浅野史郎教授の「障がい福祉研究会」でゲスト講師を勤めました/慶応大学SFC・アサノゼミ

アサノさんをリスペクトし続けて20年になるフジノです

政治家に転職してから今年で10年目を迎えるフジノですが、尊敬する政治家は、ずっとたった1人だけしかいません。

アサノ知事こと浅野史郎さん(元・宮城県知事)です。

フジノHPの過去の活動日記を検索すると、ご本人にお会いしたことを記したものだけでも10回以上になります。

アサノさんの存在を18才で知って、この4月でフジノは38才の誕生日を迎えましたので

今年は『respectアサノ20周年』になります(笑)。



浅野史郎教授の『障がい福祉研究会』でゲスト講師を勤めました

そんな一途なフジノの想いを受けて(?)アサノさん本人からものすごいプレゼントを頂いてしまいました。

現在アサノさんが教授を勤めておられる慶応義塾大学・湘南藤沢キャンパス(SFC)

ゲストスピーカーとしてフジノが1コマお話をさせていただくことになったのです。

そして今日、ついにその日がやってきました!

慶応大学SFCの本館前

慶応大学SFCの本館前


SFCでは卒論を書くにあたって、ゼミとはかなり異なる『研究会』というシステムをとっています。

慶応大学SFCホームページの「研究会」を説明するコーナー

慶応大学SFCホームページの「研究会」を説明するコーナー


これは他大学には見られないシステムで3~4年生だけでなく1~2年生も参加できるそうです。

先週からスタートした2012年度の前期ですが、アサノ教授は『障がい福祉研究会』という研究会を主催しています。

この研究会(第2日目)にゲストスピーカーとして、フジノは招いていただいたのですね。

広いキャンパスは、ゆったりとした空間の使い方でした

広いキャンパスは、ゆったりとした空間の使い方でした


今までもフジノは全国のいろいろな場所に招かれて『講師』としてたくさんの講演をしてきた訳ですが

アサノさんの前で講演をするというのは、他の講演とは全く比べ物にならない緊張感があります。

このお話が決まってからずっとフジノは緊張しっぱなしでした(汗)。

だからこそ入念な準備をしたかったのですけれど、雑誌から依頼された原稿書きや『議会報告会』の資料作成に追われてしまい、思うように時間が取れませんでした。

ゲストスピーカーとしてフジノがつまらない講義をすれば、フジノを信頼して任せて下さったアサノさんにもご迷惑をおかけしてしまいます。

そんな緊張感とプレッシャーから、お腹は減っているのに食事が喉を通らなくてすっかり参ってしまいました。

福沢諭吉さん

福沢諭吉さん


これまでフジノが出会ってきた慶応義塾大学SFCの学生さんたちは、とても優秀で社会貢献活動に熱心な方が多く、とても大好きです。

だから、4年間の学生生活の中のわずか90分間の授業であっても、そんな学生さんの時間をムダにするような講義はフジノは絶対にしたくなかったのですね。

フジノにできることは、90分間の講義を通して38年間の人生を全身全霊で学生さんたちにぶつけることだと思いました。

始まる前のフジノ。緊張で顔面蒼白です

始まる前のフジノ。緊張で顔面蒼白です


2コマ連続の研究会のうち、1コマ目は社会保障をライフワークにする大手新聞社の記者の方でした。

とても立派な方で、レジュメも24枚!
 
フジノは圧倒されてしまいました。

お話も大変興味深いものでした。

そして、10分間の休憩の後、フジノの出番です。

学生さんたちにとって午後の授業で、90分×2コマぶっとおしですから

「1人目のゲストスピーカーですでにお腹いっぱいなんじゃないかなあ」

と、フジノはすっかりこころが折れそうになってしまいました。

でも、フジノは全力を尽くしてきました!
 
フジノの38年間の人生をぶつけてきました!
           ↓
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終わってホッとするフジノ。

終わってホッとするフジノ。


学生さんたちのアンケートも読ませていただいたのですが、中には「感動しました」と書いてくれた方もいて、フジノの方こそ感動しました。

講演の名手であるアサノさんからも

「おもしろかったよ」

「別の授業でもゲストスピーカーやってもらうか」

と褒めていただけました。

大役を果たし終えてとにかくフジノはホッとしました。
 
そして、とにかく疲れ果てました...。



かつて18才だったフジノから現在18才の学生さんたちに

帰り道は、研究会の学生さんとバスと電車で大船駅まで語りながら帰りました。

改めてSFCの学生さんたちは、いいコたちが多いなあと感じました。

学生さんたちは、今、18才から22才。

人生で最も多感な時期であり、最もあらゆることを吸収できる日々ですよね。

フジノがアサノ知事を知ったのが18才。

SFCの学生さんたちの姿に、かつての自分自身の姿を重ねて見てしまいました。

学生さんたちには「ぜひ今この瞬間を大切なものの為に一生懸命に生きてほしいなあ」と、フジノはこころの中でふとそんなことを願ったりしました。

かつて18才だったフジノは、アサノ知事との出会いから20年が経った今も

あの頃と変わらない気持ちで今も全力でがんばっていて、毎日必死にあがいて生きているつもりです。

それが良いか悪いかどうかは分からないのですが、そんな自分の生き方は、これからもずっと変わらないと信じています。

これからも一生懸命、がんばって生きていこうと思います。

アサノさん、今日は貴重な機会を本当にありがとうございました!