪が強かったこともあり、くさま先生もフジノも

「雪害のせいで帰宅困難となるといけないので、早めの帰宅を」

「雪が弱まる気配は無いので、レポートを出したら今日は帰っても構わない」

「帰れる学生だけ残ればいい」

と促していました。

その為に、数十名は講義のあたまにレポートを提出して教室を後にしました。

しかし、大雪の中あえて残ってくれた150名近くのみなさんはモチベーションの高い学生さんばかりでした。

フジノ(その4)

フジノ(その4)


この講義は基本的に座学で、ロールプレイやワークショップはありません。

それが最終回でいきなりフジノにロールプレイをやってほしいと言われて、はじめはみなさん驚いていました。

そして、ロールプレイの内容から、はじめこそ照れ笑いや冗談ぽい会話が飛んでいました。

けれども最終的にはとても良いロールプレイが実践されました。関東学院大学の学生のみなさんは本当に優秀でした。

フジノは心の底からみなさんに講義をさせていただいたことに感謝しています。

1ヶ月半くらい、ドキドキしながら今日のことを毎日毎晩イメージしては悩み続けて、それでもやっぱり実践して良かったです。

本当にありがとうございました!



江口議員の講義はやはり素晴らしかったです!

続いての60分間は、江口友子議員(平塚市議会議員)のお話でした。

学生のみなさんもじっくり聞き入っていました

学生のみなさんもじっくり聞き入っていました


江口議員とは2003年初当選の同期であるとともに、フジノの祖父が平塚在住だったこともあって、出会いました。

それから15年間、常に公私ともに最も信頼できる存在でした。彼女の存在の大きさは、ブログのスペースでは語りつくすことはできません。

そんな江口さんという得難い政治家のことを、学生のみなさんにぜひ知って欲しいというフジノの願いからゲストスピーカーをお願いしたのですが、大成功だったと思います。

江口友子議員の講義

江口友子議員の講義


講義の様子をフジノからは記しません。

江口議員のブログなどで公開されたら、それをご覧いただければと思います。

ただ、少し似ている内容の講演を昨年10月に江口議員が行なった様子がツイキャスで動画として公開されています。

『がん患者体験とそこから見える医療福祉政策の課題〜がん対策を中心に〜』

2017年10月1日@藤沢市・明治市民センター


(動画その1)



(動画その2)



ぜひご覧下さいね。



くさま先生、関東学院大学の学生のみなさん、ありがとうございました!

こうして、1時間半の講義はあっという間に終わりました。

左から、聴講している田中洋次郎議員、講師の草間剛議員、ゲストスピーカーの江口友子議員とフジノ

左から、聴講している田中洋次郎議員、講師の草間剛議員、ゲストスピーカーの江口友子議員とフジノ


振り返るとこの4ヶ月間は、初めての講義をした後からツイッターでフォローしてくれたり、メールをくださった学生さんもいて、とても有意義でありがたい日々でした。

雪のチャペル

雪のチャペル


「横須賀市議会と関東学院大学のパートナーシップ協定が結ばれたのに何もしないのではもったいないから」とフジノは学びの場を求めて申し込みました。

ややもすれば、43才のフジノは広い講義室でぽつんと孤立しておしまい、毎回足を運ぶのが苦痛でならない、そんな風になっていたかもしれません。

いつもの景色が雪景色に!(その4)

いつもの景色が雪景色に!(その4)


けれども学生のみなさんが熱心で居て下さったので、フジノは毎回講義が楽しみでした。学生のみなさんにお会いしたかったから、公務で欠席しなければならないとさみしく感じました。

今回の20分間だけのロールプレイだって大失敗していたかもしれないのが、逆に大成功に終わったのは、学生のみなさんがとても協力的で参加してくれたからです。

いつもの景色が雪景色に!(その5)

いつもの景色が雪景色に!(その5)


だから僕も、この1ヶ月半、絶対に学生のみなさんに「受けて損した」「せっかくの90分間を浪費した」と絶対に思われたくないと考えて、全力で良い講義にしようと悩み続けました。

まさに学生のみなさんのおかげで、今日の講義も、そしてこの半年間の通学も、フジノにとってすごく意味あるものになりました。

強い風と雪。みなさん安全に帰れますように

強い風と雪。みなさん安全に帰れますように


学生のみなさんの出身をお聴きすると、横須賀・横浜はほぼ居らず、みなさんが市外・県外の出身でした。

この先、地元に戻って就職したり、東京方面で就職する方がほとんどだと思います。なかなか横須賀で働くフジノとは接点が無いのだろうな、一期一会だな、と思います。

けれどももしもどこかでまた接点があったら、ぜひ話しかけて下さいね。わずか4ヶ月間でしたが、席を同じくさせていただいたことは忘れません。

どうかみなさんの未来が明るいものであることを心から祈っています。

ありがとうございました!

横須賀に戻るとワイデッキも雪が積もっていました

横須賀に戻るとワイデッキも雪が積もっていました


京急はまだ動いていましたが、JRは運休になったり、帰宅困難の方々が出始めていました。

横須賀に戻ると、市内は雪が積もっていました。

気持ちを切り替えて、市民のみなさまが雪害で被害が出ないように対策に取り組みます!



日本社会事業大学でゲスト講師を務めました。タイトルは「自殺総合対策の実現における社会福祉専門職の必要性について」です/1年生の必修科目「相談援助の基盤と専門職」

日本社会事業大学で1年生向けに講義を行ないました

今日は、東京・清瀬にある日本社会事業大学へ向かいました。

1年生の授業を1コマ90分間、フジノが講師を勤める為です。
 
必修科目『相談援助の基盤と専門職』という授業です。

日本社会事業大学にて

日本社会事業大学の正門そばにて


フジノは、特別な場合を除いて、2010年1月から講演などの依頼を頂いても全てお断りしてきました。

でも今回は、まさに特別なケースでした。

2つの理由から、フジノ自身も「ぜひお受けしたい」と感じたのです。

1つ目の理由は、内田宏明先生から数年ごしのラブコールを頂いたことです。

いつだったか思い出せないくらいずうっと前に、内田先生から「いつか講師をやってほしい」と連絡を頂きました。

さらに今年のはじめになって、改めて再びお話を頂きました。

「ぜひ学生たちに話をしてほしい」という内田先生のご依頼は、フジノにとってものすごくうれしかったです。



社会福祉を学ぶ18才と語りあう大切な機会

2つ目の理由は、依頼された講義が『1年生の必修科目』であったことです。

社会福祉を学ぶ為に入学したばかりの18才のみなさまに向けて、お話できる機会を頂けることにとても大きな魅力を感じました。

現在38才のフジノは、まさに20年前に心理学専攻に飛び込んで、精神保健医療福祉の世界と学問的に向き合うようになりました。

あの頃のフジノは、精神保健医療福祉の全てを吸収したくて朝から真夜中まで1日中、必死に勉強をしていました。

『統合失調症』という病気があまりにも未解明なことに絶望することもたくさんありましたが

世界中の研究者によるあらゆる研究・実践が進められていることを知って、かすかな希望が見えたのもこの頃でした。

今、18才で社会福祉を学び始めた学生のみなさんは、20年前のフジノと重なって見えました。

僕は、「僕の想いを率直に伝えてみたい」と感じましたし、「18才のみなさんの想いを率直に受け止めてみたい」と感じました。

こうして、講義を引き受けてから数ヶ月の間、今日のこの日をこころから楽しみにしてきました。

先月からずっと体調を崩していて、今も心身ともに全くダメなままなので、今日も清瀬まで行けるかとても不安でした。

それでも、今日さえ終わればしばらく倒れてもいいくらいの気持ちで、ゆっくり4時間かけて休み休み清瀬へと向かいました。

日本社会事業大学のキャンパス

日本社会事業大学のキャンパス


講義の45分前に無事に到着することができて、内田先生の研究室でいろいろなお話をさせていただきました。



内田宏明先生と内田ゼミの学生さんとの対話

内田先生のこれまでの臨床経験、大学での教師としての日々、現在の社会福祉の置かれている状況についてのお考えなど、お話には、とても共感することが多くて、すっかり内田先生の人柄に惹かれてしまいました。

研究室では、数日後に行なわれる卒業論文の『中間発表』に向けて、ゼミ生たちが冊子づくりの作業を行なっていました。

内田先生が席を外した時にフジノはゼミ生のみなさんに質問してみました。

「内田先生ってみなさんにとってどんな先生ですか?」

すると、返ってくる言葉は、とても良い評価ばかり。

内田ゼミの学生さんたち

内田ゼミの学生さんたち


何よりも「温かくて、厳しいけれど、温かい先生」というゼミ生の言葉はフジノも同感でした。内田先生って、本当に良い先生ですよね!



250人の学生を前に大教室での講義にチャレンジ

さて、ついに大教室へ移動です。

緊張感はほとんどありませんでした。

ラッキーなことに、フジノは日本社会事業大学になじみがあります。

精神保健福祉士(PSW)の国家試験の受験資格を得る為に、日本社会事業大学の通信教育科で『精神保健福祉士養成課程』を1年7ヶ月受講しました。

2004~2005年と2年続けて夏のスクーリングで2週間ほどここに通って授業を受けました。

他にも、いろいろな学会の会場として使われているので何度も足を運んだことがあります。

NPO地域精神保健福祉機構(略称・コンボ)でも『リカバリー全国フォーラム』でも第1回大会の会場としてお借りしました。

だから、場所(教室)そのものにも慣れていたのですが、教員用のドアを開けて教室に入ると、学生さんの数に圧倒されました。

1年生の必修科目なので学生さんたちは約250人です!

これはさすがに多いですね。

教室の、真ん中のブロック。あと左右のブロックがあります

教室の、真ん中のブロック。あと左右のブロックがあります


90分間を3つのテーマに分けて、講義を行ないました。

『自殺総合対策の実現における社会福祉専門職の必要性について』

  1. 20年前に18才だった僕が自殺対策に取り組む政治家になるまで
  2. いま18才のみなさん(20年前の僕)に知ってほしいこと

    (1)自殺についての正しい知識
    (2)プリベンション・インターベンション・ポストベンション
    (3)あらゆる対策の存在
    (4)特に『自殺未遂者支援』『自死遺族支援』の必要性について
    (5)どの取り組みにおいても社会福祉専門職が必要であることの理由
    (6)現在の国の動向について、医療サイドの巻き返し
    (7)自殺予防ロールプレイングを通した、寄り添うことの難しさの体験

  3. 質疑応答

はじめのうちは、授業中なのに教室への出入りがあったり、隣同士で私語を続けている学生さんたちもいましたが

5分も経つ頃には教室中がシーンとして、フジノの話に耳を傾けてくれていました。

フジノが18才だった頃から20年もの月日が過ぎたとはいえ、あの頃の気持ちを僕自身が忘れることはありません。

みなさん、フジノの言葉に自らの現在を重ねて聴いて下さったのではないか、と思いました。

階段上になっている教室を、上から観た様子

階段上になっている教室を、上から観た様子


さらに、2つめのテーマの最後には、10分間をとって、『自殺予防ロールプレイング』という体験学習を行なってもらいました。

これは、かつて藤原和博校長先生が杉並区立和田中学校で『よのなか科』のプログラムの中で行なっていたものです。

2人1組になって、

1人が「今、まさに自殺をしようとしている人の役」をもう1人は「親友としてなんとかして自殺を止めたい人の役」を全力でロールプレイしてもらいました。

5分間経ったら、役割を交代してもう1回です。

はじめこそ照れ笑いが混ざりながらの対話でしたが、やがて、とても真剣に対話に取り組んでいる学生さんの姿が多くなりました。

このロールプレイに正解はありません。

今の内閣府の自殺対策があまりにも『誰でもがゲートキーパーになれる』ということを強く打ち出し過ぎていることにフジノは疑問を感じています。

人が他人に寄り添うことは本当に難しいことです。

それは親しければ親しいほど難しいことです。

社会福祉専門職として人に寄り添うことを使命とする職業に就けば、嫌というほどそれを体験することになる訳なのですが

(そして、その無力さを痛感しつつも寄り添うことを続けるのが本当のゲートキーパーであり、社会福祉専門職だとフジノは信じています)

1年生のみなさんに寄り添うことの難しさを感じてほしくてあえてこのロールプレイを体験していただきました。

ロールプレイングの合間に、教壇からフジノ

ロールプレイングの合間に、教壇からフジノ

講義の最後に質疑応答をしました。

わずか10分しか時間が取れなかったのですが、3人の学生さんから発言を頂きました。

特に惹かれたのは、次の質問でした。

「彼女が自殺によって亡くなった後と前とではフジノさんの死生観は変わりましたか?」

明らかに、フジノの死生観は変わりました。

いつまでもそこに存在し続けてくれると思いこんでいた命は実は、いつ失われてもしまってもおかしくない。

ついさっきまで当たり前に存在していたはずなのに、もはやどんなに会いたくても話したくてもそれが叶わなくなる。

どんなに大切な相手であっても、失われて永遠に戻らなくなる。

そして、それは誰にでも起こる。もちろん、自分にも。

こうした圧倒的な喪失感は、フジノの世界観を完全に覆しました。

それは、3.11を経た今の日本であれば、多くの方々が同じ想いを共有しているのではないかと思います。

だから、目の前のものはどんなに努力をしたとしてもいつか必ず圧倒的な力の前に失われてしまうのだ、という絶望的な確信と

だけど、目の前の大切なものを全身全霊を賭けて守ろうとそれでもなお必死にあがきもがき続けずにはいられない衝動との間を

いつも行ったり来たりしながら歩みをつづけてんでいる、そんな気持ちが続いています。

内田先生とフジノ

内田先生とフジノ


こうして、90分間の講義は終わりました。

学生のみなさんの多くはとても快活で元気にあふれていましたが、中には、壊れやすい脆さというか、とても繊細さを感じさせる方もいました。

それは自らがうつ病とパニック障がいを持つフジノにとって、ちょっとうれしい発見でした。

さて、それから再び内田先生の研究室に戻っていろいろ意見交換をさせていただきました。

講師を勤めさせていただいたことは、やはりものすごく貴重な機会となりました。

内田先生には、こんな大切な機会を与えていただいたことに改めて深く感謝の気持ちを感じました。ありがとうございます。

ジュンスカファンならばみんな大好きな『ひばりヶ丘駅』にて

ジュンスカファンならばみんな大好きな『ひばりヶ丘駅』にて


帰宅後も、学生さんたちから何通もメールをいただきました。本当にありがたいことです。

まだ、全てのメールに対してお返事を書ききれていないのですが、みなさんの考えていること・感じておられることはとても大切なことだと強く感じています。

やがて社会福祉士・精神保健福祉士などの福祉職として、いろいろな困難を抱えている方々の支援にみなさんは取り組むことと思います。

どうか今の気持ちをずっと大切にこのまま歩み続けてほしいな、と僕は思いました。



みなさん、本当にありがとうございました!

内田先生、今日は貴重な機会をありがとうございました。

そして学生の皆さん、フジノの拙い話を聴いて下さって、本当にありがとうございました。

またいつかお会いしましょうね。

できれば将来、臨床の現場でみなさんと再会できますように!