ぜひあなたも「越年・越冬」活動にご参加下さい!/「ふとんで年越しプロジェクト2014」と「世界の医療団」の共催による「貧困問題セミナー」へ

*これを書いているのがすでに朝の4時で、数時間後にはマラソンカフェトークに行かねばなりません。。。詳しい文章は明日書きますね。中途半端な文章と途中までしか掲載していない写真でごめんなさい。




「越年・越冬」活動の説明と「貧困問題」のセミナーへ

今日は、山手線で池袋のさらに次の大塚駅まで向かいました。

都電荒川線

都電荒川線


都電荒川線を観たのは、大学時代以来なので約20年ぶりでした。

それは下のセミナーに参加する為です。

年末年始に『貧困問題セミナー』開催のお知らせ



年末年始は、公的機関の相談窓口がお休みになる為、住まいが無くなったり、所持金が尽きてしまっても、必要な人が支援制度を利用することができません。

東京では、新宿・渋谷・池袋・山谷地域などで、民間の団体が食事や相談会を中心とした『越年・越冬活動』をおこなう予定です。

また、それらの活動と連携する形で、必要な方にシェルターを提供する『ふとんで年越しプロジェクト2014』も始動しました。

このたび、『ふとんで年越しプロジェクト2014』と『認定NPO法人世界の医療団』の共催で、貧困やホームレス問題についてのセミナーを開催します。

公的な支援機関が閉まるこの時期に、どのような暮らし・住まいのニーズがあるのか、貧困問題に対してどのような取り組みがなされているのか、広くお伝えしたいと思います。

年越し直前の呼びかけとなり恐縮ですが、関心のある皆さま、ぜひご参加ください。

  • 日時:12月29日(月)13時~15時
  • 場所:東池袋サンシャイン町会会館
  • 内容:日本のホームレス問題、路上を取り巻く問題、貧困問題についてのセミナー
  • 主催:ふとんで年越しプロジェクト2014、認定NPO法人世界の医療団
  • 申込:不要
  • 参加費:カンパ歓迎300円~(可能な方のみ)
  • ふとんで年越しプロジェクト2014クラウドファンディングページ

昨年に続いてフジノは、渋谷での「越冬・越年」活動のボランティアに行きます。

去年はとにかく渋谷区の非人道的な状況に対する強い怒りや「行かねばならない」という焦りや危機感だけでそこに向かいました。

東池袋サンシャイン町会会館にて

東池袋サンシャイン町会会館にて


でも今年は改めて「越年・越冬」活動を根本的な意味で理解して、自分が活動する上での注意点なども学び直したいと考えていました。

だから、このセミナーはフジノの為にあるようなものです。

町会会館に貼られたメモw

町会会館に貼られたメモw


そこで東池袋サンシャイン町会会館に行ってきました。



「もやい」も「世界の医療団」もフジノには深いつながりがあります

今回のセミナーだけでなく、『ふとんで年越しプロジェクト』そのものを実施している方々の多くはフジノにとって長い間のつながりがあります。

ふとんで年越しプロジェクト呼びかけ人

代表 宇都宮健児(弁護士/前日弁連会長/派遣村名誉村長)
稲葉剛(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい/住まいの貧困に取り組むネットワーク)
岩田鐡夫(聖イグナチオ生活相談室/聖イグナチオ・カレーの会)
大西連(NPO法人自立生活サポートセンター・もやい/認定NPO法人世界の医療団)
黒岩大助(渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合)
後閑一博(司法書士/ホームレス総合相談ネットワーク)
中村あずさ(NPO法人TENOHASI/認定NPO法人世界の医療団)
中村光男(山谷争議団/隅田川医療相談会)

宇都宮健児さんとのつながりはもうご説明するまでも無いですよね。

今日のセミナーを主催する、大西連さんが理事長を務める『NPO法人自立生活サポートセンターもやい』とは、前事務局長の湯浅誠さんの時代から接点があります。

NPO法人自立生活サポートセンターもやい・理事長の大西連さん

NPO法人自立生活サポートセンターもやい・理事長の大西連さん


また、共催の認定NPO法人『世界の医療団』は、昨年の第9回精神障害者自立支援活動賞(通称・リリー賞)を受賞しました。

みなさまご存知のとおり、フジノは『リリー賞』の選考委員を務めています。フジノは『世界の医療団』の活動を、高く評価しています。

中村あずささん(認定NPO法人世界の医療団)、大西連さん(自立生活サポートセンターもやい)、フジノ

中村あずささん(認定NPO法人世界の医療団)、大西連さん(自立生活サポートセンターもやい)、フジノ


こうしたもともとのつながりもあって、昨年の『ふとんで年越しプロジェクト』もフジノはとても応援しましたし、寄附もしました。

『ふとんで年越しプロジェクト』の位置づけは、現場(新宿・渋谷・池袋・山谷など)での活動の大きな意味でのバックアップなのです。

そこで、単に寄附したり活動の広報をするだけでなく、自分自身も実際に渋谷の現場にたった1日だけですが参加しました。

『反貧困』『自殺対策』『障がい福祉』『住宅政策』など、政治家としてフジノがずっと続けてきた政策の取り組みと、精神保健福祉士という国家資格を持つ個人としてのフジノの想いが、『夜回り』をしたあの夜、とても合致したのを感じました。

もちろん横須賀市の政治家なので、フジノは『ひとり自殺対策街頭キャンペーン』をはじめ、年末年始の市民のみなさまからの相談も受け続けます。

けれどもそれに加えて、とにかく時間をつくって、「越冬・越年」活動に参加しなければいけないという強い気持ちを感じるのです。

それは誰かに命令されたとか、誰かに認められたいとか、そういうどうでもいいレベルの話ではありません。

御用納めで9日間も官公庁が閉まっている間に、人のいのちが失われてしまうかもしれない。

いのちを守りたい。

だから、行かねばならない。

人として、行かなきゃ嘘だろ。

そんな気持ちがすごくするのです。



大西さんによる貧困問題セミナー

『ふとんで年越しプロジェクト』呼びかけ人の大西連さん(NPO法人自立生活サポートセンターもやい・理事長)がとても丁寧に分かりやすく歴史的経緯から実際の活動の諸注意まで、細やかにお話をしてくれました。

人々が路上生活に固定化してしまうまで

人々が路上生活に固定化してしまうまで

ホームレス状態の多様化

ホームレス状態の多様化

昨年の「ふとんで年越しプロジェクト」

昨年の「ふとんで年越しプロジェクト」

発想の転換が必要!

発想の転換が必要!

既存の支援の発想と逆の視点で考える

既存の支援の発想と逆の視点で考える





ぜひあなたも「越年・越冬」の活動にご参加ください!

フジノも参加しますが、ボランティアや支援をサポートして下さる方々を新宿以外は募集しています。

ぜひあなたも参加できる日に数時間でオッケーなので、足を運んで下さいませんか。

「越年・越冬」の活動(その1)池袋・新宿

「越年・越冬」の活動(その1)池袋・新宿

「越年・越冬」の活動(その2)渋谷・山谷

「越年・越冬」の活動(その2)渋谷・山谷





「第1回シルバーリボンデー」@ロフトプラスワンに出演しました(その1)/世界メンタルヘルスデー

世界メンタルヘルスデー/シルバーリボンデーのイベントへ

今日は、秋晴れの良い天気でしたね。
 
朝からフジノは、東京・新宿へ向かいました。

『NPOシルバーリボン・キャンペーン』が主催して行なった『第1回シルバーリボンデー』に出演する為です。

画像は、新宿東口。スタジオアルタ前ですね。

20111010shinjuku


この駅前に来るといつもフジノは、あの東京都知事選挙の前日の夜を思い出します。

あれからすっかり時が流れたなあ。
 
今日10月10日は『世界メンタルヘルスデー』なのですが、それにちなんで「精神疾患への偏見を無くす為には?」という趣旨のイベントが開かれました。

そもそも「世界メンタルヘルスデーって何?」という説明はぜひこちらをご覧くださいませ)

これから毎年、開催されることをフジノは願っています。

20111010silverribbonday01


さて、今日の会場は『新宿ロフトプラスワン』です。

『サブカルチャーの殿堂』と言われるホールなのですが、ふだんは観客として入る場所ですよね~。

ということで、関係者や出演者以外はなかなか入ることができない『楽屋』をちょっと紹介します。

ホールの脇にある階段をあがると6畳ほどのスペースがあります。

壁の2面が鏡貼りになっていて、テーブルが置かれています。
 
病院の待合室にあるような簡易ソファと、イスが数個。5人も入ればぎゅうぎゅうな感じです。

もう1面にはトイレがあって、残りの壁側にホールを映しているモニターがあります。

パネルディスカッションでご一緒させていただく月乃光司さんにモデルになっていただいて、記念に1枚。

楽屋はこんな感じでした。
        ↓
20111010silverribbonday05


今回の企画を半年前に聴かされた時にフジノは
 
「ロフトプラスワンでやるなんてちょっと無謀じゃないか...」
 
と思いました。

でも、『NPOシルバーリボン』のみなさんの実力はすごかった!
 
会場は完全に満員でした!

熱気もすごかったです。

こうして、満員のお客さまを前に、久保さんのギター演奏からイベントはスタートしました。
          ↓
20111010silverribbonday02


久保さんは、この後のパネルディスカッションで司会も勤めてくれました。

昨日、都内で行なわれて大成功に終わった『第2回リカバリーパレード』でも、久保さんは大活躍だったのです。

「精神保健医療福祉の世界にも世代交代が絶対に必要だ」

と『旧世代』に属するフジノは痛感している中で

久保さんのような『新しい世代』の方々がどんどん現れてくれることをフジノはこころから願っています。

司会の松本さん

司会の松本さん


続いて、栃久保寿治さんからごあいさつがありました。

2002年、日本にシルバーリボンを紹介して下さったのは福島県にお住まいの栃久保さんご夫妻なのですね。

フジノが初めてシルバーリボンを胸に付けたのは2003年11月11日からですが、当時はまだ全くシルバーリボンは知られていない状況でした。

栃久保さんは、福島県で被災されて避難先で暮らしておられます。

厳しい状況に置かれながらも今も、精神保健福祉に関する相談を受け続けていらっしゃいます。

栃久保さんごあいさつ

栃久保さんごあいさつ


地道に活動を一生懸命に続けてこられた栃久保さんご夫妻の活動に、こころから敬意を表したいです。

その2へ続きます)



東京都知事選挙最終日、ついに浅野史郎候補の応援に行きました!

都知事選挙、最終日ついに応援に行きました!

フジノはアサノさん(浅野史郎・元宮城県知事)のことを14年前(大学1年)からリスペクトし続けてきました。

アサノさんの存在は、フジノが『政治家という手段を選ぶきっかけ』になっただけでなく、フジノの『人生そのもの』にものすごく大きな影響を与えた方々の1人です。

だから、アサノさんが東京都知事選挙に立候補を決めた時、

「どんなことがあっても応援に行きたい!」

と願いました。

全国の福祉仲間たちが続々と東京へ向かいました。

そんな中、フジノは意地で横須賀に残りました。

予算議会が続いていたこともありますし、現役の市議会議員としてこのまちでやるべきことがありました。

でも、いつもこころはアサノさんを応援してきました。

東京に暮らす友達と話す時、必ずアサノさんについて語りました。

『横須賀勝手連』を名乗って、ふだんの仕事の合間を縫っては都内の友達にアサノさんを推薦するメールを送り続けました。

毎回、浅野事務所からはお誘いのメールが来ていました。
 
浅野史郎事務所びらきの日、行きたかった。
 
選挙初日の出陣式、行きたかった。

毎日、行動スケジュールを把握していました。
 
毎日の大江戸勝手連の活動、行きたかった。

毎日の事務所前のあいさつ&マニフェスト配り、行きたかった。

アサノさんがわずか数名しかいないスーパーの前で街頭演説しているのが放送された時、

「その後ろでブルーの旗を持っているのが何故おれじゃないんだ」

と悔しくてたまりませんでした。
 
アサノさんの為に働きたかった。

僕ができることは何でもやりたかった。

「アサノさんの為にがんばる」ということは「この国の福祉の為にがんばる」ことと、同じ意味だ。

グループホームを制度化したのは厚生省時代のアサノ課長だ。

最近のワイドショーでしかアサノさんを知らない人はいろんなことを評論家みたいにしたり顔でしゃべってる。

でも、何も分かってなんかいない。

どれだけアサノさんがこの国の福祉に大きな良い影響を与えたか。

みんなが知らないだけで、実はアサノさんが作った制度に助けられてる。

予算議会が終わった3月26日、このまちの福祉を守る為にフジノは再び市政の場で闘っていく決心をしてしまった。

その直前25日に、能登半島地震が起こったので予算議会終了後はどうしても募金活動をやらずにいられなかった。

募金活動を終えたら、今度は大学院の準備でてんやわんや。

さらに、市政への再挑戦の為のいろいろな書類を作らないと自分自身の闘いに間に合わなくなってしまう。

実際、今日も書類のノルマが全く終わっていない(書類が多すぎるんだよ...)。

抑えきれない「応援しに行きたい気持ち」をいろいろな友達に相談するたびに

「東京都知事選挙のことより神奈川県知事選挙と県議会議員選挙のことを教えてよ」

「おまえ、自分のことが終わってないのに他人の応援とか言ってんじゃねえよ」

「いま横須賀を離れたら、横須賀の人たちのこころが離れるよ」

「毎日寝てなくて体調が悪いんだから、少しでも時間が取れるなら、まず体を休めなよ」

と、言われた。

つまり、「行くな」ということだ。

だから、ずうっと今日までガマンしてきました。

でも、でも、今日は都知事選挙の最終日だ!

16時過ぎまでとにかく事務仕事をやりまくったけど終わりのメドなんて尽きそうに無かった。

いまアサノさんの応援に行かなければおれは一生後悔する。

『心の師匠』の闘いに行かないなんて、おれにはありえない!

もう、居ても立ってもいられなかった。
 
夜20時をもって、街頭でマイクを使っての選挙活動は終わる。

行かなければ!

せめて最後の演説を大声で盛りあげに行くのだ。

っていうか、おれは朝からブルーのネクタイしめていたのは例え誰に何と言われようとも絶対にアサノさんの応援に行くと決心していたからだ。

浅野史郎のラッキーカラーはブルー

浅野史郎のラッキーカラーはブルー


ブルーはアサノカラー。福祉仲間の連帯の色。

とにかく書類が終わらなければ、帰ってきて徹夜すればいい。
 
そう決めて事務所を飛び出て、京急快速特急に飛び乗りました。

そして、18時半。ついに新宿東口へ到着!

18時から『打ち上げ』が始まっていました(最後の演説ではなくて、勝手連はみんなで『打ち上げ』と呼んでました)。

ものすごくたくさんの人々が、そしていろいろな人々が新宿を埋め尽くしていました。

障がいのある方々がたくさんいらしゃってました。
 
まるで障害者自立支援法の反対デモの時みたいに本当にたくさんの障がいのある方々が集まっていました。

これがアサノさんのパワーなのだ。

酸素ボンベを抱えながらじゃないと暮らせない人がアサノさんの声を聴きたい、アサノさんに会いたい、そう思って、足を運ぶ。これがアサノさんのパワーなのだ。

こんな政治家いますか?

こんな政治家が他にいますか?

いろんな政党の人々が話し始めるとそれはそれで盛り上がりはするけれども、会場からは「アサノさんに話させろ!」の声がすぐにあがる(笑)。

そして、アサノさん本人が話し始めると会場は一気にすごく盛り上がりました。

新宿駅前での最後の街頭演説

新宿駅前での最後の街頭演説


他の勝手連の方々に

「横須賀の勝手連のフジノです。旗とかのぼりとか持ちますか?」

と尋ねると、

「いいよ!遠くから来たんだから近くで応援してあげて!」

と言ってもらえて、フジノは最前列に行かせてもらえました。

「アサノさん!」

もうガンガン叫びましたよ~。のど潰れた~。

演説する浅野史郎候補

演説する浅野史郎候補

アサノさんの演説はすごい。

聴きながら涙がボロボロ出てしかたがなかった。
 
気持ちが14年前に初めてアサノさんの存在を知った時に戻ったよ。

やっぱり僕の原点は、16年前から関わりをスタートした精神保健福祉だ。
 
このままでは、この国に生まれた障がいのある人は救われないと感じた。
 
あの日のあの時の気持ちが鮮明によみがえってきた。

僕が出口が見つからなくて苦しんでいた時に出会った、いくつかの光。
 
例えば、精神障がいと闘う仲間がいることを教えてくれた全家連との出会い。
 
例えば、慶応大学の佐藤教授による行動分析学との出会い。
 
例えば、UCLAのリバーマン教授によるSSTとの出会い。
 
そして、行政・政治の世界で福祉と闘うことを教えてくれたアサノ知事。

16年前からの苦しい日々、いろいろな気持ち、必死に闘ってきたこと、でも失ってしまったたくさんのもの、それでもまた立ち上がって闘ってきたこと、いろいろなことを思い出しました。

政治をあきらめない。

誰もが自分らしく生きられる社会をつくる。

僕の中の純粋な部分が改めてどんどんクリアになっていくのを感じました。

すっごく感動的なのに、アサノさんはいつもユーモアたっぷりでいつも時間にきっかりで、まわりの人のことをいつも気を遣っている。

「あと3分でマイクも使えなくなりますが...」

とアサノさんが話した瞬間、電光掲示板で正確な時間を見ていたフジノが「2分です」とピースサインすると

「あら、2分でしたね。ありがとう」

って、最後の最後までまわりのことが見えてました。

20時の演説が終わっても集まったみなさんはなかなか解散しないで

「アサノ!アサノ!」

というアサノコールと、ブルーの旗やハンカチが新宿東口いっぱいに揺れていました。

感動した。本当に来て良かった。



ちっちゃな事務所へ

20時15分くらいまで東口にいて、何とか人ごみをかきわけて事務所へと移動です。

みんなのちから号

みんなのちから号


事務所はこちら。

ちっちゃいでしょう?これがアサノ流なんですよね。

ちっちゃな浅野史郎事務所

ちっちゃな浅野史郎事務所


20人も入ったらギュウギュウになっちゃう事務所。

またもここで他の勝手連の方々が

「ほら、中に入って入って!」

と、フジノをどんどん前に進めてくれました。

たくさんの取材を受ける浅野史郎候補

たくさんの取材を受ける浅野史郎候補


たくさんのマスコミが来ていました。

アサノさんは、スタッフのみなさん・勝手連のみなさんにねぎらいの言葉をかけて、あいさつを終えました。

熱く語る浅野史郎候補

熱く語る浅野史郎候補


外は雨が少しずつ強くなっていきましたが、アサノさんは12時を迎える瞬間まで新宿の方々と握手をしてまわるとのことでした。
 
(マイクを使わなければ選挙活動は0時までOKなのです)



選挙の勝ち負け以前に、たくさんの人々の心に灯を点けたことは大きな勝利だ

今夜は行って、本当に良かった。

選挙の勝ち負けは明日決まる。
 
でも、僕たちはもう勝ったんだ。

選挙の勝ち負けとは違う次元の闘いがある。
 
僕たちはもう勝っているのだ。

明日、どんな結果が起こっても僕は絶対にぶれることは無い。

やっと僕のハートに火がついた。

もう絶対にぶれない。

周りの方々からお願いされてお願いされて切なくて逃げられなくて26日になってしまい、追い込まれた末に無理やりした決断。

でも、僕は今日、本気で自分自身が決断した。

この国の福祉を守る。

その為に闘う。

そして絶対に勝つ。