日本に子どものワンストップセンター実現を!/NPO神奈川子ども支援センターつなっぐ設立記念公開講座「子どものSOSを支援につなげる〜私たちに何ができるのか〜」へ

日本に子どものための「ワンストップセンター」を実現する為に「つなっぐ」が立ち上がりました

『NPO法人神奈川子ども支援センターつなっぐ』設立記念の市民公開講座へ参加しました。

会場の関内ホールにて

会場の関内ホールにて


講座の報告の前に、まず『つなっぐ』とは何か・何をめざしているのかを簡単に説明したいと思います。

*ここから先はあくまでもフジノの理解で記したもので『つなっぐ』の正式な文章ではありません。誤解があるかもしれません。

2016年、神奈川県立こども医療センターの田上幸治先生を中心に、児童虐待に関わるドクター・弁護士・警察官・検察官らが虐待の勉強会をスタートさせました。

それから3年後の2019年4月2日、NPO法人として登記されました。

その目的は、虐待・性虐待・いじめ等の暴力被害に遭った方々に対して、医療・法的支援・教育など様々な機関の連携による取り組みを行なって、被害を受けたこどもたちの権利を守り、被害からの回復に寄与することです。

下の図をご覧下さい。

左側が現状です。

被害に遭った子ども自身が(あるいは親とともに)児童相談所を通して、あらゆる関係機関に出向かねばならない現状があります。

くりかえし同じ質問をされることでフラッシュバックが起こったりPTSDになってしまうなどネガティブな心理的影響が大きいです。

さらに、各機関がバラバラに当事者につながることでバラバラな支援が行なわれてしまったり、必要な機関にたどりつけないこともあります。

つなっぐの目指す姿と現状

つなっぐの目指す姿と現状


右側が『つなっぐ』がめざす姿です。

ワンストップセンター『つなっぐ』を訪れさえすれば、あらゆる関係機関との連携をしている『つなっぐ』が全ての機関につなげてくれます。

心理的なダメージを可能な限り減らし、回復への支援を行なっていきます。

具体的には、下のようになります。

つなっぐが行なう事業

つなっぐが行なう事業


犯罪被害者支援に取り組んできたフジノにとっても、実は今日初めて耳にした単語がいくつもありました。

だからあなたがこれを読んで今すぐ理解できなくても何も問題はありません。

憶えていていただきたいのは、子どもたちが何らかの被害に遭った時(特に深刻なダメージを受けている時)に『つなっぐ』が全力で守ってくれる、ということです。

”つなっぐ”が大切にしている 5つの”つなぐ”
1.フォレンジックインタビュー(司法面接)とつなぐ
  • 被害にあった子どもが、子どもに優しい環境で、フォレンジックインタビュー(司法面接)の手段を使った子どもに負担の少ない方法で話しを聞いてもらえるようにする
  • 性虐待から、身体的虐待やDVなどを含めた被害も対象とする
2.医療とつなぐ
  • フォレンジックインタビュー(司法面接)と同時に系統的全身診察をおこなうことにより負担を軽減
  • ・必要な場合は心のケアをおこなう
3.訴えたい気持ちを外につなぐ
  • 出廷した際の負担を減らすために、コートハウスドック制度の導入等をめざす
  • 証拠の信用性や収集方法について、実務と研究に裏打ちした検討をおこなう
4.研究・啓発、研修とつなぐ
  • フォレンジックインタビュー(司法面接)の面接官の育成
  • 研究者、弁護士、捜査機関、児童相談所との連携
  • 子どもへの負担の研究
  • 証拠収集についてのルール化
  • フォレンジックインタビュー(司法面接)や多機関連携の啓発
5.様々なサポートとつなぐ
  • 裁判所への出廷 → コートハウスドッグ
  • 子ども自身や非虐待親→ 弁護士
  • 行き場のない子どもたち→ 児童相談所、シェルターなど
  • 高年齢の被害者→ 自立支援のNPO、DV被害者のセミナー主催団体等

分かりやすさの観点から、フジノは「こどもたち」ということを前面に記しました。

実際の『つなっぐ』の活動は高年齢の被害者も対象にしています。



「司法面接」研究の日本の第一人者・仲真紀子先生の講演

さて、この『つなっぐ』が4月にNPOとして認証されて1ヶ月が経ちました。

広く世間に活動を知ってもらう為に、市民公開講座が今日開かれました。100名以上の方々が参加し、フジノはとても心強く感じました。

児童相談所設置市の議員としてフジノは強い意気込みで参加したのですが、冒頭、来賓として紹介されてしまいました。

『つなっぐ』のみなさん、勉強不足なのに、ごめんなさい。

子どものSOSを支援につなげる〜私たちに何ができるのか〜

子どものSOSを支援につなげる〜私たちに何ができるのか〜


まずは基調講演『子どものSOSを支援につなげる〜私たちに何ができるのか〜』です。

基調講演「子どもからどう話を聞くか〜司法面接の取り組み〜」

基調講演「子どもからどう話を聞くか〜司法面接の取り組み〜」


被害を受けたこどもから負担を可能な限り減らして聞き取りを行なう面接手法として『司法面接』があります。

これは『フォレンジックインタビュー』を日本語に翻訳したものですが、産経新聞のこちらの記事がとてもわかりやすく報じていますのでぜひご覧くださいね。

我が国における『司法面接』の研究の第一人者、仲真紀子先生(立命館大学教授・北海道大学名誉教授)が講師です。

事情聴取のくりかえしがいかに被害者を傷つけるかは、犯罪被害者支援の取り組みでも痛感してきたことでした。

フジノが支援した方々(こどもたちもいます)についても警察は最大限の配慮をなさって下さいましたが、それでもやはり心理的なダメージは大きいものがあります。

フジノの場合は、幼児の時に被害に遭い、その子が成人した今も保護者の方とともにやはり心配な気持ちで見守っています。

『司法面接』ではフラッシュバックが起こったりPTSDが起こるようなことの無いように、導入から質問の方法など様々な観点から今までの事情聴取とは異なっています。

実際に、研究調査では環境的要因が改善されると(例えば『司法面接』の方法が用いられると)、5倍以上、話をしてくれるとの結果が明らかになっています。

まさに未来につながる支援を多機関で連携して実現できることを願ってやみません。

フジノとしては『つなっぐ』の実践を横須賀市児童相談所と連携していかれないかと考えています。



パネルディスカッション「行政・司法・医療などこどもを取り巻くすべてがつながるために」

続いてパネルディスカッションが行なわれました。

パネルディスカッション「行政、司法、医療など子どもを取り巻くすべてがつながるために」

パネルディスカッション「行政、司法、医療など子どもを取り巻くすべてがつながるために」


こどもたちを守る為に『つなっぐ』設立に向けてご尽力された方々がパネラーとして登壇されました。

検察・弁護士・元警察幹部・児童相談所のドクター・こども医療センターのドクター・ソーシャルワーカーなど、まさに現場の最前線の方々が語り合って下さいました。

『つなっぐ』が実現していく多機関の連携の姿が、ステージ上ではすでに実現していることを感じました。

大切なことは、これからどのまちでもこうした取り組みを実現できるか、普及させていかれるか、です。

『つなっぐ』メンバーだけで完結することはありえませんので、各機関の面接官の育成をはじめ、広く社会へ理解を求める啓発活動も進めていかねばなりません。

この数年来ずっと深刻な児童虐待、時にこどもが殺された事件も大きく報じられました。

選挙の際、フジノは

「横須賀市が児童相談所の設立準備室を立ち上げた時には児童福祉司は7名だけだった。増員を毎年提案して2019年には17名を実現した」

と述べました。これは確かに成果の1つではあります。

しかし、いくら児童福祉司を増やしても、そして児童相談所の人数を増やしたとしても、それだけでは全てを解決することはそもそも不可能です。

もはや児童相談所だけでこどもたちを守ることは難しい時代になったのです。

フジノは『つなっぐ』の活動に強く期待しています。

期待というよりも、一刻も早く児童相談所との連携をスタートさせていただきたいという想いでいます。

『つなっぐ』のみなさま、どうか今後ともご協力をよろしくお願いします。

そしてみなさま、『つなっぐ』ではこどもたちをサポートするボランティアも募集しております(ボランティア養成講座の受講が必要です)。

どうか様々な形でみなさまにもご協力をお願いしたいです。よろしくお願いいたします。



横須賀市は「避難勧告」をいつどのように出すべきなのか/台風18・19号への他都市の対応を省みながら、あなたにも一緒に考えてほしい

台風19号、神奈川県内では各市が82万人に避難を呼びかけました

けさの神奈川新聞の記事によると、神奈川県内では

県内では7市が、約34万8000世帯82万人に対して避難を呼びかけた

とのことでした。

2014年10月15日・神奈川新聞記事より

2014年10月15日・神奈川新聞記事より


何故ならば、広島市で起こった大規模な土砂災害を受けて、9月4日、神奈川県が県内の市町村に対して「『避難勧告』を早めに出すように」と指示を出していたからです。

2014年9月5日・神奈川新聞記事より

2014年9月5日・神奈川新聞記事より


こうしたこともあり、お隣の三浦市では、13日の夕方16時の段階で早くも『避難準備情報』を出しました。

一方、横須賀市は最後まで避難を呼びかけませんでした。



市民のみなさまが最も知りたいことは「自分は避難すべきなのか?」

台風18号の時台風19号の時も、フジノはリアルタイムで情報発信を続けました。

その為、市民の方から電話やメールやツイッターで「自分の地域は避難しなくて良いのか知りたい」「避難所はどこになるのか知りたい」など、次々と問い合わせがありました。

そのたびに、次のブログ記事やツイッター発信では「市民のみなさまが知りたがっている情報だ」と感じたことを盛り込むように改善し続けました。

こうして、2度の台風を経験した訳ですが、最終的に「市民のみなさまが最も知りたいことはただ1つだけだったのではないか」と感じています。

それは「自分は今、避難すべきなのか知りたい」ということです。

自分は今すぐに避難すべきか否か。

これこそが、市民にとって最も重要な情報なのだとフジノは考えています。

実は、今回の台風に遭遇する前から、フジノはこの問題について考え続けてきました。

今日のブログは、そのフジノの問題意識を市民のみなさまにも共有していただき、ぜひ一緒に考えてほしいと願いながら書いています。



防災を担当する委員会に所属して5ヶ月、フジノが最重視しているテーマがあります

フジノが『生活環境常任委員会』に所属するようになって5ヶ月が過ぎました。

防災に関して、2度の委員会で重ねて議論を行なった、とても重視しているテーマがあります。

それは

  1. 横須賀市民が、災害から『安全』に免れる『避難勧告』の出し方はいかにあるべきか。

  2. 横須賀市民が避難しなくても『安心』で過ごせる/避難しなければ危険だ、という『タイミング』を、政治・行政は、いかに判断すべきか。

です。



横須賀市が「避難勧告」を出すタイミングは「国の基準」とは異なります

実は、横須賀市が『避難勧告』を出すタイミングは、国の『基準』とは異なります。

それではどう違うのか。

フジノが2014年6月議会で行なった質疑をご覧下さい。

2014年6月17日・生活環境常任委員会

フジノの質問

まず、市民安全部に伺います。
 
先日、6月6日から7日にかけて、大雨が降りました。

その際、気象庁などが『土砂災害警戒情報』を発表をしても、本市としては『避難勧告』や『指示』は出さなかった。
 
その『発令基準』についての新聞報道等もありました。
 
これは内閣府が4月に改定した指針では本市の運用実態には合わないということから、特に『避難勧告』や『指示』を出さなかったということです。
 
ここには2つ感じることがありましたので、それぞれ伺って、見解をお聞かせいただければと思います。

まず、本市はどういう『基準』で『避難勧告』や『指示』を出すのか、まずその点をお聞かせください。



危機管理課長の答弁

まず『土砂災害』なのですが、基本的には明確な『基準』はございません。

かなり主観的な話なのですけれども、「土砂災害が発生するおそれがある。または、発生した場合」というふうなものを『避難勧告』の『基準』としております。



フジノの質問

新聞報道では、多分、危機管理課長がお答えになったのだと思うのですが、「市民の方から実際に被害が起こりそうだ」というお話があった時は『避難勧告』を出すというお話だったのですね。
 
同様に、紙面で指摘されていたことというのは、「昨今では『土砂災害警戒情報』が出されているにもかかわらず、『避難勧告』や『指示』を出さなかった場合、自治体が訴訟のリスクを負う」というようなことがありました。
 
ただ、「あまりにもそれ(=『避難勧告』)を出し過ぎると、本当に必要なときに空振りしてしまうのではないかという懸念もある。それが本市が出さない理由だ」というふうにも書いてありました。
 
そこで、ある程度の『基準』というのがどこにあるのか。

本市はいろいろな政策で国をリードしてきましたから、国の『基準』が正しくなければ「横須賀市としてはこう考える」というのを、僕は国に要望というか、打ち返してほしいという思いがあるのですね。

まちごとに地理状況は全く違う中で、一律の基準をつくるというのがそもそもおかしいのかもしれないのですが、本市としてはどういう時に『避難勧告』を発令したい、しようと実際に運用しているのか。

そして国の『基準』とどれほどあるべき姿と離れているのか。

それを明確にして、国に対しても言っていってほしいというふうに思っているのですが、その2点についてお答えいただけないでしょうか。



危機管理課長の答弁

少し長目になってしまうかもしれませんけれども、国は「危ないところはある程度限定できる」という前提で、今回のガイドラインの改定をしたと思っています。
 
今、国が我々自治体に求めていることは、

「『大雨警報』が出たら、かなり緊張しなさい」

「『土砂災害警戒情報』が出たら、何も考えずに、少し強い言い方ですけれども、何も考えずに避難勧告をかけなさい」

となっていますが、私たち横須賀市内には、土砂災害が危ない場所というところが約1,100カ所ございます。

その1,100カ所に『土砂災害警戒情報』が出るたびに、「避難しなさい」「近隣の小・中学校の体育館を全部あけました」とやって、最初のうちは皆さん逃げて下さるかもしれませんが、「どうせまた市役所は内閣府がやれと言っているからやっているのだよ」となるということが、私どもは大変懸念していることです。

国は「空振りをおそれずに避難勧告をかけろ」と言っていますが、私たちが恐れているのは、空振りをしたことで批判されることではありません。

空振りが続いたことで、いざ本番に逃げていただけなくなって、人の命が失われることを恐れています。

私たちとしては、自分たちの言い訳の為に、保身のために『避難勧告』をかけるつもりは、今までもありませんでしたし、少なくとも今後当分の間、この体制は変わらないと考えています。



フジノの質問

おっしゃっていることは、とてもよく理解できます。オオカミ少年になってしまってはいけない。

そうなのですけれども、では本市はいつ出しているのか、もし本市なりの『基準』があれば、先ほど明確な『基準』はないというお話だったのですが、それは現場の声だと思うのです。地方政府、地方自治体の声だと思うのです。
 
今のガイドラインが余りにも緩い、本市が懸念しているようなことが他のまちでも起こり得る。

そういう場合は、内閣府のガイドラインで『基準』や『指針』をむしろ正していってほしいというふうに、こちらから言っていくべきだとも思っているのですね。
 
そこで、本市はどういう時に『避難勧告』を出しているのか、そして国の指針に見直しを求めていくべきではないかというふうに申し上げたのですが、この点についてはいかがでしょうか。



危機管理課長の答弁

まず、どんな時に出すかは冒頭申し上げたとおり、「その予兆があった場合、もしくは起きた場合」。

その予兆というのは、もしくは起きたというのは、基本的にはそこにお住まいの方が気がつく。

あと、土木部は『大雨警報』が出ると道路パトロール隊を出していただけますので、土木部が覚知する

もしくは警察、消防局が覚知するということで、我々として「そこが危ないかもしれない」といった時に、消防職員の判断、もしくは我々が呼ばれて、そこで判断をして『避難勧告』をかける、というのが今実際にやっていることでございます。

国に対してですが、先日南関東近隣の市町村に対して、内閣府が説明会を行ったのですが、私たちも係長を行かせて「いろいろ言ってこい」と言ったのですが、私たち以上に横浜市の担当が「全くナンセンスだ」ということを強く言って下さったので、うちの係長は「横浜市が全て代弁したので、私は黙って帰ってきました」という報告をしていました。

今後、内閣府ともいろいろな場面で話すことがあると思いますので、「国として市町村のお尻を叩きたい気持ちは分かるけれども、叩かれ方として、今回のガイドラインの改正というのはあまり適当ではない」という意見は伝えたいと思っています。



フジノの質問

それでこそ地方自治体の心意気なのではないかなというふうに思います。
 
後者については、その御答弁で結構です。ありがたいと思いました。
 
前者についてなのですが、システムとして確立されているかどうかだけ確認したいと思います。

お住まいの方が気づいてくれる。土木部のパトロール、あるいは覚知、警察、消防の判断が市民安全部に寄せられたならば、至急『避難勧告』を出すというシステムとしては、確立されているのでしょうか。



危機管理課長の答弁

そのとおりでございます。

お分かりいただけましたでしょうか?

もう1度、まとめてみます。

横須賀市が『避難勧告』を出す現在の『基準』

【パターン1】

  1. 警察・消防局が『覚知』する

  2. 消防職員が「土砂災害が発生するおそれがある。または発生した」と判断した場合、『避難勧告』を出す。

【パターン2】

  1. お住まいの方が気がつく。
  2. 土木部の『道路パトロール隊』が覚知する。
  3. 市民安全部が呼ばれて、実際に現地を確認する。
  4.      

  5. その結果、「土砂災害が発生するおそれがある。または発生した」と判断した場合、『避難勧告』を出す。




どのような「基準」ならば、最も「安心」で「安全」な避難ができるでしょうか?

フジノは、命が守られるのであれば、『国の基準』だろうが『横須賀市独自の基準』だろうが、どちらでも構いません。

政治・行政が市民の命を守る(=『安全』)のは、絶対の責務です。

しかし、その一方で、『人々のそのままの暮らしを守ること』もまた政治・行政の責務なのです。

国の一律の基準によって、横須賀市内全域に避難を呼びかける。それによって、ご高齢の方々も重い障がいのある方々も避難しなければならない。

避難先は、学校の体育館や行政センターなどです。

和室や座布団もありますし、毛布もあります。

けれども、見ず知らずのたくさんの赤の他人と一緒に、そこで一夜を明かすことになります。

その結果、土砂災害は何も起こらずに夜が明けたとします。

「空振りで良かった」

と、あなたは本当に考えてくれるでしょうか?

お一人では歩けないようなご高齢の方々は、ご自宅を離れて寒々しい体育館で一夜を明かしたが故に、体調を崩すかもしれません。人工呼吸器が必要な重度の障がいのある方々は、わざわざ強い雨の中を避難所まで移動したものの、何も無かった翌朝、再びご家族によってご自宅に戻っていくのです。

本当に「空振りで良かった」とあなたは考えてくれるでしょうか?

実は、土砂災害において、いくつかの原則があります。

例えば、「遠くの避難所に逃げるよりも、自宅の2階へ上がる/崖から離れた部屋に移動する」といった原則です。

こうした基本的な原則をしっかりと市民のみなさまに知っていただくことの方が、国のルールにしたがって『避難勧告』を連発するよりも『安心』して過ごしていただけないでしょうか。

それとも、やっぱりあなたは「横須賀も国のルールどおりに空振りでも構わないから『避難勧告』をどんどん出してくれ」とお考えになりますか?

今まではこの問題は、フジノと市民安全部との議論に過ぎませんでした。

けれども今回、わずかな期間のうちに2つの大型台風に直面しました。

この貴重な機会に、ぜひ市民のみなさまにも一緒に考えていただきたいのです。

あなたはどうお考えになりますか?

ぜひあなたのご意見をお聴かせ下さい。よろしくおねがいします。



【続報】原因は不明/猿島での火災について報告します

猿島の火災、被害状況と原因について

昨日、猿島で起こった火災のその後の状況を環境政策部長から報告を受けましたので、市民のみなさまにお知らせいたします。

猿島公園の被害状況について

平成25年8月29日(木曜日)18時33分、猿島公園レストハウスから出火し、同日20時49分に鎮火確認した火災の被害状況について、現在の状況を下記の通りに報告します。

1.被害物件:

  • レストハウス(物販棟) 木造平屋建(1階部分 床面積163.97平方メートル)
  • ボードデッキ 木造(2階部分)
  • 管理棟 木造一部RC造2階建(1階部分)

2.被害状況:

レストハウス(1階 床面積163.97方メートル)は全焼し、レストハウス上部(2階部分)に設置されたボードデッキ(消失面積は約200平方メートル)についてもほぼ全焼した状況。

また、管理棟(1階部分)の屋根及び柱の一部が延焼した。

3.火災原因:

出火の原因については、たばこやバーベキューの炭の不始末による疑いはありましたが、警察及び消防による調査の結果、不明となりました。

ということで、『原因不明』との報告を受けました。

火災の現場写真1

火災の現場写真1

火災現場の写真2

火災現場の写真2

火災の現場写真3

火災の現場写真3

火災の現場写真4

火災の現場写真4

猿島航路は当面、欠航が続きます

猿島航路に船を出している株式会社トライアングルのホームページでは、以下のように報告されています。

猿島での火災について(続報)

(前半部分は省略)

猿島航路の運航再開の目途はたっておりません。

少なくとも9月いっぱいの運航再開はないものと思われます。また、猿島バーベキューも当面の営業再開はございません。こちらも決まり次第、速やかにご連絡いたします。

8月30日夕方に、猿島では管理棟の電気が復旧し、消防関係者他スタッフが昨日に続き泊り込んで事後対策に当たっております。

8月30日の昼間に再び小さな炎が上がりましたが、直ちに消火されています。

皆様におかれましては、ご心配をおかけしておりますことを深くお詫び申し上げます。

また、猿島へ行かれる予定でした皆さまには大変ご迷惑をおかけいたしますこと、重ねて深くお詫び申し上げます。

(後半部分は省略。引用はここまで)

フジノが今日お会いした何人もの市民の方々からくちぐちに「今回の火災は残念だ」「猿島はレストハウスを再建できるのか」とご心配の声を頂きました。

これまでも猿島は幾多のピンチを乗り越えてきました。

今年6月末には、大雨と強風によって砲台構造物の一部が大木と一緒に落下してしまいました。

かつて2010年には、台風12号の影響で猿島桟橋が破損して2週間にわたって猿島航路が欠航となったことがありました。

さらに、1993年から1995年までは、海水浴場も閉鎖されて猿島航路は廃止されて、立ち入りそのものができませんでした。

そのたびに、いくつもの危機をのりこえてきたのが『猿島』です。

今回もきっと猿島は大丈夫なはずだとフジノは信じています。

どうか市民のみなさまにも見守っていただけますようお願いします。

横須賀市の「自殺対策シンボルマーク」がピンバッジになりました/自殺対策に取り組む有志の目印ですね

横須賀市の『自殺対策シンボルマーク』である『カタバミ』がピンバッジになりました

横須賀市は、自殺対策シンボルマークとして『カタバミ』のデザインを制定しています。

横須賀市自殺対策シンボルマーク

横須賀市自殺対策シンボルマーク


これまでにもこのマークがついた帽子&Tシャツはありました。でも、あくまでも街頭キャンペーン用の特別のものでした。

それに対して、ピンバッジは毎日付けることができますから、想いをこころに抱いているということをピンバッジに託していつも発信することができますね。

自殺対策シンボルマークのピンバッジををスーツに付けた様子

自殺対策シンボルマークのピンバッジををスーツに付けた様子





シンボルマークの由来について

今回の作成にあたっての横須賀市からの説明は下のとおりです。

横須賀市自殺対策シンボルマークについて

  1. シンボルマーク制定の経緯
    自殺予防対策を実施するに当たり、横須賀市が自殺対策を推進しているということ、専門職や市民の意識啓発のため、シンボルマークを平成20年7月に横須賀市自殺対策連絡協議会の賛同を得て制定しました。

  2. シンボルマークを「カタバミ」にした根拠
    モチーフである「カタバミ」は、カタバミ科の植物で、多年草で、花言葉は「輝く心・心の輝き」です。

    「カタバミ」は雑草として、至るところに生えています。春から秋にかけ黄色の花を咲かせます。葉は、ハート型の3枚が尖った先端傭を寄せ合わせた形で、地下に球根を持ち、さらにその下に大根のような根を下ろします。葉は球根の先端から束に出て、地表に広がります。

    よくクローバーと間違われますが、クローバーは葉の形状が丸いところに違いがあり、まったく異なる植物です。

    この「カタバミ」は、繁殖力が強く、一度根付くと絶やすことが困難であるともいいます。人もこのたくましさと、輝く心を持っていただきたいとの思いを込めて、この「カタバミ」を選択しました。


  3. シンボルマークのデザインについて
    デザインは、自殺対策のキーワードである「孤立させない」、「寄り添う」ということから、2枚の「カタバミ」を寄り添わせたデザインにしました。

  4. シンボルマークの色について
    色については、ピンク色に近い藤色としました。

    自殺対策ということから落ち着きのある色、また、自死遺族への配慮などから部内で決定し、『自殺対策連絡協議会』に図りました。藤色は心を癒す色とされております。


  5. ピンバッチの使用について
    ピンバッチを作成した理由は、自殺対策に理解を示していただいている方を対象に、配布していきたいと考えております。

    特に、22〜23年度に相談機関、民生委員、消防、警察、介護支援事業者等の方を対象に積極的に自殺対策に係る研修を実施していく中で、研修をとおして自殺対策の必要性について理解し、今後の相談業務等をとおして、辛い悩み等を抱えている人に対し、話を聴いて必要な援助機関に繋げていくことの大事さや相談の裏には自殺の問題が内在していることを認識していただき、常にそのような視点の必要性に気付いていただくため、このピンバッチを配布していきたいと考えております。

研修を受けてくれた方々を中心にこのピンバッジをお配りするみたいですね。

みなさまも、まちでこのピンバッジを付けている方を見かけたら「一緒にがんばっていきましょうね!」と声をかけてくださいね。

自殺対策は、顔と顔が見える関係をどんどん増やしていって、セーフティネットが細かく大きく広がっていくことが必要です。ピンバッジを付けている方々同士が顔の見える関係になっていってどんどんつながっていくことができたならばこのまちの自殺対策はさらに進んでいくはずです。

ぜひこのピンバッジをその為の『目印』にしてくださいね!



犯罪被害者支援の為に、もっとやるべきことがある/「それぞれの立場からはじめる犯罪被害者支援~神奈川県犯罪被害者支援県民大会」へ(その3)

前の記事から続いています)

いま「犯罪被害者支援条例」を神奈川県が作っています

現在、神奈川県は松沢知事の選挙時のマニフェストにそって『神奈川県犯罪被害者等支援条例(仮称)』づくりをすすめています。

すでに今、パブリックコメントにかかっている状態ですので、どうか市民のみなさま、こちらの『基本的な考え方』を読んで下さい。

パブリックコメント

パブリックコメント


そして、たくさんのご意見を県に寄こしてくださいね。
 
しめきりは8月15日までです。よろしくお願いします。

さて、話を大会に戻しますと、2番目のプログラムは、神奈川県の安全防災局犯罪被害者支援担当課長による、この『神奈川県犯罪被害者等支援条例(仮称)の基本的な考え方』の説明でした。

犯罪被害者支援の為に、みんながたちあがるべき

最後に、パネルディスカッションが行なわれました。

『それぞれの立場から始める犯罪被害者支援』

パネルディスカッションの様子

パネルディスカッションの様子


それぞれの立場とは、警察・マスコミ・政治・行政だけでなく、1人1人の市民として何ができるか、ということも当然含まれています。

僕たちが何気なく発する言葉が被害にあった方やご家族を苦しめているとしたら、それは今すぐ変えなければいけません。

では、具体的にどんなことが無意識に苦しめているのか、どんなことが逆に力になったと感じていただけたのか、

そうしたお話をうかがいました。

被害を受けた方々やご家族が利用できる社会資源は少しずつ増えてきました

非常に重要なプログラムが行なわれた集まりでした。

神奈川県では、安全防災局の安全安心まちづくり推進課の中に『犯罪被害者等支援総合相談窓口』を設置しています(リーフレットはこちら)。

本当に苦しい時に、それでも被害者やご家族は様々な煩雑な事務手続きをしなければなりません。

そんな時に必ず力になってくれるのがこの『総合相談窓口』です。どうかご利用なさって下さい。 

リーフレット「神奈川県による犯罪被害者等支援」

リーフレット「神奈川県による犯罪被害者等支援」


さらに神奈川県では、上のような冊子を作っています。

これは本当に分かりやすいもので、被害者やご家族が利用できる社会資源がたくさん載っています。

一般の方々にも被害者支援の必要性を理解していただく為に、県はリーフレットも作ってます。

また、フジノが受けている市民相談の中で、実際に犯罪被害にあった方をご紹介させて頂いたのが、『認定NPO法人神奈川被害者支援センター』です。本当に親切な対応でとても感謝しています(リーフレットはこちら)。

自助グループも活動しています。『ピア・神奈川』です(リーフレットはこちらです)。

弁護士会も活動をしています。『横浜弁護士会犯罪被害者支援センター』です(リーフレットはこちら)。

犯罪被害者支援の為に、みんながたちあがるべき

いろいろな利用できる社会資源が増えましたが、それでもフジノが願ってやまないことは

犯罪の被害にあった方々をもっと市民のみなさま1人1人が偏見・差別を持つのを無くしてほしいということです。

テレビや新聞が被害者のもとをどんどん訪れてはプライバシーもおかまいなしで、マイクやカメラを向けるのは「観たがっている視聴者がいるから」です。
 
これは事実です。

誰かが殺された時、ヤジウマとしておもしろおかしく事件を眺めているあなたはいませんか?

どうしようもないメディアの取材が無意味になる為には「そんなワイドショーなんかいらないんだ」という1人1人の市民の方々の行動も必要です。

そして、何よりも身近で誰かが被害に遭った時に、あなたにできることはたくさんは無いかもしれません。

けれども、少なくとも傷つけないことはできるのです。

ムリに励まそうとして傷つけかねない言葉を述べるのではなく、自分自身が同じ被害に遭ったとしたら、どれだけ苦しくつらいだろうかと、想像してみてほしいのです。

それだけでも、自分が何をすべきかは分かるはずです。それが人間に与えられた想像力という素晴らしい能力なのです。

この世界から全ての犯罪を無くすことはできない、と残念ながらフジノは考えています。

だから、被害に遭う方々は今後も増え続けるでしょう。

それでも、だからこそそれでも、無用な2次被害・3次被害を防ぐことはできます。

どうかみなさま、ご協力をお願いします。

何故なら、犯罪被害に遭うことは誰の身にも起こるからです。
 
それは、このHPを観終わった後のあなたにも起こりうることなのです。

僕は『政治家』としてできること、制度の改善、体制の改革をします。

だからみなさんは『隣人』としてできること、それを一緒に行なって下さい。

お願いします。

犯罪被害者支援の為に、もっとやるべきことがある/「それぞれの立場からはじめる犯罪被害者支援~神奈川県犯罪被害者支援県民大会」へ(その2)

前の記事から続いています)

ご遺族による基調講演「犯罪被害者となって」

次に、相模原市での殺人事件の被害者のご遺族である松原真佐江さんから『犯罪被害者となって』とのテーマでお話がありました。

松原真佐江さんの講演

松原真佐江さんの講演


(同じくここから先は、フジノのメモを基に記したもので、聞き間違いや誤解や重要な情報が欠けている可能性があります。正確なものではなく、あくまでもフジノのメモとお考え下さい)

相模原市に独り暮らしをしていた22才の長女(加代子さん)が強盗目的の加害者によって殺害されてしまいました。

無職の男が遊ぶ金ほしさに娘の部屋に忍び込んで、侵入に気づいた娘を殺害したのです。

さらに卑劣なことに娘を殺した後も、まるで娘が元気でいるかのようにメールを私たちに送り続けたのです。

心配で娘にメールを送るとメールは返ってくるのに、娘の家に電話をかけても出ないんです。

そこで娘の会社に電話をすると、

「もう2日間、娘さんは無断で欠席しています」

とのことでした。

私は長野県に住んでいたので体調的に厳しいので、息子と息子の友人が相模原市の長女の家を一緒に観に行ってくれることになりました。

相模原へは高速を使っても3時間かかります。

「ああ、どうしよう、どうしちゃったの?」

と私は苦しみ、悩みました。

メールをしてもちゃんと返事は返ってこないし、電話をかけても電話には出てくれない。

長女の性格を考えると絶対にそんなことはしないので、ある瞬間から、親の、直感で気がつきました。

携帯を持っているのは加代子じゃない、
 
そう気づくと私は部屋の中を歩き回っていました。

娘のアパートには誰もいませんでした。
 
息子は、すぐに警察に捜索願を出しました。

所轄である相模原署では、すぐに捜査にあたってくれました。

始まってまもなくです。

「最悪の状態になりました」

と伝えられました。

アパートの中から遺体が見つかったのでした。

殺人事件、という自分からとても遠いはずの出来事が自分のとても大切な娘に起こるなんて。

私は、立っていられなかったです。

まるで奈落の底に突き落とされたようで、どうしたらいいか分かりません。

息子は昨日アパートを自分が必死に見たのに(遺体がアパートから警察の捜索で見つかったことから)娘を見つけられなかった自分を責め、ショックで大声で叫んでいました。

夫は、状況を少しでも把握する為に必死に落ちつこうとして、すごく怖い顔で警察の人と話をしていました。

娘のなきがらは、警察が紹介したセレモニーセンターで預かってもらう手続きがとられました。

私たちは相模原署への協力の為、犯人が持っているであろう携帯へメールを送り続けました。

相模原のアパートへ娘の様子を見に行ってくれただけなのに、当初、息子は殺人への関与を疑われながら、暑い中、警察の実況見分に立ち会っていました。

それでも、捜査に関わった多くのみなさまにも感謝していました。

担当者が変わるたびにつらい気持ちを必死に抑えて、何回でも同じことを話しました。

私たちは長野から相模原に滞在しつづけたのですが、全く知らない土地で困っている私たちの為に弟が来てくれました。

泊まるホテルの予約、食事、いろいろな用意を引き受けてくれました。

そんな私たちに警察の方が

「絶対捕まえるから!」

と言ってくれました。

私たちもよけいな情報が外にもれて逮捕が遅くなるのを恐れて、警察に何も尋ねませんでした。

3日目、下の娘も事情聴取を受けることになり、名古屋から親戚のクルマで相模原市までやってきました。

犯人は見つからず5日目になりました。

一切の荷物を持ってきていないので一度自宅に帰りたい、と警察の方にお願いして、長野県へ帰宅することにしました。

そこに

「犯人を逮捕しました」

と連絡を受けました。

私たちは急いで相模原に引き返しました。
 
警察の方々に深く感謝しました。

しかし、娘のなきがらを連れて帰る許可がおりず、相模原において帰ることになりました。

加代子、一緒に帰ろうね。ごめん、独りぼっちにして、つらかったね。くるしかったね。

私たちが長野に帰ってから3日後のことでした。

娘を安置しているセレモニーセンターより火葬をすすめられましたが、地元でたくさんの親戚や昔からの友達に最後のお別れができるように長野県で火葬をしたいとお願いをしましたが

「それはできません」

と断られました。

娘のなきがらは、誰も知っている人のいないセレモニーセンターで、火葬にされました。

そんな時に、セレモニーセンターから、今日の火葬代金と共に今までなきがらを安置していた代金を突然請求されて、お金を払いクルマで帰りました。

姉の変わり果てた姿に、言葉も無い妹がぽとぽとと涙をこぼしました。

葬儀には驚くほどたくさんの方々が来てくれました。

みなさまがたには今もお礼状も出せずに大変心苦しく思っています。

中にはぐさっとこころに刺さる言葉もありました。

「だから早く相模原から長野に戻せばよかったのに」

と言われたり

「こども3人産んでおいてよかったね」

と言われました。

でも、加代子はたった1人のこどもなのです。
 
たとえ息子がいても、下の娘がいても、加代子の代わりではありません。

たとえ、きょうだいが3人いたとしても、大切な子を喪った悲しみが減るなんてことはないのです。

「あら、元気そうでよかった」

とも言われました。

それは違います。歯を食いしばって何とか立っているんです。気丈に振るまっていないと、立っていられないんです。

相手の人が無意識にかけているであろう言葉の中に、傷つけられる言葉がたくさんありました。

葬儀の2日後、私の実家の父が亡くなりました。

実家では長女としての仕事が待っていました。

被害者の遺族である、ということだけでなく、長女としての仕事をしっかりと果たさなければなりませんでした。

でも、親戚も加代子のことを知っていて、無言で肩を優しく叩くおじに、とても慰められました。

こんな中、横浜で裁判が始まりました。
 
私たちは裁判の為に長野県から横浜へ向かいました。

何もかも不安な私たちの為に、相模原署の方々や被害者対策室の方や『被害者支援センター』の方々がついてくださいました。

公判は全部で3回でした。

犯人を刺激しないようにと、前から2列目の傍聴席が用意されていました。

傍聴をしていくうちに耐え難い現実が明らかになり、怒りがこみあげ涙がとまらず、娘の遺影を持つ手に力が入り、爪がくいこみました。

慣れない土地で1人で一生懸命がんばっていた家族思いの加代子がどうしてこんな目にあうの?

犯人は何を考えているのか、反省しているのか全く分からない様子でした。

そんな犯人の姿に加害者側の弁護士でさえ怒りを覚えたようで、閉廷後、目が合った私たちに深くおじぎをしてくれました。

民事裁判は、不条理にも

「裁判に勝っても何もとれませんよ」

と弁護士さんに言われてあきらめました。

刑事裁判の判決は、無期懲役。

けれども弁護側は上告しました。

私は、彼には死刑になって、あの世で加代子にこころから謝罪してほしかったです。

彼は死刑になるどころか、刑務所の中で生きつづけることを保障された命であり、20数年後には社会に出てくることを知りました。

すごく虚しく悲しく、不安で恐ろしい感じがしました。

その後、執行猶予中だった犯人の身元引受人が、ただ事実を知りたいだけの私たちにひどい言葉を投げかけてきたこともありました。

娘のアパートのまわりの人たちが事件の日に、女性のうめき声を聴いていたことも知りました。

ああ、その時に110番をしていてくれたらば加代子は生きていたのかしら、と思いました。

マスコミが注目していたのを避けるために、関係者の方々の細かい気配りをしていただいて助けられました。

それでもマスコミの取材に苦しめられました。

犯人は逮捕された時から守られますが、遺族は違います。

マスコミにはお願い文を出してからは静かになりましたが、精神的にまいっていたのでよけいに疲れました。

現実を受け入れられない自分が日々が過ぎてもいます。

こころと体がすごく不安定になっています。

ふつうに暮らせることがどんなに奇跡であるか、どんなに幸せであるか、加代子に教えられました。

今日の講演のお話をいただいた時、すごく迷いました。

被害者の中には社会的活動にとりくむ方もいらっしゃるようですが、今の私にはムリです。

しかし主催関係者の方から「ありのままのきもちを知っていただくことが大事なんですよ」と言われて引き受けることに決めました。

被害者対策室の方々や被害者支援センターの方々から細かい気配りと共に、心温まるお手紙をいただきました。

これがありのままの私の気持ちです。

加代子に、「母さんもがんばったよ」と前を向いて生きていけたらと思っています。


 
お2人のお話は、どちらも涙なしには聴けないものでした。

フジノはそれを堪えてメモをキーボードに打ちまくって

「冷静に。この悲痛の叫びから政策としてできることを見つけ出せ!」

と、必死に考えていたのですが、
 
場内は本当にすすり泣きに満ちていて、悲しみでいっぱいでした。

本当に、つらく悲しいお話でした。

そして、被害者のご家族の気持ちを無視してすすめられていくあらゆること

(例えば、火葬も身近な地域で行なえない、無念ながら火葬をしたその日に安置代など90万円を即日請求されたことなど。何故、後日ではいけないのか?何故、被害者が支払うのか?)

とても怒りを強く感じました。

犯罪の被害者やご家族は、犯罪そのものだけでなく、マスコミや決められたルールのせいで2重にも3重にも苦しめられている現実があります。

これを変えるのが政治の仕事だ、と改めて感じました。

次の記事に続きます)

犯罪被害者支援の為に、もっとやるべきことがある/「それぞれの立場からはじめる犯罪被害者支援~神奈川県犯罪被害者支援県民大会」へ(その1)

犯罪被害者支援の為に、もっとやるべきことがある

中学生たちの演劇発表会場を飛び出ると、大急ぎで昼ごはんを食べて、横浜・桜木町に向かいました。

ランドマークタワーの真正面にある『はまぎんホールヴィアマーレ』が会場です。

ランドマークタワー

ランドマークタワー


午後から、

に参加しました。

『それぞれの立場からはじめる犯罪被害者支援~神奈川県犯罪被害者支援県民大会~』プログラム

『それぞれの立場からはじめる犯罪被害者支援~神奈川県犯罪被害者支援県民大会~』プログラム


被害者支援に対して強い想いを持つ県のある職員さんから熱心にお誘いいただいてこともあって、喜んで参加させていただきました。

「犯罪被害にあった方々の支援はフジノの政策課題だ」と受け止めて、横須賀市議会でいろいろな提案をしてきました。

アメリカ軍の兵士が起こす犯罪の防止(加害の予防)だけでなく、全ての犯罪による被害にあった方々へのサポート(被害への支援)も、とても重要です。

ご遺族による基調講演「犯罪被害者等が望む支援」

まず、2人の方から基調講演が行なわれました。

最初に、練馬区での殺人事件の被害者のご遺族である糸賀美穂さんから『犯罪被害者等が望む支援』のテーマでお話がありました。

糸賀美穂さんの講演

糸賀美穂さんの講演


(ここから先は、フジノのメモを基に記したもので、聞き間違いや誤解や重要な情報が欠けている可能性があります。正確なものではなく、あくまでもフジノのメモとお考え下さい)

被害者は、私の息子で25才でした。

息子は、同い年の恋人に殺されてしまいました。

加害者は、極めて一方的な理由によって、息子を永遠に奪い去ってしまったのです。

もともと情緒不安定の女性でした。

息子が彼氏になった後も、平気で他の男性と浮気をしたり、というようなこともありました。

また、彼女は、自分の両親との関係が一方的に悪いと受け止めていました。

実際には彼女の両親は彼女が家出をするたびに毎回、一生懸命に彼女の行方を探してあげたりしていました。

後で供述を読んでしったのですが、彼女は、

「彼氏(息子さん)を殺してあげなければならない」

と自分勝手な思い込みで考えていました。

息子が殺されたことをテレビなどのニュースで観た友人から様々な電話やメールなど連絡がありましたが、事件当日も、お通夜もお葬式も、どのように終わったのか今も記憶がありません。

彼女は、計画性も殺意も容疑も全て認めた為か、刑事裁判は事件からわずか2ヵ月後に始まりました。

けれども2ヵ月後の頃は、まだ私は自分を責め続けていました。

骨壷を抱きながら、毎日謝り続けていました。

私たち被害者の家族の味方と信じていた検察とは話す機会も無いままに、裁判になりました。

「遺族は裁判のはじめに冒頭陳述ができるだけ」

と言われました。

彼女は、何故息子を殺したのか、真実を語ることも無く、息子に対しても私たちに対しても謝罪の言葉も無く、反省の言葉もありませんでした。

2回目の公判では、彼女の親(加害者の親)が陳述することになっていたのですが、当日になって拒否しました。

そこで、私も夫も、彼女の親が自分たちの娘がしたことをどのように考えているのか、謝罪の気持ちがあるのかどうかも、何も知ることができなくなってしまいました。

その日は、私の夫のみが意見陳述をしました。
 
涙でぐしゃぐしゃになりながらの陳述でした。

夫が陳述を終えた後に、

「加害者、何かありますか?」

と裁判長が彼女に問いました。

けれども、

「何もありません」

と彼女は言いました。

彼女の側の弁護士は、加害者の両親に対して、

「20才を超えた加害者に対して、保護者の責任は無いから接触すべきではない」

と指示を出していたようです。

法廷で会っても、お辞儀ひとつ無かったです。

これまで息子が生きている時には彼女のことで何度も相談にのったり、いずれ結婚するだろうと考えていたので、何度も一緒にお話した間柄だったのにあんまりだ、と感じ、とても悲しくなりました。

検察側は懲役13年を求刑しました。

しかし、自首であること、前科前歴が無いこと、25才という若年であること、反省していること(しかしこれは自分の両親への謝罪の言葉)、で減刑されてしまいました。

加害者には保護や人権が守られているにも関わらず、被害者には何の保護も無いことが分かりました。

被害にあった人は国や司法から守られているものと思っていました。

しかし現実には、自分の私利私欲の為に人の命を奪った犯罪者に対しても「心神喪失や責任能力が無い」などの理由によって、量刑が軽くなってしまうだけでした。

被害者の遺族は、なおさら傷つけられてきました。

また、これは同時に、加害者の為にも良いものなのでしょうか。

矯正教育が今、どのように行なわれているのかは分かりませんが、被害者のことを忘れることなく、罪を真正面から見つめることが必要だと思います。

加害者はもし生きて刑務所を出てきたならば、出所の日からが本当の罪滅ぼしの日々です。

2度と取り返すことのできない現実に苦しみながら生きていかなければならないからです。

1年ほどたって民事裁判を行いました。

けれども、相談にのってもらった弁護士さんから

「どうせ何も取れないのだから、請求額は5000万円にしてはいかがですか?」

と言われました。

「これは一体何の話をしているのだろうか」

と私は思いました。

民事裁判の準備を進めていくにつれて争点が無い裁判は刑務所の加害者に書類を送り、署名をして送り返すだけのものだと初めて知りました。

加害者の署名と言い分として

「私にはお金が無いので、出所したら少しずつ払う」

とだけ書いてありました。

加害者の親は、事件の後も、同じ住所でふつうに暮らしながらえていることに、怒りを覚えました。

相手の母親からは謝罪の言葉は無かった上に、お話をしたいと伝えた途端に、むしろ逆切れされてしまいました。

「あんたね、私たちだって大変なんだよ!」

「あなたの息子がつきあわなければ良かったんでしょ!」

と言われました。

殺された上に、なおもけなされる息子が不憫で不憫で、私はその夜、自殺未遂をしてしまいました。

「死にたい」

という気持ちよりも、

「死んだら息子のところに行くことができる。早く息子に会いたい」

という気持ちになりました。

ようやく今、私はそういう命を救わねばならないと思いました。

『被害者支援センター』からお手紙を何度かいただき、友人らの前では語ることができない想いを毎月1回話せるようになりました。

自助グループに参加するまでは

「こんなことに参加して、一体何の役に立つものか」

と疑問に思っていました。

けれども、センターのサポートや同じ苦しみを持つ方々と体験を話すことで、こころの傷が少しずつ小さくなりました。

その後、2006年犯罪被害者基本法、DV法、更生保護法、少年法の改正、刑事訴訟法も今年12月から刑事裁判の中で遺族も意見を言うことができるようになります。

けれども、これらの法改正も、法律に携わる人々の意識が変わらない限り、ただの飾りになってしまうおそれがあります。

警察や司法、地域の支援ネットの理解が必要です。

自殺予防や犯罪を防ぐ為にも被害者の家族は、なるべく早い段階から支援を受けられるように、自治体やカウンセリングとの連携の必要性=協力が本当に必要だと考えています。

県が条例を作ろうとしていることや取り組みを行なってくれていますが、取り組みの単位は県のように大きなものではなく、それぞれの市町村単位にしてほしいと望んでおります。

みなさまにはぜひ他人事とお考えにならないでいただけたらと思います。

次の記事に続きます)