浅野史郎教授の「地方自治論」のゲストスピーカー、今年もやります/神奈川大学のみなさま、お会いできるのが楽しみです!(2015)

アサノ先生から「地方自治論」ゲストスピーカーのお誘いをいただきました

神奈川県議会議員選挙が終わった翌日の朝、いちばん初めにかかってきた電話。

それはフジノのこころの師匠、アサノ先生(浅野史郎さん・元宮城県知事、現神奈川大学教授)でした。

今年もアサノ先生が担当教授として開講した『地方自治論』

神奈川大学法学部「地方自治論」シラバスより

神奈川大学法学部「地方自治論」シラバスより


今年もフジノに『ゲストスピーカー』として参加してほしい、と依頼でした。

実は、フジノは去年一昨年と2年連続でゲストスピーカーとして神奈川大学にお邪魔してきました。

何度来ても神奈川大学のキャンパスは好き

何度来ても神奈川大学のキャンパスは好き


アサノさんから頼まれごとならばどんなことでも引き受けてきたフジノです。もちろん二つ返事で、「やらせていただきます」とお応えしました。



アサノ節、炸裂。「落選しても来てよ(笑)」

それにしてもアサノさん。

いつもの優しいお声で、そしていつもの毒舌(笑)

「私はね、誰の応援にも行かないことにしているから、もちろんフジノさんの応援にも行かないよ」

(→アサノさんのことなら何でも知っているフジノだから知ってますよ−だ!)

「今回、準備が全くできてないんでしょ。まあ、フジノさん。落選したら落選したでおもしろそうだからさぁ、落ちても来てよ」

「今まで落選した議員がゲストスピーカーだったこと無いからさ、それもおもしろいかもしれないよ」

絶対に『現役』の市議会議員としてゲストスピーカーに行きますよー!



フジノはアサノさんが大好き

フジノブログの読者の方ならばご存知かと思うのですが、フジノはアサノさんが大好き。

23年前(大学1年生)の時からずっと憧れの人です。

宮城県知事だった2004年には、横須賀に来て頂いて講演をしていただきました。

2007年、都知事選挙に立候補した時には、応援にも行きました。

2009年にATLを発症して入院された時は、闘病生活をのりこえてほしいと毎日お祈りしました。

快癒されて慶応大学SFCに戻って講義やゼミを再開されてからは、勝手にアサノ先生のゼミに潜り込みました(2012年)。

2012年のアサノ先生とフジノ

2012年のアサノ先生とフジノ


慶応大学を定年で退官された後も神奈川大学に招聘されたアサノ先生のブログを、今も毎日読んでいます。

フジノの選挙のやり方の多くは、実はアサノ知事初当選の時のハチャメチャなやり方をマネしています。

そんなフジノのことをアサノ先生も可愛がって下さって、ありがたくお声がけを頂いています。



グチってしまいました

今日もフジノはアサノ先生にグチってしまいました。

「アサノ先生、『選挙公報』が全く書けないんです。もうあさってが事前審査の締切なのに、書き出しも決まらないんです」

アサノ先生はたくさんの著書を出版しておられるすごい方。

しかも絶対に連載もしめきりを1度も遅れたことがないという伝説(実話です)を持っています。

そうしたら、こう言われました。

「フジノさんはいつも100点満点を取ろうとするから書き出せない。70点でも80点でもいいんだから、まず書いてご覧なさい」

感激。。。

勇気を頂きました。

全力で書き上げます!



「脱被曝」のDELIさんをフジノは応援しています/PLANET ROCK@池袋Club BED

フジノは、DELIさんの松戸市政チャレンジを応援しています!

フジノは、『脱被曝&脱カスタマー』を政策に掲げるDELIさんを応援しています。

DELIさん

DELIさん@松戸市


DELIさんは、ご自身の地元・千葉県松戸市で市政にチャレンジします。

松戸市議会議員選挙のスケジュール

松戸市議会議員選挙のスケジュール


フジノの横須賀市とDELIさんの松戸市は離れていても、インターネット選挙の時代ですからどんどん応援できると思います。

そして、パニック障がいによる発作の様子をみながら、松戸にも勝手連で応援に行きたいと願っています。



地方議会で「脱原発」「脱被曝」を訴える新しい力がもっと必要です!

東日本大震災による東京電力福島第一原発事故以降、フジノは、山本太郎さん三宅洋平さんのお2人を応援してきました。

『脱原発』『脱被曝』を国政で訴えてくれる新しい力が必要だからと信じたからです。

そして今、DELIさんを応援する理由は、『脱原発』『脱被曝』を身近な地方議会で訴えてくれる新しい力が必要だからです。

3.11から3年が経過したにもかかわらず、『脱原発』が明確な国の方針にならないのは、やはり政治(国会・地方議会)のしくみの中に『脱原発』を訴える政治家が少ないからです。

もっとそうした想いを政治の場で訴える存在が必要です。

国政には、山本太郎参議院議員が存在してくれています。

地方議会には、もっともっと多くの同じ想いを持つ政治家が必要です。

フジノは地方議員の立場で、『脱被曝』の取り組みを行なってきました(例えば全国に知られた給食食材の事前事後の測定を行なう『横須賀方式』はフジノの提案で実現しました)。

フジノはただの無所属議員で、どんな政党も組織もカンケーありません。でもやればできるのです。

本気の政治家がもっと増えれば、必ず現実を変えることができます。

DELIさんは、必ず本気の政治家になってくれるはずです。




こうしたDELIさんの訴えに、フジノは強く共鳴しています。



DELIさんの提案する新しい政治団体、新しいファンディング

そのDELIさんは、政治団体『PLANET ROCK』を立ちあげました。

ロゴマーク(超かっこいい)

ロゴマーク(超かっこいい)


そして今夜、池袋で『PLANET ROCK』主催のファンディングバーティー(政治資金規正法に基づくパーティー)を開催しました。

政治活動の為に必要なお金を集める為の『政治資金規正法に基づくパーティー』と言えば…。

実際の政治資金規正法に基づくパーティーの画像より

実際に開かれた某政治家の政治資金規正法に基づくパーティーの画像より


豪華なホテルで開かれて、1枚2万円近いパーティー券を買わされるというネガティブなイメージしかフジノにはありません。

けれども、今夜のパーティーは、今までの政党や既存の組織とは全く異なります。会場もクラブです。

歴史的な新しい取り組みを、フジノは自分の目で観て体験してきたいと感じました。

そして、池袋に向かいました。



新しい時代のファンディングバーティーがそこにあった!

池袋に向かう電車の中でもフジノは、インターネットで生中継されている様子をiPhoneで全て観ることができました。

ツイキャスで全ての様子が生中継されていました

ツイキャスで全ての様子が生中継されていました


完全にオープン。

関係者だけがホテルの大広間でやるようなパーティーとはすでに大違いです。

そしてついに池袋に到着しました。

池袋の丸井

池袋の丸井


なんと、会場であるクラブの前には、ブログで紹介されている超かっこいい街宣カー(ピックアップトラック)が展示してありました。

ブログでおなじみDeliさんの街宣カー

ブログでおなじみDeliさんの街宣カー


カッコいい!

政治資金規正法に基づくパーティー(笑)の様子/みんな熱い想いを語りまくり

政治資金規正法に基づくパーティー(笑)の様子/みんな熱い想いを語りまくり


共感する仲間がどんどん集って、マイクを回してそれぞれの想いを言葉にしていきました。

座間宮ガレイさんと横川圭季さん

座間宮ガレイさんと横川圭季さん


座間宮ガレイさんのマイクも熱かったです!!

さらに、火炎瓶テツさんもステージ登場!

火炎瓶テツさん

火炎瓶テツさん

いっそフジノもステージにあがって、語りたかったです(マジで)。

さらに、K Dub Shineさんのライブも(!)

K DUB SHINEさん

K Dub Shineさん

もちろんDELIさんの歌も。




メッセージ性が強いけれど押し付けがましくなくて、カッコ良かったです。

DELIさんのこの歌、CDにならないかなあ

DELIさんのこの歌、CDにならないかなあ


こんなファンディングバーティーは初めてです!

9月4日にも開催されるのですが、われらが卍LINEくんも出演予定です。

お時間のある方はぜひ足を運んでみて下さいね。

サイコーですから。



ずっとじかにお会いしたかった方々とお話しできました

今までタイミングが合わずなかなかお会いできなかった方々とも、一気にリアルでお会いすることができました。

三宅洋平さん。

あの参議院選挙の時には立ち話をしてますし、ツイッターでは接点が多いのですが、フェイス・トゥ・フェイスでじっくりお話できたのは初めてでした。

三宅洋平さんとフジノ

三宅洋平さんとフジノ


横川圭希さん。

横川圭季さんとフジノ

横川圭季さんとフジノ


青木まりこさん。

宇都宮健児さんの都知事選挙の時には、まりこさんのツイキャスが頼りでした

宇都宮健児さんの都知事選挙の時には、まりこさんのツイキャスが頼りでした

みなさんと、またDELIさんの応援で再会したいです。

もしかしたら解散があるかもしれない今、総選挙がやってきたらもう1度、洋平さんにはぜひ立ってほしい!

そして、全国の同じ想いを持つみなさま、こういう機会にぜひつながっていきましょう。

脱原発・脱被曝、特定秘密保護法の撤回、集団的自衛権の解釈改憲による行使容認の撤回など、やらなければならないことはたくさんあります。

今すでに政治家になっている人間だけでは力が足りないのです。

ぜひDELIさんに続いて下さい!

みんなでがんばっていきましょう!



「経産省前テントひろば」が1000日を超えました/STOP再稼働!テント1000日!6・8集会へ

脱原発・再稼働阻止の都内の拠点「テントひろば」

東日本大震災が起こった2011年の9月11日から、『経産省前テントひろば』はスタートしました。

経産省前テントひろば

経産省前テントひろば


「脱原発・再稼動反対の首都圏の1つの砦」となることを目指して、霞ヶ関の経済産業省前のわずかなスペースにテントが立てられました。


より大きな地図で 経産省前テントひろば を表示

座り込み・ハンガーストライキなどの抗議活動が行なわれたり、福島をはじめ被災地から避難してきた方々と脱原発の活動を続ける方々との交流の場ともなりました。

とても大切な場なので、フジノは都内・霞ヶ関へ仕事で行くたびに、必ず『テントひろば』を訪れてきました。

ささやかなカンパと差し入れ、脱原発の活動の意見交換、そして他愛のない雑談をするだけですが、フジノにとっても拠り所の1つになっています。

ふだんは離れてはいますが、メルマガ(テントひろば日誌)や郵便で活動予定等を郵送して下さるので、常に『連帯の気持ち』を持ってきました。

「テントひろば」が1000日を超えました

その『テントひろば』が今年6月6日、1000日を超えました。

そもそもスタートから

「このテントひろばを早く閉じられるように、脱原発・再稼働阻止を実現しよう」

と言い合ってきた存在です。

1000日という『節目』をきっかけに今日は集会が行なわれましたが、決して『お祝い』などではありません。

改めてみんなで『脱原発』『再稼働阻止』を誓いあいました。

約300人が集った会場の様子

約300人が集った会場の様子


関西電力大飯原発3・4号機の運転差し止めを命じた『福井地裁判決』などの成果も出てきました。

今日のプログラム

今日のプログラム


何年が経とうとも、息長く、決して諦めずに、みんなで活動を続けていこうと決意を新たにしたのでした。

木内みどりさんからツイートが来た

市長への一般質問に向けて、今日フジノは原稿を書いて1日過ごすつもりでした。

この『STOP再稼働!テント1000日!6・8集会』にも参加しない予定でした。

自分は参加できないけどみんなには参加してほしいと思って、ツイッターやFacebookで情報を広く伝えよう。

そこで昨夜、下のツイートをしたのでした。

フジノのツイート

フジノのツイート


すると、けさになって、司会をつとめる木内みどりさんご本人からツイートが来ました!

木内みどりさんからのツイート

木内みどりさんからのツイート


木内みどりさんは、東京都知事選挙に出馬した宇都宮けんじさんを2度にわたって応援し続けて下さった方です。

特に、2度目の出馬(直近の、細川元首相も出馬した都知事選)では、脱原発の活動を続けてきた多くの著名人が宇都宮さんのもとを離れ、分裂してしまいました。

でも、木内さんは一貫して変わらなかったのです。

そのことで木内さんはだいぶつらい想いをされたはずです。信念を貫く、立派な方だと感じました。

フジノも一貫して宇都宮けんじさんを応援してきた1人なので、木内さんにはとてもシンパシィを抱いていました。

さらに、ツイッターで「ぜひいらしてください」とのご指名をいただいた以上は、行くしかありません。

一般質問の原稿作成を中断して、神保町の会場まで行ってきましたよー!

木内みどりさん

木内みどりさん


木内さんは

「今日の集会は私自分が司会だからツイッターで宣伝しなくちゃ、と思ってたらフジノさんがツイートしてくれてて助かったわ」

とニコニコしてました。お茶目な人でした!

冗談を言いあって笑う、女優と政治家w

冗談を言いあって笑う、女優と政治家w


できることから1つずつ、諦めずに、これからもしっかり頑張っていきます!

全国の脱原発を実現する為に活動しているみなさま、お互いに頑張っていきましょうね。

2014年度予算案の予算説明会が開かれます/議会運営委員会でした

新年度予算案の議論がスタートします!

まもなくスタートする予算議会に向けて、今日は『議会運営委員会』が開かれました。

予算議会のスケジュール、代表質問に立つ議員リスト、市長から提出された議案・報告、市民の方々から出された請願・陳情などについてがテーマでした。

議会運営委員会・資料より

議会運営委員会・資料より


今週14日(金)には、市議会向けに市長・副市長が予算説明会を行ないます。

目の前の暮らしを大切にすることが国全体を変える

昨夜8時とともに都知事選挙の結果がマスメディアに出されると、全国から落胆の想いがたくさんツイートされるのを目にしました。

ただ、今回の選挙に関心を持った全てのみなさまにお願いしたいのです。

都知事選挙の結果を受けて昨夜発信したツイートより

都知事選挙の結果を受けて昨夜発信したツイートより


目の前の暮らしを大きく動かす税金の使われ方が、まもなく議論される予算議会が全国でスタートします。地域によっては(例えば横浜市などは)すでにスタートしているところもあります。

大きな選挙だけでなく、市区町村の議会での議論にもぜひ注目して下さいね。

僕たちが闘ったのは、ある候補者を『当選させること』では無かったはずです。

今の暮らしを変えたい、未来のこどもたちの為により良い世界にしたい、その為の『手段の1つとして選挙を闘った』はずです。

だから、たった1回の選挙の結果なんかで、絶対にあきらめないでください。

暮らしを良くする、こどもたちの未来を守る、その闘いは生きている限りずっと続くのです。

目をそむけることはできます。知らんぷりすることもできます。

でも、どれだけ逃げたくても、生きている限り人生は続いていきます。

だから、たった1回の選挙の結果なんかで、あきらめているヒマなんて無いんです。

あきらめず、悔しさもエネルギーに変えて、正々堂々と闘ったことに胸をはって、前を向いて歩き続けて下さいね。

これからも一緒に闘っていきましょうね。

僕たちの闘いは、選挙なんかじゃない。自分だけでなく、こどもたち、そのこどもたちへとずっと続いていく人生を守る為の闘いです。

どれだけくじけそうになっても、少し休んだらまた立ち上がって、一緒に歩いていきましょうね。

都知事選挙では宇都宮けんじさんを応援しています/脱原発・脱被曝・反貧困を実現する為に。

宇都宮けんじさんの応援へ

夕方、東京駅に向かいました。

東京都知事選挙の候補者である宇都宮けんじさんを応援する為です。

予算議会の直前ということもあり、今日を逃すとフジノは応援に行かれるタイミングがありません(もしかしたらもう1回行けるかなぁ...)。

新しい東京を、始めよう

新しい東京を、始めよう


フジノは前回(2012年12月)の東京都知事選挙でも宇都宮けんじさんを応援しました。

福島から避難してこられた方々と意見交換をされたお話をされる宇都宮さん

福島から避難してこられた方々と意見交換をされたお話をされる宇都宮さん

夜の東京駅前

夜の東京駅前

チラシ

チラシ

フジノ

フジノ

選挙掲示板

選挙掲示板

都知事候補の宇都宮けんじさん/脱原発・反貧困を実現する為に。

予算決算常任委員会、上下水道局との意見交換、資源循環部からのヒアリングなどを終えて、フジノは大急ぎでJR蒲田駅へ向かいました。

JR蒲田駅前

 
東京都知事選挙の候補者である宇都宮健児さん(前・日弁連会長)の、ボランティアをする為です。

宇都宮健児さんチラシ

 

宇都宮への想いは、まさに山本太郎さんに対する想いと同じです。

12月議会の会期中とはいえども、傍観者として何もせずにいるのは、フジノには耐え難いことでした。

そこで、今夜わずかな時間でしたが、ボランティアに駆けつけました。

蒲田駅前のフジノ

 

今年3月、早稲田奉仕園で開かれたイベント『大切な人を自死で亡くすということ』で、フジノはパネリストととして宇都宮さんとご一緒させていただきました。

宇都宮さんは弁護士として、サラ金や闇金、オウム真理教などの社会の闇と向き合い、生きづらい弱い立場へと追い込まれてしまった人々を守る為に闘い続けた方です。

けれども、間近で実際に接する宇都宮さんは『歴戦の闘士』というより、テレビや文章から受けるイメージ以上にとても温厚で優しい方でした。フジノは改めて宇都宮さんのことを好きになりました。

 
応援弁士として雨宮処凛さん

 
宇都宮さんといえば、日比谷公園での『年越し派遣村』の名誉村長です。

貧困は確かに目の前にあったのに、長い間、マスメディアや世間から忘れ去られていました。日本社会に貧困が大きく存在していることを再発見させたのが2008年の派遣村でした。これも宇都宮さんの果たした大きな仕事の1つです。

『反貧困』の立場を取る人間にとって、ここ蒲田というのは、象徴的な場所です。

いわゆる『ネットカフェ難民』と呼ばれる状況へ追い込まれた方々が、とても多いことで知られています。

上の写真で、マイクを持って語りかけているのは雨宮処凛さんです。

雨宮さんもまた『反貧困ネットワーク』の副代表として、宇都宮さんと共に『反貧困』の活動を続けてこられました。

(雨宮さんが書いた宇都宮さんの「アンパンと牛乳」のエピソードに強く共感します!)

ここに、こうしたメンバーが集まっていることそのものが、これが単なる選挙運動ではなく、たくさんの人々を貧困へと追い込む経済社会状況との闘いを意味しているのだ、とフジノは感じています。

宇都宮さん

石原前都知事が任期途中で仕事を投げ出した為に、突然に東京都知事選挙が行われることになりました。

けれども、これは大きなチャンスです。

脱原発を実現させる為に、反貧困を進める為に、希望を感じることが持てる人生へのサポートにしっかり取り組む政治・行政へと変える為に、この選挙は大きなチャンスなのです。

今まさにみんなでこころを1つにして闘うべき時です。

還暦を迎えたアサノ知事をお祝いしました/浅野史郎さん横須賀講演会

還暦を迎えたアサノ知事をお祝いしました

今日は4ヶ月ぶり浅野史郎さんにお会いしました。

『横須賀法人会』の主催による新春講演会として『地方活性化とこれからの福祉・医療・地方分権』のタイトルで講演が行なわれたのです。

しかし『浅野史郎さん』なんて書くとなんかフジノには違和感があるなあ~。

15年前(大学1年)からフジノはこころからリスペクトしている、元宮城県知事のアサノさんです。

アサノさんの横須賀での講演は2004年12月にお招きして以来3年2ヶ月ぶりです。

会場は満員です

会場は満員です


会場のセントラルホテルは満員でした。
 
横須賀法人会さん、貴重な機会をありがとうございます!

特に、事務局長の釜谷さん!ありがとうございました。

(アサノさんにとても気に入られてしまって「釜ちゃん」と呼ばれてました)

会場全体を駆けめぐる大活躍でしたね~。本当におつかれさまでした。

アサノ節、炸裂です

アサノ節、炸裂です


会場を大いに笑わせながら、民主主義の意味、情報公開の大切さ、政治家が生まれる時の『正当性』についてなどなどが語られました。
 
アサノさんの話術は見事なので会場は爆笑しながらお話を聴いていました。

1つずつのお話が本当は1時間くらいかけて語られるテーマをすさまじい勢いと笑いと共に語られてしまいました。

例えば、政治家が生まれる時の『正当性』の話なんて本当は涙なしには聴けないシリアスな話なのになぁ。

正当性、という言い方を今日はしていましたが、アサノ知事が誕生して以来『出生の秘密』という言い方でどんな時もアサノさんが常に忘れずに語り続けてきたことなのですね。

どうして政治家にならなければならなかったのか

という、立候補せざるをえなかった『原点』についてのお話です。

アサノさんの『原点』についてのお話をフジノは政治家になってから一瞬も忘れたことがありません。
 
僕にとっても、どんな時も常に戻るべき政治家フジノの原点です。

だから、というか、初めてアサノさんにお会いした方々の為にも、もっとじっくり1つのテーマだけでお話ししてほしかったです。
 
ちょびっと、もりだくさんすぎたかなぁ。



「こころの師匠」に対する、勝手な想い

実は、今日の講演会、行かないつもりだったんですよね...。

「横須賀に行くといつもフジノが出てくるんだよなあ」

って、アサノさんが思ったらイヤだなあと心配で行くのやめよう、と思ったのです。

(僕は尊敬する人や好きな人に対してはすごく小心者なのです)

でも、ある日、アサノさんと親しい大坂聖子さん(前・大磯町議会議員)からメールをいただいて

「横須賀での講演会の日、アサノさんは還暦の誕生日なんだよ~!お祝いしましょう!」

とお誘いをいただきました。

それはお祝いしなければ!

ということで、講演会に行って、誕生日をお祝いしようと決心しました。


 
でも、政治家になってからあらゆる贈り物・プレゼント(身内への誕生日プレゼントさえ)をフジノは完全にやめてしまったので

いったい何をあげたら喜んでもらえるのか、けっこう考え込んでしまいました。

アサノさんはおしゃれだから、赤いチャンチャンコは着ないだろうし。

さんざん悩んだ結果、『プリザーブドフラワー』の真っ赤なバラを一輪、プレゼントすることにしました。

相手に喜ばれる為、というよりはフジノの願いを勝手にこめました。

プリザーブドフラワーは、ドライフラワーとは違って、枯れているわけではありません。
 
何年も何年も、美しく咲き続けた姿のままで存在します。

いつまでも枯れることなく、情熱の真っ赤なバラのように咲き続けてほしいなあという願いを(勝手に)こめました。

浅野史郎さんとフジノ

浅野史郎さんとフジノ


今日の講演の中で、アサノさんが候補者としてかつぎだされたこないだの東京都知事選挙について、少しだけ触れました。

本当に何気ない話を一瞬だけされたのですが、思わず僕は、あの選挙の最終日に引き戻されました。

あの夜、僕は雨の降る新宿駅東口にいました。

(翌日の読売新聞の一面に載ったアサノ候補を囲む大観衆を写した写真の中にフジノの姿が映ってました)

アサノさんの言葉に、こころの底から感動をしました。

その言葉にこころを揺り動かされて知らずのうちに涙が流れて、初めて「福祉を守りたい」と願った日の原点を想いました。

そして、政治家を辞める決意をしていた自分自身も改めてもう1度、闘う決心をしました。

だから今、僕は再び政治家になりました。

このまちの精神障がいのある方々の声と、追い込まれた末に亡くなっていった自死をされた方々の声と共に、アサノさんの存在こそが僕を政治に引き戻したのです。

僕の原点です。

だから、なんかうまく言えないのですが、もう1回、アサノさんの闘う姿が見たい、と感じました。

教授の仕事も素晴らしいし、コメンテーターの仕事もお見事ですし、アサノさんの才能は多彩だなあと感心するばかりです。

でも、でも、あえて。

もう1回、福祉を守る為に政治の世界で闘ってほしい。

そんなことを、勝手に弟子だと信じているフジノは『こころの師匠』の姿を見て、思ったのでした。

それは、あまりにも手本にできる政治家がいないからかもしれませんし、この国の福祉があまりにも追い込まれているからかもしれません。

いずれにしても、フジノは、
 
アサノさんのような方の存在が今こそ政治の場に必要なのに

と強く感じたのでした。



東京都知事選挙最終日、ついに浅野史郎候補の応援に行きました!

都知事選挙、最終日ついに応援に行きました!

フジノはアサノさん(浅野史郎・元宮城県知事)のことを14年前(大学1年)からリスペクトし続けてきました。

アサノさんの存在は、フジノが『政治家という手段を選ぶきっかけ』になっただけでなく、フジノの『人生そのもの』にものすごく大きな影響を与えた方々の1人です。

だから、アサノさんが東京都知事選挙に立候補を決めた時、

「どんなことがあっても応援に行きたい!」

と願いました。

全国の福祉仲間たちが続々と東京へ向かいました。

そんな中、フジノは意地で横須賀に残りました。

予算議会が続いていたこともありますし、現役の市議会議員としてこのまちでやるべきことがありました。

でも、いつもこころはアサノさんを応援してきました。

東京に暮らす友達と話す時、必ずアサノさんについて語りました。

『横須賀勝手連』を名乗って、ふだんの仕事の合間を縫っては都内の友達にアサノさんを推薦するメールを送り続けました。

毎回、浅野事務所からはお誘いのメールが来ていました。
 
浅野史郎事務所びらきの日、行きたかった。
 
選挙初日の出陣式、行きたかった。

毎日、行動スケジュールを把握していました。
 
毎日の大江戸勝手連の活動、行きたかった。

毎日の事務所前のあいさつ&マニフェスト配り、行きたかった。

アサノさんがわずか数名しかいないスーパーの前で街頭演説しているのが放送された時、

「その後ろでブルーの旗を持っているのが何故おれじゃないんだ」

と悔しくてたまりませんでした。
 
アサノさんの為に働きたかった。

僕ができることは何でもやりたかった。

「アサノさんの為にがんばる」ということは「この国の福祉の為にがんばる」ことと、同じ意味だ。

グループホームを制度化したのは厚生省時代のアサノ課長だ。

最近のワイドショーでしかアサノさんを知らない人はいろんなことを評論家みたいにしたり顔でしゃべってる。

でも、何も分かってなんかいない。

どれだけアサノさんがこの国の福祉に大きな良い影響を与えたか。

みんなが知らないだけで、実はアサノさんが作った制度に助けられてる。

予算議会が終わった3月26日、このまちの福祉を守る為にフジノは再び市政の場で闘っていく決心をしてしまった。

その直前25日に、能登半島地震が起こったので予算議会終了後はどうしても募金活動をやらずにいられなかった。

募金活動を終えたら、今度は大学院の準備でてんやわんや。

さらに、市政への再挑戦の為のいろいろな書類を作らないと自分自身の闘いに間に合わなくなってしまう。

実際、今日も書類のノルマが全く終わっていない(書類が多すぎるんだよ...)。

抑えきれない「応援しに行きたい気持ち」をいろいろな友達に相談するたびに

「東京都知事選挙のことより神奈川県知事選挙と県議会議員選挙のことを教えてよ」

「おまえ、自分のことが終わってないのに他人の応援とか言ってんじゃねえよ」

「いま横須賀を離れたら、横須賀の人たちのこころが離れるよ」

「毎日寝てなくて体調が悪いんだから、少しでも時間が取れるなら、まず体を休めなよ」

と、言われた。

つまり、「行くな」ということだ。

だから、ずうっと今日までガマンしてきました。

でも、でも、今日は都知事選挙の最終日だ!

16時過ぎまでとにかく事務仕事をやりまくったけど終わりのメドなんて尽きそうに無かった。

いまアサノさんの応援に行かなければおれは一生後悔する。

『心の師匠』の闘いに行かないなんて、おれにはありえない!

もう、居ても立ってもいられなかった。
 
夜20時をもって、街頭でマイクを使っての選挙活動は終わる。

行かなければ!

せめて最後の演説を大声で盛りあげに行くのだ。

っていうか、おれは朝からブルーのネクタイしめていたのは例え誰に何と言われようとも絶対にアサノさんの応援に行くと決心していたからだ。

浅野史郎のラッキーカラーはブルー

浅野史郎のラッキーカラーはブルー


ブルーはアサノカラー。福祉仲間の連帯の色。

とにかく書類が終わらなければ、帰ってきて徹夜すればいい。
 
そう決めて事務所を飛び出て、京急快速特急に飛び乗りました。

そして、18時半。ついに新宿東口へ到着!

18時から『打ち上げ』が始まっていました(最後の演説ではなくて、勝手連はみんなで『打ち上げ』と呼んでました)。

ものすごくたくさんの人々が、そしていろいろな人々が新宿を埋め尽くしていました。

障がいのある方々がたくさんいらしゃってました。
 
まるで障害者自立支援法の反対デモの時みたいに本当にたくさんの障がいのある方々が集まっていました。

これがアサノさんのパワーなのだ。

酸素ボンベを抱えながらじゃないと暮らせない人がアサノさんの声を聴きたい、アサノさんに会いたい、そう思って、足を運ぶ。これがアサノさんのパワーなのだ。

こんな政治家いますか?

こんな政治家が他にいますか?

いろんな政党の人々が話し始めるとそれはそれで盛り上がりはするけれども、会場からは「アサノさんに話させろ!」の声がすぐにあがる(笑)。

そして、アサノさん本人が話し始めると会場は一気にすごく盛り上がりました。

新宿駅前での最後の街頭演説

新宿駅前での最後の街頭演説


他の勝手連の方々に

「横須賀の勝手連のフジノです。旗とかのぼりとか持ちますか?」

と尋ねると、

「いいよ!遠くから来たんだから近くで応援してあげて!」

と言ってもらえて、フジノは最前列に行かせてもらえました。

「アサノさん!」

もうガンガン叫びましたよ~。のど潰れた~。

演説する浅野史郎候補

演説する浅野史郎候補

アサノさんの演説はすごい。

聴きながら涙がボロボロ出てしかたがなかった。
 
気持ちが14年前に初めてアサノさんの存在を知った時に戻ったよ。

やっぱり僕の原点は、16年前から関わりをスタートした精神保健福祉だ。
 
このままでは、この国に生まれた障がいのある人は救われないと感じた。
 
あの日のあの時の気持ちが鮮明によみがえってきた。

僕が出口が見つからなくて苦しんでいた時に出会った、いくつかの光。
 
例えば、精神障がいと闘う仲間がいることを教えてくれた全家連との出会い。
 
例えば、慶応大学の佐藤教授による行動分析学との出会い。
 
例えば、UCLAのリバーマン教授によるSSTとの出会い。
 
そして、行政・政治の世界で福祉と闘うことを教えてくれたアサノ知事。

16年前からの苦しい日々、いろいろな気持ち、必死に闘ってきたこと、でも失ってしまったたくさんのもの、それでもまた立ち上がって闘ってきたこと、いろいろなことを思い出しました。

政治をあきらめない。

誰もが自分らしく生きられる社会をつくる。

僕の中の純粋な部分が改めてどんどんクリアになっていくのを感じました。

すっごく感動的なのに、アサノさんはいつもユーモアたっぷりでいつも時間にきっかりで、まわりの人のことをいつも気を遣っている。

「あと3分でマイクも使えなくなりますが...」

とアサノさんが話した瞬間、電光掲示板で正確な時間を見ていたフジノが「2分です」とピースサインすると

「あら、2分でしたね。ありがとう」

って、最後の最後までまわりのことが見えてました。

20時の演説が終わっても集まったみなさんはなかなか解散しないで

「アサノ!アサノ!」

というアサノコールと、ブルーの旗やハンカチが新宿東口いっぱいに揺れていました。

感動した。本当に来て良かった。



ちっちゃな事務所へ

20時15分くらいまで東口にいて、何とか人ごみをかきわけて事務所へと移動です。

みんなのちから号

みんなのちから号


事務所はこちら。

ちっちゃいでしょう?これがアサノ流なんですよね。

ちっちゃな浅野史郎事務所

ちっちゃな浅野史郎事務所


20人も入ったらギュウギュウになっちゃう事務所。

またもここで他の勝手連の方々が

「ほら、中に入って入って!」

と、フジノをどんどん前に進めてくれました。

たくさんの取材を受ける浅野史郎候補

たくさんの取材を受ける浅野史郎候補


たくさんのマスコミが来ていました。

アサノさんは、スタッフのみなさん・勝手連のみなさんにねぎらいの言葉をかけて、あいさつを終えました。

熱く語る浅野史郎候補

熱く語る浅野史郎候補


外は雨が少しずつ強くなっていきましたが、アサノさんは12時を迎える瞬間まで新宿の方々と握手をしてまわるとのことでした。
 
(マイクを使わなければ選挙活動は0時までOKなのです)



選挙の勝ち負け以前に、たくさんの人々の心に灯を点けたことは大きな勝利だ

今夜は行って、本当に良かった。

選挙の勝ち負けは明日決まる。
 
でも、僕たちはもう勝ったんだ。

選挙の勝ち負けとは違う次元の闘いがある。
 
僕たちはもう勝っているのだ。

明日、どんな結果が起こっても僕は絶対にぶれることは無い。

やっと僕のハートに火がついた。

もう絶対にぶれない。

周りの方々からお願いされてお願いされて切なくて逃げられなくて26日になってしまい、追い込まれた末に無理やりした決断。

でも、僕は今日、本気で自分自身が決断した。

この国の福祉を守る。

その為に闘う。

そして絶対に勝つ。