おカネの報告

政治家フジノとカネについて公開します

フジノが公開すべきだと考えている『政治とおカネ』カンケーは、次の5つです。

そこで、それぞれについてオープンにしますね!



1.政務活動費

『政務調査費』と呼ばれてきた経費の名前が2013年度から『政務活動費』に変わりました。

5期目(2019年5月~2022年4月分)
2019年度5月〜9月分・69万5000円が交付されました。
・79万3,792円、使いました。
 →詳しい使いみちはこちら
後期



*2016年度から議会改革のひとつとして、政務活動費収支報告書を年2回(前期・後期)提出することになりました。

4期目(2015年5月~2019年4月分)
2019年度4月分・13万9000円の交付が決定されました。
・14万8,144円、使いました。
 →使いみちはこちら
2018年度前期・166万8000円の交付が決定されました。
・前期分83万4,000円が支給されました。
後期・後期分83万4,000円が支給されました。
・83万6,731円、使いました。
 →使いみちはこちら
2017年度前期・83万4,000円、支給されました。
・80万6,153円、使いました。
 →使いみちはこちら
後期・83万4,000円が支給されました。
・80万7,840円、使いました。
 →使いみちはこちら
2016年度前期・83万4,000円が支給されました。
・95万0,375円、使いました。
 →使いみちはこちら
後期・83万4,000円が支給されました。
・84万5,881円、使いました。
 →使いみちはこちら
2015年度・166万8,000円が支給されました。
・4月分の使いみちはこちら
・5月~翌3月分の使いみちはこちら。




3期目(2011~2014年度)
2014年度・166万8,000円が支給されました。
・198万1,625円、使いました
2013年度・166万8,000円が支給されました。
・188万4,123円、使いました
2012年度・166万8,000円が支給されました。
・218万5,781円、使いました
2011年度・166万8,000円が支給されました。
・4月分の使いみちはこちら
・5月~翌3月分の使いみちはこちら




2期目(2007~2010年度)
2010年度・使いみちはこちら
2009年度・166万8,000円が支給されました。
・事務所設置(変更)届
→2008年5月に事務所を引っ越ししました。個人情報保護の観点から大家さんの住所と名前は全ては載せていません。
2008年度・166万8,000円が支給されました。
186万8,567円、使いました。
2007年度135万5,286円、使いました。
領収書の写しも公開しています!
本年から、下の書類作成も義務づけられました。
・事務所設置届(こちら
・携帯電話使用届(こちら




1期目(2003~2006年度)
2006年度・166万8,000円が支給されました。
155万5,385円、使いました。
2005年度175万7,979円、使いました。
2004年度172万9,284円、使いました。
2003年度 ・「美術館建設をストップできなかった責任」をとって全額を返却しました!
・全額返却したらいろいろ大騒ぎになりました




2.選挙にかかったお金

選挙費用
5度目(2019年)合計7万6,753円
4度目(2015年)合計11万8,669円
3度目(2011年)合計11万3,396円
2度目(2007年)合計11万4,874円
初選挙(2003年)合計15万2,503円




3.お給料とボーナス

お給料とボーナス
3期目2011年度の内訳はこちら
2期目2007~2010年度の内訳はこちら
1期目2003~2006年度の内訳はこちら




4.政治団体(解散した為、現在はありません)

 政治団体「横須賀をおもしろくする会」の収支報告(2003~2013年) 
03年04年05年06年
07年08年09年10年
11年12年13年 解散

*政治団体『横須賀をおもしろくする会』は2013年6月13日付で解散しました。




5.議員年金について




最後に

※フジノは、条例や法律で「公開せよ」と決められてなくても、勝手にどんどん報告していきたいと思います。



横須賀市議会選挙(2019)で藤野英明が使った選挙費用

選挙で「実際に使ったおカネ」を報告します(確定値)

2019年4月14日〜20日の1週間は『平成31年(2019年)・市議会議員選挙』でした。

横須賀市選挙管理委員会ホームページより

横須賀市選挙管理委員会ホームページより


このコーナーでは2019年4月の選挙でフジノが実際につかったおカネを報告します。

目的はあくまでも『実際に使ったおカネ』を知っていただくことです。

そこで、以下の点だけあらかじめご承知下さいね。

  • 『公職選挙法』で正式に提出を義務づけられている『収支報告書』ではボランティアさんによる活動(例えばポスター貼りをして下さった方々)も金額に換算して計上をしなければなりません。その為このコーナーで記している『実際に使った金額』とは一致しません。

それではこちらがフジノの『実際の選挙費用』です!

<支出>

費目金額備考
人件費0円『公職選挙法』ではボランティアで手伝ってくれた方々も金額に換算して計上しなければならないルールです。

けれどもこのブログでは『実際に使ったおカネ』を知っていただくことが目的なのであえて『人件費』からボランティアは外して記しています。したがいまして、ゼロ円です。

家屋費23,864円・事務所家賃2万2,500円
選挙管理委員会に、あくまでもどこかの住所を選挙事務所として届け出なければなりません。

そこで前回2015年に続いて、ふだんは政務活動用事務所として借りている建物を選挙事務所として選挙管理委員会に届け出しました。

4月14日だけ、選挙ポスターをボランティアさんにお渡しする集合場所にしました。また、選挙チラシに証紙を貼る作業をここで行なっていただきました。

そのボランティアさんも14日を除けば作業そのものが存在しないので誰も居ません。

フジノ自身は選挙期間中いつも外に居るので事務所は全く使いません。

けれども分かりやすさを大切にして、選挙期間7日間と投開票日1日と翌日の合計9日間を事務所家賃として計上しました。

・事務所の電気代780円

こちらも選挙期間7日間と投開票日1日と翌日の合計9日間を事務所の電気代として計上しました。

・事務所の上下水道料金584円

こちらも選挙期間7日間と投開票日1日と翌日の合計9日間を事務所の上下水道料金を計上しました。

通信費0円他の候補者の多くは『電話かけ』によって投票依頼をしますが、フジノは絶対にやりません。そもそも電話かけを一切していないので、電話代はこれまで同様なしです。

前回同様にツイキャスを使った街頭演説のインターネット生中継を行ないましたので、それを計上すべきか否かを選挙管理委員会とも話し合いました。

その結果、現実的にそのデータ量がどれくらいで金額に換算するといくらになるのかを算出するのは不可能なので、計上はあきらめました。

フジノの私用モバイルルーターが1ヶ月定額料金なので、これを4週間で割って1週間分の使用料と便宜的にするのもひとつの手段かもしれません。

ただしこれも事務所費用と同じで実際に使用していないデータ量も含めて計上することになるので正確性は欠けることになります。

将来的に公職選挙法でちゃんとルールができるのを待ってデータ通信の料金は計上することにしたいと思います。

交通費2,903京浜急行を利用した『電車代』『浦賀の渡船代』です。

フジノは『選挙カー』を過去1度も使用したことはありません。

この選挙の7日間、フジノは朝10時頃に横須賀中央駅を出発して電車に乗って、その日の目的地まで電車で移動しました。

例えば、長沢駅で降りて、その後はひたすら『10分演説しては歩いて移動、10分演説しては歩いて移動』を繰り返しました。

こうして夜までに横須賀中央の事務所に戻るのがフジノ流の選挙です。

印刷費38,100円選挙ポスター(注)と選挙チラシ4000枚の『印刷代』です。

今回の選挙から初めて選挙期間中にチラシを配ることができるようになりました。

選挙管理委員会が配った証紙を貼ったチラシに限定されており、4000枚を配ることができます。

他の候補者はチラシ作成費用に公費負担(税金で作ってもらう仕組み)を使いますが、フジノは全額自腹で作成しました。

プリントパックで1万2750円でした。

広告費10,800選挙中に肩からかけていた『たすき代(1本分)』1万800円です。

事務所の看板は前回作成したものを4年間保管しておいて今回も使用しました。取り付けも自分でしました。その為に費用はありません。

文具費2,450円ポスター掲示板630か所をボランティアのみなさんに貼っていただく為に『ゼンリン住宅地図』という詳しい地図帳を使っています。

これも4年前に購入したものをそのまま継続して使いました。今の時代、じゃっかん地図が変わっていてもグーグルマップなどでいくらでも対応できるので4年前の地図帳でも何も問題なしでした。

したがいまして、この地図帳をコピーした『コピー代』2,450円だけの計上となりました。

ボランティアさんにポスターをお渡しする為の封筒も自宅にあったものを使用しましたので、計上はしていません。

食糧費0円ありませんでした。
休泊費0円ありませんでした。
雑費0円ありませんでした。
合計7万8,117円4年前の選挙では11万8,669円でしたので、前回よりも4万552円も安く終えることができました。

この表の分類は『公職選挙法』第14章に基づいています。

(注)選挙ポスターの印刷代は『選挙運動の公費負担に関する条例』の第9条によって税金で補助していただけるのですね。

今回は市内630ヶ所に掲示板がありましたので、630枚分が公費負担となります。

ただ、実際には630枚ではなくて700枚を印刷しました。「雨が降ってポスターが破けたりした時の予備が必要」と考えたのです。

そこで、700枚(実際に印刷)-630枚(公費負担)=70枚、でこの70枚分の金額がフジノの自己負担分となります。

選挙管理委員会に提出する予定の収支報告書ではポスター印刷費を25万6,200円としていますが、フジノの場合は23万0,580円を税金で補助して頂きましたので、このブログでは実際のポスター印刷費の出費は2万5,620円としています。

以上のことから、フジノが選挙で実際につかったおカネは

7万8,117円

でした。



供託金30万円を預けて立候補し、ある程度の票を得ると選挙後に返済されます

あと、立候補する時に『供託金』といって30万円を預けさせられます。

この30万円は、三菱UFJ銀行から借金をしました。

当選後に供託金は返ってきますので、この借金は全額をお返しすることができるので、ホッとしています。



誰でも見ることができるんです!

フジノはブログで公開しましたが、他の全ての立候補者が選挙でいくら使ったかを記した『収支報告書』は誰でも見ることができます。

選挙管理委員会の受領印が押された「選挙活動費用収支報告書」を持つフジノ

選挙管理委員会の受領印が押された「選挙活動費用収支報告書」を持つフジノ


『選挙管理委員会』で3年間保存されていてこの期間中は、誰でも閲覧することができます(法192条)。

ぜひ機会があれば他の候補者の方々の収支報告書もご覧になってみてはいかがでしょうか。



浅野史郎先生がわざわざ横須賀を訪れて下さいました/こころの師匠の来訪に感激と恐縮の気持ちでいっぱいです

なんと浅野史郎先生が横須賀を訪れてくれました!

市議会議員選挙の投開票日の翌朝(4月22日)。

アサノ先生(浅野史郎先生)に当選報告のお電話をかけたところ、

「フジノさん、いつもこっちに来てもらってばかりだから、今回は私の方からお祝いに横須賀に行くよ」

と言われてしまいました。

これはフジノにとってあまりにも衝撃的なお言葉でした。

過去にアサノ先生が横須賀にいらしたことは複数回あります。

フジノはその全ての機会に立ち会ってきました。

いずれも講演会シンポジウムのメインスピーカーとしての来訪であり、ホールクラスの会場はいつも満員になりました。

そんな存在がアサノ先生です。

「アサノ先生が自分の当選祝いやねぎらいの為にわざわざ横須賀を訪れるなんてことはあってはならない」

率直にそう感じたフジノは全力で繰り返し固辞しました。

しかし決意を固めたアサノ先生を翻意させることは難しく(長年のおつきあいでとてもよく知っております)、僕は根負けしました。

アサノ先生の横須賀来訪が決まってからは毎日とにかく緊張しかありませんでした。

そもそもどんなお店を予約すれば良いのか。悩みに悩みまくりました。

アサノ先生は高級料理店を好きではありません(そういう所に入っていくのを見たことがありません)。

慶応大学SFCで教授をしておられた頃にはゼミの学生と一緒に焼き鳥屋さんに行きつけていました。

それでは『中央酒場』にしようか?

それとも焼き鳥『相模屋』の2階にしようか?

せっかく横須賀にいらっしゃるならば、地元のお野菜やお魚を食べていただきたい。

でも限られた時間の中で、走水や佐島のように横須賀中央駅から離れたところにお連れするのは難しい。

迷い続けました。

最終的に、横須賀中央駅そば、地元の野菜と魚がウリの人気店『オーシャンダイニングKUROFUNE』に決めました。

5月1日に予約を完了したのですが、それから2週間、緊張が止まりませんでした。

そしてついに今日がやってきてしまいました。

アサノ先生です!

アサノ先生と乾杯

アサノ先生と乾杯


いざお会いしてしまえば、あっという間の3時間半でした。

温かくて、優しくて、包容力があって、アルコールが入っていようと常に頭は切れていて、ジョークを飛ばさずにはいられないアサノ先生なのでした。

ふだんはアルコールを飲まないフジノも今夜ばかりはビールをおつきあいさせていただきました。

浅野史郎先生、本当にありがとうございます!



フジノの「こころの師匠」=浅野史郎先生

今回の選挙。

フジノは立候補すべきか否か、ギリギリまで悩んでいました。

その率直な想いはブログ記事でも報告させていただいた通りです。

どれだけ多くの市民の方々が立候補を期待して下さっても、迷いは消えませんでした。

当時の僕にはあまりにもたくさんの悲しい出来事が押し寄せていたからです。

もう1度立ち上がれる自信がありませんでした。

それでも最後に立候補を決めたのは、心の師匠のひとことが背中を押して下さったからでした。

「胸を張って立候補しなさい」

と。

『こころの師匠』とは、浅野史郎さんです。



アサノ先生とフジノの27年という日々

高校2~3年の僕には取るべき手段がこの2つしか分かりませんでした。

  • 臨床心理学や精神医学を学び研究によって現実にアプローチしていく道
  • 心理カウンセラーやセラピストになって目の前のおひとりおひとりにアプローチしていく道

しかし、すでに大学1年の5月には、絶望していました。

僕は今すぐに現実を変えたかったのです。

入学前に調べていた大学のカリキュラムなんか表面的で何の役にも立たないことに入学後すぐに分かりました。

現実を変えるのには、自分が歩もうとしている道では全く時間が足りないことに気がついてしまったのです。

現実社会はとても厳しく、いっぱしの研究者になるにも現場でベテランのカウンセラーになるのも時間が膨大に必要な上に、もしもそうなれたとしても法律や制度を変えることができる訳ではないことに気が付きました。

そんな18才の時に大学の図書館で1冊の本に出会い、アサノ知事のことを知りました。

フジノが18才の時に出会った浅野史郎さんの本

フジノが18才の時に出会った浅野史郎さんの本


厚生省で障がい福祉課長としてグループホームの制度化をした人ー。

調べれば調べるほどいろいろな制度や仕組みの成り立ちを調べていくと、必ず浅野史郎さんの名前が出てきました。

「そうか、アサノさんのように厚生省に入省して全力で働けば、法律や制度を変えたり新たな仕組みを作ることができるのか」

と第3の道を見つけたのです。

僕にとっては、まさに天啓でした。

厚生省に入ってアサノさんのように働くのだと思いました。

それからいろいろな出来事があって、フジノは厚生省に入省する道は断念することにしました。

研究者の道も断り、カウンセラーになることもやめて、ふつうの会社員として働いていく道を選んで、幼い頃からの夢だった映画の仕事に就きました。

働きはじめて5年が過ぎた頃、再び人生の転機が訪れて、僕は政治家になりました。

アサノさんが厚生省を辞めて知事として政治家になったように、フジノも政治家の道へと進むことにしたのです。

2度の人生の転機において、アサノさんの存在はフジノを導いてくれました。

もちろん1度もお会いしたことはありませんので、フジノが一方的に尊敬をしていただけなのです。

そこで『心の師匠』と僕は呼んでいます。

フジノが政治家になった直後、どうしてもアサノさんにお会いしたくて横浜での講演会を終えたところを控室に押しかけて会っていただきました。

それ以来、あらゆる機会を見つけてはアサノさんにお会いしていただくことができました。

2004年12月4日には、正式に横須賀市のイベントにアサノ知事をお招きすることもできました。

知事を引退した後もアサノさんはものすごい人生を送りました。

慶応大学SFCの教授となり、東京都知事に立候補したり、多くの方々が亡くなってしまうATLという病気を発症し、闘病生活に入りました。

奇跡の回復後に再び慶応大学SFCに戻り退官まで務められ、さらに神奈川大学の特別招聘教授になり、現在に至ります。

18才でフジノはアサノさんの存在を知り、15年前リアルにお会いすることができてからは少しずつアサノさんに信頼していただけるようになりました。

そして45才の現在、フジノは『アサノ先生の最後の弟子』を名乗らせていただけるまでの関係になりました。

ただ、もともと人見知りのフジノは、尊敬している方のプライベートに入っていこうという気持ちはありませんでした。

(アサノ先生に限らず、交流のある俳優やアーティストの方々と親しくなっても絶対にお酒を飲んだり2人で過ごすことはありません)

いまだにアサノ先生からお電話をいただくと、めちゃくちゃ緊張して手に汗が出て、敬語がおかしくなってしまいます。

だから、こんなにも長い日々を過ごしていながらアサノ先生とふたりきりで過ごしたことはこれまで1度もありません。

今回、長期休職を経て、選挙を目前にしてフジノは途方に暮れていました。

初めてひとりきりでアサノ先生のご自宅にお邪魔しました。

政治家として、ひとりの人間として、全ての本音を聴いていただける方はアサノ先生以外に浮かばなかったからです。

約3時間近くも立候補すべきか否かについてご相談にのっていただいたのでした。

そしてフジノは立候補を決めて当選し、現在に至っているのです。

人生とは不思議な出会いの連続です。

27年も前に1冊の本で出会った存在と、今この横須賀で一緒にお酒を酌み交わしている。

生きていくということは不思議なことばかりです。

アサノ先生、貴重なお時間をありがとうございました!



過去5回の選挙で今回が最も安い費用(初立候補時の半額)で済みました/選挙管理委員会に選挙費用収支報告書を提出しました

*2019年5月24日に第2回収支報告書を提出しましたので合計金額を変更しました

「選挙費用収支報告書」を提出しました

4月に行なわれた横須賀市議会議員選挙収支報告書を選挙管理委員会に提出しました。

選挙管理委員会の受領印が押された「選挙活動費用収支報告書」を持つフジノ

選挙管理委員会の受領印が押された「選挙活動費用収支報告書」を持つフジノ


無事に受理されました。

のちほど詳しく触れたいと思います。

実は、選挙管理委員会事務局のみなさまは(管理職である課長を除いて)ローテーションを取りつつも、ゴールデンウイーク期間も休み無しで出勤を続けて下さっています。

県知事選挙・県議会議員選挙に続いて、市議会議員選挙、さらに夏の参議院議員選挙と、2019年は本当に選挙管理委員会事務局のみなさまにとっては過酷な1年間です。

ミスが無くて当たり前、ささやかなミスでもメディアに叩きまくられてしまう。選挙がある年は残業もすさまじく代休もほぼ取れない。

日頃なかなか選挙管理委員会事務局の仕事が広く知られていないのですが、本当に過酷で激務な部局です。

もしも衆議院の解散総選挙まで重なってしまえば倒れてしまう職員が出てしまうのではないか、とフジノは本気で心配しています。



過去5回の選挙で今回が最も安い費用で済みました

今日提出したのはあくまで第1回なので、正式な合計費用の全額ではありません。

この後、現在はまだ届いていない事務所の上下水道料金の請求と支払いを済ませてそれらを計上した第3回収支報告書で最終的な支出金額は決定します。

それでも、それらを加えてもたぶん1000円も増えないと思います。

現時点で2019年4月の選挙でかかった費用(フジノが実際に使った金額)は7万7,533円でした。

これは過去5回の選挙で最も少ない金額でした。

過去の選挙費用を安い順に並べました
2019年7万6,753円
2011年11万3,396円
2007年11万4,874円
2015年11万8,669円
2003年15万2,503円

つまり初立候補時の半額で今回の選挙を終えました!

今回から初めて選挙期間中にチラシ(4000枚)を配れるようになりました。

このチラシ作成費用を公費負担(候補者に税金から補助を出す)をできるようにする条例改正にフジノは全議員の中でただひとりだけ反対しました。

だから、もちろんチラシは自腹で作成しました。

この分、印刷費は増えました。

けれどもメガフォンは16年前からずっと使い続けているものがあるので、ゼロ円。

事務所の壁に取りつけた看板も4年前に作ったものを大切に保管しておいたので、今回も使い回すことができました。取り付けも自分でやりましたので、ゼロ円。

ポスターを630ヶ所に貼る為には詳細な地図が必要ですが、これまで毎回最新のゼンリン地図帳(3万円くらいします)を買っていたのを止めました。

現在はグーグルマップなどがあるので、過去の地図と現在の実際の姿が変わっていたとしても問題なく対応ができると考えたからです(実際に大丈夫でした)。

もともとフジノは初立候補から、電話かけを一切しません。新聞に広告を掲載もしません。

選挙カーも使いません。選挙期間中は常に外を歩いています。

他の候補者は来客を迎え入れる為に誰かしら事務所に常駐しているケースもありますが、フジノの場合は事務所はほぼ全く使いません。

こうした理由から、そもそも選挙に多額なお金が必要な要素が存在しないのです。



「選挙のやり方」をみれば「当選後の政治家の姿」が分かる

フジノは選挙にお金をかけません。

これは初立候補の時から徹底してきました。

2007年の選挙後には、毎日新聞が当選した43人の選挙運動費用を調査して報じました。

2007年6月26日・毎日新聞より

2007年6月26日・毎日新聞より


この時にもフジノの選挙費用が最安値でした。

最高額410万4977円の方と比べて、フジノは20分の1でした。

たぶん今回も全候補者の中でもとても低い方なのではないかと思います。

何故こんなに徹底して選挙にお金をかけない姿勢を貫いているかというと、

「選挙のやり方」をみれば「当選後の政治家の姿」が分かる

と、フジノの心の師匠である浅野史郎・元宮城県知事(アサノさん)が記しているからです。

これは本当に名言で、事実を言い当てています。

政党や宗教団体に所属したり組合の支援を受けて選挙をすれば、当選した後も政党や宗教団体や組合の意見を尊重する政治家になるでしょう。

選挙活動に多額のお金をかければ、当選した後も次の選挙の為にお金のかかる政治活動をするでしょう。

だからフジノは絶対に生涯を通じて無所属を貫くことを宣言していますし、この5回の選挙をなるべく安いお金で終えることを実践しました。

つまり、特定の人々の代弁者ではなく広く市民全体の声を代表し、最後はフジノ自身の責任で全てを決断することができます。

さらに、お金にふりまわされずに政治家として常に清廉潔白で居ることができます。

師匠といっても何かをじかに学んだ訳ではありません。

アサノさんが書いた本を大学時代の18才の時にフジノが読んで、心を打たれて一方的に慕っているだけです(だから『心の師匠』なのです)。

それから27年も経ちますが、今でもアサノさんの言葉はフジノにとって大切に感じています。

「胸を張って立候補しなさい」

とおっしゃって下さった心の師匠に恥じないように、フジノは今回の選挙もしっかり終えることができたと思います。

すでに当選直後からずっと働き続けていますし、5期目の任期もしっかり全力を尽くしていく覚悟です。



告示12日前に立候補を決断、選挙カーも選挙ハガキも電話かけも何も無いフジノが5期目に当選しました/横須賀市議会議員選挙2019(翌日)

何もない。だけど想いの強さと信念に基づいた政策だけはある

今回の選挙は、前回の選挙にも増して『ないないづくし』でした。

立候補の決断をしたのは、告示のわずか12日前でした。

そもそも立候補できるかどうか分からなかった身です。

最後まで自分らしさを貫くことだけを何よりも大切にしました。

  • 応援なし。
    →他の政治家の応援は全てお断りしました。落選した時に誰かのせいにしたくない、だから自分ひとりだけがマイクを握ろうと考えました。

  • 選挙カーなし
    →税金のムダづかいですし、騒音公害そのもので無意味です。有権者をバカにして選挙から遠ざけているのが選挙カーです。

  • 選挙ハガキなし
    →税金のムダづかいです。ハガキ大のスペースでは政策なんて伝えられるはずもありません。ムダそのものです。

  • 電話かけなし
    →電話番号を教えたこともないのにある日突然に候補者から投票依頼の電話が来るのは気持ち悪いです。絶対にやりません。

  • 後援会なし
    →人はみなバラバラで考え方も生き方もまるで違うのに、政策本位で候補者を選ばねばならないのにファンクラブみたくずっと一人を応援するのは違うとフジノは信じています。

  • 握手なし
    →フジノは相手から求められない限り絶対に握手しません。「握手した数が多いほど票数が増える」なんて古い政治家の言葉が大嫌いです。

  • 僕を応援してほしいとか投票してほしいという言葉は一切なし
    →フジノの政策に共感する人だけが自らの意思で投票すれば良いだけのことで、もっと別にご自身に合った政策を訴えている方がおられたらその方に投票してほしいです。

今回はこれに加えて

14時まで一切マイクを使わない

というルールも加えました。うるさくて迷惑だからです。

当選したければ何でもやれることはやれ、みたいな空気はいいかげんに終わりにすべきです。

3.11直後の選挙では紳士協定をむすんで、候補者はみなマイクの使用をなるべく短くすると約束して実行しました。今だってやれるはずです。

フジノには何もありませんでした。

けれども、この想いの強さがありました。

信念に基づいた政策がありました。一般ウケは一切しない、けれども本当にフジノが実現したいことだけを選りすぐった政策をチラシに書きました。

そして、ひたすら歩いて歩いて歩いて、街頭で語りかけました。

その結果、当選しました。

横須賀市民のみなさまは、またもフジノを選んで下さったのです。

『ないないづくし』のフジノを選んで下さいました。

「フジノくんの選挙はすごいね」と言って下さる先輩議員がおられました。

いいえ、違うのです。

いちばんすごいのは横須賀市民のみなさまなのです!

こんな僕を選んで下さるのですから。

改めて横須賀市民のみなさまのふところの深さを感じさせていただきました。



当選証書付与式でした

こうして、今日15時から横須賀市役所正庁にて『当選証書付与式』が開催されました。

当選証書付与式が開かれました

当選証書付与式が開かれました


まず開会前に、正式な当選を知らせる『当選告知』を受け取りました。

当選告知

当選告知


そして開会後、ひとりずつ当選証書が竹折輝隆選挙管理委員長から手渡されました。

すでに昨日から39万人の命を守る立場についた責任をひしひしと感じていますが、その気持ちがより一層強まりました。

閉会後、市議会に向かう階段にて

閉会後、市議会に向かう階段で先輩議員が撮って下さいました


再び一緒に働かせていただく先輩・同僚議員の方々といろいろ意見交換をさせていただきました。

「フジノくんはまた教育福祉常任委員会に入りたいって絶対ゆずらないんだろ?」

と尋ねられました。

はい、そうです(笑)



もっとこきつかってもらう為に「働き方」を見直します

現役の市議会議員として4期目の任期が残っていることもあり、仕事はすでに始めています。

選挙中に市民の方々から伺った相談は、けさからすでに各担当部局と意見交換をはじめました。

当選証書付与式の閉会後、さっそく市長にもお会いしていただきました。

その後、自らの提案で実現したのに4月1日のオープン後に1度も来られなかった『不妊・不育専門相談センター』を見学して、課長・係長と17時まで意見交換させていただきました。

実現した「不妊・不育専門相談センター」

実現した「不妊・不育専門相談センター」


ただ、この4年間は、働き方を見直したいと思います。

もっと良い働き方をすることでもっとたくさんの方々のご相談をしっかりとお聴きできるように健康管理に努めたいと思います。

選挙でお約束したとおり、こきつかってほしいのです。

その為にもっと健康に気をつけるようにしたいです。

そして、選挙期間中にお約束したことをできれば全て実現したいです。

投票して下さった方々の期待を超える仕事をできるようにがんばります!



勇退された先輩議員のみなさま、伝統ある横須賀市議会をしっかり受け継いでまいります/「政治家フジノの母」とお別れしました

世代が変わっていくこと

4年前、初めて先輩議員の方々が引退されることに恐怖感を抱きました。

これまで議論の調整役として支えて下さった先輩方、議会改革を推進して下さった先輩方、政策立案に悩んだ時に相談できる先輩方がいなくなる。

そしてもはや自分自身が若手ではなくなったと、先輩方が担って下さっていた役割を自分たちの世代が引き受けねばならないことが力不足で怖かったのです。

今回さらに5名の先輩方が選挙に出馬なさらず勇退されました。

けれどもフジノはもう恐怖感を抱きません。

この4年間で自覚ができました。

「もはや自分はベテラン議員であって、自分が『先輩議員』としての役割を果たして、次の世代に伝統ある横須賀市議会を引き継がねばならないのだ」

と。

横須賀市議会は、全国的にも先進的な改革を歴代の先輩方が進めてきて下さいました。

4期目はフジノ自身、横須賀市議会の政策立案のエンジン役『政策検討会議』のメンバーとして全力でがんばりました。

黒衣に徹して調整役を務めるように努力してきました。

5期目はさらに努力して、歴史と伝統ある横須賀市議会をさらに改革を進めていきたい、そして次の世代に引き継ぎたいと願っています。



「政治家フジノの母」とお別れしました

1期目からフジノをご存知の方は、フジノがこのように話すのを何度も聴いたことがあると思います。

『政治家フジノの父』は木村正孝議員で、『政治家フジノの母』は矢島真知子議員です。

1期目、無会派(一人会派)の控室でフジノがお2人ともに過ごすことができたのは本当に貴重な日々でした。

お2人から学んだことはあまりにも多く、今も強く影響を受けています。

特に、美術館建設反対を掲げて当選をしたフジノに誰よりも最初に

「フジノくん、一緒にやろう!」

と声をかけて下さったのが、矢島真知子議員でした。

横須賀市議会ウェブサイトより

横須賀市議会ウェブサイトより


理想論だけで走り始めたフジノに、市民運動の経験をもつ矢島真知子議員が助け舟を出して下さったのです。

世間では、美術館建設反対はフジノと吉田の2人で始めたと誤解している人がいます。違います。

張本人であるフジノがはっきりと断言します。

矢島真知子議員がいらっしゃらなければ、7万5000人もの建設反対署名を集めて横須賀市民全体を巻き込んだあの運動をフジノはスタートできませんでした。

政治家フジノにとって、矢島真知子議員は特別な存在でした。

議会改革の理想を高く掲げる矢島議員にフジノは共鳴し、現在に至っています。

フジノのツイッターアカウントをご存知でしょうか。

@ycc_hf です。

矢島真知子議員がかつて一人会派として名乗っておられたのは『横須賀市民連合(Y.C.C.)』です。

そうです、矢島真知子議員のかつての一人会派名をフジノは受け継いだのです(無許可です、ごめんなさい)。

そんな『政治家フジノの母』と今日、市議会で最後のお別れをしました。

勇退された矢島真知子議員とフジノ

勇退された矢島真知子議員とフジノ


もちろんこれからも大所高所からたくさんのアドバイスをいただくつもりです。

でも、今はひとまずお別れです。

矢島真知子議員、これまで長い間ご指導いただきまして本当にありがとうございました!

先輩方に恥ずかしくないように、必ず横須賀市議会を前に進めていきます。



当確が出ました。これからも「おれを、こきつかえ!」思い切り働いていきます/横須賀市議会選挙2019・投開票日

選挙の結果が出ました

こんばんは、横須賀市議会議員の藤野英明です。

先ほどメディアによって『当確』が報じられました。

カナロコ・選挙速報より

カナロコ・選挙速報より


現時点では最終的な得票数は分からないのですが、ひとまず明日から横須賀市議会議員として働いていくことができることになりました。

昨日のブログに記したとおりで、今のフジノは
 
「僕は今すぐ議会に戻って働きたいんだ!」

という強いモチベーションで心があふれています。

フジノが初当選を果たした頃、公職選挙法では選挙のお礼は述べてはならない禁止事項となっていました。

ネット選挙が解禁されてから今の公職選挙法がお礼を述べることの可否をどう変えたかは分かりません(ごめんなさい、勉強不足で・・・)。

やはり今回もフジノはお礼を述べないようにします。

あくまでも『良い仕事をしてたくさんの成果を出すこと』をもって市民のみなさまへの恩返しとさせていただきたいと思います。

これからも今までどおり毎日全身全霊で働いてまいります。

市民のみなさま、選挙の時にフジノがみなさまにお伝えした約束を必ず全て実現していきます。

どうかフジノの仕事ぶりを厳しくチェックして下さい。

そして、これからも

おれを、こきつかえ!

市民のみなさま、政治家フジノをつかいたおしてください。

どうか政治家フジノをこきつかってほしいのです。

これから4年間、改めてあなたのかわりに全力で働きます。どうぞよろしくお願いいたします。



幻の動画を公開します

昨日の選挙期間中に完成が間に合わなかった『幻の動画』があります。

素晴らしい出来栄えなので、ぜひご覧くださいね。





選挙を通じて改めて感じた「僕は今すぐ議会に戻って働きたいんだ」という強い想い/横須賀市議会選挙2019・最終日

1週間の選挙を終えて

フジノは選挙が始まる前、こんな風に感じていました。

3.11直後の選挙の時と同じく

「選挙をやっている時間そのものがもったいない。今この瞬間も苦しんでいる人がいるのに」

というもどかしい想いでした。

最後の演説は「政治家フジノが産まれた場所=ワイデッキ」

最後の演説は「政治家フジノが産まれた場所=ワイデッキ」


けれども3日目くらいからハッキリと考え方が変わりました。

選挙カーを使わずにひとりきりで歩いているのが哀れな感じにみえるのか、かなり多くの市民の方からこんな風に話しかけられることが増えたのです。

「ひとりで重たいメガフォンをもって市内をずっと歩いていてつらくないですか?」

そのたびに僕は笑顔でこんなお返事を繰り返しました。

「いいえ、ふだんの議会のほうが忙しくて大変なのです。

委員会や協議会とか合計7つくらいの役職に就いていてものすごく忙しいのに加えて、市民の方々からのご相談を伺って対応するので24時間365日休み無しなので・・・

だから、選挙の1週間のほうがカラダが全然ラクに感じます」

このやりとりを繰り返していくうちに、自分の中でこの1週間の位置づけが変わっていきました。

日頃のフジノは24時間いつも

「自分が今この瞬間に対応しなければご相談者は死んでしまうかもしれない」

というピリピリした緊張感の中にいます。

でもこの1週間、午前中(だいたい14時まで)は一切マイクを握らないと決めてひたすらたくさんの市民の方々のお話を聴かせていただきました。

ふだんのフジノがお聴きしないタイプのたくさんのお話を伺うことができました。

例えば、農家の方で若い方々が一生懸命新しいテクノロジーを使ってより安全でおいしい農作物を作ろうとしていること。

例えば、漁師さんが感じておられる後継者がいないこと、それでも漁業は本当に素晴らしい魅力ある仕事だということ。

心がどんどん新しい言葉で満たされていくのを感じました。

ワイデッキに立つと、安心します

ワイデッキに立つと、安心します


また、お礼を言われることが何度もあって驚きました。

例えば、会社づとめをしておられる方がフジノのツイッターを毎日見て下さっていて

「コメントなどは一切しないけれどけっこうフジノさんの影響うけてるんですよ。自分もがんばろうと思ったり」

と話してくれたり。

例えば、保育士の方から

「フジノさんの保育士の勤務実態調査のおかげで今年から4万円の加算が出ることに決まってありがたいです」

とお礼を言われたり。

僕は仕事をするのが当たり前だと思っているので市民の方からお礼を言われる機会はまずありません。何か課題が解決したらそれでおしまい、もう2度と関わることが無いままにお別れをします。

こんなふうにおっしゃっていただく機会はまずありませんでした。

選挙がなければこんなお話を伺うことは絶対にできませんでした。

本当に冷えた夜でしたが多くの方々がお聴きして下さいました(ありがとうございます!)

本当に冷えた夜でしたが多くの方々がお聴きして下さいました(ありがとうございます!)


フジノはふだんバイクで移動しています。

けれども選挙期間中は毎日毎日15~25kmくらい市内を歩いて回ってきたのですが、横須賀の美しさを改めて体験することができました。

浦賀の海の穏やかな波のきらめき、幼い頃から大好きな野比海岸、観音崎からみるたくさんの外国船の往来、浦郷のボードウォーク・・・。

昨年2018年は1日もお休みを取ることができなかったので、こんなに長い時間、海を見ることができたのは久しぶりでした。

選挙の為に歩いては演説をし歩いては演説をしてきたのですが、フジノは海が大好きなので、本当にリフレッシュすることができました。

他の候補者のみなさんは選挙カーで必死に名前を繰り返し叫んでいるのに、フジノはずっと穏やかな気持ちで自分の暮らすまちの美しさや人々の優しさに感動する毎日を送っていました。

「この1週間は特別な日々でした」

「この1週間は特別な日々でした」


「この1週間は神様が特別に与えてくれた7日間なのだ」

と3日目くらいから考えるようになりました。

  • あらゆる立場のもっとたくさんの人々の声をもっともっとたくさん聴きなさい。
  • 毎日仕事に没頭するだけではダメ、もっとこのまちの美しさの中に身を浸しなさい。

働きづくしで2ヶ月もの長期休養に追い込まれたフジノに対して、神様が特別な7日間をプレゼントしてくれたのだと感じるようになりました。

率直にカラダはきつかったです。

でも、こんなにも穏やかな気持ちで毎日を過ごせた選挙は5回目にして初めての体験でした。

どこの馬の骨ともわからない29才のフジノを見つけて下さってありがとうございます

どこの馬の骨ともわからない29才のフジノを見つけて下さってありがとうございます


そして、ふつふつと沸き起こってくるモチベーションをハッキリと感じました。

「僕は今すぐ議会に戻って働きたいんだ」

という強い想いが自分の心の中にあるのをハッキリと感じるようになりました。

今までの僕は16年間ずっと弔い合戦で働いてきました。

本来ならば政治が全力を尽くせば失われなかったはずのたくさんの命に対して、命を守ることができなかった政治の無力さと無能さに対する責任をいつも感じていました。

僕の命を捨てて、ひとりでも多くの人々の命と暮らしを守るのだと信じて働いてきました。

でもそんな悲壮感とは異なる、もっとポジティブな気持ちが生まれてきたのです。

「僕は今すぐ議会に戻って働きたいんだ」

言葉にするとこのブログのはじめに記した選挙前の気持ちと変わらないのですが、大きくニュアンスが変わった1週間でした。

立候補すらできないと思っていたのに完走できて、みなさまへお礼を述べてたら・・・

立候補すらできないと思っていたのに完走できて、みなさまへお礼を述べてたら・・・


明日どんな結果が出ても、僕には全く悔いのない選挙でした。

そして16年間の仕事の日々をふりかえっても1つも後悔はありません。

あとは市民のみなさまの判断、市民のみなさまがお決めになることです。

まだフジノが必要だという結果が出れば、生まれ変わったフジノは今までとは少し違う(たぶん悲壮感と使命感だけではない)働き方で全身全霊をかけて働いていくと思います。

もうフジノが必要でないという結果が出れば、政治の世界からは引退して一生戻ることはなく、NPOや市民団体の立場から取り組みたいことがたくさんあるのでがんばっていきたいと思います。

どんな結果が出ても、穏やかな気持ちで受け止められると感じています。

16年前、どこの馬の骨とも分からない茶髪のあんちゃんがメガフォンで怒りにまかせて叫んでいたのに市民の多くの方々は投票して下さり当選をすることができました。

この世界の片隅で、僕は誰からも理解されないと感じていたのに、僕のことをこんなにもたくさんの人々が見つけてくれて本当にありがたかったです。

その感謝の気持ちはひたすら仕事で成果を出すことで恩返しするのだと考えて過労死寸前まで働いてきました。

そして16年間が過ぎました。

もう若さもなくなり、茶髪も珍しくなくなり、フジノは単なる政策オタクで、いわゆるオワコンになりました。

でも今、心の中はふつふつと沸き起こってくるモチベーションであふれています。

「僕は今すぐ議会に戻って働きたいんだ」

この気持ちでいっぱいのフジノがもしも再び当選できたならば、これまでよりもパワーアップしたフジノはもっとたくさんの成果を出せる気がします。

いずれにしてもこの1週間(フジノを除く)49人の選挙カーがまちなかを走り回り、騒音でご迷惑をおかけいたしました。

民主主義の大切な根っこが選挙であるとはいえ、みなさまにとっては騒々しい1週間だったと思います。心からお詫びを申し上げます。ごめんなさい。

そして、1週間、選挙におつきあいいただきまして、本当にありがとうございました。

ようやく静かな日常が明日からは戻ってきます。

どうかあなたにとって明日が良い日でありますように心から祈っています。



オマケ

今夜の街頭演説の最後のひとことを動画でご紹介します。



「おれを、こきつかえ!」



プロのビデオグラファーが丸1日フジノを撮影して下さいました/横須賀市議会選挙2019・最終日

フジノの選挙最終日の姿を写真でお送りします

みなさまご存知の通り選挙中のフジノは徹底してひとりで横須賀市内を歩いて回っています。

けれども今日は特別にプロのビデオグラファーの方が丸一日撮影して下さいました(I先輩ありがとうございます!)。

ビデオと同時に写真も撮影して下さったので、その写真をアップしますね。

電車が来るのを待っているフジノ

電車が来るのを待っているフジノ

公共交通機関での選挙活動は一切禁止されていますが、ご相談を話しかけられた時はお断りせずにお聴きします

公共交通機関での選挙活動は一切禁止されていますが、ご相談を話しかけられた時はお断りせずにお聴きします

フジノは選挙中ほとんど歩いて移動します

フジノは選挙中ほとんど歩いて移動します

今日もたくさんのご相談を聴かせていただきました

今日もたくさんのご相談を聴かせていただきました

相談をお聞きしている時の自分の表情を初めて見れました(こんな顔でお聴きしているのですね)

相談をお聞きしている時の自分の表情を初めて見れました(こんな顔でお聴きしているのですね)

街角で「一緒に写真を撮って下さい」と言われて嬉しかったです

街角で「一緒に写真を撮って下さい」と言われて嬉しかったです

市内のあらゆる所で短い演説をします

市内のあらゆる所で短い演説をします


街頭演説をするフジノ

街頭演説をするフジノ

外出できない方にもネット中継を通じて演説をお届けする為にツイキャスを使っています

外出できない方にもネット中継を通じて演説をお届けする為にツイキャスを使っています

手前のスマホ+三脚で自分でインターネット生中継をしています

手前のスマホ+三脚で自分でインターネット生中継をしています

街頭演説をするフジノ

街頭演説をするフジノ

街頭演説をするフジノ

街頭演説をするフジノ

最後の街頭演説を終えました

最後の街頭演説を終えました


ふだんはずっとひとりきりなので、自分の姿を初めて見ることができました。

こんなふうなんですねー!



神奈川新聞にフジノの政治家人生ラストインタビュー(?)として「性的な多様性の保障」について報じられました/横須賀市議会選挙2019・6日目

「性的な多様性の保障」について語りました

先日「政治家人生ラストインタビュー(?)を受けた」とブログに記しました。

2時間近く熱く語らせていただいたのですが、けさの神奈川新聞の社会面1面にどかーんと記事になっていました。

2019年4月19日・神奈川新聞・社会面より

2019年4月19日・神奈川新聞・社会面より


全文を引用してご紹介します。

「性の尊重」訴え少なく
LGBTパートナー制度導入2市議選
候補・支援団体「普遍的テーマに」

県内自治体で初めて、性的少数者(LGBTなど)のカップルをパートナーとして公的に認める『パートナーシップ制度』を導入した横須賀、小田原の2市。

どちらも市議選が告示されたが、性の多様性の尊重を説き、性的少数者へのさらなる支援を訴える候補者はわずかだ。

導入とは裏腹な現状に、支援団体のメンバーは

「市民の理解が深まっていないため、票につながらない政策をあえて掲げないのでは」

とみる。

「『性的な多様性』はあたりまえ、のまちに」

横須賀市議選に立候補したベテランの現職(フジノのことです)は公約の柱の1つとして、選挙運動用ピラにそう記した。

10年以上前から、ライフワークの1つである自殺対策の一環として、性的少数者の支援に奔走。

彼らを取り巻く現状を伝え、市に働きかけてきた。

2018年に東京・豊島区議が、支援や知識啓発といった関連施策が最も多いのは横須賀市だったとの調査結果を公表するまでになった。

現職(フジノのことです)は行政の変化に手応えを感じつつ、一方で議会内での広がりのなさも実感している。

積極的に取り組んでいるのはほぼ自分だけと思えるからだ。

「市政の課題は多岐にわたり、『(性的な多様性についてはもうフジノという)専門家がいるから』と他の議員が(あえて)取り上げていない可能性はある」と前置きしつつ、

「ただ性的少数者の支援は人の命を守るもの。

子育て施策のように、誰もが欝論するような普遍的なテーマになるといい」

と願う。

一方の小田原市。

「誰もが人として大切にされ、共に生き、支え合うまちづくり」が基本理念の人
権施策推進指針に基づき、制度を取り入れた。

だが街宣車が走り回る市内で、性的少数者への支援を叫ぶ市議選候補の声は聞こえてこない。

新人候補は、性的指向や性自認による差別の撤廃を掲げる政党からの公認を受け、出馬した。

教壇に立っていた頃、性の多様性を生徒に話して聞かせてきた。

ただ今回、自身のビラに関連した記述はない。

新人は

「党のマニフェストとに掲載されており、『当然』という意味合いでいる。

大上段に構えていない」

と説明。

街頭演説で触れていくつもりだが、あくまで人権問題の1つとの認識だ。

「選挙になると、『誰もが生きやすい社会』をうたう候補者は多いが、表面的に感じる」

性的少数者を支援する政策論争が湧き起こらない現状を、自身もゲイで、NPO法人「SHIP」(横浜市神奈川区)の代表を務める星野慎二さん(59)は嘆く。

それは性的少数者に限った話ではない。

「精神疾患の患者や貧困層など、本当に生きづらさを抱えている人たちについて、ほとんど触れられていない」

と感じている。

同NPO法人は当事者に居場所を提供。

そこで、打ち明けられず悩んだり、親に突き放されたりした若者を多く見てきた。

周囲の理解が重要だと痛感するからこそ星野さんは訴える。

「これから社会を担う子どもへの教育や一般市民対象の啓発活動など、地方議会でできることは多い。

特定の議員だけでなく、1人1人が知識を持ち議員同士で議論できるようになってほしい」

◆パートナーシップ制度

横須賀市は「パートナーシップ宣誓証明制度」、小田原市は「パートナーシップ登録制度」を、それぞれ4月1日から導入。

性的少数者(LGBTなお)のカップルを、異性聞の結婚に相当する関係と認める
証明書を発行する。

どちらの制度も対象は20歳以上で、結婚していないことなどが条件。

横須賀市は事実婚も対象に含め、市営住宅の入居資格や災害見舞金の対象に証明書を所持するカップルを加えた。

小田原市は具体的な運用を今後決める。

(佐藤百合、鈴木秀隆)

以上で引用終わり。



記事で取り上げられたフジノのチラシ

記事で取り上げられたフジノのチラシの「『性的な多様性』はあたりまえ、のまちに」はこちらです。

フジノの選挙チラシ

フジノの選挙チラシ


まず実績としてこう記しました。

【『性的な多様性』はあたりまえ、のまちに】

  • 11年間にわたって様々な取り組みを実現してきた結果、2017年に横須賀市はLGBTs関連施策実施全国自治体」1位に選ばれました。
  • 2013年に提案した『パートナーシップ制度』がついに4月からスタートしました!
  • 男女二元論だった『男女共同参画推進条例』の改正を提案、実現しました。

続いて、公約としてこう記しました。

【『性的な多様性』はあたりまえ、のまちに】

  • 4月に施行された『男女共同参画と多様な性を尊重する社会の実現を推進する条例』を最大限に活用し、差別と偏見のないまちを実現します。
  • 『LGBTs関連施策実施自治体』全国トップの次は当事者のみなさまの毎日の暮らしの安心感や生きやすさのトップをめざしてさらに取り組みを進めます。

このように選挙チラシにフジノはハッキリと明記しています。



「性的な多様性の保障」を普遍的なテーマにしたいです

残念ながらパートナーシップ制度を導入した2市でも、現状はこの記事の通りなのです。

ただ、小田原市と横須賀市は全く異なります。

横須賀市議会にはフジノが居て、このテーマについては11年間ずっと議会提案をしてきました。

パートナーシップ制度についても2013年からずっと提案してきたので、担当課にも蓄積された情報と経験があります。

さらに上地市長も人権意識がとても高い方ですし、市長が諮問をした『人権施策推進会議』の委員のみなさんも見識がとても高い方々ばかり。

さらにさらに、当事者の方々の団体もたくさんの働きかけをフジノとともにしてくれました。

だから、性的な多様性に関する様々な取り組みも全国トップですし、パートナーシップ制度の議論もかなり成熟しています。

一方、行政としての小田原市によるパートナーシップ制度導入の発表は、やや唐突でしたし、正直なところ4月スタートありきで拙速な感覚を憶えました。

また、どなたかは分かりませんがインタビューにお答えになった候補者の方。

政党としてマニフェストでうたっているからあえて大上段に構えて言わないとお答えになっていますが、たぶんこのテーマにそこまでの熱意は無いのだと思います。

(もし違っていたらごめんなさいね)

NPO法人SHIP代表の星野慎二さんの嘆きはそのとおりだと思います。

フジノも全く同感です!

いずれにしても、もっと当たり前の話題として議会で誰もが議論するようにフジノも取り組んでいきたいです。

横須賀市議会では『政策検討会議』という政策立案のエンジン役があります。

ここで、フジノは「性的な多様性の保障について条例化したい」という提案をしてかなり好感触でした。

もしも5期目に当選できたらば、議会全体で性的な多様性について議論できるようにしていきたいです。

落選したらフジノの政治家人生ラストインタビューになります。

その相手が神奈川新聞であったことは僕にとって誇りです。

こんなに大きく社会面1面トップに報じて下さったことにも感謝しております。

ありがとうございました。



選挙まっただなかに街角でミニ座談会しました。その様子を動画で配信します/横須賀市議会選挙2019・5日目

選挙のさなかに街角でミニ座談会しました

市外にお住まいの知人が夕方からフジノの街頭演説をツイキャス中継しにきてくれました。

街頭演説をインターネットで生中継していただいたのも嬉しかったのですが、久しぶりにお会いできたその方との再会がさらに嬉しかったので

「せっかくの機会なので、2人で15分くらい座談会しませんか?」

とお願いしてみました。

そしてその様子もまた生中継しました。

日頃はSNSではやりとりをする間柄なのですが、リアルでは年1回お会いするかどうか。

3。11がきっかけで出会って、この8年間、距離は離れていても、同じ想いをもってそれぞれに生きてきたんだよなあという気持ちでした。

フジノのその場の思いつきでトライした街角ミニ座談会だったのですが、すごく本音トークができて素直に話せた自分がいました。

せっかくなので生中継だけでなく、録画も公開しますね。

5分くらいずつ3本の動画に分けてあります。お時間の許す方はぜひご覧くださいね。









フジノが気力も体力も充実してリラックスした選挙活動をしているということが、この動画から伝わると思います。

選挙はもっとピリピリしないといけないのかもしれませんが、フジノはこんな感じです。