「3.11東日本大震災を忘れない・かながわ~東日本大震災から4年、今求められる被災地支援に向けて」へ

「3.11東日本大震災を忘れない・かながわ~東日本大震災から4年、今求められる被災地支援に向けて」へ

今夜は、横浜のかながわ県民センターへ向かいました。

「3.11東日本大震災を忘れない」会場入口にて

「3.11東日本大震災を忘れない」会場入口にて

*書きたいことは山ほどあるのですが、取り急ぎ写真の一部だけ、掲載しますね。

「3.11東日本大震災を忘れない・かながわ」チラシより

「3.11東日本大震災を忘れない・かながわ」チラシより

「東日本大震災から4年、今求められる被災地支援に向けて」プログラムより

「東日本大震災から4年、今求められる被災地支援に向けて」プログラムより

東松島市大曲浜の震災1か月後

東松島市大曲浜の震災1か月後

①震災当時を知る

①震災当時を知る

講師の中井政義さん

講師の中井政義さん

中井さんのご自宅が解体される様子

中井さんのご自宅が解体される様子

最近完成した慰霊碑

最近完成した慰霊碑

宮城県に何が起こったか

宮城県に何が起こったか

自衛隊に救助された方

自衛隊に救助された方

②被災地・被災者の現実を知る

②被災地・被災者の現実を知る

遠い復興の道のり

遠い復興の道のり

仮設住宅で4回目の冬を迎えた被災者

仮設住宅で4回目の冬を迎えた被災者

黄色い安否確認ハンカチプロジェクト

黄色い安否確認ハンカチプロジェクト

ボラバスは4年がたった今も被災地へ向かっています

ボラバスは4年がたった今も被災地へ向かっています

「被災地支援は『今』からだ」と改めて痛切に感じたのでした。



秦好子さんと1時間以上も意見交換させていただきました/防災講座「女性の視点で考える防災〜避難所の運営に女性の目を」へ

防災講座「避難所の運営に女性の目を」に参加しました

今日は、逗子市の逗子文化プラザへ向かいました。

「女性の目から見る防災〜被災地支援から見えたこと」会場にて

「女性の目から見る防災〜被災地支援から見えたこと」会場にて


防災講座『女性の視点で考える防災〜避難所の運営に女性の目を〜』に参加する為です。

「女性の視点で考える防災」チラシより

「女性の視点で考える防災」チラシより


参加した理由は2つです。

  1. 講演内容の通りで、災害時の避難所の運営にもっと女性の視点が必要であると考えているから
  2. 講師が「秦好子さん」だから。

フジノは今年、消防局・市民安全部を所管する常任委員会に所属しています。『避難所の運営の在り方』を学ぶのは必須です。

先日は、障がいのある方々の避難所運営の訓練に参加しました。

いわゆる性的マイノリティとされる方々からは、2012年度の人権施策推進会議の場でも『避難所の運営の在り方』についてご意見をいただいています。

横須賀市では外国籍市民の方々も交えた防災訓練や避難所体験も開催しています。

避難所運営の在り方は、フジノなりに機会を捉えてずっと考えてきたつもりです。

けれども、学びにゴールはありません。そして、いざという時の実践をより良いものにできるようにしていかねばならないと考えています。

講演の様子

講演の様子


その意味で、今日の講座はとても学びがたくさんありました。

  • 阪神淡路大震災の事例
  • 新潟県中越地震の事例
  • 東日本大震災の事例
  • 9.11ニューヨークでのテロの事例

秦さんが実際に体験してこられた数々の事例に基いての講演をお聴きして、改めて防災への取り組む気持ちを強くさせられました。



講師の秦好子さん

参加したもう1つの理由は、講師の秦好子さんの存在です。

秦好子さん

秦好子さん


フジノは、3年前の東日本大震災の被災地支援の活動を通して、秦好子さんの存在を初めて知りました。

3.11直後の4月1日、神奈川県からボランティアバスを発車させて気仙沼に向かった団体があります。

その『被災地のこどもを支援するかながわ市民の会実行委員会』の副委員長であり、『横浜災害ボランティアバスの会』の代表理事が秦さんでした。

はじめは『災害ボランティア』のリーダーのおひとり、というイメージでした。

ある時、ふとGoogleでお名前を検索してみたら…めちゃくちゃたくさんヒットしました。

『防災』の世界において、秦さんはめちゃくちゃ有名な方だったことを知りました。

この男女共同参画の時代にあってフジノは『女性初』という単語を使うのは好きじゃないのですが、まさに秦さんはあらゆる『女性初』を切り開いてきた方です。

かつて日本には、消防に男性しかいなかった時代がありました。

秦さんは、日本の女性消防吏員第1期生(1969年)です。

そして横浜市消防局で勤務されて、広報係長・指導課長・消防訓練センター次長などを歴任されました。

1997年には、全国の女性消防職員ネットワーク『JFFW』も創設されました。

在職中から『防災ボランティア』の活動にも尽力され、2005年には内閣府の『防災ボランティア活動検討会』の委員にも選任されています。

秦さんを紹介した数多くのメディアの中から、分かりやすい記事をひとつご紹介しますね。

タウンニュース紙青葉区版・2012年2月23日号

第1回横浜市男女共同参画貢献表彰推進賞を受賞した秦好子さん

自分の目線で歩む

○日本の女性消防吏員第1期生のひとり。全国の女性消防職員ネットワーク『JFFW』を創設し、消防分野で女性消防吏員の牽引役として活躍した。東日本大震災では横浜から被災地に食べ物や衣類などを送り被災地の支援活動を開始。「女性目線の防災」活動が評価された。『男女共同参画』とは「”どっちでもいい”ということ。どちらも知恵を出し合い、問題を解決していく」。穏やかな口調に強い意思を込める。

○東日本大震災後、13回に渡り、気仙沼へ支援に訪れている。今月は区内農家から提供されたサツマイモを渡す為、仮設住宅168軒を訪問した。『どうやって暮らしていけばいいのか』『津波に流されてしまった方がよかった』。そんな声が聞かれる。抽選で個別に入居しているため、見知った人は隣近所に居ない。「孤独を抱え、傷ついた人たちの生活をもっと丁寧に考えていく必要がある」。そう、強く感じている。

 
○18歳まで秋田県で過ごす。姉2人、兄、妹の5人兄妹。母は「仕事を持ち続けた方が人生を選択できる」と娘たちに言い聞かせた。高校卒業後に上京、自動車部品メーカーに就職。女性は寿退社が当然とされる中、24歳で当時、全国初となる横浜市の婦人消防官に転職した。女性トイレや更衣室が整わない環境。「これでもか!というほど勉強して、仕事に打ち込んだ」という。努力は実り36歳で管理職に。「上司が女性で不満はないか」、ある男性部下の返答が忘れられない。『責任から逃げず、正しい判断を迅速にすれば上司は男でも女でもどちらでもいい』。「すごく嬉しかった」。認めてくれる仲間の存在が、人生を誇れるものにする。

○被災地では今、自立のための支援に転換している。農家から提供された野菜を送り、現地の子ども会らでバザーを開催する。「『ありがとう』と言われることで笑顔になる。その機会を増やしたい」。被災地と同じ目線で復興を見据える。




秦さんと二人きりで1時間以上も意見交換させていただきました

そんな訳で「いつか機会があったら、秦さんにお会いしてみたい」とフジノは思っていました。

今回、主催団体である『NPOかながわ女性会議』からお招きを頂いた時、即参加を決めたのはこうした気持ちからでした。

防災講座終了後、秦さんにお声がけさせていただきました。

そして、自己紹介をして、

  • 現在、市議会で防災を担当する常任委員会に所属していること。
  • 社会福祉をメインの政策にしている立場から、中越地震以来、災害時要援護者となってしまう立場の方々への防災対策に力を入れていること。
  • 3.11以降、自分はパニック障がいがあるので現地には行かれないけれども支援物資を集めたりいろんな後方支援に取り組んできたこと。

などをお話させていただきました。

秦さんは横須賀に知人が多いことからも、親身にお話を聴いて下さいました。

それからなんと1時間以上にわたって、秦さんと意見交換をさせていただきました!

秦好子さんとフジノ(完全に意気投合してしまいました!)

秦好子さんとフジノ(完全に意気投合してしまいました!)


特に、市議会議員という多くの方々と日常的に接することができる立場をもっと活用して、『防災』を日常の中にスムーズに溶けこませていく様々なアイディアをいただきました。

  • 今すぐやるべきこと、中長期間にわたって取り組んでいくべきこと。
  • 市議会の中でやるべきこと、市議会の外でやるべきこと。

たくさんの具体的な取り組みをアドバイスしていただきました。

特に、カフェトークについてはとても有効な取り組みだと評価していただきました。

このカフェトークの違うバージョンをあらゆる形で実施しながら、そこに防災や、被災後の避難所運営や、帰宅困難者の方々へのサポートをもっと自然な形で取り込んでいけるのではないかというご提案をいただいたのですが、伺いながらフジノ自身とてもワクワクしました。

防災とは難しい顔をして、めんどくさがりながら訓練に参加するものではない。

もっと日常の中に溶けこませていくことが大切なのだ。

ものすごくたくさんの可能性が広がりました。

同時に、フジノ自身がもっともっとやらねばならないことが分かりました。

議員活動ではなく個人としての取り組みになる可能性が高いのですが、『フードバンク』を横須賀に設立したいとかねてから考えてきました。

これについても秦さんからは

「フジノさんの事務所は横須賀の1番乗降客の多い駅に近い場所にあるという好立地を活かして、フードバンクの倉庫としても使うべき」

とのアドバイスを頂きました。

フジノは今まで「政務活動費でお借りしている事務所だからボランティア活動に併用することはできない」と一方的に思い込んでいました。

でも、秦さんには全国にたくさんの地方議員の知り合いがおられるのですが、秦さんのアドバイス通りに実際に事務所スペースをフードバンクの倉庫として積極的に活用しておられる方もいらっしゃるそうです。

選挙管理委員会や議会事務局と相談しながら、フジノ事務所をフードバンクの倉庫に活用できたら、フードバンク横須賀の立ち上げもすぐに進むと思いました。

本当に今日参加してよかったです。

このような機会を与えてくれた『NPO法人かながわ女性会議』のみなさま、ありがとうございました。

そして、秦さん。数カ月後には良い報告ができるように、しっかりと汗をかいて取り組んでまいります。

市民のみなさま、もっともっと良い防災への取り組みをしていきますからね!



この夏休みは市民防災センター「あんしんかん」をぜひ訪れて下さい!/津波対策のビデオが新たに観られるようになりました

市民防災センター「あんしんかん」がとてもオススメです

横須賀市役所のすぐななめうしろに『横須賀市民防災センターあんしんかん』という施設があります。

市役所のななめうしろにある、市民防災センターあんしんかん

市役所のななめうしろにある、市民防災センターあんしんかん


阪神大震災を受けて、防災教育の必要性の高まりました。

そして2002年4月から、消防局と教育委員会が協力して『あんしんかん』はオープンしました。

市民防災センター「あんしんかん」ホームページより

市民防災センター「あんしんかん」ホームページより


2008年度では1万7200人もの方々が訪れています。

市内の小学校40校から2200人幼稚園26園から1000人と、たくさんのこどもたちに防災教育を体験しながら学んでもらっています。



新しく「津波対策のビデオ」が観られるようになりました

その『あんしんかん』では4月から『津波対策』のビデオを誰でも観られるようにしています。

津波から生きのびるために知ってほしいこと、取るべき行動を15分間の映像で紹介しています。

新しく観られるようになった「津波対策のビデオ」から

新しく観られるようになった「津波対策のビデオ」から


CGや模型を使って、津波が起きる原因や、起きた時の避難方法を詳しく説明しています。



こどもたちの防災教育にとても有効です。大人のみなさま、ぜひいらしてください

フジノはお昼休みを利用してビデオを観てきました。

津波が起こるメカニズム

津波が起こるメカニズム


今日も、たくさんのこどもたちが訪れていました(きっと13時から見学スタートなのだと思います)。

防災の知識をこどもたちと大人たちが一緒に付けていく体験型の施設ですので、ぜひ大人のみなさまこそ、ふらりといらしていただけたらと思います。

朝9時から夕方5時まで、定休日は毎週月曜日です。



「ぼうさい夏まつりinあんしんかん」もとてもオススメです

8月は、4日間にわたって『ぼうさい夏まつりinあんしんかん』がひらかれます。

8月5日(金)、6日(土)、12日(金)、13日(土)、時間はすべて10:00~12:00です。

予約はいりません。

こちらは幼児から小学生が対象です。

ふだんから体験できる地震・消火器・煙避難体験コーナーをはじめ、下のブースが開かれます。

  • 非常ようよう釣り
  • 非常用品をねらえ
  • 防災ピンポンクイズ
  • ボールdeしょうか?
  • がれきの中から非常用品を探せ!
  • はしごdeレスキュー

横須賀市と姉妹都市の世界各国の消防士の衣装の展示や、消防服を試着することもできます。

楽しみながらとても大切なことを学ぶことができる、夏休みには最適の場所です。

ぜひ親子でいらしてくださいね!



募金活動へのご協力ありがとうございます/東北地方太平洋沖地震による犠牲者の方々に心からお悔やみを申し上げます

募金活動へのご協力ありがとうございます

昨夜は、横須賀市民の多くの方々が、都内や川崎・横浜から帰宅することができずに

市内におられた方々も深夜2時半すぎまで停電が続いて

睡眠も取れずに、大きな不安と疲労の中で夜を明かしたことに、ご苦労をの中で過ごされたことと思います。

市議として求められる責任感と冷静さを保つように努めながらも、テレビからの映像を観るたびに胸がはりさけるような悲しみに押しつぶされそうになりました。

『東北地方太平洋沖地震』による犠牲者の方々に心からお悔やみを申し上げます。

また、被災された全てのみなさまにお見舞い申し上げます。



「災害対策本部」解散の後、すぐに募金活動をスタートしました

昨日から横須賀市に立ち上げられていた『災害対策本部』は、14時30分に解散しました。

この解散をもって市としての公的な動きはひと段落した、とフジノは判断しました。

ここからはフジノ個人としてやれることを、やらなければなりません。

いろいろ悩んだ末に、2004年10月の新潟中越地震2007年3月の能登半島地震などに続いて『募金活動』を行なうことに決めました。

そこで、16時に『カフェトーク』を終えて(意地でいつもどおりに開催しました)、薬をもらいに病院へ行き、急いで横須賀中央に戻ってきました。

とにかく大急ぎで募金活動の準備をしてYデッキに向かいました。

そして、17時から募金活動をはじめました。

Yデッキを通りかかった市民の方が撮った写真を送ってくれました

Yデッキを通りかかった市民の方が撮った写真を送ってくれました


19時まで行なう予定でしたが、残り15分のところで家族から急用の電話が入りまして終わりました。

わずか1時間45分の活動でしたが、本当に多くの方々から温かいお気持ちをいただきました。

みなさまからお預かりした募金

みなさまからお預かりした募金


6998円の募金

をお預かりしました。

月曜日、すぐに振り込みをして『振込証明書』をホームページに掲載します。

ご協力くださった全てのみなさまにこころから感謝しています

いつも募金の時は、10円、100円、と照れながらも若い人々が本当にたくさん来て下さいます。

その姿に接するたびにフジノはこの国に希望は必ずあるのだと痛感します。

今日は、8才の女の子が1ヶ月のおこづかいが400円だというのに、40円の募金をしてくれたことがとても強く心に残りました。

おこづかいの10分の1も募金をしてくれた、その想いを絶対にムダにしません。

本当にありがとうございます!



東北をはじめ被災したみなさまのご無事を祈っています

通りがかる多くの方々が、東北にいらっしゃる親戚・家族・友人の安否がわからずに、苦しい想いを抱えておられました。

どうか1日も早く無事が確認できることを心から祈っています。

そして、横須賀からも消防隊が『緊急消防援助隊』として派遣されましたが、消防隊をはじめ、自衛隊のみなさまの無事も強く願っています。