NPO法人SHIPの「横浜弁護士会人権賞」受賞を祝う会へ/この素晴らしい活動をずっと続けていかれるよう心から願っています

「NPO法人SHIP」の「横浜弁護士会第19回人権賞」受賞の祝賀会へ

今夜は横浜・中華街へ向かいました。

中華街の入口

中華街の入口


NPO法人SHIPが『横浜弁護士会人権賞』を受賞した祝賀会にお招きいただいたのです。

横浜弁護士会から贈られた表彰状

横浜弁護士会から贈られた表彰状


『NPO法人SHIP』と星野慎二代表と関わりのある、あらゆる立場の方々が集合しました。

当事者・家族はもちろんのこと、研究者、メディア関係者、医療従事者、法律家、政治・行政関係など、書ききれないほどの職種や立場の方々がお祝いに来ました。

トロフィーを持つ星野代表

トロフィーを持つ星野代表


みんなが一言ずつ自己紹介をしていきました。

これだけたくさんの方々に、『SHIP』は安らぎと勇気とを与え続けてくれたのだなぁと改めて実感しました。



「SHIP」をいつまでも継続させていこう、「SHIP」をもっとみんなが集えるようにしよう

来賓としてのスピーチを依頼された時からずっと考えてきたのですが、フジノからは決して褒め言葉を言わないようにしようとまず決めました。

みなさんはきっと『お祝いの言葉』を述べるでしょう。会場はきっと温かい雰囲気でいっぱいになることでしょう。

そんなところで厳しいことを言えば、明らかに『場の空気』を壊すことになります。

でも、それでも、どうしても『みんなが集まっている場』でこそ、フジノとしてはお伝えしたいことがあったのです。

それは、『NPO法人SHIP』の持つ『大きな社会的使命』に反比例して、『組織として、極めて脆弱な財政基盤や人員体制』であるということです。

もっとみんなに危機感を持って、その現状を立てなおしてほしい、とフジノは願っています。

『SHIP』の活動は確実にたくさんの人々の命を守っています。

『SHIP』に救われた方々は、今度は自分自身が誰かの力になれるように『SHIP』のメンバーとして恩返しをすべきです。

『部外者』のフジノにあえて指摘されるまでもなく、みなさん、きっとそんなことは分かっていると思います。

でも、もっとみなさんに奮起してほしいというのがフジノの願いです。

そうして、辛辣な言葉を並べたスピーチを実際にしました。

「代表の星野慎二さんをもっと休ませてあげられるような、次世代リーダーが早く現れて下さい」

「『SHIP』イコール星野代表という現状を一刻も早く変えて下さい。星野さんが今、倒れたら『SHIP』は継続できるのですか?」

「『SHIP』を必要としている人々は絶対にもっとたくさんいらっしゃるのだから、もっと頑張って欲しいです」

などなど。

場違いなフジノの言葉に、参加者のみなさまは強烈な違和感と嫌悪を抱いたかもしれません。

でも、こころからのお願いです。

『NPO法人SHIP』が全国組織くらいになって、どのまちで悩んだり苦しんでいる人がいても『SHIP』が手を差し伸べてくれる、そんな存在になってほしいのです。

政治・行政では聴き取れないかすかな助けの声を、聴くことができるのが『SHIP』です。存在が消えてはならないのです。

カリスマ的な創立者である星野代表の後を継ぐ人というのは、とても大変だと思います。

それでも、このNPOは絶対に一代で終わらせてはいけないNPOなのです。

早く、二代目・三代目の代表が現れてほしいです。

フジノとしてはそんな叱咤激励の言葉を、来賓あいさつとしてお伝えさせて頂きました。



これからも、誰もがありのままの自分で生きていかれる社会に向けてみんなでがんばろう

18:30に始まった祝賀会。

仕事のカンケーで大幅にフジノは遅刻して、20時頃に到着してしまいました。

祝賀会は20:30には終了予定とのことだったのですが、いろいろな方々と語り合っているうちに気づいたらすでに22時過ぎてました(笑)

最後にみんなで記念撮影をして「解散」となりました(でもみんなまだ残ってました)。

最後にみんなで集合して記念写真を撮りました

最後にみんなで集合して記念写真を撮りました


ここには、あえてどんな方々とどんなお話をしたのかは記しません。

でも、どの1つの会話もムダなおしゃべりというものはなくて、その全てがフジノにとっては学ばせていただくことばかりでした。

3月2日の本会議での質疑についてもそうですし、これからの政策にも反映すべきこともたくさんアドバイスいただきました。

『SHIP』に集う方々はみなさん優しくてまじめで真剣で、そしてユーモアがあって、いろんな苦しいことも体験していて、素晴らしい人ばかりです。

職業も本当にバラバラですが、誰も偉ぶる人はいません。

こうして集えたのも、やっぱり星野代表のお人柄のおかげだと思います。

イエローハッピーで帰ってきました

イエローハッピーで帰ってきました


星野代表、いつも本当にありがとうございます。

これからも末永く『NPO法人SHIP』が続いて、多くの人達がさらに集えるような素敵な場であって下さいね。

そして、どうかみんなで力をあわせて、誰もがありのままの自分でいられる暮らしやすい社会へと変えていきましょう!



NPO法人SHIPが「横浜弁護士会・第19回人権賞」を贈呈されました!/横須賀市も祝電を送りました

横浜弁護士会人権賞の贈呈式が行なわれました

『よこすかひとり親サポーターズひまわり』による『ひとり親交流会』を途中で抜けだして、大急ぎで横浜・関内へ向かいました。

横浜市開港記念館

横浜市開港記念館


横浜市開港記念館が目的地です。

「人権シンポinかながわ2015」チラシより

「人権シンポinかながわ2015」チラシより


横浜弁護士会が主催する『人権賞贈呈式』に出席する為です。

横浜弁護士会人権賞贈呈式会場にて

横浜弁護士会人権賞贈呈式会場にて


横浜弁護士会の中に『人権救済基金運営委員会』という委員会があります。こちらが毎年、『横浜弁護士会人権賞』の贈呈を行なっています。

そもそもこの賞が設立されたのは、横浜市緑区で発生した米軍機墜落事故訴訟弁護団からの寄付をきっかけに、平成4年3月に『人権救済基金』を設立したことだそうです。

その使いみちの1つとして、人権擁護の分野で優れた活動をした個人・団体を表彰することによって、人権擁護の輪を広げ、人権のさらなる発展と定着に寄与したいと考えて、平成8年から『横浜弁護士会人権賞』をスタートしました。

今回で19回目となる歴史のある、素晴らしい賞です。

そして、横須賀市の性的マイノリティ支援に長年にわたってご協力頂いている『NPO法人SHIP』が栄えある受賞者に選ばれたのです!

第19回人権賞の受賞者選定の理由

  • NPO法人SHIP
    社会の偏見や差別により孤立しがちな性的マイノリティの人たちに 対し、コミュニティ・スペースの提供、カウンセリングその他の支 援事業を幅広く行い、教育機関等への啓発活動を行うなど、その人 権の擁護に多くの成果をあげてきた。

  • 一般社団法人インクルージョンネットよこはま
    貧困と格差が拡大した社会の中で、経済的困窮者や孤立の問題をかかえる若者など様々な生活困難者の自立等のため、多様な分野のNPOや専門家の連携の下で相談・支援等をする体制をつくり、全国的なモデルともなる実績をあげている。

大変な評価を『NPO法人SHIP』が受けたことに、わがことのようにフジノはうれしくなってしまいました。



歴代の受賞者は、フジノの尊敬する人や団体ばかり

今回、改めて過去の受賞者・受賞団体を振り返ってみました。

すると、フジノの尊敬する方々や団体ばかりでした!

これまでの受賞者は以下の通りです。

受賞者・受賞団体
18NPO法人神奈川労災職業病センター植田善嗣さん
17NPO法人多文化共生教育ネットワークかながわ客野美喜子さん
16カラカサン~移住女性のためのエンパワメントセンターNPO法人神奈川子ども未来ファンド
15NPO法人ジェントルハートプロジェクトNPO法人ウィメンズハウス・花みずき
14神奈川県医療生活協同組合 港町診療所NPO法人よこはまチャイルドライン
13NPO法人さなぎ達神奈川県消費生活相談員ネットワーク
12パレスチナのハート アートプロジェクト
11NPO法人在日外国人教育生活相談センター・信愛塾社会福祉法人礼拝会ミカエラ寮
10NPO法人子ども虐待ネグレクト防止ネットワークNPO法人多言語社会リソースかながわ(MICかながわ)
9水谷修さん在日高齢者交流クラブトラヂの会
8厚木基地爆音防止期成同盟菅原幸助さん
7広田和子さん
6福光洋一さんかながわ市民オンブズマン
5寿支援者交流会『がんばれっ!日本国憲法』上演実行委員会
4神奈川県インドシナ難民定住援助協会
3横浜ダルク・ケア・センター女性の家サーラー
2京浜協同劇団かながわ・女のスペースみずら
1故 深澤キク江さん

実際に、ご縁のある方もいらして、うれしい限りです。



贈呈式の様子をご紹介します

さて、受賞者の入場です!

やや緊張ぎみの星野代表

やや緊張ぎみの星野代表


改めて、選考委員長の河合幹雄さん(桐蔭横浜大学大学院法学研究科長・法学部長・教授)から発表と選考理由が述べられました。

河合幹夫選考委員長

河合幹夫選考委員長


横浜弁護士会会長の小野毅さんから表彰状・トロフィー・賞金の授与が行われました。

賞状の授与

賞状の授与


星野代表は、受賞後のスピーチにおいて『NPO法人SHIP』の活動スタートのきっかけをお話しして下さいました。

今から15年前、新木場でゲイ男性が頻繁に傷害事件にあったことに深くこころを痛めた星野代表。わが国では諸外国に比べてなかなか公にならないことですが、明らかにホモフォビアによる暴行事件だったのではないかとフジノは考えています。

2000年2月には、あるゲイ男性が殺害されてしまいました。その事件では、被害者であるにもかかわらず、ゲイであるということをおもしろおかしくメディアが報じたことに、星野代表はきちんとした啓発活動を行なっていかねばならないと決意して、活動をスタートしたそうです。

星野代表、おめでとうございます

星野代表、おめでとうございます


神奈川県教育委員会との共同事業を続けてきた『NPO法人SHIP』。

昨年度は年間40件の講演活動を学校で行ないました。

トロフィーの授与

トロフィーの授与


さらに、この数年間は横須賀市の様々な取り組みに大変なご協力を頂いています。

数年前から市職員らを対象にした研修の講師をお願いしているだけでなく、市長や教育長にもお会いしていただき政策にアドバイスを頂くなど、様々な形でご協力を頂いております。

全国でも初めての取り組みとなる性的マイノリティ当事者の方々と市役所関係部局の課長らとの定期的な意見交換の場である『性的マイノリティ関係課長会議との意見交換会』も、星野代表なくしては実現できませんでした。

さらに、フジノは10代のこどもたち(セクシャリティの悩みを抱えるこどもたちの自傷・自殺未遂はすさまじい割合で起こっています)を守ることが悲願なのですが、その対策として具体化したのが、2014年度から新たにスタートした10~20代の方々を対象に開催している『Cafe SHIPポートよこすか』です。これも『NPO法人SHIP』にお願いして実施しています。

自席に戻られた星野代表(もしや涙?ごめなさい、嘘です。メガネを外したところです)

自席に戻られた星野代表(もしや涙?ごめなさい、嘘です。メガネを外したところです)


今まさにわが国では、『性的な多様性』への理解が少しずつ進んできました。それはまさに、星野代表ら『NPO法人SHIP』をはじめとする先人のご尽力のおかげです。

受賞者スピーチに立つ星野代表

受賞者スピーチに立つ星野代表


わが国ではまだ、誰もが生きていく上で、そのままの自分らしくあることが当たり前の社会ではありません。

より良い社会へと変えていく為には、息の長い活動を絶え間なく続けていくことしかありません。

本日受賞した2団体もそうですが、多くの市民団体や市民の方々の活動のおかげで、少しずつ少しずつ世の中が変わっていっています。決してあきらめずに、もっともっと誰もが希望を感じられる社会を目指して、これからも進んでいかねばならないのだとフジノも決意しました。



ツイキャスによる録画中継をご覧ください

贈呈式の実際の様子をご覧いただけるように、録画をご紹介いたします。

三角マークを押すと再生できます。ぜひ2団体の受賞後のスピーチをご覧くださいね。



受賞後の控室にて

贈呈式が終わった後の控え室にお邪魔して、改めてお祝いの言葉をお伝えしました。

トロフィーを拝見させていただきました

トロフィーを拝見させていただきました


控室では、選考委員会のみなさまと受賞者の記念撮影が行なわれました。

選考委員会のみなさまと受賞者の記念撮影の様子

選考委員会のみなさまと受賞者の記念撮影の様子


「フジノさんもみなさんも入って入って!」

と何故か記念撮影にフジノまで入ってしまいました(苦笑)

なぜかフジノまで記念撮影にちゃっかり入っています(汗)

なぜかフジノまで記念撮影にちゃっかり入っています(汗)





横須賀市の人権・男女共同参画課から祝電!

そして、会場でも実際に読み上げられたのですが、横須賀市市民部人権・男女共同参画課から『NPO法人SHIP』の受賞に対して祝電が届けられました。

これはフジノも知らなかったので、本当に驚き、とてもうれしく感じました。

ナイス祝電、人権・男女共同参画課!

ナイス祝電、人権・男女共同参画課!


先日の『人権施策推進指針』の用語の改善への迅速な対応といい、この祝電(なんて粋な!)といい、フジノは人権・男女共同参画課をこころからパートナーとして信頼しています。

受賞に祝電に、こころから喜びを感じました

受賞に祝電に、こころから喜びを感じました


『NPO法人SHIP』の受賞という嬉しさに、さらに祝電で彩りを添えて下さった横須賀市の対応に、深く感謝しています。

星野慎二代表、そして『NPO法人SHIP』のみなさま、本日は本当におめでとうございます。

けれども、わが国におけるいわゆる『性的マイノリティ』とされる方々への理解と支援は、いまだ不十分です。

どうかこれからもこの国の性的な多様性が保障されるその日まで、一緒に頑張っていきましょうね!

これからもよろしくお願いします。



福光洋一さんの訃報に、改めてソーシャルワーカーとして生きる決意を固めました/神奈川新聞横須賀支社のみなさん、記事を本当にありがとう

福光洋一さんの訃報を神奈川新聞で知りました

けさの神奈川新聞を読んで、福光洋一さんが亡くなったことを初めて知りました。

福光洋一さんとは、社会的に弱い立場に追い込まれた方々に寄り添い続ける、本当の『正義の味方』でした。

あらゆる立場の人々の、どのような悩みや困り事であっても、常に『無報酬』でその声に耳を傾け続けた方でした。

苦しみの中にある方々がその苦境を抜け出せるように、市役所や裁判所をはじめ、あらゆる場所に一緒に同行し、解決してまわったのでした。

人はつらさの極地にある時、体が固まって動けなくなってしまいます。それを福光さんは温かく励まして、そして問題を一緒に解決できるように尽力して下さいました。

まさに『コミュニティソーシャルワーカー』のお手本そのもの。生きる教科書。

本当に、すごい方でした。

2014年10月29日・神奈川新聞記事より

2014年10月29日・神奈川新聞記事より

記事を全文引用させていただきます。

弱者へ寄り添い23年
横須賀で相談1万件、福光さん死去

横須賀市内で23年間、生活困窮者らの悩み相談に応じ、支援してきた福光洋一さん=藤沢市朝日町=が、がんで亡くなった。

少年時代に東京大空襲に遭うなど陰惨な時代を生き抜き、その信念から社会的弱者に寄り添い続け、25日、84年の生涯を終えた。

福光さんは病院職員として勤務後、1991年にJR衣笠駅前で、悩みの無料相談所『くらしの相談センター』を開設。

暮らしに行き詰まり切羽詰まった生活困窮者や多重債務に苦しむ人々など、多種多様な相談に優しい笑顔で応えてきた。

相談件数は23年間で約1万件に達した。

そうした活動が評価され、2002年に横浜弁護士会人権賞を受賞。

体調が悪化したため今年に入って同センターを閉じ、自宅で電話相談を続けていた。

戦争体験者として平和の尊さも訴え続けた。

8月10日、同市長沢で開かれた戦争体験を語り継ぐ会には、つえをついて参加。

「戦争というのは本当にひどい。こんな罪なことはない。死んだ人間も残った人たちも悲しみ、憎しみがある。戦争でそういうことを学んだ」

と語りかけた。

講演の機会は最後となったこの日、旅立つそのときを見据えてか、子どもや親世代を前に自らを奮い立たせながらこう締めくくった。

「僕は今、毎日が充実している。生きているのがこんなに素晴らしいものかって。

これからを生きる君たちには本当に幸せになってほしい。

大人には、子どもが夢を持てるような社会をつくり上げる責任がある。

一人の声はささやかかもしれないが、みんなでやれば必ずできる」

(織田匠)

神奈川新聞と織田匠記者に深く感謝しています

そして、福光さんの訃報を報じて下さった、神奈川新聞社と織田匠記者に深い感謝の気持ちを感じています。

よくぞ報じてくれました。

もしも神奈川新聞が報じてくれなかったら、僕は訃報を知らないままでした。

そしてもう1つ。

一般の読者にとって関心を持ってもらえる記事かどうかを考えた時に、つまりテレビで言うならば「視聴率が取れない」可能性が高いのに、あえて記事にして下さった。

さすが地元紙、素晴らしいと思いました。

たぶん、福光さんのことを大多数の人は知らないでしょう。

でも、弱い立場の人はみんな福光さんのことを知っていました。

市役所の相談窓口でさえ、いざという時には福光さんを頼りました。

議員だってフジノだけでなく、保守も革新もカンケーなく、市民の方からのどうしてあげることもできない相談を受けて悩んだ時に、誰もが福光さんに助けてもらったことがあるはずです。

そんな福光さんのことを神奈川新聞横須賀支社が知っていたこともすごいし、訃報を記事にした織田記者もすごいし、記事を通したデスクもすごい。

神奈川新聞横須賀支社の姿勢を本当にこころづよく感じました。

市内どころか全国から、福光さんを頼って相談に訪れたり電話をかけてこられる人がたくさんいました。

でも、福光さんは決して陽の目を浴びない、むしろそうした外部からの評価なんてどうでも良いと感じておられた方でした。

けれども、福光さんを必要とする弱い立場の方々は、ずっと感謝の気持ちを抱き続けてきました。

僕から見たらナイチンゲールのような『偉人』と同列の存在でした。

彼の為してきた偉業はもっともっと広く知られるべきだと感じてきました。

そんな福光さんのことを神奈川新聞が報じて下さったことは、感謝してもしきれません。ありがとうございます。

10年前、フジノは本気で弟子入りをお願いしました

福光さんは、社会的な意味での評価とは距離を置いてこられた方でした。

『横浜弁護士会人権賞』以外にも、本来ならばもっともっとあらゆる賞を受ける価値のある活動をずっと継続されてきた方でした。

でも、ヘビースモーカーでご自分の健康には無頓着。

そして、お金にも無頓着。

福光さんが考えていたのはいつも困っている人たちのことでした。

フジノはそんな福光さんに「弟子にしてください」と本気でお願いしに行ったことがあります。

今からちょうど10年前のことです。

当時すでに74才だった福光さん。健康状態も決して良くはありませんでした。

もしも『くらしの相談センター』が無くなったら、困る人があふれてしまう。

だから、僕が後継者になろう、と本気で考えたのです。

そんな僕の言葉を、福光さんは喜んではくれたものの、申し出はやんわりと断られてしまいました。

「『くらしの相談センター』の家賃が支払えなくて困っている」と福光さんがふとグチったのを聴いたフジノ。

そこで機会があるごとに篤志家の方々に

「どうか福光さんの活動に『寄附』をしてください」

とお願いして回りました。

実際に、複数の方々が寄附をして下さいました(数百万円になった、と聴いています)。

そのおかげで、しばらくのあいだは家賃問題は大丈夫だったようです。

フジノができた恩返しはそれだけでした。

本当の恩返しは、福光さんの仕事を引き継いでいくこと

いや、まだ恩返しはこれからですね。

福光さんが『くらしの相談センター』で取り組み続けてきたことを、僕が同じ想いをもってずっと活動していくことこそが、恩返しのはず。

フジノは政治家ですが、同時に精神保健福祉士(精神科ソーシャルワーカー)の端くれです。

地域を走り回り、声にならない声に耳を傾け、厳しい現実をいつも見逃さず、声をあげつづけて、社会が少しでも良い方向になるように信じて活動していくこと。

今もその想いを胸に秘めていつも仕事をしているつもりです。

しかし、今以上にもっと強くその気持ちをもって、働いていきたいです。

福光さん、今までずっと、本当におつかれさまでした。

そして、ありがとうございました。

マルチ商法と闘う為に「くらしの相談センター」の福光洋一さんに助けを求めました/食料品の現物カンパをお願いします!

マルチ商法と闘うために

最近、『マルチ商法』についての相談を受けています。

この犯罪の憎たらしいところは、

  • 加害者が自分が犯罪を犯しているという認識が無いまま、
  • サークル活動をやっているような気分で
  • 他人に被害を及ぼしていき
  • 最後には自分自身も破滅する

というところにあります。

福光洋一さんの「くらしの相談センター」へ

横須賀市役所にも消費生活センターをはじめ、いろいろな相談窓口があります。

けれども今回は、衣笠の『くらしの相談センター』に頼らせて頂きました。

ここは、フジノが「弟子にしてください」とお願いをしている、あの福光洋一さんがお1人で運営されている相談所です。

大急ぎのにわか勉強でフジノが相談を受けるよりも、これまで『マルチ商法』とも闘ってこられた福光さんの経験こそが、僕に相談してこられた方には必要だと思いました。

そこで福光さんにお願いをして、相談にのっていただきました。

僕も『マルチ商法』との闘い方を勉強したくて、相談を受ける方にお願いをして同席をさせていただきました。

今回も福光さんはお忙しいのに45分もお時間を取って下さいました。ありがとうございました!

半年、1年かかるかもしれませんが、相談者の方によりそって力になれるように僕もがんばります。
 
福光さん、どうかまた途中経過を報告させてください。

(マルチ商法と闘っている方々は、国民生活センターをはじめ、弁護士会などたくさんあります。代表的なところはこちらをご覧下さい)

【お願い】食料品の現物カンパを募集しています!

ところで、HPをご覧のみなさまにお願いがあります。

福光さんのところに相談に来られる方々の中には、『年を越すこともできない状態の方』がいらっしゃいます。

そこで、福光さんの『くらしの相談センター』では、『食料品の現物カンパ』を受け付けています。

どうかご協力お願いします!

すでに『センター』にはお米が積まれていたりしましたが、もっともっとあっても良いかと思います。

公職選挙法のしばりでこうした寄付さえできない政治家という立場は、本当にふがいないものです。

だからせめて宣伝させてください。

くらしの相談センターに食料品の現物カンパをお願いします!

福光さんの『くらしの相談センター』は、JR衣笠駅を背中にすると、道路を渡って左側になります。


 
歩いて1分ほどするとすぐに看板が出ているので分かります。
 
『TUSUTAYA』まで行ってしまったら通り過ぎてしまった、という合図です。

小さな入り口ですが、路面店ですので、すぐに見つけられるはずです。

どうかご協力をお願いします!