45才になりました。誕生日はいつも政治家フジノの産みの親である市民のみなさまに産まれた場所であるワイデッキで感謝と決意をお伝えしています

45才の誕生日もワイデッキで市民のみなさまに感謝と決意をお伝えしました

29才の時に初めて当選をしてから16年間が経ちました。

今日4月8日がフジノの誕生日で、45才になりました。

毎年4月8日の誕生日は、ワイデッキで市民のみなさまに感謝と決意を語らせていただいています。

夜のワイデッキで市民のみなさまに語りかけました

夜のワイデッキで市民のみなさまに語りかけました


何故ならば、ただひたすらワイデッキで演説を続けてきて、政治家・藤野英明は誕生しました。ワイデッキは政治家・藤野英明が産まれた場所です。

そして、政治家・藤野英明の産みの親はこのワイデッキで街頭演説を聞いて下さった市民のみなさまだからです。

誕生日は、産みの親に感謝と決意を伝えるべき日と考えています。




これまでも、そしてこれからも、政治家・藤野英明は、市民のみなさまの命と暮らしを守る為に全力を尽くしてまいります。

自殺対策、医療提供体制のさらなる改善、精神保健医療福祉の向上、障がいがあろうとなかろうと誰もが自分らしく生きていかれる社会づくり、性的な多様性の保障、不妊・不育症治療の支援、流産・死産・新生児死亡・中絶の悲しみへのグリーフケア、医療的ケアや医療依存度の高い赤ちゃんとこどもたちの小児在宅ケア、犯罪被害者支援・加害者更生支援などをはじめ、

社会保障・社会福祉・教育など、フジノがやらねばならないことは山積みです。

政治家フジノを産み出してくれた市民のみなさまに恥じないように、これからも多くの政策を提案し、しっかりと成果を出していくことをこの45才の誕生日に改めて誓います。



進退について決心しました。これからも「命を守る」為に全力で取り組んでいきます!/選挙まで残り12日間。落選しても自分らしさを貫きます

「命を守る」為にこれからも全力を尽くします

これから自分がどうしていくべきか、進退についての結論がようやく出せました。

本日、選挙管理委員会を訪れました。

そして、正式な立候補予定者となることをお伝えしてまいりました。

横須賀市選挙管理委員会へ

横須賀市選挙管理委員会へ


夕方には、SNSを通じて動画でみなさまに素直な想いを報告させていただきました。





ボロボロの自分、完全に消えた自信

2ヶ月間にわたる鬱病による長期休職は本当に長くて苦しくて、長年つちかってきた仕事の成果に裏打ちされた自信も誇りも全て消えてなくなりました。

とても弱気になり、人と会うのは怖くてたまらず、何かちょっと行動しただけでクタクタに疲れ切ってしまうのです。

3月18日に正副議長にお会いしていただき、3月25日に全ての議員にお会いしていただき、長期休職のお詫びとご説明をさせていただきました。

3月26日にはようやくみなさまに向けてブログを通じてこれまでの経緯についてお伝えすることができました。

いろいろな方から今後について尋ねられても

「4月末に任期が終わるまでは全力で働きます。それ以外は分かりません」

正直なところ、その日の僕にはそれしか考えられない状態でした。

これから自分がどうしていくべきなのか、まだ何も考えられませんでした。



全国から頂いた温かい励ましのお言葉

そのブログ記事を3月27日に上西充子先生と三宅雪子元代議士がツイッターでつぶやいて下さったおかげで、全国にフジノの長期休職と復帰をめざしていることが拡散されました。

ブログへのアクセスも久しぶりにすごい数にのぼりました。

さらに3月28日の夜頃には、お返事しきれないくらいにたくさんのメール・SNSのメッセージ・留守番電話を全国からいただきました。本当にたくさんの方から温かいお言葉をいただきました。

僕は『政策』には命をかけて取り組んできましたので自信があります。

予算議会で行なうつもりだった市長への質問原稿も完成していますので、本会議さえあればいつでも質問に立てます。

いつも市民のみなさまの声に耳を傾けてきた自負がありますので、予算委員会が開かれれば、原稿なしでも何時間でも質問に立てます。

この16年間、一般質問や委員会質問が浮かばないということは一度もありませんでした。いつも質問原稿を削って削って、発言時間内におさめることに必死でした。

解決しなければならない問題はいつも目の前にたくさんありますので、提案したい取り組みも叶えたい政策もたくさんあります。

けれども、僕は求められているのでしょうか?

つい数日前まで鬱病で死にかけていた僕には自信もなく、自己肯定感も低くて、『政策』ではなくて『僕そのもの』が必要とされているのかは全く分かりませんでした。

だから、こんなにもたくさんの励ましのお言葉をいただいた時に、泣けてしかたがありませんでした。

病気特有の感情の不安定さもあったとは思います。

でも、こんなにボロボロになった使い古しのぞうきんみたいな僕でも、まだ必要として下さっている方々がおられるのだと、涙が出ました。



ドクターの許可は出ても消えなかった迷いと悩み

3月28日・29日と、体の病院・メンタルクリニック・カウンセリングと立て続けに受診をしました。

ドクターも、カウンセラーも、「藤野さんのやりたいようにやってごらんなさい」とおっしゃって下さいました。医療的なゴーサインは出ました。

それでも、なかなか気持ちが定まりませんでした。

なんといっても、ほとんどの政治家たちは選挙の準備は1年前から始めるのが常識です。

常識が嫌いなフジノは、これまで16年間いつも「予算審査も終わっていないのに自分の進退なんか語ってる場合じゃない」と強がってきました。

予算議会が終わる3月末までいつも選挙の準備をしたことがありませんでした。

でも、それは心身ともに充実していたからこそできた『無理』なのでした。

今の自分の状況は、過去とはかけ離れていました。

なんとか『無理』をして人と会うことができる、なんとか『無理』をしてブログやメールへのお返事を書ける、そんなレベルなのです。

しかも今年は天皇陛下の退位と即位の関係で、例年とは異なってあらゆる選挙の日程がかなり早い時期に繰り上げて行なわれることになりました。

そして4月はもう目の前です。

つまり、僕に残されている時間はほぼありません。

今までとは全く違う完全にマイナス要素しか無い中で『落選確実』なのに立候補してもなあ・・・と迷いました。



苦しんでいる人の存在を知っているのに動かなければ僕には生きている意味が無い

3月30日、初めて市外での仕事に復帰しました。

3期目に入ってからずっと取り組んできた、大切な政策があります。赤ちゃんにまつわる、あらゆる事柄についてです。

不妊症・不育症とその治療。たくさんの涙、葛藤、喜び、悲しみ。

流産・死産・新生児死亡・中絶、グリーフケア(ビリーブメントケア)。

生まれる前の赤ちゃんの状態を調べることができる様々な出生前診断とNIPT。

低出生体重児と呼ばれる小さく生まれた赤ちゃんや人工呼吸器などの医療的ケアが必要な赤ちゃん、NICU・GCU、周産期医療と小児医療。

予期せぬ妊娠によって生まれた赤ちゃん、親の精神疾患やアルコールや薬物依存症や虐待などで引き離された赤ちゃん。

里親制度と養子縁組。

これらのテーマは取り組む人がいないのでフジノがやらねばならない大事なテーマです。

もちろん予算議会でも質問するつもりだった様々な提案があります。

そんな強い想いを持つ僕なので、3月30日に参加させてもらったNPOによる『胎児相談ホットライン設立説明会』は本当に感動しました。

2016年に一般質問して横須賀に立ち上げを提案した取り組みを、民間の産婦人科ドクターをリーダーに、NPOと市民のみなさんが一緒になって設立に向けて本当にがんばっておられました。

ふだんは絶対にシンポジウムや講演会の後の懇親会には参加しないフジノですが、終電にまにあうぎりぎりまで懇親会に残って、たくさんのことをたくさんの同じ想いを持つ方々と語り合いました。

僕の中の

「政治家たちはとりあげないけれど本当に苦しんでいる人がいるのに、誰にも言えないせいでよけいに苦しい想いをしている人たちの存在を知っている以上、僕が動かなければ僕が生きている意味は無い」

という想いが沸々と蘇ってきました。



長年の仲間を置き去りにしてひとりだけ健康になれたとしても僕には意味が無い

翌3月31日は、初めて市内での仕事に復帰しました。

ひとり親支援の為に12年以上前から一緒にがんばってくださっている方々と再会することができました。

『よこすかひとり親サポーターズひまわり』の定期総会に参加させていただいたのです。

僕自身が立ち上げメンバーのひとりのようなものなので、毎年出席している恒例行事です。

けれども毎年とは違う空気(それは僕のせいです)がありました。

うまくここには記せないのですが、ひとり親支援が日の目を全く浴びなかった頃からそれでも一生懸命ともにがんばってきてくれた方々から頂いた励ましのお言葉は、深く心につきささりました。

がんばっている人たちを置き去りにして僕ひとりだけ元気になれたとしても何の意味も無いと感じました。

みんなと一緒にまだまだがんばりつづけたいという気持ちが湧いてくるのを感じました。



心の師匠から頂いたお言葉

ある方にお会いしていただく為に、定期総会・お花見会を途中で抜け出しました。

18〜19歳の頃に読んだ本でその方の存在を知って、いろいろな経緯を経て、僕はその方の後を追うように政治家になりました。

僕にとって『心の師匠』と呼ぶべき存在です。

ご縁があって親しくさせていただいてはいても、やっぱり十代の頃からの憧れの存在なので、今までは個人的な相談を聞いていただくようなことをしたことは1度もありませんでした。

勇気をもってこちらから初めてお電話をさせていただいて、ご自宅でお会いしていただきました。

ブログでも記した12月末に起こった悲しい出来事をはじめ、長期休職に至った経緯とこれからどうすべきか悩んでいることを率直にお話しました。

テレビ出演や執筆など本当にお忙しい方なのですが、一度も時計に目をやることもなく3時間も相談にのっていただきました。

そして明快な結論をいただきました。

「何も恥ずべきことはない。きみは胸をはって立候補しなさい」

このお言葉をいただいて、全てが吹っ切れました。

帰路の電車内で、僕が10代の頃から44才の今に至るまでの人生を振り返っていました。

僕は、誰かが幸せになってくれることが僕の幸せなのだ。

僕は、誰かの苦しみを消えて無くせることが僕の幸せなのだ。

それが僕の生きている意味で、他には無い。趣味もないし、お酒もタバコもやらないし、僕には何も無い。

ただひとつ、「命を守る」為に働き続けることだけが僕の存在意義なのだと改めて確信しました。



家族の想い

そして、昨日4月1日。

入院している家族のもとで1日の大半を過ごしました。

この16年間、かつては大家族だったはずの藤野家はひとり欠け、ふたり欠け、遺されたのはごくわずかになってしまいました。

元気に動けるのは僕しか居ませんし、その僕がまた24時間365日働くような環境に戻っていくことは家族にとって良いこととは思えません。

それでも僕の素直な想いを話して、家族がどう思うのかを聞かせてもらいました。

「英明の生きたいように生きることが大切」

その言葉で、決意は固まりました。



たとえ準備は不十分でも自分らしさを貫きます

この16日間の僕の心の動きを記しました。

そして、今日のご報告に至りました。

過去の経験から、選挙というものは本当に心身ともに疲弊しますし、準備には長い期間をかければかけるほど良いことは分かっています。

残り12日間という状況ですから、準備は不十分にしかできないでしょう。

選挙は甘くない。たぶん落選する。

でも、いい。自分らしさだけを最後まで貫ければ、いい。そう思っています。

僕には訴えたい政策があふれるほどにあります。

僕には守らなければならない人たちがたくさんいます。

僕には声にならない声に常に耳を傾けねばならない責任があります。

僕はその声を必ず代弁して社会を変えていかねばならないという強い想いがあります。

だから、歩き続けます。



これからも歩き続けます

16年間ずっと前を向いて歩き続けてきて、2ヶ月休んでしまったけれど、僕はこれからも歩き続けます。

あいかわらず「長い文章は読まれない」とみんなに言われるのは分かっているのですが、素直な気持ちを伝えるには長くなるのはしかたがありません。

僕のこの想いをあなたに知ってほしくて、この文章を書きました。

これからも歩き続けます!



長期休職からの復職に全国から頂いた温かいメッセージをいただきました。みなさまに心から感謝しています

上西充子先生、ありがとうございます

前回のブログで、議会への長期欠席に至った理由ととお詫びを記しました。

ありがたいことに、そのブログ記事を上西充子先生がご自身のツイッターでご紹介して下さいました。

上西充子先生のツイート1
上西充子先生のツイート2


上西充子先生(法政大学教授)とは、昨年11月に松戸市議会議員選挙でご縁がありました。

昨年11月11日、上西充子先生とフジノ@松戸駅

昨年11月11日、上西充子先生とフジノ@松戸駅


フジノにとって雲の上の方で、過労死防止対策推進法を市民活動として何とか実現したいという想いで居た2014〜2015年頃、上西先生の存在を知りました。

ブラック企業撲滅の為のシンポジウムなどに講師やシンポジストとして良く登壇して下り(つまり僕たちの味方です)、特に、若い人たちが働く上で身を守る為の分かりやすい本を著して下さっているという印象がありました。

昨年は、あまりにも国会で大臣が繰り返すダメ答弁を上西先生が『ご飯論法』と名付けたのがきっかけで、一気に世間の関心がこの問題に集まりました。

(*2018年の流行語大賞にも『ご飯論法』は選ばれています)

昨年11月はカフェで一緒にお食事をして、なかなかタクシーを見つけられずに一緒にタクシーを止めて、松戸駅までの車中でたくさんお話をさせていただき、駅についても話が止まらなかったという素敵な機会を頂きました。

でも、まさかフジノのことなんて憶えて居て下さるとは思いませんでした。

常に精力的に活動されている上西先生が、今回のツイートをして下さったことには本当に驚きましたし、嬉しかったです。

僕はもう若者という年齢ではありませんが、上西先生がずっと著作や講演で訴え続けてこられた「若者を過重労働で殺させない」という想いが伝わるツイートで、心にしみました。

ありがとうございます。



三宅雪子元代議士、ありがとうございます

さらに、三宅雪子元代議士もツイートして下さいました。

三宅雪子元代議士のツイート1
三宅雪子元代議士のツイート2

フジノにとって三宅元代議士は、障がい福祉をより良いものへ変えていく大切な心強い存在のひとりです。

月刊『手をつなぐ』にも寄稿されたり、障がいのある方々の味方です。

ただ、三宅元代議士もフジノが一方的に知っているだけで、やはり雲の上の存在でした。

じかにお会いしたことがあるのは2010年9月26日、茅ヶ崎市での講演会の時に少しお話をさせていただいただけ。

それなのに今回のフジノのツイートとブログを紹介して下さいました。胸を打たれました。

本当にありがとうございます。



みなさまに感謝しております

おふたりを始めとする善意の方々のおかげで、長期休職を報告したツイートは2万人以上の方にご覧いただくことができました。

フジノのそのツイートは2万人以上が見て下さいました

フジノのそのツイートは2万人以上が見て下さいました


そのおかげで、インターネットやSNSを利用しておられる方々にはフジノの状況は正確に伝わったのを感じています。

おふたりには深く感謝しております。ありがとうございます。

そして、全国のたくさんの方々からメール・DM・メッセンジャーなどで激励のお言葉をいただきました。すごく励まされました。

全国のみなさま、本当にありがとうございました。



病院通いが続いていますが、仕事を再開しつつあります

現状をお伝えしますと、昨日も都内の病院へ行き、今日はメンタルクリニックとカウンセリングと、ひたすら病院通いが続いております。

でも、ドクターもカウンセラーの方も

「少しずつ良い方向に向かっているね」

とおっしゃって下さっています。

長期休職中に頂いたご相談のメールにお返事を書き始めるなど、事務仕事を少しずつ再開しています。

できれば週末には、実際に人とお会いするような仕事も再開していきたいと思っております。

みなさまには大変なご迷惑とご心配をおかけしてしまいましたが、ゆっくりとリカバリーへ向かっていきたいと思います。

うつ病とパニック障害の2つの持病とは20年近いつきあいですが、今回の悪化は10年ぶりくらいのひどいものでした。でも、必ず克服したいと思います。

本当にありがとうございました。



【みなさまへ】2ヶ月間にわたる議会への長期欠席のお詫びと現状報告です

ご報告とお詫び

市民のみなさまへ。

このたび、議会を2ヶ月という長期にわたって欠席してしまいました。

特に、大切な2019年度当初予算案の審査に参加できなかったことを心からお詫びいたします。

原因は、20年来の持病である鬱病が極度に悪化してしまった為です。

なかなかご報告できる機会がなく、インターネットやスマホへの接続も禁止されていましたので、多くの方にご心配をおかけしてしまいました。

誠に申し訳ございませんでした。

長期の療養のおかげで少しずつ快方に向かっており、市民のみなさまにようやくご報告とお詫びをできるようになりました。

昨年末、精神的に大きなショックを受ける出来事が連続して起こりました。

12月20日に仕事において、12月27日に家族について、ともに命に関わる出来事が起こりました。

これまで僕は、たとえ家族が亡くなった時も通常通りに働きながら一切休まずに葬儀の手配などを果たしてきました。例えば、4年前に亡くなった父の植物状態は12年に及びましたが、その間に繰り返し起こった危篤の事態や看取りの場面においても仕事は一切休まずに、公私を完全に両立させてきました。

その為、今回の一連の出来事が起こった後も、通常通りに働き続けることにしました。

特に、命に関わることがらは人智を超えたもので、僕がどれだけ努力をしても結果を左右することはできません。

かたや仕事は、必死に努力をすれば現実を良い方向に変えていくことができます。

だから、悩んだり苦しい気持ちは心に蓋をしてガマンをして仕事に懸命に打ち込むことにしてきました。

例えば年末年始も例年通り1日も休まずに「ひとり自殺対策街頭キャンペーン」に立ち続けましたし、毎年見守りに行っている「新成人のつどい」も見届けました。

仕事のスケジュールを調整して、家族の通院には必ず付き添っていたのですが、なかなか病気の原因が検査をしても分からず、大学病院にもたびたび通うこととなりました。

そして、1月21日から始まる週に、家族のひとりが余命宣告を受け、もうひとりは入院しなければならなくなりました。

積み重なっていくばかりの困難は、気づかないうちに僕の精神状態に大きな悪影響を与えていました。

昨年は1年間休み無しでずっと働き続けてきました。

最後に丸一日通しで休暇を取ったのがおととしのいつなのかも正直カレンダーをみても分かりません。無茶な働き方をしている自覚はありましたが、肉体的にもすでに限界まで追い込まれていたのかもしれません。

これまでのように全ての仕事を通常通りに行ないながら、家族の闘病、そして看取りに向けて、毎日を過ごすことがだんだんと難しく感じるようになりました。

人前に出る仕事ですので、まず全く笑えなくなったことに気が付きました。1月下旬には作り笑顔をしなければ笑えないとはっきり自覚するようになりました。

市民相談を常に受ける仕事ですので、僕はプロのカウンセラーにスーパーバイザーとして定期的にスーパーヴィジョン(カウンセラーをカウンセリングするようなイメージです)をお願いしています。スーパーバイザーからも休暇を取るように強く勧められました。

ある時、このままでは自殺してもおかしくないと自覚する瞬間がありました。

かつて元恋人が亡くなった後に、気づくと僕自身も駅のホームから無意識に飛び込もうとしていたことがありました。その時の感覚に近い、危機を感じました。

そこで1月25日、議会事務局に自分の状態をお伝えして、かかりつけの精神科クリニックに行きました。

そして出た診断が、鬱病の悪化がひどい為に長期休養が必要だ、というものでした。

「入院が必要」とのご意見も頂いたのですが、僕の家族が置かれている状況をご説明して(家族・親戚で、自分以外に動ける人間がいない中で僕まで入院になると他のふたりをサポートできる存在がゼロになってしまう)、自宅での療養としていただきました。

まず、1月28日・政策検討会議を欠席させていただきました。

欠席はしたものの、家族の闘病をサポートしながら、まもなく始まる予算議会での質問に向けて文献を読んだり調査を続けていたので毎晩遅くなることが多く、実際には全く自分の休養はできませんでした。

この16年間、本会議での質問の機会は全て質問に立ってきたので、3月の予算議会でも僕は質問を行なうつもりでした。実際に、3月1日の質問原稿も発言通告書も完成させていました。

入院をしないかわりに週1回必ず精神科クリニックに通院するという約束をしていました。実際には休養は取ることができずに家族・仕事で精一杯に動き回っていましたので、毎週通院のたびに復職を訴えるのですが、その許可は全くおりませんでした。

カウンセリングも通常のスーパーヴィジョンではなくて、極度の鬱状態を脱する為のカウンセリングとして毎週通い続けていました。

体調は改善せず、2月15日のFM戦略プラン審査特別委員会、2月18日の本会議(市長の施政方針演説)を欠席せざるをえなくなってしまいました。

質問の発言通告書の締切は2月19日の17時でした。

これまで16年間どんなことがあっても質問を続けてきたという責任感と誇りが、ギリギリまで「質問しないならば議員である資格は無い」という強迫観念となって、僕を苦しめました。

最終的には、日付が19日に変わった深夜2時頃の事務所で、発言通告書を提出するのを諦めることに決めました。ふとした瞬間に「この質問ができなかったら死んでもいい」という異様な精神状態になっていた自分を客観的にみることができたからです。

そして、ドクターの診断どおりに予算議会の本会議での質問を断念することになりました。

本当につらい決断でした。これまでの15年9ヶ月にわたって全ての議会で質問をしてきたのは僕しかいないという状況で、残り任期で最後の1回の質問ができないなんて...。

2月19日に質問を断念し深く落胆していたところに、2月21日には家族が病院で亡くなりました。

動けるのは自分しかいませんので、亡骸を引き取り、火葬し、家族だけの弔いをしました。

そして、16年間横須賀市議会でただひとりの連続質問記録の継続という呪縛からも解放されて、憑き物が取れた感覚もありました。

ここに来て、僕はようやく本当の意味で医師の診断どおりに休養を取ることができるようになりました。

ここから

2月19日、教育福祉常任委員会(補正予算案の審査)
2月25日、議会ICT化運営協議会
2月26日・27日・28日・3月1日、本会議
3月4日、FM戦略プラン審査特別委員会
3月6日・8日・13日・15日、教育福祉常任委員会(2019年度当初予算案の審査)

と欠席させていただき、療養に努めました。

それでも、12月末の仕事での悲しい出来事も乗り越えられない自分がおり、2月に失った家族のことも、そして退院はしたものの再発の可能性がある家族の存在と、なかなか本当の意味で療養をするのは難しかったです。

ようやく3月15日にドクターから「試し運転で議会に顔を出しても良い」との許可が出ましたので、議会事務局にお願いをして、3月18日に正副議長にお会いしていただき現状の報告と長期の欠席をお詫びに伺うことができました。

また1週間後の昨日3月25日には、議会運営委員会の正副委員長、所属する教育福祉常任委員会・FM戦略プラン審査特別委員会の正副委員長、そして全ての会派を回って現状の報告と長期の欠席をお詫びすることができました。

明日27日に本会議(最終日)がありますが、全く予算審査に関わっていない立場で賛否の表明をすべきではないというご意見もあり、僕は最終日も欠席させていただきます。

復職だけが目標の毎日で焦ってばかりだったのが、3月18日に正副議長にお会いしていただいた翌日から議会に戻れてホッとしたのか、扁桃腺が腫れて高熱が出て寝込んでしまいました。

昨日は無事にみなさまにお会いすることができたのですが、今日もまたひどい扁桃炎で寝込んでいます。

まだ以前のように100%の状態で仕事に戻れる自信はありません。

けれども、残された任期があと1ヶ月ありますのでしっかり議員としての責任と役割を果たしていきたいと思います。

ご迷惑をおかけしてしまった正副議長をはじめ、先輩・同僚議員のみなさま、そして議会事務局長をはじめ事務局のみなさまに、深くお詫びいたします。

また、現状報告とお詫びに訪れた際に温かく迎えて下さったことにとても励まされました。心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。

そして、市民のみなさま。

みなさまのかわりに議会で発言をするのが僕の仕事なのに、当初予算案やFM戦略プランに対する審査に関われず、本当に申し訳ございませんでした。

また、インターネットやスマホと一切無縁の2ヶ月間でしたので、市民のみなさまからいただいたツイッターやフェイスブックなどSNSのメッセージやメールは一切読めておりません。お返事ができなくて誠に申し訳ございません。

まずは、完全に心身を復調させたいです。

そして、残り任期を精一杯働きたいと思います。

大変にご迷惑をおかけいたしました。



フジノは「全国市議会議長会・議員在職15年表彰」も辞退しました/表彰されるべきはフジノを選んで下さった有権者のみなさまです

フジノは「全国市議会議長会・議員在職15年表彰」を辞退しました

今年も、全国市議会議長会が『永年勤続議員表彰』を行ないました。

10年以上在籍している地方議員に対して、10年・15年・20年・25年・30年・35年・40年ごとに、表彰状と特別な議員バッジをプレゼントしています。

『在職15年表彰』に該当するフジノは、昨年暮れに議会事務局から表彰を受けるか否かの意向確認がありました。

在職10年表彰の時も遠慮しましたので、今回も辞退させて下さい」

と回答しました。

フジノは2013年の在職10年表彰も辞退したのです。

5年前には「表彰は受けた方が良いのでは?」と少しだけ説得をされました。

今ではもうフジノの性格を熟知しておられる議会事務局の方は、すぐに承知して下さいました。



在職している年数ではなくて「仕事の成果」で評価されたいです

民間企業であれば、例えば勤続30年の社員の方に臨時ボーナスや有給のプレゼントなどの福利厚生があって良いと思います。

けれどもフジノは、政治家です。

「勤続年数ではなくて、仕事の成果で評価されたい」と願っています。

例えば、今年5月に性的マイノリティ関連施策全国自治体1位が横須賀市になったという調査結果が報じられました。

横須賀市で『性的な多様性の保障』に取り組んできた議員はフジノだけですから、メディアが名前を出さなくとも「これはフジノの仕事が評価された」と受け止めています。

これからも、ひたすら愚直に仕事で成果を出していかれるように努力していきたいです。



フジノのように個人ではなく、議会全体で辞退しているところもあります

今回、辞退するにあたって

「他のまちの議員の方でも辞退しておられる方はいらっしゃるのかな?」

とネットで検索してみました。

すると、個人で辞退しておられる方はフジノと同じように居て下さいました。

それだけではありません。

なんと、早くも2013年に市議会全体で今後全て辞退すると決定したところもあると報じられていました。

Yahooニュースより

Yahooニュースより


以下に全文を引用します。

田辺市議会、永年勤続表彰を辞退~議員の為の市議会ではなく市民の為の市議会へ!

全国市議会議長会が一定の年数以上在職した議員や正副議長を対象にする「永年勤続表彰」というものがあります。

この永年勤続表彰は、議員の場合、在職10年以上が対象で、5年ごとに表彰状とバッジが贈られます。

この永年勤続バッジは、市議会議員勤続10年以上で金属部分が白金張になり、それ以上では通常のバッジ中央に配されている「市」の文字の部分に宝石がはめ込まれます。

15年以上でルビー、20年以上でスピネル、25年以上でジルコン、30年以上でゴールデンサファイア、35年以上でエメラルド、40年以上でアメジスト、45年以上でガーネットとなります。

在職年数で宝石の種類まで変わるのです。

さらに議長職には別の基準が設けられています。議員職を長く務めることは大変なことではありますが、だからといって、長く務めればいいのか、という素朴な疑問は湧き上がります。

この永年勤続表彰を和歌山県田辺市議会が2014年度から辞退することを決めたと報道されています。

市議会の全会派が「時代にそぐわない」として辞退を申し合わせたといいます。

そもそも一体何の為だったのかも今となってはよく分からないものです。

議員としての活動が素晴らしく、世の為人の為になったというのであれば、しっかりと表彰すべきものでしょう。

しかし、それだからといって在職年数で表彰していくのは、やはり説明がなかなかつかないものです。

慣習で行なわれてきたものですが、確かに「時代にあわない」でしょう。

議員バッジそのもののお金はそれほど大きなものではありません。

しかし、議員であり続けることをそのような形で表彰したり、バッジを与えたりすることはあまり意味があるとも思えません。

特に日本では、長く在職している議員ほど「格」が上、とみる傾向があります。

国会議員でも、その人の能力ややる気よりも、国会議員を何期務めているかが、大臣資格の大きな要素です。

地方議員でも同様な雰囲気があります。長老が居座り、議会改革を阻害している自治体は少なくありません。長老がいるから悪いというのではありません。悪い長老がいることもあるのだといいたのです。こうした自治体は不幸です。

議員の世界ではこうした表彰は大きな意味を持ちます。

ですから、もう少しでさらに上のものをもらえる「長老」は「改革」に反対してきたのでしょう。

市議会として永年勤続表彰を辞退するのは、田辺市議会が初めてとのこと。

個人での辞退はあっても、市議会として辞退する方向には進んでいなかったのです。

田辺市議会の勇断と言えるでしょう。

こうした形骸化した慣習をやめて、もっと市民生活に密着した改革が進むことを願います。

議員の勲章は、市民からの賞賛の声です。

在職中に行った業績が本当に評価されることが大切。

こうした表彰のシステムを作ることも改革につながるかもしれません。

こんな市議会もあるのですね。



表彰されるべきはどこの馬の骨ともわからないフジノを選んでくれた有権者のみなさまです

今から16年前、フジノはただの泡沫候補でした。

当時も現在も、どこの政党にも入っていないし、家族・親戚にも一切政治家はいませんし、組合など応援してくれる組織も一切ありません。

後援会もありませんし、まちかどに自分の顔の看板も1枚も出していません。

ポスターは絶対に笑顔にしないと決めて、過去4回とも笑っていません。もちろんガッツポーズも取りません。

選挙カーも一切出しませんし、握手もしません。

自分への投票をお願いする言葉を演説で語ったこともありません。

幼い頃から直毛が嫌でおとなになってすぐにパーマをかけました。映画会社にいてブリーチをしていました。

選挙に立候補するからといって、そのままの自分を変えたくありませんでした。

他の政治家がやっていることは全てやらないと決めて初立候補しました。

選挙や政治に詳しい人はみなフジノのことを「こいつは落選する」「泡沫候補だ」と思ったそうです。

けれども横須賀市民の有権者の方々は違いました。

フジノの可能性に信じて、これまで4回も当選させて下さいました。

その想いに応えるべく、全力で仕事をしてきました。

フジノが実現してきた仕事の成果についてはみなさまがすでにご存知のとおりかと思います。

泡沫候補だったフジノを信じて下さった有権者のみなさまこそが表彰されるにふさわしいのではないかと思います。

これまでフジノを働かせて下さって本当にありがとうございます。

これからもフジノは全力で働いてまいります。



藤野英明のプロフィール

【一部更新しました:2018年6月25日現在の経歴に更新しました】

1.現在の肩書き

「フジノとは何をしている人間なのか?」と尋ねられたら「こういう仕事をしています」と答える順番に記してみました。




2.外部から依頼・選任されて、就任している役職など

マニフェスト大賞ベストHP賞を受賞




3.自分の意思で所属している学会・勉強会

政策を実現する為に必要な知識や情報を学ぶ為に、いくつかの学会や勉強会に参加しています。




4-1.これまでの経歴(初当選まで)

政治とは全くカンケーない人生を送ってきました。父は警察官、母はパートタイマー、親戚にも政治家は誰もいません。

幼い頃の夢は「映画監督になること」でした。

公立の小中高校に通い、映画撮影・陸上部・バンド活動とふつうの青春を送っていました。

1974年〜2002年
1974年4月8日横須賀市追浜本町2丁目に生まれる(現在、45才)
1981年3月白鳩幼稚園 卒園
1981年5月市立夏島小学校に入学するが、5月に武山へ引越し
1987年3月市立武山小学校 卒業
1990年3月市立武山中学校 卒業
1993年3月県立横須賀高校 卒業
1998年3月早稲田大学・教育学部・教育学科・教育心理学専修(臨床心理学を専攻) 卒業
1993~98年大学時代を通じて、都内のメンタルクリニックにて無給研修生としてデイケアで働かせていただく
1998年4月東宝株式会社に入社
映画興行部、財務部(財務部資金課・財務課)にて丸5年間勤める

幼い頃からの夢だった映画の世界に入り、しかも日本映画界のトップである東宝に入社し、はたから見れば幸せな社会人生活を5年間、送っていました。

業界の花形である映画興行部での3年間は、まさにエキサイティングでした。週末ごとに国内外のトップスターを間近に見る、全国の映画館が東宝の動向を追っている。ドキドキする毎日、興行屋であり映画屋であることを誇りに感じました。

けれども29才の時、政治家に転職することになりました。



2003年
1月30日政治家に転職する決心をする
2月5日 Yデッキにて街頭演説を始める
3月31日 東宝株式会社を退職する
4月20日統一地方選挙に立候補
4月27日 市議会議員に初当選(45人中、第4位。4,967票)

立候補の相談に行った選挙管理委員会でも「選挙の1ヶ月前に立候補を決心しても遅すぎる。やめたほうがいい」と言われた無謀な立候補、泡沫扱いでした。

けれども、横須賀市民のみなさまに僕の想いと政策は、届きました。

政治家に転職して、最初の4年間。

2003年
5月民生常任委員会(福祉・医療・環境・消防)に所属する
財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任する
議会だより編集委員会にて『議会でゲンキ』を作成する
議会IT化運営協議会にオブザーバーとして参加する
2004年
4月日本社会事業大学通信教育科(1年7ヶ月)の精神保健福祉士養成過程に合格、入学する
5月民生常任委員会に再び所属する
議会IT化運営協議会に2年連続でオブザーバー参加する
2005年
5月民生常任委員会に3年連続で所属する
10月31日日本社会事業大学通信教育科・精神保健福祉士養成過程を卒業
2006年
3月31日精神保健福祉士の国家試験に合格
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する
6月30日 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表に就任する
9月15日 上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に合格
2007年
4月3日上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に入学、福祉政策を専攻、地域社会政策の観点から自殺予防対策を研究する




4-2.これまでの経歴(2期目)

政治家に転職した最大の目的であった『自殺対策基本法』成立を実現できた為、1期かぎりで退職するつもりでした。

もともと大学時代に、恩師から大学院進学を薦められていたのですが、家計の事情で断念していました。それでも社会人になって9年間、学費をコツコツと貯めてきました。

政治家1期目の終わりに改めて大学院を受験し、無事に合格。地域社会政策としての自殺対策を研究しながら、精神保健福祉士として自殺へと追い込まれる方々を減らす為に働いていくことを決めていました。

けれども、多くの方からの「もう1度立候補してほしい」との声をいただき、2期目も立候補することになりました。

2007年
4月22日 市議会議員(2期目)に当選(63名中、第2位。6,901票)
5月民生常任委員会に所属する(通算4年目)
2008年
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局を所管する)に所属する(通算2年目)
2009年
2月『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表を辞任する
3月『市議会だより編集委員会』に就任
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する(通算3年目)
『議会IT化運営協議会』にオブザーバーとして3度目の参加
6月30日学費の支払いが不可能となり、上智大学大学院を自主退学する
11月6日第4回マニフェスト大賞(ベストホームページ部門)を受賞しました
2010年
2月第6回リリー賞の選考委員会に任命される。選考に関わらせていただきました
5月民生常任委員会(健康福祉部・こども育成部・消防局・環境部を担当)に所属する(通算5年目)
『議会IT化運営協議会』に4度目のオブザーバー参加
6月NPO地域精神保健福祉機構の理事に就任
7月横須賀市民生委員推薦会下町地区準備会委員に委嘱される
2011年
2月第7回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-3.これまでの経歴(3期目)

東日本大震災が起こました。

「こんな非常事態に、選挙なんかやってる場合じゃないのに」という強い怒りがありました。けれども同時にそれは「たくさんの困っている方々の為にもっと政治がやるべきことがある」という強い想いとなり、3度目の出馬を決意しました。

2011年
4月25日市議会議員(3期目)に当選(61名中、第2位。6,457票)
5月12日教育福祉常任委員会(旧・民生常任委員会)に所属する(通算6年目)

財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任

『議会報告会等準備会』委員に就任

6月『脱原発社会を考える議員連盟』の事務局長に就任
2012年
1月第8回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月教育福祉常任委員会に所属する(通算7年目)

議会IT化運営協議会に5度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に就任

6月NPO地域精神保健福祉機構の理事に再任
2013年
1月第9回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月教育福祉常任委員会に所属(通算8年目)

議会IT化運営協議会に6度目のオブザーバー参加

横須賀市スポーツ推進審議会委員に就任

6月民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任

「市政功労者」と「全国市議会議長会在職10年表彰」を辞退(過去、辞退をしたのは木村正孝氏とフジノの2人のみ)

2014年
1月第10回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月生活環境常任委員会(市民安全部・市民部・資源循環部・上下水道局・消防局を所管)に所属

議会IT化運営協議会に7度目のオブザーバー参加

6月NPO法人地域精神保健福祉機構の理事に再任される
2015年
1月第11回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-4.これまでの経歴(4期目)

2015年
4月市議会議員に当選(4期目)
5月教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に8度目のオブザーバー参加

2016年
1月第12回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
4月日本福祉大学(通信教育学部)福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科入学
5月教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に9度目のオブザーバー参加

社会福祉審議会・委員に就任

6月民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任
2017年
1月 (仮称)政策検討会議等準備会にオブザーバーとして参加


第13回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

政策検討会議にオブザーバーとして参加

議会ICT化運営協議会に10度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に2度目の就任

8月ごみ屋敷対策検討協議会に所属
2018年
1月第14回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される
2月FM戦略プラン審査特別委員会の委員に就任
がん対策検討協議会にオブザーバー参加
3月日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科 卒業(福祉経営学学士取得)
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

政策検討会議にオブザーバーとして再び参加

議会ICT化運営協議会に11度目のオブザーバー参加

横須賀市社会福祉審議会・委員に2度目の就任

6月NPO法人地域精神保健福祉機構の理事に再任される



そして、現在に至っています。



5.政党・会派には一切所属していません

どんな政党とも会派とも全くカンケーの無い、無所属です。

2008年11月12日をもって、横須賀市議会議員の中でフジノたった1人だけが無所属・無会派となりました。残りの40名はみんな、どこかの政党か、会派に所属しています)

フジノには後援会もありません。

どんな組織からも『推薦』などは受けていません。

職業として政治家をやりたいのではなく、このまちを変えるという「目的」を実現する1つの「手段」として政治家に転職をしました。

2006年4月25日のシンポジウムでのフジノ

パネリストとして招かれたシンポジウム(2006年4月25日)「あなたにとって政治とは?」と尋ねられて「目的を実現するための、ただの手段です」と改めて断言しました。

*市民のみなさんに対して政治家が伝えるべきことはあくまでも「政策」「このまちの未来」「活動の実績」「政治とお金」などだと僕は考えています。

*どこの大学を出たとか、どこの地域で暮らしているとか、家族が何人だとか、趣味は何だ、とか、そういった情報は政治家を選ぶ上での情報ではあるべきでない、そう固く信じています。

つまり、「同じ高校/大学の卒業だから応援しよう」とか「育った地元が同じだから投票しよう」ということはまちがっているからです。

投票はあくまでも政策に基づいて行うべきだとフジノは信じています。

年齢の若さなども政治家を選ぶ根拠では無い、と僕は信じています。

あなたが毎日の暮らしの中で感じているおかしい、もっとこうすればこのまちは良くなるのに、という想いと同じ想いを持った政策を訴えている人こそがあなたに必要な政治家だと僕は思います。

そんな政治家で在りつづけられる様にいつも全力で働き続けていきます。




profile2013fujino

おまけ

フジノの声を聴くことができます。ここをクリック!(2007年予算議会での演説です。全文はこちらです)



東大和市役所文書課長・下村和郎さんから文書管理の重要性を学びました/関東学院大学・牧瀬稔先生「KGUかながわ学(行政)」の聴講へ

関東学院大学「かながわ学(行政)」の聴講へ

今日は、質問作成と議案書の読み込みの合間をぬって、関東学院大学金沢文庫キャンパスにお邪魔しました。

関東学院大学金沢文庫キャンパスにて

関東学院大学金沢文庫キャンパスにて


横須賀市議会と関東学院大学との包括的パートナーシップ協定に基づいて、聴講制度が設けられています。

そこで、4月から牧瀬稔先生の『かながわ学(行政)』を聴講させていただいています。



「文書主義」は民主主義の根幹であることを改めて学びました

本日のゲスト講師は、東大和市役所の文書課長である下村和郎さんでした。

東大和市役所総務部文書課長の下村和郎さん

東大和市役所総務部文書課長の下村和郎さん


文書課の仕事はまさに縁の下の力持ちで、民主主義の根幹を支えているといっても良いと思います。

下村さんは、行政の仕事が『文書主義』であることについて、丁寧に学生のみなさんにお話して下さいました。

世間では文書主義のことを『お役所仕事』と揶揄することもありますが、フジノは体験を通じてそれは違いますとハッキリとお伝えしたいです。

これはフジノが政治家に転職してからも常に意識していることなのですが、

  • 意思決定とそのプロセスをいつでもさかのぼれる為
  • 情報の伝達と公開の為
  • 説明責任を果たす為

にも、どんなささやかな事柄でもひたすら文書として残すようにしています。

(*実際はパソコンのメモを使用しています。作成時間、更新時間など全てが記録されていますので)

下村さんの講義「文書課で仕事をして感じていること」

下村さんの講義「文書課で仕事をして感じていること」


「そもそも行政が扱っている文書は誰のものか?」

という、根本的でとても大切な事柄についてもお話して下さいました。

公文書等の管理に関する法律

第1条

健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用しうるものである。

活動を現在及び将来の国民に対する責務が全うされるようにすることが目的

法律にも明確に位置付けられているように、行政の文書は全て主権者である国民のみなさまのものなのですよね。

文書課の仕事とは?

文書課の仕事とは?


国民のみなさまの『知る権利』を守ることが何よりも大切です。

そして同時に、政治・行政にとっては

国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資する(情報公開法第1条「目的」)

ことで、より良い行政運営を進めることができます。

地方自治法第149条に位置づけられた重要な事務です

地方自治法第149条に位置づけられた重要な事務です


牧瀬先生やフジノらにとっては、こうしたお話は改めて納得というか、うなずきながら聴かせていただきました。

ただ、学生のみなさまに同じように理解してもらうことは当然ながら難しい訳です。

(これは政治・行政に関わっていなければ、大人でも同じだと思います)

そこで、昨今のニュースから4つの話題を取り上げて、具体的な事例にからめてお話して下さいました。

いま最も話題の公文書管理の問題といえば・・・

いま最も話題の公文書管理の問題といえば・・・


文書が保管されていれば救済も進むのですが・・・

文書が保管されていれば救済も進むのですが・・・


元号の変更は本市も対応せねばならない重大なテーマです

元号の変更は本市も対応せねばならない重大なテーマです


個人情報が漏れると殺人事件にもつながります

個人情報が漏れると殺人事件にもつながります


逗子ストーカー殺人事件において、加害者が雇った探偵に情報を提供してしまった逗子市役所の対応は、今も絶対にあってはならない悪い手本として心に刻んでいます。

毎回「学生のみなさんにとってはやや難しいかな?」と感じるのですが、議員であるフジノにとっては行政の取り組みを再学習するすごく良い機会です。

下村課長、本日はありがとうございました。

そして牧瀬先生、本日もありがとうございました。



東大和市はとても素敵なまちですね

ところで、東大和市は『出生率が都内ナンバーワンのまち』です。

出生率が都内ナンバーワンのまち・東大和市

出生率が都内ナンバーワンのまち・東大和市


さらに『共働き子育てしやすい街ランキング第3位』(2017年)のまちでもあります。

共働き子育てしやすい街ランキング第3位(2017年)のまち・東大和市

共働き子育てしやすい街ランキング第3位(2017年)のまち・東大和市


日本の総人口が減少する中でも年々人口が増えている珍しいまちのひとつです。

多摩湖のほとりをいつか訪れてみたいなと感じました。

本日のおすすめプレート(500円)

本日のおすすめプレート(500円)


関東学院大学金沢文庫キャンパスに学びに訪れた時の、自分へのご褒美は学食での食事です。

今日は、500円でおすすめプレートを頂きました。

さあ、学びの後は横須賀へ戻ってひたすら仕事です!

6月議会はあさって6日(水)スタートです。

一般質問の順番も明日5日(火)の議会運営委員会で決まります。

まさに直前の忙しい時期まっただなか。

がんばりますよー!



2018年版の「原子力防災パンフレット(大人向け)」が完成しました/ぜひご意見ください

「原子力防災パンフレット」2018年版が完成しました!

これまで横須賀市では、2012年12月に初めて『大人向け』の原子力防災パンフレットを作成して配布いたしました。

それから5年半が経ち、このたび最新版(2018年度版)が完成しました。

原子力防災パンフレット「わたしたちの生活と放射線」(大人用)

原子力防災パンフレット「わたしたちの生活と放射線」(大人用)


まだ横須賀市のホームページ(2018年5月22日現在)では旧バージョンが掲載されていますので、一足先にこちらで公開します。

「防災に関する各種パンフレット」横須賀市HPより

「防災に関する各種パンフレット」横須賀市HPより


まだ横須賀市のホームページに掲載されていないので、フジノがPDFファイルにしましたのでご覧下さい。

こちらをクリックして下さい。

ぜひあなたにもお読みいただいて、ぜひご意見やご質問をお願いしたいです。

前回も記しましたが、そのご意見などをもとにして、改訂を繰り返していくことで、より良いものにしていきたいと考えています。

ぜひご覧下さいね。



横須賀市民も横浜市立図書館が利用できるようになります!新たに400万冊の図書が増えたのと同じ効果があります/フジノの提案、実現しました

「横須賀以外」の近隣のまちは横浜市の図書館と相互利用協定を結んでいました

昨年2017年3月10日の教育福祉常任委員会で、フジノは以下のような提案をしました。

フジノの質問

図書館コンピュータシステム運用事業に関して伺います。

図書館システムが来年1月に更改されるとのことですが、基本的には今あるものは引き継いでいかれると受けとめています。

『神奈川県図書館情報ネットワークシステム』、通称『KL-NET』に本市も属していて、県内市町村や一部大学の蔵書を調べて相互に貸し借りができると聞いています。
 
一方で、横浜市が3月から隣接する4市(川崎・鎌倉・藤沢・大和)と相互協定を結んだということが報じられました。

『KL-NET』と横浜市が本市を除いた近隣の4市と結んだ相互協定との違いは、どういったところなのでしょうか。

中央図書館長の答弁

 
横浜市が近隣3市と3月から結びました相互貸借の内容なのですけれども、いわゆるリクエスト、予約ができないという形の協定でございます。
 
と申しますのは、実際に図書館に行って、蔵書があれば借りることができるという形です。

ですから、実際に横浜市、横須賀市、おのおのの図書館に行かなければ借りることができないというようなシステムになっております。
 
『KL-NET』のシステムなのですけれども、これは神奈川県立図書館、そして市町村の図書館、連携していますので、そこにある蔵書でしたら、貸し出し可能な資料でしたら、日数はかかりますが、取り寄せることができるという、そういうシステムになってございます。

フジノの質問

『KL-NET』は大変すぐれた側面が大きいと思います。

ただ、一方で横浜市が結んだ相互協定も、利点はあると受けとめています。
 
それは本市から横浜市に通勤をしている方、通学をしている方が実際にその図書館に行って、会社や学校のそばにあれば日常的に行く機会があるでしょうから、そこで気になった本をお借りすることができるということがあると思います。
 
横浜市に行かない方は『KL-NET』を使っていただければ十分対応できるわけですが、横浜市の協定は今後さらに拡大されていく方向にあると伺っています。

本市も横浜市へ通勤、通学をしておられる本市市民の利便性の向上のために協定に加わってはいかがかと思うのですが、平成29年度はどのような方針でしょうか。

中央図書館長の答弁

 
現在、横須賀市もそうなのですけれども、横浜市ももちろん市民の方は、横浜市のカードを持てます。通勤、通学をしている方も横浜市のカードを持つことができるのですね。既に現在もそうです。

横須賀市の場合も、横須賀市民でなくても、通学している方、通勤している方はカードが発行できます。

ですから、それほど大きなメリットというのはないかなと思っております。
 
ただ、横浜市とも昨年からこの話を受けておりまして、協議はしております。それで、本市の利用者にどれだけメリットがあるのか、そのあたりを十分に考えて、検討してまいりたいと思います。

ということで、昨年3月に横須賀市を外して横浜市は近隣4市と図書館の相互利用協定を結びました。

それを受けて、フジノは「横須賀市も横浜市と相互利用協定を結ぶべき」との提案をしました。

赤い太文字にした図書館長の答弁を読んでいただければお分かりのとおり、はじめは

「それほど大きなメリットというのはないかなと思っております」

という消極的な答弁でした。

しかし・・・



図書館は民主主義の砦、ネットワークを結ぶことはとても大切

それから1年。

無事に横須賀市も横浜市と図書館の相互利用協定を結ぶことになりました

2018年2月15日・神奈川新聞(横浜欄)より

2018年2月15日・神奈川新聞(横浜欄)より


4月3日から、お互いのまちの図書館をお互いのまちの市民が活用できるようになります。

つまり、フジノの提案は無事に実現することになりました。

「図書館は民主主義の砦」

というのがフジノの信念です。

横須賀市立の図書館だけではなく、市外の図書館も積極的に利活用できるようになることは、市民のみなさまにとって大きな力になります。



莫大な税金を使うことなく新たに400万冊の蔵書を横須賀市民は利活用できます

ところで、横須賀市の蔵書は約83万冊ですが、横浜市の蔵書は約400万冊もあります。

横須賀市民は新たな図書館を建築したり多額の購入予算を使わずに、なんと約400万冊の蔵書を利活用できるようになったのです!

手前みそで恐縮ですがフジノの提案は、多額の税金を使わなくて良い、素晴らしい取り組みでしょう?

いかにして税金を使わずに大きな効果があげられるか、それが人口減少・少子超高齢化時代における政治家の勝負です。

それにしても上地市長が就任してから、フジノが提案してきた一見して地味に見える提案もしっかりと実現することが増えました。

今回の提案実現を知った時にも

「ああ、上地市長に交代して良かった。政権交代した成果が出てる」

とフジノは強く感じました。

横浜に通勤・通学をしておられる横須賀市民のみなさま、そして横須賀に通勤・通学しておられる横浜市民のみなさま、ぜひお互いの図書館をどうぞご利用下さいね。



「パニック障害公表の横須賀市議、誰もが生きやすい世に」毎日新聞・社会面にフジノの記事が掲載されました

「ともに・2020バリアーゼロ社会へ」企画に賛同して、取材を受けました

毎日新聞社が『ともに・2020バリアーゼロ社会へ』という特集の連載を昨年からスタートしています。

毎日新聞「ともに・2020バリーゼロ社会へ」特集

毎日新聞「ともに・2020バリーゼロ社会へ」特集


昨年11月の終わり頃に

「バリアーゼロ社会の実現を目指す企画の中で、障がいのある人が地方議員として働いている姿を取り上げたい。身体障がいのある方についてはすでに取材が始まっている。精神障がいについてはぜひ藤野議員にお願いしたい」

という趣旨の依頼を毎日新聞から受けました。

かねてからフジノは、障がい当事者=議員の少なさ、特に

『精神障がい・知的障がい・発達障がい・難病のある当事者の方々が議員としてほぼゼロの現状』

に対して問題提起をしてきました。

障がいのある方々の『家族の立場』で政治家になっている人々はたくさんいますが、彼ら彼女らはあくまでも『家族の立場』を代表しているに過ぎません。

『家族』には『当事者』の想いを代弁できません。できたとしても、あくまでも『限定的な代弁』に過ぎません。

やはり本当に大切なことは『当事者』自身が生の声で、政治家として発言すること・行動することです。『当事者性』にはとても大きな意味があります。

そうした想いから、過去に出演したシンポジウムなどでも

「精神障がいのある当事者のみなさんに立候補してほしい。その時はフジノが全力で応援するので、政治家になってほしい」

と繰り返し訴えてきました。

15年間フジノが議員として働いてきた経験から、全国の人々に知ってほしいことはたくさんあります。

  • 議会・市役所・市民から受けてきた様々な差別と偏見の実態について
  • 市議として働くことと闘病との両立をいかに実現するか
  • 差別・偏見をする側だった人々がいかに理解してくれるようになったか
  • 病気や障がいの実態を知った上でもさらに差別・偏見を続ける人々の存在について

こうした現実を知った上でそれでも全国の障がい当事者の方々に、政治家として働いてほしい、という想いが強くあります。

そこで、今回の取材も受けることに決めました。

すでにツイッターなどでは発信してきましたが、昨年12月から3回の濃密な取材を受け(毎回数時間に及びました)、その後も細かな意見交換は10数回を超えました。

取材にあたったのは横須賀支局の田中義宏記者です。

精神疾患・精神障がいに対して深い理解のある誠実な方で、「田中さんが取材をしてくれるのならば依頼を受けよう」と感じました。

実際、田中記者との取材はとても有意義なものでした。

過去に無いくらい、取材は本当に長時間に及んだのですが、受けて良かったと感じています。田中記者には感謝の気持ちしかありません。



けさ、全国の毎日新聞の社会面3面に大きく掲載されました

こうした経緯のもと、ついにけさの毎日新聞の社会面3面に大きく掲載されました。

インターネット版の毎日新聞にも即日掲載されました。

2018年1月16日・毎日新聞・社会面より

2018年1月16日・毎日新聞・社会面より

ともに・2020バリアーゼロ社会へ

パニック障害公表の横須賀市議
誰もが生きやすい世に 恋人の死、心に刻み

神奈川県横須賀市でパニック障害などを抱えながら活動する市議が、年末年始もライフワークの自殺対策に取り組んでいた。

現在4期目で、精神保健福祉士の資格を持つ藤野英明さん(43)。

自ら精神障害があることを公表している議員の存在は、全国的にはほとんど知られていない。【田中義宏】

「人の数だけ悩みはある。あなたやあなたの大切な人からの相談をお待ちしています」。

昨年12月末の京急横須賀中央駅前。

藤野さんは、市が相談窓口「横須賀こころの電話」を年中無休で運営していることを知ってもらおうと、電話番号を大きく書いたボードを手に呼びかけた。

 クリスマスイブ前日から1月3日までの12日間、自殺対策の街頭活動を一人で12年間続けている。

年末には役所が仕事納めとなり、公的な支援機関が閉じてしまう上、世間がにぎやかな時季こそ、生きづらさや孤独感がより深まる人がいると感じているからだ。

小中学校では、いじめなどを受けて保健室で過ごすことが多かった。高校時代からの恋人が統合失調症を患い、彼女の力になりたいと大学では心理学を学んだ。

自身も、就職活動中にパニック障害を発症。電車に乗ったり、閉鎖された空間にいたりすると過呼吸などに襲われ、留年を余儀なくされた。

1998年に大学を卒業して大手映画会社に就職したが、入社3年目にハードな仕事のストレスからうつ病も発症した。2002年11月には、統合失調症から回復しかかっていたはずの彼女が、自ら命を絶った。

自殺をなくしたいと政治の道に進むことを決意し、会社を辞め03年4月に同市議選で初当選した。

この年の12月市議会で恋人を失ったことによる「自死遺族」であることを明かし、自殺予防の無料電話相談を設けるよう提案。翌04年に市は「こころの電話」を開設した。ここ数年は年間5000件近い相談が寄せられている。

藤野さんは今も治療を受けている。震えなどの症状に襲われることがあるため、本会議や委員会の日は医師の指示の下、平常時の数倍の薬を飲むという。

「世間は『精神障害があるから』と許してはくれない。当事者だと公開している僕がだらしなく思われたら、全ての精神障害者がだめだと思われかねない」。

そんな思いで、約15年間全ての本会議で質問に立ち続ける。

「精神疾患は誰にでも起こり得る。全国には、精神障害のある議員が他にもいるはず。カミングアウトできる議員が増えれば、誰もが生きやすい社会に変えられると信じている」

精神疾患、国民の3%

2017年版障害者白書によると、統合失調症やうつ病などの精神疾患で生活が制約されている精神障害者は、国民の約3.1%に相当する約392万4000人いるとされる。

社会進出を促そうと、企業などに一定の障害者雇用を義務づける障害者雇用促進法が13年に改正され、今年4月から身体、知的障害者に加えて精神障害者についても雇用義務対象となる。

ただ、人材サービス会社エン・ジャパンが昨年9~10月にインターネットを通じて実施した調査では、精神障害者の雇用義務化について48%の企業が「知らない」と回答。

理解が十分に広がっていない現状がうかがえる。

見出しや、記事の内容に、いくつかの異論はあります。

例えば、「もっとフジノ以外にも精神疾患・精神障がい当事者の方々に立候補をしてほしい」というような想いは、記してもらえませんでした。

また、記事を読んだという方からたくさんのメールや留守電がすぐにたくさん届いたのですが、その中には

「今回、パニック障がいをカミングアウトしてえらい」

というような内容が数件ありました。

違います。この記事の為に今日初めて公表したのではありません。

もともと大学で心理学を専攻したフジノは、卒論の内容も「いかにして精神障がいに対する差別・偏見・スティグマを無くすか」でした。障がいに対する差別を心の底から憎んでいます。

差別・偏見・スティグマを憎んでいるフジノは、自分の障がいを隠す理由がありません。

オープンにしていることで様々な機会に社会的に不利になることは理解していますが、差別する側に加担したくありません。

だから、自分が発症してから一度も隠したことはありません。

会社員時代にも、選挙に立候補した時にも、病気はフルオープンでした。

このブログの長年の読者の方々であれば、フジノがうつ病やパニック障がいの苦しみについて何度も何度も書いてあるのを読んでおられますよね。

ただ、もともと文字数が限られている新聞というメディアですから、依頼を受けた時点ではじめから世間に誤解を受けざるをえないことは覚悟していました。

(※世の中のみなさまは、ムリにカミングアウトしたりする必要など全くありません!フジノは「強制的にカミングアウトすることはあってはならない」という立場です)

ともかく、フジノはもっともっと多くの当事者の方々に政治の話に出てきてほしいです。

心の底から、ずっと待ってきました。これからも待ち続けます。

障がい当事者のみなさん、政治の世界に来て下さい。



4年目となる「多様な性、知っていますか?」パネル展示・図書コーナーの市内巡回がスタート!(2017年)/学校でのパネル展示、2校で実現しました

2014年から「性的な多様性を啓発するパネル展示・図書コーナー」巡回展示を開催してきました

横須賀市では『性的な多様性』を保障する為の取り組みをこれまでたくさん行なってきました。

その1つとして、2014年からパネル展示・図書コーナーの市内巡回を毎年行なっています。

開催年開催場所
2014年(1年目)1.市役所でのパネル展示
2.南図書館での図書コーナー設置
2015年(2年目)1.市役所でのパネル展示
2.北図書館での図書コーナー設置
2016年(3年目)1.西コミュニティセンター
2.中央図書館
3.生涯学習センター
4.市役所1階展示コーナー
5.衣笠コミュニティセンター

少しずつ開催場所を増やすとともに、毎年地域を変えて取り組みを行なってきました。



「学校でパネル展示を行なうべき」とのフジノの提案も実現しました

特に、昨年2016年の活動は素晴らしかったです。

パネル展示『多様な性、知っていますか?』開催をお知らせするポスターを、市内437カ所の広報掲示版に貼り出したのです。

市内437カ所の広報掲示版に貼り出したポスター

市内437カ所の広報掲示版に貼り出したポスター


市内を歩いていると、必ず町内に市役所の様々なお知らせを貼り出している掲示板があります。

この掲示板全てに『性的な多様性』についてのポスターが貼り出されたのです!

広く市民のみなさまに正確な情報を知っていただきたいと繰り返し訴えてきたフジノにとって、これは大変ありがたい取り組みでした。

さらに、フジノが市長への一般質問(2015年予算議会)でも強く訴えてきた

「学校においてパネル展示を行なうべきだ」

との提案も実現しました。

『市立横須賀総合高校』『武山中学校』の2校です。

横須賀総合高校でのパネル展示の様子

横須賀総合高校でのパネル展示の様子


特に、フジノの母校である武山中学校での実施はとても感慨深いです。

武山中学校でのパネル展示の様子

武山中学校でのパネル展示の様子


武山中学校でのパネル展示実施に至った理由はとても素晴らしいストーリーなので、ぜひまたの機会に詳しくお伝えしたいです。



今年の「性的な多様性を啓発するパネル展示・図書コーナー」開催のおしらせ

さて、今年2017年度は市内5カ所をツアーしていくことになりました。

下がプレスリリースです。

パネル・図書展示「多様な性、知っていますか?」について

性的マイノリティの人たちの多くは、性に対する偏見などから、苦しんだり悩んだりした経験があります。

そのことが、自殺の問題にも深く関係があると言われています。

お互いの性のあり方を認め合い、差別のない社会を目指すため、下記のとおりパネル展示および図書展示を行います。

なお、パネルの制作は、「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」によるもので、東京都の「平成24年度地域自殺対策緊急強化補助事業」の助成を受けて作成されたものです。

日時会場
11月8日(水)~15日(水)
9時30分~17時20分
(木・金曜日は19時20分まで)
※11月13日(月)休館日
北図書館1階
※図書展示を同時開催
11月17日(金)~23日(祝)
9時~21時
大津コミュニティセンター3階
11月29日(水)~12月6日(水)
10時~21時
横須賀モアーズシティ8階
12月13日(水)~20日(水)
9時~22時
生涯学習センター5階
1月15日(月)~19日(金)
8時30分~17時
市役所1階展示コーナー

という訳で、今日は最初の開催場所である北図書館を訪れて、実際の様子を観てきました。



北図書館では1階正面玄関を入ってすぐに展示してくれました

京急の追浜駅から徒歩10分ほどの所に北図書館はあります。

北図書館前にて

北図書館前にて


玄関の自動ドアを入ると、さっそく目の前に『企画コーナー』がありました!

「多様な性、知っていますか?」パネル展示・図書コーナー

「多様な性、知っていますか?」パネル展示・図書コーナー


司書のみなさんが『性的な多様性』に関してじっくりと選書してくれた本が並べられています。

図書コーナー(その1)

図書コーナー(その1)


横須賀市のSOGIに関する取り組みにいつもご協力いただいている日高庸晴先生(宝塚大学看護学部教授)と、サカイノビーさんによる、とても分かりやすいシリーズ本が目立つ所に置かれていました。

フジノは、サカイノビーさんがこの3冊をちょうど作っておられる時期に知りあいになりました。

その完成した本たちが今こうしてわがまちの企画展に置かれていることには感慨深いものがあります。

また、『少年写真新聞社』の活動はとても素晴らしく、全国の学校内に貼り出されている新聞を発行している会社なのですが、多様な性についても積極的にとりあげてくれています。

横須賀総合高校定時制における、『多様な性』への理解に関する授業の取材にも来て下さっています。

その『少年写真新聞社』と日高庸晴先生のタッグで出版された『セクシュアルマイノリティってなに? (ドキドキワクワク性教育)』も展示されていました。

さすが司書のみなさん。今回もナイス選書です。

図書コーナー(その2)

図書コーナー(その2)


選書をして下さった司書の方にお時間を頂いて、30分ほどその狙いを聴かせていただきました。

他の市立図書館と比べて、小中高校がすぐそばにあることから北図書館には児童生徒・先生も来館します。

「ぜひ先生に読んでいただきたいと思っています」

とおっしゃってくださいました。

また、『性的な多様性』への理解はもちろんのこと、全ての存在が共に生きる社会の実現を願っての選書であることがそのリストからも伝わってきました。

とても熱意をもって1冊1冊を選んで下さっています。

図書コーナー(その3)

図書コーナー(その3)


また、今年もフジノが未入手の本がありました。

『性的な多様性の保障』を重要政策に掲げるフジノですから、この分野に関する本はたいてい入手しています。

けれども今回でいえば、今年7月に出版されたばかりの『スカートはかなきゃダメですか? ジャージで学校 (世界をカエル―10代からの羅針盤)』はその存在を知りませんでした。

パラパラと読んでみたのですが、表紙からすると児童書のイメージですが、世界的に活躍するバレエダンサーの方の半生を通して多様な性の在り方を学べる良書!

こどもから大人までとても読みやすいと感じました。

毎年こうして司書の方の選書によって、新たな良書に出会えるのは本当にありがたいです。

図書コーナー(その4)

図書コーナー(その4)


今日は1時間ほどフジノは滞在していたのですが、パネル展示・図書コーナーの設置場所の良さもあってか、多くの人が実際に本を手に取って読んでいる姿を目にしました。

アンケートまで書いて下さる姿こそ見かけませんでしたが、こうして企画コーナーが入館してすぐの真正面という最も目につく場所に設置してあることは、啓発の為にはとても良いことではないかとフジノは考えています。

パネル(横須賀市からのよびかけ)

パネル(横須賀市からのよびかけ)


とても良い『パネル展示』『図書コーナー』になりました。

パネル展示・図書コーナーにぜひ足をお運び下さい!

パネル展示・図書コーナーにぜひ足をお運び下さい!

今年も尽力してくれた、市民部人権・男女共同参画課のみなさん、ありがとうございます。

ご協力いただいた北図書館のみなさん、ありがとうございました。

市民のみなさま、各会場のお近くにお立ち寄りの際は、ぜひご覧下さいね!