当事者部門の受賞者2名をご紹介します/記念すべき「第10回リリー賞」の表彰式でした(その2)

(この記事は『その1』から続いています)

表彰式、スタート

表彰式には150名の方々が来場し、会場は満員となりました。テレビ局も取材に来てくれました。

マスメディアも取材に来てくれました。

マスメディアも取材に来てくれました。


まず、受賞者の名前が発表されて、取り組みを紹介するビデオが流されました。

次に、選考委員が講評のコメントをし、最後に受賞者ご本人がステージに登壇してスピーチをしました。

表彰式に出席したフジノ

表彰式に出席したフジノ


選考委員としてフジノも講評をさせていただきました。大変、光栄です。

それでは、受賞者をご紹介していきますね。

*紹介の文章は、表彰式で配布されたパンフレットから引用しました。



おかよしこさん(よっちゃん)

まず、大阪府のおかよしこさんです!

統合失調症や様々な体験を、音楽・絵画を用いたひとり芝居や文章など多様な創作表現で発表。

精神障がいのある方々に対する差別や偏見、固定観念を打ち破り、一人間として、全ての人が生きていることに価値があることを 伝えたいと創作表現活動を行なっている。

活動のユニークさやインパクトのある表現、また「芝居・音楽・絵画など を通じて自分自身をパワフルに表現しているところに『一人間』としての輝きがある」として高く評価された。

『表現者』としての取り組みが高く評価されての受賞となりました。

統合失調症やさまざまな体験などを総合芸術で発表

1995年、留学先の米国で不調を感じ、スクールカウンセラーに相談。精神科を受診するようすすめられたが、どうしたらいいか分からず、そのまま帰国。病気の知識がなく、「『心を覗かれている』イコール『病気の症状』だとわからなかった。」とおかさん(よっちゃん)。

自分で抱え込んだまま放置し、1998年、窓から飛び降りようとしているところを家族に見つかりそのまま入院。これまでに4回入院。

2012年、「納得した生き方をしたい」と、総合芸術を発表するという昔からの夢の実現に向けて、国際障害者交流センターの「夢カナエルプロジェクト」に応募、優秀作品に選ばれた。また、2013年 には「第39回部落解放文学賞」に入選した(はたよしみ著)。



「精神障害者である前に『一人間』なんよ」

精神障がい者としてひとくくりにされることが多いが、精神障がい者である前にひとりの人間であり、「統合失調症をもっている人に、こんな人間もいるよ」とさりげなく伝えている。

ひとり芝居語り部『闇の中、輝く命〜統合失調Show♪♪♪〜』では、精神科病院の体験、信頼できる医師との出会い、仲間との交流など自身の体験を絵画や歌を用いた芝居で表現している。創作は試行錯誤の連続だった。

公開稽古などを行ない、「分からない表現があったら教えてください。」と当事者だけでなく、病気の知識がない友人の意見も聞きながら、必死にあがいて創り上げていった。



『疲れ』『ストレス』『頑張りすぎ度』を測る体温計がほしい

「多くの人との出会いに恵まれたのは宝」と話し、退院後、ヘルパーとして働いていた経験や、2001年より継続している支え合い電話(旧称:ビア・カウンセリング)の活動などから、「自分だけがしんどい思いをしているんじゃないんやな」と気づかされたという。

体調コントロールはまだまだ苦手で、「『疲れ体温計』『ストレス測定体温計』『頑張りすぎ度体温計』が欲しい。『体みなはれ』というサインが目で見てわかったらいいのに」と話す。

今後は、SOSを出して人の助けを借りたり、人と支え合いながら、経済的な基盤と住まいを確保し、自立して一人暮らしができるようになることを目標にしている。



おかさんの受賞スピーチは、会場を沸かせていました。「さすが役者だなぁ」と感じさせられるユーモアあふれる内容でした。

いつかフジノもおかさんの舞台を拝見したいです。



執行泉さん

続いて、福岡県の執行泉さんです!

執行泉さんと桂米團治さん

執行泉さんと桂米團治さん


『経営者』としての取り組みが高く評価されての受賞となりました。

発達障がいと診断されたのは2010年、45歳の時。

長年、自身の障がいに気づかぬまま2003年、経営する餃子専門店で障害者雇用実習の受け入れを開始。

発達障がいと診断された後は、自らの障がいを特性として活かした経営戦略をとり、2011年より障害者雇用のノウハウを他企業に伝授する『ノウハウ移転事業』を始動。

独自の発想で障害者雇用を一事業として成立させている点にインパクトがあり、地域の人気店として社会的評価を得ている点や、その取り組みを他地域にも広げようとしている発展性が高く評価された。

『餃子専門店黒兵衛』を経営する執行さんの取り組みには、フジノは感嘆しまくりでした。

22歳の決意「障がい者雇用」

自閉症の入所施設に勤めていた22歳のとき、入所者が社会で働く場を確保しようと考え、大企業への飛び込み訪問を敢行。

そこで「障がい者が社会で働けるわけがない」と言われたことに反論できず、障がい者も社会で働けることをいつか自分で実証しようと決意する。

縁あって開店した餃子専門店で、2003年より障がい者雇用実習の受け入れを開始。障がい者就労支援センターなど周囲の協力や工夫により課題をひとつずつ克服し、統合失調症、発達障がい、知的障がいのある人々の雇用を実現。

対面販売を通じて、10年にわたり障がい者雇用を地域の人々に説明しながら、障がいへの理解を着実に広げている。



45歳でわかった自らの「発達障がい」

幼少時よりひとりでいることを好み、中学進学後は体調不良が頻発して不登校に。12歳の時、病院で検査を受けるも不調の原因がわからず。

45歳の時、広汎性発達障害(アスペルガー症候群)とADHD(注意欠如・多動性障がい)を併せ持ち、気分障がいもあると診断されるまで、人間関係のトラブルや不注意によるけがなどで、長年生きにくさを感じていた。

自らの障がいがわかり「ある意味安堵した」と語る執行さん。

一方で、当事者の自分が障がい者雇用を今後も継続できるのかと悩む。「従業員が障がいを理解しようとしてくれたことが、次に進む大きな力になった。発達障がいを研究する恩師から『当事者のあなたにしかできない障害者雇用があるのでは』との言葉をいただいたことで、復活できた」という。



障がいの特性を活かす〜障がい者の個性と仕事のマッチング

「『感覚過敏』は障害でも『五感の鋭さ』は餃子店には強み」と語る通り、障がいを特性として仕事に活かすことが障がい者雇用の基本だという。

「ノウハウ移転事業」は、障がいの為に複数の店舗展開が困難な執行さんが、「誰かに代わりに経営してもらえばいい」との逆転の発想で生み出したものだ。



障がいとうまく付き合いながら

月2回の通院と服薬を守り、臨床心理士への相談や五感を休める工夫などで障がいをコントロールしながら、地域に根差した障がい者雇用が全国に広がることを目指している。





(その3に続きます)