任期途中で辞任した代表監査委員の「後任人事」問題が大きく報じられました/井坂しんや議員の「説明責任の欠如」の指摘に、吉田市長「反省」とコメント

代表監査委員の「後任人事」問題が大きく新聞報道されました

先日お伝えした、『任期途中で辞任した代表監査委員の辞任』と、その『後任人事として市長が示した人物』の問題。

井坂しんや議員が本会議で『反対討論』を行ない、共産党の3名とフジノらは市長提案に反対しました。

この問題について、神奈川新聞がけさ大きく報じてくれました。

2015年3月27日・神奈川新聞記事より

2015年3月27日・神奈川新聞記事より

処分歴開示せず「反省」
監査委員選任めぐり横須賀・吉田市長

横須賀市の吉田雄人市長は26日、市監査委員に起用した元県副知事の小野義博氏が、県の不正経理で監督責任を問われて更迭された経緯を市議会に説明せず批判を受けたことについて、

「いただいた指摘はごもっともで、反省している」

との認識を示した。

この問題は25日の本会議で井坂新哉氏(共産)が指摘。

「処分されたら永久に名誉が回復されないと言うつもりはないが、市長の提案理由では不正経理の責任問題に全く触れていない。市長は市民に説明責任を果たしているとは到底言えない」

と批判した。

さらに、

「人事案件はその方の名誉にもかかわる。提案するには相応の責任を自覚し、説明責任を果たすように提案していただきたい」

と苦言を呈した。

他会派からも批判の声が上がっていた。

市長は議会側に説明しなかった理由について、

「(提案)当時は必要性をあまり感じなかった」

と説明。

その上で

「指摘はごもっとも。議会を含め、処分歴などは開示をしてお伝えすべきだった。これからは気をつけたい」

と語った。

県の不正経理は2009年から10年にかけて発覚した不祥事。

総額は県警を含め約33億円で、税務課に在籍した元職員4人は「預け金」から約1億2千万円を着服した。

当時の松沢成文知事は

「事務方のトップとして最終的な責任を負わなければならない」

として、副知事2人を引責辞任させた。

(渋谷文彦)

引用は以上です。



吉田市長の「説明責任の欠如」といつもながらの「周囲から理解を得られない人事の在り方」に怒りを感じます

取材に答えた吉田市長のコメントとして信じられなかったのが

「(提案)当時は必要性をあまり感じなかった」

という部分です。

実際に井坂しんや議員による反対討論の全文をぜひインターネット録画中継でご覧頂きたいのですが、吉田雄人市長はこの方の選任理由としてベタ褒めしています。

けれども、何故この方でなければならないのかは、全く伝わってきませんでした。

この方が吉田市長のご友人なのか(市長は『お友達人事』がお好きですし)、あるいは、誰かに薦められたのかは知りませんが、こういう人事のいいかげんさにフジノはいつも怒りを感じます。

周りを納得させられない人事をいつも吉田市長は、独断専行でやります。

だから、フジノは反対せざるをえません。

今回はフジノだけでなく、井坂しんや議員や他の会派からも大きな批判が出ました。

しかし吉田市長のこうした人事のやり方では、『選任された方』も大きな傷を受けます。その方のご家族や親戚もきっと嫌な想いをしたことでしょう。

吉田市長はそうした人間の細やかな機微に想いがいつも至らない。

そんな在り方にフジノはいつも怒りを感じます。



井坂しんや議員の「政治家としての有能さ」が改めて光りました

その一方で、井坂しんや議員の優秀さが改めて際立った『反対討論』でした。

2015年予算議会・最終日、反対討論に立った井坂しんや議員

2015年予算議会・最終日、反対討論に立った井坂しんや議員


こういう議員こそ、政治家として本当に必要な存在だと改めて痛感させられました。

だからこそ、市議会の中で井坂しんや議員は、政党も会派も超えて、ほとんどの市議から愛されてきたのです。

井坂しんや議員を応援していることをフジノは誇りに感じます。

ぜひ市民のみなさまは井坂議員のこうした仕事ぶりを知って下さいね。



新・教育長に青木氏(元・市民安全部長)が選任されました/是々非々で臨みます

元市民安全部長が新教育長に選任されました

昨年12月議会の最終日に、吉田市長から教育委員の人事議案が出されました。

それは、現在の教育長を再任せずに、新たに元・市民安全部長の青木氏を選任するという内容でした。

これまで6年半にわたって本市教育行政に尽力してきた現教育長を再任せずに、教育行政の経験が全く無い方をあえて新任するという人事案件に対して、フジノは疑問を感じました。

そこで、本会議で吉田市長に対して質疑を行ないました。

しかし、吉田市長の答弁では、フジノも疑問は解消されませんでした。

そこでフジノは反対票を投じたのですが、多数決の結果、可決されたのでした。

ここまでの詳しい経緯はこちらをご覧下さい)

新たに教育委員に選任された青木氏は、さらに2月1日付けで『教育長』に選ばれました。

2月1日付けの教育長から全議員宛の報告より

2月1日付けの教育長から全議員宛の報告より


教育行政における事務方のトップです。

2014年2月5日・神奈川新聞より

2014年2月5日・神奈川新聞より


新教育長は、市議会各会派に挨拶まわりを行なうのですが、フジノは明日の午後にお会いします。

フジノは、前教育長のことを深く信頼していました。

何故なら、横須賀市教育委員会が全国に先駆けて取り組んできた様々な取り組み(例えば、自殺対策・性的マイノリティ支援・反貧困・脱被曝などの取り組みです)は、前教育長の熱意から実現したからです。

とても重要な取り組みがいくつも実践されてきました。

新教育長の青木氏がこうした取り組みをしっかりと継続していくのか、そしてさらに対策に力を入れていくのか。

すでに今年1月に新教育長とはお話をしたのですが、まず明日、しっかりと議論を交わしたいです。

今後は、教育政策に関して是々非々で臨んでいきたいと考えています。

現教育長を再任せず、教育行政経験ゼロの元市部長を新任させる市長の人事案に質疑し、反対しました

教育長人事に対して市長に質疑を行ないました

今日は、2013年12月議会の最終日でした。

吉田市長から、教育委員の人事議案が出されました。

議案第165号・教育委員会委員選任について

議案第165号・教育委員会委員選任について


現在の教育長を再任せずに、新たに元・市部長を選任する、という内容です。

2013年11月26日・神奈川新聞より

2013年11月26日・神奈川新聞より


これまで6年半にわたって本市教育行政に尽力してきた信頼の厚い現教育長を再任せずに、これまで教育行政の経験が全く無い方をあえて新任する、というのです。

フジノはこの人事案に全く賛成できませんでした。

吉田市長が提案してきた方が教育行政に対してどのような考えを持っているのか全く分からない。そして、吉田市長からも十分な説明が全くなされていないからです。

そこでこの問題について、フジノは本会議で吉田市長に対して質疑を行ないました。

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その全文はこちらです。



反対票を投じましたが、最終的に賛成多数で可決されました

こどもたちを取り巻く教育課題が山積みの中であえて教育長を交代させる明確な理由は、吉田市長の答弁から見出すことはできませんでした。

そこで、議案に対してフジノは反対しました。

最終的にはフジノの想いとは逆に、この人事案は賛成多数で『可決』されました。

本当に残念です。



横須賀市長選挙の立候補予定者・広川さとみさんにお会いしました(その2)

横須賀市長選挙立候補予定者・広川さとみさんにお会いしました(その1)から続いています。

スタートから「悲劇の副市長」だった広川さとみさん

広川さとみさんは、2009年12月15日に副市長に就任しました。

現在も副市長を続けておられる沼田さんと広川さんの2人が共に選任されました。

2009年12月15日・神奈川新聞より

2009年12月15日・神奈川新聞より


実は、副市長がこの2人に落ち着くまでには、副市長の人事は激しく難航しました。

その原因は、

吉田市長の『論功行賞』人事

です。

2009年当時のフジノは、市長選挙を全身全霊で応援した立場でしたから、夏から冬にかけてはまだ一定の信頼関係はありました。

吉田市長は、フジノたち応援した市議をはじめとする支援者のみなさんに

「人事だけは私に全て任せて下さい」

と主張し続けてきました。

「一体どんな『サプライズ人事』が飛び出てくるのだろうか」

と、みんな、期待していました。

しかし、吉田市長が出してきた人事案は、なんと選挙で応援してくれた市職員OBの2名(Sさん・Iさん)でした。

これにはフジノも激しいショックを受けました。

「最悪の人事案だ」とフジノは感じました。

適材適所とは全くカンケーない、選挙での応援に対する、露骨すぎる『論功行賞』の人事です。

「こんなことが雄人のやりたかったことなのか?ふざけるな!」

とフジノは怒りに震えました。

応援した側のフジノでさえこんなバカげた人事案に怒ったのですから、蒲谷前市長を応援した9割を超える市議会メンバーは、当然この『論功行賞』人事案を拒否しました。

副市長が清拭に決定して就任する為には、市長が『人事案』を提案して、市議会が『承認』する必要があります。

市議会は、吉田市長の人事案を2度にわたり拒否しました。

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その結果、2009年10月から12月の2ヶ月間にわたって、なんと横須賀市政始まって以来、初めて副市長がゼロという事態に陥りました。

この責任は、もちろん吉田市長にあります。

このような異常事態を打破する為に、市議会と市長とが合意できる人事を探りました。

その結果、吉田市長からも市議会の多数派からも信頼されている、広川さん・沼田さんの2人に白羽の矢が立ったのです。

市職員として30年以上にわたって働いてきた、広川さん・沼田さんのお2人からすれば、何故こんな政局に身を投じなければならないのだろうと感じたと思います。

本音では、火中の栗を拾う想いだったと思います。

それでも、トラブル続きの吉田市政のもとで、市議会と市長との板ばさみになるのが分かっていながら副市長に就任してくれたのです。

つまり、スタートから広川さんは『悲劇の副市長』として働かねばなりませんでした。

経験不足の未熟な市長と、その市長を潰そうと虎視眈々と監視し続ける市議会と、その両方の板ばさみになりながらも副市長職に就くことを決心したのは

「生まれ育ったこのまちを守りたい」

という使命感の一心からだったのではないでしょうか。

黒柴のこてつくんと広川さん

黒柴のこてつくんと広川さん


強面の外見から厳しい性格なのかと誤解されることも多い広川さん。

でも実際には、愛犬家の優しい性格の方です。

その優しさもあって、

「雄人からの副市長への就任依頼も断れなかったのだろうな」

とフジノは感じました。

こんな経緯からフジノは、副市長に選任された広川さん・沼田さんのお2人には、率直に同情を禁じえませんでした。

(その3へ続く)