情報公開とはかけ離れた「新しいごみ処理施設」建設予定地の発表/神奈川新聞が社説で厳しく批判

情報公開とはかけはなれた「ごみ処理施設」建設予定地の発表

けさの神奈川新聞の社説は、横須賀市が突然に発表した『ごみ処理施設建設予定地』についてでした。

2010年2月24日・神奈川新聞・社説より

2010年2月24日・神奈川新聞・社説より

広域ごみ処理、合意形成へ情報公開を

横須賀、三浦両市の広域ごみ処理がようやく動きだした。

長年の懸案だった焼却施設など3施設の建設候補地に、横須賀市の長坂地区が選ばれた。

しかし、突然の発表に地元住民の戸惑いは大きい。

同市は情報公開に努め、住民の合意形成を図るべきである。

横須賀市は唯一の焼却施設である『南処理工場』が稼働して26年経過し、老朽化が進んでいることから

三浦市と共同でごみ処理施設を建設して利用し合う『ごみの広域処理』を目指し、昨年3月に基本計画をまとめた。

横須賀市内に焼却施設と生ごみ資源化施設、不燃ごみなどの選別施設を建設し、三浦市内には最終処分場を整備する。

県は1998年に『県ごみ処理広域化計画』をまとめ、単独市の横浜、川崎、相模原を含む9ブロックに県内を分割。2007年度までに広域化実施計画の策定を目指すとした。

ある程度の規模でごみ処理することにより、経費や環境面への負担軽減を図る狙いがある。

県環境農政部によると、現在は3ブロック増え、単独の3市を除いても9ブロックで広域化に取り組んでいる。

既に焼却施設の建設地を決めて住民との協議に入っているものから、計画策定に至らず協議中のものまで、各地の事情を反映して進行状況はさまざまだ。

理念としては広域処理に賛成しつつも、焼却施設の建設場所など具体的な話になると難しくなる。

横須賀、三浦両市のケースも例外ではない。

それも当然だろう。

処理施設の周辺住民は大気汚染など環境面に加え、ごみの搬入による交通問題の影響を懸念する。

ましてや、長坂地区のある横須賀市西部には県の産業廃棄物処理施設や市のプラスチック類減容固化施設があり、ごみ処理施設に対する反発は強い。

周辺住民の理解を得るために欠かせないのが情報公開である。

特に、環境面への不安を取り除く客観的なデータの提供は重要である。

できるだけ速やかで、きめ細かな対応が求められる。

住民の声に耳を傾けて市の施策に反映させるとともに、公害防止協定を締結して約束を守らせることもできる。

もし、ごみ処理に支障をきたすようなことがあれば、市民生活にも大きな影響を与える。

その重要さを思いながら、両者の前向きな話し合いを望みたい。

社説では、周辺住民の理解を得る為に欠かせないのが『情報公開』である、と記されています。

全く同感です。

しかし、情報公開という点においてこの問題に対して吉田市長はすでにスタートから完全にまちがっています。

候補地が3か所あったことも『秘密』、誰がどうやって決定したかも『秘密』。

『情報公開』とはかけ離れた、極めて異常な状況です。

こんなやり方が許されるならば、民主主義なんて不必要だということになります。

あらかじめ行政が決定したことに市民はただ従え、というのであれば市民なんて『奴隷』と一緒です。

このまちの『主役』は市民であって、市長も行政も政治家も、市民の『公僕』として働いているはず。

特に吉田市長は、

一方では市民のみなさまの声を聴く為にいろいろなメニューを作ろうとしながら

例えば、『住民投票条例』を作ろうとしたり『事業仕分け』に市民参加を求めたりしながら

一方では、市民のみなさまに決定だけを押し付けています。
 
そしてそれを「理解し協力してほしい」とごり押しているのです。

つまり、『使い分け』をしているのです。

行政にとって都合の良いことだけは市民参加、行政にとって都合の悪いことには市民不参加でいい、という使い分けです。

これでは、本音では市民を信頼していないとしか思えませんし、民主主義を冒涜しています。

『ニセ市民派』の汚い最低なやり方です。
 
そんなやり方に誰が納得できるのでしょうか。

だからこそ、フジノは今回の予算議会でもこの問題(=市長の言行不一致の姿勢)について追及します。