動画再生720万回を超えた小池晃さんがあさか由香さんの応援に横須賀へやってきました!/参議院選挙2019

小池晃書記局長が横須賀にやってきました

参議院選挙に立候補しているあさか由香さん(神奈川選挙区)の応援に、小池晃書記局長が横須賀にやってきました。

あさか由香さんの応援に小池晃書記局長がやってきます!

あさか由香さんの応援に小池晃書記局長がやってきます!


小池晃さんは今まさに『時の人』です!

参議院で総理を追及した動画がなんと720万回も観られていることから大きな話題になっているのです。

2019年6月10日参議院決算委員会で首相を追究する小池晃さんの動画

2019年6月10日参議院決算委員会で首相を追究する小池晃さんの動画


小雨の降る中でしたが、たくさんの方がかわしま文具店前の広場に集まって下さいました。



フジノも応援スピーチをしました

司会を井坂しんや県議がつとめて、まず市民の方が応援スピーチ。4人の子育て中の大森さんがお話をしてくれました。

井坂しんや県議が司会です

井坂しんや県議が司会です


実は、フジノも応援スピーチを依頼されて街宣カーの上に居ました。

小池晃書記局長とフジノ

小池晃書記局長とフジノ


井坂県議からおととい依頼を受けたのですが、正直、悩みました。

人気者の小池晃さんと候補者のあさか由香さんを観たくて聴きたくて市民のみなさんはやってくるのに、果たしてフジノが話す意味があるのだろうかと。

でも、大切な機会なので全身全霊をかけてスピーチしました。




さきの6月議会でとりあげた国際同性婚のダブルスタンダードに苦しむ横須賀市民の方についてお話しました。



あさか由香さんと小池晃さんのスピーチをぜひご覧下さい

街宣カーの上からフジノはあさか由香さんと小池晃さんのスピーチをインターネット生中継しました。

小池晃さんがマイクを握りました

小池晃さんがマイクを握りました


おふたりの魂のこもった訴えをどうかご覧下さい!




演説終了後には「あさか!あさか!」のコールが沸き起こりました。

あさか由香さん必勝!

あさか由香さん必勝!


「8時間働けばふつうに暮らせる社会」は3年前にあさか由香さんが訴えた言葉です。

今回の参議院選挙では共産党全体の公約になりました。

あさか由香さんの祈り「8時間働けばふつうに暮らせる社会」を実現したい

あさか由香さんの祈り「8時間働けばふつうに暮らせる社会」を実現したい


あさか由香さんを当選させて、絶対に実現したい政策ですね。



参院選も残りあと数日です

街宣カーを降りると、あさか由香さんと小池晃書記局長は握手を求める市民の方々によってもみくちゃになりました。

たくさんの方々に握手を求められるおふたり

たくさんの方々に握手を求められるおふたり


あさか由香さんは市民の方おひとりおひとりと語りあっていました。

市民の方々と語りあうあさか由香さん

市民の方々と語りあうあさか由香さん


そんな中でもあさかさんはフジノのもとに駆け寄ってきてくれました。

「あさかさん、当選したら僕と一緒に法務省と入国管理局に行って下さい」

「フジノさん、必ず行きましょうね!」

と熱い言葉をかえしてくれました。

ついに選挙も残りわずかとなりました。

どうか市民のみなさま、お願いです。投票へ足を運んで下さい。

白票や棄権は単なる『現状のままで良い』という効果しかありません。

あなたの命と暮らしを守る政策を訴えている候補者を探して、必ず投票に行ってほしいのです。

すでに『期日前投票』がスタートしていますので、毎日が投票日です。

(ちなみにフジノは期日前投票ツアーズを呼びかけて、市民の方々とともにモアーズシティ8階の期日前投票所へ行ってきました

あなたの命と暮らしを守る為に、どうか必ず投票に足を運んで下さい。

お願いします!



あさか由香、涙ながらの神演説!8時間働けばふつうに暮らせる社会の実現をめざす理由/参議院選挙2019

あさか由香さんの応援に藤沢へ向かいました

参議院選挙も早くも6日目となりました。

神奈川選挙区から立候補しているあさか由香さんの応援に、JR藤沢駅へ向かいました。

藤沢駅でチラシ配りをしました

藤沢駅でチラシ配りをしました


藤沢は、とても思い入れのある土地です。

フジノは高2の冬から1年間、藤沢の予備校に通いました。

行きたくなかった高校に進学したせいで、高校は大嫌い。

全く高校に通いたくなくて、遅刻した日数は学年で2番目に多かったです。

勉強も嫌いで、ひたすらアルバイトとバンドばかりの高校時代でした。

バンドには特に力を入れていて、オリジナルの歌を作って、毎月1回以上必ずライブハウスでライブを行なっていました。

自分の想いを詞と曲にのせて、誰かに本音の想いが届くことを願っていました。

フジノが到着したら演説中なのに笑顔で迎えてくれたあさか由香さん

フジノが到着したら演説中なのに笑顔で迎えてくれたあさか由香さん


そして出会ったのが、別のバンドでベースを弾いていた彼女でした。

それまで孤独感と絶望しかなかった人生が、僕の歌を聴いて、僕のことを好いてくれた彼女の登場に、希望を初めて感じられるようになりました。

けれども(過去からフジノのブログを読んで下さっている方はご存知かと思いますが)彼女は統合失調症にかかってしまいました。

なんとか彼女の力になりたくて大学で臨床心理学を専攻することを決めて、バンドを辞めて、バイトもやめて、入試に向けて勉強することにしました。

藤沢の予備校に足を運んだのは、同級生たちはみんな横浜の予備校に通っていたからです。誰にも会いたくなかったのです。

たまたま2年生の冬休みにお試し受講(確か無料だった)の広告をみて、受けてみました。

そこで出会ったA先生に、人間的に惹かれました。フジノはその先生の、1科目だけを受講することにしました。

いつからか、きっかけは何だったのかは思い出せません。

毎週、講義が終わった後に、A先生と近くの喫茶店で1時間以上話し込むようになりました。

A先生と僕には、共通点がありました。

A先生はごきょうだいが統合失調症で長期の入院をしておられました。

僕が大学に進みたい理由をA先生は全力で応援してくれました。

当時の横須賀には精神障がいの家族会もまだ無く、A先生と語り合える時が大きな救いになっていました。

でも同時にA先生も僕と話す時だけが、唯一、ごきょうだいのことを話せる機会とのことでした。

やがて僕は大学に進み、希望通り臨床心理学を学びました。

進学後もA先生のもとを何度も訪れました。

しかし、結局のところ僕は彼女を守ることができず、彼女は自殺の犠牲になってしまいました。

転職をしたA先生とも疎遠になってしまいました。

すっかり夜に。モニターを使っての演説がとてもいいですね

すっかり夜に。モニターを使っての演説がとてもいいですね

20年くらい前から僕はパニック障害もちなのですが、いくつかの駅や土地に対して強いニガテ意識があります。

藤沢もその1つです。

藤沢を通過するのは大丈夫なのですが、目的地が藤沢で向かおうとするとダメなのです。

今日も頓服の精神安定剤を何錠ものんだのに、大船駅からどうしても前に進めませんでした。

30分以上も目の前にやってくる電車に乗ろうとしては諦めることを繰り返しました。しかたなくタクシー乗り場に向かいました。

こうして、なんとかあさか由香さんの応援に藤沢にたどりつくことができたのでした。



応援スピーチを断りきれず、フジノもマイクを握りました

フジノは選挙の応援に行っても、依頼されても可能な限り応援のスピーチをしないようにしています。

何故なら、市民のみなさまは候補者本人の声をお聴きしたいはずだと思うのです。

そして、自分のまちのことを知りもしない他のまちの政治家に市民のみなさまは偉そうにスピーチされたくないと思うのです。

だからチラシ配りや交通整理がフジノの仕事で、頼まれてもスピーチはしないようにしてきました(特別な場合は除きます)。

今夜はラスト30分の時に

「フジノさんにもぜひお話してほしいのですが・・・」

と頼まれて、断りきれずにお話することにしました。

一人ひとりの尊厳を守る政治へ

一人ひとりの尊厳を守る政治へ


まず最初に藤沢市民の方がマイクを握りました。ご自身の暮らしについて、壮絶な体験について、率直な言葉で語られました。

生死をさまよう体験をされたその方の言葉に、フジノは心を動かされました。

次に、フジノの番がやってきました。持ち時間は7分間。

高校時代、恋人を守りたいと必死の想いで学ぶ為に足を運んだこの藤沢というまち。

けれどもその想いが叶わなかったこと、それがきっかけで政治家になったこと、そして自殺対策に全力で取り組むようになったこと...。

政治家としてフジノは横須賀の犠牲者を減らすことができました。

政治家が全力を尽くせば、守ることができる命が必ずあるのです。

けれども、1度喪われた命は決して戻ってきません。

政治家として全力を尽くせば自殺は防ぐことはできる、と希望を語り続ける。けれども喪われた命は2度と戻ってこない、その絶望を忘れた瞬間はありません。

そんな矛盾した気持ちの中でいつもフジノは生きています。

こんな気持ちで7分間のスピーチを語り終えました。

そして、あさか由香さんにバトンを渡しました。



あさか由香さんの涙ながらの神演説!

知人の朝倉さんが、3人のスピーチをインターネット中継して下さっていました。

その動画を、公開します。

あさか由香さんが3年前から訴え続けてきた

「8時間働けばふつうに暮らせる社会」

というキャッチコピーは、単なるキャッチコピーではありません。

あさかさんの切実な祈りの言葉なのです。

あさか由香さんの証紙ビラ(表)

※印刷して配布することは禁止されておりますのでご注意下さい※


フジノはスピーチの最後に、あさかさんが「8時間働けばふつうに暮らせる社会」という祈りの言葉を今も大切にしているのかをぜひ語ってほしい、と述べました。

市民の方の切実な想いのスピーチ、フジノの長年の想いをふりしぼって語ったスピーチ、その2つの想いとあさかさん自身の想いがクロスしました。

あさかさんはマイクを握った瞬間から、その目に涙がいっぱいでした。

ふだんのあさかさんの政治家としてのスタイルは、青い炎です。

青い炎とは穏やかな色なのですが、実はものすごく高い温度なのです。まさにあさか由香さんの穏やかで優しくて、愚直に政策を語るスタイルは青い炎です。

けれども今夜のあさかさんは、赤い炎のようでした。ご自身の感情に身を委ねて、政治家をめざした時の想いを涙ながらに語ってくれました。

藤沢駅前に集まっていた聴衆のみなさまは、あさかさんの言葉に聴き入っていました。

スピーチの後、あさかさんご自身はティッシュで涙を拭きながらとても照れておられましたが、本当に素晴らしかったです。

スピーチ終了後のあさか由香さんとフジノ

スピーチ終了後のあさか由香さんとフジノ


そのスピーチの様子が下の動画です。7分20秒頃からあさか由香さんのスピーチが始まります。

ただ、もしもあなたのお時間に余裕があれば、どうかフジノのスピーチから続けてご覧いただけるとよりあさかさんのスピーチの素晴らしさが際立つと思います。




ぜひご覧下さい。

フジノはますますあさか由香さんに当選してほしいという想いが強くなりました。

今夜のブログはフジノの事柄ばかり記しましたが、一番の願いは上の動画をご覧いただきたいということです。

どうか動画をご覧下さいね。



フジノはあさか由香さん(神奈川選挙区)を応援しています。本気で命を守る政治家を誕生させる為にあなたの力を貸して下さい!/参議院選挙2019

今回もフジノはあさか由香さんを全力で応援します

夕方から横浜の二俣川駅へ向かいました。

昨日7月4日からスタートした参議院選挙。

神奈川選挙区で立候補しているあさか由香さん(神奈川選挙区)の街頭演説のお手伝いをする為です。




上の動画はあさか由香さんの昨日の街頭演説です。

あさか由香さんを応援するのは2013年に続いて、2回目となります。

2016年5月7日にフジノは初めて直接にあさか由香さんとお会いして、たくさんお話をしました。

もともと周囲からたくさんお話を伺っていましたし政策集も読んでいました。

だから本人にお会いする前に参議院選挙(2016年実施)では「あさか由香さんに投票する」と決めていました。

けれども実際にお話して、じかにそのお人柄に触れて、

「投票するだけでは足りない。そんな他人事ではダメだ」

とフジノは感じました。

何故ならば、あさかさんの想いは僕自身の想いと重なることばかりだったからです。

二俣川駅前で語りかけるあさか由香さん

二俣川駅前で語りかけるあさか由香さん


本気で「命を守りたい」と考えてくれているあさかさん。

あさかさんが国会議員として働いて下さることは、まさに自分自身の想いの実現につながると感じました。

つまり「この選挙は自分自身の選挙なのだ」と感じたのです。

だから2013年の夏は、フジノなりの全身全霊をかけてあさか由香さんの応援(応援という言葉を本当は使いたくない)に通いました。

残念ながら、神奈川選挙区は定数4なのですが、あさかさんは5番目になり落選してしまいました。

(でも横須賀市での得票数は4位だったのです!つまり横須賀市民はあさかさんを選んでいました)

通行人の方と一生懸命語りあうあさか由香さん

通行人の方と一生懸命語りあうあさか由香さん


それから3年。

この間、関心のある分野がほぼ同じなので、あさかさんとお会いする機会が何度もありました。

ひとくちに3年間といっても、候補者としての浪人生活は本当に長くて心が折れてもおかしくありません。

けれどもあさかさんの情熱は変わっていませんでした。

むしろ、どんどん成長してグレードアップしていくあさかさんの姿に接するにつけても

「どうかまた立候補してほしい」

という願いが強くなっていきました。

モニターに映し出されている花・ガーベラの花言葉は「希望」です

モニターに映し出されている花・ガーベラの花言葉は「希望」です


そして、ついにあさか由香さんは再び立候補を決意してくれました!

その決意を聴かせていただいた時、フジノは本当にうれしかったです。

この3年間の浪人生活を決してグチることもなく、むしろ候補者としてパワーアップして下さったあさかさん。

フジノは恩返ししたい気持ちでいっぱいです。

だから、あさか由香さんと全力で闘います!



共産党、だから何?

あさかさんが所属しているのは『日本共産党』です。

前回2016年に応援した時も、今回ツイッターで応援を明言した時にも、一部の人からこう言われました。

「フジノさんは共産党を応援するの?」

そのたびにフジノは逆にこうお尋ねしています。

「今あなたの命が危機に直面しているその瞬間に、あなたは緊急搬送先がどこだとか気にされますか?」

「今すぐに救命が必要な瞬間に、助けてくれる腕の良いドクターが目の前にいるのに所属病院がどこかを気にされますか?」

フジノの場合、唯一気になるのはそのドクターが本気で命を守ろうとしてくれるか否か、だけなんです。

今この国に必要なのは、本気で命を守る政治家です。



この国に暮らすたくさんの人々は命の危機にあります

もう20年以上ずっとデフレが続いていますが、そんな国は世界で日本だけです。

この国に暮らすたくさんの人々は、命の危機に直面しています。

フジノたちと同世代は就職氷河期を体験して、正社員にもなれず、非正規雇用でボーナスも退職金もなく、生活は不安定です。

独り暮らしで貯金がゼロの世帯は、20代で61%、30代で40%、40代で43%にのぼります。賃金が安すぎるから、貯金なんてできる訳ないんです。

体調を崩して仕事を休みたくても休めません。休んだらすぐにクビにされてしまうからです。

毎年、自殺の犠牲に追い込まれる方々が2万人を超えています。

自殺未遂へと追い込まれている人々はその10倍以上はいると言われています。

15〜39才の死因の1位は、自殺です。

10〜14才でも死因の2位は、自殺です。

「こうした状況は国際的に見ても深刻であり、15~34歳の若い世代で死因の第1位が自殺となっているのは先進国では日本のみ」と厚生労働省が記しています。

今に希望が持てず、将来に不安しか無いのですから、死にたくなる気持ちにもフジノは共感します。

ロスジェネの人々だけではありません。全ての世代が苦しんでいます。

政府の統計によれば

こどもたちは7人に1人が貧困に追い込まれています。

高齢者は5人に1人が貧困に追い込まれています。

ひとりぐらしの女性は3人に1人が貧困に追い込まれています。

ひとり親家庭のこどもは、2人に1人が貧困に追い込まれています。

先進国と言われながらこの国の実態は、貧困大国なのです。

さらに、障がいや難病のある人々が今ほど生きづらい世の中はありません。

フジノはパニック障がいとうつ病を抱えていますが、3年前には障がいのある人は生きている価値が無いからと相模原のやまゆり園で最悪の殺人事件が起こりました。

国会議員は、人のことを『生産性』で価値判断をする発言を繰り返します。

障がいのある人や難病のある人は生きていてはいけないかのように国会議員が平気で発言を繰り返すので、ネット上もひどい言葉があふれています。

この国ではたくさんの人々の命がないがしろにされて、失われています。

このままではこの国に生きる人々は、みんな苦しみ続けて、そして過労死・自殺へと追い込まれていきます。



本気で「命」を守る政治家が必要です。あなたの力をどうか貸して下さい

でも、本気で政治家が全力を尽くせば、命を守ることができるのです。

フジノ自身、政治家としてその証明をたくさんみなさまにお示ししてきました。政治家が全力を尽くせば、救うことができる命がたくさんあります。

命を守りたいんです。

本気で命を守りたいのです。

だからフジノは、本気で命を守るあさか由香さんを応援しています。

あさかさんが国会議員になれば、必ず全身全霊をかけて命を守る為に働いてくれるとフジノは確信しています。

こんな素晴らしい候補者がいるのに「所属政党がどこか?」なんて全く関係ありません。

僕は、ひとりの人間としてのあさか由香さんを信じています。

あさか由香さんとフジノ@二俣川駅前

あさか由香さんとフジノ@二俣川駅前


どうか、あなたの力を貸して下さい。

今回こそ、あさか由香さんを国会に送り込みたいのです。

その目的はただひとつ、命を守ることです。

ボロボロになってしまったこの国を、そしてたくさんの人々の命を守りたいのです。

どうか、あなたの力を貸して下さい。よろしくお願いします。



選挙2日目を終えての感想をお聴きしました

7月21日の投開票日まで参議院選挙は長丁場。

2日目を終えての感想をあさか由香さんに伺いました。




「子育て世代の代表としてだけでなく、こどもの代表になりたい」

と語るあさかさん。必ず最終日まで走り抜けてくれるはず。

みんなでがんばっていきましょう!



45才になりました。誕生日はいつも政治家フジノの産みの親である市民のみなさまに産まれた場所であるワイデッキで感謝と決意をお伝えしています

45才の誕生日もワイデッキで市民のみなさまに感謝と決意をお伝えしました

29才の時に初めて当選をしてから16年間が経ちました。

今日4月8日がフジノの誕生日で、45才になりました。

毎年4月8日の誕生日は、ワイデッキで市民のみなさまに感謝と決意を語らせていただいています。

夜のワイデッキで市民のみなさまに語りかけました

夜のワイデッキで市民のみなさまに語りかけました


何故ならば、ただひたすらワイデッキで演説を続けてきて、政治家・藤野英明は誕生しました。ワイデッキは政治家・藤野英明が産まれた場所です。

そして、政治家・藤野英明の産みの親はこのワイデッキで街頭演説を聞いて下さった市民のみなさまだからです。

誕生日は、産みの親に感謝と決意を伝えるべき日と考えています。




これまでも、そしてこれからも、政治家・藤野英明は、市民のみなさまの命と暮らしを守る為に全力を尽くしてまいります。

自殺対策、医療提供体制のさらなる改善、精神保健医療福祉の向上、障がいがあろうとなかろうと誰もが自分らしく生きていかれる社会づくり、性的な多様性の保障、不妊・不育症治療の支援、流産・死産・新生児死亡・中絶の悲しみへのグリーフケア、医療的ケアや医療依存度の高い赤ちゃんとこどもたちの小児在宅ケア、犯罪被害者支援・加害者更生支援などをはじめ、

社会保障・社会福祉・教育など、フジノがやらねばならないことは山積みです。

政治家フジノを産み出してくれた市民のみなさまに恥じないように、これからも多くの政策を提案し、しっかりと成果を出していくことをこの45才の誕生日に改めて誓います。



進退について決心しました。これからも「命を守る」為に全力で取り組んでいきます!/選挙まで残り12日間。落選しても自分らしさを貫きます

「命を守る」為にこれからも全力を尽くします

これから自分がどうしていくべきか、進退についての結論がようやく出せました。

本日、選挙管理委員会を訪れました。

そして、正式な立候補予定者となることをお伝えしてまいりました。

横須賀市選挙管理委員会へ

横須賀市選挙管理委員会へ


夕方には、SNSを通じて動画でみなさまに素直な想いを報告させていただきました。





ボロボロの自分、完全に消えた自信

2ヶ月間にわたる鬱病による長期休職は本当に長くて苦しくて、長年つちかってきた仕事の成果に裏打ちされた自信も誇りも全て消えてなくなりました。

とても弱気になり、人と会うのは怖くてたまらず、何かちょっと行動しただけでクタクタに疲れ切ってしまうのです。

3月18日に正副議長にお会いしていただき、3月25日に全ての議員にお会いしていただき、長期休職のお詫びとご説明をさせていただきました。

3月26日にはようやくみなさまに向けてブログを通じてこれまでの経緯についてお伝えすることができました。

いろいろな方から今後について尋ねられても

「4月末に任期が終わるまでは全力で働きます。それ以外は分かりません」

正直なところ、その日の僕にはそれしか考えられない状態でした。

これから自分がどうしていくべきなのか、まだ何も考えられませんでした。



全国から頂いた温かい励ましのお言葉

そのブログ記事を3月27日に上西充子先生と三宅雪子元代議士がツイッターでつぶやいて下さったおかげで、全国にフジノの長期休職と復帰をめざしていることが拡散されました。

ブログへのアクセスも久しぶりにすごい数にのぼりました。

さらに3月28日の夜頃には、お返事しきれないくらいにたくさんのメール・SNSのメッセージ・留守番電話を全国からいただきました。本当にたくさんの方から温かいお言葉をいただきました。

僕は『政策』には命をかけて取り組んできましたので自信があります。

予算議会で行なうつもりだった市長への質問原稿も完成していますので、本会議さえあればいつでも質問に立てます。

いつも市民のみなさまの声に耳を傾けてきた自負がありますので、予算委員会が開かれれば、原稿なしでも何時間でも質問に立てます。

この16年間、一般質問や委員会質問が浮かばないということは一度もありませんでした。いつも質問原稿を削って削って、発言時間内におさめることに必死でした。

解決しなければならない問題はいつも目の前にたくさんありますので、提案したい取り組みも叶えたい政策もたくさんあります。

けれども、僕は求められているのでしょうか?

つい数日前まで鬱病で死にかけていた僕には自信もなく、自己肯定感も低くて、『政策』ではなくて『僕そのもの』が必要とされているのかは全く分かりませんでした。

だから、こんなにもたくさんの励ましのお言葉をいただいた時に、泣けてしかたがありませんでした。

病気特有の感情の不安定さもあったとは思います。

でも、こんなにボロボロになった使い古しのぞうきんみたいな僕でも、まだ必要として下さっている方々がおられるのだと、涙が出ました。



ドクターの許可は出ても消えなかった迷いと悩み

3月28日・29日と、体の病院・メンタルクリニック・カウンセリングと立て続けに受診をしました。

ドクターも、カウンセラーも、「藤野さんのやりたいようにやってごらんなさい」とおっしゃって下さいました。医療的なゴーサインは出ました。

それでも、なかなか気持ちが定まりませんでした。

なんといっても、ほとんどの政治家たちは選挙の準備は1年前から始めるのが常識です。

常識が嫌いなフジノは、これまで16年間いつも「予算審査も終わっていないのに自分の進退なんか語ってる場合じゃない」と強がってきました。

予算議会が終わる3月末までいつも選挙の準備をしたことがありませんでした。

でも、それは心身ともに充実していたからこそできた『無理』なのでした。

今の自分の状況は、過去とはかけ離れていました。

なんとか『無理』をして人と会うことができる、なんとか『無理』をしてブログやメールへのお返事を書ける、そんなレベルなのです。

しかも今年は天皇陛下の退位と即位の関係で、例年とは異なってあらゆる選挙の日程がかなり早い時期に繰り上げて行なわれることになりました。

そして4月はもう目の前です。

つまり、僕に残されている時間はほぼありません。

今までとは全く違う完全にマイナス要素しか無い中で『落選確実』なのに立候補してもなあ・・・と迷いました。



苦しんでいる人の存在を知っているのに動かなければ僕には生きている意味が無い

3月30日、初めて市外での仕事に復帰しました。

3期目に入ってからずっと取り組んできた、大切な政策があります。赤ちゃんにまつわる、あらゆる事柄についてです。

不妊症・不育症とその治療。たくさんの涙、葛藤、喜び、悲しみ。

流産・死産・新生児死亡・中絶、グリーフケア(ビリーブメントケア)。

生まれる前の赤ちゃんの状態を調べることができる様々な出生前診断とNIPT。

低出生体重児と呼ばれる小さく生まれた赤ちゃんや人工呼吸器などの医療的ケアが必要な赤ちゃん、NICU・GCU、周産期医療と小児医療。

予期せぬ妊娠によって生まれた赤ちゃん、親の精神疾患やアルコールや薬物依存症や虐待などで引き離された赤ちゃん。

里親制度と養子縁組。

これらのテーマは取り組む人がいないのでフジノがやらねばならない大事なテーマです。

もちろん予算議会でも質問するつもりだった様々な提案があります。

そんな強い想いを持つ僕なので、3月30日に参加させてもらったNPOによる『胎児相談ホットライン設立説明会』は本当に感動しました。

2016年に一般質問して横須賀に立ち上げを提案した取り組みを、民間の産婦人科ドクターをリーダーに、NPOと市民のみなさんが一緒になって設立に向けて本当にがんばっておられました。

ふだんは絶対にシンポジウムや講演会の後の懇親会には参加しないフジノですが、終電にまにあうぎりぎりまで懇親会に残って、たくさんのことをたくさんの同じ想いを持つ方々と語り合いました。

僕の中の

「政治家たちはとりあげないけれど本当に苦しんでいる人がいるのに、誰にも言えないせいでよけいに苦しい想いをしている人たちの存在を知っている以上、僕が動かなければ僕が生きている意味は無い」

という想いが沸々と蘇ってきました。



長年の仲間を置き去りにしてひとりだけ健康になれたとしても僕には意味が無い

翌3月31日は、初めて市内での仕事に復帰しました。

ひとり親支援の為に12年以上前から一緒にがんばってくださっている方々と再会することができました。

『よこすかひとり親サポーターズひまわり』の定期総会に参加させていただいたのです。

僕自身が立ち上げメンバーのひとりのようなものなので、毎年出席している恒例行事です。

けれども毎年とは違う空気(それは僕のせいです)がありました。

うまくここには記せないのですが、ひとり親支援が日の目を全く浴びなかった頃からそれでも一生懸命ともにがんばってきてくれた方々から頂いた励ましのお言葉は、深く心につきささりました。

がんばっている人たちを置き去りにして僕ひとりだけ元気になれたとしても何の意味も無いと感じました。

みんなと一緒にまだまだがんばりつづけたいという気持ちが湧いてくるのを感じました。



心の師匠から頂いたお言葉

ある方にお会いしていただく為に、定期総会・お花見会を途中で抜け出しました。

18〜19歳の頃に読んだ本でその方の存在を知って、いろいろな経緯を経て、僕はその方の後を追うように政治家になりました。

僕にとって『心の師匠』と呼ぶべき存在です。

ご縁があって親しくさせていただいてはいても、やっぱり十代の頃からの憧れの存在なので、今までは個人的な相談を聞いていただくようなことをしたことは1度もありませんでした。

勇気をもってこちらから初めてお電話をさせていただいて、ご自宅でお会いしていただきました。

ブログでも記した12月末に起こった悲しい出来事をはじめ、長期休職に至った経緯とこれからどうすべきか悩んでいることを率直にお話しました。

テレビ出演や執筆など本当にお忙しい方なのですが、一度も時計に目をやることもなく3時間も相談にのっていただきました。

そして明快な結論をいただきました。

「何も恥ずべきことはない。きみは胸をはって立候補しなさい」

このお言葉をいただいて、全てが吹っ切れました。

帰路の電車内で、僕が10代の頃から44才の今に至るまでの人生を振り返っていました。

僕は、誰かが幸せになってくれることが僕の幸せなのだ。

僕は、誰かの苦しみを消えて無くせることが僕の幸せなのだ。

それが僕の生きている意味で、他には無い。趣味もないし、お酒もタバコもやらないし、僕には何も無い。

ただひとつ、「命を守る」為に働き続けることだけが僕の存在意義なのだと改めて確信しました。



家族の想い

そして、昨日4月1日。

入院している家族のもとで1日の大半を過ごしました。

この16年間、かつては大家族だったはずの藤野家はひとり欠け、ふたり欠け、遺されたのはごくわずかになってしまいました。

元気に動けるのは僕しか居ませんし、その僕がまた24時間365日働くような環境に戻っていくことは家族にとって良いこととは思えません。

それでも僕の素直な想いを話して、家族がどう思うのかを聞かせてもらいました。

「英明の生きたいように生きることが大切」

その言葉で、決意は固まりました。



たとえ準備は不十分でも自分らしさを貫きます

この16日間の僕の心の動きを記しました。

そして、今日のご報告に至りました。

過去の経験から、選挙というものは本当に心身ともに疲弊しますし、準備には長い期間をかければかけるほど良いことは分かっています。

残り12日間という状況ですから、準備は不十分にしかできないでしょう。

選挙は甘くない。たぶん落選する。

でも、いい。自分らしさだけを最後まで貫ければ、いい。そう思っています。

僕には訴えたい政策があふれるほどにあります。

僕には守らなければならない人たちがたくさんいます。

僕には声にならない声に常に耳を傾けねばならない責任があります。

僕はその声を必ず代弁して社会を変えていかねばならないという強い想いがあります。

だから、歩き続けます。



これからも歩き続けます

16年間ずっと前を向いて歩き続けてきて、2ヶ月休んでしまったけれど、僕はこれからも歩き続けます。

あいかわらず「長い文章は読まれない」とみんなに言われるのは分かっているのですが、素直な気持ちを伝えるには長くなるのはしかたがありません。

僕のこの想いをあなたに知ってほしくて、この文章を書きました。

これからも歩き続けます!



長期休職からの復職に全国から頂いた温かいメッセージをいただきました。みなさまに心から感謝しています

上西充子先生、ありがとうございます

前回のブログで、議会への長期欠席に至った理由ととお詫びを記しました。

ありがたいことに、そのブログ記事を上西充子先生がご自身のツイッターでご紹介して下さいました。

上西充子先生のツイート1
上西充子先生のツイート2


上西充子先生(法政大学教授)とは、昨年11月に松戸市議会議員選挙でご縁がありました。

昨年11月11日、上西充子先生とフジノ@松戸駅

昨年11月11日、上西充子先生とフジノ@松戸駅


フジノにとって雲の上の方で、過労死防止対策推進法を市民活動として何とか実現したいという想いで居た2014〜2015年頃、上西先生の存在を知りました。

ブラック企業撲滅の為のシンポジウムなどに講師やシンポジストとして良く登壇して下り(つまり僕たちの味方です)、特に、若い人たちが働く上で身を守る為の分かりやすい本を著して下さっているという印象がありました。

昨年は、あまりにも国会で大臣が繰り返すダメ答弁を上西先生が『ご飯論法』と名付けたのがきっかけで、一気に世間の関心がこの問題に集まりました。

(*2018年の流行語大賞にも『ご飯論法』は選ばれています)

昨年11月はカフェで一緒にお食事をして、なかなかタクシーを見つけられずに一緒にタクシーを止めて、松戸駅までの車中でたくさんお話をさせていただき、駅についても話が止まらなかったという素敵な機会を頂きました。

でも、まさかフジノのことなんて憶えて居て下さるとは思いませんでした。

常に精力的に活動されている上西先生が、今回のツイートをして下さったことには本当に驚きましたし、嬉しかったです。

僕はもう若者という年齢ではありませんが、上西先生がずっと著作や講演で訴え続けてこられた「若者を過重労働で殺させない」という想いが伝わるツイートで、心にしみました。

ありがとうございます。



三宅雪子元代議士、ありがとうございます

さらに、三宅雪子元代議士もツイートして下さいました。

三宅雪子元代議士のツイート1
三宅雪子元代議士のツイート2

フジノにとって三宅元代議士は、障がい福祉をより良いものへ変えていく大切な心強い存在のひとりです。

月刊『手をつなぐ』にも寄稿されたり、障がいのある方々の味方です。

ただ、三宅元代議士もフジノが一方的に知っているだけで、やはり雲の上の存在でした。

じかにお会いしたことがあるのは2010年9月26日、茅ヶ崎市での講演会の時に少しお話をさせていただいただけ。

それなのに今回のフジノのツイートとブログを紹介して下さいました。胸を打たれました。

本当にありがとうございます。



みなさまに感謝しております

おふたりを始めとする善意の方々のおかげで、長期休職を報告したツイートは2万人以上の方にご覧いただくことができました。

フジノのそのツイートは2万人以上が見て下さいました

フジノのそのツイートは2万人以上が見て下さいました


そのおかげで、インターネットやSNSを利用しておられる方々にはフジノの状況は正確に伝わったのを感じています。

おふたりには深く感謝しております。ありがとうございます。

そして、全国のたくさんの方々からメール・DM・メッセンジャーなどで激励のお言葉をいただきました。すごく励まされました。

全国のみなさま、本当にありがとうございました。



病院通いが続いていますが、仕事を再開しつつあります

現状をお伝えしますと、昨日も都内の病院へ行き、今日はメンタルクリニックとカウンセリングと、ひたすら病院通いが続いております。

でも、ドクターもカウンセラーの方も

「少しずつ良い方向に向かっているね」

とおっしゃって下さっています。

長期休職中に頂いたご相談のメールにお返事を書き始めるなど、事務仕事を少しずつ再開しています。

できれば週末には、実際に人とお会いするような仕事も再開していきたいと思っております。

みなさまには大変なご迷惑とご心配をおかけしてしまいましたが、ゆっくりとリカバリーへ向かっていきたいと思います。

うつ病とパニック障害の2つの持病とは20年近いつきあいですが、今回の悪化は10年ぶりくらいのひどいものでした。でも、必ず克服したいと思います。

本当にありがとうございました。



【みなさまへ】2ヶ月間にわたる議会への長期欠席のお詫びと現状報告です

ご報告とお詫び

市民のみなさまへ。

このたび、議会を2ヶ月という長期にわたって欠席してしまいました。

特に、大切な2019年度当初予算案の審査に参加できなかったことを心からお詫びいたします。

原因は、20年来の持病である鬱病が極度に悪化してしまった為です。

なかなかご報告できる機会がなく、インターネットやスマホへの接続も禁止されていましたので、多くの方にご心配をおかけしてしまいました。

誠に申し訳ございませんでした。

長期の療養のおかげで少しずつ快方に向かっており、市民のみなさまにようやくご報告とお詫びをできるようになりました。

昨年末、精神的に大きなショックを受ける出来事が連続して起こりました。

12月20日に仕事において、12月27日に家族について、ともに命に関わる出来事が起こりました。

これまで僕は、たとえ家族が亡くなった時も通常通りに働きながら一切休まずに葬儀の手配などを果たしてきました。例えば、4年前に亡くなった父の植物状態は12年に及びましたが、その間に繰り返し起こった危篤の事態や看取りの場面においても仕事は一切休まずに、公私を完全に両立させてきました。

その為、今回の一連の出来事が起こった後も、通常通りに働き続けることにしました。

特に、命に関わることがらは人智を超えたもので、僕がどれだけ努力をしても結果を左右することはできません。

かたや仕事は、必死に努力をすれば現実を良い方向に変えていくことができます。

だから、悩んだり苦しい気持ちは心に蓋をしてガマンをして仕事に懸命に打ち込むことにしてきました。

例えば年末年始も例年通り1日も休まずに「ひとり自殺対策街頭キャンペーン」に立ち続けましたし、毎年見守りに行っている「新成人のつどい」も見届けました。

仕事のスケジュールを調整して、家族の通院には必ず付き添っていたのですが、なかなか病気の原因が検査をしても分からず、大学病院にもたびたび通うこととなりました。

そして、1月21日から始まる週に、家族のひとりが余命宣告を受け、もうひとりは入院しなければならなくなりました。

積み重なっていくばかりの困難は、気づかないうちに僕の精神状態に大きな悪影響を与えていました。

昨年は1年間休み無しでずっと働き続けてきました。

最後に丸一日通しで休暇を取ったのがおととしのいつなのかも正直カレンダーをみても分かりません。無茶な働き方をしている自覚はありましたが、肉体的にもすでに限界まで追い込まれていたのかもしれません。

これまでのように全ての仕事を通常通りに行ないながら、家族の闘病、そして看取りに向けて、毎日を過ごすことがだんだんと難しく感じるようになりました。

人前に出る仕事ですので、まず全く笑えなくなったことに気が付きました。1月下旬には作り笑顔をしなければ笑えないとはっきり自覚するようになりました。

市民相談を常に受ける仕事ですので、僕はプロのカウンセラーにスーパーバイザーとして定期的にスーパーヴィジョン(カウンセラーをカウンセリングするようなイメージです)をお願いしています。スーパーバイザーからも休暇を取るように強く勧められました。

ある時、このままでは自殺してもおかしくないと自覚する瞬間がありました。

かつて元恋人が亡くなった後に、気づくと僕自身も駅のホームから無意識に飛び込もうとしていたことがありました。その時の感覚に近い、危機を感じました。

そこで1月25日、議会事務局に自分の状態をお伝えして、かかりつけの精神科クリニックに行きました。

そして出た診断が、鬱病の悪化がひどい為に長期休養が必要だ、というものでした。

「入院が必要」とのご意見も頂いたのですが、僕の家族が置かれている状況をご説明して(家族・親戚で、自分以外に動ける人間がいない中で僕まで入院になると他のふたりをサポートできる存在がゼロになってしまう)、自宅での療養としていただきました。

まず、1月28日・政策検討会議を欠席させていただきました。

欠席はしたものの、家族の闘病をサポートしながら、まもなく始まる予算議会での質問に向けて文献を読んだり調査を続けていたので毎晩遅くなることが多く、実際には全く自分の休養はできませんでした。

この16年間、本会議での質問の機会は全て質問に立ってきたので、3月の予算議会でも僕は質問を行なうつもりでした。実際に、3月1日の質問原稿も発言通告書も完成させていました。

入院をしないかわりに週1回必ず精神科クリニックに通院するという約束をしていました。実際には休養は取ることができずに家族・仕事で精一杯に動き回っていましたので、毎週通院のたびに復職を訴えるのですが、その許可は全くおりませんでした。

カウンセリングも通常のスーパーヴィジョンではなくて、極度の鬱状態を脱する為のカウンセリングとして毎週通い続けていました。

体調は改善せず、2月15日のFM戦略プラン審査特別委員会、2月18日の本会議(市長の施政方針演説)を欠席せざるをえなくなってしまいました。

質問の発言通告書の締切は2月19日の17時でした。

これまで16年間どんなことがあっても質問を続けてきたという責任感と誇りが、ギリギリまで「質問しないならば議員である資格は無い」という強迫観念となって、僕を苦しめました。

最終的には、日付が19日に変わった深夜2時頃の事務所で、発言通告書を提出するのを諦めることに決めました。ふとした瞬間に「この質問ができなかったら死んでもいい」という異様な精神状態になっていた自分を客観的にみることができたからです。

そして、ドクターの診断どおりに予算議会の本会議での質問を断念することになりました。

本当につらい決断でした。これまでの15年9ヶ月にわたって全ての議会で質問をしてきたのは僕しかいないという状況で、残り任期で最後の1回の質問ができないなんて...。

2月19日に質問を断念し深く落胆していたところに、2月21日には家族が病院で亡くなりました。

動けるのは自分しかいませんので、亡骸を引き取り、火葬し、家族だけの弔いをしました。

そして、16年間横須賀市議会でただひとりの連続質問記録の継続という呪縛からも解放されて、憑き物が取れた感覚もありました。

ここに来て、僕はようやく本当の意味で医師の診断どおりに休養を取ることができるようになりました。

ここから

2月19日、教育福祉常任委員会(補正予算案の審査)
2月25日、議会ICT化運営協議会
2月26日・27日・28日・3月1日、本会議
3月4日、FM戦略プラン審査特別委員会
3月6日・8日・13日・15日、教育福祉常任委員会(2019年度当初予算案の審査)

と欠席させていただき、療養に努めました。

それでも、12月末の仕事での悲しい出来事も乗り越えられない自分がおり、2月に失った家族のことも、そして退院はしたものの再発の可能性がある家族の存在と、なかなか本当の意味で療養をするのは難しかったです。

ようやく3月15日にドクターから「試し運転で議会に顔を出しても良い」との許可が出ましたので、議会事務局にお願いをして、3月18日に正副議長にお会いしていただき現状の報告と長期の欠席をお詫びに伺うことができました。

また1週間後の昨日3月25日には、議会運営委員会の正副委員長、所属する教育福祉常任委員会・FM戦略プラン審査特別委員会の正副委員長、そして全ての会派を回って現状の報告と長期の欠席をお詫びすることができました。

明日27日に本会議(最終日)がありますが、全く予算審査に関わっていない立場で賛否の表明をすべきではないというご意見もあり、僕は最終日も欠席させていただきます。

復職だけが目標の毎日で焦ってばかりだったのが、3月18日に正副議長にお会いしていただいた翌日から議会に戻れてホッとしたのか、扁桃腺が腫れて高熱が出て寝込んでしまいました。

昨日は無事にみなさまにお会いすることができたのですが、今日もまたひどい扁桃炎で寝込んでいます。

まだ以前のように100%の状態で仕事に戻れる自信はありません。

けれども、残された任期があと1ヶ月ありますのでしっかり議員としての責任と役割を果たしていきたいと思います。

ご迷惑をおかけしてしまった正副議長をはじめ、先輩・同僚議員のみなさま、そして議会事務局長をはじめ事務局のみなさまに、深くお詫びいたします。

また、現状報告とお詫びに訪れた際に温かく迎えて下さったことにとても励まされました。心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。

そして、市民のみなさま。

みなさまのかわりに議会で発言をするのが僕の仕事なのに、当初予算案やFM戦略プランに対する審査に関われず、本当に申し訳ございませんでした。

また、インターネットやスマホと一切無縁の2ヶ月間でしたので、市民のみなさまからいただいたツイッターやフェイスブックなどSNSのメッセージやメールは一切読めておりません。お返事ができなくて誠に申し訳ございません。

まずは、完全に心身を復調させたいです。

そして、残り任期を精一杯働きたいと思います。

大変にご迷惑をおかけいたしました。



フジノは「全国市議会議長会・議員在職15年表彰」も辞退しました/表彰されるべきはフジノを選んで下さった有権者のみなさまです

フジノは「全国市議会議長会・議員在職15年表彰」を辞退しました

今年も、全国市議会議長会が『永年勤続議員表彰』を行ないました。

10年以上在籍している地方議員に対して、10年・15年・20年・25年・30年・35年・40年ごとに、表彰状と特別な議員バッジをプレゼントしています。

『在職15年表彰』に該当するフジノは、昨年暮れに議会事務局から表彰を受けるか否かの意向確認がありました。

在職10年表彰の時も遠慮しましたので、今回も辞退させて下さい」

と回答しました。

フジノは2013年の在職10年表彰も辞退したのです。

5年前には「表彰は受けた方が良いのでは?」と少しだけ説得をされました。

今ではもうフジノの性格を熟知しておられる議会事務局の方は、すぐに承知して下さいました。



在職している年数ではなくて「仕事の成果」で評価されたいです

民間企業であれば、例えば勤続30年の社員の方に臨時ボーナスや有給のプレゼントなどの福利厚生があって良いと思います。

けれどもフジノは、政治家です。

「勤続年数ではなくて、仕事の成果で評価されたい」と願っています。

例えば、今年5月に性的マイノリティ関連施策全国自治体1位が横須賀市になったという調査結果が報じられました。

横須賀市で『性的な多様性の保障』に取り組んできた議員はフジノだけですから、メディアが名前を出さなくとも「これはフジノの仕事が評価された」と受け止めています。

これからも、ひたすら愚直に仕事で成果を出していかれるように努力していきたいです。



フジノのように個人ではなく、議会全体で辞退しているところもあります

今回、辞退するにあたって

「他のまちの議員の方でも辞退しておられる方はいらっしゃるのかな?」

とネットで検索してみました。

すると、個人で辞退しておられる方はフジノと同じように居て下さいました。

それだけではありません。

なんと、早くも2013年に市議会全体で今後全て辞退すると決定したところもあると報じられていました。

Yahooニュースより

Yahooニュースより


以下に全文を引用します。

田辺市議会、永年勤続表彰を辞退~議員の為の市議会ではなく市民の為の市議会へ!

全国市議会議長会が一定の年数以上在職した議員や正副議長を対象にする「永年勤続表彰」というものがあります。

この永年勤続表彰は、議員の場合、在職10年以上が対象で、5年ごとに表彰状とバッジが贈られます。

この永年勤続バッジは、市議会議員勤続10年以上で金属部分が白金張になり、それ以上では通常のバッジ中央に配されている「市」の文字の部分に宝石がはめ込まれます。

15年以上でルビー、20年以上でスピネル、25年以上でジルコン、30年以上でゴールデンサファイア、35年以上でエメラルド、40年以上でアメジスト、45年以上でガーネットとなります。

在職年数で宝石の種類まで変わるのです。

さらに議長職には別の基準が設けられています。議員職を長く務めることは大変なことではありますが、だからといって、長く務めればいいのか、という素朴な疑問は湧き上がります。

この永年勤続表彰を和歌山県田辺市議会が2014年度から辞退することを決めたと報道されています。

市議会の全会派が「時代にそぐわない」として辞退を申し合わせたといいます。

そもそも一体何の為だったのかも今となってはよく分からないものです。

議員としての活動が素晴らしく、世の為人の為になったというのであれば、しっかりと表彰すべきものでしょう。

しかし、それだからといって在職年数で表彰していくのは、やはり説明がなかなかつかないものです。

慣習で行なわれてきたものですが、確かに「時代にあわない」でしょう。

議員バッジそのもののお金はそれほど大きなものではありません。

しかし、議員であり続けることをそのような形で表彰したり、バッジを与えたりすることはあまり意味があるとも思えません。

特に日本では、長く在職している議員ほど「格」が上、とみる傾向があります。

国会議員でも、その人の能力ややる気よりも、国会議員を何期務めているかが、大臣資格の大きな要素です。

地方議員でも同様な雰囲気があります。長老が居座り、議会改革を阻害している自治体は少なくありません。長老がいるから悪いというのではありません。悪い長老がいることもあるのだといいたのです。こうした自治体は不幸です。

議員の世界ではこうした表彰は大きな意味を持ちます。

ですから、もう少しでさらに上のものをもらえる「長老」は「改革」に反対してきたのでしょう。

市議会として永年勤続表彰を辞退するのは、田辺市議会が初めてとのこと。

個人での辞退はあっても、市議会として辞退する方向には進んでいなかったのです。

田辺市議会の勇断と言えるでしょう。

こうした形骸化した慣習をやめて、もっと市民生活に密着した改革が進むことを願います。

議員の勲章は、市民からの賞賛の声です。

在職中に行った業績が本当に評価されることが大切。

こうした表彰のシステムを作ることも改革につながるかもしれません。

こんな市議会もあるのですね。



表彰されるべきはどこの馬の骨ともわからないフジノを選んでくれた有権者のみなさまです

今から16年前、フジノはただの泡沫候補でした。

当時も現在も、どこの政党にも入っていないし、家族・親戚にも一切政治家はいませんし、組合など応援してくれる組織も一切ありません。

後援会もありませんし、まちかどに自分の顔の看板も1枚も出していません。

ポスターは絶対に笑顔にしないと決めて、過去4回とも笑っていません。もちろんガッツポーズも取りません。

選挙カーも一切出しませんし、握手もしません。

自分への投票をお願いする言葉を演説で語ったこともありません。

幼い頃から直毛が嫌でおとなになってすぐにパーマをかけました。映画会社にいてブリーチをしていました。

選挙に立候補するからといって、そのままの自分を変えたくありませんでした。

他の政治家がやっていることは全てやらないと決めて初立候補しました。

選挙や政治に詳しい人はみなフジノのことを「こいつは落選する」「泡沫候補だ」と思ったそうです。

けれども横須賀市民の有権者の方々は違いました。

フジノの可能性に信じて、これまで4回も当選させて下さいました。

その想いに応えるべく、全力で仕事をしてきました。

フジノが実現してきた仕事の成果についてはみなさまがすでにご存知のとおりかと思います。

泡沫候補だったフジノを信じて下さった有権者のみなさまこそが表彰されるにふさわしいのではないかと思います。

これまでフジノを働かせて下さって本当にありがとうございます。

これからもフジノは全力で働いてまいります。



藤野英明のプロフィール

【一部更新しました:2018年6月25日現在の経歴に更新しました】

1.現在の肩書き

「フジノとは何をしている人間なのか?」と尋ねられたら「こういう仕事をしています」と答える順番に記してみました。




2.外部から依頼・選任されて、就任している役職など

マニフェスト大賞ベストHP賞を受賞




3.自分の意思で所属している学会・勉強会

政策を実現する為に必要な知識や情報を学ぶ為に、いくつかの学会や勉強会に参加しています。




4-1.これまでの経歴(初当選まで)

政治とは全くカンケーない人生を送ってきました。父は警察官、母はパートタイマー、親戚にも政治家は誰もいません。

幼い頃の夢は「映画監督になること」でした。

公立の小中高校に通い、映画撮影・陸上部・バンド活動とふつうの青春を送っていました。

1974年〜2002年
1974年4月8日横須賀市追浜本町2丁目に生まれる(現在、45才)
1981年3月白鳩幼稚園 卒園
1981年5月市立夏島小学校に入学するが、5月に武山へ引越し
1987年3月市立武山小学校 卒業
1990年3月市立武山中学校 卒業
1993年3月県立横須賀高校 卒業
1998年3月早稲田大学・教育学部・教育学科・教育心理学専修(臨床心理学を専攻) 卒業
1993~98年大学時代を通じて、都内のメンタルクリニックにて無給研修生としてデイケアで働かせていただく
1998年4月東宝株式会社に入社
映画興行部、財務部(財務部資金課・財務課)にて丸5年間勤める

幼い頃からの夢だった映画の世界に入り、しかも日本映画界のトップである東宝に入社し、はたから見れば幸せな社会人生活を5年間、送っていました。

業界の花形である映画興行部での3年間は、まさにエキサイティングでした。週末ごとに国内外のトップスターを間近に見る、全国の映画館が東宝の動向を追っている。ドキドキする毎日、興行屋であり映画屋であることを誇りに感じました。

けれども29才の時、政治家に転職することになりました。



2003年
1月30日政治家に転職する決心をする
2月5日 Yデッキにて街頭演説を始める
3月31日 東宝株式会社を退職する
4月20日統一地方選挙に立候補
4月27日 市議会議員に初当選(45人中、第4位。4,967票)

立候補の相談に行った選挙管理委員会でも「選挙の1ヶ月前に立候補を決心しても遅すぎる。やめたほうがいい」と言われた無謀な立候補、泡沫扱いでした。

けれども、横須賀市民のみなさまに僕の想いと政策は、届きました。

政治家に転職して、最初の4年間。

2003年
5月民生常任委員会(福祉・医療・環境・消防)に所属する
財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任する
議会だより編集委員会にて『議会でゲンキ』を作成する
議会IT化運営協議会にオブザーバーとして参加する
2004年
4月日本社会事業大学通信教育科(1年7ヶ月)の精神保健福祉士養成過程に合格、入学する
5月民生常任委員会に再び所属する
議会IT化運営協議会に2年連続でオブザーバー参加する
2005年
5月民生常任委員会に3年連続で所属する
10月31日日本社会事業大学通信教育科・精神保健福祉士養成過程を卒業
2006年
3月31日精神保健福祉士の国家試験に合格
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する
6月30日 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表に就任する
9月15日 上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に合格
2007年
4月3日上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に入学、福祉政策を専攻、地域社会政策の観点から自殺予防対策を研究する




4-2.これまでの経歴(2期目)

政治家に転職した最大の目的であった『自殺対策基本法』成立を実現できた為、1期かぎりで退職するつもりでした。

もともと大学時代に、恩師から大学院進学を薦められていたのですが、家計の事情で断念していました。それでも社会人になって9年間、学費をコツコツと貯めてきました。

政治家1期目の終わりに改めて大学院を受験し、無事に合格。地域社会政策としての自殺対策を研究しながら、精神保健福祉士として自殺へと追い込まれる方々を減らす為に働いていくことを決めていました。

けれども、多くの方からの「もう1度立候補してほしい」との声をいただき、2期目も立候補することになりました。

2007年
4月22日 市議会議員(2期目)に当選(63名中、第2位。6,901票)
5月民生常任委員会に所属する(通算4年目)
2008年
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局を所管する)に所属する(通算2年目)
2009年
2月『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表を辞任する
3月『市議会だより編集委員会』に就任
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する(通算3年目)
『議会IT化運営協議会』にオブザーバーとして3度目の参加
6月30日学費の支払いが不可能となり、上智大学大学院を自主退学する
11月6日第4回マニフェスト大賞(ベストホームページ部門)を受賞しました
2010年
2月第6回リリー賞の選考委員会に任命される。選考に関わらせていただきました
5月民生常任委員会(健康福祉部・こども育成部・消防局・環境部を担当)に所属する(通算5年目)
『議会IT化運営協議会』に4度目のオブザーバー参加
6月NPO地域精神保健福祉機構の理事に就任
7月横須賀市民生委員推薦会下町地区準備会委員に委嘱される
2011年
2月第7回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-3.これまでの経歴(3期目)

東日本大震災が起こました。

「こんな非常事態に、選挙なんかやってる場合じゃないのに」という強い怒りがありました。けれども同時にそれは「たくさんの困っている方々の為にもっと政治がやるべきことがある」という強い想いとなり、3度目の出馬を決意しました。

2011年
4月25日市議会議員(3期目)に当選(61名中、第2位。6,457票)
5月12日教育福祉常任委員会(旧・民生常任委員会)に所属する(通算6年目)

財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任

『議会報告会等準備会』委員に就任

6月『脱原発社会を考える議員連盟』の事務局長に就任
2012年
1月第8回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月教育福祉常任委員会に所属する(通算7年目)

議会IT化運営協議会に5度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に就任

6月NPO地域精神保健福祉機構の理事に再任
2013年
1月第9回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月教育福祉常任委員会に所属(通算8年目)

議会IT化運営協議会に6度目のオブザーバー参加

横須賀市スポーツ推進審議会委員に就任

6月民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任

「市政功労者」と「全国市議会議長会在職10年表彰」を辞退(過去、辞退をしたのは木村正孝氏とフジノの2人のみ)

2014年
1月第10回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月生活環境常任委員会(市民安全部・市民部・資源循環部・上下水道局・消防局を所管)に所属

議会IT化運営協議会に7度目のオブザーバー参加

6月NPO法人地域精神保健福祉機構の理事に再任される
2015年
1月第11回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-4.これまでの経歴(4期目)

2015年
4月市議会議員に当選(4期目)
5月教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に8度目のオブザーバー参加

2016年
1月第12回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
4月日本福祉大学(通信教育学部)福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科入学
5月教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に9度目のオブザーバー参加

社会福祉審議会・委員に就任

6月民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任
2017年
1月 (仮称)政策検討会議等準備会にオブザーバーとして参加


第13回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

政策検討会議にオブザーバーとして参加

議会ICT化運営協議会に10度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に2度目の就任

8月ごみ屋敷対策検討協議会に所属
2018年
1月第14回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される
2月FM戦略プラン審査特別委員会の委員に就任
がん対策検討協議会にオブザーバー参加
3月日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科 卒業(福祉経営学学士取得)
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

政策検討会議にオブザーバーとして再び参加

議会ICT化運営協議会に11度目のオブザーバー参加

横須賀市社会福祉審議会・委員に2度目の就任

6月NPO法人地域精神保健福祉機構の理事に再任される



そして、現在に至っています。



5.政党・会派には一切所属していません

どんな政党とも会派とも全くカンケーの無い、無所属です。

2008年11月12日をもって、横須賀市議会議員の中でフジノたった1人だけが無所属・無会派となりました。残りの40名はみんな、どこかの政党か、会派に所属しています)

フジノには後援会もありません。

どんな組織からも『推薦』などは受けていません。

職業として政治家をやりたいのではなく、このまちを変えるという「目的」を実現する1つの「手段」として政治家に転職をしました。

2006年4月25日のシンポジウムでのフジノ

パネリストとして招かれたシンポジウム(2006年4月25日)「あなたにとって政治とは?」と尋ねられて「目的を実現するための、ただの手段です」と改めて断言しました。

*市民のみなさんに対して政治家が伝えるべきことはあくまでも「政策」「このまちの未来」「活動の実績」「政治とお金」などだと僕は考えています。

*どこの大学を出たとか、どこの地域で暮らしているとか、家族が何人だとか、趣味は何だ、とか、そういった情報は政治家を選ぶ上での情報ではあるべきでない、そう固く信じています。

つまり、「同じ高校/大学の卒業だから応援しよう」とか「育った地元が同じだから投票しよう」ということはまちがっているからです。

投票はあくまでも政策に基づいて行うべきだとフジノは信じています。

年齢の若さなども政治家を選ぶ根拠では無い、と僕は信じています。

あなたが毎日の暮らしの中で感じているおかしい、もっとこうすればこのまちは良くなるのに、という想いと同じ想いを持った政策を訴えている人こそがあなたに必要な政治家だと僕は思います。

そんな政治家で在りつづけられる様にいつも全力で働き続けていきます。




profile2013fujino



東大和市役所文書課長・下村和郎さんから文書管理の重要性を学びました/関東学院大学・牧瀬稔先生「KGUかながわ学(行政)」の聴講へ

関東学院大学「かながわ学(行政)」の聴講へ

今日は、質問作成と議案書の読み込みの合間をぬって、関東学院大学金沢文庫キャンパスにお邪魔しました。

関東学院大学金沢文庫キャンパスにて

関東学院大学金沢文庫キャンパスにて


横須賀市議会と関東学院大学との包括的パートナーシップ協定に基づいて、聴講制度が設けられています。

そこで、4月から牧瀬稔先生の『かながわ学(行政)』を聴講させていただいています。



「文書主義」は民主主義の根幹であることを改めて学びました

本日のゲスト講師は、東大和市役所の文書課長である下村和郎さんでした。

東大和市役所総務部文書課長の下村和郎さん

東大和市役所総務部文書課長の下村和郎さん


文書課の仕事はまさに縁の下の力持ちで、民主主義の根幹を支えているといっても良いと思います。

下村さんは、行政の仕事が『文書主義』であることについて、丁寧に学生のみなさんにお話して下さいました。

世間では文書主義のことを『お役所仕事』と揶揄することもありますが、フジノは体験を通じてそれは違いますとハッキリとお伝えしたいです。

これはフジノが政治家に転職してからも常に意識していることなのですが、

  • 意思決定とそのプロセスをいつでもさかのぼれる為
  • 情報の伝達と公開の為
  • 説明責任を果たす為

にも、どんなささやかな事柄でもひたすら文書として残すようにしています。

(*実際はパソコンのメモを使用しています。作成時間、更新時間など全てが記録されていますので)

下村さんの講義「文書課で仕事をして感じていること」

下村さんの講義「文書課で仕事をして感じていること」


「そもそも行政が扱っている文書は誰のものか?」

という、根本的でとても大切な事柄についてもお話して下さいました。

公文書等の管理に関する法律

第1条

健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用しうるものである。

活動を現在及び将来の国民に対する責務が全うされるようにすることが目的

法律にも明確に位置付けられているように、行政の文書は全て主権者である国民のみなさまのものなのですよね。

文書課の仕事とは?

文書課の仕事とは?


国民のみなさまの『知る権利』を守ることが何よりも大切です。

そして同時に、政治・行政にとっては

国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する(情報公開法第1条「目的」)

ことで、より良い行政運営を進めることができます。

地方自治法第149条に位置づけられた重要な事務です

地方自治法第149条に位置づけられた重要な事務です


牧瀬先生やフジノらにとっては、こうしたお話は改めて納得というか、うなずきながら聴かせていただきました。

ただ、学生のみなさまに同じように理解してもらうことは当然ながら難しい訳です。

(これは政治・行政に関わっていなければ、大人でも同じだと思います)

そこで、昨今のニュースから4つの話題を取り上げて、具体的な事例にからめてお話して下さいました。

いま最も話題の公文書管理の問題といえば・・・

いま最も話題の公文書管理の問題といえば・・・


文書が保管されていれば救済も進むのですが・・・

文書が保管されていれば救済も進むのですが・・・


元号の変更は本市も対応せねばならない重大なテーマです

元号の変更は本市も対応せねばならない重大なテーマです


個人情報が漏れると殺人事件にもつながります

個人情報が漏れると殺人事件にもつながります


逗子ストーカー殺人事件において、加害者が雇った探偵に情報を提供してしまった逗子市役所の対応は、今も絶対にあってはならない悪い手本として心に刻んでいます。

毎回「学生のみなさんにとってはやや難しいかな?」と感じるのですが、議員であるフジノにとっては行政の取り組みを再学習するすごく良い機会です。

下村課長、本日はありがとうございました。

そして牧瀬先生、本日もありがとうございました。



東大和市はとても素敵なまちですね

ところで、東大和市は『出生率が都内ナンバーワンのまち』です。

出生率が都内ナンバーワンのまち・東大和市

出生率が都内ナンバーワンのまち・東大和市


さらに『共働き子育てしやすい街ランキング第3位』(2017年)のまちでもあります。

共働き子育てしやすい街ランキング第3位(2017年)のまち・東大和市

共働き子育てしやすい街ランキング第3位(2017年)のまち・東大和市


日本の総人口が減少する中でも年々人口が増えている珍しいまちのひとつです。

多摩湖のほとりをいつか訪れてみたいなと感じました。

本日のおすすめプレート(500円)

本日のおすすめプレート(500円)


関東学院大学金沢文庫キャンパスに学びに訪れた時の、自分へのご褒美は学食での食事です。

今日は、500円でおすすめプレートを頂きました。

さあ、学びの後は横須賀へ戻ってひたすら仕事です!

6月議会はあさって6日(水)スタートです。

一般質問の順番も明日5日(火)の議会運営委員会で決まります。

まさに直前の忙しい時期まっただなか。

がんばりますよー!



2018年版の「原子力防災パンフレット(大人向け)」が完成しました/ぜひご意見ください

「原子力防災パンフレット」2018年版が完成しました!

これまで横須賀市では、2012年12月に初めて『大人向け』の原子力防災パンフレットを作成して配布いたしました。

それから5年半が経ち、このたび最新版(2018年度版)が完成しました。

原子力防災パンフレット「わたしたちの生活と放射線」(大人用)

原子力防災パンフレット「わたしたちの生活と放射線」(大人用)


まだ横須賀市のホームページ(2018年5月22日現在)では旧バージョンが掲載されていますので、一足先にこちらで公開します。

「防災に関する各種パンフレット」横須賀市HPより

「防災に関する各種パンフレット」横須賀市HPより


まだ横須賀市のホームページに掲載されていないので、フジノがPDFファイルにしましたのでご覧下さい。

こちらをクリックして下さい。

ぜひあなたにもお読みいただいて、ぜひご意見やご質問をお願いしたいです。

前回も記しましたが、そのご意見などをもとにして、改訂を繰り返していくことで、より良いものにしていきたいと考えています。

ぜひご覧下さいね。