「演劇部の甲子園」で中学生のみなさんの熱演を応援しました。エンタメの世界で活躍したい人は夢を持ち続けて下さい!/第36回横須賀市中学校演劇発表会

演劇部の甲子園、横須賀市中学校演劇発表会が開かれました

毎年2日間にわたって開催される、市内中学校の演劇部による発表会『横須賀市中学校演劇発表会』。

昨年に続いて今年もみなさんの演劇を観せていただきました。

第36回横須賀市中学校演劇発表会の会場にて

第36回横須賀市中学校演劇発表会の会場にて


日頃の成果を発表する場であると同時に、ここで最優秀に選ばれた学校は『県大会』へと進んでいきます。

まさに『中学校演劇部の甲子園』なのです。

プログラム表紙

プログラム表紙


今年で36回目となりました。

支えて下さっている関係者のみなさまには心から感謝しております。





全6校が2日間にわたって熱演しました

今年は下の6校が出演しました。

浦賀中学校、大津中学校、大矢部中学校、衣笠中学校、久里浜中学校、野比中学校です。

3校ずつ2日間にわたって発表します。

第1日 7月27日(土)第2日 7月28日(日)
衣笠中学校
「ハックルベリーにさよならを」
大津中学校
「私の声が聞こえますか」
大矢部中学校
「ゆめ・夢のあと」
久里浜中学校
「ハロウィン狂詩曲」
野比中学校
「スワローズは夜空に舞って」
浦賀中学校
「モモふたたび」

残念ながらフジノは、仕事のつごうで1日目(午前の2校)のみの観劇となりました。

久里浜中学校演劇部「ハロウィン狂詩曲」

久里浜中学校演劇部「ハロウィン狂詩曲」


久里浜中学校演劇部による『ハロウィン狂詩曲』。

浦賀中学校演劇部「モモふたたび」

浦賀中学校演劇部「モモふたたび」


浦賀中学校演劇部による『モモふたたび』。

そして今年は『最優秀賞』を大津中学校が受賞しました。おめでとうございます。



小さな演劇部でも大きな夢を持って下さい

最盛期には17校も参加していたこの大会ですが、少子化とともに演劇部のある中学校が少なくなってしまいました。

どの部活動もそうですが、入部する生徒が多い年もあれば少ない年もあります。

例えば今年の衣笠中学校演劇部には新入部員が13人も入って、総勢33名だそうです。久里浜中学校演劇部も総勢39名とのことです。

大所帯であれば自分がチャレンジできる役の幅も広がりますし、音響や照明や大小道具などのスタッフも揃えていろいろな作品にチャレンジできますよね。

一方、野比中学校演劇部は総勢7名と小さな演劇部です。

でも、フジノは小さな演劇部の人にもどうか大きな夢を持ってほしいと強く願っています。

特に、映画・演劇などのエンターテインメントの世界を本気で目指している人には、今置かれている場でぜひ大きな夢を持ち続けてほしいのです。

毎年フジノは同じことを書いていますが、あえて今年も書きます。

映画・演劇などのエンターテインメントの世界には横須賀出身の人がたくさんいます。

だから、今こうして演劇部でがんばっていて将来エンタメの世界で輝きたいという夢を持っている人たちには絶対にあきらめないでほしいのです。

例えば、フジノが良い例です。

もともとフジノは幼稚園の頃から映画が大好きで、そして東宝株式会社に就職しました。

志望者数はすさまじくて3000倍の倍率でしたから、市議会議員になるよりもとても難しい狭き門です。

じゃあ、なにか特別なことをしてきたかといえば、そんなことはありません。

幼い頃、本当になけなしのおこづかいを貯めて、ようやく2ヶ月に1回くらい映画館(当時は横須賀劇場という映画館がありました)に行くことができました。

当時は入れ替え制という仕組みもありませんでしたから、母に作ってもらったおにぎりを持っていって、朝から夕方までくりかえし同じ映画を観たものです。

映画監督になりたいという夢が幼稚園時代からあったので、高校卒業後は日本映画学校という専門学校に進学したかったのですが、臨床心理学を学ばねばならない事情があり諦めました。

スピルバーグ監督やルーカス監督に憧れてアメリカの大学で映画を学びたくて留学をめざしましたが、いろいろな事情で叶いませんでした。

それでも3000倍の倍率の会社に、映画・演劇とは無縁の臨床心理学専攻だったフジノが入社できたのは、たった1つのことだと思います。

「ずっと好きだった」

のです。

好きでたまらなかったから、少ないおこづかいやバイト代をコツコツ貯めて、幼い頃からいくつになっても変わらずに(今もです)映画館に足を運び続けました。

「好き」

という気持ちは最大の武器です。

幼稚園の頃から大学卒業まで変わらずに「好き」という気持ちを持ち続けていた(そして今も持ち続けている)ということは、実は何よりも強い武器なのでした。

入社試験を受けた人たちの中には東京大学で映画を専攻した人もいましたし、アメリカの大学で留学してきた人もいました。

でも、彼らはみんな落ちて、フジノが残りました。

こんな横須賀のかたすみでフジノはひとりきりで朝から晩まで映画を観て過ごした、まわりの小学生からしたら変人で暗いこどもだったと思います。

でも、誰がなんと言おうと「好き」だったのです。

映画・演劇の世界には、夢があります。

そして現実の世界を変える大きな力があります。

政治家に転職しなければならなかったのでわずか5年間しかエンターテインメントの世界には居られませんでしたが、夢のような日々でした。

フジノにできたのですから、あなたにできないはずがありません。

今も映画監督や俳優になった後輩たちと話したりするのですが、「好き」に勝るものはありません(例えば映画『宇宙兄弟』を撮った森監督もそうです)

映画や演劇の世界で本気で生きていきたいという夢を持っている人は、「好き」という気持ちを持ち続けて、夢を大きく持っていてほしいと願ってやみません。

中学校演劇部のみなさん、これからもがんばってくださいね。応援しています。



森義隆監督(映画「宇宙兄弟」)ら東宝時代のアルバイトたちが忘年会を開いてくれました

フジノが東宝に在籍していた時のアルバイトたちが集まってくれました

今夜は東京で仕事がありました。

その後、フジノが東宝の社員だった時代に大学生アルバイトとして働いていた3名が集まってくれました。

今年ずっと体調が悪かったフジノをねぎらってくれたのです。ありがたいです。

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フジノは政治家に転職する前、東宝(株)という映画会社で5年間働いていました。

幼い頃から映画が大好きだった僕の夢は、映画監督になることでした。

小学校では視聴覚委員会(=放送委員会)に入り、お昼のテレビ放送で映画紹介の番組をやったり、クラブ活動では新しく『ビデオ研究クラブ』をたちあげて、ドラマを製作しました。

お小遣いを必死に貯めては映画館に足を運んで、(当時はまだ映画館は入れ替え制では無かったので)朝から夜まで同じ映画を最前列に座って観つづけたものでした。

高校を卒業したら、日本映画学校現・日本映画大学)か日本大学藝術学部(いわゆる日藝です)で映画を専攻したかったです。

「ジョージ・ルーカスと同じUSCに留学したい」というのも夢の1つでした。

けれども、高2の時に、映画の世界を完全に諦めました。精神疾患と闘う為に心理学を専攻することを決意したからです。

ここから先はすでにみなさんがご存知の通りです。

大学卒業後、就職にあたっては一般企業に勤めようと考えました。2年間にわたって続いた就職活動の最後に(フジノは就職浪人をしています)、記念受験で映画業界を1社だけ受験しました。

それが東宝です。人生の偶然によって、再び映画の道に戻って来ました。

入社後、まず映画興行部という部署に配属されました。

そこでは大学生のアルバイトたちを100人以上も雇用していました。映画を愛する大学生たちがアルバイトとして来てくれていたのです。

新入社員だったフジノは、ほとんど年齢の変わらないバイトたちからむしろ逆に様々なことを教えてもらいました。

僕は彼ら/彼女らと一緒に働くことが本当に楽しかったし、上司として信頼をかちえることができるようにとにかく必死になって働きました。

卒業後も元バイトたちは連絡を取り続けてくれました。フジノは転職してもうすぐ10年が経ちますが、今も接点を持ち続けてくれています。一生の財産です。



「宇宙兄弟」を監督した森義隆くんをはじめ、エンタメの世界で働いている後輩たち

元バイトたちはみなとても優秀で、卒業後はいろいろな業界でそれぞれに素晴らしい仕事をしています。

さらに、初志貫徹で、映画業界に進んだ者たちもいます。みんな、本当に立派な映画人として、フジノが果たせなかった夢を紡いでいってくれています。

今夜はそんな中の3名が集まってくれました。

左から森義隆監督、トム・クルーズの通訳、フジノ、トム・クルーズ作品の担当者

左から森義隆監督、トム・クルーズの通訳、フジノ、トム・クルーズ作品の担当者


上の写真は、右から配給会社でトム・クルーズの作品を担当しているAくん、フジノ、トム・クルーズが来日した時にインタビューを担当してくれたBさん、そして映画監督の森義隆です。

森は(今さら「くん」付けにするのも変なので呼びつけのままでいきます)映画『ひゃくはち』を監督して一気に高い評価を受けました。

さらに、今年5月に公開された『宇宙兄弟』は大ヒットしました。

実力派としての評価が高まって、今秋の話題のドラマ『イロドリヒムラ』(全10話、監督・主演女優・脚本が毎回違うオムニバスドラマ)では第3話を担当しました。

まさに今、最も注目されている監督です。

かつては「森!」と呼びつけていましたが、今は「森監督」です。成長が嬉しくてたまりません

かつては「森!」と呼びつけていましたが、今は「森監督」です。成長が嬉しくてたまりません


映画『宇宙兄弟』、もちろん観ましたが、本当に素晴らしい作品でした。

さらに舞台挨拶(2012年5月5日)の様子が報道されたのですが、そのコメントを読んでさらにうれしくなりました。

僕たちにとって、5月5日の舞台挨拶はまさに『凱旋』だったのです。そんなみんなの想いも一緒に連れて行ってくれたコメントでした。

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4人で映画や人生について熱く語り合いました。本当に気持ちの良い夜でした。

僕自身は映画業界からは離れてしまい、観客の1人に戻ってしまいました。少しだけさみしい気持ちはします。

でも、僕の夢は、彼らが叶えてくれています。僕は安心してこれからも死ぬまでたくさんの映画を観つづけていこうと改めて思いました。

森監督、ありがとう!Aくん、Bさん、ありがとう!

いやあ、映画って本当にいいもんですね。それでは、さよなら、さよなら、さよなら。