逆境に打ち勝った逗子高校吹奏楽部の歴代メンバー、ずっと支え続けたOB・OGや保護者の方々、みなさんを誇りに感じます/逗子高校吹奏楽部の定期演奏会へ

今年も「逗子高校吹奏楽部の定期演奏会」に行ってきました

お昼から、逗子高校吹奏楽部の定期演奏会に行ってきました。

700名もの来場があり、今回も大成功でした。

第53回逗子高校吹奏楽部定期演奏会へ

第53回逗子高校吹奏楽部定期演奏会へ


フジノはどんなことがあっても(例えば自分の選挙期間中であっても)、逗子高校吹奏楽部の演奏会には必ず足を運ぶことにしています。

今日は毎年参加している『横須賀ひとり親サポーターズひまわり』のクリスマス会と重なってしまい、とても悩んだのですが、やはり定期演奏会を選びました。

政治家として、人として、ずっと見守っていくと約束したからです。

約束に、終わりはありません。僕が生きている限りは、ずっと見守っていくつもりです。

もう現役生たちは誰も知らないことですが、かつて逗子高校吹奏楽部はピンチに見舞われたことがありました。

2008年のことです。今の素晴らしい逗子高校吹奏楽部を築き上げた、顧問のA先生が異動によって他校に赴任することになったのです。

逗子高校吹奏楽部の素晴らしさは、単に演奏能力の高さだけではありません。

吹奏楽に親しんでもらう為に、三浦半島全域の小中学校の児童生徒たちと一緒に練習をしてあげたり、

社会貢献活動として、ご高齢の方々の施設に演奏に出張したり、東日本大震災で被災した方々の支援など様々な災害への募金やボランティア活動をしたり(その功績が認められて文部科学大臣賞を受賞しています)、

開演前のロビーの様子。今回も募金活動が積極的に行なわれていました

開演前のロビーの様子。今回も募金活動が積極的に行なわれていました


コンクールで常に上位に入賞する実力(県大会出場は当たり前。銀・銅では「残念な結果」と自ら言い切る!)を持ちながらも、演奏の練習以外にもとても多くの時間を費やしています。

ただ単に全国大会で優勝する為ならば、そんな演奏以外のあらゆる活動は時間のロスでしかないでしょう。

けれども、A先生の強い想いのもと、伝統的に歴代の逗子高校吹奏楽部は常にそうした様々な取り組みに励んできました。

こうした礎をつくりあげたA先生の異動は、当時の生徒たちやOB・OGには耐え難いことでした。

異動の撤回を求める署名や運動がすぐに起こりました。

もともと逗子高校吹奏楽部の演奏やショークワイアの素晴らしさに惹かれていたフジノは、その時、学生たちから助けを求められました。

けれどもフジノは期待に反して、あえて厳しい言葉をかけました。

大人の世界では人事異動は当たり前のことであって、それを撤回すれば、人事制度が根幹から崩れてしまう。

素晴らしい指導者を失ったとしても、決してくじけずにこれからも今のレベルを守り高めていくことで、A先生に恩返しをすべきだ、と。

政治家フジノに人事異動の撤回を求めて集まったたくさんの高校生たちやOG・OGからは、怒りの言葉や厳しい視線が投げつけられました。

それでもフジノは最後まで人事異動の撤回を認めることはできませんでした。

そのかわり、絶対に逗子高校吹奏楽部のことをずっと見守っていくと約束したのです。

開演前の様子

開演前の様子

今日の演奏を聴いても、あの時フジノが厳しい言葉をかけたのは正しかったと感じました。

A先生が異動された後、しばらくは大変な時期がありましたが、ここ数年は当時を上回るような勢いもあります。

伝統としてOB・OGや卒業後も保護者の方々が現役の部員たちをとてもバックアップしてくれているのですが、その良き伝統も続いています。

例えば、今年4月の定期演奏会では横須賀芸術劇場が会場でしたが、前売り券でほぼチケットは完売。

当日券を求めて足を運んだフジノは、売り切れで入場することができませんでした(来場者はなんと1600人!)。

当日券完売!フジノは入場できませんでした(涙)

当日券完売!フジノは入場できませんでした(涙)


聴衆からも愛されています。

プログラム

プログラム


実は今日、フジノが会場に入るとすぐに、卒業生の保護者の方が駆け寄ってきてくれました。

「フジノさん、今日はA先生がいらっしゃってるんです!あとでぜひお会いして下さい」

と。

嬉しかったです。

そして、第1部と第2部の合間の休憩時間に、まさにA先生と引き合わせていただけたのでした。

「先生の理念は、今も立派に引き継がれていますよ」

とフジノがお伝えすると

「ずっと見守っていてくれて、ありがとうございます」

とA先生に言われました。

とんでもありません。

素晴らしい伝統を守り続けてきた歴代の現役生たち、そしてOB・OGたち、保護者のみなさん、そのみんなの力が今の発展をもたらしたのだと思います。

フジノはただひたすら見守り続けただけなのです。

A先生との再会に、フジノは率直に感動してしまいました。まだ43才なのですが、最近はすっかり涙腺が弱くなってしまいました。

その後に始まった第2部・ショークワイア(逗子高校吹奏楽部の名物です!)はとても楽しい演目なのに、何だか泣けてきました。

僕は、市議として、ひとりの人間として、みなさんのことを誇りに感じています。

終演後、会場を後にする人々はみんな幸せそうでした

終演後、会場を後にする人々はみんな幸せそうでした


今回も、3部構成ながらあっという間に時間が過ぎていきました。

高いレベルの演奏だけじゃなく、歌も歌えなければならないし、踊りだってキレキレじゃなくちゃいけない。すごいエンターテイメントぶりに今回も心から楽しませていだきました。

演奏会、僕にとって本当に素敵なクリスマスプレゼントでしたよ。

現役生のみなさん、いつもいつも素晴らしい演奏を聴かせてくれて、ありがとうね。

いつもいつもOB・OGと保護者の方々がかいがいしく現役生のサポートをしている姿をみるにつけても、嬉しくてたまりません。ありがとうございます。

どうかこれからもこの素晴らしき良き伝統を受け継いでいって下さい。

僕はずっと見守り続けています。



次回の定期演奏会のおしらせ

次回の逗子高校吹奏楽部定期演奏会は、来年5月13日(日)です。

会場は横須賀芸術劇場、入場料は500円です。

ご関心のある方はぜひお越しくださいね。



こどもたちの健やかな暮らしの場を10年間も続けてくれてありがとうございます/浦郷学童クラブ10周年記念式典へ

浦郷学童クラブ開設10周年記念式典へ

市立総合高校のある久里浜から、大急ぎで追浜の浦郷小学校へ向かいました。

浦郷小学校にて

浦郷小学校にて


今年4月に浦郷小学校の中に移転した『浦郷学童クラブ』が、開設10周年を迎えた記念式典が今日、行なわれたのです。

見学をさせていただいたり一般質問を行なったことなどのご縁もあって、フジノもお招きいただきました。

浦郷学童クラブ 10周年記念式典のお知らせ

拝啓皆棟、益々ご発展のこととお喜び申し上げます。
さて、浦郷学童クラブは本年度、10周年を迎えることができました。

また、かねてからの願いであった浦郷小学校への入所を今年4月から実現でき、気持ち新たに新しい学童での生活を送っております。

つきましては、10周年と新しい学童へのお披露目の機会を兼ねての式典を開催させていただきます。

お招きいただいて、10才の誕生日をみんなでお祝いする大切な場に立ち会わせていただいたこと、フジノは本当に嬉しかったです。

浦郷学童クラブ10周年記念式典プログラムより

浦郷学童クラブ10周年記念式典プログラムより


式典は、体育館を会場にして行われたのですが、大盛況でした。

浦郷学童クラブに通っていた歴代のOB・OGのみなさんたちがお祝いに駆けつけました

浦郷学童クラブに通っていた歴代のOB・OGのみなさんたちがお祝いに駆けつけました


現在利用しているこどもたち・保護者の方々・運営委員・指導員の方々はもちろんのこと、歴代のこどもたち(大人になっています)をはじめ、歴代の保護者の方々、歴代の指導員の方々もいらっしゃいました。

横須賀市学童保育連絡協議会をはじめ、たくさんの来賓もお祝いに駆けつけました

横須賀市学童保育連絡協議会をはじめ、たくさんの来賓もお祝いに駆けつけました


場所そのものは、変わりました。商店街にあった古い建物から、新たに小学校の中へ移転しました。

けれども『浦郷学童クラブ』が、卒業してからも帰ることができる・愛されている場であることが、とてもよく伝わってきました。

来賓あいさつをする井坂しんや議員。御自身のお子さんも学童クラブを利用していらっしゃいます。

来賓あいさつをする井坂しんや議員。御自身のお子さんも学童クラブを利用していらっしゃいます。


来賓あいさつとして、市議会議員もお祝いの言葉を述べる機会をいただきました。

来賓あいさつ、「学童クラブへの公的責任の甘さ」をフジノはお詫びしました

フジノからはお祝いの言葉だけでなく、6月議会の一般質問で取り上げた事柄のうち、今も横須賀市が改善していない事柄についてのお詫びを申し上げました。

横須賀市内の学童クラブの大半が、今までは民間の借家やビルの中で運営してきました。

それを吉田市長は『2期目の方針』として「横須賀市は2017年度までに市内の25学童クラブを小学校の教室へ移転していく」と打ち出しました。

横須賀市の「第2次実施計画」より

横須賀市の「第2次実施計画」より


『浦郷学童クラブ』は、まさにその1例目にあたるモデルケースなのです。

しかし、フジノが指摘したとおり、『こどもたちの生活に必要な最低限度の施設整備』さえ不十分なままです。

『市長の方針』と強く謳っていながら、ただ形だけ「学校に移した」のでは、しわ寄せはこどもたちに来るのです。

学童クラブとは、スペースだけあれば良いのではありません。放課後に『自宅のかわりにこどもたちが暮らす場所』なのです。

6月議会でフジノは、以下のことを指摘しました。

  • 市内の小学校は全ての教室にエアコンが設置されているのに、浦郷学童クラブにはエアコンが設置されていない。夏は暑く、冬は寒い中で、こどもたちの健康は守られるのか。
  • 固定電話が引かれていない。何かがあった時、どうやって連絡をとるのか。すぐ教育委員会が動いて電話事業者と交渉すべき
  • 教室についている『手洗いうがい用の流し』はあるが、『調理をする為の流し(シンク)』が設置されていない。これではおやつ作りにも不衛生でダメ。
  • 玄関にひさしが無い為、雨の日もこどもも保護者も雨に濡れながら傘をたたんで学童クラブの出入りをしている。ひさしを設置するのは当然のはず。
  • 夜間に足元を照らす街灯が無くて、冬の夕方は真っ暗で危ないし、こどもたちは怖い想いをする。最後に帰る指導員の方々も危ない。

今では、固定電話は実現しました。これは市のチカラです。

電話とファックスは固定回線でつながるようになりました。でもまだインターネットは未接続です...

電話とファックスは固定回線でつながるようになりました。でもまだインターネットは未接続です…


しかし、その他については『市は何もせずに放置したまま』もしくは『保護者の負担によって改善された』という状況です。

やっとエアコンがついて、こどもたちの健康も守られるはず

やっとエアコンがついて、こどもたちの健康も守られるはず


エアコンは、7月に設置済み。シンクは、8月に設置済み。

どちらも、保護者のみなさんがお金を出し合って設置しました。

ひさしは、市は何もせずに『放置』です。

街灯も「保護者が迎えに来る時は懐中電灯を使えばいい」と、市は『放置』です。秋も深まり、日が暮れるのはどんどん早くなってきました。

市議会で市長が行なった答弁とは異なり、懐中電灯を使って迎えに来ている保護者の方なんて、実際にはいません。仕事場から急いで学童クラブにこどもを迎えに行くのに、懐中電灯なんて持ってきてないんです。

現場を見てほしいです。

市職員もちゃんと夜に来て、保護者がこどもたちを迎えに来る時間帯に見てほしいです。指導員の方々が帰る最後の時間まで立ち会ってみてほしいのです。

それをやっていないから、市議会で事実とは違う答弁を平気でしてしまう(つまり、ウソの答弁をしたのです)。

だからフジノは「しょせん吉田市長の『学童クラブを学校の中に移す』という方針なんて中途半端でこんなものか」と感じています。

『浦郷学童クラブ』に先頭を切って小学校の中に移転していただくことで、いろいろな課題を見つけて、一緒に悩み、見つけた改善点をひとつずつ実行していく。このモデルケースをもとにして、2017年度までに25学童クラブを学校内に移転させることを成功させるのです。

こうした市の当たり前の責任が果たされていないことを、フジノは来賓あいさつの場で、率直にお詫びいたしました。

来賓挨拶って、明るいことや楽しいことだけ話せれば良いのに、なかなかフジノの場合にはそれができなくて残念です(涙)。

式典の後は、学童クラブへ場所を移して懇親しました

来賓あいさつの後は、楽しい時間です(笑)

これまでの10年間の浦郷学童クラブのすさまじい数の写真をまとめたスライドショーが上映されました。

10年間の歴史を紹介するDVD。涙を流しながらご覧になっておられる方もいらっしゃいました

10年間の歴史を紹介するDVD。涙を流しながらご覧になっておられる方もいらっしゃいました


笑いあり、涙あり、とてもよくできていました。

(編集された方はものすごく大変な手間と時間がかかったことと思います。おつかれさまでした!)

さらに、こどもたちの出し物もありました。

こどもたちの出し物として、縄跳びを見せてくれました。お見事でした!

こどもたちの出し物として、縄跳びを見せてくれました。お見事でした!


ダブルダッチ、お見事でした。

こうして1時間半の楽しい式典は終わりました

こうして1時間半の楽しい式典は終わりました


さらに式典が終わった後は、体育館を出て、学童クラブへと向かいました。

こどもも元こどもも元気いっぱい/とても貴重な意見交換をすることができました!

それにしても、こどもたちのエネルギーに、フジノはすごく元気をもらってしまいました。

決算議会のまっただなかということもあって過労&睡眠不足でフラフラだったのですが、こどもたちの姿を見ているうちにすっかり元気が戻ってきました。

また、かつて浦郷学童クラブを利用していた元こどもたちの楽しそうな会話を聴いているうちに「やっぱり学童クラブっていいものだなぁ」と再確認しました。

学童クラブを利用していた児童OB・OGにお話を伺える機会なんて、めったにありません。

ものすごく貴重な機会でした。

OB・OGのみなさんたちが記念撮影

OB・OGのみなさんたちが記念撮影


さらに、お祝いに駆けつけた他の学童クラブの指導員の方々や保護者の方々ともたくさん意見交換をさせていただきました。他の学童クラブを見学させていただく約束も、数カ所オッケーが出ました。

実行委員長の國枝さんとフジノ

実行委員長の國枝さんとフジノ


すっかり学童クラブの部屋に座り込んで和んでしまったフジノは、こどもたちや元こどもたちや保護者の方々や指導員の方々と1時間半も語りまくってしまいました。

追浜東町商店街(前はこの商店街に浦郷学童クラブは位置していたんですよー)

追浜東町商店街(前はこの商店街に浦郷学童クラブは位置していたんですよー)


パシフィコ横浜へ向かうべき時間を大幅に過ぎていることに気づいて、追浜駅まで走って向かいました。

でも、とても楽しかったです!

こいちゃんを筆頭に、『浦郷学童クラブ』のこれまで10年間に関わった全ての方々に、こころからお祝いを申し上げます。10周年、おめでとうございます。

これからの浦郷学童クラブ(もちろん他の学童クラブも)がこどもたちの健やかな成長の為にさらに良い場となるように、政治家としてフジノも全力を尽くしていきます。

市民のみなさま、学童クラブは『放課後の家庭』であるとともに、『異年齢のこどもたちが社会性を身につけられる場』『核家族時代でも大家族でいられる素敵な場』です。

どうか市民のみなさまも、学童クラブにチカラを貸して下さいね。

よろしくお願いします!

がんばれ、逗子高校吹奏楽部!必ずこの危機を乗り越えていけるはず。

「神奈川の公教育を考える会」@逗子へ参加しました

今日は夕方から雨の中、逗子へ。

県立逗子高校のOB・OGの方々に招かれて『神奈川の公教育を考える会』(第1回)に参加してきました。

この集まりの主旨をフジノ的に要約すると

  • 神奈川県は、こどもたちの関心にそった高校に進学できるように『学区』を撤廃した
  • 各学校の『特色を』もとに、こどもたちは受験する高校を選んだ
  • しかし、進学してみたら、その特色の1つである部活動の顧問が異動してしまった
  • 『教職員の人事異動制度』と、『学校の特色をうちだすこと』との両立が実際には今、実現していないのではないか
  • 『生徒たちの想い』がないがしろにされていないか

 
というものです(そうであってほしいです)。

具体的には、逗子高校の吹奏楽部の顧問であったA先生が今年4月に『異動』になってしまったことがきっかけで、その『異動』に納得ができない現役の生徒たち、OB・OGたち、保護者たち、地域の方々が立ち上がった、というものです。

フジノはかねてから逗子高校の吹奏楽部の演奏を高く評価してきたことから、
 
「参加してほしい」

と連絡を受けました。



稚拙な運営にはとても戸惑いました。でも「熱意は本気だ」と感じて参加しました

けれども(あえて書きます)、その稚拙な運営に、実はフジノはとても戸惑いました。

「来てほしい」

との連絡をいただいたのは2日前の夜中。

詳細が全く分からない内容だったので、もう1度詳しい連絡がほしいと返事を出しました。

それに対するお返事をいただいたのが今日のお昼で、誰が参加するのかとかプログラムも全く分からず。

再度の返事にも責任者も連絡先も会場のどの部屋でやっているかも書いてありませんでした。

当日そこに行くまではフジノの他に誰が来ているのかも分からない、という始末。

ふだんだったら数週間前くらいに正式に依頼していただかなければ事前の準備も必要ですし、あらゆる人々へのヒアリングもしたいですし、それができないままでは横須賀市議会議員として責任ある発言もできません。

お断りするつもりでした。
 
けれども、現役の高校生たちが強い問題意識を持っているということに、とても好感を抱いたので、急遽スケジュールをやりくりして参加することにしました。

結局、政治家で参加していたのは県議会議員の近藤大輔さん(民主党)と横須賀市議のフジノ、という他の集まりでは絶対にありえないフシギなタッグでした。



「顧問の先生が人事異動で逗子高校からいなくなったから助けて」がテーマ?

会場は、50人くらい来ていたでしょうか、
 
まず、現役の逗子高校吹奏楽部の生徒たちがぎっしりと居て、そのOB・OG、保護者会の方々、逗子高校体操部の保護者の方々、池子愛好会の方などが参加されていました。

フジノはよく分からないままに、発言者席へ座らせられました。
 
「むう。やっぱり発言するんだな」と思いながら配布された資料を全て読みまくりました。

当日に配布されたたくさんの資料

当日に配布されたたくさんの資料


さて、プログラムはこんな感じでした。

(1)逗子高校吹奏楽部の実態のプレゼンテーション
(2)高校生たちによる主張
(3)OB・OGによる主張
(4)保護者たちによる主張
(5)一般の方々の主張
(6)問題提起・ディスカッション

 
下の写真は、司会の石橋さん(逗子高校の吹奏楽部OB)。

司会の石橋さん

司会の石橋さん


(1)~(5)を、あえてひとことで言います。

私たち吹奏楽部は輝かしい成果も残しているし、地域に対する貢献もとても多く行なっている。

それを生み出したてここまで築きあげたのは顧問のA先生だ。

私たち吹奏楽部メンバーは、顧問のA先生を大好きだ。

A先生の異動によって伝統ある吹奏楽部のレベルは、維持できない可能性がある。

A先生が顧問であることを信じて逗子高校を受験したのに神奈川県教育委員会にだまされた。

この異動はおかしい。

このような内容を、高校生たちが涙ながらに語りました。

「それだけ生徒や保護者に愛されているA先生は幸せ者だ」と感じながらも、フジノは反論したくてたまりませんでした。



あえて厳しいことを大人がちゃんと伝えることが「愛情」だとフジノは信じています

(6)でようやく近藤県議やフジノも発言するチャンスが回ってきたので、あえてフジノは厳しいことを言わせていただきました。

・まず、逗子高校の吹奏楽部の様々な活躍は理解しています。ショークワイヤーが好きで、定期演奏会にもあえて聴きにいくほど好きです。その前提で、反論します。

・僕は横須賀市の政治家ですが、現在の本市に教職員の人事権は無く、神奈県に『人事権』があります。

・しかし、地方分権によってまもなく中核市・横須賀にも教職員の人事権が渡されることになります。

・したがって今回の問題は、将来的に横須賀にも起こるべく問題として自分の問題として捉えて責任をもってお答えしたいと思います。

・「顧問の先生に戻ってほしい」という署名活動まで行なったほどに正しいと信じる自らの活動を「自分たちの活動はエゴです」などと自己卑下すべきではありません。

・また、今日はたくさんお話をうかがいましたけれども「涙を流しながらの感情論」には僕は1つのお話にもこころを動かされませんでした。

・感情論をふりかざしたり、自らの活動に酔わないで、「大人を説得できるように」「しっかりと論理的」に「今回の活動の意味」を「説得」してほしいと政治家として僕は考えています。

・僕は自殺予防と精神保健福祉が政策のメインで教育行政についてはかなり弱いけれども、それでも政治家として5年以上活動してきた僕ですから、『行政』や『官僚』というものがどんなかよく分かっています。

・だから、これから僕が行なうみなさんへの反論をぜひみなさんは論破してほしいと思います。

・僕を説得することさえできなければ、それ以上にガンコな教育委員会や県知事を動かすなんて事は不可能だからです。

・みなさんには感情論以外に教育委員会に対して、「今回の異動がダメだ」と論破できる『論理的な根拠』は無いのですか?

・ぜひそうした論理的な根拠をみなさんには調べてほしいです。法的な根拠でもいいし、制度的な問題点でもいいです。とにかく大人を説得できる論理をあえて語って下さい。

・みなさんが絶対に忘れてはいけないのは、顧問のA先生だって、そもそも異動によって逗子高校に来たということです。

・人事異動という制度が無ければA先生が12年前に逗子高校に来なかったということです。『人事異動制度』そのものは必要な制度です。

・みなさんはこれから先の人生において、大学に進学しても大学院に進学しても指導教授が変わってしまう、途中で退任してしまうようなことは当たり前に体験します。

・僕自身が会社員として働いてきた経験からも自分自身がいきなり人事異動させられてしまうことはありましたし、上司が異動してしまうことだって日常的に行なわれることです。

・大切なことはそうした新しい環境の中であっても自分や組織をしっかりと今まで以上にうまく回していくことなのです。

・顧問の先生が変わったことだけで、「もう自分たちはダメです」というのは『甘えの言葉』にしか受け止められません。

・人事異動は『経営学』の観点からも組織を効果的なものにしていく為に、非常に大切な雇用管理の1つです。

・人事異動によって、組織は活性化されるし、異動した本人もそのまわりのメンバーももっと良くなっていきます。

・教育と経営を一緒にするなという考えもあるかとは思いますが、組織運営という観点では全く同じです。

・学校は生徒たちのためにあるのはそのとおりですが、だからといって、教育委員会が先生方の人事異動を事前に生徒たちに全て話すことは基本的にできません。

・異動について教育委員会が生徒や保護者の声を聴くのは当然ですが、その全ての要望を受け入れれば人事異動はできなくなってしまいます。

・僕の意見がみなさんにとって不快でたまらないことは分かりますが、僕の意見を1つずつ全て論理的につぶしていってください。

・法律や制度のどこに不備があるのかを必ず指摘してください。身内だけで集まって悲しい悲しいと言ってても何も変わりません。
  
・現実を本気で変えたいならば、本気で行動すること。1度発令された人事異動を『感情論』だけで撤回させるなんてことは不可能です。

・問題意識を持ったみなさんのことが僕は大好きです。だからこそあえて厳しいことを言わせてもらいました。
  
・僕の反論を、全てのりこえて、論理的に戦略性を持って闘ってください。



部員のみなさんは、顧問だけに頼りきりじゃなかったはず。部活の成功はひとりひとりの努力の賜物のはず

みなさんが異動に反対している人々でいっぱいの会場でしたから、もともと「誰あんた?」みたいに完全アウェーな逗子に1人でのりこんできてるフジノは

泣きながら顧問の先生を戻してほしいと訴えていた女子生徒たちに、すさまじい怒りの表情でニラみつけられまくりでした。

会場中から嫌がられているという空気はとても重いものがありました。

保護者の方々も、OB・OGの方々も、「何でこんなヤツを呼んだんだよ」状態になりました。

終わった後も、誰からも名刺をくれとも言われませんでした。

会場中からフジノへのイヤな空気を感じましたが、「この意見をハッキリと言おう」というのは依頼をもらった時から決めていました。

「自分の部活動の顧問の先生が異動したら部活動がもうできない」なんて泣き言は、顧問の先生にも失礼です。

「顧問が変わったら一気にレベルダウンするようなそんな程度の部活動しかしてこなかったのか、そんなに他人任せで活動してきたのか?」、と感じたからです。

僕は小学校時代にやりたい部活が無かったから新しく作りましたし、高校時代の部活動には顧問の先生が実質的にいませんでした。

でも、どちらでも全力を尽くしましたし、成果としても良い結果を出せました。

指導者とか顧問の問題じゃなくて、個人や仲間たちの努力でやれることはたくさんあります。

だから、いち個人の人事異動の話なんかで泣き喚くのではなく(あえてそう書きます)

「この学校の特色はこの部活動だ」とか「この学校の特色はこの分野が強いから」だとか

今ではそういう情報によって中学生たちは高校の受験校を選んでいるのですから

それを信じて受験したのに、入学したらその学校の『特色』である部活動や様々な活動の先生方が異動していたとか後継者の先生も育っていなかっただとか

つまり、特色として中学生たちを惹きつけておいて、実際にはその高校の中身にウソがある、というような状況が他の生徒たちに2度と起こらないように

教職員の人事異動制度にこどもたちの声、保護者たちの声、現場の先生の声がもっと反映される仕組みをつくるべきだ

と、問題をもっと大きく考えていくべきだとあえてフジノは政治家として断言します。

最初のきっかけは好きな先生が異動でいなくなることだったかもしれない。
 
今はただその先生を取り戻したい気持ちだけしかないかもしれない。

でも、人事異動という制度は組織を運営していく上で必要不可欠な制度なのです。

そこに、どれだけ生徒・保護者・現場の先生の声が反映できるか。

それが問題の本質であるはずです。



がんばれ、逗子高校吹奏楽部!ずっとフジノは見守り続けるから

そんな訳で、政治家フジノの逗子デビューは、「スケジュールをせっかくやりくりして電車代払って逗子まで雨の中わざわざ嫌われる為に来たというイタいだけのものに終わるか」と思いました。

そうしたら、すでに大学生で法学部で学んでいる学生からいくつかの法的な側面からの反論がありました。

フジノの言わんとすることを受け止めてくれた学生が1人だけでも存在した訳で、とてもうれしかったです。

僕はこの1人の学生が理解してくれただけで行ったかいがあったと感じました。

フジノは政治家として、横須賀市民の方々に媚びることはありません。
 
相手がたとえ逗子市民であっても誰であっても同じです。

「よし、じゃあ、異動を撤回する為に全力を尽くします」

なんてセリフは死んでも言えません。

問題の本質は、一体どこにあるのか。
 
それは本当に問題なのか。

問題ならばどこを変えていくべきなのか。
 
どうやって変える為の活動をすべきなのか。

涙をたくさん流せば世の中が変わるなら、障がい福祉はもう完璧な日本になっています。

けれどもそんな世の中じゃない。
 
闘わなければ、絶対にこの国は変わらない。

必要があれば、一緒に知事のところでも教育委員会のところでもいつだって行ってあげるのはかまわない。

でも、それが本当に意味のあることでなければ自分たちで自分たちの行動を「エゴ」だと言ってるレベルなら、そんなのにつきあうのは絶対に政治家の仕事では無い。

けれども最初に書いたとおり、僕は高校生たちが自ら問題意識をもって政治家まで呼んで話し合いの機会を持ったことを高く評価しています。

だからこそ、『こども』だとは一瞬も考えずに『大人』を相手にする時と全く同じ態度で向き合いました。

「過去に1度も撤回されたことがない『人事異動』の発令を『涙』だけで変えられるはずが無い。もっと違う闘い方を考えろ」と語りました。

帰りの電車で

「ああ、厳しいことをたくさん言ったからこれでまたおれは敵を増やしたなあ...」

と感じつつ、

でも、「いつか高校生たちは気づくはずだ」と僕は彼ら彼女らのことを信じたいと思いました。

がんばれ、高校生たち。
 
がんばれ!

夢にときめけ!明日にきらめけ!