藤野英明のプロフィール

【一部更新しました:2018年6月25日現在の経歴に更新しました】

1.現在の肩書き

「フジノとは何をしている人間なのか?」と尋ねられたら「こういう仕事をしています」と答える順番に記してみました。




2.外部から依頼・選任されて、就任している役職など

マニフェスト大賞ベストHP賞を受賞




3.自分の意思で所属している学会・勉強会

政策を実現する為に必要な知識や情報を学ぶ為に、いくつかの学会や勉強会に参加しています。




4-1.これまでの経歴(初当選まで)

政治とは全くカンケーない人生を送ってきました。父は警察官、母はパートタイマー、親戚にも政治家は誰もいません。

幼い頃の夢は「映画監督になること」でした。

公立の小中高校に通い、映画撮影・陸上部・バンド活動とふつうの青春を送っていました。

1974年〜2002年
1974年4月8日横須賀市追浜本町2丁目に生まれる(現在、45才)
1981年3月白鳩幼稚園 卒園
1981年5月市立夏島小学校に入学するが、5月に武山へ引越し
1987年3月市立武山小学校 卒業
1990年3月市立武山中学校 卒業
1993年3月県立横須賀高校 卒業
1998年3月早稲田大学・教育学部・教育学科・教育心理学専修(臨床心理学を専攻) 卒業
1993~98年大学時代を通じて、都内のメンタルクリニックにて無給研修生としてデイケアで働かせていただく
1998年4月東宝株式会社に入社
映画興行部、財務部(財務部資金課・財務課)にて丸5年間勤める

幼い頃からの夢だった映画の世界に入り、しかも日本映画界のトップである東宝に入社し、はたから見れば幸せな社会人生活を5年間、送っていました。

業界の花形である映画興行部での3年間は、まさにエキサイティングでした。週末ごとに国内外のトップスターを間近に見る、全国の映画館が東宝の動向を追っている。ドキドキする毎日、興行屋であり映画屋であることを誇りに感じました。

けれども29才の時、政治家に転職することになりました。



2003年
1月30日政治家に転職する決心をする
2月5日 Yデッキにて街頭演説を始める
3月31日 東宝株式会社を退職する
4月20日統一地方選挙に立候補
4月27日 市議会議員に初当選(45人中、第4位。4,967票)

立候補の相談に行った選挙管理委員会でも「選挙の1ヶ月前に立候補を決心しても遅すぎる。やめたほうがいい」と言われた無謀な立候補、泡沫扱いでした。

けれども、横須賀市民のみなさまに僕の想いと政策は、届きました。

政治家に転職して、最初の4年間。

2003年
5月民生常任委員会(福祉・医療・環境・消防)に所属する
財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任する
議会だより編集委員会にて『議会でゲンキ』を作成する
議会IT化運営協議会にオブザーバーとして参加する
2004年
4月日本社会事業大学通信教育科(1年7ヶ月)の精神保健福祉士養成過程に合格、入学する
5月民生常任委員会に再び所属する
議会IT化運営協議会に2年連続でオブザーバー参加する
2005年
5月民生常任委員会に3年連続で所属する
10月31日日本社会事業大学通信教育科・精神保健福祉士養成過程を卒業
2006年
3月31日精神保健福祉士の国家試験に合格
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する
6月30日 『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表に就任する
9月15日 上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に合格
2007年
4月3日上智大学大学院・総合人間科学研究科・社会福祉学専攻(福祉政策・運営管理コース)に入学、福祉政策を専攻、地域社会政策の観点から自殺予防対策を研究する




4-2.これまでの経歴(2期目)

政治家に転職した最大の目的であった『自殺対策基本法』成立を実現できた為、1期かぎりで退職するつもりでした。

もともと大学時代に、恩師から大学院進学を薦められていたのですが、家計の事情で断念していました。それでも社会人になって9年間、学費をコツコツと貯めてきました。

政治家1期目の終わりに改めて大学院を受験し、無事に合格。地域社会政策としての自殺対策を研究しながら、精神保健福祉士として自殺へと追い込まれる方々を減らす為に働いていくことを決めていました。

けれども、多くの方からの「もう1度立候補してほしい」との声をいただき、2期目も立候補することになりました。

2007年
4月22日 市議会議員(2期目)に当選(63名中、第2位。6,901票)
5月民生常任委員会に所属する(通算4年目)
2008年
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局を所管する)に所属する(通算2年目)
2009年
2月『地域の自殺対策を推進する地方議員有志の会』の代表を辞任する
3月『市議会だより編集委員会』に就任
5月教育経済常任委員会(教育委員会・経済部・上下水道局)に所属する(通算3年目)
『議会IT化運営協議会』にオブザーバーとして3度目の参加
6月30日学費の支払いが不可能となり、上智大学大学院を自主退学する
11月6日第4回マニフェスト大賞(ベストホームページ部門)を受賞しました
2010年
2月第6回リリー賞の選考委員会に任命される。選考に関わらせていただきました
5月民生常任委員会(健康福祉部・こども育成部・消防局・環境部を担当)に所属する(通算5年目)
『議会IT化運営協議会』に4度目のオブザーバー参加
6月NPO地域精神保健福祉機構の理事に就任
7月横須賀市民生委員推薦会下町地区準備会委員に委嘱される
2011年
2月第7回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-3.これまでの経歴(3期目)

東日本大震災が起こました。

「こんな非常事態に、選挙なんかやってる場合じゃないのに」という強い怒りがありました。けれども同時にそれは「たくさんの困っている方々の為にもっと政治がやるべきことがある」という強い想いとなり、3度目の出馬を決意しました。

2011年
4月25日市議会議員(3期目)に当選(61名中、第2位。6,457票)
5月12日教育福祉常任委員会(旧・民生常任委員会)に所属する(通算6年目)

財団法人横須賀市健康福祉協会・理事に就任

『議会報告会等準備会』委員に就任

6月『脱原発社会を考える議員連盟』の事務局長に就任
2012年
1月第8回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月教育福祉常任委員会に所属する(通算7年目)

議会IT化運営協議会に5度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に就任

6月NPO地域精神保健福祉機構の理事に再任
2013年
1月第9回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月教育福祉常任委員会に所属(通算8年目)

議会IT化運営協議会に6度目のオブザーバー参加

横須賀市スポーツ推進審議会委員に就任

6月民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任

「市政功労者」と「全国市議会議長会在職10年表彰」を辞退(過去、辞退をしたのは木村正孝氏とフジノの2人のみ)

2014年
1月第10回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
5月生活環境常任委員会(市民安全部・市民部・資源循環部・上下水道局・消防局を所管)に所属

議会IT化運営協議会に7度目のオブザーバー参加

6月NPO法人地域精神保健福祉機構の理事に再任される
2015年
1月第11回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました




4-4.これまでの経歴(4期目)

2015年
4月市議会議員に当選(4期目)
5月教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に8度目のオブザーバー参加

2016年
1月第12回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。選考に関わらせていただきました
4月日本福祉大学(通信教育学部)福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科入学
5月教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

議会IT化運営協議会に9度目のオブザーバー参加

社会福祉審議会・委員に就任

6月民生委員推薦会下町地区準備会委員に就任
2017年
1月 (仮称)政策検討会議等準備会にオブザーバーとして参加


第13回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される。
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

政策検討会議にオブザーバーとして参加

議会ICT化運営協議会に10度目のオブザーバー参加

横須賀市民生委員推薦会・委員に2度目の就任

8月ごみ屋敷対策検討協議会に所属
2018年
1月第14回リリー賞の選考委員会のメンバーに任命される
2月FM戦略プラン審査特別委員会の委員に就任
がん対策検討協議会にオブザーバー参加
3月日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科 卒業(福祉経営学学士取得)
5月 教育福祉常任委員会(健康部・福祉部・こども育成部・教育委員会を所管)に所属

政策検討会議にオブザーバーとして再び参加

議会ICT化運営協議会に11度目のオブザーバー参加

横須賀市社会福祉審議会・委員に2度目の就任

6月NPO法人地域精神保健福祉機構の理事に再任される



そして、現在に至っています。



5.政党・会派には一切所属していません

どんな政党とも会派とも全くカンケーの無い、無所属です。

2008年11月12日をもって、横須賀市議会議員の中でフジノたった1人だけが無所属・無会派となりました。残りの40名はみんな、どこかの政党か、会派に所属しています)

フジノには後援会もありません。

どんな組織からも『推薦』などは受けていません。

職業として政治家をやりたいのではなく、このまちを変えるという「目的」を実現する1つの「手段」として政治家に転職をしました。

2006年4月25日のシンポジウムでのフジノ

パネリストとして招かれたシンポジウム(2006年4月25日)「あなたにとって政治とは?」と尋ねられて「目的を実現するための、ただの手段です」と改めて断言しました。

*市民のみなさんに対して政治家が伝えるべきことはあくまでも「政策」「このまちの未来」「活動の実績」「政治とお金」などだと僕は考えています。

*どこの大学を出たとか、どこの地域で暮らしているとか、家族が何人だとか、趣味は何だ、とか、そういった情報は政治家を選ぶ上での情報ではあるべきでない、そう固く信じています。

つまり、「同じ高校/大学の卒業だから応援しよう」とか「育った地元が同じだから投票しよう」ということはまちがっているからです。

投票はあくまでも政策に基づいて行うべきだとフジノは信じています。

年齢の若さなども政治家を選ぶ根拠では無い、と僕は信じています。

あなたが毎日の暮らしの中で感じているおかしい、もっとこうすればこのまちは良くなるのに、という想いと同じ想いを持った政策を訴えている人こそがあなたに必要な政治家だと僕は思います。

そんな政治家で在りつづけられる様にいつも全力で働き続けていきます。




profile2013fujino

おまけ

フジノの声を聴くことができます。ここをクリック!(2007年予算議会での演説です。全文はこちらです)



10.11院内集会・政府交渉にご参加下さい!/原発事故子ども・被災者支援法推進自治体議員連盟

フジノの所属する『原発事故子ども・被災者支援法推進自治体議員連盟』からおしらせです。

基本方針案の撤回、原発事故子ども・被災者支援法の理念に基づく具体的施策を!

8月30日、ようやく復興庁『被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針案』(基本方針案)を公表しました。

困難と疲弊を深める被災者は、法の理念に基づく具体的施策の一刻も早い実現を望んできました。

しかし、法の施行から『基本方針案』の策定・公表まで1年2か月もの間、復興庁は被災者の深刻な状況を放置してきたのです。

法は、被災当時者である住民・避難者からの意見反映の為の措置をとることを明記しています。

当事者からの意見聴取は必要不可欠な手続です。

それにも関わらず、短期間でのパブリックコメントや福島市・東京都のわずか2ヶ所での説明会だけで閣議決定しようとしているのは、あまりにも拙速です。

福島県内をはじめ、放射性物質汚染対処特措法に基づく汚染状況重点調査地域などを考慮して、全国各地で公聴会を開催して、より多くの被災者から直接、意見聴取を行うべきです。

こうした状況を受けて、本連盟は『基本方針案』を撤回する意見書を9月19日に提出しました。

意見書ではさらに、年間1mSv以上となる全地域及び福島県全域の支援対象地域指定、常設の被災者等協議会の設置など、法の基本理念に基づく新たな基本方針の策定と具体的施策の実現を要望しています。

院内集会・政府交渉にぜひご参加下さい

この意見書に関する院内集会と政府交渉を10月11日に開催します。

ぜひみなさまのご参加をお待ちしています。

日時:10月11日(金)

 13:30~15:00 院内集会
 15:30~17:00 政府交渉
(復興庁、厚生労働省、環境省他)

会場:参議院会館101会議室

内容:

院内集会

  1. 主催者あいさつ
  2. 国会議連挨拶
  3. 原発事故・子ども被災者支援法ネットワーク及び市民会議からの挨拶
  4. 自治体議連から活動報告
  5. 決議文採択

政府交渉

  1. 復興庁及び関連省庁の9.19意見書への回答と説明
  2. 基本方針案の撤回、法の理念に基づく施策を求める決議文の提出
  3. 質疑交渉

主催/原発事故子ども・被災者支援法推進自治体議員連盟
福島県いわき市平字梅本21番地 いわき市議会創世会 佐藤和良
TEL.0246-22-1111(代表) 内線4132
E-mail kazu_obr@f3.dion.ne.jp

山本太郎参議院議員のボランティア仲間の同窓会でした!/Taro’sボランティア大集合in三茶

山本太郎参議院議員のボランティア仲間の同窓会でした

1ヶ月程前、うれしい連絡が届きました。


ボランティアの皆さまへ

猛暑の中の参議院選挙、あの劇的な山本太郎さんの当選から、2ヶ月近くがすぎました。本当にお疲れさまでした。みんなの力で太郎さんを国会に送ることができました。

そこで、このたび、ボランティアが交流して親睦を深め、太郎さんの今後の活動をサポートする出発点としようと、有志でボランティア同窓会のような懇親会を計画しました。

気軽な立食式のパーティーです。山本太郎さんも参加します。

みんなで楽しめる!参加できる!プログラムと、検査済みで安心なお食事、太郎さんとの記念撮影など盛りだくさんな内容となっております。

(司会はもちろんあの方!おめで太郎さん♪)

山本太郎ボランティアのみなさん奮ってご参加ください。お待ちしています。

うれしい!

参議院選挙が終わってから、初めてボランティア仲間が集まることになりました。

ということで今夜、『Taro’sボランティア大集合in三軒茶屋』に参加してきました!

会場は「三軒茶屋しゃれなあど」でした

会場は「三軒茶屋しゃれなあど」でした


司会は、当選の時に候補者よりも目立ちまくっていたことで山本太郎サポーターには知られている「おめで太郎」さんです(笑)

めでたい!

司会はわれらが「おめで太郎」!

司会はわれらが「おめで太郎」!


『TPP』『秘密保全法』に反対する『全国街宣キャラバン』の初日、渋谷での街頭活動を終えたばかりの山本太郎参議院議員も無事に間に合いました。

笑顔の山本太郎参議院議員

笑顔の山本太郎参議院議員


7月22日の当選からずっと忙しく駆け抜けてきて、今日も街頭活動で疲れているはずなのに、笑顔の太郎さん。タフです。

ボランティアのみんなと一緒に乾杯!

ボランティアのみんなと一緒に乾杯!


あれから2ヶ月。

ようやく乾杯することができました。



ちだいさんととお話しすることができました

参議院選挙を通してその存在を知って、ずっとお話したいと願っていたちだいさん(『チダイズム〜毎日セシウムを検査するブログ』著者)。

おめで太郎さんことちだいさんとフジノ

おめで太郎さんことちだいさんとフジノ


今夜、ようやく念願が叶ってお話しすることができました。良かったです。

かるたのちだいさん、そっくり(笑)

かるたのちだいさん、そっくり(笑)





座間宮ガレイさんとお話しすることができました

そして、もうお1人。

座間宮ガレイさん(ブロガー)の存在も選挙を通じて知りました。

座間宮さんの文章にはとても惹かれて、今では彼の発行している有料メールマガジンを購読しています。

いくつかの境遇がフジノと似ていることもあって、1度お話をしてみたいとずっと思っていました。

座間宮ガレイさんとフジノ

座間宮ガレイさんとフジノ


やっぱりお話してみてその印象は深まりました。

「山本太郎さんの選挙」「脱原発」とは全く違う分野で、これから先、いつかきっと座間宮さんとは一緒に仕事をする機会があるような気がフジノはしています。

この直感を大切に覚えていようと思います。



参議院選挙の思い出いろいろ

選挙期間中の出来事やボランティア仲間のことを「かるた」にしたものが、あまりにも似ていて感動!

かるた

かるた


かるた取りをやったのですが、読み上げられるたびに場内から感心のためいきが出ました。

「あー、わかる!」
「そうだったよね!」

徹夜で場所取り、ハチ公前

徹夜で場所取り、ハチ公前


選挙の時、ボランティアとして街頭に集まってくるのは、みんなお互いに名前も知らないし、年齢もバラバラだったのです。

でも、すぐに打ち解けていろんなお話をしました。

今夜の集まりも、顔と名前が分かる人は本当に少しだけだったのですが、それでもすぐに打ち解けました。

こういう集まり、いいですね。



山本太郎さんと1ヶ月ぶりの再会

フジノは、山本太郎さんとは『原発事故子ども被災者支援法推進地方議員連盟』結成集会(8月2日)でお会いして以来、1ヶ月ぶりの再会でした。

その時は仕事でしたから当選を祝う言葉も言えなかったのですが、今日は当選とおこさんの誕生について心からお祝いの気持ちを伝えることができました。

山本太郎参議院議員とフジノ

山本太郎参議院議員とフジノ


そして、「これから長く続いていく厳しい闘いから、決してどんなことがあっても負けないで歩み続けていこう」と誓いあいました。

明日も仕事なので、フジノは途中退出しました。

乗り換えで渋谷駅で降りたので、あの場所にちょっと寄ってみました。

ハチ公前広場

ハチ公前広場


参議院選挙の最終日、『選挙フェス』でボランティアとして立ち続けたあの場所です。

すさまじい大群衆が埋め尽くしたスクランブル交差点。

選挙最終日の夜は、その交差点の向こう側にもたくさんの人々が立って、ステージ上の山本太郎さんと三宅洋平さんに声援を送っていました。

選挙の一時期、人々は激しい熱狂に沸くのですが、やがて1ヶ月も経つと日常生活へと戻っていき、やがて熱狂も少しずつ消えていきます。

日常生活の圧倒的な重みの前に、誰もが生活に戻っていかざるをえないのです。

けれども、人々のこころの中に1度でも点いた灯火を決して消してしまわないようにすることこそ、フジノたち政治家の仕事だと考えています。

フジノは市議会で。山本太郎さんは国会で。

立つ場所や扱う課題は異なりますが、人々のこころの灯火を決して消してしまわないようにお互いにがんばっていけたらと願っています。



「原発事故子ども・被災者支援法」生みの親・川田龍平議員にお会いしました/AIDS文化フォーラムin横浜

20周年を迎えたAIDS文化フォーラムin横浜

参議院議員会館を出て、大急ぎで横浜へ向かいました。

『AIDS文化フォーラムin横浜〜これまでの20年、これからの20年〜』

に参加する為です。

20130802program


会場のかながわ県民センターにて

会場のかながわ県民センターにて


毎年8月、横浜で3日間にわたって開催される素晴らしいフォーラムで、全国からたくさんの人々が集まります。

今年はついに20周年となりました。

オープニング企画、初回を知る人たちのお話をすごくお聴きしたかったです!

オープニング企画、初回を知る人たちのお話をすごくお聴きしたかったです!


開会式と午前のプログラムには参加できませんでしたが、午後にも10分科会+ミニ講座が開催されます。

参加したい分科会プログラムがいくつもありました。



SHIP主催の分科会、「満員御礼」!

数あるプログラムの中でフジノの一番のお目当ては、横須賀での性的な多様性の保障の為にいつも力を貸して頂いている『NPO法人SHIP』と、神奈川県保健医療部による共同開催の分科会です。

テーマは『多様化する性と青少年との関わりについて』です。

SHIPと県による「多様化する性と青少年との関わりについて」

SHIPと県による「多様化する性と青少年との関わりについて」


しかし、会場に到着してみると…。

SHIPの講座は「満員御礼」で入場できませんでした

SHIPの講座は「満員御礼」で入場できませんでした


すでに『満員』の為、入場できなくなっていました!

SHIPの分科会はしばしば『満員』になってしまうので、今年は最も大きい90人定員の部屋に変更したにも関わらず、それでも定員を超えてしまったそうです!

参加できないことは残念でしたが、同時にとてもうれしかったです。関心を持ってくれる方々がたくさんいらっしゃることに大きな喜びを感じました。



川田龍平議員の分科会へ

でも、落ち込んでいるヒマは全くありません。

参加したい分科会は、同じ時間帯でいくつも重なっているので、さっそく第2希望の分科会場へ向かいました。

それは、川田龍平さん(参議院議員・みんなの党)による講演です!

川田龍平参議院議員は永田町から飛んできて講師を勤めて下さいました

川田龍平参議院議員は永田町から飛んできて講師を勤めて下さいました


テーマは『いのちが最優先される社会の実現のために』です。

【分科会の内容】
HIV/AIDSの歴史に学び、薬害、医療、環境、放射能の被害からいのちを守れる社会を創るにはどうすればいいかを考えます。

川田龍平議員は『原発事故子ども・被災者支援法』の生みの親の1人です。

全ての会派が共同提案して成立した法律ですが、そもそものスタートは川田龍平議員と阿部知子代議士が衆議院法制局に法案の策定を依頼したことだった、とフジノは認識しています。









さきの参議院選挙で『子ども・被災者支援議員連盟』メンバーが何人も落選してしまいました。

そんな厳しい国会状況の中で、「生みの親」である川田議員が2期目の当選を果たして下さったことは大変ありがたいことだとフジノは感じています。

ところで、川田議員はさっきまでフジノが居た『子ども被災者支援法推進自治体議員連盟結成集会』の冒頭で挨拶をして下さいました。

そのまま退出されて大急ぎで横浜に向かって、この分科会で講師を勤めておられたのです。

ですからフジノは、ちょうど川田議員を追いかけるような形で参議院→横浜へと戻ってきました。

川田議員の新著「この国はなぜ被害者を守らないのか〜子ども被災と薬害エイズ」はオススメです

川田議員の新著「この国はなぜ被害者を守らないのか〜子ども被災と薬害エイズ」はオススメです


1時間半の講演の後、質疑応答になりました。

一般の参加者の方々の質問がひと通り終わった後で、フォーラムにはそぐわないかもしれないとお断りをした上で、フジノも発言をさせて頂きました。

「『原発事故子ども・被災者支援法』を推進していく為に、地方議員と市民のみなさまにもたくさんできることがあるはずですが、川田議員としてはどんな行動が必要だとお考えですか」

というものです。

川田議員からは逆に、フジノの暮らす横須賀には母港として米海軍の原子力空母が存在している現状やモニタリングポストなどが他都市よりも早くから設置してあることを例に挙げて、

「横須賀の市民の方々の放射性物質への関心は他都市よりも高いですか?」

と尋ねられました。

先ほどまでフジノは『原発事故子ども・被災者支援法』推進の為に参議院会館に居たものの、来賓として参加して下さった国会議員の方々はみな忙しくて、現実的に、意見交換をすることは不可能でした。

それがこうして本当にわずかな時間ではあったものの、国会議員による議連の事務局長を勤める川田議員と意見交換をできたことはものすごく貴重な機会でした。

フジノの質疑が会場の他の参加者の方々の想いを損ねることにならないかと心配でしたが、分科会終了後に複数の参加者の方から『原発事故子ども・被災者支援法』について話しかけて頂きました。とてもありがたいことです。

こんな機会を持つことができたのも、『AIDS文化フォーラム』に参加したおかげです。

フォーラム主催者のみなさま、参加者のみなさま、そして川田龍平議員と秘書の大坊さん、本当にありがとうございました!

明日もあさってもフォーラムはかながわ県民センターで開催しております。

ぜひみなさまもいらして下さいね!



「原発事故子ども・被災者支援法」の推進を実現させる為に地方議員380名で議員連盟を立ちあげました!

「原発事故子ども・被災者支援法推進自治体議員連盟」が設立!

今日は、参議院議員会館で開催された院内集会

『「原発事故子ども・被災者支援法推進自治体議員連盟」結成集会』

に参加しました。

参議院議員会館前にて

参議院議員会館前にて


『東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律』という長い名前の法律があります。

これを略して『原発事故子ども・被災者支援法』と呼んでいます。

この法律、実はすでに昨年(2012年)6月21日に成立しました。

与党・野党を問わず、全ての会派が共同提案した議員立法(これは国会史上初だそうです)で、衆議院・参議院のどちらでも『全会一致』で可決されて成立しました。

まさに国会議員が全員で作った法律です。

それなのに…

法成立から1年もたなざらしにされている「原発事故子ども・被災者支援法」

実は、成立から1年間が経った今も、この法律は全く動いていないのです。

信じられないことに、国がこの法律につけた予算は今まで『ゼロ』です。

あらゆる法律は国会で成立すると『基本方針』を作らなければなりません。

90%以上の法律の『基本方針』は1年以内に策定されるのですが、この法律は『基本方針』も全く作られる気配さえありません。

この状況を打ち破る為に、議員立法の中心となった国会議員のみなさんが『議員連盟』を立ちあげて、様々な活動を行なってきました。

けれどもそれでも政府与党と復興庁をはじめとする官僚は全く動きません。

「原発事故子ども・被災者支援法」を動かす為に全国の地方議員が集まりました

そこでこの法律を動かす為に、全国の地方議員が集まって『議員連盟』を立ち上げることにしたのです。

設立の準備を進めてきた準備会メンバーが

  1. 経過報告
  2. 活動計画案
  3. 運営に関する取り決め事項案

を提案し、全て参加メンバーの承認を得ました。

共同代表3名が選出されました

共同代表3名が選出されました


正式に『「原発事故子ども・被災者支援法」推進自治体議員連盟』が本日発足しました!

【目的と活動】
「原発事故子ども被災者支援法」の基本方針の早期策定を求め、関係団体と連携し、法の理念に基づく具体的施策の実現を目指す

今後、国会議員と地方議員と市民のみなさまと日弁連をはじめとする様々な団体とで力を合わせて、政府に働きかけを徹底的に行なっていきます!

続きは後日書きます(ごめんなさい)

続いて、河崎健一郎弁護士(原発事故子ども・被災者支援法市民会議)による記念講演が行なわれました。

タイトルは「原発事故子ども・被災者支援法の推進と自治体議員連盟に期待するもの」です。

※すみません。ここまででいったんアップします。この続きは、明日書いて改めてアップしますね*

自治体議員に期待するもの

自治体議員に期待するもの

党派を越えて、地域を越えて

党派を越えて、地域を越えて

福島みずほ参議院議員のあいさつ

福島みずほ参議院議員のあいさつ

子ども・被災者支援法をスタートさせたのが阿部知子議員と川田龍平議員のお2人

子ども・被災者支援法をスタートさせたのが阿部知子議員と川田龍平議員のお2人

来賓あいさつの最後は、山本太郎参議院議員でした

来賓あいさつの最後は、山本太郎参議院議員でした

山本太郎参議院議員のあいさつ

山本太郎参議院議員のあいさつ

後日談

夜、NHKのニュースが報じてくれました。

マスメディアはあんなにもたくさん来ていたのに、他局では報道されていないのでしょうか…。

夜のニュースでNHKが報じてくれました

夜のニュースでNHKが報じてくれました

福島第一原子力発電所の事故で被災した子どもたちなどを支援しようと、去年6月に成立した『原発事故子ども・被災者支援法』が、1年以上たった今も必要な基本方針が作られず、宙に浮いた状態となっています。

こうした状況を打開しようと、2日、全国の地方議員でつくる自治体議員連盟が発足し、今後、被災者を支援する具体的な施策づくりを急ぐよう政府などに働きかけていくことになりました。

新たに発足した『原発事故子ども・被災者支援法推進自治体議員連盟』には、北海道から九州まで約380人の地方議員が参加し、2日、参議院会館で結成集会が開かれました。

集会では、共同代表を務める福島県いわき市議会の佐藤和良議員が

「事故から2年になっても原発事故は収束せず、全国に避難した家族などが厳しい生活を送っています。こうした方たちの救済のために作られた法律の具体的な施策が実現されるよう、協力して大きな流れを作っていきましょう」

と呼びかけました。

『原発事故子ども・被災者支援法』は、超党派の議員立法として提出され、去年6月に全会一致で成立しました。

原発事故の被災者を幅広く支援するため、子どものときに一定基準以上の放射線量が計測される地域に住んでいた場合は健康診断を生涯にわたって行うことや、子どもや妊婦が原発事故が原因とされる病気などにかかった場合に医療費を減免することなどが盛り込まれています。

この法律の成立を受けて、政府が被災者の意見を聞いたうえで基本方針をつくることになっていますが、成立から1年以上たった今も作業は進んでいません。

2日の集会には、超党派の国会議員でつくる議員連盟の会長を務める荒井聡衆院議員も出席して「法律に基づいた実施計画もできていないのは行政の怠慢であり、国会で積極的に進めていきたい」と話し、地方議員と連携する姿勢を示しました。

今後、自治体議員連盟は、全国の地方議会でこの法律を推進する意見書を採択する活動を進めるほか、弁護士グループなどと連携して署名運動や全国集会などを開き、被災者を支援する具体的な施策づくりを急ぐよう政府に求めていくことにしています。