6年目にして初めて!中央図書館が1階入口の真正面に「自殺対策特設コーナー」を設置しました

今年も横須賀市立3図書館は「自殺予防週間」に「特設コーナー」を設置しました

2009年の『自殺予防週間』から、横須賀市立の図書館では特設コーナーを設けてきました。

もちろん、今年も実施しました。

今年の取り組みを紹介する市のプレスリリースはこちらです。

(2014年9月11日プレスリリース)

自殺予防関連図書の企画展示を開催中です~テーマは「いのちの大切さを考える」~

市立中央・北・南図書館では、自殺予防週間(9月10日(水曜日)~9月16日(火曜日))に合わせて、関連図書などの企画展示を開催しています。

横須賀市では、年間約80~100人の大切な命が自殺によって失われています。

自殺の多くは、「追い込まれた末の死」です。

大切な「いのち」を自殺で失わないためには、自殺や精神疾患についての正しい知識を持ち、これらに対する偏見をなくしていくことが必要です。

命の大切さや自殺の危険を示すサイン、また危険に気づいたときの対処方法などについて、市民の皆さんの理解の促進を図ります。

  1. 展示期間
    9月9日(火曜日)~9月24日(水曜日)(南図書館は12日~)
  2. 展示場所
    • 中央図書館 1階カウンター横
    • 北図書館 2階フロア
    • 南図書館 1階入口正面
  3. 展示内容
    • 中央図書館
       「つなげよう 大切な命 いのちの大切さを考える100冊」
    • 北図書館
       「ねぇ、聴いて!大切ないのちの声を!いのちの大切さを考える100冊」
    • 南図書館
       「生きる・支える・考える いのちの大切さを考える50冊」

*9月10日の世界自殺予防デーに因んで、内閣府が毎年9月10日からの一週間を自殺予防週間として設定しています。

その様子を神奈川新聞が報じてくれました。

2014年9月20日・神奈川新聞記事より

2014年9月20日・神奈川新聞記事より


神奈川新聞社が記事にして広く社会に知らせて下さったこと、本当に感謝しています。ありがとうございます!



新聞には載らなかった感動がたくさんありました

けれども、新聞には文字数の制限があります。

記事には書ききれないことがたくさんあります。

そして実は、市民のみなさまにもっともっとたくさんお伝えしたいことがフジノのこころの中にはあふれています。

この政策の提案者として6年間見守り続けてきたのですが、特に今年は、胸いっぱいの感動をもらいました。

それをお伝えしたいと思います。



過去5年間、自殺対策特設コーナーは「2階のすみっこ」でした

この取り組みをフジノが提案したのは、今から6年前(2008年8月)のことです。

市議会の常任委員会でフジノが提案して、当時の図書館長が「来年は実施したい」と答弁してくれました。

それから1年間、館長はじめ司書のみなさんがいろいろな議論を重ねて検討しました。

その結果、開催が実現したのですが…。

中央図書館2階

中央図書館2階


2009年の第1回特設コーナーが設置されたのは、図書館の中でも目立たない、2階のはじっこでした。

2009年の自殺予防関連図書コーナー

2009年の自殺予防関連図書コーナー


それは、館長はじめ図書館スタッフのみなさんが話しあった結果でしたから、フジノはその判断を尊重してきました。

ただ、やっぱり僕のこころの中では「違う!」という想いが強くありました。

「人目を忍んで行くような端っこに自殺対策特設コーナーに位置していることは、間違ったメッセージになる」

と考えてきました。

でも、設置場所は、2010年、2011年、2012年、2013年と回を重ねても変わりませんでした。

それがフジノには残念でたまりませんでした。



変更された場所はなんと!中央図書館のメイン=1階入口の真正面の棚

けれども今年、設置場所が変わったのです!

この場所こそ、自殺対策特設コーナーの在るべき場所だとフジノは信じてきました

この場所こそ、自殺対策特設コーナーの在るべき場所だとフジノは信じてきました


しかも、中央図書館のメインである最も多くの人が立ち寄るコーナーである1階入口の真正面の棚に!

毎週木曜日に新刊が入荷する中央図書館好きにとっては入館すると必ず最初に足を運ぶコーナー

毎週木曜日に新刊が入荷する中央図書館好きにとっては入館すると必ず最初に足を運ぶコーナー


フジノは中央図書館が大好きで、それが理由で、そばに引っ越したくらいです。

中央図書館に通ったことがある人間ならば、誰もが認めるメインの棚は、ここです。

6年間、2階のひっそりとした場所で開催してきました。それがついに1階の中心で開催!

6年間、2階のひっそりとした場所で開催してきました。それがついに1階の中心で開催!


嬉しかったです。

さすが司書のみなさん、選書がじんわりとナイスだ

さすが司書のみなさん、選書がじんわりとナイスだ


もちろんフジノは、すぐに司書の方に理由をお尋ねしました。

「自殺対策特設コーナーも6年間の中で定着してきて、自殺予防週間には毎年こうしてコーナーがあることが受け入れられてきた」

「図書館では『問題解決コーナー』という取り組みを実施してきて、そのコーナーは1階入口の真正面の棚で実施している。だから、今年は、自殺対策特設コーナーもそこでやるべきだと判断した」

やっぱり、内部でもずっと「どこに設置するか」を議論し続けてくれていたのです。

僕は、本当に嬉しかったです。

特設コーナーの期間が終わっても、図書館でいつでも読めますからね

特設コーナーの期間が終わっても、図書館でいつでも読めますからね


中央図書館の自殺対策特設コーナーにて

中央図書館の自殺対策特設コーナーにて


6年間、じっくりと取り組んできてくれた歴代の館長・選書を担当して下さった司書のみなさん・スタッフのみなさんに改めて感謝しています。

本当にありがとうございます。



本には、人生をあなたよりも先に生きてきた人たちの経験や想いがこめられています

この取り組みを提案した6年前と同じ気持ちのままなので、かつて書いた言葉をもう1回、記したいと思います。

こうした特設コーナーの本が、今この瞬間に自殺へと追い込まれている方々のいのちを直接に救える訳ではありません。

精神安定剤をのんだり、睡眠薬をのんだり、カウンセリングを受けることの方が短期的には意味があるかもしれません。

でも、フジノは信じているのです。

本の持っている力を。

本には、僕たちよりも先に人生(というかくも苦痛に満ちた日々)を生きてきた人々の、想いや体験が記されています。

そこには、何かしら大きな力が込められていて、もしかしたら苦しみに満ちた今日を「とりあえず生きてみよう」と思わせてくれるかもしれない。そんなフレーズに出会うかもしれない。

そして、生きていくことに意味なんて何も無いと感じる僕ですが、それならば自分自身で新しい意味をつくってみようと感じることがあるかもしれないのです。

以上です!

今日で中央図書館の自殺対策特設コーナーは終了しましたが、選書された本はいつでも読めますからね。

ぜひ図書館にいらしてみてくださいね。



日本社会事業大学でゲスト講師を務めました。タイトルは「自殺総合対策の実現における社会福祉専門職の必要性について」です/1年生の必修科目「相談援助の基盤と専門職」

日本社会事業大学で1年生向けに講義を行ないました

今日は、東京・清瀬にある日本社会事業大学へ向かいました。

1年生の授業を1コマ90分間、フジノが講師を勤める為です。
 
必修科目『相談援助の基盤と専門職』という授業です。

日本社会事業大学にて

日本社会事業大学の正門そばにて


フジノは、特別な場合を除いて、2010年1月から講演などの依頼を頂いても全てお断りしてきました。

でも今回は、まさに特別なケースでした。

2つの理由から、フジノ自身も「ぜひお受けしたい」と感じたのです。

1つ目の理由は、内田宏明先生から数年ごしのラブコールを頂いたことです。

いつだったか思い出せないくらいずうっと前に、内田先生から「いつか講師をやってほしい」と連絡を頂きました。

さらに今年のはじめになって、改めて再びお話を頂きました。

「ぜひ学生たちに話をしてほしい」という内田先生のご依頼は、フジノにとってものすごくうれしかったです。



社会福祉を学ぶ18才と語りあう大切な機会

2つ目の理由は、依頼された講義が『1年生の必修科目』であったことです。

社会福祉を学ぶ為に入学したばかりの18才のみなさまに向けて、お話できる機会を頂けることにとても大きな魅力を感じました。

現在38才のフジノは、まさに20年前に心理学専攻に飛び込んで、精神保健医療福祉の世界と学問的に向き合うようになりました。

あの頃のフジノは、精神保健医療福祉の全てを吸収したくて朝から真夜中まで1日中、必死に勉強をしていました。

『統合失調症』という病気があまりにも未解明なことに絶望することもたくさんありましたが

世界中の研究者によるあらゆる研究・実践が進められていることを知って、かすかな希望が見えたのもこの頃でした。

今、18才で社会福祉を学び始めた学生のみなさんは、20年前のフジノと重なって見えました。

僕は、「僕の想いを率直に伝えてみたい」と感じましたし、「18才のみなさんの想いを率直に受け止めてみたい」と感じました。

こうして、講義を引き受けてから数ヶ月の間、今日のこの日をこころから楽しみにしてきました。

先月からずっと体調を崩していて、今も心身ともに全くダメなままなので、今日も清瀬まで行けるかとても不安でした。

それでも、今日さえ終わればしばらく倒れてもいいくらいの気持ちで、ゆっくり4時間かけて休み休み清瀬へと向かいました。

日本社会事業大学のキャンパス

日本社会事業大学のキャンパス


講義の45分前に無事に到着することができて、内田先生の研究室でいろいろなお話をさせていただきました。



内田宏明先生と内田ゼミの学生さんとの対話

内田先生のこれまでの臨床経験、大学での教師としての日々、現在の社会福祉の置かれている状況についてのお考えなど、お話には、とても共感することが多くて、すっかり内田先生の人柄に惹かれてしまいました。

研究室では、数日後に行なわれる卒業論文の『中間発表』に向けて、ゼミ生たちが冊子づくりの作業を行なっていました。

内田先生が席を外した時にフジノはゼミ生のみなさんに質問してみました。

「内田先生ってみなさんにとってどんな先生ですか?」

すると、返ってくる言葉は、とても良い評価ばかり。

内田ゼミの学生さんたち

内田ゼミの学生さんたち


何よりも「温かくて、厳しいけれど、温かい先生」というゼミ生の言葉はフジノも同感でした。内田先生って、本当に良い先生ですよね!



250人の学生を前に大教室での講義にチャレンジ

さて、ついに大教室へ移動です。

緊張感はほとんどありませんでした。

ラッキーなことに、フジノは日本社会事業大学になじみがあります。

精神保健福祉士(PSW)の国家試験の受験資格を得る為に、日本社会事業大学の通信教育科で『精神保健福祉士養成課程』を1年7ヶ月受講しました。

2004~2005年と2年続けて夏のスクーリングで2週間ほどここに通って授業を受けました。

他にも、いろいろな学会の会場として使われているので何度も足を運んだことがあります。

NPO地域精神保健福祉機構(略称・コンボ)でも『リカバリー全国フォーラム』でも第1回大会の会場としてお借りしました。

だから、場所(教室)そのものにも慣れていたのですが、教員用のドアを開けて教室に入ると、学生さんの数に圧倒されました。

1年生の必修科目なので学生さんたちは約250人です!

これはさすがに多いですね。

教室の、真ん中のブロック。あと左右のブロックがあります

教室の、真ん中のブロック。あと左右のブロックがあります


90分間を3つのテーマに分けて、講義を行ないました。

『自殺総合対策の実現における社会福祉専門職の必要性について』

  1. 20年前に18才だった僕が自殺対策に取り組む政治家になるまで
  2. いま18才のみなさん(20年前の僕)に知ってほしいこと

    (1)自殺についての正しい知識
    (2)プリベンション・インターベンション・ポストベンション
    (3)あらゆる対策の存在
    (4)特に『自殺未遂者支援』『自死遺族支援』の必要性について
    (5)どの取り組みにおいても社会福祉専門職が必要であることの理由
    (6)現在の国の動向について、医療サイドの巻き返し
    (7)自殺予防ロールプレイングを通した、寄り添うことの難しさの体験

  3. 質疑応答

はじめのうちは、授業中なのに教室への出入りがあったり、隣同士で私語を続けている学生さんたちもいましたが

5分も経つ頃には教室中がシーンとして、フジノの話に耳を傾けてくれていました。

フジノが18才だった頃から20年もの月日が過ぎたとはいえ、あの頃の気持ちを僕自身が忘れることはありません。

みなさん、フジノの言葉に自らの現在を重ねて聴いて下さったのではないか、と思いました。

階段上になっている教室を、上から観た様子

階段上になっている教室を、上から観た様子


さらに、2つめのテーマの最後には、10分間をとって、『自殺予防ロールプレイング』という体験学習を行なってもらいました。

これは、かつて藤原和博校長先生が杉並区立和田中学校で『よのなか科』のプログラムの中で行なっていたものです。

2人1組になって、

1人が「今、まさに自殺をしようとしている人の役」をもう1人は「親友としてなんとかして自殺を止めたい人の役」を全力でロールプレイしてもらいました。

5分間経ったら、役割を交代してもう1回です。

はじめこそ照れ笑いが混ざりながらの対話でしたが、やがて、とても真剣に対話に取り組んでいる学生さんの姿が多くなりました。

このロールプレイに正解はありません。

今の内閣府の自殺対策があまりにも『誰でもがゲートキーパーになれる』ということを強く打ち出し過ぎていることにフジノは疑問を感じています。

人が他人に寄り添うことは本当に難しいことです。

それは親しければ親しいほど難しいことです。

社会福祉専門職として人に寄り添うことを使命とする職業に就けば、嫌というほどそれを体験することになる訳なのですが

(そして、その無力さを痛感しつつも寄り添うことを続けるのが本当のゲートキーパーであり、社会福祉専門職だとフジノは信じています)

1年生のみなさんに寄り添うことの難しさを感じてほしくてあえてこのロールプレイを体験していただきました。

ロールプレイングの合間に、教壇からフジノ

ロールプレイングの合間に、教壇からフジノ

講義の最後に質疑応答をしました。

わずか10分しか時間が取れなかったのですが、3人の学生さんから発言を頂きました。

特に惹かれたのは、次の質問でした。

「彼女が自殺によって亡くなった後と前とではフジノさんの死生観は変わりましたか?」

明らかに、フジノの死生観は変わりました。

いつまでもそこに存在し続けてくれると思いこんでいた命は実は、いつ失われてもしまってもおかしくない。

ついさっきまで当たり前に存在していたはずなのに、もはやどんなに会いたくても話したくてもそれが叶わなくなる。

どんなに大切な相手であっても、失われて永遠に戻らなくなる。

そして、それは誰にでも起こる。もちろん、自分にも。

こうした圧倒的な喪失感は、フジノの世界観を完全に覆しました。

それは、3.11を経た今の日本であれば、多くの方々が同じ想いを共有しているのではないかと思います。

だから、目の前のものはどんなに努力をしたとしてもいつか必ず圧倒的な力の前に失われてしまうのだ、という絶望的な確信と

だけど、目の前の大切なものを全身全霊を賭けて守ろうとそれでもなお必死にあがきもがき続けずにはいられない衝動との間を

いつも行ったり来たりしながら歩みをつづけてんでいる、そんな気持ちが続いています。

内田先生とフジノ

内田先生とフジノ


こうして、90分間の講義は終わりました。

学生のみなさんの多くはとても快活で元気にあふれていましたが、中には、壊れやすい脆さというか、とても繊細さを感じさせる方もいました。

それは自らがうつ病とパニック障がいを持つフジノにとって、ちょっとうれしい発見でした。

さて、それから再び内田先生の研究室に戻っていろいろ意見交換をさせていただきました。

講師を勤めさせていただいたことは、やはりものすごく貴重な機会となりました。

内田先生には、こんな大切な機会を与えていただいたことに改めて深く感謝の気持ちを感じました。ありがとうございます。

ジュンスカファンならばみんな大好きな『ひばりヶ丘駅』にて

ジュンスカファンならばみんな大好きな『ひばりヶ丘駅』にて


帰宅後も、学生さんたちから何通もメールをいただきました。本当にありがたいことです。

まだ、全てのメールに対してお返事を書ききれていないのですが、みなさんの考えていること・感じておられることはとても大切なことだと強く感じています。

やがて社会福祉士・精神保健福祉士などの福祉職として、いろいろな困難を抱えている方々の支援にみなさんは取り組むことと思います。

どうか今の気持ちをずっと大切にこのまま歩み続けてほしいな、と僕は思いました。



みなさん、本当にありがとうございました!

内田先生、今日は貴重な機会をありがとうございました。

そして学生の皆さん、フジノの拙い話を聴いて下さって、本当にありがとうございました。

またいつかお会いしましょうね。

できれば将来、臨床の現場でみなさんと再会できますように!



渋井哲也さん著「自殺を防ぐためのいくつかの手がかり」出版!/フジノの活動も紹介されています

渋井哲也さん『自殺を防ぐためのいくつかの手がかり』が出版されます

現代の自傷・自殺について1980年代後半から報道しつづけてきた渋井哲也さん(ジャーナリスト)。

その渋井さんの最新作が、ついに来週、出版されます。

『自殺を防ぐためのいくつかの手がかり~未遂者の声と、対策の現場から~』
(河出書房出版社、11月9日発売)

こちらです。

20101103cover

実は、この本の『第6章・地域で取り組む自殺対策』にフジノの活動がとりあげられています。

今年、渋井さんに取材をしていただいていました。
 
それがついに出版されたのですね。

目次より

目次より


今年3月15日に汐入駅前でおこなった『自殺対策強化月間』の街頭キャンペーンの様子から始まって

フジノのこれまでの取り組みや様々な想い、横須賀市の様々な対策や政府の施策に対する意見など、7ページにわたって報じてくれました。

「神奈川県横須賀市・藤野議員の活動」という記事

「神奈川県横須賀市・藤野議員の活動」という記事


こうした単行本でフジノの活動がとりあげられたのは2回目です。
 
新聞や雑誌では何度もとりあげてもらってきましたが、今回は、特別でした。

大きな感慨をもって、この本を読みました。

その理由は、著者である渋井哲也さんです。
 
フジノは、特別な思い入れがあります。

8年前、フジノが自殺対策に取り組み始めた本当に初期の頃には、自殺・自殺未遂・自傷について信頼できる内容の本がほとんどありませんでした。

(研究者による論文と翻訳書はのぞきます)

フジノが日本の自殺対策に関わる方の中で最も尊敬している高橋祥友先生(防衛医科大学教授)の著作をのぞけば

ほとんどの本が、科学的根拠にもとづかない昔ながらの偏見をひきづった内容ばかりでした。

倫理観や宗教観をふりかざすような、うんざりさせられるような本もたくさんありました。

そんな中、フジノが深く共感したのが2人のライター/ジャーナリストでした。

ロブ@大月さんと渋井哲也さんです。

きれいごとやオブラートにつづんだ遠回しの表現なんかではなく、お2人の文章ではリアルな現実が切り取られていました。

単にすさまじい数の方々に取材を重ねたからではなく、現実の中に身をうずめなければ決して描くことができないものだと感じました。

フジノは、何年ものあいだ、オーバードーズやリストカットの実際の姿を目の当たりにしてきました。

そして、自死によって大切な人を失ったばかりでした。

だから、本当に意味のある情報や知識が必要だった僕にとって、たくさん読みあさった本のほとんどがリアルでない唾棄すべきニセモノに感じられてうんざりでした。

そんな中、お2人の本を読み進めることは何度も僕にフラッシュバックを引き起こすことになりましたが(苦しかったです)

切実に求めていた本当に意味のある情報や知識が記されていました。

こうして、ロブさん&渋井さんの本は、何度も読み返してきたのです。

ロブ@大月さんとは、2005年2月に運良く直接お会いすることができました。

一方の渋井さんとは、お会いしたかったにも関わらず、昨年までずっと機会が無かったのですね。

2009年12月に自殺予防総合対策センターが開催した『困窮者問題への対応についての勉強会』に参加した時、

フジノが会場からツイッターでつぶやいたら、「同じ会場に居る」という方からリプライ(返事)をいただいたのですが、それがなんと渋井哲也さんだったのです。

(こんな出会いを与えてくれたツイッターには本当に感謝です)

それから、とんとん拍子に取材までしていただいて、こうして新しく出版された著作にまさか自分が載せていただけるなんて

人生というのは何が起こるかつくづく分からないものだと、痛感しました。

読み終えた感想は

「こんな風に書いてもらったのは、初めてだ」

というものです。

読んでもらった友達も同じ感想でした。

これまでいろいろなメディアでとりあげていただいて、その全てに深く感謝をしていますが

フジノは決して『悲劇のヒーロー』ではありませんし、メディアによって美化して描かれた自分と現実の自分にギャップを感じて苦しんだことも何度もありました。

でも、渋井さんが取材者だったこともあって、ふだんは言わないようなこともフジノは率直にお話ししました。

そして、この本の中のフジノは、かつて渋井さんの著作を読んで感じたとおりの等身大のリアルなフジノだったです。

2011年11月3日、反貧困世直し大集会@明治公園にて

2011年11月3日、反貧困世直し大集会@明治公園にて


渋井さん、本当にありがとうございました!

どうかみなさまも機会がありましたら、この本を読んでみて下さいね。

来週発売です。

鎌田慧さんから取材を受けました/週刊金曜日

鎌田慧さんから取材を受けました/週刊金曜日

今日、あの鎌田慧さんから取材を受けました。

ジャーナリスト・ルポライターとして広く知られているあの鎌田慧さんです。

雑誌『週刊金曜日』から取材依頼の電話を受けた時、編集部の方から「鎌田慧さん本人が横須賀に取材に行きます」とうかがいました。

僕は長年尊敬してきた方とお会いできることへの喜びと同時に、過去の自分自身の想いをはじめ、いろいろなことが思い出されました。

思い返したいろいろなこと

大学卒業を前に就職活動を行なっていた頃、新聞記者になることが、フジノの第1志望でした。

その理由はすでに過去の活動日記に書いたとおりですが、そもそも高校時代の恋人が統合失調症(旧・精神分裂病)を発症してしまったことが原因で僕は大学での専攻を心理学に決めました。

しかし、大学時代に痛感していたことなのですが、いくら東京やアメリカで最新の事例を見ても学んでも横須賀のような片田舎にはそんな進んだものは全く入ってきません。

恋人を守る為にも、日本全国の精神保健福祉が変わらなければ、とうてい横須賀の状況も変わるはずがないと考えてきました(それは今も全く同じ気持ちです)。

大学時代に複数のメンタルクリニックで無給研修生として働かせていただきましたが

しょせん大卒の青二才(=僕)が現場で働いていくだけでは精神保健福祉業界全体に変化をもたらすことはとうてい不可能で、

福祉の現場で働いて力をつけて発言力が持てるようになるにはきっと30年はかかるだろう、と当時の僕は思いました。

当時22才の僕にとって、50代半ばになってからやっと発言できるようでは遅すぎる、と思いました。

目指している目的の実現にはあまりにも時間がかかりすぎて「それでは僕の望むスピードではない、まにあわない」と感じていました。

何と言っても、僕は目の前の恋人を守る為にも「今すぐ」に精神保健福祉の現実を変えたかったのです。

この国のあまりにも立ち遅れた精神保健福祉を一刻も早く改善したい僕にとって、30年先では遅すぎたのです。

もともと僕の性格は目指している『目的』が実現できるならば、それを実現する為の『手段』は何でもかまわないというものです。

そこでいろいろ悩んだ末に、「マスメディアで働くことができたならばもっと早くそれが実現できるだろう、少なくとも15年くらい努力し続ければ何とか社会的影響力のある発言が可能になるかもしれない」との結論に至りました。

マスメディアで働く中で少しずつ取材対象を福祉へとシフトして日本の福祉があまりにも弱すぎるひどい現実を世間に広く知らしめて、海外の福祉の最新の事例をどんどん紹介することで

政治・行政にしっかりと改善をするように求めていく、メディアの力で訴えていく方が早いのではないかと考えたのです。

また、新聞・雑誌・本・テレビ・ラジオなど様々なメディアが存在する中で、当時の僕が最も有効だと考えたメディアは、『ルポルタージュ』でした。

もともと本を読むのが好きでしたから、いろいろな『ルポルタージュ(以下、ルポと略)』を読んでいました。

当時読んでいた『ルポ』をふりかえると

竹中労さん、本多勝一さん、鎌田慧さん、大熊一夫さん、本田靖春さん、柳田邦男さん、沢木耕太郎さん、

などの名前が思い浮かびます。

やがて就職活動に2年間もかけて、ことごとく新聞社の入社試験に落ち続けた末に僕は

精神保健福祉の改革という目的もジャーナリズムの世界に入るという手段も捨ててしまいました。

家でも学校でも仕事でも精神保健福祉と向き合うのではなく、その日その日を、その場その場を何とか笑顔で生きられればそれで良いのではないか、と気持ちを切りかえました。

そして生活の為に、就職が決まっていた映画会社に入社して、華やかで楽しくて夢がつまっている映画の世界へ飛び込みました。

それでも結局は恋人のいのちを失なってしまって、自分の浅はかさを悔やみながら、もとの目的へと戻ってきたのです。

ジャーナリズムという手段でも遅すぎるという想いから、今では目的実現の為の手段は、政治に切りかえました。

そして今、こうして政治家として現実と闘っているのです。

当時も今も変わらない想いについて

もはやジャーナリズムの世界とは縁が切れた今でも、現実世界をより良いものへと変えていこうとするジャーナリスト・ルポライターの方々への僕の尊敬の念は変わりません。

特に、取材対象の中に自ら飛び込んでいって、取材対象と一体化しながら現実世界の矛盾や問題点を描き出す素晴らしいルポをたくさん書いてこられた鎌田慧さんは、僕にとって特別な存在でした。

それは僕にとって過去形ではなく、今もそのお名前をうかがうと、熱い気持ちが蘇ります。

神様とまでは言いませんが、鎌田慧さんの存在はあまりにも大きな存在です。

大学卒業から約12年ほどを経て、まさか自分が尊敬する鎌田さんから取材していただけるとは、衝撃でした。

取材以来の電話をもらった夜は、かつて一緒にジャーナリズムの世界をめざした友達や、実際に今は新聞社で働いている友達らに、興奮しながら報告の電話をしてしまいました。

取材内容はあくまでも衆議院選挙の神奈川11区の情勢についてであって、

フジノにとって大切な意味を持つ精神保健福祉のことでもなければ、人生を賭けたテーマである自殺対策のことでもありません。

ふだん政治家としてフジノは、政策以外の取材は受けません。
 
特に、時事的なことがらの取材はお断りしてきました。

時事的な情報は単なる『商品』として『消費』されて『終わり』だからです。

特に、テレビの取材の多くは百害あって一利なしですから、大切な政策テーマ以外では、お断りしてきました。

でも、僕にとって鎌田慧さんは特別な存在です。
 
今日は、喜んでお会いしていただきました。

編集部からの電話では「20分ほどお話をうかがえれば...」と依頼をされたのですが

鎌田さんと実際にお会いしていただいて、この横須賀というまちの現実をお話ししていくうちにとても対話がもりあがって、

最終的には1時間40分も過ぎてしまいました。

それも同行しておられた編集部の方に

「鎌田さん、そろそろ次の取材に行かないと...」

と急かされて終了した1時間40分で、
 
あくまでも鎌田さんは

「必ずまた会おう」

と、おっしゃってくださったのでした。

MrKamata

政治家フジノという公的な存在としても、藤野英明という私的な存在としても

鎌田慧さんをこころから尊敬しているということをお伝えして、取材を終わりました。

もしも鎌田さんとの再会がありうるならば、次回は神奈川11区の選挙事情なんかじゃなくて

精神保健福祉の現状や改革の方向性や、この国の自殺の実態やこの国の変わるべき姿についてなどを語り合うことができたら、本望だと思いました。

人生とは、不思議でたまりません。

ルポライター/ジャーナリストを目指した21才の当時には、まさか35才になって自分が鎌田慧さんに取材をされるようになるなんてとても想像ができませんでした。

生きていくということは、一体何なのだろう。
 
本当に分からない。

でも、だから生きていくのかもしれない。

後日談

この取材をもとに執筆された内容はこちらをご覧下さい。

横須賀で初めての『自死遺族の支えあいの会』が行なわれました/フジノの提案、実現しました

『自死遺族の支えあいの会』が行なわれました

ついに今日、横須賀市で初めての『自死遺族の支えあいの会』が行なわれました。

広報よこすかお知らせ版・2007年11月25日号での告知記事

広報よこすかお知らせ版・2007年11月25日号での告知記事


僕も政治家としてではなく、ひとりの個人として参加させていただきました。

内容は一切書くことはできませんし、その必要も無いと思いますが、

この取り組みが行なわれたことを「素晴らしい一歩だ」と感じています。



今後は2ヶ月おきに開催します

次回の支えあいの会は、来年2008年2月4日10:00〜12:00です。

今後、2ヶ月おきを目安に開催していく予定とのことです。

すでに昨日の民生常任委員会でのフジノの質問に対して、健康福祉部長からの答弁として

「継続は力なりではないが、継続して行なっていきたい」

と、わかちあいの場を開催し続けていくことが明確に言及されました。



ご遺族が参加しづらいお気持ちなのは、当たり前ですししかたがないことです

ご遺族にとって、この場に参加するのはなかなか難しいことだと思います。

僕自身、参加してよいものかどうなのかを昨日ぎりぎりまで悩みました。

(政治家という肩書きはわかちあいの場にはとても邪魔で、果たして1人の個人として参加することが可能か悩んだのです)

そして、けさ8時頃、本気で行くことを決心したのですが、バイクに乗って会場へ向かいながらも前向きな気持ちにはなれませんでした。

何を話せばいい?
 
何も話したくない。

でも、この場でしか話すことができないことがある。

でも行きたくない。

どうしよう...。

こんな風にくるくると気持ちが変わって、到着してもまだ迷っていました。

だから、もしもあなたがご遺族の方で次回の会に参加しようとはなかなか思うことが難しくても決して気に病むことではありません。

僕のように、すでに新聞にインタビューがでかく載っていても、それでも話したくない気持ちがいっぱいなのです。



それでもフジノは『自死遺族』のあなたに来てほしいと願っています

けれども「やっぱり遺族にしかわかりあえないことが確実にある」と感じたのも事実です。

今日は「行って良かった」と感じました。

もちろん、話をすることでのダメージはあります。

でも、何も話すことができないままの暮らしの中での『慢性的なダメージ』の方が大きいです。

だから、これからも2ヶ月ごとに行なわれる予定の『自死遺族の支えあいの会』に、「いつかあなたが来ていただけたら」と僕はこころから願っています。

人は、ある会に1度参加したくらいでは『癒される』とか『前向きになる』だとか、そういう急激な変化は決してありません。

でも、ただ1人きりで毎日こころを押し隠しながら生きる暮らしの中では言えないことを、語ることができる場は必要です。

1度だけ試しで参加する、もしかしたら2度と参加しないかもしれない、そんな参加のしかたも全く問題ないと思います。

どうか、いつかあなたにも来ていただけたらと僕は願っています。



国は今すぐ自殺予防対策を実行してくれ!/参議院議員会館で尾辻厚生労働大臣に直談判

国は今すぐ自殺予防対策を実行してくれ!

行ってきました、参議院議員会館。

今日は、『NPO自殺対策支援センターライフリンク』が参議院議員会館第1会議室で『フォーラム』を開きました。

雨の参議院議員会館

雨の参議院議員会館


雨のせいで参加される一般の方の数は減るかと思いましたが、全くそんなことはありませんでした。

会場は100人を超える人々で、すさまじい熱気でした。

報道陣も壁一面にびっしり。

当初、僕らNPOのメンバーも座席に座れるかと思ったら、全くそんな余裕はありませんでした。

フジノはスーツのしたで汗が両手両足をつたるのを感じました。それぐらい熱気に満ちていました。

尾辻秀久厚生労働大臣をはじめ、山本孝史議員、ツルネン=マルテイ議員、その他にも何人もの国会議員の方々がフォーラムに来てくれました。

今回の目的は、特に国会議員の方々に対して

「国は自殺予防対策を早く実行してほしい」

と伝えたのです。

すでに2002年12月に『自殺予防にむけての提言』という報告が厚生労働省の自殺防止対策有識者懇談会によって発表されています。

それからもう1年半が過ぎました。

けれども、自死による犠牲者の数は、いっこうに減りません。

結局、厚生労働省はペーパーだけ作って、実効性のある対策を実行してこなかったのではないか。

やるべきことは分かっている。

だからやるべきことを早くやってほしい。

そう、伝えたのです。

厚生労働大臣に自死遺族の声が届けられました

16時から1時間の予定でしたが終わってみれば、17時半。

プログラムの第一部『体験談』の中で、南部節子さん(「自殺予防につながるなら」と実名も明かして体験談を語られました)のお話の際には、会場全体が同じ痛みに包まれました。

フジノも泣けてしかたがなかったです。
 
そして第二部の緊急提言がなされた後に、尾辻厚生労働大臣に発言をお願いしました。

「関係省庁と連絡をとりながら取り組みを進めたい」

との主旨の発言をされました。

発言された尾辻厚生労働大臣

発言された尾辻厚生労働大臣


その時、僕たちの代表である清水さんがキレました。
 
いや、むしろ冷静だったからこそ、厚生労働大臣の発言に納得がいかなかったのでしょう。

やるべきことはもう分かっている!
 
だから国は今すぐやるべきことをやってほしい!

そう、代表が伝えました。
 
その想いは僕たちの誰もが共感していました。

さらに、自殺総合対策の実現に向けて、5つの提言をしました(こちらです)。

20050530document

永田町からの帰り道、僕はいろいろなことを考えていました。

大臣である尾辻さんは、きっと悪い人では無いのだろう。

発言自体も決して間違ったことは言ってはいなかったと思う。

大臣がコロコロ変わってしまうようなそんな仕組みだから、いつまでも同じ問題が解決されず、ずるずると続いていってしまうのだ。

ごくまれに、例えば薬害エイズ問題の時に菅直人さんが厚生大臣として強力な指揮権を発揮したり、そういうことはむしろ珍しいのだろう。

自殺予防対策は、国なんかよりも地方自治体の方が全然進んでいるとつくづく思う。

秋田県を始めとする東北地方は、自殺率の高さを改善しようと必死にがんばっている。

国の意識は本当に低い。

 
僕は絶望なんて今さらこの国に対してしない。
 
けれども、この国はもっと変わらなければいけない。

今日も約100人もの方々が、この国では自殺によって亡くなっている。

そんな国はおかしい。

けれども、NPOやボランティアで、手弁当で必死に自殺対策に取り組んでいる人々が、全国にたくさんいる。本当にたくさんいてくれる。

僕もその1人だ。

自殺を無くしたくて政治家になった。

そんな民間の無償の行動があるからこそ、まだ救われている命がある。

僕たちは国にだけ「やれ」なんて言わない。

自らが必死に活動しているけれど、民間だけでは限界だから、だからこそ、国に一緒に活動してほしいと訴えているのだ。

その想いがどこまで伝わったろうか...。

尾辻厚生労働大臣は、17時で会場を中座されました。

理由は「首相官邸で会議があるから」とのことでした。

せめてその会議の数分を使って、今日のこのフォーラムについて閣僚の人々と総合的な自殺対策について語り合ってくれていることを願います。

明日は、一般質問。

フジノは横須賀市議として、自殺予防対策の為にできることをやります。

あきらめてなんかいられない。